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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百六十八話  睨み合う二つの強軍


 デカンテス帝国が宣戦布告をしてから二ヶ月後、戦いの準備を終えた両軍は開戦の場であるアルマティン大平原へ移動する。両国が予想していたとおり、敵はアルマティン大平原に現れて軍を展開し、開戦の時を今か今かと待っていた。

 アルマティン大平原の東側、デカンテス帝国側には帝国軍が隊列を組んで数km先にいる敵軍を見つめていた。帝国軍の総戦力は十万で中央に四万、右翼と左翼に三万ずつ部隊を配備しており、その中には普通の兵士や騎士の他に帝国飛竜団のワイバーンナイト、帝国魔術隊の魔法使い達の姿もある。普通なら絶対に敵に回したくないほどの大戦力だ。

 大軍の後方には無数のテントが張られており、そのテントにはデカンテス帝国の国旗が掲げられている。帝国軍の指揮官や各部隊長が作戦会議などに使うテントだろう。そんなテントの周りには帝国の精鋭らしき騎士が数人ずつ立っており、テントを守っている姿があった。

 対してアルマティン大平原の西、セルメティア王国側にはビフレスト王国の戦力と思われる下級モンスターの群れと青銅騎士達、そしてビフレスト王国と共闘するセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士、騎士達が分かれて隊列を組んでいた。中央にビフレスト王国軍、右翼にセルメティア王国軍、そして左翼にエルギス教国軍が配置されており、全員遠くにいるデカンテス帝国の大軍を見つめている。

 隊の後ろには丸太などの木材で出来た大きな砦が建設されており、その砦や砦を囲む丸太の城壁にはビフレスト王国の国旗が掲げられている。この砦はビフレスト王国が大平原に現れるであろうデカンテス帝国を迎え撃つ為に一週間前に建てた物だ。

 普通なら一週間で砦と城壁を建てるのは不可能だが、ビフレスト王国には建設に特化したモンスターがいるので、そのモンスターを使えば大型の砦を一週間で建てるなど簡単な事だった。

 ビフレスト王国軍のモンスター、青銅騎士達は黙って帝国軍を見ているが、セルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士、騎士、魔法使い達は不安そうな表情を浮かべて帝国軍を見ていた。無理もない、帝国軍の戦力十万に対し、ビフレスト王国軍の戦力は三千、セルメティア王国軍は五千、エルギス教国軍も五千、合計一万三千の戦力しかないのだから。

 自分達の十倍近くの戦力を持つ帝国軍を前にすれば普通の人間は勝ち目がない、負け戦だと考えるのは当たり前だ。いくらセルメティア王国とエルギス教国を救った英雄であるダークが治める国が共に戦ってくれるとしても、今回ばかりは勝ち目は無い、無謀だとセルメティア王国とエルギス教国の兵士達は考えていた。

 そもそも、どうしてセルメティア王国とエルギス教国の戦力が五千しかないのか、それはダークがマクルダムとソラの二人と会談を行った時に五千ほどでいいと言ったからだ。最初、マクルダムとソラは要請した戦力を聞いて大国であるデカンテス帝国の軍を相手にするのだからもっと戦力を貸すと言ったが、ダークは五千で十分、帝国が攻めて来た時に両国の町や村を護る為の戦力が無いとマズいと言って断った。

 最初は無謀だと考えていたマクルダムとソラだったが、ダークが持つ未知のマジックアイテムや彼が支配するモンスター達を上手く使えば大丈夫かもしれないと考え、とりあえず納得して五千の戦力を貸す事にした。しかし、やはり不安なのか最後に危なくなったら遠慮なく援軍を要請してほしいと伝え、会談は終わったのだ。

 マクルダムとソラの様にダークの事をよく知っている者は納得したが、ダークの事を知らない両国の兵士達は帝国軍の戦力を目にした瞬間に恐怖と不安に襲われた。できるものなら今すぐにでも逃げ出したい、そんな気持ちで兵士達は帝国軍を見つめている。

 帝国軍の陣地では皇子のゼルバム、指揮官であるデージック、そして各部隊長が望遠鏡を使って遠くにいるビフレスト王国、セルメティア王国、エルギス教国の連合軍の配置や編成などを確認している。その場にいる全員が鎧を装備し、腰には剣を納めていつでも戦える状態になっていた。


「カタリーナ殿下の予想は外れましたな。まさかセルメティア王国とエルギス教国が加勢するとは……」

「しかし、それでも敵の兵力は一万程度だ」

「予想していたよりも敵の数が少ないな」

「あの三国ではあの程度の兵力を集めるのが限界なのでしょう」

「ハハハッ! あれぐらいなら私の部隊だけで蹴散らしてやるわ」


 十万の帝国軍に対して連合軍の戦力は十分の一程度、これなら楽勝だと帝国軍の隊長達は考えていた。だが中にはデカンテス帝国を相手に僅かな戦力で戦おうとする連合軍に腹を立てる者もいる。


「ビフレストやセルメティアはともかく、エルギスは我ら帝国に次ぐ軍事力を持つ国、その国も僅かな兵力しか用意していないのは少し気に入らんな」

「まったくだ、帝国をナメているとしか考えられん」

「しかし、教国はセルメティア王国との戦争の傷、そして奴隷制度を廃止した事で多くの兵力を失っている。それが原因であれだけの兵力しか出せないのかもしれませんぞ?」

「フム、それも考えられるな……」

「だとしても、一万程度の戦力は少なすぎる。我ら帝国軍を相手にするのなら徴兵してでも多くの兵を用意するべきだ」


 連合軍の戦力が少ない事について、隊長達が思い思いの事を口にしている。そんな中、ゼルバムとデージックは隊長達の方を見ずに連合軍の観察を続けていた。


「……殿下、どう思われますか?」


 デージックは望遠鏡を覗くのをやめて隣に立っているゼルバムに尋ねた。軍の立場ではデージックの方がゼルバムよりも上だが、皇族である為、デージックはゼルバムに敬語で会話をするようにしているのだ。

 声を掛けられたゼルバムは望遠鏡を下ろし、チラッとデージックの方を見た後、再び連合軍の方に視線を向けた。


「隊長達が話していたとおりだろうな。連中はあれだけの兵力しか用意できなかったのだろう。そして、その少ない兵力でも帝国に勝てると思い込んでいるのだ……フッ、馬鹿な奴等だ」


 ゼルバムは連合軍を見つめながら呆れた様な口調で呟く。それを聞いたデージックは視線をゼルバムから数km先にいる連合軍に向ける。


「しかし殿下、敵の中にはモンスターの姿もあります。モンスターは我々人間にはできない事をやって来るので油断なさらないようにしてください」

「ハッ、モンスターと言ってもゴブリンやスケルトンの様な雑魚モンスターばかりではないか。そんな奴等に警戒する必要など無かろう? それにこちらにはスモールワイバーンがいる。そんな状況で敵を警戒するなど愚か者のする事だ」


 自分達は敵が支配するモンスターよりも優れたモンスターを支配している、だから負けるはずがないとゼルバムは見下す様な笑みを浮かべながら連合軍を見つめた。

 確かに帝国飛竜団が操るスモールワイバーンはゴブリンなどのモンスターと比べたら力も知性もあり、空からの攻撃もできる。そんなスモールワイバーンを支配し、戦力としている帝国軍にとってゴブリン達の様なモンスターが脅威になるとは思えなかった。


「ですがビフレスト王国は上級モンスターのグランドドラゴンを支配しています。油断はできません」

「グランドドラゴンと言っても所詮は一体だろう? もしグランドドラゴンが出て来ても我が十万の戦力があればグランドドラゴン一体を倒す事など簡単にできるはずだ。飛竜団のワイバーンナイトもいるしな」

「とは言え、敵が他にも上級モンスターを支配している可能性も捨てきれません」

「馬鹿な、ビフレスト王国の様な小国がそう何体も上級モンスターを手懐ける事ができるはずがない」


 ゼルバムはビフレスト王国がグランドドラゴン以外に上級モンスターを支配していないと考え、ビフレスト王国の戦力を一切警戒をしなかった。


「……それにしても、そのグランドドラゴンは何処にいるのでしょう? 見たところ、敵軍の中にはいないようですが……」

「大方、ビフレスト王国の首都を守らせているのだろう。気にする事なく開戦の準備を進めろ」

「分かりました」


 戦いの準備をするよう指示されたデージックは近くで話し合っている部隊長達の所へ移動し、準備をするよう指示を出す。部隊長達は真剣な表情を浮かべながらデージックの指示を聞いた。

 デージック達が戦いの準備をする中、ゼルバムは遠くにいる連合軍を見つめながら不敵な笑みを浮かべていた。


(フフフフ、ビフレスト王国、そしてその同盟国よ。俺達帝国を敵に回せばどうなるか、タップリと思い知らせてやる。お前達は帝国が大陸一の国家になる為の踏み台となるのだ。そして同時にお前達の敗北はマルゼントや他の国に対して帝国に逆らえばこうなるのだと言う見せしめにもなる。帝国の為に存分に役に立ってくれ?)


 ゼルバムの中では既に帝国軍は戦争に勝利しているのか、目の前の連合軍を見つめながら心の中で嘲笑う。強大な力を持つ帝国軍が弱い国が集まった小規模な軍に負けるはずがないと思っているゼルバムは帝国軍が敗北するかもしれないなどとは微塵も考えていなかった。

 ゼルバムは連合軍に勝利する帝国軍と自分の姿を想像しながら笑みを浮かべる。するとそこに各隊長に指示を出しに行っていたデージックが戻って来てゼルバムの隣に立ち連合軍の様子を伺う。


「殿下、隊長達は戦いの準備を進める為に各部隊は戻りました。いつでも戦いを始める事ができます」

「そうか……それでデージック、開戦したらお前はまずどう軍を動かす?」


 連合軍を見つめながらゼルバムは開戦後、どう動くのかデージックに尋ねた。

 ゼルバムは皇子ではあるが、一応デージックを補佐する立場にあるので上官であり、先遣部隊の指揮官であるデージックの意見を聞く事にしている。ゼルバムもその辺については一応心得を持っているようだ。


「……まずは中央の部隊に前進させ、正面から敵に攻撃を仕掛けます。それを迎え撃つ為に敵も向かってくるでしょう。恐らく、中央にいるビフレスト王国軍のモンスター達が先に動くはずです。それに続いて右翼、左翼のセルメティア王国軍とエルギス教国軍も動き出し、中央の部隊を迎撃して来ると思います」

「本当に奴等はそう動くのか?」

「勿論、必ずとは言えません。ですが敵の総戦力は一万程度、四万の兵力がある中央の部隊を相手にするのですから全部隊をぶつけて来る可能性は非常に高いと思います」

「成る程な」


 デージックの予想を聞き、ゼルバムは納得した表情を浮かべる。どうやらゼルバムは軍を動かした時に敵軍がどう動くか、それを予想する知識が足りないようだ。

 もし知識が足りないゼルバムに帝国軍全軍の指揮を任せてしまったら上手く軍を統率する事ができず、間違いなく帝国軍は敗北してしまう。指揮官を別の者に任せるべきだというバナンの考え方は正しかった。


「敵の戦力全てが中央の部隊に集中したら、右翼と左翼の戦力を外側から回り込ませて包囲し、一気に敵軍を殲滅させます。その後に砦に攻撃を仕掛けて制圧する、という流れで行こうと思っています」

「流石はデージック、素晴らしい作戦だ」

「ありがとうございます」


 作戦の良さを褒めるゼルバムを見てデージックは小さく頭を下げた。デージックの考えた作戦は誰でも思いつく程度のものだが、軍を統率する知識が殆ど無いゼルバムには素晴らしい作戦だと思えたのだろう。


「よし、俺は中央の部隊と共に敵軍を正面から相手してやるとしよう」

「お待ちください殿下、中央の部隊は言ってみれば囮です。そんな危険な部隊に皇子である殿下を参加させるわけにはいきません」


 デージックは自ら中央の部隊に入ると言い出すゼルバムを止めようとする。カーシャルドからゼルバムの事を任されている為、皇族であるゼルバムを危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。


「何を言っている? 中央の部隊は敵軍の四倍近くあるのだぞ。心配する事など何も無いだろうが」


 ゼルバムはデージックの心配を他所に余裕の笑みを浮かべている。そんなゼルバムはデージックは心配そうな顔で見つめた。

 この時のゼルバムは危険な囮の部隊に自分の意志で参加し、向かって来た敵軍を引き付けて右翼と左翼の部隊と共に倒し、その後に敵の砦を制圧して初陣を完全勝利で終わらせて自分の活躍をデカンテス帝国に広めようとしていた。そうなれば自分が次代の皇帝に選ばれる可能性が高くなり、自分の味方する貴族や帝国の民を増えると思っていたのだ。

 しかも中央の部隊は四万の兵力を持っており、囮であっても敵に押される可能性は極めて低い。負ける事の無い安全な囮の部隊で活躍して功績を上げる、ゼルバムは危険を冒さず、苦労もせずに功績を得ようと考えていた。


「お前の作戦なら必ず敵を叩きのめせる。俺はそれを信じて中央の部隊に参加するのだぞ?」

「……分かりました。殿下がそう仰るのであれば私はこれ以上何も言いません。ただ、私の直属部隊を護衛として付けさせていただきます」

「好きにしろ」


 ゼルバムの許可を得るとデージックは護衛の部隊を用意する為にテントの方へ向かった。

 デージックの作戦なら必ずビフレスト王国や同盟国の軍を叩きのめせる、ゼルバムはそう確信し、ニヤリと笑いながら連合軍を見つめる。今のゼルバムは早く戦いが始まってほしいという事しか考えていなかった。

 やがてデージックが戻って来て護衛部隊の準備を終えた事をゼルバムに伝える。それを聞いたゼルバムはデージックが用意した護衛部隊と共に中央の部隊と合流し、戦いが始まるのを待つのだった。しばらくすると、連合軍側が動きを見せ、デージックやゼルバム、帝国軍の兵士達は表情を鋭くする。

 ビフレスト王国の砦を囲む城壁の門がゆっくりと開き、中から仙斎茶色の岩の体をした身長4m程の巨人が歩いて出て来た。嘗てダークがエルギス教国との戦争で召喚したストーンタイタンだ。

 ストーンタイタンが大きな足音を立てながら砦の外へ出ると、その後ろからもう一体のストーンタイタンが姿を見せて砦の外に出て来る。その後ろから更に別のストーンタイタンが姿を見せ、計六体のストーンタイタンが一列に並んで砦の中から現れた。

 外に出たストーンタイタン達は三体ずつ左右に分かれ、三つに分けられた連合軍の部隊の間にある道を通る。セルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士、騎士達はすぐ隣を通過するストーンタイタン達に怯えながら前をジッと見ていた。

 部隊の一番前に出て来たストーンタイタン達は連合軍の壁になる様に横一列に並び、遠くにいる帝国軍を見つめた。帝国軍は砦の中から出て来たストーンタイタン達を見て、敵はまだモンスターを隠していたのかと僅かに驚きの表情を浮かべている。しかし、帝国軍の驚きはこれだけでは終わらなかった。

 ストーンタイタンが出て来てからしばらくすると、今度は背中に大砲を付けた黒く赤い目を持つ巨大な蜘蛛が六体、ストーンタイタンの様に一列に並んで砦から出て来る。ストーンタイタンに続いて姿を見せたのは亜人連合軍との戦いで活躍した砲撃蜘蛛だった。

 六体の砲撃蜘蛛達は連合軍の後方で横一列になって帝国軍の方を向く。ストーンタイタンに続き、巨大な蜘蛛のモンスターが自分達の後ろにいる事にセルメティア王国軍とエルギス教国軍は更に緊張した様子を見せる。ビフレスト王国軍のモンスター達、そして青銅騎士達は気にならないのか黙って前だけを見ていた。


「な、何なんだアイツ等は……まだあんなモンスターが砦の中にいたのか……」


 デージックは砦から出て来た合計十二体の大型モンスター達を望遠鏡で覗きながら唖然とする。他の場所でも各隊長達が現れたモンスター達を見て目を丸くしていた。勿論、中央の部隊にいるゼルバムも同じように驚いている。

 驚きの表情を浮かべながらモンスター達を見ていると再び砦の中から何かが出て来てデージックは出て来たものを望遠鏡で確認する。そこには漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーとフルフェイスの兜、深紅のマント装備し、背中に黒い大剣を背負った騎士が歩いて来る姿があった。その右隣には白い鎧と銀色の額当て、白いマントに美しい鞘に収まっている剣を装備した美女、左隣には紫、黒、金の三色のローブを着て手に杖を持つ小柄な少年が歩いている。ダーク、アリシア、そして少年姿のノワールだ。


「何だ、あの三人組は? 雰囲気からして三人とも普通の騎士や魔法使いではないな……もしやあれが敵の指揮官か?」


 デージックは砦から出て来た三人を見ながら低い声で呟く。デージックはダーク達の姿を始めて見る為、砦から出て来たのがビフレスト王国の国王とその側近であるという事に気付いていなかった。

 砦から出て来たダーク達が立ち止まると、その後ろから更に二人の騎士が姿を現す。一人は白髪の短髪をした六十代後半ぐらいの背の高い初老の男でセルメティア王国の紋章が描かれた銀色の鎧と青いマントを装備し、腰には剣を納めている。もう一人は黒い短髪でガッシリとし肉体を持つ三十代後半ぐらいの男、エルギス教国の紋章が描かれた銀色の鎧と緑のマントを付けており、手には大きめのハンマーが握られていた。セルメティア王国調和騎士団長、ヴァンガント・ザルバーンとエルギス教国六星騎士、ベイガード・ドーバだ。


「今度は白髪と黒髪の男か……鎧に描かれている紋章からして、セルメティア王国のエルギス教国の騎士のようだな。雰囲気からして、あの二人もかなり優れた騎士で間違いない」


 ダーク達の近くに立つザルバーンとベイガードを見てデージックの表情に僅かだが鋭さが浮かぶ。ザルバーンとベイガードはセルメティア王国とエルギス教国では有名な騎士だが、他国では名前は知られていても顔を知る者がいない為、デージックも二人が何者なのか分からなかった。

 砦から出て来たダーク達を見てデージックは警戒心を強くする。現れた大型モンスター達にも警戒しているが、そのモンスター達を支配していると思われるダーク達には更に強い警戒心を抱いていた。


「……これは、予想していたような楽な戦いにはなりそうにないな」


 少し前までは帝国軍が圧勝すると思っていたデージックだったが、現れた大型モンスター達を見て予想外の事が起きるかもしれないと感じ始めた。

 一方、連合軍の砦前では砦の中から出て来たダーク達が帝国軍を様子を窺っていた。ダークの左右にアリシアとノワールが立っており、ザルバーンとベイガードもダークの少し後ろで帝国軍の様子を見ている。


「……帝国軍はまだ動きそうにないな」

「ええ、砦から出て来たモンスターを見て様子を窺っているのでしょう」


 動かない帝国軍を見ながらダークが呟くとザルバーンが真剣な表情で動かない理由を口にする。それを聞いたダークは成る程、と言う様に小さく頷く。


「なら、こちらも帝国軍がどう動くのかもう少し様子を見る事にしましょう」

「その方がいいでしょうな」


 ダークの出した答えを聞き、ザルバーンは低い声を出しながら頷く。アリシア達も反対ではないのか何も言わずにチラッとダークとザルバーンを見ていた。


「……しかし驚きました。まさかセルメティア王国軍の指揮官がザルバーン団長だったとは」


 視線を帝国軍からザルバーンに変えたダークは仲の良い上司と話す様な口調で語り出し、それを聞いたザルバーンはダークを見て楽しそうに笑った。

 最初、ダーク達はセルメティア王国から送られた戦力の指揮官がセルメティア王国の調和騎士団の団長であるザルバーンだと知って驚いていた。戦争で戦うのは直轄騎士団の兵士や騎士達で町や村の警備などを行う調和騎士団が戦争に参加する事はありえないからだ。


「いやぁ、驚かせて申し訳ない。実はビフレスト王国が建国される少し前に私は調和騎士団から直轄騎士団に転属になりましてなぁ。今では直轄騎士団の師団長を任されているのですよ」

「そうだったのですか」


 ザルバーンが調和騎士団から直轄騎士団の師団長になった事を聞き、ダークは小さく笑いながら語る。アリシアとノワールもダークとザルバーンの方を向いてザルバーンを祝福するかの様に笑っていた。


「ダーク陛下、今回の戦い、精一杯お力をお貸しするつもりですので、よろしくお願いします」

「……ザルバーン団長、そのダーク陛下と言うのはやめていただけませんか? 冒険者だった頃はかなりお世話になったのですから、昔のように接してください」

「いやいや、そう言う訳にはいきません。昔は冒険者であっても今は一国の王なのですから」

「……ハアァ」


 マクルダムやソラと同じ事を言うザルバーンにダークは疲れた様な声で小さく溜め息をつく。アリシアとノワールは溜め息をつくダークを見て苦笑いを浮かべた。

 以前は上の立場だった者に敬語を使われると、どうも複雑な気分になってしまう。ダークはそれをあまり良く思っていなかった。


「ダーク陛下も昔の事があるからと言って、一国の王が目下の者に敬語を使うのはやめた方がよろしいですぞ? 国王の威厳に関わりますので」

「……努力する」


 ザルバーンの忠告にダークは低い声で返事をする。アリシアとノワールは苦笑いを浮かべたまま大変だな、と思いながらお互いの顔を見ていた。

 エルギス教国軍の指揮官であるベイガードは同盟国の国王であるダークに注意をするザルバーンを見て、恐れ知らずだなと思っているのか少し驚いた表情を浮かべている。


「……ところで、今日はレジーナ達は一緒ではないのですか?」


 ザルバーンが周囲を見回し、常にダークと共に行動を取っているレジーナ達の姿を探す。


「レジーナ達はバーネストで何か問題が起きた時に対処してもらう為に残してきた。それに冒険者はよほどの事がない限り、国同士の戦争には参加できないからな」

「成る程、それでレジーナ達の姿が見当たらなかったのですな」


 ダークの説明を聞いて納得したのかザルバーンは腕を組みながらコクコクと小さく頷いた。


(まぁ、セルメティア王国とエルギス教国の戦争に参加した俺が言ってもあまり説得力は無いだろうけど……)


 冒険者だった頃にセルメティア王国とエルギス教国の戦争に参加していた時の事を思い出しながらダークは心の中で呟く。以前と違って今回はダーク自身が一軍を指揮してデカンテス帝国と戦争をしているので前の戦争の時以上に気を引き締めていた。


「ダーク陛下」


 今まで黙ってダーク達の会話を聞いていたベイガードが口を開き、話しかけられたダークは視線をベイガードの方に向け、アリシア達もつられる様にベイガードの方を向く。


「何だ?」

「先程はもう少し様子を見ると仰っておりましたが、帝国軍が動き出したらこちらはどのように動きますか?」


 開戦したらどうするのか訊かれたダークは視線をベイガードから遠くにいる帝国軍に変え、アリシア達も動かずにジッとしている帝国軍の方を見て表情を鋭くした。


「……敵が向かって来たらストーンタイタンと砲撃蜘蛛で迎撃する。そしてある程度敵戦力を削いでからこちらも攻撃を仕掛けるつもりだ。ただ、敵もストーンタイタンと砲撃蜘蛛を見てこちらの戦力を警戒し、作戦を練り直すはずだ。敵の動きによっては作戦の変更をするつもりだ」

「分かりました。ではいつでも動けるよう私は我が軍の兵士達にその事を伝えてまいります」


 そう言ってベイガードは待機しているエルギス教国軍の下へ走って行った。


「ダーク陛下、私も部下達に先程の事を伝えてまいります」


 ベイガードが部下達に待機し続ける事を伝えに向かったのを見たザルバーンは自分もセルメティア王国軍の兵士達に報告する為に走り出す。

 残ったダーク、アリシア、ノワールは動かない帝国軍を見つめている。モンスターや青銅騎士達はダーク達が命令を出さなければ何もしないので、わざわざ作戦の変更があるかもしれないと知らせる必要もなかった。


「……帝国軍はどう動くだろうな」


 帝国軍が作戦を練り直した場合、最初にどう攻めて来るかアリシアは考える。隣に立つダークは帝国軍を見つめながら腕を組み、薄っすらと目を赤く光らせた。


「真正面から突っ込んで来る事はまず無いだろう。連中にとってストーンタイタンや砲撃蜘蛛は未知のモンスター、何の情報もないモンスターを相手に正面から突っ込むのは愚か者のする事だ」

「確かに、となれば右翼と左翼の部隊を回り込ませるように進軍させて側面から攻撃を仕掛けて来るか、帝国飛竜団のワイバーンナイト達を使って空から攻めて来るかのどちらかだろうな」

「ああ、私もそのどちらかだと思っている」

「そっちの方の対策は出来ているのか?」

「勿論だ」


 アリシアの方を見ながらダークは余裕の感じられる声を出した。それを聞いたアリシアは小さく笑いながらダークを見る。

 ダークはLMFの世界にいた頃、何度も他のギルドのプレイヤー達と大規模な戦いを繰り広げていた。敵の中には召喚したモンスターやLMFで雇ったNPCの戦士や魔法使いなどを大勢引き連れてダーク達のギルド拠点に攻め込んで来た敵ギルドもおり、ダーク達はそんな敵ギルドを全力で迎え撃ってきたのだ。

 時には敗北する事もあったが、その度にダーク達は連敗しないようにするにどうすればいいかギルドメンバー同士で話し合い、作戦を練って新たな敵を迎え撃つようにしていた。そのせいか、ダークは敵が攻めて来た時や大軍と戦う時の知識をいつの間にか習得していたのだ。今回の戦争でも帝国軍がどう動いてもすぐに対処できるように様々な手を考えていた。


「まぁ、あり得ないだろうが最悪のケースになった場合はノワールに神格魔法を使ってもらい、一気に敵を片付けるさ。頼んだぞ、ノワール?」

「ハイ、任せてください」


 ノワールはダークを見上げながら笑顔で返事をする。いくら帝国軍が数万の戦力で攻めて来てもノワールの神格魔法の前では数万に敵も何の意味も無い。ノワールがいればどんな戦いでも楽に勝利する事ができるだろう。

 しかし、ダークは神格魔法の存在をできるだけおおやけにしたくないので、神格魔法に頼らずに帝国軍との戦争に勝利しようと思っている。だから大量のモンスターや青銅騎士達などを使って戦う事にしていた。

 ダーク達は未知のモンスターを前に帝国軍がどう動くのか考えながら帝国軍を見つめ、彼等が動くのを待っていた。


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