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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百六十七話  開戦前の最終会談


 アルマティン大平原で会談が行われてから二週間後、帝都ゼルドリックの帝城の会議室では重要な会議が行われていた。

 会議室には皇帝であるカーシャルドを始めとする皇族達、そしてデカンテス帝国でも強い力を持つ貴族達が集まり、全員が真剣な表情を浮かべている。会議の内容はビフレスト王国との戦争についてだ。


「ではこれより、我が帝国とビフレスト王国との戦争方針についての会議を執り行う。陛下、よろしいですか?」

「構わん、さっさと始めよ」


 カーシャルドの許可を得ると貴族は一礼し、持っている羊皮紙を広げてその内容を読み始める。カーシャルド達皇族や他の貴族達は黙って貴族の話す内容を聞いた。

 会談からゼルドリックに戻ったカーシャルドはすぐに貴族達を集めて会談の結果とビフレスト王国に宣戦布告をする事を話した。それを聞いた貴族達は当然驚きの反応を見せるが、カーシャルドからビフレスト王国は帝国を見下している、帝国の誇りを傷つけた、皇帝である自分に頭を下げて謝罪する事を要求したなどと嘘を伝える。それを聞いた貴族達はビフレスト王国に対して怒りを感じ、貴族達、特に皇帝を心酔する貴族達は次々にビフレスト王国との戦争に賛成していった。

 貴族達が宣戦布告をする事に賛同していく姿を見てカーシャルドは心の中で愉快に思う。カーシャルドの隣で話を聞いていたバナンはカーシャルドに騙されている貴族達を気の毒そうに見ていた。

 だが、貴族達の中には戦争に反対する貴族もおり、その殆どがカーシャルドの考え方などに不満を抱いている貴族達だった。カーシャルドは反対する貴族達に帝国貴族としての誇りは無いのか、小国に見下されて何も感じないのかなど力の入った声で話し、半ば強引に反対する貴族達を説得しようとする。

 反対する貴族達もカーシャルドに戦争をしても傷つく者が出るだけだから宣戦布告は考え直してほしいと説得するが、カーシャルドだけでなく彼に味方をする貴族達からも強く押され、その結果、反対する貴族は押し負けてしまい、宣戦布告をする事が決定してしまった。

 宣戦布告する事が決まるとカーシャルドはすぐにビフレスト王国に宣戦布告の宣言文を送らせる。その五日後、ビフレスト王国からも宣戦布告を受け入れるという返事が届き、デカンテス帝国は本格的に戦争の準備に取り掛かった。

 そして現在、カーシャルド達はビフレスト王国に攻め込む時の戦力、何処からビフレスト王国領内に進軍するか、ビフレスト王国と同盟を結んでいるセルメティア王国とエルギス教国をどうするか、誰が軍の指揮を執るのかなどを決める会議を行っていた。


「我が国の目的はビフレスト王国に勝利し、その技術や財力を全て手に入れる事にある。確実に勝利を得る為に、我が国は大規模な戦力を送り込むべきだと考えられる」

「大規模と言うが、具体的にはどのくらいなのだ?」

「少なくとも、三十万は用意するべきだと思っている」

「三十万だと?」


 貴族が口にしたデカンテス帝国の戦力数を聞いて別の貴族が少し驚いた様な声を出す。だがすぐに笑い出し、他の貴族達もつられるように笑った。


「それは多すぎではないか? ビフレスト王国は建国されたばかりの国、しかも建国前までは最小だったセルメティア王国よりも小さい国なのだぞ?」

「まったくですな。そんな国を相手に三十万の戦力を動かすのは大袈裟だと言えます」


 貴族達は小国であるビフレスト王国を相手にするのに三十万の戦力は多すぎるとからかう様に笑い、他の貴族達も同じ気持ちなのか戦力数を口にした貴族を見て笑う。

 小国相手に戦力が多すぎる、と言う考え方もあるが、デカンテス帝国が小国を相手に三十万の大規模な戦力を動かすと帝国は小国であるビフレスト王国を恐れていると他国に思われるのではと感じ、貴族達は三十万は多すぎると口にしたのだ。

 一部の貴族達が笑っている戦力数を口にした貴族が表情を鋭くして口を開いた。


「しかし、ビフレスト王国はセルメティア王国とエルギス教国の二つの国と同盟を結んでいる。その二つの国がビフレスト王国を支援する為に戦力を貸し与える可能性だった十分あるではないか」

「そうだ、セルメティアとエルギスの事を考えれば三十万で丁度いいくらいだろう」

「自分もそう思います」


 同盟国であるセルメティア王国とエルギス教国がビフレスト王国に加勢してくるかもしれない、戦力数を口にした貴族や彼の近くにいた他の貴族達も三十万で丁度いいと口にする。それを聞いて笑っていた貴族達は僅かの表情を変えた。どうやら同盟国が加勢して来る事を考えていなかったらしい。


「しかもビフレスト王国はグランドドラゴンや下級モンスターを手懐けて操る技術を持っているらしいではないか? そんな国に少ない戦力で攻め込んでいったら我が帝国軍でも返り討ちに遭ってしまうだろう」

「同盟国がビフレスト王国に加勢する事やモンスターを戦力に加えてくる事を考えて三十万の戦力を用意するべきだと思ったのだが……それでも戦力は少なくするべきだとお考えか?」


 戦力数を口にした貴族が笑っていた貴族達に低い声で尋ねる。笑っていた貴族達は自分達の考えが甘かった事に気付いたのか、何も言わずに黙り込んだ。

 笑っていた貴族達が黙ったのを見て、戦力数を口にした貴族は周囲に聞こえないくらい小さく鼻で笑うと黙って話を聞いていたカーシャルドや他の皇族達の方を向いた。


「皇帝陛下、ビフレスト王国と同盟を組んでいる二つの国、セルメティア王国とエルギス教国、モンスターが戦力に加わる事を計算し、三十万、もしくはそれ以上の戦力を用意するべきだと思いますが、いかがでしょう?」

「ウム、貴公の言う通り、同盟国やモンスターが動く事を考えればそれぐらいの戦力は用意しておくべきだ。戦力の準備と部隊の編制は貴公に任せる」

「ありがとうございます」

「それにビフレスト王国には我が国が強大な力を持っている事を思い知らせ、完膚なきまでに叩きのめさねばならない。奴等を精神的に追い詰める為にも大軍を送り込んでやるのだ」

「ハッ!」


 ビフレスト王国に精神的ダメージを与える為に大軍で攻め込んだ方が良いとカーシャルドは不敵な笑みを浮かべ、それを聞いた貴族達もクスクスと笑う。皇族の中でもゼルバムや他の皇族が笑っているが、バナンとカルディヌは笑う事なく黙って周囲の笑いを聞いていた。


「しかし、父上、念の為に手は打っておいた方がよろしいのではないでしょうか?」


 カーシャルド達が笑っていると皇族の中にいる一人の女が発言し、笑っていたカーシャルド達は視線をその女に向ける。

 女は三十代半ばぐらいで銀色のメッシーバンの様な髪型をしており、少し濃いめの化粧をしている。大人の雰囲気を出す様な紫色のドレスを着ており、他にも大きな宝石が付いた首飾り、イヤリングを付けていた。そして手には小さな宝石が付いた扇子を持っている。


「一体どんな手だ? カタリーナ」


 カーシャルドは女をカタリーナと呼ぶ、詳しい話を聞こうとする。

 発言した女はカタリーナ・バーバダ・ベルフェント。デカンテス帝国の第一皇女でカーシャルド、ゼルバムと同じように周辺国家は帝国の支配下にあるべきだと考えている女だ。女としてのプライドが高く、多くの貴族から結婚を求められている妹のカルディヌに僅かながら嫉妬している。更に悪知恵が働く為、一部の貴族や民からは狐皇女とも呼ばれていた。

 カーシャルドや貴族達が注目する中、カタリーナは扇子で自分の手を軽く叩き、自分の考えている事を説明し始める。


「ビフレスト王国と同盟を組んでいるセルメティア王国とエルギス教国に警告するのです。帝国とビフレスト王国の争いに介入すれば我が国はセルメティア王国とエルギス教国も敵と見なし、貴殿等の国の民に危害を加えると。しかし争いに介入しないのであれば貴殿等の国に危害を加えない事を保証すると伝えるのです。そうすればセルメティア王国とエルギス教国がビフレスト王国に加勢する可能性は低くなると思います」

「ほぉ?」


 カタリーナの話を聞いてカーシャルドは興味のありそうな表情を浮かべ、貴族達は意外そうな表情や少し驚いた様な表情を浮かべてカタリーナを見ている。

 ビフレスト王国に力を貸せばその国もデカンテス帝国の攻撃対象となる。周辺国家の中で最大の領土と軍事力を持つ帝国を敵に回せばその国にどんな未来が待っているのか誰にも分からない。今までどおりの平和な暮らしを望むのならビフレスト王国に力を貸すなと脅しを掛ける事、それこそがカタリーナの狙いだった。


「セルメティア王国はビフレスト王国が建国されるまでは周辺国家の中でも最小の国でした。軍事力も低く、帝国と戦争になって生き残れるわけがありません。そしてエルギス教国も亜人の奴隷制度を廃止した事で奴隷兵を失い軍事力が大きく低下しました。更にセルメティア王国との戦争で受けた傷もまだ癒えていません。どちらの国も帝国と戦えば確実に敗北するでしょう」

「だから今警告しておけば帝国に勝てる力を持たないセルメティア王国とエルギス教国は大人しくなり、ビフレスト王国に力は貸さないと?」

「ええ」


 不敵な笑みを浮かべるカタリーナを見てカーシャルドも同じように不敵な笑みを浮かべた。

 いくら同盟国が危機的状態にあったとしても、自分の国が攻撃される事をセルメティア王国もエルギス教国も望んでいないはず。ビフレスト王国に力を貸せば自分達も狙われてしまう。それを避ける方法は戦争に介入しない事、自国を守る為にセルメティア王国とエルギス教国の王族はビフレスト王国に力を貸すのをやめるかもしれない、カーシャルドとカタリーナは考えていた。


「……フッ、いいだろう。カタリーナの案を採用するとしよう。セルメティア王国とエルギス教国に警告の手紙を送れ。二つの国がビフレスト王国に加勢しても問題はないが、敵戦力は少ない方がいいからな。警告をすればセルメティア王国とエルギス教国が今度の戦争に参加する可能性も低くなる。より我が帝国が優勢になるだろう」


 カーシャルドは近くに控えていた貴族にセルメティア王国とエルギス教国に警告の手紙を送るように指示を出し、貴族はカーシャルドの指示に従い、手紙を用意する為に会議室を後にした。

 デカンテス帝国が勝利する確率を上げる為ならどんな事でもする暴君皇帝とずる賢い狐皇女、会議室にいる貴族達はカーシャルドとカタリーナを見て恐ろしい存在だと感じた。


「さて、次に全軍の指揮を執る者だが……」

「父上、私にお任せください!」


 軍の指揮官を誰にするか話し始めようとした時、ゼルバムが声を上げ、カーシャルド達は一斉に視線をゼルバムに向けた。


「ゼルバム、お前が指揮を執ると言うのか?」

「ハイ、私が軍を率いてビフレスト王国の愚か者どもに正義の鉄槌を下して見せます!」


 笑みを浮かべながら語るゼルバムを見てカーシャルドはほほぉ、とゼルバムを頼もしく思う。自分と同じように帝国こそ最高の国家であるべきだと考えるゼルバムなら指揮官を任せてもいいかもしれないとカーシャルドは感じていた。

 貴族達もゼルバムならビフレスト王国を倒して帝国に勝利をもたらすだろうと思っているのか期待の視線をゼルバムに向けていた。


「しかし父上、今のゼルバムは一個師団の副団長の立場にあります。全軍の指揮官なら副団長よりも団長、もしくはそれに近い職をを任されている者が適任だと思いますが……」


 カーシャルド達が期待する中、バナンが指揮官は別の人間に任せるべきだと進言する。カーシャルドや貴族達はバナンの言葉を聞いて視線をゼルバムからバナンに向けた。

 確かに一軍を指揮するのなら団長を補佐する副団長よりも普段から大勢の兵士や騎士を管理、動かしている団長の様な存在の方が適任だと言える。ゼルバムは折角全軍の指揮官を任せてもらえるかもしれないと言う時に余計な事を言ったバナンをジッと睨んだ。


「……確かに、お前の言っている事も一理あるな」

「父上!」


 バナンの言っている事は正しいと感じたのかカーシャルドは腕を組みながら考え込む。ゼルバムは考えが変わりそうになっているカーシャルドを見て思わず声を上げる。

 しばらくすると考え込んでいたカーシャルドがゼルバムの方を向き口を動かした。


「……ゼルバムよ、お前のやる気は認めよう。だがバナンの言うとおり、軍の指揮を執るのであれば副団長を務める者よりも団長の様な大軍を動かう事に慣れている者にやらせる方がいい」

「し、しかし……」

「今回ばかりはバナンの言っている事が正しい、諦めろ」

「……クッ!」


 指揮官に選ばなかった事にゼルバムは悔しそうな表情を浮かべ、再びバナンをジッと睨み付ける。バナンはそんなゼルバムの睨み付けを無視し、何事も無かったかのように目を閉じた。

 バナンは指揮官として技術が足りないゼルバムが指揮官となったら戦いで帝国軍が不利になるという事が分かっていた。帝国軍が勝つ為にもやる気だけのゼルバムより、指揮になれた存在に任せた方がいいと思い言い出したのだ。


「今回の戦争での全軍の指揮はオラルトンに任せる事にする。後ほど奴を呼んでその事を伝えておけ」

「ハッ」


 デカンテス帝国の全軍の指揮をオラルトンと言う者に任せる事にしたカーシャルドはその事を本人に伝えておくよう近くにいた貴族に伝え、指示された貴族は頭を下げながら返事をした。


「開戦したらお前達にも前線でしっかりと働いてもらう。帝国の為に持てる力を存分に使うがよい」


 現在会議室にいる貴族達も各部隊を率いて今度の戦争に参加するらしく、カーシャルドは貴族達にデカンテス帝国の為に前線でしっかり戦うよう伝えた。貴族達はカーシャルドの顔を見ながらお任せを、と言いたそうに笑みを浮かべる。

 貴族達が笑う姿を見てバナンは複雑そうな表情を浮かべており、カルディヌも腕を組みながら目を細くして貴族達を見ていた。

 それからカーシャルド達は誰がどの部隊を指揮し、どの場所を担当するのかなどを話し合い、指揮官の話が済むと次にビフレスト王国へ進軍する為の道のりについて話し合いを始めた。


「次にビフレスト王国へ進軍する為の経路についてですが、皇帝陛下がビフレスト王国と会談を行ったアルマティン大平原を通過し、そこから真っ直ぐビフレスト王国へ向かって進軍する道しかないと思われます」

「アルマティン大平原からだと? 他に進軍する道は無いのか?」


 貴族の話を聞いてカーシャルドは他に進軍経路がないか尋ねる。貴族は持っている羊皮紙を見ながら難しそうな表情を浮かべた。


「残念ながら、それ以外に道はありません。ビフレスト王国は同盟国であるセルメティア王国とエルギス教国の中間にあり、他の道からビフレスト王国へ向かうとなると必ず同盟国の領内を通過する事になります。もし開戦してた後に我が軍が同盟国の領内に入れば同盟国はビフレスト王国と戦争中の我々を敵と見なして攻撃して来るでしょう。そうなればビフレスト王国に辿り着く前に同盟国の軍と戦闘になり、戦力も兵士達の士気も大きく削がれてしまいます」

「……いくら同盟国の介入を計算して編成しても、同盟国の領内で大軍を相手にするのは厳しい。万全の状態でビフレスト王国と戦うには同盟国の領内に入らず、どの国の領土にもなっていないアルマティン大平原を通過し、真っ直ぐビフレスト王国へ向かうのがいい、という訳だな?」


 貴族の説明を聞いてバナンが真剣な表情で確認すると説明していた貴族はバナンの方を向いて頷いた。

 カーシャルドも貴族の話を聞き、同盟国の領内で戦闘が起きればビフレスト王国の制圧に影響が出ると感じたのか難しい顔で俯く。しばらく考え込むとカーシャルドは顔を上げて少し不満そうな顔で貴族の方を見る。


「……いいだろう、進軍はアルマティン大平原を通過し、真っ直ぐビフレスト王国へ向かう経路とする」


 確実にビフレスト王国に勝ち、ビフレスト王国を叩きのめす為には仕方がないとカーシャルドはアルマティン大平原を通過する事を決め、貴族達も異議を唱える事無く納得した。


「父上、ビフレスト王国も我々がアルマティン大平原を通過してビフレスト王国領内に進軍して来る事を予想し、アルマティン大平原に軍を配備する可能性があります。それを計算して、大平原を通過する先遣部隊は大規模なものにした方が良いと思いますが……」

「お前に言われなくても分かっておる。とりあえず、先遣部隊は十万ほどの部隊とする。皆もそれで構わないな?」


 カーシャルドが最初にアルマティン大平原を通過する部隊の戦力を予定戦力の三分の一に決め、貴族達に異議は無いか尋ねると貴族達は何も言わずに頷く。例えセルメティア王国とエルギス教国が加勢しても十万なら楽に勝利できると貴族達は思っているようだ。

 

「その先遣部隊の指揮はデージック、貴公に任せる」

「ハッ、お任せください、皇帝陛下」


 会議室にいる貴族の内の一人がカーシャルドの方を向いて軽く頭を下げた。その貴族は四十代半ばくらいで高価な服を着ており、金色の短髪にどじょう髭を生やしている。目は鋭く、左の頬には大きな傷があり、どこか猛々しさを感じさせる顔をしていた。

 男の名はサルバント・デージック、デカンテス帝国の伯爵でカーシャルドやゼルバムと同じ帝国至上主義の考え方をする貴族。若い頃は帝国騎士として多くの功績を上げており、カーシャルドからも信頼されている。大勢いる貴族の中でもカーシャルドを心酔しており、彼に逆らう者には容赦はしない。ビフレスト王国に宣戦布告をするかしないかを話し合った時も誰よりも先に前に出て反対する貴族達を黙らせた。

 カーシャルドから先遣部隊の指揮を任されたデージックを見てさっきまで不愉快な表情を浮かべていたゼルバムが少し驚いた表情を浮かべる。するとカーシャルドがそんなゼルバムの方を見て口を動かした。


「ゼルバム、お前はデージックと共に先遣部隊を率いてビフレスト王国へ進軍しろ」

「ち、父上、よろしいのですか?」

「構わん、先程お前を全軍の指揮官に選ばなかった代わりだ。先遣部隊としてビフレスト王国軍と最初に戦う機会を与える。初陣に勝利し、帝国皇族の誇りと力を見せつけてやるがいい」

「ハッ、ありがとうございます!」


 皇族の中で最初に功績を上げるチャンスを与えてくれ父にゼルバムは笑顔で感謝をする。デージックは自分と同行するゼルバムを見て小さく笑った。

 実はデージックはゼルバムが副団長を務めている師団の団長でゼルバムの上官でもあるのだ。同時にゼルバムに剣術を教えた師匠でもあり、デカンテス帝国の貴族の中では誰よりもゼルバムの事を知っており、ゼルバムからも頼りにされている。その為、ゼルバムが自分の指揮する先遣部隊に入った事を心の中で喜んでいた。


「デージック、ゼルバムの事は貴公に任せるぞ?」

「ハッ!」


 カーシャルドはデージックにゼルバムの事を頼み、デージックも力の入った声で返事をする。ゼルバムもデージックを見てニッと笑みを浮かべていた。

 黙って話を聞いていたバナンはゼルバムが先遣部隊に選ばれた事を喜んでいる姿を見て哀れむ様な表情を浮かべている。先遣部隊に入るという事は最前線に向かうという事、危険な最前線に行ける事を喜ぶゼルバムの精神をバナンはおかしく思う。同時に息子であるゼルバムを危険な最前線に向かわせるカーシャルドの考えが理解できなかった。


「残りの二十万の戦力は先遣部隊の後にビフレスト王国に進軍する部隊、帝国領内の町を防衛する部隊など幾つかに分けて各地に配備しようと思っておりますが、いかがいたしましょうか?」

「貴公等に任せる……」


 貴族が残りの戦力の配備や部隊編成などについて尋ねるとカーシャルドは低い声を出しながら貴族に任せる。それを聞いた貴族は近くにいる別の貴族と部隊編成について話し合いを始めた。


「父上、私達紅戦乙女隊はどういたしましょうか?」


 カルディヌがカーシャルドに話しかけて自分の部隊はどうすればよいか尋ねた。

 紅戦乙女隊は帝国軍の騎士隊の中でも力の強い部隊である為、当然今度の戦争にも参加する事になっている。だがまだ何処に配備されるかは決まっていないのでカーシャルドに訊いてみる事にしたのだ。


「……部隊の配備は貴族達に任せてある。奴等と話し合って決めよ」


 話しかけられたカーシャルドは椅子にもたれながら伝え、それを聞いたカルディヌは話し合っている貴族達の下へ向かう。カーシャルドは椅子にもたれながら深く溜め息をつく。別に疲れる様な事は何もしていないのに溜め息をつき、怠惰な態度を取るカーシャルドをバナンは呆れる様な目で見つめていた。

 それからカーシャルド達は軍の編成や配備、開戦にどのくらい掛かるかなどを話し合い、会議を終わらせた。


――――――


 ビフレスト王国の首都バーネストの王城にある小さな部屋、その中でダークは丸いテーブルの前に座っており、肩には子竜姿のノワールが乗っていた。ダークの後ろではアリシアが目を閉じて静かに控えている。そして、ダークの前にはセルメティア王国の国王マクルダムとエルギス教国の女王ソラの姿があった。

 三人は丸いテーブルを囲む様に座っており、ダークから見て右斜め前にマクルダムが座り、その後ろには近衛隊長のヘルフォーツが立っている。左斜め前にはソラが座っており、隣には側近である六星騎士のソフィアナが控えていた。

 今回三人がバーネストの王城に集まった理由、それは勿論ビフレスト王国とデカンテス帝国の戦争について会談を行う為だ。ダークはデカンテス帝国から宣戦布告の手紙が届いた後、その事を同盟国に伝える為にすぐにマクルダムとソラに親書を送った。その時、親書に一度戦争の事について話し合いをしたいとも書き、こうしてマクルダムとソラをバーネストの王城に呼んだのだ。


「……大変な事になりましたね」


 デカンテス帝国と戦争になった事についてソラは気の毒そうな顔でダークを見ている。隣に座っているマクルダムも同じような顔でダークを見つめていた。


「まぁ、暴君皇帝と言われた彼ならきっとこうすると予想はしていましたけどね」


 ダークは戦争になる事をあまり気にしていない様子で答え、そんなダークの態度を見てソラは少し意外そうな顔をする。

 周辺国家でも最大の領土と軍事力を持つデカンテス帝国と戦争をすると言うのに余裕の態度を取るダークをソラは不思議に思っていた。ソラの隣に立っているソフィアナも焦りなどを見せないダークを見て目を丸くして驚いている。


「……ダーク殿、貴方はこれからどうなさるつもりなのだ?」


 マクルダムが真剣な表情を浮かべて今後どう動くかダークに尋ねると、ダークはゆっくりと上半身を前に出してマクルダムとソラを見つめる。


「勿論、徹底的に戦うつもりです。同盟が組めなかったからと言って力尽くで他国を奪おうとする帝国には容赦はしません」

「やはりそうか、貴方ならそう仰ると思っていましたぞ」


 ダークの答えが分かってたのかマクルダムは小さく笑いながら呟き、ソラも同じように微笑みを浮かべていた。そんな二人を見てダークは小首を傾げ不思議そうにする。


「……ダーク殿、今度の戦争、我がセルメティア王国は全力でビフレスト王国を支援いたします」

「ハイ、我々エルギス教国も同じです。力を合わせて帝国に勝利しましょう」


 セルメティア王国とエルギス教国が今度の戦争で力を貸す、それを聞いたダークは少し驚いた様な反応を見せる。アリシアとノワールも少し意外そうな顔をしていた。

 同盟国が他国と戦争をするのであれば、同盟を組む者として力を貸すのは当然の事、マクルダムとソラはそう考えてビフレスト王国に力を貸す事を決めていた。しかも二人はダークに大きな借りがる為、その借りを返す為にも支援を惜しまないと思っている。


「……ありがとうございます。ですが、支援は結構です」

「え?」


 ダークの口から出た意外な言葉にソラは驚いて声を漏らす。マクルダムも声は出さなかったが驚きの表情を浮かべてダークを見ており、ヘルフォーツとソフィアナも同じような表情を浮かべていた。


「今回の戦争は私が同盟を組む事を断り、皇帝のカーシャルドを挑発したのが原因です。関係の無いセルメティア王国とエルギス教国を巻き込んで両国に被害を出させる訳にはいきません」

「そんな事はお気になさらないでください」

「そうです。同盟国が戦争を仕掛けられているのなら、助けるのは当然の事です」

「それでも、自分の蒔いた種は自分で刈り取るのが当然の事ですから」


 支援をすると言うソラとマクルダムを見てダークは丁寧に断ろうとした。

 ダークもセルメティア王国とエルギス教国が加勢してくれる事を正直嬉しく思っていた。しかし、自分の言動が原因でデカンテス帝国と戦争になってしまったのに、セルメティア王国とエルギス教国から力を借りるのは虫が良すぎると思っていたのだ。

 それにビフレスト王国には騎士団の兵舎で召喚した騎士やサモンピースで召喚したモンスターなどが大勢おり、デカンテス帝国に十分対抗できる力を持っていたので同盟国の支援も必要無かった。

 支援を断るダークをマクルダムとソラはしばらくジッと見つめる。三人の傍に控えているアリシア、ヘルフォーツ、ソフィアナは静まり返る部屋の空気に少し緊張した表情を見せていた。


「……ダーク陛下、実は数日前に帝国から手紙が届いたんです」


 突然沈黙を破る様にソラが語り出し、その場にいた全員が一斉にソラに視線を向けた。


「手紙?」

「ハイ、内容は帝国とビフレスト王国の戦争でビフレスト王国を支援するなと言うものでした。もし支援すれば帝国は我が国をビフレスト王国の協力者と見なしてビフレスト王国の様に攻撃を仕掛けるとの事です。そして、支援を行わなければ帝国は我が国に危害を加えない事を約束する、とも書いてありました」

「何ですって?」


 デカンテス帝国がエルギス教国に送った手紙の内容を知り、ダークは低い声を出す。ビフレスト王国に手を貸せば攻撃する、帝国の脅迫とも言える手紙にダークは帝国に対して怒りを感じる。


「……実は、我が国にも帝国から手紙が届いたのです。内容はエルギス教国に送られた手紙と同じものでした」


 セルメティア王国にも脅迫の手紙が届いたとマクルダムの口から聞いたダークとソラはフッとマクルダムの方を向く。

 デカンテス帝国がビフレスト王国と同盟を組んでいるセルメティア王国とエルギス教国の動きを封じる為に送った手紙、帝国のやり方にダークはより不快な気分になる。だが、これでセルメティア王国とエルギス教国を戦争に巻き込まないようにする為に正当な理由ができたのでダークはラッキーだと思っていた。


「……お二人とも、やはり我が国に支援をするのはやめた方がいいです。もし我が国を支援し、帝国との戦争に関わればセルメティア王国とエルギス教国も帝国に狙われる事になってしまいます。お二人の支援したいと言う気持ちには感謝しています。ですが、セルメティア王国とエルギス教国、そして二つの国の民を守る為にもここは帝国に従って支援を中止してください」


 同盟国を守る為にダークはマクルダムとソラに支援をやめるよう伝える。ダーク自身、同盟国を巻き込みたくないと言う理由もあったが、自分が引き起こした戦争で同盟国が被害を受ける事はダークのプライドが許さなかった。


(セルメティアとエルギスの力を借りなくても青銅騎士やモンスター達を上手く使えば楽に勝てるしな……)

「……いいえ、我が国はビフレスト王国を支援します。考えは変わりません」

(……え?)


 ソラが真剣な表情で支援をすると口にし、それを聞いたダークは心の中で驚く。アリシアとノワールも驚きの表情を浮かべてソラを見ていた。


「我々セルメティア王国も全力でビフレスト王国に力を貸します」

「マクルダム陛下?」

 

 続いてマクルダムも今度の戦争でビフレスト王国に力を貸すと口にし、ダークは視線をソラからマクルダムの方に向けた。


「あの、お二人とも? 我が国を支援すればセルメティア王国とエルギス教国も帝国の攻撃対象になってしまうのですよ?」

「分かっています。ですが、あんな脅迫する様な手紙を送りつけられてこのまま黙って引き下がる訳にはいきません。それにもし帝国の要求に従って支援する事をやめてしまえば、私達は帝国と同じ自分達の事しか考えない存在だと認める事になってしまいますから」

「例え脅迫をされても、帝国を敵に回す事になったとしても、同盟国を、友を守るのが当然の事です。私達は同盟国であるビフレスト王国を守る為に、帝国に屈する事無く戦います」


 ソラとマクルダムの熱意の籠った目を見たダークは兜の下で驚きの表情を浮かべる。例え大国を敵に回し、自国が危険な状態になると分かっていても同盟国の為に危険な道を選ぶ二人の意思の強さにダークは驚き、同時に感服した。


「ダーク殿、今度の戦争、ダーク殿が何と仰られても我々エルギス教国は支援をやめるつもりはありません。帝国に勝つ為、力をお貸しします」

「我々セルメティア王国も同じです。それにあの様な手紙を送りつけて来た帝国に一泡吹かせてやりたいと言う気持ちもありますしね」


 ビフレスト王国を守る為、そして自国と誇りを守る為に力を貸すと語るソラとマクルダム。そんな二人の答えを聞いたダークはこの状況で支援を断るのは二人の覚悟を否定する事になるのではと感じていた。


「フゥ……分かりました、よろしくお願いします」


 ソラとマクルダムの覚悟に押されたダークはとうとう折れ、セルメティア王国とエルギス教国からの支援を受ける事を決めた。

 ダークの答えを聞いたソラとマクルダムは小さく笑い、アリシアとノワールも折れたダークを見て苦笑いを浮かべている。


「それでは、早速支援内容について話しましょう」


 支援する事が決まるとダーク達はすぐに話し合いを始める。どれ程の戦力を動かすか、指揮官を誰にするのかなど、細かい内容を話し、アリシア達はダーク達の話し合いを黙って聞いていた。

 話し合いを始めてから三十分が経過し、支援内容に関する話し合いが終わった。ダーク達は疲れを感じたのか椅子にもたれながら一息つく。


「……では、今話した内容どおりの流れでお願いします」

「分かりました。しかしダーク殿、本当にお貸しする戦力はあれだけでよかったのか?」

「我々はもう少しお貸ししてもよいと思っているのですが……」

「ええ、大丈夫です。問題ありません」


 ダークの言葉にマクルダムとソラは少し不安そうな表情を浮かべる。話の内容からダークがセルメティア王国とエルギス教国に要請した戦力の数が少なく、大丈夫なのかと不安を感じているようだ。

 ビフレスト王国の戦力は少ないがかなりの力がある。その為、戦力が少なくてもデカンテス帝国とは互角以上に戦えるため、ダークはセルメティア王国とエルギス教国からは最低限の戦力しか要請しなかったのだ。

 マクルダムとソラもダークが支配しているモンスターや彼が持つマジックアイテムの事は知っており、ダーク達なら最悪の結果にはならないだろうと思ってはいるが、やはり少し心配なようだ。


「それよりも、帝国軍が我が国に侵攻して来るとしたら、やはりアルマティン大平原を通過してくる可能性が高いでしょうね」


 ダークがデカンテス帝国が侵攻する経路について話し出すとマクルダムとソラはフッと反応して表情を変えた。


「……そうですね。先程もお話ししたように我が国やセルメティア王国の領内に入ってビフレスト王国に向かうのは帝国にとって都合の悪い事だと思います。下手をすれば我が国の軍やセルメティア王国軍と戦闘になる可能性がありますから」

「何処の国の領土にもなっていないあの大平原を通れば無駄な戦闘をする事も無くビフレスト王国に向かう事ができます。それにアルマティン大平原を通る道がビフレスト王国への最短ルートですからな」

「そうですか……では、やはりあの大平原で帝国を迎え撃つのがいいでしょうね」


 デカンテス帝国がどの道を通ってビフレスト王国に向かうのか、ダークは腕を組みながら呟き、マクルダムとソラ、アリシア達は黙ってダークを見つめている。


「……それなら、帝国軍を迎え撃つ為の砦をアルマティン大平原に建設し、奴等を待ち構える事にしよう」


 そう言ってダークは目を薄っすらと赤く光らせた。


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