第百六十六話 敵意のぶつけ合い
ダークの答えを聞いたカーシャルドは笑顔のまま表情を固めてダークを見ており、カルディヌ達も少し驚いた様子でダークを見ていた。バナンはダークが同盟を組む事を断ると予想していたのか驚く事なく黙っている。
会話を聞いていたアリシアはダークなら絶対に断ると確信していたのか、ダークの答えを聞いて周囲に聞こえないくらい小さな声で笑う。ノワールとジェイク、ヴァレリアは無表情のままダークを見つめており、レジーナとマティーリアはどこか楽しそうな笑みを浮かべている。
「……な、何だと?」
カーシャルドはダークが同盟を組む事を断ったのか理解できていないのか呆然としながら声を漏らす。そんなカーシャルドの様子を見てレジーナとマティーリアはおかしいのかクスクスと笑いを堪えていた。
「い、今、断ると言ったのか? ダーク殿……」
「その通りだ」
呆然としながら確認するカーシャルドにダークは迷いのない声で答える。それを聞いたカーシャルドは目を見開いて信じられないと言いたそうな表情を浮かべた。
カーシャルドはまばたきをしながらしばらくダークを見つめる。すると何かに気付いた様な反応を見せ、軽く首を横に振ってから再び笑い出した。
「……そうか、情報や技術の提供だけでは同盟は組めないという事だな?」
ダークが何を考えているのかも知らずにカーシャルドは勝手に勘違いをし、そんなカーシャルドを見たダークは心の中でカーシャルドのおめでたさを哀れに思った。
「では、貴殿の国への支援、技術と情報の提供に加えて我が娘であるカルディヌを貴殿の妃として差し出そう」
「えっ!?」
カーシャルドの口から出た言葉に後ろに控えていたカルディヌは思わず声を漏らす。勿論バナンや秘書官、護衛のマナティア、ナルシア、ファウも驚いている。
レジーナやジェイク、マティーリアにヴァレリアもカーシャルドの予想外な言葉を聞いて少し驚きの表情を浮かべながらカーシャルドを見ている。そんな中でアリシアだけはレジーナ達よりも驚いているのか目を見開いたまま固まっていた。
(おおぉ、アリシアの奴、かなり動揺しておるな)
マティーリアは驚きの表情を浮かべているアリシアを見て悪戯っぽく笑いながら心の中で呟いた。
アリシアはダークに密かに想いを寄せている為、デカンテス帝国の皇女がダークの妃になると聞いてショックを受けたようだ。そしてマティーリアはそんなアリシアの反応を見て楽しんでいた。
テント内の空気が変わる中、カーシャルドは笑いながらダークを見ている。実はこのカルディヌをダークの妃として差し出すと言うのもカーシャルドの計画の一つだった。ダークが最初の条件で同盟を組まなかった場合、娘であるカルディヌを妃としてダークに差し出すつもりだったのだ。
カルディヌがビフレスト王国の国王であるダークの妃となればダークとデカンテス帝国の皇族は親族関係となる。親族関係ともなれば皇族はビフレスト王国内でも強い権力を得る事ができ、ある程度の自由が許されるだろう。上手くやればビフレスト王国の法律などを変える事ができるかもしれない。
仮に皇族がビフレスト王国で自由にする権力が与えられなかったとしても、妃となったカルディヌにはビフレスト王国の王妃として確実に国王であるダークに次ぐ権力を手にする事ができ、ビフレスト王国を動かす力を得られる。そうなればカーシャルドは王妃となったカルディヌを通じてビフレスト王国を間接的に動かす事ができるだろう。
カルディヌがダークの妃になる、それはカーシャルドにとって同盟を組んで対等の立場になるよりも遥かに都合の良い事だった。因みに最初に同盟を組む条件にカルディヌとの結婚を加えていなかったのはエリート騎士隊である紅戦乙女隊の隊長であるカルディヌを手放すのが惜しい事と少ない条件で同盟が組めるのならその方が得だと考えていたからだ。
「カルディヌは皇女としては少々男勝りな性格だが、剣の腕は一流で顔も良く女としての嗜みもある程度は心得ている。騎士である貴殿の妃としては相応しいと思うぞ?」
笑みを浮かべながらカーシャルドはダークにカルディヌの事を紹介し、ダークは黙ってカーシャルドの後ろの控えているカルディヌを見ている。カルディヌはダークに見られている事に気付いていないのか目を閉じたまま黙っていた。
カルディヌはデカンテス帝国の皇女の中でも美人な方で帝国民の男達からは人気がある。更に美しいだけでなく剣の腕も一流である事から多くの貴族の男達が婚約者に立候補するほどだ。
しかし、その性格と紅戦乙女隊の隊長と言う立場からなかなか結婚相手が決まらず、貴族達からは高根の花として見られている。カーシャルドはそんなカルディヌならダークも喜んで迎え入れるだろうと考えてダークの妃に選んだのだ。
カルディヌはいきなり他国の国王の妃として自分を差し出すと言うカーシャルドの言葉に最初は動揺したが、自分をダークと結婚させてビフレスト王国の情報や権力を手に入れようとするカーシャルドの狙いに気付き、自分がダークと結婚する事がデカンテス帝国の為になるのだと考え、反論する事無くダークの妃になるという事を受け入れた。
何も言わずに黙っているカルディヌを見てバナンと秘書官、そして護衛を務めるファウは勝手に結婚相手を決められたカルディヌを気の毒に思っていた。
「ダーク殿、これなら我が国と同盟を組んでくれるだろう?」
カーシャルドは笑ってダークに同盟を組んでくれるか再確認をする。大陸でも最大で最高のデカンテス帝国と同盟を組める上に美しいカルディヌを妃にする事ができる、この条件ならダークは絶対に同盟を組むとカーシャルドは確信していた。
デカンテス帝国の皇女を妃として差し出すと言う条件を加えれてダークがどう返事をするのか、ダークの後ろに控えている者達、特にアリシアは心配そうな表情を浮かべてダークの後ろ姿を見ている。
黙ってカーシャルドの話を聞いていたダークはゆっくりと椅子にもたれて溜め息をつき、カーシャルドを見て目を赤く光らせた。
「……どんな条件が追加されても私は貴殿の国と同盟を組む気は無い」
ダークは低い声で最初と同じ答えを出す。ダークの気持ちが分かっていない事を知ってノワールやレジーナ達は微笑みを浮かべ、アリシアは安心した様な様子を見せながら笑う。そんなアリシアの反応を見てマティーリアはニヤニヤと笑っていた。
カーシャルドはダークの答えが変わらない事を知り、また呆然としながらダークを見ている。カルディヌも自分を妃にするという条件が加わってもダークの意志が変わっていない事を知って少し驚いていた。同時にダークの妃にならなくてもよいという安心と妃として迎え入れてくれなかった事の対する小さな悔しさを感じる。
「な、なぜだ? これでもまだ我が国と同盟を結ばないと言うのか? 一体、貴殿はどんな条件なら同盟を組むと言うのだ?」
「先程も言ったはずだ、例えどんな条件でも私はデカンテス帝国と同盟を組む気は無い」
「なっ!」
力強く、そしてハッキリと同盟を断られ、カーシャルドは目を見開き驚愕の表情を浮かべる。彼の後ろで話を聞いていたバナン達もダークの答えを聞き、カーシャルドと同じように目を大きく開いてダークを見ていた。
「……わ、我々と同盟を組まない理由は?」
なぜ同盟を組む気が無いのか、カーシャルドはダークにその理由を尋ねる。するとダークはチラッとカーシャルドの後ろに立っているカルディヌを見てから視線をカーシャルドに戻した。
「カーシャルド殿、貴殿は私を見くびっていたようだ。貴殿が我が国の情報や魔法薬に関する知識、技術を手に入れる為に同盟を持ち掛けた事は最初から分かっていた。そして、皇女であるカルディヌ殿を私の妃にしようとしたのも、間接的に我が国の政権を手に入れる為の政略結婚であるという事もな」
「……!」
カーシャルドはダークが自分の狙いを全て見抜いていた事を知って思わず反応する。そんなカーシャルドの反応を見たダークはカーシャルドに聞こえないくらい小さく鼻で笑った。
「私は貴殿の様に下心から同盟を組もうなどと言ってくる輩と同盟を結ぶ気は無いのだよ。それに私は自分の伴侶となる女性を政略結婚などで決める気は無い。自分の伴侶は自分で決める事にしている」
ダークから同盟を組まない理由を聞かされたカーシャルド達、デカンテス帝国側の人間は全員黙り込んでダークを見ていた。
「そもそも、私はまだファゾムの一件で貴殿から謝罪の言葉を聞いていない。過ちを認め、謝罪もできないような者と手を取り合おうとする者がいると思うか?」
「しゃ、謝罪? ファゾムの一件は奴等の独断で儂等は調合表を盗めだの、モンスターを殺せだのとは命令していないと言ったではないか」
「その言葉を簡単に信じる程、私は愚かな男ではない。仮に貴殿の指示でなかったとしても、貴殿が送り込んだファゾムが原因で今回の事件が起きたのは紛れもない事実。部下の過ちを部下に代わって謝罪するのも人の上に立つ者の務めではないのか?」
カーシャルドは唖然とした顔でダークを見ている。いずれ大陸の中心国となるデカンテス帝国の皇帝である自分に謝罪をしろと言って来ている事に対して戸惑いと衝撃を感じていた。
(何を言っているのだ、こ奴は? 儂に、帝国の皇帝である儂に謝罪をしろと言うのか? 大陸で最大の領土と最強の力を持つデカンテス帝国を治めてきたこの儂に誕生して間もない小国の王に謝罪をしろと言っておるのか!?)
これまでデカンテス帝国の威厳の為に多くの人間をその力で黙れせて来たカーシャルドは常に人々から見上げられる位置にいた。その為か、自分よりも低い位置にいるであろうダークから謝罪を要求された事が信じられず混乱していたのだ。
呆然としたまま謝罪もせず、何も喋らないカーシャルドを見てダークは小さく溜め息をつく。これ以上待ってもカーシャルドは自分から謝罪する気は無いとダークは感じていた。
「……どうやらカーシャルド殿は謝罪をする気は無いようだな。ならばこれ以上会談を続ける理由もないな」
「は?」
「カーシャルド殿、会談はこれで終了とさせてもらう。もう帰ってくれて結構だ」
「な、何を……」
いきなり会談を終わらせると言うダークにカーシャルドは意味が分からずに動揺を見せる。バナン達もなぜ会談を終わらせるのか理由が分からずに頭の中で混乱していた。
「貴殿がファゾムの件を謝罪するのであれば、同盟は組まなくとも帝国と最低限の交流を持とうと思っていた。だが貴殿に謝罪する気が無いのであれば、こちらも貴殿の国と交流を持つ気は無い。つまり、交流について話し合いをする必要もないので会談を終了させてもらうという訳だ」
「な、何だと……」
カーシャルドはダークの言葉を聞いて僅かに体を震わせた。
謝罪するのであれば交流を持ってもいい、だが謝罪しなければ交流を持たない。カーシャルドは知らぬ間に自分が試されていたと知り、これまで感じた事の無い屈辱を受けていた。
「今回の会談でファゾムがバーネストにやって来た理由、誰がファゾムを送り込んだのかなど、私の知りたかった事は全て知る事ができた。そしてその事を話してくれたカーシャルド殿には感謝する。よってファゾムの件は全て水に流そう。しかし、当分の間、帝国の人間が我が国の領内に出入りする事を禁止させていただく。もし領内で帝国の人間を見つけた場合はその者を犯罪者として捕らえさせてもらう」
「な、何を無茶苦茶な――」
「無茶苦茶なのは、貴殿だと私は思うが?」
目を赤く光らせてダークは僅かに力の入った声を出す。それを聞いたカーシャルドは悔しそうな表情を浮かべて奥歯を噛みしめる。カーシャルドの後ろで話を聞いていたバナンとカルディヌは最悪の結果になった、と複雑そうな表情を浮かべていた。
「これ以上貴殿と話す事は無い。お引き取りいただこう」
椅子にもたれながらダークは興味の無さそうな声でカーシャルド達に帰るよう伝える。そんなダークの態度を見たカーシャルドは拳を強く握ってダークをジッと睨んだ。
しばらくダークを睨んだカーシャルドはゆっくりと立ち上がり、テントの出入口の方へ歩いて行く。後ろの控えていたバナン達は左右へ移動して道を開ける。カーシャルドは悔しそうな顔をしながらバナン達の間を通り、バナン達はカーシャルドの顔を見て少し怯えた様な反応を見せた。
カーシャルドはテントの出入口前まで移動すると突然立ち止まり、ゆっくりと振り返ってダークの方を向く。その表情はさっきと違って笑顔だが口元などが引きつっており、悔しさや苛立ちの様なものが感じられる。
「……ダーク殿、我が国と同盟を結ばなかった事、きっと後悔すると思うぞ?」
「ほおぉ? それは面白い。ぜひ後悔させてもらいたいものだ」
ダークはカーシャルドの引きつった笑顔を気にもせずに挑発する。カーシャルドは余裕の態度を見せるダークを見て笑顔を消し、再び悔しそうな表情を浮かべた。ダークの肩に乗っているノワールはダークを敵に回す様な発言をしたカーシャルドを哀れむ様な目で見つめる。
これ以上この場にいたら増々苛つくと感じたカーシャルドはテントから出て行こうとする。するとダークは何かを思い出したようにフッと顔を上げ、テントから出ようとするカーシャルドに声を掛けた。
「言い忘れていた事があるのだが、我々が倒したファゾムの隊員達の死体を持って来ているのでお返しする」
「……不要だ。死んだ者の体など持って帰っても何の役にも立たん。貴殿等で処分しておいてくれ」
不機嫌そうな声でそう言うとカーシャルドはテントから出て行く。ダーク達はデカンテス帝国の為に戦って死んだ者達の死体を持ち帰る事なく他国に処分させるカーシャルドの冷酷な態度を見て不快な気分になった。
カーシャルドがテントを出るとカルディヌや秘書官、ファウ達もその後に続いて外に出て行き、残ったバナンもテントから出ようとする。するとバナンは足を止めてゆっくりとダーク達の方を向き、ゆっくりと頭を下げた。
「……この度は我が帝国のせいで貴方がたに迷惑をおかけした。父である皇帝陛下に代わり、謝罪いたします」
謝罪しなかったカーシャルドの代わりに皇子であるバナンが謝罪をし、その姿を見たダーク達は帝国至上主義者のカーシャルドの息子の中にもまともな者がいるのだと知って少し意外に思った。
謝罪を済またバナンはもう一度ダーク達に頭を下げて挨拶をし、静かにテントを出て先に馬車へ向かったカーシャルド達の後を追った。
――――――
カーシャルド達が帰ってしばらく経ち、ダーク達はテントの中で今回の会談の内容、結果について話し合いを始める。
ダークは立ち上がって机を囲んでいるアリシア達を見つめ、アリシア達もダークの方を見ている。ダークの肩に乗っていたノワールは机の上に乗ってダークを見上げており、外で待機していた鬼姫もテントの中に入ってアリシア達と同じようにダークの方を見ていた。
「予想通りカーシャルドはファゾムに調合表を盗ませた事を認めず、ファゾムの件で謝罪する事も無かった」
「ええ、それどころか私達と同盟を組もうなどと虫のいい事まで言ってきましたね」
カーシャルドの勝手な考え方にノワールは少し怒った様な顔をする。ダークの隣に立つアリシアもカーシャルドの態度に気分を悪くしているのか目を鋭くしていた。
「おまけに自分達の為に戦ったファゾムの連中の死体を引き取る事もせずに捨てて行きやがったぜ」
「ほんっとうに最低な男ね、あのおっさん!」
ノワールに続いてジェイクとレジーナもカーシャルドの冷たい態度に腹を立て低い声を出す。マティーリアとヴァレリア、鬼姫は苛立ちを見せる事無く無表情でジェイクとレジーナの話を聞いていた。
ダークも二人と同じ気持ちなのか、周りが分からないくらい小さくゆっくりと頷く。さっきの会談でのカーシャルドの態度と発言を目にし、ダークはカーシャルドが暴君皇帝と言われている事に納得した。
「そんな最低な皇帝の同盟を組もうと言う申し出を私は断った。帝国こそが大陸一の国家と考え、望む物を全て手に入れようとする皇帝にとって私の答えはさぞ不愉快なものだったはずだ」
「間違いないじゃろうな、あの男は何でも自分の都合よく事が運ぶと思い込んでおる。若殿が同盟を組む事を断るとは思っておらんかったのか、かなり悔しそうな顔をしておった」
マティーリアは腕を組みながらカーシャルドの子供の様な考え方や態度に呆れた様な口調をする。
全てが自分の思い通りになると言う独裁的な考え方を持つ者は自分の予想もしていなかった事が起きたり、相手が自分を拒絶する様な態度を取れば混乱して動揺を見せる事が多い。カーシャルドもダークが何度も予想していなかった答えを出したり、同盟を組むと言う提案を拒絶したの事でかなり不機嫌な様子を見せていた。
「さて、私にコケにされ、プライドを傷つけられた帝国至上主義者のカーシャルドはこの後どんな行動を取るか……アリシア、どう思う?」
ダークはアリシアの方を向いてカーシャルドがこれからどう動くのか尋ねると、アリシアは真剣な表情でダークの方を向き口を動かした。
「……過去にもカーシャルド陛下の考えを否定したり、同盟を断った者が何人かいた。欲する物を全てを手に入れ、全てを思い通りにしようとするカーシャルド陛下は自分を否定した者、同盟を組まなかった者を帝国の力を使ってねじ伏せていったらしい。その中にはカーシャルド陛下を良く思っていなかった帝国貴族もいたとか……」
「うわあぁ、何それ? 暴君皇帝と言うよりも独裁皇帝じゃない」
カーシャルドの過去の行いを聞かされたレジーナは表情を歪めながら引く。ジェイクとマティーリア、ヴァレリアも酷いな、と言いたそうな顔でアリシアの話を聞いている。
「そんな皇帝が自分をコケにしたダーク、いや、ビフレスト王国をこのまま放っておくとは思えない……恐らく、力でビフレスト王国を手に入れようとするはずだ」
「……それって、戦争を仕掛けて来るって事?」
レジーナの口から出た戦争と言う単語にダーク達は一斉に反応しレジーナの方を向く。デカンテス帝国を大陸一の国家にする事を考えるカーシャルドなら取ってもおかしくない行動だった。
「ああ、可能性は十分ある。テントから出て行くときにもそれらしい台詞を残していったからな」
アリシアはカーシャルドがテントから出る直前に言い放った「きっと後悔するぞ」という言葉を思い出しながら低い声で語る。レジーナ達もカーシャルドの捨て台詞を思い出して表情を鋭くした。
「……私の考えはこうだが、ダーク、貴方はどう思っている? 帝国はどんな行動を取ると思うのだ?」
自分の意見を口にしたアリシアは今度はダークの考えを聞こうとダークに尋ねた。レジーナ達もダークの考えを聞こうと視線をダークに向ける。
全員が自分の注目するとダークは片手を机の上に乗せながらアリシア達を見た。
「私もアリシアと同じだ。帝国は我が国に宣戦布告をして来る可能性が高い。今回の会談で帝国は我が国との交流を断たれてしまい、情報やアイテムなどを手に入れる事ができなくなった。しかし、だからと言ってカーシャルドが新しいポーションの調合方法やそれに関する知識などを簡単に諦めるとも思えない。そして、自分を不快にさせた私達の事もこのままにしておくつもりもないだろう。となると、戦争で勝利し、ビフレスト王国を支配下に置こうとするはずだ」
「確かにあの皇帝ならあり得るな。同盟を組んで手に入れる事ができないのであれば、力尽くで手に入れるしかないのだから」
「何つう単純な考え方だ。とても一国を治める人間の考える事とは思えねぇ」
ジェイクはダークとヴァレリアの話を聞いて子供の様な考え方しかできないカーシャルドに呆れ果てた。アリシアとレジーナ、マティーリアの三人も同じ気持ちなのかうんうんと呆れ顔で頷く。
「しかしダーク、戦争を仕掛けて来るだろう、というのはあくまでも私達の想像だ。本当に戦争を仕掛けて来るかは帝国が宣戦布告してこない限り分からないぞ?」
ヴァレリアが腕を組みながら難しい顔でダークに声を掛けるとアリシア達も確かにそうだ、と言いたそうにダークの方を見た。
「分かっている。だが、可能性は十分ある。だから来るべき戦争に備えて今の内に準備を進めておき、宣戦布告をして来たらすぐに動けるようにしておくのだ」
「具体的にはどうするんだ?」
「まずは……」
ダークはデカンテス帝国との戦争が起きた時に備えて何をするべきかアリシア達に説明し、アリシア達はダークの話に耳を傾けた。
――――――
会談を終えたカーシャルド達は帝都ゼルドリックへ戻る為に馬車を走らせる。行きの時と同じように三台の馬車は縦一列に並んで走っており、その周りを護衛の騎士達が走っていた。
真ん中の馬車に乗っているカーシャルドは険しい顔をしながら拳を強く握っており、同乗するバナン、カルディヌ、秘書官はそんなカーシャルドを黙って見つめていた。
「おのれぇ、あの黒騎士めぇ~っ!」
「陛下、落ち着いてください……」
「これが落ち着いていられるか!」
宥めようとする秘書官にカーシャルドは声を上げ、秘書官はカーシャルドの迫力に小さくなった。カーシャルドは小さく俯き、奥歯を噛みしめながら怒りの籠った声を漏らす。
カーシャルドが機嫌を悪くしている原因、それは勿論、会談でダークが見せた態度と彼の出した答えにあった。デカンテス帝国の皇帝である自分の提案を拒否し、挑発的は発言をしたダークにカーシャルドは会談を終えてからずっと腹を立てていたのだ。
「いずれは大陸で最大、そして最強の国家となる帝国と同盟を組ませてやろうと言うのに、それを迷う事無く否定した挙句、儂に対してあのような無礼な態度を取るとは……ぐうううぅっ、許せん!」
「父上、同盟を断られたからと言ってそのような態度を取ったり、子供の様な発言はお止めください」
興奮するカーシャルドに今度はバナンが話しかけて落ち着かせようとする。国を治める立場でありながら、自分の非を認めずに逆上すると言うカーシャルドの今の態度は息子であるバナンにとってはとても見るに堪えない姿だった。
「この儂に説教をするとは、お前は何時からそんなに偉くなったのだ? バナン」
カーシャルドは顔を上げると正面に座るバナンを鋭い目で睨み付ける。その目は他人からはとても血を分けた息子に向ける様な視線ではないと思えるほど険しかった。
バナンは親の仇を見るような目で自分を睨むカーシャルドを見て僅かに目元を動かすが、目を逸らさずにカーシャルドと向かい合う。
「会談の前にもお話ししたように、今回は我々帝国に非がありました。その非を認めて謝罪をしていればダーク陛下も帝国と同盟を組む事をお考えになられたかもしれません。帝国の立場やご自身のプライドにこだわり、非を認めずにうやむやにしようとした結果、ダーク陛下は同盟を組む事を拒否され、我が国との交流を完全に断ち切られてしまったと私は考えております」
「バナン、お前は儂が小国の王に頭を下げればよかったと言うのか!?」
「帝国の未来の為にも帝国を治める皇帝として相応しい行動をしていただきたいと思っているだけです」
「黙れっ!!」
冷静に会話をするバナンをカーシャルドは大声で怒鳴り、その声を聞いたカルディヌや秘書官は驚き、目を大きく開いてカーシャルドを見つめる。怒鳴られたバナンは表情を変えずに真剣な表情でカーシャルドを見ていた。
「いいか、我が帝国は常に高き場所にいなければならない。完璧な力と威厳を持ち、帝国以外の全ての国を見下ろすべき存在なのだ! 他国から小さく見られたり、下手に出る様な事があってはならない。如何なる時でも気高く、堂々としていなければならないのだ!」
「帝国を大陸一にする為なら、多少の過ちや非を認めなくても問題無いと仰るのですか?」
「そうだ。帝国は何者にも見くびられてはならない、常に他者の上に立っていなければならないのだ!」
まるで妄想を語る様に力の入った声で話すカーシャルドを見てバナンと彼の隣に座る秘書官は唖然とする。これが一国を治める皇帝の発言なのか、これが帝国至上主義者の考え方なのか、バナンと秘書官はカーシャルドを見つめながら心の中でそう思っていた。
「……それで父上、これから我が国はどうするつもりなのでしょうか?」
今まで黙ってカーシャルド達の会話を聞いていたカルディヌが静かに今後の事を尋ねる。
カルディヌもデカンテス帝国が大陸の中心国であるべきだと考えているが、カーシャルドの様に異常な考え方は持っていない。だからカーシャルドの考え方を間違っていると考えるバナンの発言を否定せずに話を聞いていた。だが、帝国を中心国にするべきと考えている為、バナンの味方をする事もなかったのだ。
カーシャルドは話しかけて来たカルディヌの方を見ると少し落ち着きを取り戻したのか深く息を吐く。バナンもカルディヌが会話に加わって来た事でカーシャルドとの会話を一旦終わらせる事にした。
「……ダーク・ビフレストは我が帝国を完全に見下している。常に他国を見下ろす立場にある帝国が見下されるなどあってはならない。奴等に帝国が強大な力を持ち、見下す様な存在ではない事を教えてやる必要がある」
「それでは……」
カルディヌはカーシャルドの発言を聞いて彼が何を考えているか想像がついた。だが、本人の口から直接聞く為に確認する様に話しかける。するとカーシャルドは表情を険しくして口を開いた。
「ビフレスト王国の全てを根こそぎ手に入れてやる。力尽くでな」
「……宣戦布告、ですか」
予想していた答えにカルディヌは低い声で呟き、バナンと秘書官はカーシャルドが最も恐れていた決断を出した事に表情を歪める。
カーシャルドは自分が欲する物は全て手に入れようと考えている。最初は平和的に手に入れる為に会談で取り引きなどを行い、目的の物を手に入れて来た。だがそれでも手に入れる事ができない場合は力を使って他人から奪い取ると言う手段に出る。このカーシャルドの行動が彼を暴君皇帝と呼ばれるようにした理由の一つでもあるのだ。
そして、今回もカーシャルドはビフレスト王国の全てを手に入れる為に戦争と言う力で手に入れる方法を選んだ。
「父上、戦争などが起きれば、よりビフレスト王国との関係が悪化してしまいます。何よりも争いで両国の民が大勢命を落とす事になります。どうかそれだけは……」
「ええい、黙れっ! もはやビフレスト王国との関係などどうでもよい! 奴等に帝国を敵に回した事をタップリと後悔させてやるわ!」
「父上!」
「うるさいっ! バナン、これ以上異議を唱えれば皇子と言えど牢獄送りにするぞ!」
「クッ……」
カーシャルドの横暴な発言にバナンは奥歯を噛みしめながら黙り込む。秘書官もバナンの横顔を見ながら気の毒そうな顔をしていた。
「ゼルドリックに戻ったらすぐに貴族達を集めて会談を開く。ビフレスト王国に対する宣戦布告と軍の準備、そしてビフレスト王国と同盟を結んでいるセルメティア王国とエルギス教国の対策なども考えなくてはならない」
「しかし父上、貴族達の中には戦争を望んでいない者達もいるはずです。そのような者達はいかがいたしますか?」
「放っておけ、戦争を望まないなどと言う貧弱な貴族など数える程度しかおらん。そんな奴等が何を言ってこようが問題ではない」
貴族達の中にビフレスト王国との戦争を反対する者が現れたとしても大した問題はない、カーシャルドは自信に満ちた声を出し、それを聞いたカルディヌは無表情でカーシャルドの顔を見ている。
「カルディヌ、帝都に戻り次第、貴族達を集めろ。それと、ゼルバム達皇族もだ」
「ハイ」
カーシャルドの指示を聞き、カルディヌは返事をする。
自分に恥を掻かせ、デカンテス帝国に逆らったダーク達の鼻を明かし、後悔させてやる。カーシャルドはそう思いながら不敵な笑みを浮かべ、窓から馬車の外を眺めた。