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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百六十五話  大平原での会談


 雲一つ無い青空の下に広がる草原、その中を三台の馬車が一列に並んで走っている。その周りには馬車の護衛と思われる馬に乗った騎士達が十数人付いていた。

 草原を走っているのはデカンテス帝国の馬車だ。そして三台の馬車の内、中央の馬車にはデカンテス帝国の皇帝であるカーシャルド・バングル・ベルフェントが乗っている。その隣の席には第二皇女のカルディヌ・リシャーナ・ベルフェントが座っており、向かいの席には第一皇子のバナン・イーフェントス・ベルフェントと秘書官らしき男が座っていた。


「父上、もう間もなく会談場所であるアルマティン大平原へ到着します」

「そうか……」


 バナンの言葉を聞き、カーシャルドは窓の外を見ながら呟く。長い時間、馬車に乗っていたせいなのかカーシャルドは少し退屈そうな表情を浮かべていた。

 カーシャルド達はデカンテス帝国とセルメティア王国の中心にあるアルマティン大平原へ向かっている。理由は数日前にビフレスト王国から送られてきた親書に書かれてあった会談に向かう為だ。

 親書にはデカンテス帝国がビフレスト王国の首都であるバーネストに特殊作戦部隊ファゾムを送り込み、新しいポーションの調合表とビフレスト王国の情報を盗み出そうとした事について話し合いがしたのでアルマティン大平原に来るよう書かれていた。カーシャルドはビフレスト王国の王族がどのような存在なのか、そしてファゾムを倒したビフレスト王国の戦士がどれ程の力を持っているのかなどを確かめる為に会談に参加する事にしたのだ。


「父上、会談が始まったらまずはダーク陛下と何についてお話しになられるおつもりですか?」

「当然、ファゾムの事についてだ。連中はその事について今回の会談を開くと言ってきておるのだからな。向こうも最初にその事を話すつもりでいるはずだ」

「……因みに、ファゾムを送り込んだ事についてビフレスト王国側に謝罪する気は?」

「ある訳ないだろう」


 バナンの問いにカーシャルドは迷わずに答える。そんなカーシャルドを見てバナンはやはりな、と言いたそうな顔をしながら溜め息をつく。

 カーシャルドはあくまでもビフレスト王国の情報を得る為に会談に参加する事を決意し、ファゾムを送り込んで情報を盗ませようとした事について謝罪する気は最初から無かった。


「父上……いいえ、皇帝陛下、今回の一件は明らかに我々帝国に非があります。帝国とビフレスト王国の今後の関係を考え、素直に謝罪されてはいかがですか?」

「バナン、お前は皇帝である儂に小国の王に頭を下げろと言うのか?」


 謝罪を勧めるバナンを睨みながらカーシャルドは僅かに力の入った声を出す。そんなカーシャルドの声を聞いた秘書官は僅かに怯えた様な表情を浮かべ、カーシャルドの隣に座っているカルディヌは目を閉じたまま黙っていた。


「まったく、お前と言い貴族達と言い、お前達には皇族としての、そして帝国貴族としての誇りが無いのか?」

「皇族や貴族である以前に我々は一人の人間です。人間が罪や過ちを犯せば謝罪をするのは当然の事でしょう?」

「くだらん、世の中には過ちを犯さなければ成し遂げられない事が山ほどある。儂は帝国の為にファゾムをビフレスト王国に潜入させた。国の為に敢えて間違った道を歩んだのだ、寧ろ高く評価するべきであろう」


 無茶苦茶だ、バナンは哀れむ様な目でカーシャルドを見つめながら心の中でそう呟いた。

 ビフレスト王国から親書が送られた後、カーシャルドは会談の準備に取り掛かり、バナンは貴族達にビフレスト王国からの親書の事を話した。カーシャルドからは適当に説明しろと言われていたが、他国からの親書が届いた事を話した時点で適当に誤魔化すなどできるはずがない。貴族達はカーシャルドが独断でファゾムをビフレスト王国に送り込んだ事にすぐに気付き、報告に来たバナンを問い詰め、バナンも詳しく貴族達に説明した。

 バナンから詳しい話を聞いた貴族達はカーシャルドの下へ向かい、独断でファゾムを送り込んだ事についてカーシャルドを問いただす。密偵を送り込むなど、下手をしたらビフレスト王国との関係が最悪な状態になるかもしれないので貴族達の殆どがカーシャルドの行動を不服に思っていた。

 だが、カーシャルドはそんな貴族達の態度を気にもせず、帝国が大陸で最高の国になる為、帝国民の暮らしをより良くする為と屁理屈を並べて、更に皇帝の力を利用して貴族達を黙らせ、話を強制的に終わらせてしまう。

 自分の過ちを不問にしたカーシャルドの言動に抗議した貴族達の中にはカーシャルドの一方的な考え方に対する不満を強くする者も少なからず出てきていた。


「このままでは貴族達の中に父上の事を良く思わない反対派が出て来るかもしれません。反対派の誕生を防ぐ為にも今回の会談でビフレスト王国と友好的な関係を築いた方がよろしいと思います」

「そんな事はお前に言われなくても分かっておる」


 帝国至上主義者の自分が控えめな性格のバナンに忠告される事が気に入らないのか、カーシャルドは僅かに不機嫌そうな声を出す。そんなカーシャルドを見てバナンは呆れた様な顔をしていた。


(まったく、バナンはどうしてこう情けない性格をしておるのだ。もしコイツが次代皇帝にでもなったら帝国は悪化の一途を辿るのは間違いない。次代皇帝には儂の意思を最も理解しているゼルバムを選ぶべきかもしれんな……)


 第一皇子であるバナンよりも自分と同じ帝国至上主義者である第二皇子の方が次の皇帝に相応しい、カーシャルドは椅子の肘掛で頬杖を付きながら窓の外を見つめる。

 この時のカーシャルドはデカンテス帝国の立場よりも他国との関係を優先的に考えるバナンや自分の考えに不満を抱く貴族達を少しずつだが邪魔な存在に思ってきていた。ビフレスト王国との会談をデカンテス帝国の都合のいいように終わらせた後、邪魔な存在達を大人しくさせなければいけないと独裁者的な事を考えていたのだ。

 それからしばらくして、カーシャルド達が乗った馬車は速度を落とし、ゆっくりと停止する。カーシャルド達が窓から外の様子を伺うとそこは遠くが見渡せるくらい広い平原となっていた。どうやら目的地であるアルマティン大平原に到着したようだ。

 アルマティン大平原はセルメティア王国とデカンテス帝国の国境の間にあり、二つの国の間にあるにも関わらずどちらの国の領土にもなっていない平原だ。最初はどちらの国の領土にするかで話し合いをしていたが、これと言って珍しい物が見つかる訳でもなく、稀に強力なモンスターが出現する事から利用価値が低いと判断され、結果どちらの国も領土にする事無く話し合いは終わった。

 カーシャルド達は最初、ビフレスト王国がそんな場所を会談の場所に指定して来た事に疑問を抱いていたが、何処の国の領土でもなく、両国の距離などを考えて会談をするに相応しい場所だと判断して選んだのではとバナンや貴族達は考えた。

 周囲にモンスターの姿が無く、安全である事を確認したカーシャルド達は馬車を降りて地面に足を付ける。馬車の周りには護衛の騎士が数人集まっており、周囲にモンスターや怪しい人影が無いか警戒していた。

 馬車を降りたカーシャルドやバナン、カルディヌが周囲を見回していると西に100mほど行った所に大きめの白いテントが張られているのを見つける。その周りには青銅色の全身甲冑フルプレートアーマーを装備した騎士が十数人立っており、カーシャルド達の表情が僅かに鋭くなった。


「あの騎士達は何だ?」

「恐らく、ビフレスト王国の騎士でしょう」


 カーシャルドの問いにカルディヌが低い声で答え、それを聞いたカーシャルドの目の鋭さが増した。

 騎士達が装備している全身甲冑フルプレートアーマーからカーシャルドはあの騎士達はビフレスト王国の親衛隊で間違いないと考える。その親衛隊がテントを囲んでいる事から、テントの中にビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストがいるに違いないと確信した。


「あそこにビフレスト王国の王がいるという事か……よし、皆の者、行くぞ。ビフレスト王国の王がどれ程の器か見極めてやるわ」


 カーシャルドはテントに向かって歩き出し、バナンや秘書官、護衛の騎士達もバナンに続いてテントへ向かう。カルディヌもカーシャルド達の後ろ姿をしばらく見つめた後に彼等を追う様に歩き出した。


「殿下!」


 カルディヌが歩き出した直後、何処からか若い女の声が聞こえ、カルディヌは足を止めて声のした方を向くと10mほど先から自分の方へ歩いて来る三人の若い女騎士の姿が視界に入った。

 三人の女騎士の内、一人は二十代前半ぐらいの女でカルディヌと同じくらいの身長、薄いオレンジ色のロングヘアーをしている。銀色のハーフアーマーと赤い帝国の紋章が描かれた白いマントを身につけ、黒いミニスカートを履いた姿をしており、腰には騎士剣が納められていた。

 その隣には二十代半ばくらいでカルディヌよりも身長が高く、薄い水色のくせ毛風ロングヘア―をした女騎士の姿があり、露出度の高い服の上に銀色のハーフアーマー、紋章が描かれた白いマントを装備し、短パンを履いていた。腰には二本の短剣が納められており、見た目からして機動力の高い騎士と思われる。

 三人目は十代半ばくらいで僅かに幼さが残った顔をしており、カルディヌよりも僅かに身長が低い女騎士だった。黄緑色の髪をしており、前髪は左右に分け、ラビットスタイルで短めのツインテールをしている。彼女も銀色のハーフアーマーと白いマントを装備しているが、下は黒い長ズボンになっていた。腰には薄いオレンジの髪の女騎士と同じように騎士剣が納められている。


「お前達か」


 歩いてい来る三人の女騎士を見ながらカルディヌは呟いた。そんなカルディヌの反応を見て薄いオレンジの髪と黄緑の髪をした女騎士は小さく笑い、薄い水色の髪をした女は無表情でカルディヌを見ている。

 カルディヌの前にいる三人の女騎士はカルディヌが隊長をを務める騎士隊、紅戦乙女隊くれないいくさおとめたいに所属している者達だ。隊員は全員が女騎士だが、実力は男の騎士達にも負けないくらいのもので帝国軍の中でもエリート部隊として扱われている。そんな優秀な部隊の中でもカルディヌの前にいる三人は特に優れた実力者でカルディヌからも信頼されており、今回の会談で皇帝であるカーシャルドの護衛として選ばれた。


「馬車の乗り心地はどうだった?」

「楽なのはいいですけど、やっぱり私は自分で馬に乗って走る方が好きですね」

「あたしもだよ。馬車の中でジッとしているのはどうも体に合わない」


 薄いオレンジ色の髪の女騎士と薄い水色の髪の女騎士から馬車に乗った感想を聞いてカルディヌは苦笑いを浮かべながら二人を見る。黄緑の髪をした女騎士は二人の話を聞いて肩を竦めてやれやれ、と言いたそうな反応を見せていた。


「さて、いよいよビフレスト王国との会談が始まる。何か起きた時は私達が体を張って皇帝陛下をお守りする。マナティア、ナルシア、ファウ、気を引き締めろ?」


 苦笑いから真剣な表情に変わったカルディヌは薄いオレンジの髪の女騎士をマナティア、薄い水色の髪の女騎士をナルシア、黄緑の髪の女騎士をファウと呼んでしっかりと護衛をするよう伝える。三人の女騎士もカルディアの顔を見て同じように真剣な表情を浮かべた。


「心配いりません、殿下。この私がいる限り、ビフレスト王国が何をしてきても陛下や殿下達には傷一つ付けさせません! もしビフレスト王国が陛下を傷つけるような真似をすれば私が彼等を成敗します!」

「いや、成敗する必要無いと思うぞ?」


 カルディヌを見ながらマナティアは自信に満ちた声を出しながら余裕の笑みを浮かべ、カルディヌはそんな気合いを入れているマナティアを見ながら少し困った様な顔をした。

 マナティア・スーメル、紅戦乙女隊の分隊長を務めるレベル32の女騎士で帝国に対して強い忠誠心を持つ。軽装騎士を職業クラスに持ち、剣の腕も一流で騎士としてはかなり優秀な存在だ。帝国の男爵家の生まれなのだが、数年前に家が没落してしまい今では平民と大して変わらない生活を送っている。貴族だった頃の名誉と暮らしと取り戻す為に常に難易度の高い任務に志願しているが、そのせいか騎士でありながら出世欲が非常に高い。


「相変わらず暑苦しい奴ね、もう少し落ち着いたらどうなの?」


 やや興奮気味のマナティアを見てナルシアは呆れ顔で呟き、ナルシアの声を聞いたマナティアはナルシアの方を向く。


「そう言うお前も相変わらずやる気の無さそうな態度をしているな? 皇帝陛下の護衛という重大な任務なのだから少しはやる気を出したらどうだ」

「フン、やる気ならあるわ。ただ、アンタみたいに無駄に興奮したりせずに落ち着いているだけ」


 自分の髪を指で捩じりながらナルシアは静かに語る。マナティアは冷静なナルシアを見てフン、とそっぽ向いた。

 ナルシア・ラズマイヤー、マナティアと同じで紅戦乙女隊の分隊長を務める女。ダガーダンサーと言う二本の短剣を巧みに操る上級職を持ち、移動速度と攻撃の速さを活かして戦う。レベルは35とマナティアより少し高めでマナティアと模擬試合をすれば互角の戦いを繰り広げる。帝国子爵家の出身だがマナティアの家と違って没落しておらず、彼女の様に家を名誉を取り戻す必要もないので出世欲は殆ど無い。そのせいかマナティアとは反りが合わず口喧嘩をする事が多かった。


「没落していない子爵家の女は呑気でいいな? 私は家の名誉を取り戻す為に必死だと言うのに」

「……はあ? 何その言い方? 自分が貧しい生活してるからってあたしに八つ当たりしないでくれる? アンタの家が没落したのはアンタの親父さんがだらしなかったからでしょうが」

「何だとっ!?」


 父親の事を馬鹿にされてマナティアは激昂し腰の騎士剣を抜こうとする。それを見たナルシアも腰の二本の短剣を握ってマナティアを睨む。

 カルディヌは今にも一戦交えようとする二人を見て小さく溜め息をつく。彼女は紅戦乙女隊の隊長である為、マナティアとナルシアがぶつかる場面をよく目にしている。最初はそんな二人を注意していたが、今では日常的な光景になってしまった為、二人を止めるのが面倒になってきていた。

 しかし隊長である以上は隊員達と揉め事を見過ごす事はできない。カルディヌは睨み合っているマナティアとナルシアを止めようとする。すると二人の近くにいたファウがカルディヌよりも先に動き出してマナティアとナルシアを止めた。


「ちょっと、やめなよ二人とも。殿下の前だよ?」


 ファウの言葉を聞いて睨み合っていたマナティアとナルシアを我に返り、呆れ顔をしているカルディヌの方を見た。落ち着きを取り戻した二人は現状を思い出し、申し訳なさそうな顔をしながら握っている武器を離す。


「アンタ達が仲悪い事は知ってるよ? でも今回は陛下の護衛って重要な任務なんだから、喧嘩せずに協力し合って仕事をしなよ」

「わ、分かった……」

「悪かったわよ……」


 反省した様子を見せるマナティアとナルシアを見てファウは溜め息をついた。彼女もカルディヌと同じで二人の喧嘩を止めるのが疲れるようだ。

 ファウ・ワンディー、紅戦乙女隊の分隊長で重撃騎士と言う攻撃力の高いを職業クラスを持つ。背が低く幼さの残る顔をしているので十代半ばぐらいだと思われるが、実年齢は27歳でレベルも38と年齢と実力も三人の中では一番上なのだ。マナティアやナルシアと違って平民出身だが、剣の実力を買われて帝国軍の騎士となった。マナティアの様に出世欲は高くない、ナルシアの様に出世に興味が無いという訳ではない丁度二人の中間に位置する性格をしている。


「話は終わったか?」


 二人が落ち着くのを見たカルディヌは静かに息を吐いてから声を掛ける。三人はカルディヌの方を向き、ファウは申し訳なさそうな顔をしながらカルディヌを見つめた。


「失礼しました、殿下。これから重要な任務だと言うのにお見苦しい姿を……」


 ファウがマナティアとナルシアに代わってカルディヌに謝罪をし、それを見たカルディヌは無言で気にするな、と首を横に振る。マナティアとナルシアは自分達の喧嘩でカルディヌの機嫌を悪くしたのではと心配していたのか、カルディヌが怒っていない姿を見て少し安心した。


「今は問題無いが、会談が始まってからは大人しくしていろ? ビフレスト王国の者達に帝国の騎士は礼儀や常識を分かっていないと思われてしまうからな」

『……ハイ』


 カルディヌの忠告を聞いてマナティアとナルシアは声を揃えて返事をする。流石に会談中に帝国の印象を悪くする様な言動をカーシャルドや他国の国王の前でするのはマズいので二人は決して騒いだりしてはいけないと自分自身に言い聞かせた。

 四人が会話をしているとカーシャルド達は随分遠くまで移動しており、置いて行かれたカルディヌ達は慌ててカーシャルド達の後を追い、ビフレスト王国との会談が行われるテントへ向かった。

 カーシャルド達がテントの前までやって来るとテントを囲んでいる青銅騎士達が一斉にカーシャルド達に視線を向けた。青銅騎士達が自分達の方を向いたのを見てカーシャルドやバナンは一瞬驚き、護衛のカルディヌ達や帝国の騎士達は咄嗟にカーシャルド達の前に移動する。青銅騎士達が何かして来るのでは感じたようだ。

 カルディヌ達が警戒しているとテントの中から一人のメイドが出て来る。黒いおぱっか頭に額から一本の角を生やし、変わった感じのメイド服を着た女だった。

 メイドはゆっくりとカーシャルド達の方に歩きながら片手を上げる。するとカーシャルド達を見ていた青銅騎士達が一斉に視線を戻し、青銅騎士達の反応にカーシャルド達は意外そうな表情を浮かべた。そしてカーシャルド達の前まで来たメイドはゆっくりと頭を下げる。


「ようこそいらっしゃいました。デカンテス帝国皇帝、カーシャルド・バングル・ベルフェント陛下。私はビフレスト王国王城メイド長を務める鬼姫ききと申します」

「ビフレスト王国のメイド長か、出迎えを感謝する」


 挨拶をするメイドを見てカーシャルドは小さな笑みを浮かべる。カーシャルドを守るカルディヌや護衛の騎士達もメイドや青銅騎士が自分達に危害を加える気が無いと知ると静かに警戒を解いた。


「我が主であるダーク陛下は既にテントの中でお待ちです。カーシャルド陛下は側近、もしくは秘書の方と数人の護衛をお連れしてテントにお入りください。残りの護衛の方々はこちらでお待ちいただきます」


 鬼姫はカーシャルド達にテントに入ってよい人数を説明しテントの方へ移動する。流石にカーシャルドが連れて来た護衛全員がテントに入るのは無理なので必要最低限の人間だけテントに入る事を許可した。

 カーシャルドは鬼姫に言われた通り最低限の人間、バナンと秘書官、そして護衛であるカルディヌとマナティア、ナルシア、ファウを連れてテントに向かい、残りの騎士達をその場に残した。

 鬼姫に案内されてカーシャルド達はテントの前までやって来た。鬼姫はテントの入口前で控えている青銅騎士にテントを入口を開けるよう指示を出し、青銅騎士は指示されたとおりテントの入口を開ける。

 開けられたテントの入口からカーシャルド達はテントの中へと入った。そこには大きな机が置かれており、机を挟んだ向かいの席にはダークが座っていた。そして彼の肩の上にはノワールが乗ってカーシャルド達を見つめている。


(あれがビフレスト王国の王である黒騎士か、何とも不気味な姿をしておるな……)


 漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーとフルフェイスの兜を装備し、血の様な赤いマントを羽織っている姿、カーシャルドは座っている黒騎士の雰囲気とこれまでのビフレスト王国の国王の情報から目の前にいるのがビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストであるとすぐに気付いた。そして同時にダークから感じられる不気味さに微量の汗を流す。

 テントに入って来たカーシャルド達をダークは黙って見つめており、彼の後ろに控えているアリシア、レジーナ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリアも黙ってカーシャルド達を見ている。カーシャルド達が全員テントの中に入ると最後に鬼姫がテントに入って来てダークを見ながら口を開けた。


「ダーク様、デカンテス帝国皇帝、カーシャルド・バングル・ベルフェント陛下をお連れいたしました」

「ご苦労だった。下がれ」


 ダークの指示を聞いた鬼姫は一礼をしてテントから出て行く。鬼姫がテントから出るとダークは視線をカーシャルドに向けた。


「遠い所を良く来られた。私がビフレスト王国を治めるダーク・ビフレストだ」

「デカンテス帝国皇帝、カーシャルド・バングル・ベルフェントだ。会談の場所を用意してくれた事を感謝する」

「……とりあえず椅子に掛けられよ」


 簡単な自己紹介が済むとダークはカーシャルドに目の前の椅子に座るよう伝えた。カーシャルドは言われたとおり椅子に座り、目の前で座るダークを見つめる。

 これからビフレスト王国とデカンテス帝国の会談が行われる為かテントの中には緊迫した空気が漂い始めた。カーシャルドの後ろに控えているバナンやカルディヌも少し緊張した表情を浮かべている。


「さて、早速だがカーシャルド殿、私が今回貴殿を会談に呼んだ理由はお分かりか?」

「……貴殿の国の首都、バーネストに我が国の特殊部隊、ファゾムが潜入した事についてであろう?」

「そのとおり。ファゾムの隊員達は我が国の軍事力、人口、経済力などの情報を手に入れ、帝国に持ち帰る為にバーネストにやって来た」


 ダークはカーシャルドを見つめながら語っていき、カーシャルドもダークを見つめながら彼の話を聞く。二人の後ろに待機しているアリシア達やバナン達も真剣な表情を浮かべながら二人の会話を黙って聞いていた。


「最初は我が国の軍事力や人口などの情報を手に入れるだけだと思ったので私も彼等を無事に帰そうと思っていた。ファゾムが情報を手に入れてそれを帝国に持ち帰ったとしいても問題ではないからな。しかし、彼等は情報を手に入れるだけでなく、我が国が開発した新しいポーションの調合表を盗み出そうとし、首都を警備していた我が国の下級モンスターも殺した……」


 喋っているダークの声が少しずつ低く、苛立ちが感じられる声へと変わっていき、そんなダークの声を聞いたバナンやカルディヌ達の表情も僅かに変わる。ファゾムの件でダークの怒りを買ってしまった事を知って少し動揺しているようだ。


「ファゾムは交流の無い国の首都で見過ごせない問題を起こした。そしてファゾムはデカンテス帝国の皇族直属部隊……カーシャルド殿、今回のファゾムの行動は貴殿が指示した事か?」


 ファゾムにビフレスト王国の情報を手に入れさせようとした事、ポーションの調合表を盗ませようと事、そしてバーネストに住んでいる者を殺させた事、それらが全てデカンテス帝国の皇族の命令なのか、ダークは目を薄っすらと赤く光らせながら皇帝であるカーシャルドに尋ねた。

 交流の無かった国に潜入し、窃盗や殺害などの罪を犯すなど下手をすれば戦争に発展しかねる。ダークはデカンテス帝国がどんな理由で今回の一件を起こしたのか、カーシャルドの口から直接を聞いてみようと思っていた。

 カーシャルドはダークの問いにすぐには答えず、目を閉じながら小さく俯き、しばらくの間黙り込む。やがてカーシャルドはゆっくりと顔を上げ、ダークの顔を見ながら口を動かす。


「……確かに、儂はファゾムに貴殿の国へ潜入し、情報を手に入れるよう命令を出した」

(ほぉ? 意外とアッサリ認めたな)


 予想では自分は何も命令していないと否定すると思っていたが、カーシャルドが簡単にファゾムを潜入させたことを認めた事にダークは少し驚いた。ダークの後ろに控えていたアリシア達やダークの肩に乗っているノワールも意外そうな表情を浮かべている。


「しかし、我々は情報を手に入れろと命じただけでポーションの調合表を盗む事や貴殿の国が管理しているモンスターを殺せとは命じていない」


 ファゾムを潜入させた事を素直に認めたと思ったら、ファゾムが調合表を盗んだ事やモンスターを殺した事は関係ないと一部否定をするカーシャルドにダーク達は反応する。

 カーシャルドはビフレスト王国の情報を手に入れようとした事は大して問題ではないとダークから聞かされ、認めてもデカンテス帝国の立場が悪くなる事はないと感じ、情報を手に入れさせようとした事だけは認め、帝国の立場が悪くなる窃盗と殺害についてはファゾムに命じた事を否定したのだ。

 ファゾムへの命令の一部を否定したカーシャルドに彼の後ろに控えていたバナンは目を閉じながら呆れたように静かに息を吐く。バナンはデカンテス帝国の立場を危うくしない為にカーシャルドがダークの質問にどんな答えを出すのか何となく分かっていたらしい。


「……貴殿は命じていない。つまり、調合表を盗み出そうとした事やモンスターの殺した事はファゾムの独断だと?」

「そのとおり……まったく困った奴等だ」


 カーシャルドの答えを聞いたダークは声を低くしたまま確認し、カーシャルドは不敵な笑みを浮かべた。そんなカーシャルドを見てダークは再び目を薄っすらと赤く光らせる。

 ダークはカーシャルドの言った事が嘘であるとすぐに分かった。ファゾムは皇族直属の特殊作戦部隊、皇族直属と言うからには隊員の全員が皇族に対して強い忠誠心を持っているという事になる。デカンテス帝国の為に命を賭け、皇族の命令には必ず従う精鋭部隊という事だ。

 そんな精鋭部隊がデカンテス帝国や皇族の立場を悪くするかもしれない様な行動を独断で起こすとは思えない。ダークはファゾムは皇族、もしくは皇帝であるカーシャルドの命令を受けて調合表の強奪、任務の妨げにある存在、つまりモンスターの殺害を命じたと考えていた。


(自分に都合の悪い事を全て部下のせいにして自分は無関係を装うとは、とんでもない皇帝だな、このオヤジは……)


 カーシャルドがどんな人間なのか理解したダークは心の中でカーシャルドを軽蔑する。アリシア達も笑みを浮かべるカーシャルドを見て不愉快に思ったのかジッとカーシャルドを睨んでいた。


「ダーク殿、今回はファゾムが貴殿等に迷惑を掛けた。その詫びと言っては何だが、一つ提案を出したい」

「提案?」


 ファゾムの件が彼等の独断だと話したカーシャルドは自分がファゾムをバーネストに送り込だ事について指摘される前に素早く話題を変える。ダークはそんなカーシャルドの態度を不愉快に思いながらもカーシャルドの話に耳を傾けた。


「そうだ、貴殿の国と我が帝国で同盟を組むのだ」


 カーシャルドの口から出た言葉にダークは反応し、アリシア達は目を見開いて驚く。当然だ、密偵を送り込んで散々迷惑を変えた国にいきなり同盟を組もうなどと虫のいい話を持ち掛けられたら誰だってアリシア達と同じような反応をする。

 バナンやカルディヌ達、帝国側の人間もカーシャルドが出して提案を聞いて少し驚いた様子を見せていた。同時にどうしてビフレスト王国と同盟を組もうなどと言い出したのか疑問を抱く。


「我が国と同盟を組む……因みにその理由は?」

「言ったであろう? 貴殿等に迷惑を掛けたからだ。我が国と同盟を組めばビフレスト王国は大陸最大の国家である帝国という強い協力者を得る事ができる。他国が戦争を仕掛けてきた時は我ら帝国は貴殿の国に助力し、必要ならば帝国の知識や技術を提供しよう」

「つまり、ファゾムが迷惑を掛けた償いとして同盟を結び、我々が帝国の力を必要とした時は無条件で力を貸す、という事か?」

「その通りだ。無論、同盟という訳なので貴殿の国も我々が力を必要とした時には力を貸してもらう事にはなるがな」


 ダークはカーシャルドの提案を聞くと腕を組みながら小さく俯く。肩に乗っているノワールは俯くダークを見てどんな答えを出すのか気にしていた。

 カーシャルドは俯くダークを黙って見つめている。すると、ダーク達には気付かれないくらい小さくゆっくりと不敵な笑みを浮かべた。実はカーシャルドが提案した同盟を組むという話は会談が行われ前からカーシャルドが計画していた計画だったのだ。

 話を聞くだけならデカンテス帝国が迷惑を掛けたビフレスト王国と同盟を結び、力を貸しながら友好的な関係を気付いて行こうという様に聞こえるが、実際は違っていた。カーシャルドはビフレスト王国と同盟を結ぶ事で同盟国であるビフレスト王国の情報や技術などを手に入れようとしていたのだ。

 同盟を結べばデカンテス帝国はビフレスト王国の人口や軍事力などの情報だけでなく、狙っていた新しいポーションの調合の知識を手に入れる事ができる。そうすれば帝国は強力なポーションを調合する事ができるようになり、領土や軍事力だけでなく魔法薬の調合に関する技術も高くなり、大陸の中心国になると言う野望に更に一歩近づく。

 カーシャルドはデカンテス帝国を大陸一の国家にする為にビフレスト王国と同盟を結ぼうと考えていた。そして、同盟を結んだ後にビフレスト王国が助力を求めて来ても最低限の支援しかしないつもりでいる。つまり、帝国の為にビフレスト王国を利用しようとしているのだ。


(我が帝国では調合する事のできないポーションの調合方法、グランドドラゴンの様な強力なモンスターを手懐ける方法など必要な情報や知識が手に入れば、その後にビフレスト王国がどうなっても問題はない。もし我が国に戦争を仕掛けて来るのであれば返り討ちにし帝国の支配下に置いてやるわ!)


 利用するだけ利用して用が無くなれば放っておき、逆らえば力で支配する。カーシャルドは同盟を結んだ後のビフレスト王国の対処法を考えながら周囲の者が気付かないように不敵な笑みを浮かべ続けた。


「どうだ、ダーク殿? ビフレスト王国にとっても我ら帝国にとっても悪くないは話だ……我々と同盟を結んでくれるな?」


 カーシャルドはダークが絶対に同盟を結ぶと思っているのか少し楽しそうな口調で尋ねる。そんなカーシャルドの態度と喋り方にアリシア達は不快そうな表情を浮かべながらカーシャルドを見ており、バナンも困り顔でカーシャルドを見ていた。

 俯いていたダークは腕を組むのをやめてゆっくりと顔を上げてカーシャルドの顔を見る。カーシャルドは笑みを浮かべながらダークが答えを出すのを待っていた。


「……お断りする」


 カーシャルドの顔を見ながらダークは低い声を出した。


第十四章、投稿開始しました。今回の章は少し長い物語にするつもりです。どうか最後まで読んでいってください。

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