第百六十四話 帝国への報復
再び短剣を構えて戦闘態勢に入ったダークを見てケイザスは少し驚いた表情を浮かべ、ダークが動く前に攻撃を仕掛けるべきだと考える。
「エンジェルナイト、やれ!」
ケイザスは待機しているエンジェルナイト達に攻撃するよう指示を出す。命令を受けた二体のエンジェルナイトは翼を広げ、剣を構えながらダークに突撃する。この時、ケイザスはエンジェルナイト達の動きがさっきと比べて鈍くなっている様な感じがした。
ダークは迫って来るエンジェルナイト達を見て再び目を赤く光らせるとエンジェルナイト達に向かって走り出し、素早く二体のエンジェルナイトの間を通過する。そして、間を通過する時にダークは短剣を振ってエンジェルナイト達に頭部を攻撃した。
頭部を切られたエンジェルナイト達は態勢を崩し、全身を地面で擦りながら倒れる。その直後、エンジェルナイトの体は光の粒子となって消滅した。
「何っ!?」
ケイザスはエンジェルナイトがあっという間に倒された光景を見て驚きの声を上げる。勿論、召喚したペティシア自身も驚いていた。当然だ、さっきまでエンジェルナイトに押されていた男が一瞬にしてエンジェルナイトを二体とも倒してしまったのだから。
エンジェルナイト達はダークの能力である魔神の黒風で全ステータスが低下している。その為、ダークの動きや攻撃にすぐに反応できず攻撃をまともに受けてしまった。更に防御力も低下している事でダークの攻撃に耐える事ができずにあっけなく倒されてしまったのだ。
ダークはエンジェルナイトを倒したのを確認するとケイザスの方を向いて走る速度を上げ、一気に距離を詰めていく。驚いていたケイザスはダークの接近して来るのを見ると慌てて剣とラウンドシールドを構えてダークを迎え撃とうとした。
ケイザスが構えるのを見たダークは素早くケイザスの右側へ回り込んで短剣で攻撃する。回り込まれたケイザスはラウンドシールドで攻撃を防ごうとしたが防御が間に合わず右上腕部を切られてしまう。
痛みで表情を歪めながらもケイザスは剣でダークに反撃するが、ダークはケイザスの攻撃を短剣で難なく防いだ。攻撃が防がれるとケイザスは態勢を整える為にすぐに後ろへ跳んでダークから距離を取る。
(おかしい、少し前までは互角に戦っていたのにあの風を受けた直後から押されるようになった……やはりさっきの風は奴の仕業であの風には何か秘密があるのか?)
ダークを見つめながらケイザスは自分が不利になった原因を必死に考える。流石のケイザスもまさか風を受けただけで自分達が弱体化したとは夢にも思っていないようだ。ダークは微量の汗を掻きながら自分を睨んでいるケイザスを見ながら短剣を構えていた。
「治癒!」
離れた所で戦いを見ていたペティシアはケイザスの援護をする為に回復魔法を発動させてケイザスの傷を癒す。魔法を掛けられた事でダークに付けられた右腕の切傷は綺麗に消え、それを見てケイザスの顔に少しだけ余裕が出る。
「隊長、もう一度エンジェルナイトを召喚します。それまで持ち堪えてください!」
ケイザスの傷が治るとペティシアは再びエンジェルナイトを召喚する為に杖を構えた。エンジェルナイトがいれば戦いの流れが変わると思い、ペティシアは急いで魔法を発動させようとする。
しかし、それを黙って見過ごすほどダークは愚かではない。
「そんな事させるか……脚力強化」
ペティシアが召喚魔法を発動させようとしているのを見たダークは能力を発動させて自身の移動速度とジャンプ力が強化される。その直後、ダークは強く地面を蹴ってもの凄い速さでペティシアの目の前まで移動し、素早く短剣を振ってペティシアの体を切り裂いた。
「かはぁっ!?」
攻撃を受けたペティシアは声を漏らしながら苦痛の表情を浮かべる。同時に一瞬で目の前まで移動し、自分を切り捨てたダークの速さに驚いた。ケイザスもいつの間にか自分の前からペティシアの所に移動しているダークを見て驚愕の表情を浮かべている。
「は、速すぎる……貴方、一体……」
一体何者なのか、ペティシアはそうダークに訊こうとしたが、尋ねる前にペティシアの意識は無くなり、ゆっくりと横に倒れ、そのまま動かなくなった。
ペティシアを倒したダークは短剣を軽く振ってからケイザスの方を向く。視線の先には汗を掻きながら剣とラウンドシールドを構えるケイザスの姿がある。その表情には最初に見せていた余裕は無かった。
「どうした、ジッと構えていないでかかって来い」
「……君は何者なんだ? さっきの奇妙な風と言い、今の移動速度と言い、どちらも普通の人間にできる事ではないぞ」
「そんな事を訊いても何の意味も無いぞ? くだらない質問をする暇があったらさっさと来い」
「クッ、うおおおおおぉ!」
険しい顔をしながらケイザスは声を上げてダークに向かって行く。ペティシアを一瞬で殺された光景を見てかなり驚いていたようだがまだ戦意は失っていないらしい。ダークはそんなケイザスを迎え撃つ為に短剣を構え直した。
ダークの前まで近づいたケイザスは連続切りを放つがダークはその全てを短剣で防いでいく。普通に攻撃しても意味がないと感じたケイザスは連撃を止めて剣に気力を送り込んだ。
「剣王破砕斬!」
戦技を発動させたケイザスは青紫色に光る剣を斜め振って攻撃する。ダークは後ろに下がってケイザスの攻撃をかわすと短剣で突きを放ち反撃した。ケイザスは素早くラウンドシールドを前に出してダークの突きをギリギリで防いだ。
突きを防がれるとダークは素早くケイザスの左側に回り込んで再び突きを放つ。短剣はケイザスの左の肩を掠り、その痛みでケイザスは歯を噛みしめる。
「ク、クソォ!」
痛みに耐えながらケイザスはラウンドシールドを横に振ってダークに殴り掛かる。だがダークはラウンドシールドを左手で簡単に止め、短剣で左腕の前腕部と上腕部を切った。
「ぐわああぁっ!」
腕を切られたケイザスは痛みで声を上げ、思わず持っていた剣とラウンドシールドを落とす。ケイザスは左腕から血を流しながらヨロヨロと後ろに下がっていき、立ち止まると右手で切られた箇所を押さえながらその場で片膝を付いた。
魔神の黒風で弱くなったケイザスには脚力強化で移動速度が増しがダークの動きについて行く事はできない。既に勝負の結果は見えていた。
ダークはケイザスが落とした剣とラウンドシールドを軽く蹴ってケイザスから遠ざけ、ゆっくりと膝を付くケイザスの前までやって来て痛みに耐えるケイザスを見下ろす。
「今回の戦いで俺は色んな事を知る事ができた。短剣の扱い方や短剣を使った時の戦い方、これまで暗黒剣技や能力に頼り過ぎていたという事もな。おかげで今後の戦いの参考になりそうだ」
「な、何を言って……」
ケイザスはダークの言っている事の意味が分からず、表情を歪めながら目の前に立つダークを見上げた。ダークはそんなケイザスをジッと見つめながら短剣をケイザスの顔の近づける。
「私を、殺すのか?」
「おいおい、今更だな? お前達は俺が投降するよう言った時にそれを拒んだ。しかも俺を殺すとまで言ったんだ、殺されても文句は言えないぞ?」
「ハ、ハハハハ、確かに……しかし一切迷いを見せないとは、君は冷徹だな?」
「そりゃそうさ……」
苦笑いを浮かべるケイザスを見つめながらダークはゆっくりと短剣を持つ手を上げる。
「俺は暗黒騎士だからな」
そう言ってダークは短剣を振り下ろし、ケイザスに止めを刺した。
――――――
ファゾムとの戦いが済むと死体の片付けと言った後処理を兵士やモンスター達に任せ、ダーク達は王城の会議室に集まり戦いの結果などを報告し合う。会議室にはオスクロの姿からいつもの暗黒騎士の姿に戻ったダークと王城に残っていたアリシアと少年姿のノワール、そして別の場所でファゾムの相手をしていたレジーナ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリアの姿があり、全員会議室の机を囲んで椅子に座っている。蝗武とモルドールは先に休んでいるのか会議室にはいなかった。
「結局、全員死んだか……」
「兄貴が言ったんだぜ? 捕まえる事が無理なら殺してもいいって」
「ああ、だから別に奴等を殺した事は気にしなくてもいい。私も投降を拒絶した奴等を迷わずに殺したからな」
ダークにとってファゾムは生きていようが死んでいようがどちらでも構わない程度の存在だったので、ダークはファゾムの隊員達を殺したジェイク達を責めたりしなかった。寧ろ正体を隠してバーネストに潜入し、秘密情報を盗もうとした挙句、警備のモンスターまで殺した彼等に腹を立てていたので、死んでほしいと言う気持ちの方が強く、ファゾムを始末してくれたジェイク達に心の中で感謝している。
「それよりも、蝗武とモルドールの戦いはどうだった?」
召喚したモンスター達がどんな戦いをしていたのか、ダークは戦いを見物していたジェイク達に尋ねる。ダークにとってはファゾムの生死よりもそちらの方が重要だった。
ダークの問いを聞いたジェイクはそっちの方が大事なのか、と言いたいのか苦笑いを浮かべながら肩を竦める。マティーリアもやれやれと言いたそうに小さく笑いながらダークの方を見ていた。
「俺達と同行した蝗武なんだが、アイツは接近戦が得意らしく、攻撃する時は一瞬で敵の前まで移動して素早くパンチなどの攻撃を繰り出していた。その威力はデカくて敵の頭部を一撃で粉砕しちまったよ」
「更に中級戦技を喰らっても傷一つ付かないくらいの防御力も持っており、肉弾戦であれば英雄級の実力者にも難なく勝てるだろう」
ジェイクとヴァレリアは自分達が見ていた戦いの内容から蝗武がどんな戦い方をするのか、どんな戦闘が得意なのかをダークに伝える。それを聞いたダークは腕を組みながら、ほぉという様な反応を見せた。王城にいたアリシアとノワールも少し興味のありそうな顔をしながら聞いている。
ダークはサモンピースで召喚されるのモンスターの情報をある程度理解しているが、召喚されたモンスターがどんな戦術を使うのか、どんな戦略を立てるのかまでは理解していない。だからそれを知る為にジェイク達に召喚したモンスター達の戦いを見物してもらい、その情報を得る事にしたのだ。
「ただ、蝗武の奴は本気じゃなかったみたいだからな。俺達の知らない戦術をまだ持っているかもしれないぜ?」
「だろうな。まぁ今回は基本的な戦い方を知る事が目的だったから、別に全てを知る事ができなくても問題はない」
全力を知る事ができなくても大丈夫だと言うダークの言葉にジェイクは少し安心した様な表情を浮かべる。蝗武の戦術や戦略を全て見る事ができなかった事でダークに注意されるのではと少し不安になっていたらしい。
「レジーナ、マティーリア、お前達の方だどうだった?」
次にダークはモルドールの戦いを見物していたレジーナとマティーリアに結果を尋ねる。レジーナは眠たそうな顔で目を擦りながらゆっくりと椅子にもたれた。
「モルドールは魔法でファゾムと戦ったわよ。下級魔法のファイヤーバレットを始め、中級の攻撃魔法や転移魔法まで使ったわ。あと、上級魔法のデスもね」
「デス? モルドールさん、即死魔法まで使えたんですか?」
レジーナの話を聞いていたノワールは少し驚いた様子で尋ねるとレジーナはノワールの方を向いて無言で頷く。まさかナイトのサモンピースで召喚されたモンスターがデスを使えるとは思っていなかったのかノワールは目を見開いていた。
「あと、モルドールも中級戦技に耐えられる防御力を持っておった。あ奴自身、物理防御力はあまり高くないと言っておったからジェイクとヴァレリアが担当した蝗武よりは防御力は低いと思うぞ」
「そうか。まぁ、モルドールも上級モンスターだからな。いくら物理防御力が低くてもレベル40代程度の敵の中級戦技になら耐えられるだろう」
マティーリアの話を聞いてダークは並の敵の攻撃なら防御力の低いモンスターでも耐えられると知り、腕を組みながら低い声を出す。
蝗武もモルドールもレベル70代の強力なモンスター、寧ろレベル40代以下の敵の攻撃には耐えられるくらいの防御力を持っていてもらわないと困るとダークは心の中で思っていた。
「拳による近距離攻撃を得意とする蝗武と魔法による遠距離攻撃を得意とするモルドール、この二人がタイプの異なるモンスターでよかった。これで他国との戦闘やモンスターによる問題などある程度の事には対処できる」
「しかし、あの二人だけでは対処に限界があると思うぞ。近いうちにまた新たなモンスターを召喚しておいた方がいいのではないか?」
「ああ、その辺ももう少し考えておいた方がいいだろうな」
今後の事を考えてもう少し上級モンスターを召喚しておいた方がいいのではと言うアリシアの言葉にダークは頷く。いくら上級モンスターと言えどたった二体ではできる事は限られている。ビフレスト王国の今後の為にもモンスターをもう少し召喚しておくいた方がいいとダーク達は考えた。
「それはそうとダーク、これからどうするつもりなんだ?」
召喚したモンスターの情報確認が済むとアリシアは真剣な表情を浮かべ、少し低い声でダークに声を掛ける。ダークやノワール達は一斉に視線をアリシアに向けた。
「……デカンテス帝国の事か?」
「そうだ。正当な理由があったとは言え、我々は帝国の人間、それも皇族直属の特殊部隊を倒したんだ。その特殊部隊が帝国に戻らないまま何日も経てば帝国も私達がファゾムに何かしたと気付くだろう。その事で帝国がビフレスト王国に対して何かしらの動きを見せるかもしれない。それに備えて私達も何か手を打っておいた方がいいんじゃないか?」
アリシアが気になっていたのはファゾムを倒した事でデカンテス帝国が何か行動を起こすのではないかという事だった。特殊部隊とは言えデカンテス帝国の人間が他国で死んだと知れば、帝国の人間達はその他国の人間がファゾムを殺したと考えて報復的な行動を起こすかもしれない。それは帝国至上主義で目的の為なら何でもする暴君皇帝が治める国ならあり得る行動と言えた。
「その心配は無いんじゃねぇか?」
ダーク達がデカンテス帝国がどんな行動を起こすか考えていると、ジェイクが椅子にもたれながら心配ないと語る。それを聞いてアリシアはチラッとジェイクの方を見た。
「どうしてそう言い切れる?」
「だってよ、帝国は秘密裏にファゾムをこの国に送り込んだんだぜ? もしまだファゾムが戻って来ていない、どうなっているんだって俺等から聞き出したら帝国がビフレストに密偵を送り込んだって事を認めた事になる。そうなれば周りの周辺国家は帝国は他国の情報を得る為に密偵を送り込むと言う汚い手を使ったと知って帝国を低く見るだろう。帝国至上主義の皇帝様が帝国の立場を悪くする様な行動を取ると思うか?」
「つまり、今回の件で帝国がこの国に対して行動を起こせば帝国の立場を悪くする事に繋がるから皇帝は何もしてこない、とお前は思っているのか?」
「ああ、あの皇帝様なら自分から帝国の立場を悪くするような事は絶対にしねぇはずだからな」
暴君皇帝と呼ばれ、デカンテス帝国こそが大陸の中心国家であるべきだと考える男なら絶対に帝国が周りから見下される様な結果になる道を選んだりしない、ジェイクは自信に満ちた表情で言う。
「……確かに、あの皇帝ならそれもあり得なくもないな」
アリシアもジェイクの話を聞いて皇帝の性格なら周囲からの帝国の評価を悪くする様な選択肢はしないだろうと考える。レジーナ達もアリシアとジェイクの話を聞いて難しい表情を浮かべていた。
「ダーク、貴方はどう思う?」
デカンテス帝国は今後どう動くか、アリシアはダークの方を向いて彼の意見を聞く。するとダークは腕を組みながらアリシアの方を向いて低い声を出す。
「ジェイクの言う通り、帝国の威厳を第一に考える皇帝なら自分から立場を悪くする様な行動はしないだろう」
「やはりダークもそう思うか」
「ああ、それにファゾムの隊員達は帝国の人間である事を証明する様な物は一切持っていなかった。帝国の人間である事がバレないようにする為だろう。それなら仮にファゾムが任務に失敗して全滅したとしたり、捕まったファゾムの隊員達が帝国の人間だと白状しても帝国との繋がりは一切無いのだから知らぬ存ぜぬと白を切ればいいだけだからな」
「うわぁ~、酷いわね」
「皇族直属の特殊部隊も結局は捨て駒同然の扱いだったという訳じゃな」
優秀な特殊部隊までもがデカンテス帝国の道具に過ぎなかったと知り、レジーナは気の毒そうな表情を浮かべ、マティーリアは目を閉じながら首を横に振った。自分達を苛立たせたファゾムの隊員でも帝国から道具扱いされていると知って二人も少し同情したようだ。
「以上の事から帝国はファゾムが戻って来なくても、我が国に対して何かの動きを見せる可能性は低いと考えられる」
「成る程……それで、結局のところ私達はどうするんだ? 帝国が何もしてこないのであればこのまま何もせずに放っておくのか?」
アリシアは顎に指を付けながらチラッとダークの方を見て尋ねた。するとダークは腕を組むのをやめてそっと上半身を前に出し、目の前の机に両手を置くと目を赤く光らせる。
「……まさか、他国の情報を盗み出そうとする国をこのまま許すほど私はお人好しではない。しっかりと帝国の連中には償いをさせるつもりだ」
低く、僅かに怒りを感じさせるダークの声を聞き、ノワール以外の全員が驚く。さっきまで眠たそうにしていたレジーナもダークを見て完全に眠気が消えた。
「そ、そうか……それで、どうするつもりだ?」
「フッ、まずは……」
ダークは前に出していた上半身を後ろに倒して椅子にもたれる。そして自分に注目して言うアリシア達に何をするのかを話し始めた。
――――――
ダーク達がファゾムを倒した日から十日後。デカンテス帝国の帝都ゼルドリックにある皇城の小さな会議室に皇帝カーシャルド、第一皇子バナン、第二皇子ゼルバムの姿があった。三人とも深刻そうな顔をしながら椅子に座っている。
理由はビフレスト王国に密偵として向かったファゾムが戻って来ていない為だ。予定ではもうファゾムが任務を終えて帝都に戻って来てもいいはずなのにいまだに戻って来ていない。三人はファゾムは何をしているのだ、ファゾムに何か遭ったのかと様々な事を考えていた。
「遅い、一体ファゾムは何をしておる!?」
「確かに遅すぎますね。奴等には二週間以内に戻るよう指令を出しました。であれば三日前に戻って来ているはずなのですが……」
ファゾムの帰還があまりにも遅い事にカーシャルドは目くじらを立てながら力の入った声を出し、ゼルバムも腕を組みながらファゾムの帰還が遅い事を不思議に思う。この時のカーシャルドとゼルバムはファゾムがダーク達に敗れて全滅しているとは夢にも思っていなかった。
「……これだけ遅いとなると、恐らくもうファゾムは戻っては来ないかもしれませんね」
机の上で両肘を立てながら俯いているバナンが低い声で呟く。それを聞いたカーシャルドとゼルバムはフッとバナンの方に視線を向ける。
「バナン、それはどういう意味だ?」
「ファゾムはビフレスト王国の者達に存在を気付かれて捕まったか、倒されてしまったかもしれません」
バナンの口から出た答えを聞いたカーシャルドは何を言っているんだ、と言いたそうな顔でバナンを見つめる。ゼルバムも同じような表情を浮かべていた。
誇り高いデカンテス帝国でも高い任務成功率を持つ特殊部隊ファゾムが任務に失敗したかもしれないなど帝国至上主義者であるカーシャルドとゼルバムは予想すらしていなかったのだろう。バナンを見つめながら二人は呆然としている。それからしばらくして二人は鋭い表情でバナンを見つめた。
「バナン、お前は何を言っているのだ!? 我が国でも最高の特殊任務部隊であるファゾムがあんな小国に潜入して捕まっただと? あり得ない事だ」
「そうだぞ、兄上。奴等は全員がレベル40代の強者、生まれて間もない国の小者達に敗れるなど考えられないぞ」
「では、ファゾムはなぜいまだに戻ってこないのですか?」
やや興奮気味のカーシャルドとゼルバムを見てバナンは冷静に尋ねる。カーシャルドは何も言わずに黙ってバナンを見ており、ゼルバムはバナンの問いにすぐには答えられず、小さく俯きながら考え込んだ。
「……恐らく任務を終えて帝都に戻る途中にモンスターと遭遇して戦闘になったのだろう。そして、その戦闘で負った傷を治す為に近くに村か町に立ち寄っているのだ。だからこれだけ遅くなっているんだ。うん、そうに違いない!」
「ファゾムの中にはプリーストを職業にしている者もいるんだぞ? 彼女がいるのにわざわざ町や村に立ち寄って傷を癒す必要があるのか?」
「そ、それは……」
「それにお前と父上はファゾムは帝国でも強者が揃った最高の部隊だと言った。そんな者達がそこらのモンスターと戦って傷を負うと思っているのか?」
ゼルバムはバナンの問いに一言も言い返せずに俯いて黙り込む。バナンは何も言ってこない弟を哀れむ様な目でジッと見つめた。
口論する息子達を黙って見つめながらカーシャルドは肘掛に頬杖をつく。
(奴等が敗れるなどあるはずがない。奴等は力が強いだけではなく、仲間同士の連携も優れているのだ。奴等が全力を出せば英雄級の実力者にも勝つ事ができる。それほどの技術と力を持つファゾムがあんな小国の人間に敗れるだと? バナン、お前は相変わらず愚かな息子よ)
あり得る可能性を考えるバナンをカーシャルドは心の中で愚かに思う。帝国至上主義者であるカーシャルドにとってはデカンテス帝国が敗北するなどという考え方をする者は血を分けた息子でも愚者だと考えるようだ。
しばらくバナンとゼルバムを見ていたカーシャルドはゆっくりと頬杖をつくのをやめて二人を見ながら口を動かした。
「とにかく、ファゾムが敗れたなど考えられない事だ。もうしばらく――」
「父上!」
カーシャルドが喋っていると突然出入口の扉が開き、一人の人物が飛び込む様に会議室に入って来る。デカンテス帝国第二皇女カルディヌだった。
「何事だカルディヌ? 騒々しいぞ?」
会議室に入って来たカルディヌを見てカーシャルドは目を細くしながら尋ねる。ゼルバムも同じような表情でカルディヌを見ており、バナンは少し驚いた様子でカルディヌを見つめている。
「父上、一大事です! 先程、帝都の正門前にビフレスト王国の使者が現れました!」
「何だと!?」
帝都にビフレスト王国の使者が現れた、それを聞いて流石に驚いたのかカーシャルドは立ち上がり、バナンとゼルバムも驚きの表情を浮かべている。
ファゾムを送り込んだ国の人間が帝都にやって来たという事はファゾムがデカンテス帝国の特殊部隊である事がバレて密偵として送り込んだ事についてビフレスト王国が抗議をしに来たのでは、カーシャルドの頭の中に予想もしていなかった最悪の結果が浮かぶ。同時にどうしてファゾムが帝国の特殊部隊である事がバレたのか疑問に思った。
「……その使者は本当にビフレスト王国の者なのか?」
「ハイ、間違いないと思います。その使者はビフレスト王国の紋章が描かれた服を着ておりましたから……」
「そうか……ん? 着ていた? カルディヌ、お前はその使者を見たのか?」
「ええ、最初は正門の兵士達が対応しようとしていたようなのですが、貴族か皇族に会わせろと使者が言って来たので、たまたま近くにいた私が対応しました」
「何? なぜ小国の使者ごときにお前が対応する必要があったのだ? 門番の兵士に相手をさせればよかっただろう。もしくは門前払いをすればよかったではないか。」
デカンテス帝国の人間が小国の使者の要求に従い、皇族を出した事が気に入らないのかカーシャルドはジッとカルディヌを睨みながら尋ねた。ゼルバムも同じ事を考えていたのか使者の要求に従ったカルディヌを睨んでいる。
カーシャルドとゼルバムが睨む中、カルディヌはカーシャルドを真剣な表情で見つめる。その額からは僅かに汗が流れていた。
「門前払いなどできません。その使者、グランドドラゴンを連れておりましたので」
「何っ? グランドドラゴンだと?」
「ハイ、皇族や貴族を呼ばなければ、門前払いなどすればグランドドラゴンに乗って直接皇城に向かうなどと言ったそうなので……」
「……カルディヌ、その使者が連れていたのは本当にグランドドラゴンだったのか?」
「間違いありません! 私はこれでもモンスターについては詳しい方ですから……あのドラゴンは間違いなくグランドドラゴンでした!」
グランドドラゴンを連れた使者が正門前に来ていた、それを聞いたカーシャルド、バナン、ゼルバムは驚きの表情を浮かべた。無理もない事だ、グランドドラゴンはドラゴン族モンスターの中でも気性が荒く、並の兵士や冒険者では勝てない程強いのだから。
そんなグランドドラゴンを連れている使者を門前払いしようものならそのグランドドラゴンが暴れ出して帝都は大きな被害を受けるかもしれない。それを考えると、とてもではないが使者を追い返す事も要求を断る事もできなかったのでカルディヌは要求に従い使者の対応をしたのだ。
グランドドラゴンの話を聞いたカーシャルド達はカルディヌが使者の対応をした理由を察して冷や汗を掻く。同時にグランドドラゴンを手懐ける事ができるビフレスト王国の力にも驚いた。
「父上、私達はビフレスト王国の力を侮っていたかもしれません。我々帝国ですら帝国飛竜団が搭乗するスモールワイバーンを手懐けるのがやっとなのに、ビフレスト王国はドラゴン族モンスターに中でも凶暴と言われているグランドドラゴンを支配下に置いているのですから……」
「ぐぬぬぬぅ……」
バナンの言葉にカーシャルドは険しい表情を浮かべながら悔しそうな声を出す。いつものカーシャルドなら帝国より優れている国は無いと真っ向うから否定するのだが、グランドドラゴンを手懐けていると聞かされればそんな事は言えなかった。
「それでカルディヌ、その使者はどうした?」
ゼルバムはカルディヌに使者は今どうしているのか尋ねる。カルディヌはゼルバムの方を向くと懐から一つの封筒を取り出してそれを見せた。
「使者はこれは私に渡すとグランドドラゴンに乗って去って行きました」
「そうか、流石にグランドドラゴンを連れている使者を捕らえる事はできないよな……で? その封筒は何なんだ?」
「使者の話ではビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストからの親書だそうです」
ビフレスト王国からの親書だと聞いてカーシャルドはフッと顔を上げる。その表情には先程までの悔しさは消えていた。
カーシャルドは難しい表情を浮かべながら俯き、しばらくするとカルディヌの方を向くと親書を持ってこい、と指を上向きにして手招きをする。それを見たカルディヌはカーシャルドの隣まで移動し、持っていた封筒を手渡した。
封筒を受け取ったカーシャルドは封筒の口に押されてあるビフレスト王国の蝋印を見て確かにビフレスト王国から送られた物だと確認した。そしてゆっくりと封筒を開けて中に入っている親書を取り出して広げる。そこには細かい字がビッシリと書いてあり、カーシャルドは書かれてある内容を黙読していく。
バナンとゼルバムも親書の中身が気になるのかカーシャルドの近くまでやって来る。すると親書を読んでいたカーシャルドは突然親書を持つ手を震わせた。
「クゥッ! 生意気な事を……」
「父上、どうされました? 親書には何と?」
バナンが親書に書かれてあった内容を尋ねるとカーシャルドは持っていた親書を少し乱暴にバナンに渡した。
少し驚きながら親書を受け取ったバナンは書かれてある内容を確認する。カーシャルドは前を見ながら険しい表情を浮かべ、自分の椅子の肘掛を強く叩いた。
「奴等、ファゾムが我々が送り込んだ特殊部隊である事を掴み、全隊員を倒したらしい」
「なっ! ファゾムを!?」
「ああ、しかも奴等、ファゾムがビフレスト王国で新しく調合したポーションの調合表とビフレスト王国の様々な情報を盗み出そうとしていた事まで知っておる」
「そんな馬鹿な……」
「バナンの予想通りになったか……」
自分が一番望んでいなかった展開にカーシャルドは奥歯を強く噛みしめて怒りと悔しさを露わにする。最初はファゾムは無事だと思っていたカーシャルドだったが、グランドドラゴンを手懐ける国の親書に倒したと書かれてあるのを見ればファゾムが倒されたと受け入れるしかなかった。
ファゾムが倒されたと知ってゼルバムは大きく目を開き、カルディヌも僅かに驚いた表情を浮かべてカーシャルドを見ている。
「そのファゾムの一件について一度我々と会談を行いたいそうだ」
「会談……そこで自分達に謝罪をしろ、と言っているのですね」
会談で帝国側に何をさせるのか、カルディヌは想像した事を口に出す。それを聞いたカーシャルドは更に表情を険しくした。先程から彼が苛ついているのはビフレスト王国が会談でファゾムの事を謝罪させようとしていると気付いたからだ。
「それで父上、その会談には行かれるのですか?」
「……ああ、行ってやるさ。折角だからその会談でビフレスト王国の王がどれ程の存在なのか確かめてやるわ」
自分自身でビフレスト王国がどんな国なのか、その国を治めている王がどんな人間なのか確かめてやる。カーシャルドは目を鋭くしながら語った。
「父上、貴族達にはこの事は……」
「適当に伝えておけ。儂はこれから会談の準備をする」
「……分かりました」
貴族達への説明をバナンに任せてカーシャルドは会議室を後にする。バナン、ゼルバム、カルディヌの三人も自分達のやるべき事をやる為に行動に移った。
第十三章はこれで終了です。またしばらくしたら新しい章を投稿していきますので、しばらくお待ちください。