第百六十三話 闇夜の仮面盗賊
役所へ向かっているケイザスとペティシアは役所へ続く街道を進んでいる。今二人がいる街道はこれまで通って来た道と違って木箱や荷車など身を隠す場所が無く、広くて見通しが良い。その為、警備のモンスターを見かけても隠れる事ができないので遭遇する前に街道を通過しようとケイザスとペティシアは走って移動していた。
「ペティシア、急げ!」
「待ってください隊長、速いですよぉ!」
街道の真ん中を走るケイザスの後ろをペティシアは必死について行く。その表情は辛そうで少し汗をかいていた。
戦士系の職業を持つケイザスと違い、魔法使い系の職業であるペティシアは体力は少なく、体を激しく動かす様な行動を苦手としている。更にペティシア自身も体を動かす事があまり好きではないので、ファゾムの中では最も体力が無い存在だった。
一方でケイザスは鎧を身に付け、剣やラウンドシールドを装備しながら顔色一つ変えずに走っている。戦士系の職業で体力があり、ファゾムの隊長として常に体を鍛えているケイザスにとっては完全武装で走る事など大して苦にはならなかった。
「前々から思っていたのだが、お前はもう少し体力をつけた方がいい。以前にも今の様な状況になって苦労していただろう?」
「わ、私は後方で皆の傷を癒すプリーストなんですから、その必要は無いですよぉ」
「その考え方はどうかと思うぞ? 帝国の特殊部隊の隊員なら何かあった時の為に並の戦士程度には体力をつけておけ」
ケイザスは走りながら体を鍛えるよう話し、それを聞いたペティシアはやれやれと言いたそうな顔で溜め息をつく。ケイザスはファゾムの隊長としては優秀だが、女心が分からない一面などもある。その為ペティシアはケイザスの事をファゾムの隊長として尊敬はしているが、一人の男としては鈍い人間だと感じていた。
誰もいない無人の街道を走って行くと突然ケイザスが急停止し、後ろをついて来るペティシアの前に腕を出して彼女を止めた。
「ど、どうしたんですか、隊長?」
突然立ち止まったケイザスを見てペティシアは呼吸を乱しながら尋ねる。するとケイザスは真剣な表情を浮かべて前を指差す。
ペティシアは不思議に思いながらケイザスが指さす方を見ると50m程先に剣と丸い木の盾を持ったスケルトンが三体歩いているのが見え、ペティシアは少し驚いた表情を浮かべる。
「スケルトン、ですね」
「ああ、恐らくさっきのゴブリンと同じ、この町の警備をしているモンスターだろう」
「驚きました、まさか生者を憎むアンデッド族まで町の警備に使っているとは……」
ペティシアはプリーストを職業にしているせいか、アンデッド族モンスターまでもがバーネストの住民を守る為に警備をしている事が信じられず、目を見開きながら遠くにいるスケルトンを見ていた。
ケイザスとペティシアはスケルトン達に見つからないように何処かに隠れようとしたが、今二人がいる街道には何処にも身を隠せそうな場所はない。どうにかしてやり過ごせないかと二人が街道を見回していると、スケルトン達は二人の存在に気付いた。
スケルトン達はケイザスとペティシアがデカンテス帝国の特殊部隊の隊員である事を知らず、町の住民だと思っているのかいきなり襲い掛かったりせずにゆっくりと二人の方へ歩いて行く。近づいて来るスケルトン達を見たペティシアはその場を移動しようとするがケイザスがそれを止めた。
「待て、今移動するとかえって怪しまれる」
「それじゃあ、どうするんです?」
ペティシアが小声で尋ねるとケイザスは近づいて来るスケルトンをしばらく見つめる。夜中に武装して街をうろついているのだからスケルトン達も少し自分達を怪しいと思っているはずだ。嘘をついてスケルトン達を誤魔化すという手もあるが、下級モンスターに言葉が通じるのかどうか分からない。どうするか考えたケイザスはゆっくりと静かに息を吐いた。
「……このまま誰にも見つからずに任務を成功させようと思っていたのだが、こうなった以上は仕方がない。あのスケルトン達を倒す」
ケイザスは今まで避けていた方法を取らざるを得なくなった状態に残念そうな声を出す。ケイザスの呟きを聞いたペティシアはそれしかないですね、と言いたそうに複雑そうな顔でケイザスを見ていた。
宿屋を出てから此処まで、騒ぎを起こさない為、自分達の存在を感づかれないようにする為にケイザスはモンスターとの接触や戦闘を避けてきた。しかし、戦わなければ任務が失敗してしまうと言う状況であれば、戦うしかないとケイザスは表情を鋭くする。
ケイザスが近づいて来るスケルトン達を警戒しながらゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。するとケイザスの後ろにいたペティシアが前に出てスケルトンを見つめる。
「隊長、相手がスケルトンなら私に任せてください」
「……そうか、頼むぞ」
ペティシアにスケルトンの事を任せたケイザスはゆっくりと剣に近づけていた手を下す。ペティシアはケイザスの方を向いて微笑みながら頷き、視線をスケルトンに戻した。そして、手に持っている銀色のロッドを縦に構えてスケルトン達に向ける。
「死者退散!」
スケルトンを見つめながらペティシアは魔法を発動させる。ロッドの先端に付いている小さな十字架が白く光り出しスケルトン達を包み込む。するとスケルトン達の体は灰となって消滅し、光が消えるとそこにスケルトン達の姿は無かった。
<死者退散>は光属性の中級魔法でアンデッド族モンスターを一撃で消滅させる事ができる魔法である。ただ、全てのアンデッドを倒す事ができるという訳ではなく、自分よりもレベルが低く、光属性の耐久力が一定以下のアンデッドにしか効果はない。つまり、強力なアンデッドには効果が無いという事だ。しかし、下級のアンデッドには絶大な効果がある為、この魔法を習得できる者は全員が習得すると言われている。
プリーストを職業にしているペティシアは回復系魔法だけでなく、アンデッド族モンスターに対抗する為の魔法も習得していた。その為、ケイザスが戦うよりも自分が何とかした方がいいと思いスケルトン達の相手を引き受けたのだ。
「隊長、終わりました」
「よくやった。では、先を急ぐとしよう」
スケルトン達が消滅するとケイザスは再び役所に向かう為に走り出す。それを見たペティシアはまた走るのかと思いながら溜め息をつき、ケイザスの後を追う為に走り出した。その時、民家の屋根の上から人影が飛び下り、走るケイザスとペティシアの十数m手前に着地する。
突然目の前に下り立つ人影にケイザスとペティシアは驚いて急停止する。ケイザスは腰に納めてある剣を握り、ペティシアは持っているロッドを両手で握りながら構えた。
街道の真ん中に下り立った人影は盗賊風の格好をした男だった。銀色のスケイルメイルを身に付け、両腕に金の装飾が施された白いガントレット、顔には鋭い赤い目が二つ付いた白い仮面、そして全身を覆い隠すようにボロボロの黒いフード付きマントを装備している。更に腰には二本の大型の短剣があり、一本は青い鞘に納めらえれ、もう一本は緑の鞘に納めれていた。どちらも美しい装飾が施され、一流の冒険者が持っている様な代物だ。
実はこの盗賊風の男は姿を変えたダークで正体を隠し、ファゾムの捕獲をする為にやって来たのだ。今の彼の姿はビフレスト王国騎士団の入隊試験の時、試験官の冒険者として潜り込んでいた時の格好である。
今回はダーク一人で動いており、アリシアとノワールの姿は無い。二人はファゾムの動きを監視する為に王城の監視室に残った。
突然目の前に現れた盗賊姿の男にケイザスとペティシアは警戒心を強くする。ダークはそんな二人の方をゆっくりと向き、仮面の目を赤く光らせた。
「こんばんは、こんな夜遅くに散歩か? 帝国特殊部隊ファゾム」
ダークの口から出た言葉にケイザスとペティシアは目を見開いて驚いた。無理もない事だ、ビフレスト王国の人間に自分達の正体がバレると言う最悪の状況になってしまったもだから。
最悪の状況にケイザスは驚くがその驚きを相手に悟られてはならないと自分に言い聞かせ、できるだけ表情に出さないようにする。そして、ダークの言っている事の意味が理解できないフリをしながら対応した。
「……ファゾム? 一体何の話をしているのだ?」
「とぼけても無駄だ、お前達の事は既に調べ尽くしている。そんな態度を取っても意味はないぞ? ファゾムの隊長、ケイザス・ハルントリク」
「……成る程、どうやら完全に私達の正体に気付いているようだな」
ダークの言葉を聞き、知らぬ存ぜぬは通用しないと判断したケイザスはデカンテス帝国の特殊部隊隊員である事を認める。彼の後ろにいたペティシアは何も言わずにただジッとダークを睨んでいた。
「私達の正体に気付いているとは大したものだ……で? 私達の事を知る君は何者だ?」
「俺か? そうだなぁ……とりあえず、オスクロと名乗っておこう」
自分がこの国の王である事に気付かれないようにする為にダークはオスクロと言う偽名を名乗った。それを聞いたケイザスは目元をピクリと動かして反応する。
「その言い方、まるで本当の名があるのに違う名を名乗っているように聞こえるな?」
「フッ、まぁ細かい事は気にするな」
オスクロが偽名であるとケイザスに感づかれるがダークは動揺せずに余裕の態度を見せた。そのダークの態度を見てケイザスは目の前にいるオスクロと名乗る男は今回の様な状況を何度も経験している存在だと感じ取る。
「それで、そのオスクロと名乗る男が私達に何の用かな?」
「……この状況でその質問をするのか。お前なら既に気付ているはずだが?」
「……私達を捕らえに来たのだな?」
「そのとおりだ」
ダークは腕を組みながら小さく頷いて答える。ダークの答えを聞いてケイザスはやはりな、と言いたそうな表情を浮かべる。
今までの情報と状況から分析して自分達の前に現れた理由は既に想像できていたが、直接本人の口から理由を聞いてみたく、ケイザスはわざと答えの分かり切っていた質問をしたのだ。
「俺はあるお方の命令を受けてお前達を捕らえに来たんだ。大人しく投降しろ、そうすれば悪いようにはしないとあのお方は仰っておられる」
「あのお方、と言うのはこの国の王様の事かな?」
「フッ、さあな?」
鼻で笑いながらダークは白を切る。そんなダークの態度を見てケイザスは国王だと確信した。ペティシアもケイザスと同じように目の前のオスクロに命令を下したのが国王であるダーク・ビフレストで間違いないと考える。
「それで? 大人しく投降するのか? それともしないのか?」
「……当然、お断りする。我々も帝国に情報を持ち帰ると言う重要な使命があるのでね」
「この場で俺から逃れたとして、無事にこのバーネストから脱出できると思っているのか?」
「フフフ、私達を誰だと思っているのかな? デカンテス帝国の特殊任務部隊ファゾムだぞ? 他国の町から脱出する手段だってちゃんと用意してある」
「成る程、それなら何があってもお前達を逃がす訳にはいかないな」
そう言ってダークは腰に納めてある二本の短剣をゆっくりと握る。それを見たケイザスはゆっくりと鞘に納めてある剣を抜いた。ペティシアもロッドを握る手に力を入れながらダークを睨む。
「私達と出会った以上、君をこのまま生かして帰す訳にはいかない。我々に使命の為に此処で死んでもらう」
「俺を殺せるのか?」
「勿論だとも、恨むのなら君にこんな命令を下したダーク陛下を恨んでくれ」
真剣な表情を浮かべながらケイザスは剣を右手に持ち、ラウンドシールドを左手に持って構えた。
自分達を捕らえろと命じた国王ダーク・ビフレストが目の前にいるのに、その事に気付かないケイザスとペティシアを見てダークは仮面の下で小さく笑う。そもそもダークが姿を変えてケイザスとペティシアの前に現れたのは正体を隠す為だけではなかった。
暗黒騎士として剣だけで戦ってばかりいては剣が使えない、もしくは剣で戦えない状態になった時に戦力が低下してしまう。そんな時に備えて剣以外の武器、サブ職業であるハイ・レンジャーが使える短剣などの武器の扱いにも慣れておいた方がいいとダークは考え、もしケイザス達と戦う事になった時には短剣で戦い、少しでも感覚を掴んでおこうと思いオスクロの姿でケイザス達の前に現れたのだ。
構えるケイザスとペティシアを見ながらダークは腰に納めてある短剣を抜いた。ケイザスとペティシアはダークが持つ美しい二本の短剣を見てかなりの業物だと感じている。だが、二人が業物だと思っているその短剣はどちらもLMFのNPCショップで買う事ができる武器で決して性能の高い武器ではない。他にも優れた短剣があるのだが、ケイザスとペティシアが相手ならこれぐらいで丁度いいだろうとダークは思ってLMFでは誰でも手に入れられる短剣を選んだのだ。
「戦う前にもう一度訊くが、投降する気は無いのか?」
「くどいな、君も? 私達は大人しく捕まる気は無い」
「……そうか、なら仕方がない。こちらも捕縛はやめてお前達を殺す事にしよう。と言うより、投降する気が無ければ最初から殺すつもりでいたのだ」
ダークはそう言って目を赤く光らせながら両手に持っている短剣を構えた。先程までとは違い、殺気をむき出しにするダークを見てケイザスの目が鋭くなる。
「いいのか、勝手にそんな判断をして? ダーク陛下からは私達を捕らえるよう言われているのだろう?」
「捕らえる事ができなければ殺してもいい事になっているのでな」
「……フッ、成る程、ダーク陛下にとって私達は生きていていようがいまいが、どちらでも構わない存在という事か……」
ケイザスは目を閉じると小さく俯いて苦笑いを浮かべる。デカンテス帝国の特殊部隊である自分達を捕らえれば色々利用できると思わないのか、ケイザスはそう考えながらビフレスト王国の王は自分が思っている以上に頭の良くない人間だと感じた。
「……それで、まずはどちらが相手をしてくれるんだ? 俺としては二対一でも構わないのだが……」
「ほぉ、二対一で私達に勝つつもりでいるのか?」
「ああ、お前達如き、楽に倒せる」
「フフフ、君は意外と傲慢なんだな……なら、君の望み通り、私とペティシアの二人で相手をさせてもらうぞ? 状況が状況だからな、こちらも勝つ為に手段を選んではいられないのだ」
戦士としての誇りよりも任務成功を優先するケイザスの考えを聞いたダークはケイザス達の事を戦士としては情けない存在だと思っていたが、特殊部隊の隊員として任務成功の為に誇りを捨てる事は大したものだと感じた。
ケイザスは左手に持つラウンドシールドを前に出し、ダークがいつ攻撃して来ても防御できる態勢に入る。ペティシアはラウンドシールドを構えるケイザスの後ろに回り込んでロッドを構えた。
「物理防御強化! 移動速度強化!」
ペティシアはケイザスが戦いやすくなるように補助魔法を発動させ、彼の物理防御力と移動速度を強化する。ダークの姿から彼が盗賊系の職業であると考えたペティシアは魔法を使って攻撃してこないだろうと思い魔法防御力を強化する補助魔法は掛けなかった。
(やはり補助魔法を使って来たか。あの女の姿からして、恐らくクレリックの様な回復魔法を使う魔法使いだろう。となると、攻撃力を強化する補助魔法や強力な攻撃魔法は使ってこないと考えていいな。使えるとしても下級魔法ぐらいだ。大した脅威にはならないな)
ダークはペティシアの行動を見ながら彼女が使える魔法やどれ程の力を持っているかを分析し、現状で一番注意しなくてはならないのはケイザスだと考える。もっともレベル100であるダークにとっては例えペティシアが強力な攻撃魔法を使えたとしても問題はなかった。
補助魔法でケイザスの強化が終わるとペティシアは数歩後ろに下がって二人から距離を取る。全ての準備が整い、ケイザスは足の位置を僅かにずらしていつでも戦える状態に入った。
「準備は整ったか?」
「ああ、私はいつでも行けるぞ」
「そうか……では、始めるとしようか!」
ダークは短剣を強く握りケイザスに向かって走り出す。ケイザスも向かってくるダークを見てラウンドシールドと剣を構え直した。
ケイザスの目の前まで近づいたダークは右手に持っている短剣で袈裟切りを放つ。ケイザスはその攻撃をラウンドシールドで難なく防ぐと素早く剣を横に振って反撃する。ダークは左から迫って来る剣を後ろの軽く跳んでかわし、再びケイザスに近づくと今度は右手だけでなく左手に持っている短剣も使って連続で攻撃を仕掛けた。
素早く繰り出されるダークの連撃をケイザスはラウンドシールドで全て防ぎ、隙があれな剣で反撃する。ダークも同じようにケイザスの攻撃をかわしたら反撃するというのを繰り返した。
レベル100のダークの攻撃をレベル40代のケイザスが顔色一つ変えずに難なく防ぐなど普通ではあり得ない事だが、それにはちゃんと理由があった。ダークは以前アリシアに貸した事のある強欲者の指輪を装備し、全ステータスを大きく低下させ、経験値を多く得られる状態にしていたのだ。理由はケイザスを倒した時に経験値を多く得る為と本来の力を出してケイザスを簡単に倒さないようにする為である。
他にも色々なマジックアイテムを装備しており、今のダークはケイザスよりも少しだけ強いくらいの状態となっていた。
しばらく激しい攻防を繰り広げたダークとケイザスは一旦体制を整える為に後ろに跳んで距離を取る。ダークは両手に持つ短剣を構えながら数m先に立つケイザスを見つめた。
(やっぱり大剣を使って戦う時と比べると感覚が違うな。重さ、間合い、力加減の全てが今までと全然違う……これは慣れるのに時間が掛かりそうだ。この戦いでできるだけ感覚を掴んでおいた方がいいな)
短剣と大剣の扱い方が違うのを実感したダークは短剣を握る手に力を入れる。少しでも早く短剣の扱いに慣れる為にこの戦いは短剣以外の武器は使わずに勝とうとダークは心の中で決めた。
ダークはケイザスを見つめながら短剣を構え直し、次の攻撃に移ろうとする。すると今まで後衛で戦いを見守っていたペティシアが走りながらダークの右側に回り込み、走ったままロッドの先をダークに向けて来た。
「光球!」
ペティシアはケイザスを援護する為にロッドの先から白い光球をダークに放って攻撃した。
「やはり下級魔法は使えたか」
自分の予想したとおり下級の攻撃魔法が使えるペティシアをダークは視線だけを動かして見る。光球は真っ直ぐダークに向かって飛んで行き、ダークに当たると思われた瞬間、彼の数cm手前で消滅した。
「光球が消えた!?」
目の前で起きた現象にペティシアは驚きの表情を浮かべる。ケイザスもペティシアと同じように驚きの顔をしながらダークを見ていた。
ダークは<魔法攻撃無効Ⅱ>と言う自分よりもレベルの低い敵の魔法攻撃を無効化する常時発動技術を装備しており、レベル100のダークがこの技術を装備すればレベル65以下の敵の魔法は全て無効化する事ができる。その為、ダークよりも遥かにレベルの低いペティシアの攻撃魔法は無効化されたのだ。
技術によって攻撃魔法が無効化された事を知らないペティシアは驚き続けている。一方でケイザスは表情を鋭くし、ダークの装備に魔法を無効化する秘密があるのではと考えていた。
「ペティシアの魔法を消してしまうとは、君は何か強力なマジックアイテムを装備しているようだな?」
「……俺はそんなマジックアイテムは持っていない」
「ではさっき現象はどう説明するつもりだ? まさか、君自身が持つ特殊な能力だなんて言うんじゃないだろうな?」
「……だったらどうする?」
仮面の下から楽しそうな声を出すダークを見てケイザスは二ッと笑い返す。ケイザス自身、口では言ったが当然魔法を無効化したのがダーク自身が持つ特殊な能力だとは信じていなかった。
この世界で自身に特殊な能力を持つ事ができるのはモンスターや極一部の亜人だけで人間がそんな能力を持つ事は決してあり得ない事だ。だからケイザスは魔法を無効化したのがダークが装備している防具のどれかだと思っている。しかし、どの防具に魔法無効化の効果が付いているのかまでは分からなかった。
「まぁ、何であれ、君に魔法が通用しないという事は分かった。それなら別の方法で攻めればいいだけの話だ……ペティシア、例の魔法を使え」
「えっ、あれを使うんですか?」
「そうだ、短時間で決着をつけるには多少派手な魔法も使うしかない」
「……分かりました」
ケイザスの指示を聞き、ペティシアは真剣な顔で返事をした。
二人の会話を見たダークは仮面の下で不思議そうな表情を浮かべる。たった今、魔法が通用しない事を証明したばかりなのにペティシアにまた魔法を使わせるケイザスの考えがダークのは理解できなかった。
ダークがケイザスの行動を疑問に思っているとペティシアの準備が整い、ケイザスに指示された魔法を発動した。
「召喚魔法・エンジェルナイト!」
ペティシアが叫ぶと地面に二つの白い魔法陣が展開され、そこから白と銀の全身甲冑、フルフェイスの兜を装備した天使が二体現れた。その手には金色の柄をした剣が握られており、二体の天使は白い翼を広げて飛び上がり、ケイザスの真上に移動してダークを見下ろす。
「召喚魔法? 成る程、モンスターを召喚する魔法なら俺の技術なんて関係ないわな……しかし、召喚魔法まで使えたとは驚いたぜ」
ペティシアが召喚魔法を習得していた事には流石にダークも驚いたのか飛んでいる二体の天使を見上げながら意外そうな声で呟いた。
<召喚魔法・エンジェルナイト>はレベル30から35までのエンジェルナイトと言う中級の天使族モンスターを召喚する事ができる光属性中級魔法。最大で五体までのエンジェルナイトを召喚する事が可能だが、何体召喚できるかは使用者の実力と魔力によって決まる。ペティシアの場合は最大で二体までした召喚する事ができないが、それでも強力なエンジェルナイトを召喚できる為、ペティシアにとっては切り札と言える魔法だ。
召喚された二体のエンジェルナイトはダークを見つめたまま持っている剣を両手で握りながら構え、ケイザスも剣とラウンドシールドを構える。ダークも短剣を構え直してケイザスとエンジェルナイトも動きを警戒した。
「エンジェルナイト、隊長を援護しながらそこにいるオスクロを攻撃しなさい!」
ペティシアは召喚したばかりのエンジェルナイト達にダークを攻撃するよう指示を出す。すると二体のエンジェルナイトは翼を広げ、剣を構えながら勢いよくダークに飛び掛かる。
ダークの目の前まで来ると二体のエンジェルナイトは剣でダークに連続攻撃を仕掛ける。ダークは短剣を素早く動かしてエンジェルナイト達の攻撃を全て防ぐ。正面からの攻撃は通用しないと感じたのかエンジェルナイト達は攻撃やめて上昇し、ダークの真上に移動してダークを見下ろす。
攻撃の届かない所に移動したエンジェルナイトを見上げながらダークは不機嫌そうに舌打ちをする。するとそこへケイザスが勢いよく走ってダークの前まで近づいて来る。ケイザスの持っている剣は刀身を青紫色に光らせていた。
「剣王破砕斬!」
戦技を発動させたケイザスはダークに向けて剣を振る。ダークはケイザスの攻撃を左手に持っている短剣で防ぐと後ろへ跳んでケイザスから距離を取った。だがその直後、ケイザスの攻撃を防いだ短剣の刀身は真ん中から真っ二つに折れてしまう。
(折れたか、やっぱNPCの店で買えるような安物は脆いな)
ダークは刀身が折れてしまった短剣を捨て、右手に持っている短剣を構えてケイザスと彼の隣まで移動して浮いている二体のエンジェルナイトを見つめる。
使う短剣が一本になったダークを見てケイザスは少しずつダークを追い詰めていると感じて小さな笑みを浮かべる。遠くで戦いを見ていたペティシアもこのまま行けば勝てると思い余裕の笑みを浮かべていた。
「使える武器が右手の一本だけとなったな。このまま戦っても君が勝てる可能性はとても低いのではないか?」
「フッ、お前達を倒すだけなら短剣が一本残っていれば十分だ」
「強がりはよせ、私と二体のエンジェルナイトを相手に短剣一本で勝てるはずがないだろう。仮に何とかエンジェルナイトを倒せたとしても、ペティシアがいる限り何体でも新しいエンジェルナイトを召喚する事ができるんだ」
戦況から自分達には勝てないとケイザスは剣とラウンドシールドを構えたまま話し、ダークはそれを黙って聞いていた。
確かに召喚魔法が使えるペティシアがいる限りエンジェルナイトは何体でも召喚できる為、ダークの方が不利だと思われる。だが召喚魔法はMP、つまり魔力の消費が激しいのでいつかは魔力が尽きてエンジェルナイトを召喚する事ができなくなってしまう。当然、ケイザスとペティシアはその事を知っていた。
しかしケイザスはペティシアの魔力が尽きるまでダークが何度もエンジェルナイトを倒せるとは思っておらず、何よりもそうなる前にダークを倒す自信がケイザスにはあった。
「無駄な抵抗はやめて武器を捨てろ、そうすれば楽に死なせる事を約束する」
見逃す事はできないが、せめて苦痛を感じないように殺すとケイザスは告げる。ケイザス自身も敵を痛めつけたり苦しめるような事はしたくないようだ。
「……フフフフ、俺の武器を一つ破壊しただけで勝った気になるとはな」
ダークはケイザスの警告を聞いて突然笑い出し、ケイザスは追い詰められているのに余裕の態度を取るダークを見て僅かに目を細くする。
「相手の武器を壊したくらいで自分達が勝つと思わない方がいいぞ? 世の中にはお前達の知らない力や能力を持つ存在が沢山いるんだ。この俺のようにな」
「……それはどういう意味だ?」
「今から教えてやる」
そう言ってダークはゆっくりと構えを解き、剣を構えるケイザスとその両脇にいるエンジェルナイトをジッと見つめる。
「魔神の黒風」
ダークは目を赤く光らせながら暗黒騎士の能力を発動させる。剣を装備していない為、暗黒剣技は使えないが、それ以外の能力なら短剣や盗賊系の装備をしている状態でも使う事ができるのだ。
能力が発動した事でダークの体は黒いオーラを纏い、彼を中心に風が勢いよく吹く。ケイザスやエンジェルナイト、そして離れた所にいるペティシアはダークの方から吹く冷たい風を全身に受けた。
なぜ突然風が吹いたのか、ケイザスとペティシアは理由が分からずに不思議そうな顔をしている。だがその直後、突然二人は全身に寒気を感じた。
(な、何だ今のは? 今まで何ともなかったのに、あの風を受けた瞬間に全身に悪寒が走った……まさか、オスクロが何かしたのか?)
自分達に異常が起きたのか目の前の男の仕業なのか、ケイザスは少し驚いた表情を浮かべながらダークを見ている。
「さて、今度はこちらから攻撃させてもらうとしようか」
今までは攻撃されていたが、今度はこっちが攻める番だとダークは低い声を出しながら短剣を構えた。