第百六十二話 高魔の魔導紳士
騎士団の詰め所に向かう為にアラージャ、ライア、ライラの三人は日用雑貨や衣服などを扱っている店が並ぶ街道を歩いている。昼間は大勢の人が集まるその街道も深夜である今は静かでアラージャ達の足音しか聞こえなかった。
アラージャ達は街道の隅にある木箱や荷車などに身を隠しながら先へ進み、少しずつ目的地へ近づいている。先頭を歩くアラージャとその後ろに続くライラは余裕の笑みを浮かべながら進んでいるが、殿を務めるライアは真剣な表情を浮かべながら前や後ろを警戒していた。
「このペースならもうすぐ騎士団の詰め所に着くな」
「うん、大した問題も起きてないし、順調、順調」
ライラがニッコリと笑顔を浮かべながら余裕を見せ、アラージャも前を向きながらニッと笑っている。すると、アラージャとライラの会話を聞いたライアは声を出しながら深く溜め息をつく。まるで二人にわざと溜め息が聞こえるようにしている様だった。
「何が順調よ、此処に来るまでにモンスターと遭遇して何度騒ぎになりそうになったか……」
「何だ、まだそれを言うのか?」
ライアの言葉を聞いたアラージャは足を止めて面倒くさそうな顔をしながら後ろにいるライアの方を向く。ライラもアラージャにつられる様に立ち止まって後ろにいる姉の方を見た。
此処まで来る間に三人は何度も警備の下級モンスターを見かけており、その中には通り道の邪魔になるモンスターも何体かいた。モンスターが邪魔だと判断するとアラージャはモンスター達を容赦なく攻撃し、ライラも一緒になってモンスターを攻撃したのだ。
モンスターの死体が見つかればモンスターを殺した者が町の中にいるという事がバレて騒ぎになってしまう。それを避ける為にできるだけモンスターを倒さないように任務を遂行しようとしていたが、アラージャとライラは普通に遭遇したモンスター達を倒していくのでライアは二人の行動に呆れ果てていた。
「最初にゴブリンを倒した時に注意しながら行動してって言った時にアンタは分かったって言ったわよねぇ? 何のその後もモンスターと遭遇したら当たり前の様に倒していったじゃない。どういうつもりよ?」
「うるせぇな、まったく……俺達が進む先に警備のモンスターどもがいて、ソイツ等が任務の障害になると思ったから倒した。その後に騒ぎにならないように死体を隠し、痕跡を消して此処まで来れたんだから何も問題ねぇだろう」
「それは結果論じゃないの? 死体が見つかった後に騒ぎが起こるかもしれないって分かってるなら最初からモンスターを倒さなければいいじゃない」
「任務の邪魔になる存在と分かってるなら倒しておいた方がいいに決まってるじゃねぇか」
お互いに睨み合いながらアラージャとライアは自分の正しいと思う事を口にする。二人に挟まれて口論を聞いているライラは辛さと面倒くささが合わさった様な表情を浮かべていた。
「ま、まぁまぁ、騒ぎが起こらずに此処まで来れただから別にいいじゃない?」
「ライラ、アンタも同じよ!? ゴブリンを倒した後もアラージャと一緒に楽しそうにモンスターを攻撃してたじゃない」
「そ、それは……」
アラージャだけでなく自分も睨みながら怒りを見せる姉にライラは小さくなる。赤の他人であるアラージャならともかく、双子の妹であるライラまでもが軽はずみな行動を取った事にライアは頭に来ていた。
ライラに注意した後、ライアは再びアラージャの方を見て彼を睨み、アラージャもそんなライアは睨み返す。しばらく睨むとライアは目を閉じながら小さく俯き、静かに息を吐いた。
「とにかく、アンタ達が軽率な行動を取った事は後で隊長にしっかりと報告させてもらうから、覚悟しておきなさいよ?」
「ケッ、勝手にしろ。お前にグチグチ言われるよりは隊長に注意された方がずっとマシだからな」
アラージャはそう言うと再び前を向いて歩き出し、ライアはそんなアラージャの背中をジッと見つめながら後をついて行く。アラージャの態度は気に入らないが、感情に流されて任務に支障をきたす訳にはいかない。ライアは感情を押し込んで任務に集中する。ライラは先へ進む二人の後ろ姿を面倒そうな顔で見ながらついて行った。
それからしばらくしてアラージャ達は長かった街道を出た。三人の前には円形の広場があり、その奥には周りの建物と違う立派な作りの二階建ての建物がある。その建物こそが目的地である騎士団の詰め所であった。
「あれがこの町の騎士団の詰め所ね……」
ライアは数十m先にある二階建ての建物を見つめながら呟く。アラージャとライラもライアの左右に立ちながら同じように詰め所を見つめる。
「あの中に入ってこの町の騎士団の戦力やビフレスト王国の軍事力とかが書かれた書類を見つければいいんだよね?」
「ええ、ただ騎士団の詰め所である以上、中に騎士がいる可能性があるわ」
「そうかなぁ? 明かりとかは付いてないみたいだし、誰もいないんじゃないの?」
騎士団の詰め所を見ながらライラは不思議そうな顔で呟く。確かにライラ達が確認できる詰め所の部屋には明かりが付いておらず、誰かが建物の中にいるようには見えない。普通の人間がこの状況を目にすれば詰め所は無人だと考えるが、ライアは気を抜く事はしなかった。
「そうとも限らないわ。もしかすると、外から見える場所にはいなくて、奥の部屋、つまり外からは見えない部屋に誰かがいるかもしれないわ」
「う~ん、あり得ない事は無いけど……考えすぎじゃない?」
「考えすぎるくらいが丁度いいのよ、特殊部隊の隊員にとってはね。アンタも少しずつでいいから物事を深く考えるようにしなさい」
「努力しま~す」
少し前に怒鳴られたばかりなのにふざけた様な口調で返事をするライラにライアは呆れて言葉も出ないのか溜め息をつきながら首を横に振った。
「おい、いつまで喋ってるつもりだ? 目的の情報を手に入れて宿屋へ戻るぞ?」
「……分かってるわよ」
ライアはアラージャの方を向くとムスッとしながら返事をする。先程の口論のせいかアラージャと話す時は少し不機嫌になった。
三人は広場に入ると他に誰かいないか警戒しながら広場の中央へと歩いて行く。騎士団の詰め所はアラージャ達が出て来た街道から広場を挟んだ向かいにあるので真っ直ぐ進んで行った方が一番距離が短かった。
「やっぱり此処に来たわね?」
アラージャ達が警戒しながら広場の中央までやってくると広場に若い女の声が響き、三人は一斉に武器を構えて周囲を見回す。だが広場には自分達以外誰もおらず、アラージャ達は不思議に思いながら警戒した。
「何だ、さっきの女の事は?」
「分からないわ、声の大きさからしてすぐ近くにいるはずなんだけど……」
「何処にもいないわよ?」
三人は背を向け合いながら武器を構えて声の主が隠れていそうなところを探す。すると、騎士団の詰め所の屋根の上から一つの人影が姿を現した。
「何処見てんのよ? 此処よ」
再び声が聞こえ、アラージャ達は一斉に騎士団の詰め所の方を向く。そこには屋根の上でアラージャ達を見下ろしながら腕を組んでいるレジーナの姿があった。
声の主が十代後半ぐらいの少女である事を知ってライラは意外そうな顔をする。アラージャとライアはこんな夜中に街に出ている事から屋根の上にいる少女が只者ではないとすぐ気付いて警戒していた。
「まったく、こんな暗くて冷たい風が吹く中、長い事待たせてくれちゃって、とんでもない連中ね」
「何が長い事じゃ、此処に来てから数分しか経っておらんじゃろう」
腕を組みながら文句を言うレジーナの後ろからマティーリアが姿を見せ、呆れた顔をしながらレジーナを見つめる。アラージャ達は新たに姿を見せたマティーリアを見て更に警戒心を強くする。
「今のあたしにとってはたかが数分でも長く感じるのよ。ただでさえ眠くて感覚がおかしくなってるんだから」
「ああぁ、分かった分かった。さっさと下に下りて奴等に挨拶をするぞ?」
レジーナの愚痴に付き合うのが面倒なのかマティーリアは適当に話を終わらせて背中から竜翼を出した。そんなマティーリアをレジーナはムスッとしながら見ている。
マティーリアはレジーナに手を差し出し、掴まれと目で伝える。それを見たレジーナは納得のいかないような態度を取りながらマティーリアの手を掴んだ。レジーナが手を掴むとマティーリアは竜翼をはばたかせてゆっくりと上昇し、手を掴まれているレジーナも一緒に上昇する。
突然現れた二人の少女が浮ている姿を見てアラージャ達は目を見開いて驚く。この時の三人はレジーナの事は人間と思っているが、頭から角、背中から竜翼を話しているマティーリアは人間ではないと気付き、何かして来るのではと注意していた。
浮かび上がったレジーナとマティーリアはゆっくりと高度を下げていき、アラージャ達の十数m前に下り立つ。そして自分達を見ながら武器を構えているアラージャ達に視線を向けた。
「まずは挨拶からさせてもらおう。妾はマティーリア、こっちの小娘はレジーナじゃ。お主達も名を名乗れ」
「……お断りするわ。こっちは貴女達に名乗ってくれと頼んでないし、名前を知りたいとも思ってなかったわ。そっちが勝手に名乗ったんだからこちらが名乗り義理はない」
いきなり自己紹介してきたマティーリアにライアは冷静に対応する。他国に潜入している特殊部隊の隊員が敵に名を名乗るのは御法度、絶対にしてはならない事な為、ライア達は名乗るつもりはなかった。
マティーリアは名乗らないライアを見ると小さく鼻で笑う。既に正体が分かっている為、名を聞く必要は無かったのだが、何かの拍子に自分達が掴んでいない情報を口にするのではと思ってわざと名を尋ねたのだ。だが結局何も情報は得られなかったのでマティーリアは心の中で残念に思う。
「それで、嬢ちゃん達はこんな夜中に何をしてんだ?」
自分達の事を棚に上げてアラージャはレジーナとマティーリアに尋ねる。レジーナはアラージャをジッと睨みながら、この状況でそれは愚問でしょう、と心の中で思う。一方でマティーリアは小さく笑ったままアラージャを見つめており、腕を組みながら口を動かした。
「フフフ、何をしているだと? お主達なら既に分かっておるのではないのか?」
「何?」
小馬鹿にする様に笑うマティーリアを見てアラージャは目を鋭くしながらマティーリアを睨み付ける。ライアとライラは何を言っているんだ、と不思議そうな顔をしていた。するとライラはふと顔を上げて隣に立つライアの耳元に顔を近づける。
「姉さん、もしかしてアイツ等、私達の正体に気付いたこの国の人間が私達を捕まえる為に雇った冒険者じゃないの?」
「はあぁ?」
レジーナとマティーリアが何をしに現れたのかライラは自分の予想した答えを小声でライアに伝え、それを聞いたライアも小さく声を出しながらライラの方を見た。
「何言ってるのよ? 私達はこの町に来てから密偵である事がバレるような事は何もしてないのよ? それはアンタの考えすぎよ」
「考えすぎが丁度いいって言ったのは姉さんじゃないの……それじゃあ、姉さんはアイツ等が何者だっていうのよ?」
目の前にいる二人の少女が何者なのか、双子の姉妹は小声で話し合っている。アラージャは後ろで何をコソコソ話しているんだと言いたいのか不機嫌そうな顔で後ろにライアとライラを見ていた。
レジーナはライアとライラが何を話しているのか気になるのかジッと二人を見つめている。その隣にいるマティーリアはライアとライラを見つめながらニッと笑っていた。マティーリアは人間よりも耳が良い為、ライアとライラの小声の会話をしっかりと聞き取る事ができていたのだ。
「お主の言う通りじゃ、小娘」
突然話しかけて来たマティーリアにライアとライラは驚いてマティーリアの方を見る。
「妾達はお主達を捕らえる為に此処に来た。理由は帝国の密偵としてこの国の情報を盗み出そうとしておるからじゃ。あと、少し前に警備のモンスター達を殺めた事も理由に入っておる」
「な、何ですって?」
自分達がデカンテス帝国の密偵である事や数分前に警備のモンスターを倒した事がバレているのを知ったライアは驚きを隠せずにいる。当然だ、デカンテス帝国の密偵である事はバーネストに来て一言も口にしておらず、倒したモンスターも誰も見ていない時にしっかりと隠したのにそれらが敵に知られているのだから。
目の前にいる二人の少女が自分達の秘密を知り、自分達を捕まえようとしている。アラージャ達は自分達が最も恐れていた事態になった事で僅かに焦っていた。だが、それを敵に悟られないようにする為に表情には出さず、レジーナとマティーリアを睨んでいる。
「大人しく武器を捨ててあたし達と一緒に来なさい。そうすればあたし達は仕事を終わらせて休む事ができるし、アンタ達も酷い目に遭わずに済むわ」
レジーナは目を細くしながらアラージャ達に投降するよう要求する。アラージャ達を捕まえて王城に連れて行けばその時点でレジーナとマティーリアの仕事は終了、尋問は王城にいる騎士達に任せればいいので終わればすぐに眠る事ができる為、レジーナはさっさとアラージャ達を連行して仕事を終わらせたいと思っていた。
眠いせいで僅かに苛立ちを見せるレジーナを見てマティーリアはやれやれと言いたそうな顔をする。するとアラージャが小馬鹿にする様な目でレジーナを見つめながら口を動かした。
「馬鹿かお前は? 投降しろって言われて素直に分かりましたと言うと思ってるのかよ」
「……あたしは今、アンタ達のせいで夜中に叩き起こされてすっごく不機嫌なの。抵抗しないでさっさと投降しなさい? 投降しない場合はアンタ達を殺してもいいってダーク兄さんから言われてるのよ」
「殺す? ハハハハハッ! できもしない事を軽々しく口にするもんじゃねぇぜ、お嬢ちゃんよぉ?」
笑いながら挑発的な言葉を口にするアラージャを見てレジーナの目の鋭さが増す。ただでさえ眠くて機嫌が悪いのに目の前にいる男のせいでレジーナは更に機嫌が悪くなっていく。
「……それは殺してもいいって事よね? それじゃあ望み通りにしてあげる」
「待て待て、レジーナ。確かに若殿は殺しても構わないと言ったが、捕らえる事が可能なら捕らえろとも言っておっただろう? 感情に流されて殺すと決めるな」
険しい顔でアラージャを睨むレジーナをマティーリアは宥める。レジーナは冷静に自分を止めるマティーリアに怒りの籠った視線を向けた。
アラージは不機嫌になっているレジーナとそれを止めるマティーリアを見て二人の息が合っていないと感じ取り、このまま戦いになれば自分達が勝つと思っていた。この時のアラージャやライア、ライラの姉妹は目の前にいる二人が七つ星冒険者である事を知らず、戦闘になってもレベル40代の自分達が有利だと感じていたのだ。
「俺達を殺すつもりか、面白れぇ……お前等、あのお嬢ちゃん達はヤル気らしい、なら望み通り相手をしてやろうぜ」
「分かってるわよ。彼女達には申し訳ないけど、これも仕事だからね」
「ああ、さっさと殺してやるべき事を終わらせちまおう」
そう言ってアラージャは持っている片手斧を構え、ライアもクロススピアを構えながらレジーナとマティーリアを見つめる。ライアの隣にいるライラもグレートボウを左手に持ち、右手で矢筒から矢を抜き、いつでも矢を撃てる態勢に入った。
アラージャ達が戦闘態勢に入るのを見てレジーナは表情を更に鋭くする。マティーリアは少し面倒そうな顔をしながら小さく舌打ちをした。
風が吹く騎士団の詰め所前の広場の中で双方は相手と睨み合う。そんな中、ライラがアラージャの背中を見つめながら意外そうな表情を浮かべながら口を動かした。
「それにしても、アンタにしては珍しいわね? いつものアンタなら敵の中に若い女の戦士がいたら、殺さずに捕虜にしていやらしい事をしようとしてたのに、今回は何で殺す事にしたのよ?」
女癖の悪いアラージャが珍しく敵の女を捕らえようとしない事にライアは不思議に思いアラージャに声を掛けた。ライアもライラの言葉を聞いてどうして目の前にいる少女二人を捕まえないのかアラージャを見ながら疑問に思う。するとアラージャはチラッと後ろを向き、不愉快そうな目でライアとライラを見つめる。
「あのなぁ、若い女なら誰でもいい訳じゃねぇんだよ。俺にだって好みがある、目の前にいるお嬢ちゃん達は俺の好みじゃねぇから捕らえずに殺す、それだけだ」
「ええぇ? アンタに好みなんてあったの?」
ライラはアラージャの答えを聞いて驚きの表情を浮かべる。ライアも少し驚いたらしく目を見開きながらアラージャを見た。
「当たり前だ。俺にはあんな色気のないガキを抱くような趣味はねぇ」
『ああぁ?』
アラージャが呆れる様な表情でレジーナとマティーリアを見ながら言うと、それを聞いたレジーナとマティーリアは額に血管を浮かべながらアラージャを睨み付ける。さっきのアラージャの言葉は二人の女心とプライドに大きな傷を付け、最初から不機嫌だったレジーナだけでなく、今まで冷静だったマティーリアの機嫌も一瞬で悪くしてしまった。
険しい顔で自分達を睨むレジーナとマティーリアにライアとライラは一瞬驚いて後ろに下がる。逆にアラージャは睨んでくる二人を見て愉快になったのか楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「……レジーナ、妾は気が変わった。あの男は殺してしまおう」
アラージャのせいで不機嫌になったせいかさっきまで捕まえる事を優先していたマティーリアは手の平を返した様に態度を変え、引きつった笑顔を浮かべながらレジーナにアラージャを殺そうと話す。それを聞いたレジーナも引きつった笑顔のまま目だけを動かしたマティーリアを見た。
「あら? 久しぶりに気が合ったわね」
「ウム、ただ、あの男は確実に殺すとして、後ろにいる双子は可能であれば捕らえる事にしよう」
自分達を怒らせたアラージャは必ず殺し、ライアとライラは出来れば生け捕りにしようとマティーリアは考える。機嫌を悪くしても冷静な判断力までは失われていないようだ。レジーナもマティーリアの考えに文句はないらしく、無言で頷いた。
引きつった笑顔で自分達を見るレジーナとマティーリアを見てアラージャ達は構えや足の位置を僅かに変え、レジーナとマティーリアが動くのを待つ。だが、二人はなかなか戦闘態勢に入らず、アラージャ達は二人をジッと見つめながら不思議に思った。
「どうした? さっさと戦いの準備をしろ」
「勘違いするな、お主達と戦うのは妾達ではない。妾達はただの傍観者じゃ、お主達の相手は今から呼んでやる」
自分達は戦わないと告げたマティーリアはパンパンと手を叩いた。するとレジーナとマティーリアの目の前に黒い魔法陣が展開され、そこから何かが沸き上がって来るように出てくる。目の前で起きている出来事にアラージャ達は少し驚いた様子を見せた。やがて魔法陣が消え、アラージャ達は魔法陣から出て来たものを鋭い目で睨む。
魔法陣から現れたのは長身の老人だった。身長はダークより少し低い位で黒緑色の髪と薄い灰色の肌、高く尖った鼻を持ち、少しやせ気味の顔をしている。格好は黒のタキシードとマントを羽織った姿で頭には銀色のラインが入ったシルクハットを被っており、イギリス紳士の様な雰囲気を出していた。手の爪は鋭く尖っており、赤い宝玉が付いた杖を持っている。
「紹介しよう、お主達の相手をするモルドールじゃ」
アラージャ達が老人を見ているとマティーリアが小さく笑いながら老人を紹介する。老人はアラージャ達を見ながら不敵な笑みを浮かべた。
モルドールは蝗武と同じで監視室でダークがサモンピースを使って召喚した存在でシャドーメフィストと言うレベル75の悪魔族の上級モンスター。LMFに登場する悪魔族モンスターの中でも魔法攻撃力が高く、多くの魔法を使う事ができる。その中には上級魔法も入っており、LMFでは魔法対策をしなければあっという間に倒されてしまう敵だとまで言われていた。
アラージャ達を見ながらしばらく笑っていたモルドールは被っているシルクハットを取るとゆっくりと頭を下げた。
「初めまして、この度貴方がたのお相手をさせていただくモルドールと申します」
敵であるアラージャ達にモルドールは礼儀正しく挨拶をする。そんなモルドールを見ているアラージャ達は外見や登場の仕方、雰囲気からモルドールが人間も亜人でもないとすぐに気付く。普通の人間なら何者なのか悩むところだが、アラージャ達はバーネストにモンスターがいる事から、モルドールもモンスターに違いないと感じていた。
「モルドール、会議室でも話したとおり、可能であれば生け捕りにしてくれ。ただし、斧を持った男だけは確実に始末しろ」
「かしこまりました、マティーリア様」
マティーリアの指示を聞いたモルドールはシルクハットを被りながら返事をする。レジーナとマティーリアは戦いの巻き込まれないようモルドールから離れ、騎士団の詰め所の入口前に移動した。
「へっ、俺は確実に始末しろか、随分と嫌われてるな」
「きっとアンタのさっきの発言で激怒したのよ」
「二人とも、お喋りはそれぐらいにして戦いに集中しなさい」
アラージャとライラが話をしているとライアはクロススピアを構えながら二人に声を掛ける。ライアの言葉を聞き、二人も自分達の得物を構えながらモルドールを鋭い目で見つめた。
「ホッホッホ、では帝国特殊部隊の実力がどれ程のものが見せていただきましょう」
戦闘態勢に入ったアラージャ達を見てモルドールは楽しそうに笑いながら杖を持っていない方の手をアラージャ達に向ける。するとモルドールの手の中に火球が生まれ、それを見たアラージャ達は魔法で攻撃して来ると気付き、一斉に散開した。
自分を睨みながら別々の方向へ走り出す三人を見てモルドールは楽しくなってきたのか小さく笑い出す。
「火弾!」
モルドールは笑いながら自分から一番近くを走っているアラージャに向かって火球を放つ。アラージャは向かってくる火球を見て急停止し、走っていた方向と正反対の方へ走り出す。火球はアラージャに命中する事無く地面に当たり爆発した。
火球をかわしたアラージャは次の魔法が放たれる前に距離を詰めようとモルドールに向かって走り出す。モルドールは走って来るアラージャを見て再び楽しそうな笑みを浮かべる。
「良い判断です。距離を詰められば魔法は真の力を発揮するのが難しくなります。それを分かって接近戦に持ち込むとは、流石は帝国の優秀な特殊部隊ですな」
魔法使いの弱点を瞬時に見抜き、自分が有利に戦える状態に持ち込むもうとするアラージャをモルドールは笑いながら褒めた。そんなモルドールにアラージャは一気に近づき、攻撃が届く所まで来ると片手斧に気力を送り込み戦技を発動させる。
「岩砕斬!」
戦技を発動させ、アラージャはオレンジ色の光る片手斧を横に振ってモルドールの頭部に攻撃する。魔法使い系のモンスターなら物理攻撃には弱いと考えるアラージャはこの攻撃で大ダメージを与えられると思っていた。
だが、モルドールはアラージャの攻撃を読んでいたかのか上半身を後ろに倒して頭部への攻撃を簡単にかわす。攻撃をかわされたアラージャは少し驚いた反応を見せ、そんなアラージャに向けてモルドールは杖を振って反撃する。アラージャは咄嗟に後ろへ跳んでモルドールの攻撃を回避した。
アラージャが攻撃をかわした直後、今度はライアがモルドールの左側から近づき、モルドールの左脇腹にクロススピアで突きを放つ。モルドールはその突きも難なくかわし、アラージャとライアから距離を取る為に足を少し地面から浮かせた状態で右へと移動する。
離れるモルドールをアラージャとライアは追いかけようとするが、突然足を止めてモルドールをジッと見つめる。追撃してこない二人を見てモルドールは不思議そうな表情を浮かべるが、背後から気配を感じ、モルドールは急停止して気配のする方を向く。そこには数m離れた所からグレートボウを構えるライラの姿があった。
「喰らいなさい!」
ライラはモルドールに向けて矢を放つ。矢はモルドールの胴体に向かって勢いよく飛んで行く。しかし、モルドールは飛んで来た矢をマントで軽々と払い落とし、それを見てライラは歯を噛みしめながら悔しそうな顔をする。
「いいコンビネーションですね。ですが甘い、その程度の攻撃では私は倒せませんよ?」
モルドールはライラに向かって杖を持っていない方の手を向けて火球を放ち攻撃した。ライラは咄嗟に走ってその場を移動し火球を回避する。
走り出すライラを見てモルドールは再び魔法を放ち追撃しようとした。だがその時、モルドールの背後から刃をピンク色の光らせるクロススピアを持ったライアが近づく。狙われている妹を助ける為に戦技で攻撃を仕掛けてきたのだ。
「霊槍突き!」
ライアは光るクロススピアでモルドールの背中に突きを放つ。モルドールは視線だけを動かして背後から攻撃して来るライアを見るとライラに向けている手を下ろして追撃をやめた。
「次元歩行!」
槍先が背中に当たる直前にモルドールは転移魔法を発動させてその場から消えた。戦技をかわされた事にライアは驚き、周囲を見回してモルドールを探す。アラージャとライラも同じように広場を見回してモルドールを探した。
三人がモルドールを探していると広場の中央にモルドールが現れ、モルドールの姿を見た三人は一斉に武器を構え直す。モルドールはアラージャ達を見て再び楽しそうな笑みを浮かべた。
「素晴らしい、私と互角に戦える程の実力を持っているとは思ってもいませんでした。攻撃のタイミングや連携も並の戦士とは比べ物にならない。やはり貴方がたは素晴らしい戦士ですね」
敵であるアラージャ達はモルドールは高く評価し、そんなモルドールを見てライアは調子が狂う様な表情を浮かべている。
互角に戦っていると言っているが、当然モルドールは本気を出して戦っていない。相手がどんな戦い方をするのか、どれ程の実力を持っているのかを確かめる為にわざと手を抜いて戦っていたのだ。アラージャ達はその事に気付いていないが、戦いを見物しているレジーナとマティーリアは最初から見抜いていた。
「フッ、お前こそ、魔法使いのくせに俺達三人を相手にしてまだ生き残っているとは、褒めてやるぜ?」
「ホッホッホ、ありがとうございます」
モルドールが手加減している事も知らず、アラージャは自分達を相手に生き残っているモルドールを少し見下す様に褒める。モルドールはそんなアラージャの態度を気にする事無く軽く頭を下げた。
「だが、それも此処までだ。こっちもそろそろ本気を出させてもらうぜ? お前を倒した後にそこにいるお嬢ちゃん達も倒さないといけないからな。あまり時間を掛けてられねぇんだ」
アラージャが片手斧を構えながらチラッと騎士団の詰め所前で戦いを見物しているレジーナとマティーリアに視線を向けた。二人は余裕の態度を取るアラージャを見ながら目を鋭くしている。
「そうですね、確かに時間を掛けるのはよくありません……では、私もそろそろ本気を出させていただきます」
「ほぉ、面白れぇ。なら見せてもらうじゃねぇか、お前の本気と言うのをよぉ?」
「ええ、すぐにお見せして差し上げましょう」
挑発的は態度を取るアラージャを見てモルドールは笑いながら返事をする。その笑顔は先程の戦いを楽しむ様な笑顔とは違って少し不気味さが感じられるがアラージャはそんな事は気にしていなかった。
アラージャは片手斧に気力を送り込んで戦技を発動させる準備に入る。ライアはクロススピアを構えながらゆっくりと右に移動してモルドールの様子を伺い、ライラもいつでも矢を放てるようにモルドールに狙いを定めた。
モルドールは三人がいつでも攻撃できる態勢に入ったのを確認すると持っていると杖を構える。それを見たアラージャが片手斧を強く握りながらアラージャに向かって走り出す。魔法を使われる前に一気に距離を詰めて戦技を叩きこもうと思ったようだ。
「フッ、衝撃!」
一人突っ込んで来るアラージャを見たモルドールは不敵な笑みを浮かべながら魔法を発動させる。するとモルドールの杖の先が白く光り出し、そこから見えない衝撃波が放たれてアラージャを大きく後ろへ吹き飛ばした。吹き飛ばされたアラージャは背中から地面に叩きつけられて仰向けに倒れる。
「あ、あの野郎、攻撃力の無い魔法で吹き飛ばすとは、ナメやがって……」
起き上がったアラージャは殺傷能力の無い魔法で自分を攻撃したモルドールを鋭い目で睨む。モルドールは地面に座り込んでいるアラージャを見て小さく笑っている。
モルドールがアラージャを見て笑っているとモルドールの左側、約5mほど離れた所からライラがグレートボウでモルドールを狙っている。グレートボウと矢は水色の光っており、ライラは戦技でモルドールを攻撃するつもりらしい。
「空矢穿通弾!」
ライラはモルドールに向かって矢を放つ。気力によって軽くなった矢はもの凄い速さでモルドールに迫っていく。モルドールは矢が飛んで来ている事に気付いておらず、ライラは命中すると思い笑みを浮かべる。だが此処で予想外の出来事が起きた。矢はモルドールの胴体に当たったのだが、刺さる事無く弾かれて地面に落ちたのだ。
「う、嘘っ!?」
目の前で起きた出来事にライラは驚いて声を上げる。戦技で強化されたはずの矢が簡単に弾かれてしまったのだから驚くのも無理はなかった。
矢が当たった事で初めてライラの攻撃に気付いたモルドールはチラッと驚くライラの方を見る。そして不敵な笑みを浮かべながら杖を持っていない方の手をライラに向けた。
「貫く大地!」
モルドールが魔法を発動させるとライラの足元に黄色い魔法陣が展開される。ライラは足元の魔法陣に気付くと慌てて魔法陣の上から移動しようとするが、ライラが移動するよりも先に魔法陣から先端が尖った細長い岩が無数に飛び出してライラの体を刺し貫いた。
「あがぁっ!?」
「ライラァ!!」
妹が串刺しになる姿を見てライアは思わず叫んだ。アラージャもライラの姿に驚きの表情を浮かべていた。
<貫く大地>は敵の足元に展開された魔法陣から鋭く尖った岩を出して攻撃する土属性の中級魔法だ。中級魔法の中では攻撃力は低い方だが、岩を出すスピードが速く、体が大きかったり、動きの遅い敵なら確実に当てる事ができるので多くの魔法使いが好んで使っている魔法の一つである。
鋭く尖った岩を全身に受けたライラは刺された箇所や口から出血しながらガクッと首を落とす。だがまだ意識は残っているらしく、手にはグレートボウと矢が握られていた。
「わ……私、死ん……じゃ、うの……や……だ……」
ライラは掠れた声で死に対する恐怖を訴え、そのまま眠る様に息絶える。同時に持っていたグレートボウと矢も手から離れて地面に落ちた。
妹が死んだのを目にしたライアは最初は呆然としていたが、すぐに表情が怒りへと変わり、クロススピアを構えながらモルドールを睨み付けた。
「よくも妹をっ! 許さないわ!」
ライアは奥歯を噛みしめながらクロススピアを握る手に力を籠める。いい加減で不真面目な性格だったが、ライアにとってライラは同じ日に生まれ、同じ時を歩んできた大切な妹だった。その妹を奪ったモルドールに対してライアは怒りだけでなく、妹の仇を討つという意志を強く燃え上がらせる。
クロススピアを構えながらライアはモルドールに向かって走り出す。そしてモルドールが攻撃範囲内に入ると素早くクロススピアに気力を送り込み戦技を発動させた。
「連牙嵐刺撃!」
ライアはピンク色の光るクロススピアでモルドールに連続突きを放つ。もの凄い速さで放たれる突きはモルドールの胴体に全て命中した。攻撃が終わるとライアは素早く後ろへ跳んでモルドールから離れる。近距離で中級戦技による連続攻撃を全て命中させる事ができたのでモルドールに決定的なダメージを与えられるとライアは思っていた。
ところがモルドールはダメージを受けるどころか掠り傷すら負っていない。ライアは何事も無かったかのように笑いながら自分を見ているモルドールの姿に驚きの表情を浮かべる。
「そんなっ! 近距離で中級戦技を受けても傷一つ付いていないなんて……」
「申し訳ありませんが、貴女のレベルでは私に傷をつける事はできません。私はどちらかと言えば物理攻撃には弱い方ですが、それでも貴女の攻撃には十分耐えられます」
「な、何よそれ? いくらモンスターでもそんな事あり得るはずが……」
レベル40代の自分の戦技に耐えられる防御力を持っている魔法使い系のモンスター、そんな存在がいる事にライアは信じられず動揺を見せる。離れた所で戦いを見ていたアラージャも同じ反応を見せていた。
「……電撃の槍!」
動揺して隙ができているライアを見てモルドールはライアに中級魔法で攻撃した。モルドールの手から放たれた電気の矢はライアの体を貫き、彼女の全身に電気を走らせる。ライアは体中の痛みに断末魔を上げ、電気が治まると全身から煙を上げながらゆっくりと前に倒れていく。
「……ライラ、ごめ……仇、討て、な……」
仇を討て敵った事をライラに謝罪しながらライアは倒れ、そのまま意識を失った。
ライラに続き、ライアまで倒された光景を見てアラージャは愕然とする。さっきまで余裕の態度でモルドールを挑発していたが、今の彼にはその余裕が全く見られない。
アラージャが固まっている中、モルドールは倒れているライアと串刺しになっているライラを見て申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「申し訳ありません、貴女がたは生け捕りにしようと思っていたのですが、戦いを楽しんでいた為、生け捕りにする事を忘れていました。お許しください」
捕らえる予定だったライアとライラの姉妹を殺してしまった事に対し、モルドールは二人の死体に頭を下げて謝罪する。それが済むとモルドールはチラッと一人残っているアラージャの方を向く。
「さて、残ったのは貴方だけですね。最後の一人になってしまったので、本来なら貴方を生け捕りにするべきなのですが、マティーリア様とレジーナ様から貴方は必ず殺すよう言われておりますので、貴方は此処で始末させていただきます」
不敵な笑みを浮かべながらモルドールはアラージャに近づいて行く。その姿を見たアラージャは恐怖を感じたのか思わず一歩下がる。そして持っている片手斧を地面に置き、両手をゆっくりと上げた。
「お、俺の負けだ。言われた通り投降する。だからもう戦いは終わりにしようぜ?」
最初とは違い、手の平を返して投降するアラージャの姿に見物していたレジーナとマティーリアは呆れ顔になる。仲間が二人、しかも女が戦死したのに男である自分だけ助かろうとするその考え方に二人は気分を悪くした。
「申し訳ありませんが貴方の投降は認めません」
「ま、待てよ、俺が知っている帝国の情報を教えてやる。だから頼むよ、なぁ?」
命惜しさに忠誠を誓っていたはずのデカンテス帝国まで裏切る行為を見てモルドールはおやおや、と言い倒すな顔をする。レジーナとマティーリアは更に不愉快になったのか険しい顔でアラージャを睨み付けていた。
「情報を提供してくださるのはありがたい事ですが……やはり無理ですね。貴方は此処で始末します」
「ま、待ってくれ! 何でもする――」
「……死」
アラージャの命乞いを最後まで聞かずにモルドールは即死魔法を発動させる。アラージャは表情を固めたままゆっくりと倒れ、二度と動く事は無かった。
戦いが終わるとレジーナとマティーリアはメッセージクリスタルの試作品を使って王城に連絡を入れて戦いが終わった事を伝える。その後、二人とモルドールは王城へと戻って行った。