第百六十話 狙われる犯罪者達
宿屋の前で分かれがファゾムの隊員達はそれぞれ目的地の重要施設へ向かう為に街の中を移動する。月は雲に隠れて僅かに顔を出しているだけなので街の中は薄暗かった。その為、隠密行動を得意としているファゾムも慎重の行動している。
ケイザスとペティシアは役所でバーネストの人口数などが書かれた書類を手に入れる為、街道を走って役所へ向かっている。夜中で住民達の姿が無いとはいえ、巡回する警備のモンスターと遭遇する可能性があったので二人は警戒しながら先へ進んでいた。
途中で曲がり角や分かれ道などがあれば近くの物陰などに隠れて進む先にモンスターがいないか確認し、安全だと分かると先へ進む。それを繰り返しながら目的地へ向かっていた。
「……此処までは問題無く来れましたね」
ペティシアは街道の隅に停められている荷車の陰から顔を出して進む先を警戒しながら呟く。ケイザスも同じように荷車の陰から顔を出して先を調べており、同時に後ろや民家の屋根の上にモンスターがいないかなども警戒していた。
「油断するな? いつ警備のモンスターと遭遇するか分からないのだからな」
「ハイ」
ケイザスの忠告にペティシアは頷きながら返事をする。しばらく進む先を警戒し、生き物の気配が無いと感じるとケイザスとペティシアは隠れるのをやめて先へ進む。二人が走ると足音が街道に響き、その音で町の住民や近くにいるモンスターに気付かれるのでは緊張していたが、その緊張こそがケイザス達に最後まで油断せずに任務を遂行しようという意志を与えていた。
薄暗い街道を進んで行くとケイザスとペティシアは丁字路に差し掛かる。前を走っていたケイザスは奥へ続く道と左へ曲がる道を見ると立ち止まり、街道の左隅へ移動して姿勢を低くした。彼の後ろを走っていたペティシアもケイザスの後ろで同じように姿勢を低くする。
ケイザスは姿勢を低くしたままゆっくりと歩き、左の道の先がどうなっているのか調べる為に曲がり角から少し顔を出す。すると10m程先で三体のゴブリンが何かを話し合っている姿を確認した。ゴブリン達の手には短剣と木で出来た盾が握られている。どうやら町を警備している下級モンスターのようだ。
ゴブリン達はケイザス達の存在に気付いておらず、人間には理解できない言葉で会話をしながら様々な方角を指差している。状況からして次は今いる場所からどの方角へ行くか話し合っているようだ。ケイザスは気配を消してゴブリン達をジッと見つめている。
「……ゴブリンか。数は三体で装備も大した事は無い、戦闘になったとしても楽に倒せるな」
敵の戦力差を分析し、自分達なら問題無く勝てるだろうとケイザスはゴブリン達を見ながら呟く。ペティシアも曲がり角から顔を出して気付かれないようにゴブリン達の様子を伺う。
「どうします、隊長?」
「私達が通るのは奥へ続く道だ、ゴブリン達がいる道を通る事は無い。このまま奴等に気付かれないように奥へ進む」
「ですが、ゴブリン達に見つかるかもしれませんよ? 奥へ進むにはゴブリン達の前を横切らないといけません。向こうの曲がり角まで身を隠す場所はいけませんし、夜中ですから足音は響きます。ゴブリン達に気付かれずに向こうへ行くのは難しいかと……」
「分かっている。だからまずゴブリン達の注意を反らさないといけない」
そう言ってケイザスは近くに落ちている小石を拾うと曲がり角から体を出さないように気を付けながら拾った小石を左の道の奥へ投げた。
小石はゴブリン達の真上を通過し、20m程先で落下した。小石が落ちた事で高い音が響き、その音を聞いたゴブリン達は一斉に音の聞こえた方を向く。そして理解できない言葉で会話をしながら左の道の奥へと移動し音の原因を調べに向かった。
ゴブリン達が離れたのを見たケイザスは素早く奥の曲がり角まで走る。ペティシアもゴブリン達が振り返る事を警戒しながらケイザスの後を追う様に走った。ゴブリン達が離れた事で二人との距離が広がり、更に彼等が会話する声がケイザスとペティシアの足音を掻き消したので気付かれなかったのだ。
奥の曲がり角へ移動したケイザスとペティシアは再び曲がり角から顔を出して離れたゴブリン達が戻って来るかどうかを確認してから顔を引っ込める。
「よし、このままどんどん進むぞ」
「ハイ……ですが隊長、あのゴブリン達を倒しておかなくてよかったのですか? 重要な書類を手に入れて宿屋へ戻る時に彼等とまた遭遇する可能性もある訳ですから、その時の事を考えて倒しておいた方が楽だと思うのですが……」
情報を手に入れて戻る時にまた警備のモンスターと遭遇すれば先程と同じように注意を反らして進むと言う面倒な行動を取らないといけない。ペティシアはそんな事をするぐらいならゴブリン達を倒して遭遇する可能性を少しでも低くしておいた方がいいと思いケイザスになぜゴブリン達を倒さなかったのか尋ねる。
ケイザスはペティシアの方を向くと軽く首を横に振りながら口を動かした。
「そんな事をすれば奴等の死体をその場に残す事になる。奴等を倒した後に死体を隠したとしてもその死体を他のモンスター達が見つけたら警戒して警備を厳重にするはずだ。そうなったら任務を遂行する事もこの町から脱出する事も難しくなる。そうならないようにする為にもできるだけモンスターを倒さないようにしておくべきなのだ」
「成る程……あ、でもアラージャにはモンスターを倒してもいいって……」
「あの時も言ったようにそれはモンスターに見つかってしまった時の対処法だ。見つかっていないのにモンスターを倒しても意味がない。お前が言ったようにモンスターと遭遇する可能性を低くする事はできるが今そんな事をしても体力と時間を無駄にするだけで大したメリットは無い。寧ろデメリットの方が大きい」
細かい説明を聞いてペティシアは納得したかのようにコクコクと頷く。モンスターを倒しても逆に自分達が動き難くなるだけ、ケイザスの考えを知ったペティシアは驚きのと同時にそこまで考えているケイザスに感心した。
今までファゾムはモンスターがいる町で任務を行った事が無かったので町中でモンスターを見かけたり遭遇した時にどんな対処をすればいいのか隊員達はよく分からずにいたのだ。だが隊長のケイザスは短時間でどんな行動を取ればよいのか、モンスターを倒してどんなメリットとデメリットがあるのかを理解して隊員達に正確な指示を出した。
ペティシアはケイザスには隊長としての才能があると感じて改めてケイザスを尊敬した。
「さて、お喋りはこれぐらいにして役所へ急ぐぞ」
「ハイ!」
ケイザスは説明が終わると情報を手に入れる事に気持ちを切り替え、ペティシアも力強く返事をする。二人は街道を進み目的との役所へ向かった。
その頃、騎士団の詰め所へ向かうアラージャ、ライア、ライラの三人は広めの街道で足止めを喰らっていた。街道の真ん中にゴブリンが二体、その場を動かずに周囲を見回している為、先へ進めずにいたのだ。
アラージャ達は建物と建物の間にある細道に隠れながらゴブリン達の様子を伺っている。ライアはクロススピアを片手に姿勢を低くしながらジッとゴブリン達を見ており、アラージャとライラは片手斧、グレートボウを握りながらゴブリン達を鬱陶しそうな表情で見ていた。
「アイツ等、いつになったら移動するのよ」
「いつまでも喋ってねぇでどっか行けっつんだよ」
「落ち着いきなさい、二人とも。熱くなったり慌てたりしてもいい事なんて何も無いわよ?」
小声で愚痴を漏らすライラとアラージャをライアは落ち着かせる。注意されてライラは頬を膨らましながらムスッとし、アラージャも舌打ちをした。二人が落ち着くとライアは再びゴブリン達に視線を向けてゴブリン達がその場を移動するのを待つ。アラージャとライラも早く先へ進みたいという気持ちを押さえてゴブリン達がいなくなるのを待った。
ところが五分以上経過してもゴブリン達はその場を移動しなかった。ずっと人間には理解できない言葉で会話をしており、誰がどう見ても仕事をサボっている様にしか見えない。
隠れていたアラージャとライラは移動しないゴブリン達を見て次第に腹が立って来たのか目が若干鋭くなっていた。
「アイツ等、何をやってやがるんだ……」
「お喋りしてないでさっさと仕事しないよぉ」
動かないゴブリン達を睨みながら二人は再び小声で愚痴を漏らす。ライアは苛立つ二人を無視し、小さく溜め息をつきながらゴブリン達を見つめている。ライアはアラージャやライラと違って気の長い性格らしく動かないゴブリン達を見ても苛立ちを一切見せなかった。
ライアがゴブリン達が移動するのを見つめながら待っているとアラージャが持っている片手斧を握りながら僅かに足を動かす。
「……もう我慢の限界だ。アイツ等をぶっ殺して先へ進むぞ」
「はあ? 馬鹿な事言わないで」
ゴブリンを排除すると言い出すアラージャにライアは驚いて振り返る。アラージャは納得しないライアを見ながら目を細くして口を開く。
「お前はこのまま無駄に時間が過ぎても構わねぇって言うのか? 冗談じゃねぇ、たった二匹のゴブリンに時間を潰されて目的の情報を手に入れられませんでした、なんて事になったら隊長達に何を言われるか分からねぇ。何よりも最強の特殊部隊ファゾムの名に泥を塗る事になる」
「確かに任務を成功させる事が最優先かもしれないけど、此処でモンスターを倒せば騒ぎになって他のモンスターや兵士に気付かれる可能性だってあるのよ?」
「気付かれないようにすればいいだけじゃねぇか。それに隊長も言ってただろう? 任務の障害になるものは排除して構わねぇって……なら俺は隊長の命令に従うぜっ!」
そう言ってアラージャは片手斧を手に細道から飛び出す。ライアは飛び出したアラージャを止めようとしたがアラージャは止まる事無くゴブリン達に突っ込んでいく。
ゴブリン達が向かい合って会話をしていると突然目の前にアラージャが現れ、それに気付いたゴブリン達は驚いて隙だらけの状態となった。そんなゴブリンの一体にアラージャは片手斧で攻撃する。片手斧の刃はゴブリンの体を切り裂き、攻撃を受けたゴブリンはそのまま声を上げる間もなく仰向けに倒れて動かなくなった。
一瞬にして仲間が倒された光景を見たもう一体のゴブリンは持っている短剣を構えながらアラージャを睨む。アラージャは残っているもう一体のゴブリンを見ると片手斧を構えながらニッと笑う。
ゴブリンはアラージャの笑顔を不気味に思ったのか一歩後ろに下がった。そして短剣を持っていない方の手で腰にぶら下げてある小さな角笛を握る。角笛を見たアラージャはゴブリンが何かしようとしているとすぐに気付き、行動を起こされる前にゴブリンを倒そうと片手斧を振り上げた。すると、アラージャが攻撃しようとした瞬間、ゴブリンの頭部に一本の矢が刺さる。
突然飛んできた矢にアラージャを一瞬驚きの表情を浮かべた。矢を受けたゴブリンは自分の身に何が起きたのか理解する事ができず、握っていた角笛と短剣を離して俯せに倒れる。その後、ゴブリンは動く事は無かった。
アラージャは振り上げていた片手斧を下ろして矢が飛んで来た方を向く。そこには細道から姿を出し、グレートボウを構えているライラの姿があった。さっきの矢はライラの援護射撃だったようだ。
「余裕を見せてる暇があるならちゃっちゃと倒した方がいいわよ?」
ライラはグレートボウを下ろすとからかう様な笑顔を見せる。そんなライラを見たアラージャが少し不機嫌そうな顔でそっぽ向いた。
「……フン、余計なことしやがって。お前がやらなくてもあのまま俺が倒してたぜ」
「ハイハイ、そうですねぇ~」
アラージャの言葉を軽く流しながらライラはアラージャの方へ歩いて行く。彼女にはアラージャの言葉が強がりのように聞こえたようだ。そんなライラを見てアラージャは更に表情を険しくした。
二人が街道の真ん中で会話をしていると隠れていたライアがやって来てアラージャを鋭い目で睨む。
「まったく、何を考えてるのよ。あんな危ない事をして!」
「うるせぇなぁ、無事に片付ける事ができたんだからいいじゃねぇか」
「よくないわよ。もしあのままだったら間違いなく大騒ぎになっていわよ?」
ライアはそう言って倒れているゴブリンに視線を向け、ゴブリンが使おうとしていた角笛に注目した。
「ソイツが持ってる角笛、恐らく仲間達を呼ぶアイテムよ。もしライラがゴブリンを倒してくれなかったら仲間を呼ばれて大変な事になっていたかもしれないわ……お願いだから特殊部隊の隊員としてもう少し注意して行動してよ!」
「……ケッ、わぁったよ」
ゴブリンの持っていた角笛が仲間を呼ぶアイテムだったかもしれない、それを聞かされたアラージャは言い返す事ができず、不満そうな表情で返事をする。ライアはアラージャの態度を見ると深く溜め息をつく。その表情には僅かに疲れが見られた。
「それで姉さん、コイツ等はどうするの?」
倒れているゴブリンの死体を見ながらライラが尋ねるとライアは死体を見た後に周囲を見回し、さっきまで自分達が身を隠していた細道を指差す。
「あそこに隠しましょう。このままにしておいたら別のモンスターやこの町の兵士が通りがかった時に見つかっちゃうからね」
「了解」
ライラはグレートボウを背負うと死体の片足を掴み、細道の方へ引きずって行く。死体を引きずった事で地面に血が付き、それを見たライアは呆れた表情を浮かべた。
「ちょっと、死体を引きずったら血の跡が残って死体を隠している場所がバレちゃうじゃない。持ち上げて運びなさいよ」
「ええぇ~? だってゴブリンの死体なんて持ち上げなくないもん」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょうが!」
あからさまに嫌そうな顔をするライラにライアは注意をする。二人の会話を聞いていたアラージャはやれやれという様に首を横に振ってからもう一つのゴブリンの死体を持ち上げて運んだ。自分もライラと同じように引き連ればライアに注意される事は分かっていたので、渋々死体を持ち上げて運んだのだろう。
二つの死体を細道に押し込むとライア達は地面に付いた血を足で擦ったり持っている水筒の水を掛けるなどして消した。証拠隠滅が済むと三人は他の警備のモンスターが来る前に目的地である騎士団の詰め所に向かう為に先へ進んだ。この時、ライア達は上空からウォッチホーネットに自分達の姿が見ている事に気付いていなかった。
ウォッチホーネットが見ている光景は王城に監視室にいるモニターレディバグが映し出している。そしてその映像をダークが腕を組みながら、子竜姿のノワール、アリシア、鬼姫が真剣な表情を浮かべながら見ていた。
「……まさか本当に今夜動き出したとはな」
ダークはモニターレディバグの映像に映し出されているライア達の姿を見ながら低い声で呟いた。アリシア、ノワール、鬼姫は何も言わずに映像に映るライア達を見ている。
特殊部隊ファゾムが宿屋の前で分かれた時からウォッチホーネットはバラバラになったケイザス達を見張っており、その映像は監視室にいた管理者の騎士や白銀騎士達の目に入った。ダークからファゾムが何か動きを見せたらすぐに報告するよう指示されていた騎士は映像を見るとすぐにメイド長である鬼姫に知らせたのだ。
本来なら直接ダークに知らせるべきなのだが、ダークから直接自分に知らせず、鬼姫に知らせる様に言われていたので鬼姫に報告し、それから鬼姫がダークやアリシア達の部屋へ行き報告したのだ。なぜそんな面倒な事をさせたのか、それはダークが休んでいる寝室、つまり私室に入れるのがダークの正体を知っている協力者、もしくは彼の素顔を知っている一部の者だけだからだ。その理由は今まで隠していたダークの素顔を部外者に見られないようにする為である。
鬼姫から報告を受けたダークはすぐに準備を済ませ、ノワールと共に監視室へ移動してファゾムが動いている映像を目にする。そのすぐ後にアリシアも監視室にやって来て街を移動しているファゾムの隊員達の映像を確認したのだ。
「彼等の目的はやはりヴァレリア殿が作ったポーションの調合表だと思うか?」
「間違いないだろうな。あとはこの町にある戦力と人口、あと他国との流通経路などのような詳しい情報を手に入れる為に情報が保管されている重要施設へ向かっているのだろう」
ファゾムが何が目的で夜の街を移動しているのか、ダークとアリシアは映像を見ながら話した。
十数分前にやって来て映像を見ていたダーク達はファゾムの行動を全て見ていた。勿論、ライア達が警備のゴブリンを倒した姿もしっかりと見ている。正式な町の住民ではないとはいえ、自分の国の警備モンスターを倒された映像を見てダークは少し不快な気分になっていた。
「マスター、どうします? 彼等を捕まえますか?」
「……ああ、奴等が動いたからにはこちらも行動に移る。それに奴等は我が国の民、と言うのは変だが、我が国のモンスターを手に掛けたのだ。帝国との関係を気にする事無く堂々と捕らえる事ができる」
「ですね……」
ダークの肩に乗るノワールは映像を見つめながら呟く。低級とは言え貴重なモンスターを倒されてしまったが結果的にファゾムを捕らえる為の正当な理由を作る事ができたので仕方がないなとダークは思っていた。勿論、ノワールも同じ気持ちだ。
「……ところで、レジーナ達はまだ来ていないのか?」
映像を見ていたアリシアはまだレジーナ達が来ていない事に気付き、監視室の中を見回す。ダークとノワールも同じように監視室を見回し、レジーナ達の姿が無い事を確認すると待機している鬼姫の方を向き、どうなっていると目で尋ねた。
「お二人にお声を掛けた後、レジーナ様達にもお声をおかけしたのですが……」
「……もしかして、二度寝したのか?」
アリシアがレジーナ達が来ない理由を想像して呆れ顔になる。ダークはアリシアの方を向き、それはありえる、と言いたそうに腕を組んでおり、ノワールは苦笑いを浮かべながらアリシアを見ていた。
真夜中に熟睡しているところを起こされたのだ。意識がハッキリとせず、状況が理解できないまま再び眠りに入ってもおかしくなかった。
「もう一度、レジーナ様達のお部屋へ行って様子を見てきます」
「それには及ばねぇよ」
鬼姫がレジーナ達の様子を見に行こうとした時、監視室の外からジェイクの声が聞こえ、ダーク達は出入口の扉の方を向く。扉がゆっくりと開き、冒険者の装備をしたジェイク、レジーナ、マティーリア、そして魔女の格好をしたヴァレリアが入って来た。
「待たせたな?」
「遅いぞ、何をしていたんだ?」
アリシアが両手を腰に手ながら尋ねるとジェイクは困った様な表情を浮かべながら自分の後頭部を手で掻いた。
「実は鬼姫に起こされた後、すぐに装備を整えて監視室に行こうとしたんだが、レジーナの奴が二度寝しちまってなぁ。起こして準備をさせるのに時間が掛かっちまったんだ」
「やはりな……」
ジェイクから遅れて来た理由を聞かされたアリシアは自分の想像していた通りの理由である事を知り、顔に手を当てて溜め息をつく。申し訳なさそうな顔でダークとアリシアを見ているジェイクの後ろではウトウトしているレジーナとそんなレジーナを見て呆れているマティーリア、ヴァレリアが立っていた。
鬼姫に起こされたジェイク達はすぐに着替えて監視室へ向かおうとした。だがジェイク達が準備を終えて廊下に出てもレジーナだけがなかなか自分の部屋から出て来ず、準備を終えた者達はレジーナの部屋へ向かい声を掛けたのだが、レジーナは二度寝をしていたので、起こして用意をさせるのにこんなに時間が掛かったのだ。
「おいレジーナ、いつまでそんな顔をしておるのじゃ? シャキッとせぇ!」
「ふぁ~っ、そんな事言われてもしょうがないじゃない。眠いんだから……」
「……まったく、最近の若者はだらしないな」
「まったくじゃ」
欠伸をしながら眠気を訴えるレジーナを見てヴァレリアとマティーリアは呆れ果てる。
見た目は若くてもヴァレリアとマティーリアはレジーナの五倍以上生きている老婆、そんな二人からしてみれば十代なのに夜中に叩き起こされてもしっかりしないレジーナが情けなく思えるのだろう。
「……ダーク、とりあえず全員揃った。この後はどうするんだ?」
揃うべきメンバーが全員揃うとアリシアはダークの方を向いて今後どう動くかを尋ねる。ジェイク達もアリシアの言葉を聞くとダークに視線を向け、レジーナも目を擦りながらダークの方を見た。
ダークは再びモニターレディバグの映像に視線を向けると映像に映っているファゾムの隊員達を指差した。
「私達はこれからバーネストの重要な情報を手に入れようとする帝国特殊部隊ファゾムの下へ向かい奴等は捕らえる。奴等は既にこの町の警備モンスターであるゴブリンを手に掛けている。だから帝国との関係などは気にせずに捕らえろ。抵抗するようなら手荒な手段を取ってもいい。捕らえる事ができない場合は始末しても構わん。一番重要なのは情報を帝国に持ち帰らせない事だからな」
映像を見ながらダークはアリシア達に細かくこれからやる事を説明し、アリシア達も黙ってダークの話を聞きながら映像に映っているファゾムの隊員達を見つめる。
ダークは既にファゾムの隊員達がデカンテス帝国の人間である事を知っているので、捕らえて何処の国から来たのかなどを聞き出す必要はないのだが、ファゾムの隊員が自分達の知らないデカンテス帝国の情報などを持っているかもしれないので捕まえる事ができたのなら色々聞き出そうとダークは思っていた。ただ、自分の支配下にあるモンスターを殺された事でファゾムの隊員に対して多少の怒りもある為、絶対に生かして捕らえようという気も無く、捕らえるのが無理なら殺してもいいとも考えていたのだ。
「各自、奴等の目的地が分かり次第、ノワールの転移魔法で現地へ向かい奴等の相手をしろ。奴等の目的地の内、一つはヴァレリアの魔法研究所で間違いないはずだ。そこにはヴァレリアともう一人誰かに行ってもらう」
「ああ、構わない。寧ろ私の研究所に侵入する者達は私が相手をしてやりたいと思っていた」
「そうか、頼んだぞ?」
ヴァレリアに研究所の事を任せ、ダークは再び映像に視線を向け、誰にどのファゾムの隊員の相手をさせるか考える。するとダークは何かを思いついたようにフッと反応し、腰のポーチに手を入れた。
「マスター、どうされたんですか?」
突然ポーチに手を入れるダークを見て肩に乗っているノワールは尋ねた。アリシア達もダークの行動を不思議そうな表情を浮かべながら見ている。
「なぁに、折角だから以前から試してみたいと思ってた事をやろうと思ってな」
「試してみたい事、ですか?」
言っている事の意味が理解できないノワールは小首を傾げる。
ダークはゆっくりとポーチに入れている手を抜いて何かを取り出す。ダークの手には二つのナイトの形をしたサモンピースが握られており、一つは黒に銀色のライン一本入った物、もう一つはモスグリーンに濃緑色の水玉模様が入った物だった。
アリシア達はダークがサモンピースを使って新たにモンスター、それも上級のモンスターを召喚するのだと知って目を見開きながらサモンピースを見つめる。ダークはアリシア達の方を向いて取り出したサモンピースを見せた。
「これから上級モンスターを召喚し、ファゾムと戦わせて実戦データを取る。お前達はソイツ等と同行して召喚したモンスターがどんな戦い方をするのか観察してほしいんだ」
「実戦データ?」
「ああ、いつの日か優れたモンスターを必要とする時が来るだろうからな。その時に備えて今のうちに何体か上級モンスターを召喚し、その力、戦い方を理解しておいた方がいいと思ったのだ」
これから先、ビフレスト王国でどんな事件などが起こるか分からない。そんな時の為に強いモンスターの能力を理解しておく必要があると感じたダークはファゾムを利用して上級モンスター、特に戦闘に優れたモンスターの情報や特性を知っておこうと思いモンスターを二体召喚する事にしたのだ。
ダークの話を聞いてアリシアやノワール、ジェイク達は国の為に上級モンスターを召喚し、その能力を理解しておくのもいいかもしれないと納得するような表情を浮かべている。そんな中、レジーナにある疑問が浮上し、レジーナは難しそうな表情を浮かべた。
「……ねぇ、召喚したモンスター達にファゾム達の相手をさせるならわざわざあたし達が現地へ行かなくてもいいんじゃないの?」
上級モンスターにファゾムと戦わせるつもりなら自分達が戦う必要は無いのではと感じたのかレジーナは目を細くしながら僅かに低い声を出す。わざわざファゾムの相手をする為に起きて来たのにそれが無駄になった様に感じたのかレジーナは少々不機嫌な様子だった。
ダークはそんなレジーナを見ると二つのサモンピースを手の中で回しながら言った。
「いいや、そうもいかない。さっきも言ったようにお前達にはこれから召喚するモンスター達の戦闘を見てどんな戦い方をするのか観察してもらう。それに奴等は召喚されたばかりでこの町の重要施設などをよく分かっていない。誤ってその重要施設などを破壊しないように見張りを付けておく必要があるのだ」
「成る程のぉ、上級モンスターは理性を持っている為、細かい判断などはできるかもしれんが、壊して良いものと壊してはいけない物は教えてもらわなければ分からんからのぉ。その事を考えると誰かがそのモンスター達についておいた方がよいな」
モンスターに自分達が同行する理由を聞かされたマティーリアは腕を組んで納得する。いくら賢いモンスターでも情報が無ければ正確な判断を出す事ができない。彼等が街中で問題無く戦う為には誰かが町の情報を教える必要がある。それを考えればモンスターと共に現地へ向かいファゾムの相手をする必要があった。
マティーリアの言葉を聞いて他の者達もモンスターに同行する事に納得する。レジーナはこのままファゾムの相手をするという状況が変わらない事を知って肩を落としながらガッカリした。どうやらファゾムをモンスターに任せるのなら自分達はまた眠りに付く事ができるのではと期待していたようだ。
ダークは映像に映るファゾムの隊員達を見つめるとサモンピースを握りながら目を赤く光らせた。
「我が国に忍び込み、僕を手に掛けた帝国の盗人達よ、断罪の始まりだ」
低い声で呟いたダークは映像を見たまま持っている二つのサモンピースを床に投げ捨てる。床に落ちたサモンピースは高い音を立てて砕け、破片は紫、緑色に光り出した。