第百五十九話 動き出した特殊部隊
王城から西に500mほど離れた所にある敷地、そこは東京ドームの半分ほどの広さで敷地全体が高めの柵で囲まれている。敷地の中央には三つの建物が並ぶように建っており、真ん中の建物は他の二つよりも大きい。他にも小さめの広場や植物を育てる畑の様な物があり、その近くでは数人の人影が何か作業をしている。まるで何かの施設の様な雰囲気だった。
敷地の入口前には青銅騎士が二人立っており、近くに不審者などがいないか注意している。敷地の周囲にも数人の青銅騎士が歩き回って異常が無いか見張っている姿があった。
此処はヴァレリアが魔法薬やマジックアイテムの調合、研究をする為にダークが用意した研究所でヴァレリアは普段、この研究所の中で仕事をしている。周りにいる青銅騎士達はケイザス達から研究所を守る為にダークが配置した警備の者達だ。
研究所から南に少し行った所では二人の少女が物陰に隠れて研究所の入口を眺めている。ファゾムの隊員、ライアとライラの姉妹だ。二人は新しいポーションの調合を行っている研究所がどんな所なのかを調べる為にやって来ていた。
「流石はビフレスト王国の魔法研究所、見張りが結構いるわね」
建物と建物の間にある細道の前に積まれている木箱の陰からライアは顔を出して研究所の入口や周りにいる青銅騎士達を見て呟く。同じ木箱の陰から妹のライラも顔を出して研究所の様子を伺っていた。
「しかもよく見たら全員が立派な全身甲冑を着ているわ。もしかするとアイツ等、この国の精鋭騎士達じゃないの?」
「それは考えにくいわね。此処に来る前にも街中で同じ格好をした騎士達を何度も見かけたわ。もし彼等がこの国の精鋭騎士なら町の中を見回る様な簡単な仕事をするとは思えないもの」
「それじゃあ、姉さんはアイツ等を何だと思っているの?」
精鋭騎士ではなければ一体何者なのか、ライラはライアに青銅騎士達の正体について尋ねる。ライアは黙り込んでしばらく青銅騎士達の姿を見ると静かに口を開く。
「……多分、彼等はこの国の一般兵じゃないかしら?」
「一般兵?」
姉の口から出た言葉にライラは目を丸くしながら訊き返す。ライアはライラの方を向くと小さく頷いた。
「ええ、町の中だけじゃなく、町の入口である門の見張り台や城壁の上にもあの騎士達がいるのを見たわ。そしてかなりの人数が存在している、それらを考えると彼等は他国の一般の兵士と同じような存在だと私は思うの」
「あんな立派な鎧を着た騎士が一般の兵士……私にはそうは思えないわぁ」
青銅騎士達が一般兵だと言うライアの考えに納得できないライラは腕を組みながら難しい表情を浮かべる。
「前に隊長から聞いたんだけど、安い全身甲冑一つを作るのにもかなりのお金と材料が必要らしいわ。アイツ等がもし一般の兵士なら何百人もいるって事でしょう?」
「そうなるわね」
「建国したばかりの小国に何百人もいる一般兵士全員分の全身甲冑を用意できるとは思えないわ」
「高価な全身甲冑を装備しているからアンタは彼等が一般兵士ではなく、精鋭の騎士だと思っているの?」
「そっ」
ライラは目を閉じながら大きく頷く。ライアは珍しく真剣に物事を考える妹を心の中で驚きながら見つめる。
確かにライラの言う通り、普通に考えれば建国したばかりの小さな国に数百人分の全身甲冑を用意する事はできない。短時間で数百の全身甲冑を用意するなど帝国の様な大国でないと不可能な事だ。
「……確かに普通に考えれば数百人分の全身甲冑を用意する事は無理だわ。そう、普通ならね」
「ん? どういう事?」
ライアの言葉の意味が分からないライラは小首を傾げながら尋ねる。するとライアは真剣な顔でライラを見つめながら説明し始めた。
「忘れてない? この国はセルメティア王国とエルギス教国、この二つの国と同盟を結んでいるのよ?」
「うん、それは知ってるけど……」
「その二つの国がビフレスト王国に材料や資金、鎧の製造に協力しているとしたら、建国されたばかりの小国でも大量の全身甲冑を手に入れられるとは思わない?」
「……あっ、確かに」
「そうであれば、数百人分の全身甲冑を用意する事も十分可能よ」
同盟国の力を借りてビフレスト王国は大量の全身甲冑を手に入れたとライアは自分の考えは説明し、それを聞いたライラは少し驚いた様な表情を浮かべながら納得する。
ライアの考え方が正し行ければ短時間でそれも少ない資金で完璧な装備を大量に手に入れる事ができる。それを考えてライアは青銅騎士達は一般兵ではないかと考えていたのだ。
「それじゃあ、やっぱりアイツ等は精鋭騎士じゃなくって一般の兵士って事なのね?」
「ええ、間違いないわ」
青銅騎士が一般兵だと確信するとライアとライラは再び研究所の観察に戻る。青銅騎士の正体と全身甲冑を手に入れた方法、二つの疑問が消えた為か二人の表情には少し余裕が出ていた。
ライアとライラの推理どおり、ビフレスト王国では青銅騎士は一般兵士として扱われている。だが全身甲冑を調達する方法については間違った考え方をしていた。
青銅騎士達はダークがLMFのアイテムである英霊騎士の兵舎を使って召喚した為、初めから全身甲冑を装備している。だから資金や材料などは一切必要無い。その事を知らないライアとライラはビフレスト王国が同盟国の力を使って全身甲冑を用意したのではと考えていた。
「アイツ等が一般兵なら大して強くないはず、このまま突っ込んであの中に入っちゃう?」
気分がいいのか研究所に突入してしまおうと言い出すライラにライアは呆れ顔を浮かべ、耳を軽く引っ張ってライラの顔を近づける。
「痛たたたっ!」
「馬鹿な事言わないの、こんな真っ昼間から騒ぎを起こしたら任務が遂行できなくなるでしょう。侵入するのなら夜よ。今夜には街に出て色んな所を調べるって隊長が言ってたし、夜まで待ちなさい」
「ハ、ハ~イ」
小声で注意され、ライラは表情を歪めながら返事をする。ライラの返事を聞くとライアは耳から手を離して再び研究所の観察をする。ライラは引っ張られた耳を擦りながらライアと同じように研究所の方を向いた。
ライアとライラが隠れている場所の隣に建てられている民家、その屋根の上から二人の様子を伺っているレジーナの姿があった。レジーナは二人に気付かれないように姿勢を低くし、気配を消してライアとライラを見張っている。
「……何をコソコソと話しているのかしら、あの双子は?」
レジーナはヴァレリアの研究所を見てコソコソ話しているライアとライラを見下ろしながら低い声で呟く。二人が何か話しているの聞き取れないせいか少し不機嫌になっている。
最初はライアとライラが何処へ行き、どんな会話をするのか知る為に少し距離を取って尾行をしていたのだが、しばらくするとライアとライラは細道に入ったり物陰に隠れるようになったので話を盗み聞きできる距離まで近づく事が難しかったのだ。その為、レジーナは屋根の上から二人に近づいて会話の内容を聞こうとしたのだが、高い屋根の上からでは上手く聞き取れず、結局地上にいる時と変わらない状況になってしまった。
「あ~あ、こんな事ならどんな事を話しているのか盗み聞きできるようなマジックアイテムをダーク兄さんに頼んで借りておくべきだった……と言うか、そんなマジックアイテム持ってるのかな?」
レジーナがダークが所有しているアイテムについて考えていると隠れていたライアとライラが移動を始め、それに気付いたレジーナも二人を尾行する為に民家の屋根から民家の屋根に飛び移り移動する。
ライアとライラは研究所の周囲を回りながら警備である青銅騎士の人数や他に敷地内に入る入口がないか調べる。二人が広い場所や道に移動した事で屋根の上から見張っていたレジーナも地上に下り、離れてライアとライラを尾行していた。
地上に下りた事でレジーナはライアとライラの会話を盗み聞き出て来る距離まで近づく事ができるようになったが、二人は殆ど会話をせずに研究所を見回った。会話があってもその内容は既にレジーナ達が得ている情報ばかりだ。それからレジーナは尾行を続けたが結局有力な情報を得られずにその日の尾行は終わった。
――――――
その日の夕方、ケイザス達の尾行を終えたレジーナ達は昨日と同じように王城の会議室に集まって情報確認の会議を行った。
会議室の中には前回の会議と同じメンバーが集まり、尾行を行っていたレジーナ、ジェイク、マティーリアはダーク、アリシア、ノワール、ヴァレリアに今日得たケイザス達の情報を伝えた。
「……帝国の特殊部隊、ファゾムか」
「ウム、探索者の巻物を使ったら女の名前と組織名が頭の中に浮かび上がった。間違いないはずじゃ」
ダークはマティーリアから新しいポーションを買いに来た女、つまりペティシアの名前と組織名を聞いて低い声を出す。アリシアやノワール達も敵がデカンテス帝国の人間、それも皇族直属の特殊部隊だと聞かされて真剣な表情を浮かべている。全員がケイザス達がデカンテス帝国の人間だと予想していた為、正体を知っても驚く事はなかった。
「予想はしてたが、本当に帝国の人間だったとはな。流石は自分の事しか考えない暴君皇帝が治める国だぜ」
椅子にもたれながらジェイクはデカンテス帝国の行動に呆れ果てた。もし密偵を忍び込ませている事がバレたらデカンテス帝国とビフレスト王国の関係は悪くなり、最悪の場合、戦争に発展する恐れもある。にもかかわらずバーネストに密偵を送り込んで他国の情報を得ようとするデカンテス帝国の行動をジェイクは愚かに思っていた。
「……それで、そのペティシアとか言う女とその仲間は新しいポーションを一つ買って店を出たのだな?」
ダークはファゾムの隊員であるペティシア達がマジックアイテムを扱う店で何をしたのかマティーリアに確認するとマティーリアにダークを見ながら頷いた。
「でもさぁ、どうしてソイツ等はポーションなんて買ったのかしら? 自分達が使う為?」
レジーナがペティシア達がポーションを買った理由を口にするとマティーリアは呆れ顔でレジーナの方を向く。
「お主は考え方が単純じゃな。密偵として送り込まれた者達が自分達が使う為に新しいポーションを買うと思うか?」
「むぅ、じゃあアンタはどうしてポーションを買ったと思うのよ?」
「国に持ち帰りその効力や調合方法などを調べ、自分達も強力なポーションを手に入れようとしているとか、使う以外にも理由はあるじゃろう?」
マティーリアが口にした答えを聞き、レジーナはああぁ、と言う表情を浮かべる。もし自分達で使う為なら一本だけでなく人数分のポーションを購入するはずだ。だがペティシアは一本しかポーションを買っていない。となると自分達が使うのでは無く、デカンテス帝国に持ち帰って詳しく調べ、大量生産できるようにする為に購入したと考えられる。
レジーナはマティーリアの答えを聞いた納得した様子を見せる。するとレジーナとマティーリアの会話を聞いていたアリシアが難しい顔をしながら口を開けた。
「だが、例えポーションを帝国に持ち帰ったとしても、そのポーションだけで材料や調合方法を知るのは無理なのではないか?」
アリシアの言葉にダーク達は視線をアリシアに向ける。
「ウム、妾もそう思っておる。既に出来上がっているポーションを調べても材料や調合の手順などを知るのはできん。そうであろう、ヴァレリア?」
マティーリアは新しいポーションを作った本人であり、一流の調合師であるヴァレリアに確認する。ダーク達もヴァレリアの方を向いて、そうなのかと目で尋ねた。
ヴァレリアはダーク達が自分の注目する中、目を閉じながら自分の髪を指で捩じり、静かに口を動かす。
「……そのとおり、例え魔法を使って調べても魔法薬の材料と調合の情報を得るのは不可能だ。私も様々な材料を使い、何度も調合を繰り返してあのライトグリーンのポーションを完成させたんだからな」
「やはりのぉ……」
昼間に店で魔法薬から材料と調合方法を得るのは無理だと考えていたマティーリアは調合の天才であるヴァレリアが言うのなら自分の考えに間違いないとコクコクと頷きながら呟く。
「因みに私がそのポーションを一から作り、完成させるまでに掛かった時間は二十年だ」
「に、二十年……」
アリシアは新しいポーションの完成させるのにヴァレリアでも二十年も掛かった事を知って目を丸くしながら驚く。レジーナとジェイクも同じように目を丸くしていた。
「……ヴァレリア、もし帝国の人間が新しいポーションと同等の物を完成させるとしたらどのくらいの時間が掛かるのじゃ?」
「さっきも話したようにポーションを持ち帰って調べても材料や調合方法を知る事はできない。だが、そのポーションを素に新しいポーションやそれに近い別のポーションを作る事は可能だ。ただ、並の調合師が全く新しいポーションを一から作るとなると最低でも四十年は掛かるだろう」
「そんなにか……まぁ、ヴァレリアでも二十年掛ったのじゃから普通の人間なら倍近く掛かってもおかしくないのぉ」
「……その言い方だと私が普通の人間ではないと言っているように聞こえるぞ?」
「不老になった時点で既に普通ではなかろう」
マティーリアの正論にヴァレリアは何も言わずにムスッとしながら黙り込む。自分が普通でないのならダークやアリシアだって同じではないか、と言いたかったがそれを言うとややこしくなりそうなので敢えて黙っている事にした。
「それじゃあ、何で奴等はわざわざポーションを買ったりしたんだ? ポーションを調べても作り方とかが分からないんじゃ、買っても意味ねぇじゃねぇか」
ジェイクがなぜペティシア達がポーションを買ったのかその理由が分からずに難しい表情を浮かべる。アリシア達もなぜポーションを購入したのか俯いたり目を閉じたりして考え込んだ。
「そう言えば……今日、ケイザスの仲間である双子の姉妹がヴァレリアの研究所を調べていたわ」
「何?」
ヴァレリアはケイザスの仲間が自分の研究所を調べていたとレジーナから聞かされて反応する。研究所がライアとライラに調べられていた時、ヴァレリアは研究所の中で魔法薬の調合や研究をしていた為、外の状況を知る事ができなかったのだ。
「レジーナ、その双子は研究所を調べた後どうした? 研究所の敷地内に侵入しようとしたのか?」
ダークがライアとライラのその後にどんな行動を取ったのかレジーナに尋ねるとレジーナは目を閉じて首を横に振った。
「ううん、研究所の周りを調べた後は街の中を回ったりしただけで何もしなかったわ」
「そうか……」
ライアとライラの姉妹が何も問題を起こさなかった事を聞いてダークはまた低い声を出す。そしてゆっくりと腕を組みながら何かを考え込む様に俯いて黙り込んだ。
アリシア達は何も言わずに俯いているダークをジッと見つめている。すると、俯いていたダークはゆっくりと顔を上げてアリシア達の方を見た。
「もしかすると、奴等は研究所に侵入するつもりかもしれんな」
「何っ? 研究所に?」
ダークの口から出た言葉にアリシアは僅かに驚いた声を出して訊き返す。ノワールは意外そうな表情を浮かべており、レジーナ達も目を大きく開いてダークを見つめる。
「ポーションを手に入れて材料や調合方法を得る事はできない。だからと言ってポーションを素に新しく自分達だけのポーションを開発しようにも長い時間が掛かってしまう。そんな状況で帝国がポーションの調合方法や細かい情報を手に入れるとしたらどんな手段を取ると思う?」
「どんな手段と言われても……あっ!」
俯いて考えていたアリシアが何かに気付いてフッと顔を上げる。ノワールも気付いたのか目を見開いてダークの方を向く。
アリシアとノワールの反応を見たダークは薄っすらと目を光らせて小さく笑う。
「気付いたようだな、二人とも?」
「ああ、非常に単純、そして大胆な方法だ」
「……彼等は研究所に忍び込んでポーションの調合表を盗むつもりですね」
ノワールの言葉を聞いてファゾムの目的に気付いていなかったレジーナ達は驚きの表情を浮かべる。確かに何年も掛けて新しいポーションを作るよりは調合方法や材料が書かれた調合表を盗み出した方が手っ取り早い。デカンテス帝国は短い時間で強力なポーションを大量に手に入れる事ができるようになる。
「盗み出すか、確かのそれなら短時間で確実にポーションの調合方法とポーションその物を手に入れる事ができるな」
「クソォ、あまりにも単純な方法だから盗むかもしれないって考えてなかったぜ」
「それじゃあ、アイツ等がわざわざポーションを買ったのは……」
「魔法でポーションの効力や正式な名前などを調べ、研究所に侵入した時に他の調合表と間違える事なく確実に目当ての調合表を手に入れる為であろう。調合表にはその魔法薬の名前や細かい効力が書いてあるはずじゃからな」
盗み出すという可能性に気付かなかったレジーナ達は少し悔しそうな表情を浮かべる。そんなレジーナ達をしばらく見ていたアリシアはゆっくりと視線をダークに向けた。
「それでダーク、今後はどうするつもりなのだ? 奴等が研究所に侵入すると分かっているのなら彼等が問題を起こす前に押さえておいた方がいいと思うが……」
ファゾムが研究所に侵入して調合表を盗む前に止めるべきだと話すアリシア。ノワールもそれがいいと思っているのかアリシアの顔を見た後にダークの方を向く。するとダークは腕を組むのをやめてゆっくりと椅子にもたれた。
「いや、研究所を襲うという証拠も無しに連中を捕らえるのはマズい。それにそんな事をしたら奴等が密偵である事を証明するのも難しくなってしまう。捕らえるなら奴等が問題を起こしてからだ。そうすれば奴等が帝国の密偵としてではなく、問題を起こした犯罪者として正式に捕らえる事ができる」
「う~ん、どうも相手に好き勝手させるようで納得できないが、確実に捕えるのであれば確かにそれが一番いい手と言えるだろうな」
アリシアは腕を組みながら敵を自由にする事に若干不満を見せているが、一番成功率の高い方法だと感じている為、文句は一切言わなかった。
「ただ、奴等がポーションの情報を集めている事が分かったからと言って研究所だけに注意を向ける訳にもいかないぞ」
「どういう事だ?」
「奴等もポーションの情報を集める為だけに此処に来た訳ではないはずだ。密偵である以上、ポーション以外にもこの首都の軍事力や人口と言った情報も欲しがっているだろう」
「……彼等はヴァレリア殿の研究所以外にも何処か重要な施設に侵入する可能性があるという事か?」
「ああ、十分あり得る」
研究所以外の施設にもファゾムが侵入する可能性がある、それを聞いたアリシアやノワール、レジーナ達は反応し、真剣な表情でダークの方を見る。アリシア達が自分に注目しているのを確認するとダークは話を続けた。
「いいか、昨日と今日で奴等はこの町の何処に何があり、どんな施設が建てられているかを把握したはずだ。その中には一般人が立ち入れない場所もある。ファゾムの連中がそう言った所に侵入するとすれば人気の少ない時間、真夜中に侵入するはずだ。つまり、今夜にも奴等が動き出す可能性があるという事だ。奴等が動き次第、私達も行動に移る。状況次第では夜中に寝ているところを叩き起こされる可能性もあるかもしれん。全員、いつでも動けるように準備はしっかりとしておけ」
「うへぇ~、マジィ?」
真夜中に起こされるかもしれないと聞かされたレジーナは嫌そうな表情を浮かべる。他の者達は仕方がない事だと感じ、嫌な顔一つ見せずにダークの話を聞いていた。
「ファゾムが使っている宿屋はウォッチホーネットが見張っている。奴等が何か行動を起こせば監視室から報告があるはずだ。それまでは自由にしていていい」
「分かった」
アリシアは頷きながら返事をし、他の者達も無言で頷く。その中でレジーナだけはいまだに嫌そうな顔をしているがダーク達はその事を注意する事なく無視していた。
――――――
太陽が沈み、首都バーネストに夜が訪れた。時刻は深夜一時を回っており、既に住民達は眠りについている。その為、町は静寂に包まれており、物音一つしなかった。
そんな静かな街の中をダークが召喚した下級モンスター達が歩き回っている。彼等は住民が眠った後も何か異常が無いか町中を見回って調べているのだ。ただ、モンスター達にも休息は必要なので時間がくれば他のモンスター達と仕事を変わるようダークに言われており、そう言った点ではモンスター達もバーネストの住民達と同じ扱いをされていた。
静かなバーネストの中にある宿屋の一つ、その入口前にケイザス達の姿があった。ケイザス達は昼間と違って服の上から鎧やガントレットなどを装備しており、手には様々な武器が握られている。今のケイザス達はデカンテス帝国の特殊部隊ファゾムの隊員としての格好をしていた。
「全員揃っているな?」
ケイザスが集まっている仲間達を見ながら確認すると隊員達も大丈夫だという様に無言で頷く。ケイザスは銀色の鎧とガントレットを身に付け、手にはラウンドシールが装備している。腰には剣が納められており、この姿こそが彼の職業であるハイ・ファイター、そしてファゾムの隊長としての姿だった。
「ではこれより我々はバーネストにある重要施設へ潜入し、一般人では得られない重要な情報の収集を行う!」
自分に注目する隊員達を見てケイザスはこれからバーネストの重要施設に侵入する事を確認する様に伝える。ケイザス達がバーネストに来て二日目の深夜に重要施設に潜入する、ダークの予想は的中してい
た。
密偵が他国の町に潜入し、町にいる時間が長ければ長いほど怪しまれ、密偵とバレる可能性は高くなる。ファゾムの隊員達も過去に何度も他国の町などに潜入している為、長時間町に留まるのは危険だという事がよく分かっていた。その為、下調べが終わるとすぐに必要な情報を集めて町から脱出した方がいいと考えていたのだ。
今回、二日目の夜にケイザス達が動いたのも素早くバーネストの情報を回収し、正体がバレる前に脱出しようと思っていたからである。
「この時間なら町の住民に目撃される事無く重要施設に侵入する事ができる。だが、真夜中だからと言って油断するな? 住民が寝静まっても町の中には下級モンスター達が町を巡回しているらしいからな。奴等に姿を見られたら我々の正体がバレて面倒は事になる。何があっても絶対にビフレスト王国に我々の正体を知られる事だけは避けなくてならない。それを忘れるな?」
「ハイ」
「分かってま~す」
ケイザスの忠告にロックスは真剣な表情で返事をし、マーニは少し緊張感の無い声を出す。ロックスとマーニも鎧と二本の剣、青いマントと杖を装備しており、双剣士とアクア・ウィザードとしての姿をしていた。
「ところで隊長、さっき言ったモンスターの事だが、もしモンスターどもに姿を見られちまったらどうする?」
紺色のプレートメイルを装備し、手に大きめの片手斧を握ったアラージャがモンスターと遭遇した時の事を尋ねる。敵に姿を見られない事が一番だが、もし見つかってしまったらどうすればいいのかもしっかり確認しておく必要があった。
「もしそうなった場合はそのモンスターを倒せ。我々の任務はこの国の情報と新しく作られたポーションの調合方法を手に入れ、帝都に持ち帰る事だ。その障害になるものは排除してでも帝都に戻らないといけない。正体がバレなければ多少手荒な事はしても構わないと皇族の方々も仰っておられたからな」
「成る程、要するにいつもどおりで構わないって訳か」
ケイザスの答えを聞いてアラージャは小さく肩を竦めた。
「他に質問はあるか? 無いのなら最終確認に入るが構わないな」
アラージャ以外の隊員に他に訊く事が無いか確認するケイザス。誰も手を上げたり口を開いたりしない為、何も質問は無いと感じたケイザスは最後の確認に入った。
「では、最後に役割確認を行う。私とペティシアは役所へ向かいこの町の人口などの情報を手に入れる。マーニ、ロックス、ブライアンは魔法薬研究所へ向かいポーションの調合表を手に入れろ」
「ハイ、ペティシアとマーニが購入したポーションを調べて正式名なども分かりましたから問題無く目当ての調合表を見つけられます」
ロックスはケイザスを見て自信に満ちた表情を浮かべる。ペティシアとマーニが新しいポーションを購入した理由はダーク達が予想していた通り、正式名を確認して調合表を盗み出す為だったようだ。
「アラージャ、ライア、ライラの三人は騎士団の詰め所へ潜入し、この首都の戦力と防衛力、そしてこの国の軍事力に関する資料を見つけてこい」
「あいよ」
「了解しました」
ケイザスの指示を聞き、アラージャはめんどくさそうな声で、ライアは力の入った声で返事をする。ライラは何も言わずニッと余裕の笑みを浮かべてケイザスを見ていた。
各隊員達の役割の確認が済むとケイザスは一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして再び隊員達の方を向き、真剣な表情を浮かべた。
「これより、ビフレスト王国首都バーネストでの最後の情報収集活動を行う。各自、油断せずに任務を遂行する様にしろ……散開!」
ケイザスの言葉を合図にファゾムの隊員達は宿屋の前で別れ、自分達の担当する情報を手に入れる為に重要施設へ向かった。全員夜中に行動する事に慣れているらしく姿勢を低くし、できるだけ音を立てないように走っている。その姿はまさに特殊部隊の隊員だった。
ファゾムの隊員達は目的地に向かう為に夜の街を移動する。その姿をウォッチホーネットはしっかりと見ており、大きな目を赤く光らせた。