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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二章~湿地の略奪者~
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第十五話  魔法訓練場


 アリシアたちと別れた後、ダークとレジーナは武器屋やアイテムショップなどを見て回るために店が並んでいる町の商業区へ向かった。

 商業区へ着くとそこには武器屋だけでなく、アイテムショップから酒場、野菜屋、肉屋などいろんな店が並んでいた。アルメニスの町ほどではないが店の数もそれなりに多く、大勢の客が集まっている。

 ダークが店を見回している中、レジーナは笑いながら先へと進んだ。実は商業区にはダークではなく、レジーナが行きたいと言い出し、ダークはそれに付き合っているだけなのだ。


「レジーナの奴、随分はしゃいでるな」

「初めて来た町にちょっと興奮しているのかもしれませんね」


 店を見回してはしゃいでいるレジーナを見ながらダークとノワールは立ち止まって話をしている。今の二人は初めて遊園地に来た娘を見守る父親と兄のようだった。

 レジーナは弟と妹の面倒を見ながら冒険者をやっている。兄弟を心配させないために遠出ができずにアルメニスの町だけで依頼を受けていたのだ。そのため、初めて別の町に来られたことが嬉しいのだろう。


「ダーク兄さん、ノワール。早く行きましょうよ!」


 立ち止まる二人に声をかけるレジーナを見てダークはレジーナの下へ歩き出し、ノワールも肩に乗ったままレジーナを見てやれやれと言いたそうな顔を浮かべた。

 二人と一匹はバルガンスの町でも有名な武器屋にやってくると早速中に入った。壁には剣、盾、斧が飾られており、部屋の隅には大きめの剣や槍などが刺してある樽が置かれてある。有名店であるため、店内には客の姿があり色んな武器を見ていた。

 客には戦士の姿をした客や魔法使いの姿をした客などもおり、欲しい武器を探したり、手に持って感触を確かめている。

 店内に入ったレジーナは早速店の奥へ行き、短剣が並べられている棚へ向かった。彼女は盗賊で主に短剣のような軽くて持ち運びが楽な武器を装備している。それは盗賊の長所であるスピードを落とさないようにするためでもあった。


「……楽しそうですね?」

「何処の世界でも女は買い物を楽しむ生き物なのだな」


 笑いながら短剣を手に取るレジーナを見るダークとノワール。冒険者でなければ彼女も買い物を楽しむ年頃の少女だが、この世界ではそんなふうに買い物をできるのは一部の人間のみ。兄弟を養い、自分の力で生きていかなければならないレジーナには普通の少女のようにおめかしをして買い物を楽しむことはできなかった。だが、そんなレジーナも今はとても買い物を楽しんでいる。彼女も冒険者としての買い物をそれなりに楽しんでいるようだ。

 レジーナが短剣を眺めている姿を見たダークは改めて店内を見回す。店には武器だけでなく、鎧のような防具もそれなりに置かれており、それを見ている客もいる。だが武器専門店なのか、店内にあるのは武器ばかりで防具の類は殆ど置かれていなかった。

 ダークは店内の隅にある樽に近づき、そこに刺してあるいろんな武器を見た。剣、槍、斧、ハンマーなど戦士が使う武器が多く刺してあるがどれも安物ばかりだ。業物と言えるような武器は一つもない。


(いくらこの町でも有名な武器屋とは言え、アルメニスの町の武器屋と比べたらこんなものか……)


 首都であるアルメニスの町の武器屋に置かれてある商品のことを思い出しながらつまらなそうに心で呟くダーク。

 アルメニスの町の武器屋と比べると値段は安いがその分、商品の数は少なく、安物しか置かれていない。だが、この町には首都の様に貴族や騎士団の人間は住んでいない。そのため、高い武器を買う金持ちもおらず、高い武器を作ったり店に置く必要も無かったのだ。

 ダークが樽の中の武器を一通り見た後に壁の方に目をやり、壁に掛けられている武器の方を見た。すると、剣や斧の中に木製の杖が掛けられているのを見つけ、ダークはその杖を手に取る。


「魔法使いが使う武器も置かれているか」

「なかなかいい杖ですね」

「……欲しいのか?」

「え?」


 ダークの言葉にノワールは思わず声を出した。


「い、いえ、使い魔の僕が物を欲しがるなんて、そんな恐れ多いこと……」

「遠慮するな。お前は私にとって家族同然の存在だ。もっとわがままを言っても構わない」

「そ、そんなこと……」

「それとも、お前は私に家族として見られることが嫌か?」

「そ、そんな! 滅相もありません!」


 ダークの言葉にノワールは声を上げて慌てて否定する。その声を聞いた周りの客たちは一斉にダークに注目した。しかし、そこにはダークと彼の肩に乗っている子竜の姿しかなく、聞こえてきた少年の声の持ち主らしい人物の姿は無かった。

 周りの客の注目を集めてしまったことに一瞬焦りを見せるダークとノワール。ダークは一度咳き込むんでからもう一度持っている杖を眺め、ノワールはダークの肩に乗ったままダークの持つ杖を眺めた。

 声の主が誰なのか分からず、客たちは再び商品を眺め始め、彼らの視線が逸れたのを確認するとダークとノワールはホッとする。


「す、すみません、マスター」

「い、いや、気にするな。私もちょっとふざけてしまったからな」


 謝るノワールを見て、ダークもからかい半分で言った自分の言葉でノワールを取り乱させたことを反省する。

 ダークにとってはノワールだけが同じ世界から来た唯一の存在で彼のことを使い魔としてでなく弟のような存在として扱おうと思っていた。そのため、ノワールにはできるだけ砕けた感じで自分と接してもらいたいと思っており、ついからかってしまったのだろう。


「……フゥ~」

「落ち着いたか?」

「ハ、ハイ」

「で? お前はこの杖が欲しいのか?」


 落ち着きを取り戻したノワールを見たダークは持っている杖を見せて改めて杖が欲しいかを尋ねた。ノワールは杖を見つめながら少し悩むような表情を浮かべる。


「……ハイ、ちょっと興味があります」

「そうか」


 杖を欲しがるノワールを見て、ダークは少し嬉しそうな声を出した。そもそもどうしてドラゴンのノワールが杖を欲しがるのか、その理由は使い魔自身の能力にあった。

 LMFの使い魔はモンスターの姿だけでなく、人間の姿となって戦うこともでき、その時の力はモンスターの姿の時と比べて格段に強い。その理由は人間の姿だとLMFのプレイヤーのようにメイン職業クラスやサブ職業を持って戦うことができるからだ。つまり、LMFのプレイヤーと同じ能力を持つことができるということになる。

 更に使い魔は職業を得るだけでなく、武器や防具を装備することもできる。それもプレイヤーが装備できる物を装備できるのだ。プレイヤーが使う強い武器を装備できればその使い魔は強力なNPCとなりプレイヤーを助けてくれる。使い魔を育てることもLMFの楽しみの一つでもあった。

 ノワールはLMFの世界では魔法使い系の職業を持ち、暗黒騎士として接近戦で戦うダークをフォローしてきた。故に魔法使いが使う杖には興味が湧くのだ。ノワールはLMFの強力な装備を持っている。ただ、その装備は非常に強力で今目の前にある杖などその装備と比べた棒切れ同然だ。それなのになぜそんな安物の杖を欲しがるのだろうか。


「この世界の武器がLMFの世界から来た者でも使えるのか調べてみたくて」

「確かに私が使っている大剣やこの鎧はこの世界では問題なく使うことができる。だがもし、何か問題が起きて俺たちの持っている装備品が使えなくなった場合はこの世界の装備品を使う必要がある。そのことを考えてこの世界の武器や防具を使えるかどうか確認しておく必要もあるな」

「ハイ、そのチェックも兼ねてその杖を使ってみたいなと思っていました」

「フッ、真面目だな?」


 この世界の装備が自分たちが上手く使えるのか、興味だけでなくそれを確認することを考えて杖を欲しがるノワールをダークは頼もしく感じる。ダークもこの世界の武器を使ったことがないため、そのことを確認しておく必要があると考えていた。それをノワールも考えて確かめようとしてくれていることを嬉しく感じたのだ。

 ダークは杖を持って店の奥へ向かう。そこにはカウンターの前で商品の短剣を店長と思われる男に見せるレジーナの姿があった。どうやら持っている短剣を買うことにしたようだ。

 レジーナはダーク達に気付き笑って手を振る。そんなレジーナにダークは手を振り返した。


「短剣を買うのか?」

「うん、今使っている短剣、古くなってきてからね。もし戦闘中に壊れたら丸腰になっちゃうから今のうちに買っておこうと思ってたの」

「なるほどな」

「そう言うダーク兄さんも何か買うの?」

「ああ、この杖をな」


 ダークはそう言って持っている杖をレジーナに見せる。レジーナは暗黒騎士であるダークが杖を買うのが不思議なのか意外そうな顔でダークの持っている杖を見つめた。


「何で黒騎士のダーク兄さんが杖なんて買うの? まさかダーク兄さんが使うんじゃ……」

「まさか、コイツか使うんだ」


 そう言って肩の上に乗っているノワールを見るダーク。レジーナはノワールを見てまばたきをした。子竜が杖を使う、レジーナはダークが何を言っているのか全く分からずに小首を傾げる。

 レジーナがノワールを見ていると店長がレジーナの肩を指で突いた。


「お嬢ちゃん、お金、いいかい?」

「え? ああ、ゴメンゴメン。いくら?」

「50ファリンだよ」

「50ファリンね……ハイ」


 レジーナは革袋から50ファリン銀貨を出して店長に渡す。銀貨を受け取った店長も短剣をレジーナに渡し、受け取ったレジーナは早速装備した。買ったばかりでピカピカの短剣にレジーナは心を躍らせる。


「では、次の人」


 店長が待っているダークを呼び、ダークは持っている杖を店長に渡した。店長は杖を受け取り、その杖を確認するとダークの方を見る。


「40ファリンだね」


 値段を言うとダークはポーチから10ファリン銅貨を四枚出してカウンターの上に置く。

 店長は枚数を確認すると杖をダークに手渡し銅貨を懐にしまう。すると、騎士であるダークが杖を買うことを不思議に思った店長は興味本位でダークに尋ねた。


「アンタ、見たところ黒騎士のようだが、杖なんて買ってどうするんだい?」

「ん? ……なに、知り合いのために買っただけだ」

「知り合いねぇ……魔法使いの冒険者かい?」

「ああ」


 店長の質問に低い声で答えるダーク。店長はカウンターに頬杖を突きながらチラチラと店内を見回してダークの連れと思われる魔法使いがいないことを確認すると再びダークの方を向く。


「アンタの連れの魔法使いは此処にはいないみたいだね……ということは魔法訓練場にいるのかい?」

「魔法訓練場?」


 聞いたことの無い場所にダークは訊き返す。レジーナも店長の方を向いて不思議そうな顔を見せる。

 ダークの反応を見た店長は違うのかと感じながら意外そうな顔を見せた。


「なんだ、違うのかい……てっきり魔法使いの仲間がそこで待ってるのかと思ったんだがねぇ」

「いや、違う。それより、その魔法訓練場とは何なのだ?」

「知らないということは、この町に来たのは初めてのようだね?」

「ああ、ついさっき来たところだ」


 バルガンスの町に初めて来たことを話すダークを見て店長はこの町のことを何も知らないと考え、簡単にこの町のことを教えようと説明し始めた。


「この町には魔法使いの冒険者が多く住んでいてな。魔法使いが魔法の訓練をするための訓練場があるんだ。そこを魔法訓練場って言うんだ」

「つまり、そこは魔法使いが多く集まり、魔法を自由に使える場所ということか?」

「そのとおりだ」

「ほほぉ……」


 魔法使いが集まり、魔法を使う場所。それを聞いたダークは興味のありそうな声を出す。ノワールもダークの肩に乗ってまばたきをしながら話を聞いている。

 この世界の魔法はさっきのゴブリンとの戦闘で少し見たがまだこの世界の魔法のことを詳しく知らない。魔法の知識が少ないダークとノワールにとってはこの世界の魔法のことを知るチャンスだった。


「店長、その魔法訓練場は何処にあるのだ?」

「此処から西に行った所にあるよ。歩いて数分で着ける距離だ」

「そうか、礼を言うぞ」


 そう言ってダークはポーチから100ファリン金貨を取り出し、店長に向かって投げた。投げられた金貨を慌ててキャッチする店長はダークの方を見ながらまばたきをする。


「情報代だ」


 ダークはそう言って店長に背を向けて歩きながら手を振る。その後をレジーナは慌ててついていき、二人は武器屋を後にした。

 二人が出ていくと店内の客たちは出入口の扉を見つめ、店長は手の中の金貨を見て呆然とする。情報を教えただけで金貨を渡すなど普通ではあり得ないことだからだ。

 店長がボーっとしていると一人の戦士風の男が近づいてきて店長に声をかけた。


「おい、親父さん。あの黒騎士はなんなんだ?」

「さ、さぁ?あっしも初めて見る客なんで……」

「さっきの会話を聞いてたけどよ、黒騎士が杖を買うってどういうことだ? それに魔法訓練場のことを教えただけで金貨を渡すなんてよ……」

「黒騎士ということだから、かつてはどこかの国に仕えていたのでしょう。だから金には多少余裕があり、情報を教えてもらった礼として金貨を……」

「分からねぇぞ? 黒騎士は国への忠誠心を失った堕落した騎士だ。そんな奴が情報を教えてもらったぐらいで金を出すなんて考えられねぇよ」

「では、なぜ彼はこれを?」


 国に忠義を尽くさない黒騎士がなぜそんなことをするのか、手の中の金貨を見ながら店長と男は考える。二人はダークがただ情報を教えてもらった礼として金貨を出しただけで複雑な理由は無いことを知らず、真剣になって頭を悩ませた。

 武器屋を出たダークとレジーナは店長が教えてくれた魔法訓練場にやってくる。そこは木製の柵に囲まれた小学校の運動場ぐらいの広さを持つ場所で、あちこちで魔法使いの姿をした冒険者たちが訓練をしている姿があった。

 訓練場の隅ではゴブリンマジシャンが使っていたのと同じ、ファイヤーバレットやアクアアローを遠くにある的に向かって放つ魔法使いがおり、少し離れた所では地面に置かれている木箱を魔法で持ち上げようとする者もいる。いろんな場所で様々な魔法の訓練をしている魔法使いたちにダークとレジーナは驚きの反応を見せた。


「へぇ、結構沢山いるのね」

「店長の言っていた通り、この町は本当に魔法使いが多いみたいだな」

「ええ、そうね」


 予想していた以上に魔法使いが集まっている光景をダークとレジーナは見る。訓練場の中だけでも多くの魔法使いがおり、訓練場の外では冒険者や町の住民たちが訓練中の魔法使いを見学している姿があった。


「……それで、来たのはいいけど、これからどうするの? ダーク兄さん」

「訓練場に入る」

「ええぇ? 黒騎士の兄さんと盗賊のあたしが入ったところで意味ないよぉ」

「魔法使いならいる」

「え?」


 ダークがチラッと後ろを向き、レジーナもダークの後ろを見る。そこにはいつの間にか人間の姿になっていたノワールの姿があった。

 ノワールは前にダークの拠点で見せた時と同じ、黒い短髪に赤い目を持ち、頭に茶色い角を二本生やして灰色のローブを着た姿をしている。そして手には赤い水晶が付いた黒い杖を持っていた。それはさっきダークが武器屋で買った杖とは全く違う物だ。

 いつの間にか人間の姿になっていたノワールを見てレジーナは驚きの表情を浮かべながらノワールの顔を間近で見る。


「ノ、ノワール、いつの間に人間の姿になったの?」

「此処に来る直前ですよ」

「そ、そうなんだ……ところで、魔法使いがいるってダーク兄さんは言ったけど、もしかして……」

「ハイ、僕です」


 頷きながらダークの言った魔法使いが自分だと話すノワールにレジーナは目を丸くして驚いた。人間の姿になれることは分かっていたが、今までレジーナはノワールをダークの身の回りの世話をする使い魔と思っていたのだ。だから人間の姿になって武器を手に取り、魔法を使うとは思わなかったらしく、かなり驚いていた。

 驚くレジーナを見ながらノワールはまばたきをし、ダークもそんなレジーナを腕を組みながら見ていた。


「ノ、ノワールが魔法使いだなんて……あっ! 武器屋で言ってたノワールが杖を使うってこのことだったのね?」

「その通りだ。コイツにはこれまでも魔法を使って何度も私を助けてくれた。コイツの魔法はかなりの物だぞ」

「そ、そうなんだ……」


 目の前に立つ少年の姿をしたノワールを見てレジーナは見つめる。表情にはまだ少し驚きが残っており、ノワールが魔法使いであることがまだ実感できていないようだ。

 ダークはノワールの姿をしばらく見つめ、彼が持つ黒い杖を見ると右手を動かして久しぶりにメニュー画面を開いた。

 突然ダークの前に現れたメニュー画面を見てレジーナは目を見開きながら再び驚きの表情を浮かべる。


「な、何それ!? いきなり出てきたけど、もしかしてダーク兄さんも魔法が使えるの!?」

「ハァ……ちょっと黙っていろ」


 横で騒ぎだすレジーナを見てダークは疲れたような声を出してレジーナを黙らせた。

 ダークはメニュー画面を素早く操作し、装備の画面を開いた。すると、装備欄にプレイヤーと使い魔のボタンが現れ、ダークは使い魔のボタンを押す。ボタンを押すと画面が素早く変わってノワールの装備画面が開かれた。

 画面にはノワールの装備している武器や防具の名前が出ており、その横にはノワールのステータスが数字になって映し出されている。その画面を見て、ダークはノワールが今装備している<殉教者の杖>を選んで軽く押した。するとその横にズラリとノワールが装備できる武器の名前が縦に並んで映し出され、ダークは武器の選択画面を指でスライドさせて上へ動かす。一番下まで動かすとそこには<見習い魔法使いの杖>という名前の武器があり、ダークはその武器をジッと見つめる。


(きっとこれがさっき買った杖だな)


 ダークは見習い魔法使いの杖のボタンを押してノワールの装備を変える。するとノワールが持っていた黒い杖が消え、さっき武器屋で買った木製の杖がノワールの手の中に現れた。

 黒い杖が消えてさっき買った杖が突然現れたのを見てレジーナは更に驚く。ノワールは新しい杖を見ながら小さく笑った。


「どうだ、ノワール?」

「なかなかいいですね。握り心地もしっかりしてしていますし」

「そうか、見習い魔法使いの杖という名前だが、お前がそう言うのならそこそこいい杖なのだな」


 ノワールが笑いながら杖を軽く振る姿を見てダークも小さく笑いながら言う。しかし、ノワールのステータスを見ると攻撃力や魔力の強さを表す数値が殉教者の杖を装備した時と比べてかなり下がっている。やはり見習いの魔法使いが使う杖と上級の杖ではレベルがかなり違うようだ。だがノワールはそのことを気にしていないのか、気付いていないのか分からないが杖を見ながら無邪気な笑顔を浮かべていた。

 ダークとノワールのやり取りを見ていたレジーナはもう何がなんだか分からずに呆然と二人を見ていた。そんなレジーナに気付いたノワールはレジーナの顔を見て不思議そうな顔をする。


「どうしたんですか、レジーナさん?」

「どうしたもこうしたも、二人はさっきから何をしているの? 突然ダーク兄さんの前に光の板みたいな物が現れるわ、ノワールの持っていた杖が消えてさっき買った杖が出てくるわ……二人って、何者なの?」


 見たことの無いことが連続で起きたことに驚きを隠せず、レジーナはダークとノワールに何者なのかを尋ねる。

 ノワールは困ったような顔で自分の頬を掻き、ダークはジッとレジーナを見つめている。兜で顔は見えないがその下ではめんどくさそうな顔をしていた。


(まいったなぁ……俺とノワールは武器や防具を変える時はメニュー画面を操作しないといけないからやったんだけど、レジーナの前だってことを忘れていた。このことはアリシア以外には知られたくなかったんだけど……失敗した)


 心の中で自分のミスを悔やむダーク。レジーナはダークとノワールが質問に答えるのをジッと二人を見ながら待ち続けている。

 ダークがどうやってレジーナを誤魔化すか悩んでいると、ノワールがレジーナの前にやってきてダークの開いているメニュー画面を見ながらレジーナに説明し出した。


「あれは武器や防具などの性能を数字で表す特殊な力ですよ」

「特殊な力?」

「ハイ。マスターは騎士ですので魔法使いが使う攻撃魔法や補助魔法などは使えません。あれは魔法に近い別の力と言った方がいいですね」


 ノワールの説明を聞きながらレジーナはメニュー画面をジーっと見つめる。ダークはノワールの説明を聞いて、流石にそんな理由ではレジーナは納得しないだろうと思いながら不安を感じていた。

 だが次の瞬間、ダークの予想はと違う答えが出てきた。


「なぁるほどぉ、魔法に近い別の力かぁ……確かにダーク兄さんならそれぐらい使えても不思議じゃないわよね」

(……え? 納得したのか?)


 レジーナの口から出た予想外の言葉にダークは心の中で少し抜けたような口調で呟く。


「その力でさっき買った杖を調べて、その調べた杖をノワールの手の中に移した。という事だったのね。いやぁ~、流石はダーク兄さん、本当に何度も驚かせてくれるわよ」

(いや、おかしいだろう!? なんでそれで納得するんだよ? 普通はもうちょっと食い付くだろう?)


 ノワールの説明を聞いて納得するレジーナを見て、今度はダークが納得できない状態になっている。だがレジーナはそんなダークに気づかずにノワールの方を向き、笑顔で説明をしてくれたことに礼を言う。

 納得したレジーナを見てホッとしたノワールはチラッとダークの方を向き、手の親指を立てながらウインクをする。ダークはそれを見て二人に気付かれないように小さく溜め息をつく。


(ハァ……もう考えるのはやめだ。レジーナが納得してくれたんだからそれでよしとしよう)


 つまらないことでいつまでも悩んでも仕方がないとダークは自分に言い聞かせた。

 レジーナが納得するとダークは訓練場の方を向く。そもそもダークが此処に来た理由はこの世界の魔法使いや魔法の情報を手に入れるのと同時に、ノワールの魔法使いとしての実力がこの世界ではどれほどのものなのかを確かめるためでもあった。


「……余計な時間を食ってしまった。二人とも、行くぞ」


 ダークはノワールとレジーナを連れて訓練場に入っていく。訓練場の周りでは魔法使いたちの訓練を見学する者たちが訓練場に入って行くダークたちを見て不思議そうな顔を浮かべる。黒騎士や盗賊の少女が魔法の訓練場に入るなど変でしかなかったからだ。だが、二人が連れている杖を持った少年の姿を見て、ダークとレジーナは付き添いだと考えて納得した様子を見せる。

 三人が最初に遠くにある的に魔法を当てる訓練をする場所にやってきた。そこはまるで射撃訓練場のような場所で数人の魔法使いが横一列に並び、杖を構えながら魔法を放って鉄製の的に当てている。

 ダークたちは空いている場所を見つけ、そこから遠くに見える的を見た。ダークたちのいる場所から的までの距離は約25mといったところで殆どの魔法使いが的に命中させている。使っている魔法は全て下級魔法で中級以上の魔法は誰も使っていない。それは中級以上は強力過ぎて自分の的だけでなく、他の的や訓練場所その物も壊れてしまうからだ。だから此処では下級魔法だけしか使ってはいけない決まりになっている。

 訓練をする前に訓練場を管理する者からそのことを聞いたダークはノワールにそのことをすでに伝えており、ノワールもそれを聞いて気を付けるようにしている。というよりも、ノワールは周りの空気が読めないような幼稚な性格ではなかった。


「ノワール、さっきも言ったように下級魔法で的を撃て。中級以上は絶対に使うなよ?」

「ハイ、分かっています」

「あと、できるだけ力を抑えて魔法を使え。お前の杖を殉教者の杖からその杖に変えたのはお前の魔力をできるだけ抑えるためなのだからな」

「……了解です」


 ダークはノワールの耳元で小声で注意し、ノワールも小声で返事をした。話が済むとダークはレジーナと後ろに下がり、黙ってノワールを見守る。二人が離れたのを確認したノワールは前を向き、遠くに見える的を見て杖を構えた。

 ノワールのメイン職業クラスは<ハイ・メイジ>というLMFの魔法使い系の職業の中でも上級中の上級と言われている。使える魔法の種類は多く、何よりも魔法の威力を決める魔力は非常に高い。装備する杖によって魔力は更に高くなり、魔法の威力も上がる。もし最強装備をしたハイ・メイジが魔法を使えば中ボスクラスのモンスターでも一撃で倒せるだろう。ノワールはハイ・メイジであるだけでなく、レベルも94と高レベルの使い魔で下級魔法でも相当の威力を持つ。

 ダークは下手に騒ぎを起こさないようにするためにノワールの魔法の威力を少しでも抑えようと装備していた杖を買ったばかりの安物の杖に変えたのだ。勿論ノワールもダークの考えを理解しており、できるだけ力を抑えて魔法を使うようにしていた。

 杖を構えながら遠くに見える的を見つめるノワールは魔力を集中させて魔法を撃つ準備をする。周りには幼い少年の姿をしたノワールが魔法を撃とうとする姿を大人の魔法使いたちがチラチラと見ている姿があった。


(……この世界とLMFとでは魔法は同じでも名前が違う魔法もある。それを調べるのも大切だけど、まず、この世界で僕は魔法は上手く使えるのか、そして僕の魔法はこの世界ではどれほどの力なのを確認しないといけない)


 これからダークと共に戦うこともあるだろう。その時に足手まといにならないようにするためにも、自分の魔法が上手く使えるのか、そしてどれほどの威力なのかを知っておく必要がある。

 ノワールは意識を集中させ、杖の先に炎を作り出す。まずはこの世界でファイヤーバレットと呼ばれているファイヤーボールを撃ってみることにした。ギリギリまで魔力を抑え、撃つ準備が整うとノワールは遠くの的を睨んだ。


火弾ファイヤーバレット!」


 変に思われないようにするためにノワールはこの世界の魔法の名前を叫んだ。杖の先から放たれた火球はもの凄い勢いで的へ飛んでいく。その速さは他の魔法使いが放つ下級魔法とは比べ物にならないくらいの速さだ。そして、火球が的に命中すると、下級魔法では考えられないくらいの爆発が起き、周りの的を爆発で吹き飛ばした。

 的やその周りが爆発で吹き飛ぶ光景を見て、レジーナや周りにいる魔法使いたちは目を丸くしながら固まる。ダークも爆発を見て驚いたような素振りをしていた。周りの人間たちが驚いている中、ノワールは吹き飛んだ的をまばたきをしながら見ており、握っている杖を一度見てから再び的の方を向く。


「……あれ?」

(あれ? じゃねぇよぉー!)


 小首を傾げながら不思議そうに呟くノワールの後ろでダークは兜越しに顔に手を当てながら俯き、心の中で叫んだ。

 離れた所で魔法の訓練をしている者たち、そして訓練場の外で見学していた者たちも突然の爆発に驚き、全員が下級魔法の訓練場所に注目している。ノワールの魔法による爆発で訓練をしていた魔法使いたちの興奮も一瞬で冷めてしまっていた。


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