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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十三章~帝国の密偵者~
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第百五十八話  明らかとなった正体


 日が昇り、バーネストはいつもどおりの賑やかな朝を迎えた。既に街には多くの住民や冒険者達が出て買い物や散歩をしている。下級モンスターが街中を見回っている姿があり、昨日と何も変わらない平和な風景と言えた。

 西側にある市場で笑いながら買い物をしている住民達の中をケイザスが歩いている。ケイザスは視線だけを動かして周囲を見回し、気になる所が無いか調べていた。

 ケイザスは昨日ライアと共に西の市場は一通り見て回ったのだが、真面目な性格故に見逃した所があるかもしれないと考えて再び同じ市場にやって来たのだ。

 そんな真面目に調べているケイザスの隣にはどこか不機嫌そうな顔をしながら歩いているアラージャの姿があった。


「……チッ、朝っぱらギャーギャーとうるせぇ所だな」


 騒がしい場所が嫌いなのかアラージャはブツブツと文句を言いながら歩いている。ケイザスは不満を見せるアラージャを見ると少し呆れた様な表情を浮かべる。


「アラージャ、そんな険しい顔をせずに感じ良くしろ。そんな顔をしているとお前の顔を見た人達が怖がってしまうだろう?」

「別に構わねぇよ、そこら辺の男やババアなんかに怖がられても困らねぇからな」

「私達の任務は身分を隠しながらこの国の情報を集める事だ。住民達に怖がられたら情報を聞き出す事も難しくなる。少しは自重しろ」

「へいへい、分かりましたよ」


 隊長であるケイザスの注意を受け、アラージャはやる気のない声で返事をする。アラージャの返事を聞くとケイザスは視線を前に戻した。

 注意された事でアラージャの表情は少しだけ和らいだが不満そうな雰囲気は消えていない。早く市場から出たいとアラージャは心の中で思いながらケイザスの後をついて行く。


「しっかし、此処には若い女が一人もいねぇな? 殆ど男か年寄り、あとゴブリンの様な雑魚モンスターじゃねぇか」

「そういう事は思っても口には出すな、周りに聞こえたら面倒な事になる。それとアラージャ、たまには女の事を忘れて真面目に仕事をしたらどうなんだ?」


 市場にいる住民やモンスターに対して文句を言うアラージャにケイザスは再び注意する。アラージャはめんどくさそうな顔でそっぽ向いた。

 先程と態度が殆ど変わっていないアラージャにケイザスは溜め息をついて疲れを露わにする。そもそもアラージャがケイザスと共に街に出ているのには理由があった。

 昨日の作戦会議でアラージャがまた真面目に仕事もせずに女性を口説くかもしれないとアラージャ以外の隊員、特に女性陣がケイザスにアラージャと同行してほしいと進言したのだ。アラージャ自身は真面目に仕事をすると言っていたが、日頃の行いが悪いせいか仲間達は誰も信用せず、全員一致でアラージャはケイザスと同行する事になった。

 アラージャは隊長であるケイザスと共に街での情報収集をする事になったが、ケイザスと一緒でもアラージャは真面目に仕事もせずに若い女の事ばかり考えている。


「隊長だって知ってるだろう? 女は俺にとって飯を食ったり空気を吸うのと同じ事なんだよ。忘れる事なんてできねぇ」

「まったく、なぜお前の様な男がうちの隊員に選ばれたのか不思議で仕方がない」

「それは俺の戦士としての腕が一流だからだよ」


 自分の実力が優れているからデカンテス帝国の優秀な特殊部隊の隊員に選ばれたのだとアラージャは自慢げに語った。

 本来なら部隊に相応しくない隊員はすぐに別の部隊に異動させるべきなのだが、皇族によって選ばれた隊員を簡単に異動させる事はできない。それに性格はどうあれ、ケイザスもアラージャの戦士としての実力は認めているので異動させようとはしなかった。

 他の隊員達もアラージャの戦士としての才能は認めているのでアラージャの態度を不快に思っても追い出そうとは考えていない。仲が悪くてもそこそこアラージャの事は信頼しているようだ。


「隊長も俺の実力を認めているのなら、多少の我儘は許してもらいたいもんだな?」

「お前の行為は我儘なんて可愛らしいものではないがな……」

「ヘッ……それで、まだこの市場を調べるつもりか?」

「……いや、ある程度確認はしたから市場からは出る」


 話の内容を変えたアラージャにケイザスは再び呆れ顔を見せるが、これ以上注意しても意味無いと感じたのかそのまま仕事の話を続ける事にした。


「だったら早くこんな騒がしい場所から出ようぜ……で、次は何処に行くんだ? できれば若い女が沢山いる所に行きてぇんだが……」


 笑いながら若い女を求めるアラージャにケイザスは深く溜め息をつく。もうこの男には何を言っても無駄だとケイザスは小さく俯きながらそう感じた。


「若い女がいるかは分からないが、次は町の南西へ向かう。あそこにはこの町にいる騎士達の訓練場があるらしいからな。そこで この町の戦力について調べる」

「チッ、訓練所かよ。まぁ、若い女騎士がいるかもしれねぇし、行ってみるか」


 まるで自分を中心に行動しているかのような発言をするアラージャは速足で市場の出口へと向かう。そんなアラージャの後をケイザスは呆れ顔でついて行くように出口へと向かった。

 市場の出口へと向かうケイザスとアラージャの後ろ姿を5mほど離れた位置からジェイクが黙って見つめている。ケイザス達の目的を探る為に彼等が宿屋を出た時からずっと尾行していたのだ。

 ジェイクはフード付きマントで顔と姿を隠しながら二人の後を追う。国王であるダーク直属の冒険者となっているジェイクは首都では有名人なので姿を見られれば大騒ぎになり尾行ができなくなる。そうならないようにする為にボロボロのフード付きマントを身に付けて尾行していた。


「宿屋から此処まで不審な動きはしていないな、アイツ等……」


 ケイザスとアラージャの動きを観察しながらジェイクは低い声で呟き、一定の距離を保ちながら二人の後を追った。盗賊職であるレジーナと違って尾行が得意ではないジェイクは気付かれないよう慎重にケイザスとアラージャの後をついて行く。

 市場を出て南西へ向かう為の街道を通るケイザスとアラージャ。そんな二人の後をジェイクは目立たないようについて行った。


「……あのケイザスと言う男、さっきからあのアラージャとか言う男から隊長隊長って言われてたが、アイツ等はどこぞの国の軍の部隊か何かなのか?」


 今まで聞いた会話の内容からジェイクはケイザス達の正体について考える。だが、判断するにはまだまだ情報が少ない。正体に迫るのはもう少し情報を集め、別行動を取っているレジーナとマティーリアの二人と合流してからにしようとジェイクは考えた。


「それもしてもあのアラージャとか言う男、女の事しか頭にねぇのか……」


 ジェイクはケイザスとアラージャの会話を盗み聞きし、アラージャが女好き出る事を知って呆れ顔になりながら呟く。ジェイクもケイザスと同じ気持ちになったらしく、女の事しか考えないアラージャを哀れに思った。だがすぐに目が鋭くなり、笑いながら歩くアラージャの後ろ姿を見つめる。


「……まぁ、女好きな性格には異常はあるが、戦士としての腕はそこそこあるとアイツ等は言っていたな。戦う事になったら注意するべきだと戻ったら兄貴達に伝えておくか……」


 性格に問題があってもアラージャの戦士としての実力は確かな為、警戒することに変わりはない。ジェイクは鋭い目でケイザスとアラージャを見ながら呟く。

 ケイザスや彼の仲間達は全員がレベル40代、つまり熟練の戦士や五つ星、六つ星の冒険者とほぼ同じ実力を持っており、戦い方によっては七つ星冒険者とも渡り合う事が可能だ。戦う事になる可能性がある以上、ジェイクは敵の情報を少しでも早く、多く手に入れようと思いながら二人の後をついて行くのだった。

 ジェイクは不審に思われないくらいに距離を取りながらケイザスとアラージャの後をついて行く。すると、突然ケイザスが足を止めて街道の真ん中で立ち止まる。それにつられる様にアラージャも足を止め、立ち止まった二人を見たジェイクは慌てて建物と建物の間にある細道に隠れた。


「どうしたんだ、隊長?」


 いきなり立ち止まったケイザスにアラージャは尋ねる。ケイザスは質問に答える事無く振り返って後ろを確認した。ジェイクはケイザスが振り返る前に細道に身を隠したので姿を見られずに済んだ。


「何なんだよ?」


 自分を無視するケイザスにアラージャは不機嫌そうな声を出す。ケイザスはしばらく後ろを見ると再び前を向いて小さく息を吐く。


「……いや、背後から視線を感じてな。確認してみたが何ともなかった」

「はあぁ? 別に誰も見てねぇじゃねか。俺達は見た目はごく普通の冒険者なんだぜ? 誰かに怪しまれて見られるような事なんてありえねぇよ」

「油断するな、ほんの些細な事で怪しまれる事だってあり得るんだぞ」

「ヘッ、相変わらず警戒心が強いな。いや、ビビっているって言った方がいいかねぇ?」

「そう言うお前は警戒心が無さすぎる。特殊部隊の人間ならもう少し注意して行動しろ」

「フン、分かってるよ。アンタにそんな事言われなくてもな」


 ケイザスの忠告を簡単に流しながらアラージャは再び歩き出す。ケイザスはそんなアラージャの態度を見て、何も分かっていないと感じながらアラージャの後を追う。

 細道に隠れていたジェイクはケイザスとアラージャが歩き出すと細道から顔を出して二人の後ろ姿を見た。


「……危ねぇ~、もう少しで気付かれるところだったぜ」


 尾行がバレていたかもしれないとジェイクは肝を冷やす。そしてケイザスとアラージャがある程度離れると細道から出て尾行を再開する。


「もう少し距離を取って尾行しないといけないな……それにしても、気付かれるのを警戒して結構距離を取っていたのに、それでも感づかれるなんて、あの隊長さん、結構できるな。それにアイツが言っていた特殊部隊っていうのも気になる……本当に何者なんだ?」


 呟きながらジェイクはケイザスが優れた感覚を持った存在だと改めて警戒する。だが同時に自分達の正体に繋がら単語をうっかりと口にしてしまうと言う抜けたところもあると感じるのだった。

 それからジェイクは今まで以上に距離を取り、警戒しながらケイザスとアラージャの尾行を続けた。


――――――


 バーネストの北東にあるマジックアイテムや魔法の巻物スクロールを扱っている店が並ぶ地区ではマティーリアが新しいポーションを扱っている店の中で訪れている客達を細かく調べていた。マティーリアは昨日ポーションの情報を集める女達がまたやって来ると思い、彼女達を見つける為に店内に入って張り込みをしていたのだ。

 マティーリアは店内の隅に立ち、ジェイクと同じようにボロボロのフード付きマントを身に付けた自分が国王直属の冒険者である事が周囲にバレないようにしていた。ただ、子供ぐらいの身長でフード付きマントで姿を隠すマティーリアの姿に一部の店員や訪れた客は不審者を見る様な視線を向けている。


(……周囲から視線を感じる。クソォ、こんな事ならもって別の格好をして来ればよかったか。正体がバレないようにする為なら別にフード付きマントを使わなくても普通の娘が着る様な服を身に付け、顔は仮面などを付けてくれば隠せばよかったかもしれん……)


 店員や客達の視線を気にしながらマティーリアは心の中で別の格好で来ればよかったと少し後悔する。だが、普通の格好をした少女が祭りとかでもないのに仮面を付けて顔を隠していると逆に怪しまれてしまう。

 どんな格好をしようと周囲の注目を集めてしまう事に変わりはなかったので、それを考えるとフード付きマントを装備して来てよかったかもしれないとマティーリアは感じた。

 マティーリアが店の隅で格好について考え込んでいると店の扉が開き新しい客が入店して来た。扉に付いているベルが鳴る音を聞いたマティーリアは扉の方を向いて入店した客を確認する。

 客は二人組の女で一人は金色の長髪に神官の様な格好をした美女でもう一人はオレンジ色の短髪に軽装姿で青いマントを羽織った女、それはケイザスの仲間であるペティシアとマーニの二人だった。


「ん? あの娘達は……」


 入店して来たペティシアとマーニを見たマティーリアは目を僅かに細くして呟き、マントの下から手を出した。マティーリアの手には昨日ノワールが描いたケイザスと彼の仲間達の似顔絵の写しがあり、マティーリアは周囲に気付かれないように気を付けながら一枚一枚似顔絵を確認していく。そして似顔絵の中にペティシアとマーニの顔が描かれた物を見つけると似顔絵と二人の顔を見比べる。


「やはりな、何処かで見た事のある顔だと思ったら、昨日見た似顔絵の奴等だったか。しかし、またポーションの事を調べに此処に来おったとは、この店で待っておいて正解だったようじゃ……」


 視線の先にいる二人の女がケイザスの仲間である事を確認すると似顔絵をしまい、マティーリアは本人達に気付かれないように注意しながらペティシアとマーニを見張り始めた。

 マティーリアに見張られている事も知らずにペティシアとマーニは店内を歩き、ポーションが並べられている棚の前までやって来て置かれている商品を確認する。二人の目当ては勿論ビフレスト王国が開発した新しいポーションだ。


「え~っと、どのポーションだっけ?」

「ライトグリーンで一番値段の高い物よ」


 新しいポーションを探すマーニにペティシアは色と値段を教え、それを聞いたマーニはポーションを一つずつ調べて行く。しばらくしてマーニはライトグリーンの液体が入った小瓶を見つけ、それを手に取ってペティシアに見せる。


「これで合ってたかな?」

「ええ、そうよ」


 目当てのポーションで間違いないとペティシアは頷き、マーニは持っているポーションに視線を向けた。


「それにしても、新しいポーションが一瓶100ファリンだなんて、少しぼったくりじゃないの? 他のポーションは一番安いので40ファリン、その次が50ファリンとずっと安い値段なのに」


 どうも新しいポーションの値段に納得ができないマーニは複雑そうな表情を浮かべながら小さな声を出す。100ファリンなら一番安いポーションが二本買う事ができ、更におつりまで来るのだからそっちの方が得ではとマーニは感じていた。

 ペティシアはポーションが高いと不満を見せるマーニを見ると彼女と同じように小さな声を出してマーニに語り掛けた。


「新しいポーションは材料が貴重で調合にも手間が掛かるって町の人から聞いているわ。その点を考えてその値段になっているんでしょう?」

「う~ん、手間が掛かるっていうのは分かるけど、流石にこの値段はねぇ……」

「でも値段が高い分、致命傷を負ってもあっという間に治せる回復力があるらしいから、100ファリンでも買うって言う冒険者は大勢いるみたいよ? 隊長もそれぐらい強力なポーションが手に入れるなら100ファリンなんて安いって言ってたし」

「……フゥ、任務達成の為なら100ファリンも安く感じちゃうなんて、少し隊長の金銭感覚を疑っちゃうよ」

「資金は国が用意してくれているから隊長も安心して使っているのよ」


 ペティシアは金の心配をするマーニを見て小さく笑い、マーニはそんなペティシアを見ながらあっそう、と言いたそうな顔で肩を軽く竦めた。

 マティーリアはペティシアとマーニに気付かれないようにさり気なく二人に近づき、彼女達に背を向けながら会話を盗み聞きしている。周りには他の客がいて、どんな商品を買うか、値段が安いなどと色んな事を話しており、普通の人間なら小声で話すペティシアとマーニの会話を聞き取る事はできないが、マティーリアなら問題無く聞き取る事ができた。


(……こ奴等の目的はやはり新しいポーションの情報を集める事じゃったか。ついでに実物を購入してどんな材料を使っているか調べるつもりか? いや、魔法では効力を知る事はできても材料や調合方法までは知る事はできない。となると、あれを自分達の国へ持ち帰り、それを素に自分達も新しいポーションの開発しようとしておるのか?)


 ペティシアとマーニがポーションの情報を聞き出し、実物を手に入れたのは彼女達の国が自分達もビフレスト王国の様に新しいポーションを作る為ではとマティーリアは予想する。だが、マティーリアはすぐにその答えは違うと気付く。


(いや、それも無理じゃな。一流の調合技術を持つあのヴァレリアですら何度も調合を繰り返し、長い時間を掛けてようやくあのライトグリーンのポーションが作り出す事ができたのじゃ。奴等の国にヴァレリアと同等、もしくはそれ以上の調合技術を持つ者がいるとは思えん)


 マティーリアはヴァレリアも苦労して作った新しいポーションと同等の物を材料も調合方法も知らない状態で他国が作り出すのはほぼ不可能だと確信していた。

 この世界では魔法薬を調合するには細かい作業や正確な手順が必要とされており、完璧な魔法薬を調合するには毛先ほどの失敗も許されない。ヴァレリアも調合の仕方を完全を覚えるまでは調合表を見ながらポーションを調合していた。

 

(奴等も情報収集をする密偵であればそれぐらいは理解しておるはずじゃ、しかしそれなら奴等は何の為にポーションの詳しい情報を集めておるのじゃ?)


 ケイザス達は何の為に新しいポーションの情報を集めているのか、マティーリアは俯きながら考える。すると小声で会話をしていたペティシアとマーニが新しいポーションを購入する為に店員の方へ歩いて行く。それに気付いたマティーリアはまた気付かれないようにさり気なく二人に近づいていった。

 店員に近づいたペティシアとマーニは新しいポーションを購入する事を話し、店員の女は笑顔で二人に礼を言う。ポーションの値段を伝えるとペティシアは用意していた100ファリン金貨を渡した。

 支払いが済むとペティシアとマーニは店を後にし、店員は二人に頭を下げながらもう一度礼を言う。ペティシアとマーニが出て行くとマティーリアは二人と話していた店員の方へ歩いて行く。


「これで今日は五本目、やっぱり高くても新しいポーションを手に入れようとする人は結構大勢いるのね」

「おい」


 何処からか声が聞こえ、店員は不思議そうな顔で周囲を見回す。だが自分の方を向いている人や声を掛けたと思われる人はいない。気のせいだと思いながら店員が仕事に戻ろうとすると、目の前で自分を見上げているマティーリアに気付いた。


「うわぁ!」

「失礼な奴じゃな? 人を見ていきなり驚くなんて……」

「ご、ごめんなさい……それで、何か御用かしら?」


 店員は驚いた事を謝ると姿勢を低くし、マティーリアと目線を合わせながら笑顔で尋ねる。マティーリアは国王直属の七つ星冒険者である為、バーネストにいる人間の殆どが知っていた。だが、フード付きマントで顔を隠しているので店員は目の前にいるのがただの子供だと思っているようだ。

 子供に対応する様な店員の態度のマティーリアはカチンと来たが、今はそんな事を気にしている時ではないので気持ちを抑えて話を続ける。


「先程二人組の女から金貨を受け取ったのぉ?」

「え? ええ、受け取ったけど……」

「それをちょっと見せてくれ」

「え?」


 突然金貨を見せてほしいと言うマティーリアに店員は目を丸くする。いきなり子供が金貨を見せてほしいと言ってくれば驚くのは当然だった。

 店員はしばらく呆然としていたが、すぐに我に返り、苦笑いを浮かべる。


「あのね、お嬢ちゃん? この金貨はお店のお金だからお嬢ちゃんにあげる訳にはいかないのよ?」

「別でその金貨をくれとは言っておらん。少しだけ見せてほしいだけじゃ」

「だから、これはお店のお金だから、いくら子供でも勝手に渡す訳には……」


 なかなか金貨を渡そうとしない店員にマティーリアは徐々にイライラして来る。しかし、店員の反応は当然と言える為、文句をに言う事はできず、マティーリアは黙って店員を見つめていた。

 しかしこのままではいつまで経っても先へ進めないのでマティーリアは金貨を渡してもらう為に行動に移る。今まで顔を隠していたフードを下ろしてマティーリアは店員に自分の顔を見せた。銀色の長い髪に左目に付けた緑の眼帯、頭からを生えている二本の黒い角、店員は何処かで見た事のある顔をまばたきをしながら見ている。

 しばらくすると店員はゆっくりと目を見開き、その顔に驚きの表情が浮かび上がる。


「マ、マティーリア様!?」


 マティーリアの正体に気付いた店員は思わず声を上げる。店員の声を聞いて他の店員や店内にいる客達は一斉にマティーリアと店員の方を向く。

 国王直属の七つ星冒険者の一人が目の前にいる事に店員は驚きを隠せずに戸惑う。同時に正体を知らなかったとはいえ、マティーリアを子供扱いしてしまった事を深く後悔しだす。


「し、失礼しました! まさか国王陛下直属の冒険者様とは思っておらず……その、子供扱いしてしまって……」


 頭を下げて平謝りする店員をマティーリアは呆れた様な顔で見つめる。他の店員や客達は七つ星冒険者が目の前にいる事に驚き小声でざわついていた。


「ハァ、もういい。それよりもお主が持っている金貨を貸してくれ」

「き、金貨ですか?」

「妾は今、若ど……ダーク陛下の命を受けて先程の二人組の女どもを調べておる。その為にあ奴等が持っていたその金貨が必要なのじゃ」

「ハ、ハイ! どうぞ」


 先程とは手の平を返したように態度を変えて店員は持っている金貨をマティーリアに手渡す。国王直属の冒険者に頼まれ、しかもその冒険者を子供扱いするという無礼な事をしてしまったのだ。断るなんて絶対にできない状況だった。

 金貨を受け取るとマティーリアは店内を見回し、奥に扉があるのを見つけると再び店員の方を向いて奥の扉を指差した。


「あの扉の向こうは物置か何かか?」

「い、いえ、私達が休憩する部屋です。今は誰もおりませんが……」

「そうか……悪いがあそこの部屋を少し借りる。それと妾が出て来るまで誰も部屋に入れないようにしてくれ」

「ハ、ハイ、分かりました!」


 店員の許可を得るとマティーリアは金貨を持って奥の部屋へと入って行く。マティーリアが部屋に入った後、店員の女はその場で膝を付く。他の店員や客達は膝を付く店員やマティーリアが入った部屋の扉を目を丸くしながら見ていた。

 部屋に入ったマティーリアは休憩室を見回し、近くにある木製の机に近づいて店員から受け取った金貨を机の上に置く。金貨を置いた後、マントの下から丸めた羊皮紙を一つ取り出して金貨の隣に置いた。


「さて、時間も無い事だし、始めるかのぉ」


 小さく息を吐いてからマティーリアは羊皮紙を机の上に広げる。そこには魔法陣と小さな文字が細かく書かれてあった。

 広げられた羊皮紙は探索者の巻物、嘗てダークがアリシアの上官であって神官騎士のリーザを殺した犯人を見つける為に使ったLMFのマジックアイテムだ。この探索者の巻物を使う事こそがダークが言っていた取り調べよりも効率よくケイザス達の情報を手に入れる方法でアイテムを見せられた時、マティーリア達はアイテムの事を思い出して納得の反応を見せた。

 マティーリアは金貨を探索者の巻物の上に置くとダークに教えてもらったとおりに使う。すると魔法陣と上に乗っている金貨が水色に光り出し、それと同時にマティーリアの頭の中に持ち主の名前と所属している組織名が浮かび上がる。


「……成る程、これが奴の名前か」


 金貨の持ち主の名前を知ったマティーリアは低い声で呟く。その直後、探索者の巻物は燃えて消滅し、机の上には金貨だけが残った。


「……ペティシア、デカンテス帝国皇族直属特殊任務隊ファゾムの隊員。若殿の読みどおり帝国の人間じゃったか」


 マティーリアは探索者の巻物で得た女の名前と所属している組織名を口にしながら机の上の金貨を手に取ってジッと見つめる。


「帝国の皇族どもめ、特殊部隊を使ってこの国やポーションの情報を得ようとするとは……大方、大陸最大である帝国の人間が建国されたばかりの小国に足を踏み入れて情報を集める事を恥だと思って密偵として送り込んだのじゃろう」


 デカンテス帝国の皇族が特殊部隊を密偵として送り込んだ理由を想像しながらマティーリアは呆れた様な表情を浮かべる。同時に他国に平気で密偵を送り込む皇族の考えを不愉快に思った。


「まったく、戦争でもないのに密偵を送り込んで来るとは、バレたら戦争になるかもしれないと考えておらんのか。それとも戦争になったとしても自分達なら勝てるから問題無いと思ってやっておるのか……まぁ、今そんな事どうでもよいな。とりあえず敵の正体が分かった事を若殿に知らせなくては……」


 ダークに手に入れた敵の情報を伝える事が先だと自分に言い聞かせたマティーリアは金貨を握ると机に背を向けて休憩室の出入口の方へ歩いて行った。

 扉を開けると外では扉の近くで店員の女がそわそわしながら立っており、近くには別の店員達も集まっている。マティーリアが部屋から出て来た事に気付くと店員達は驚きの反応を見せながら姿勢を正した。


「マ、マティーリア様」

「協力感謝する。ほら、返すぞ?」


 マティーリアは借りた金貨を指で弾き、店員の女に渡す。店員は飛んで来た金貨を慌てて受け取り、店の出口の方へ歩いて行くマティーリアを見つめる。


「あ、あのぉ、奥で一体何をされていたのですか? それに、貴女が調べていたあの二人の女性は……」


 店員は状況が理解できず、マティーリアにペティシアとマーニの事について尋ねる。するとマティーリアは足を止めてゆっくりと店員の方を向き、鋭い視線を向けた。

 マティーリアの視線に店員達は驚き息を飲む。そんな店員達を見つめながらマティーリアはゆっくりと口を開く。


「それは聞かん方がよいぞ? 今後のお前達の生活に関わってくるかもしれんからのぉ」

「そ、そうなんですか?」

「ウム……ああぁそれと、妾があの二人の女を調べていた事は他言無用じゃ。誰にも話してはならんぞ、特にその女達にはな」

「ハ、ハイ!」


 店員は驚きのあまり高い声で返事をする。マティーリアの最後の忠告を聞いた時に一瞬殺意のようなものを感じ取り、全身に寒気が走った。他の店員達も同じように寒気を感じ取り固まってマティーリアを見ている。

 忠告し終わるとマティーリアはフードで顔を隠して店を後にする。店員達はマティーリアに失礼な態度を取ってしまった事と彼女の鋭い眼光にかなり緊張していたらしく、マティーリアが店から出て途端に緊張が解けて一斉にその場に座り込む。店内にいる他の客達は店員達を見て呆然としていた。


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