第百五十四話 強化されるバーネスト
ビフレスト王国の首都バーネストでは大勢の人がいつもの様に平和に暮らしていた。街道には大勢の住民や冒険者、そして町を警備する騎士達の姿があり、その中にはエルフやリザードマンなどの亜人の姿もある。人間達は亜人が街道を歩く姿を見ても驚いたり不満そうな顔をは一切見せず、普通に挨拶などをして接していた。
入隊試験が終わった後、セルメティア王国やエルギス教国から多くの人間や亜人が移住して来てビフレスト王国の人口は少しずつではあるが増えていき、首都バーネストや他の町は以前と比べてかなり賑やかになっている。
だがその分、国民の管理も大変になり、国王であるダークは膨大な仕事量に目を回すようになっていた。アリシア達はそんな仕事に追われるダークが少しでも楽ができるように全力でサポートする。
バーネストの王城の一室にダーク、アリシア、ノワールの姿があった。部屋は十二畳ほどの広さで部屋の真ん中に四角い大きめのテーブルが置かれ、その周りに四人の白銀騎士が囲む様に座っている。そして、テーブルの上には四体のモニターレディバグが乗っており、背中から何処かの風景を立体映像の様に映し出していた。
白銀騎士達はモニターレディバグが映し出している映像を見ると手元にある羊皮紙に何かを細かく書いていく。モニターレディバグが映し出している映像はしばらくすると別の映像に変わり、白銀騎士は新しく映し出された映像を黙って見つめる。
「今のところは何も問題は無いようだな?」
「ハイ、住民達は静かに生活をしているようです」
部屋の様子を見ていたダークは隣に立っている中年の騎士に声を掛け、騎士はダークと同じように部屋の様子を見ながら質問に答える。アリシアとダークの肩に乗っているノワールも部屋の様子を黙って見ていた。
ダーク達がいる部屋はバーネストで何か問題が起きていないか調べる為の監視室の様な部屋だ。バーネストの至る所に監視用モンスターであるウォッチホーネットが飛び回り、バーネストの映像をモニターレディバグを通して部屋にいる白銀騎士達に見せていた。
白銀騎士達はその映像を見て何か異常が無いかを確認し、異常があればそれを羊皮紙に書いて記録するようにしている。ダークと会話をしていた中年の騎士はその監視室を管理を任されている者だ。
初めてウォッチホーネットとモニターレディバグの能力を見た騎士は驚きのあまり混乱していたが、今ではすっかり慣れて監視室の管理をするようになり、首都で何か異常が起きればダークに報告するようにしていた。
「もし何か問題が起きたら私かアリシアの報告しろ。状況によっては青銅騎士達を送り込んで対処させる」
「承知しました」
騎士は返事をしながら軽く頭を下げ、それを見たダークは静かに監視室を後にする。アリシアももう一度監視室の様子を確認してからダークの後をついて行くように監視室から出て行った。
監視室を出たダークとアリシアは静かな廊下の真ん中を歩いて行く。廊下の窓からは日が差し込み、歩いている二人を照らした。
「しかし、貴方もとんでもない物を作ったな? 首都の様子を城の中から確認できるような場所を作ってしまうなんて……」
アリシアはダークの隣を歩きながら少し驚いた様子で先程の監視室の事を話し出た。ダークは歩きながらアリシアの方を向いて小さく笑う。
「折角監視用のモンスターを召喚するサモンピースを持っているのだからな、城から首都の現状を知る事ができる場所を作った方がいいと思っただけだ」
「それに監視室があれば町の治安を守るだけでなく、色々な事に役立ちますからね」
ダークと笑顔で話すノワールを見てアリシアは歩いたまま目を細くして苦笑いを浮かべる。そしてダークから監視室を作るという話を聞いた時の事を思い出す。
異世界には監視カメラは勿論、監視室と言う物も存在しないので最初にダークが監視室を作ると聞いた時、アリシアや一緒にいたレジーナ達は訳が分からずにまばたきをしていた。ダークはアリシア達に説明しようとしたが説明するよりも見た方が早いと伝え、LMFのマジックアイテムを使って監視室を作成し、サモンピースで大量にウォッチホーネットとモニターレディバグを召喚して監視室に配置した。そしてウォッチホーネットが見た首都の様子をモニターレディバグで見せてから分かりやすく監視室が何なのかを説明する。
説明を聞いたアリシア達はウォッチホーネットモニターレディバグを使った監視室の仕組みに驚く。ウォッチホーネットとモニターレディバグについては以前にも見た事があったので驚かなかったが、離れた場所の情報を瞬時に知る技術がある事にはかなり驚いていたようだ。
「……確かにあの監視室ができた事で首都の中で問題が起きてもすぐに対処できるようになった。他国から移住して来る人が増えて色々と騒ぎが多くなっている今ではとても役に立つ。だが、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
何かを心配するアリシアにダークが不思議そうな口調で尋ねる。するとアリシアはゆっくりと立ち止まり、ダークもアリシアにつられる様に足を止めて彼女の方を向く。
「離れた場所の情報や映像を瞬時に得る技術なんてこの世界には存在しない。もしこの事が同盟国以外の国の人間にバレてしまったらその技術を手に入れようとその国が何かを仕掛けて来るかもしれないぞ?」
セルメティア王国やエルギス教国の様に同盟を結んでいない国がビフレスト王国にしか存在しない技術などを奪いに来るかもしれない、アリシアは他国に情報が洩れて何か事件が起きるのでないかという事を心配していたのだ。
僅かに不安そうな顔をするアリシアを見たダークはアリシアに近づいて肩にポンと手を乗せる。アリシアは自分の肩に乗った手を見ると少し意外そうな顔でダークを見上げた。
「今更そんな事を心配する必要は無い。既にこの国がモンスターを支配下に置いている事や周辺国家が作れないような強力なポーションの開発に成功しているなんて情報は周辺国家に広がっているんだ。遠くの情報を得られる技術を持っているなんて事がバレても大した事はない」
「そ、そうなのか?」
不安を一切見せないダークを見てアリシアは少し複雑そうな表情を浮かべる。
「それにそう言う問題が起きてもすぐに対処できるようにする為にあの監視室を作ってウォッチホーネット達を町に放ったんだ。だからそんなに深刻に考えるな、もっと気楽に行け」
「……無茶を言うな」
ダークの言葉で先程まで不安そうな表情を浮かべていたアリシアは苦笑いを浮かべ、そんなアリシアを見てダークの肩に乗るノワールは小さく笑う。
これまでダークは何度も同じような状況に立たされていたがそれを全て乗り越え、自分もそれを見て来た。だから自信に満ちたダークの言葉を聞くとまた何か問題が起きても必ず乗り越えるだろうと感じて不思議と不安が消えてしまうのだ。
アリシアは小さく息を吐いた後、軽く自分の頬を叩いて気合を入れ直す。そんなアリシアを見てダークはアリシアの肩から手を退かした。
「分かった、貴方がそう言うのなら私も小さい事は気にせず、肩の力を抜いてやっていこう」
「その意気だ」
気持ちを切り替えたアリシアを見てダークは小さく笑い、ノワールもうんうんと小さく頷いた。
「……そうだ、君には先に伝えておいた方がいいかもしれないな」
監視室の話が終わるとダークは何かを思い出して腰のポーチに手を入れる。アリシアはポーチから何かを取り出そうとするダークを見て不思議そうな顔を見せた。
アリシアが見ている中、ダークはポーチからゆっくりと手を抜いて何かを取り出す。ダークの手の中には手の平サイズでオレンジ色の四角い水晶があった。見た目は色と大きさの違うメッセージクリスタルの様な物で始めて見るアイテムにアリシアは思わずまばたきをする。
「ダーク、その水晶は?」
「コイツはヴァレリアが新しく開発したメッセージクリスタルの試作品だ」
「えっ!?」
水晶が何なのかを聞いたアリシアは思わず声を上げる。そのアリシアの声に驚いてノワールは目を見開いた。
「メ、メッセージクリスタルの試作品って、それじゃあこれはこの世界で作られた物なのか?」
「ああ、一週間くらい前に作らせた物だ。遠くにいる人間と会話ができるマジックアイテムだとヴァレリアに話したら、興奮しながら調合方法と材料を教えてくれ、と頼んで来たよ」
「ま、まぁ、この世界には存在しないマジックアイテムが目の前にあるのだから、ヴァレリア殿なら作りたいと思うのは当然だな」
興奮した時のヴァレリアの顔を想像し、アリシアは再び苦笑いを浮かべる。ノワールもアリシアの話を聞いて同じように苦笑いを浮かべていた。
「それで調合方法と材料を教えてヴァレリア殿に作らせたのがそれなのか?」
表情を戻してアリシアはダークの手の中にあるメッセージクリスタルの試作品を指差して尋ねる。するとダークはメッセージクリスタルの試作品を見ながら軽く首を横に振った。
「いや、これはこちらの世界で手に入る材料を使って作らせた物だ」
「こちらの世界の材料で?」
「ああ、最初は私が持っていたLMFの材料を渡して作らせた。結果、メッセージクリスタルは何の問題も無く作る事ができたのだが、LMFの材料で作っては何の意味もない」
ダークは持っているメッセージクリスタルの試作品を見つめながら低い声で話し、アリシアはダークの話を黙って聞いている。
「あくまでもこの世界に存在する材料でオリジナルのメッセージクリスタルと同等の効力を持つアイテムを作ってもらいたいと私は思っているんだ」
「マスターの持つ材料には限りがありますからね。LMFの材料で作ってばかりいるといつか材料は無くなってしまいます。何かあった時の為にLMFの材料はできるだけ残しておきたいんです」
肩に乗るノワールがダークの後を引き継ぐ様に説明し、それを聞いたアリシアは納得の表情を浮かべた。
ダークが所有しているLMFの調合材料はそれほど多くなく、材料が存在しない異世界では非常に貴重な物だ。だからダークはヴァレリアに新しくマジックアイテムを練習で作らせる時や自分が持っているマジックアイテムの数が無くなった時以外は材料を使いたくないと思っている。貴重な材料を減らさない為にもダークはこの世界で手に入る材料でLMFのマジックアイテムを調合できるようにしようと思っていた。
「一度LMFの材料で作った後、ヴァレリアさんにこの世界の材料を使って作ってもらいました。しかし、この世界の材料ではやはりオリジナルよりも劣る物しか作れず、これはその作った物の中で一番まともなアイテムなんです」
「ああ、オリジナルは使用者と相手がどれだけ離れていても普通に会話する事ができるが、この試作品はある一定の距離内にいる者としか会話はできない」
「一定の距離って、どの位なんだ?」
アリシアが試作品の効果範囲について尋ねるとダークは肩に乗っているノワールの方を向いた。
「確かこの首都と同じ位の広さまでなら普通に会話ができるのだったか?」
「ハイ、ヴァレリアさんはそう言っていました」
「この首都と同じ広さ……試作品でそれほどとは、やはりヴァレリア殿は凄いな」
調合を始めてから僅か一週間ほど凄いマジックアイテムを作ってしまったヴァレリアにアリシアは驚く。ダークとノワールもオリジナルより劣るとはいえ、そんな凄いアイテムを作ったヴァレリアに感心していた。
「ところでダーク、貴方はどうしてメッセージクリスタルをヴァレリア殿に作る事を依頼したんだ?」
アリシアはそもそもなぜメッセージクリスタルを作らせたのか理由をダークに尋ねる。するとダークは持っているメッセージクリスタルの試作品を手の中でポンポンと上に向かって軽く飛ばす。
「理由は二つある。一つはポーション以外にこの国の資金源にする為だ。ポーションだけでは得られる資金も少なく、時が経てば他の国でも新しいポーションが開発されてポーションで取引ができなくなる可能性もある。だから今の内のもう一つ資金源になるマジックアイテムを用意しておこうとヴァレリアに作らせているんだ」
「成る程、政治的な理由で作っていたのか」
「二つ目は軍事的に利用する為だ」
「軍事的に?」
「離れた所にいる仲間とすぐに連絡が取れれば戦いを有利に進める事ができるだろう? こっちの世界でもそう言った戦いができる様にする為に作らせている」
「こっちの世界でも……では、LMFではそう言った戦い方が普通に行われていたのか?」
「ああ、向こうでは連携が上手く取れないと勝つのが難しいからな」
ダークは低い声で答えながら上に上げているメッセージクリスタルの試作品をキャッチする。
LMFではギルド同士が対戦する時や敵ギルトの拠点に攻め込む時は仲間のプレイヤー達と連絡を取り、どう攻めるか、どう戦うかを確認し合うのが基本的な戦い方だった。上手く連携が取れないギルドはあっという間に倒され、連携が上手く取れるギルドの格好の得物となってしまう。だから各ギルドでは戦いの前にどの様に連絡、連携を取って戦うか予め相談しておくのだ。
他にも連絡を取り合て敵と戦うという点は現実の世界の戦争と同じな為、本当の戦いの様なスリルを楽しむという理由から細かく相談して作戦を練るギルドも多かった。
「それで、メッセージクリスタルが完成するまであとどれ位かかるんだ?」
「ヴァレリアの話では新しい材料を試したり、別の調合方法などを見つける必要があるらしいからな。最低でも一ヶ月は掛かるそうだ」
「そうか、いくらヴァレリア殿でも全く新しいアイテムを作るのだからそれぐらいは掛かるか」
完全なメッセージクリスタルが完成するまでの時間を聞き、アリシアは腕を組みながら難しい顔をする。いくら天才的な魔法薬、マジックアイテム調合の技術を持つヴァレリアでも今まで作った事の無い物を作るのだから仕方がない事だ。
メッセージクリスタルをヴァレリアに作らせた理由、完成までに掛かる時間についての話が終わるとダーク達はメッセージクリスタルが完成した後、最初にどこに回すか、どれくらいの値段で同盟国と取引するかなど廊下の真ん中で話し始める。するとそこに一人の騎士が駆け寄って来た。三十代前半ぐらいでビフレスト王国の紋章が描かれた銀色の鎧と騎士剣を装備した騎士だ。
ダーク達は駆け寄って来る騎士に気付くと話を中断して騎士の方を向く。騎士はダーク達の前までやって来ると小さく息を吐いてからダークに視線を向けた。
「陛下、こちらにいらっしゃいましたか」
「お前は確か、ジールージだったか?」
「ハイ、バーネスト南門守備隊所属、カランダス・ジールージであります!」
アリシアに名を訊かれ、騎士は力の入った声で名乗る。
彼は入隊試験の二次試験でレジーナが担当していた入隊希望者の一人だった元冒険者の男だ。試験に合格してビフレスト王国軍に入隊した彼はバーネストの南門の守備隊に配属され、南門の護りとバーネストを訪れる者達の検問を任された。
入隊試験の後、レジーナからカランダスの事を聞いていたダーク達はカランダスは騎士として優秀な存在になりそうだと期待していたので名前を憶えていたのだ。
「それで、一体どうしたのだ?」
ダークがカランダスに自分のところに来た理由を尋ねるとカランダスは真剣な表情で姿勢を正した。
「ハッ! 実は三十分ほど前に南門から妙な一団が首都に入りました」
「妙な一団?」
カランダスの報告を聞き、ダークは低い声を出す。この時ダークはそんな事でいちいち自分の報告に来たのかと僅かに機嫌を悪くした。ノワールとアリシアも同じ気持ちなのか目を細くしながらカランダスを見ている。
「お前な、そんな事を知らせる為に城まで来たのか?」
ダークが言いたい事を代弁する様にアリシアはカランダスに尋ねる。カランダスはアリシアの表情と声から彼女が機嫌を悪くしていると感じ取ったのか一瞬動揺した反応を見せる。
「いや、その……ドルジャス殿が念の為に陛下と軍団長殿に報告した方がいいと言いましたので……」
「ドルジャスが?」
カランダスの口から出た名を聞いてダークは聞き返す。アリシアとノワールも名を聞いて意外そうな表情を見せた。
ドルジャスも入隊試験で合格し、ビフレスト王国軍に入隊した後にカランダスと同じ南門守備隊に回された。ドルジャスはその実力とダークから与えられた魔法武器を所持している事から南門守備隊でも他の騎士よりも少し高い地位が与えられている。
更に南門を通る者達の殆どがエルギス教国から来る者達なのでエルギス教国出身であるドルジャスなら怪しい者が通過すればすぐに気付いてくれるとダークは思っていたのだ。
ダークは妙な一団の件について小さく俯きながら考え込む。ドルジャスがわざわざ国王である自分の報告しろとまで言うのだから何かあると感じていたのだ。
「……その話、もっと詳しく話せ」
「ハ、ハイ」
カランダスはダーク達に南門を通過した妙な一団について説明を始め、ダーク達はカランダスの話を黙って聞いた。
――――――
遡る事三十分、バーネストの南門の外では大勢の人間や亜人が首都であるバーネストに入る為に長い列を作っている。並んでいる者達は買い物、仕事探し、ビフレスト王国への移住の手続きなど色んな理由でバーネストを訪れて来ているが、その中でも一番多いのは買い物だった。他の国では手に入らないような優れたアイテムや装備品を手に入れる為にバーネストにやって来たのだ。
南門や城壁の上にある見張り台では大勢の青銅騎士がバーネストの外を見張っており、その中に青銅騎士達を指揮する騎士や女騎士が数人立っている。彼等も入隊試験で合格した者達だ。そして南門の前や検問する為の小部屋の中にも青銅騎士、そして指揮する騎士の姿があった。
「よし、首都に入る事を許可する。行っていいぞ」
「ありがとうございます」
若い騎士が許可を出すと老人は荷物を持って歩き出す。老人が行くと騎士はすぐに次の者を呼び、小部屋に入れて荷物のチェックや質問を始めた。
老人が門を通過する姿を一体のモンスターが門の天井に張り付きながら見下ろしていた。中型犬くらいの大きさで薄紫の体をした蜘蛛のモンスターだ。
蜘蛛型モンスターの名はサーチスパイダー、ウォッチホーネットやモニターレディバグと同じダークが召喚した監視用モンスターだ。サーチスパイダーはウォッチホーネットと違って行動範囲が狭く、移動速度も遅い。その代わり、その目で見た者の名前とレベルを知る事ができるのでLMFではある意味でウォッチホーネットよりも使いやすいと言われている。
サーチスパイダーが見た者の姿は検問用の小部屋の隣にある監視用の小部屋にいるモニターレディバグが映し出し、門を通過する者の名前が偽りでないかを確認しているのだ。勿論、北門にも同じようにサーチスパイダーが配備されている。
「よし、行っていいぞ」
問題は無いと判断した騎士が許可を出すと通行人は頭を下げてから小部屋を出てバーネストに入って行く。小部屋の隅では検問の様子を一人のリザードマンが見ている。それはビフレスト王国軍の騎士となったドルジャスでビフレスト王国の紋章が描かれた銀色の鎧を身に付けており、腰にはダークから貰ったサンダーブレードが収められていた。
「怪しい者は今のところいないようだな」
「ハイ、首都に来る人達の殆どが買い物やこの国の移住手続きが目的で来たようです」
ドルジャスの質問に近くにいた若い女騎士が手元の羊皮紙を見ながら答える。小部屋の中には他にも若い男の騎士が二人と青銅騎士が二人待機していた。
騎士達はドルジャスよりも地位が低い存在だが、二人とも亜人であるドルジャスの下に就く事を不満には思っていない様子だった。ビフレスト王国は人間と亜人が共存する国家で実力や実績がある者は種族に関係なくそれなりの地位を与えられる。ビフレスト王国の国民達はそれを知って移住しているので亜人の下で働く事になっても一切文句は言わなかった。
「だが油断するなよ? 冒険者や商人の姿をしているから大丈夫とは限らない。怪しい奴がいたらしっかりとチェックして首都に入れるかを確かめるんだ」
「分かりました」
ドルジャスの忠告に女騎士は真剣な表情で返事をする。若い男の騎士達もドルジャスの方を見て無言で頷く。青銅騎士達は感情を持たない為、ドルジャスの忠告を聞いても無反応だった。
ドルジャス達が話をしていると扉が開いて二人の男が小部屋に入って来た。二人の内、一人は古いフード付きのマントを着て顔を隠しており、手には鞘に納められた立派な剣と盾が握られている。もう一人は安っぽい服を着て帽子を深く被った男で二人の姿を見たドルジャス達はフッと反応した。
フードの男は小部屋の真ん中にある小さな机の上に持っている剣と盾を置くと椅子に座ってフードを下ろして顔を見せる。フードの下から出て来たのか帝国の特殊作戦部隊ファゾムの隊長であるケイザスだった。
もう一人の男も被っている帽子を取って素顔をドルジャス達に見せる。帽子の下からは満面の笑みを浮かべたファゾムの隊員であるブライアンが顔を出した。
女騎士は椅子に座るケイザスとその隣に立っているブライアンを見ると向かいにある椅子に座ると彼等の持ち物を確認して羊皮紙に記していく。持ち物の確認が終わると女騎士は目の前にいるケイザスの顔を見つめながら質問を始める。
「ではまず、名前と出身国、このバーネストに来た理由を教えてください」
「ハイ、私はケージンと言うエルギス教国で二つ星冒険者をやっている者でこの町に用がある商人の護衛としております。こちらがその商人のアルさんです」
「アルと申します。エルギス教国でしがない商人をやっております」
ケイザスとブライアンは偽名を名乗り、エルギス教国の冒険者と商人であると嘘を女騎士に伝える。女騎士は手元の羊皮紙に二人の名前やバーネストに来た理由を書いていった。
女騎士はケイザスとブライアンが帝国の特殊部隊の人間である事を知らず、ただの冒険者と商人にしか思ていない。だから二人の名前が偽名である事も気付かなかった。
他の騎士達も女騎士と同じように考えており、黙って見守っている。だが、ドルジャスは目を鋭くしながらケージン、アルと名乗る二人を見つめていた。
「この町にはどのくらいの期間、滞在するつもりなのですか?」
「二三日を予定しております。この町でポーションや使えそうな日用品を購入してから再びケージンさん達の護衛を受けてエルギスへ戻ろうと思っております」
ブライアンは商人アルを演じて自分達が町にいる期間を伝える。女騎士はその事も羊皮紙に細かく書いた。
女騎士が羊皮紙に記録している間、ドルジャスは窓から外を覗く。外には仲間と思われる数人の冒険者らしき人物の姿があった。その全員がフード付きマントで顔を隠し、手には高級感のある武器を持っていた。その姿を見たドルジャスは更に目を鋭くする。
それから女騎士は簡単な質問をケイザスとブライアンにし、二人は女騎士の質問に答える。そして質問が終わると女騎士は羊皮紙を丸めて席を立った。
「……以上で質問は終わりです。問題ありませんので首都へ入る事を許可します」
「ありがとうございます」
ケイザスを席を立つと頭を下げて礼を言い、ブライアンも同じように頭を下げた。二人は自分達の荷物を持って外に出ようとする。
「それにしても、随分立派な武器をお持ちなのですね?」
扉を開けようとするケイザスにドルジャスが突然声を掛け、ケイザスは足を止めてドルジャスの方を向いた。
「ええ、父から譲り受けた物なのです」
武器の事を尋ねてきたドルジャスにケイザスは笑いながら話す。そんなケイザスをドルジャスは目を細くしながら見つめる。
「あの、もう行ってもよろしいですか?」
「……ええ、どうぞ」
ドルジャスが頷くとケイザスとブライアンは扉を開けて外に出る。ドルジャスは窓から外に出たケイザスとブライアンがフード付きマントを装備した仲間達を連れてバーネストへ入って行くのを腕を組みながら見ていた。
ケイザス達が見えなくなるとドルジャズは奥にある扉の方へ歩いて行き、隣にある監視室へと入る。騎士達は黙って監視室へ入るドルジャスを不思議そうな顔で見ていた。
監視室の中では30cmぐらいの小さな青い肌の悪魔族モンスターが一体、小さな机の上に乗りながらモニターレディバグが映し出す映像を見ていた。部屋の隅にはカランダスが両手を後ろの回しながら待機している。
ドルジャスは監視室に入るとモニターレディバグの映像を見ている青い悪魔族モンスターに近づき、一緒にモニターレディバグの映像に見た。
「今門を通った連中の名前、確認したか?」
「ハイ、シッカリ記憶シマシタ」
悪魔族モンスターはモニターレディバグの映像を見ながらドルジャスの質問に答える。
机に乗っている悪魔族モンスターはダークがサモンピースで召喚した理性を持つ賢いモンスターだ。異世界で自我や理性を持つモンスターを召喚するにはナイト以上のサモンピースを使わないといけない。だが、ルーク以下のサモンピースでも稀に自我と理性を持ったモンスターが召喚される事がある。彼はその稀に召喚されるモンスターの一体でダークは悪魔族モンスターに門の監視室でモニターレディバグの映像を確認する仕事を与えた。
なぜ騎士ではなく理性を持つ悪魔族モンスターにモニターレディバグの映像を確認させたのか、理由はモニターレディバグの映像に映し出される者の名前が日本語で映し出されるからだ。異世界とダークが元いた世界とでは文字が全く違う為、異世界の人間には読む事ができない。だがLMFのマジックアイテムで召喚されたモンスターなら日本語を読む事ができるのでダークはモンスターに映像の確認を任せたのだ。
「さっきのアルとか言う商人と護衛のケージンとか言う冒険者、名前は合っているか?」
ドルジャスが悪魔族モンスターに尋ねると悪魔族モンスターはドルジャスの方を向いて黄色い目を細くした。
「イイエ、違イマス。商人ノ名ハブライアン、冒険者ノ方ハケイザスト言ウ名前デシタ。シカモコノ二人、ソシテ仲間ノ冒険者達、全員ガレベル40代デス」
「レベル40代、二つ星冒険者でそんなレベルはあり得ないぞ」
悪魔族モンスターの話を聞き、ドルジャスは低い声を出しながら表情を鋭くした。
実はドルジャスは女騎士がケイザスに質問をしている時にケイザスとブライアンに対して違和感を抱いていた。二つ星冒険者にしては高価な武器を装備しており、商人と言う割には荷物を運ぶ荷車などは無く、持っている荷物が少なすぎる。そして冒険者を名乗るケイザスとその仲間全員がフード付きマントで顔を隠していた。普通の冒険者や商人がそんな行動を取るのはおかしいと感じたドルジャスは彼等が正体を隠す為に偽名を名乗っているのではと考え、確かめる為に監視室で確認したのだ。結果、ドルジャスの読みは当たった。
「偽名ヲ名乗リ、正体ヲ隠ス一団、何者ナノデショウカ?」
「分からん……クソッ、こんな事ならもっと念入りに調べるんだった」
ドルジャスは最低限の事しか確認しなかった事を悔しがり歯を噛みしめる。悪魔族モンスターや部屋の隅にいるカランダスはそんなドルジャスを黙って見ていた。
今からケイザス達を追いかけて捕まえようにも既に彼等は遠くに行っているだろう。何よりも身分を隠して町に入る様な連中は正体が気付かれる事を警戒し、門を通過すれば急いでその場を離れて姿を変えるはずだ。今更追いかけてもケイザス達を見つけるのは難しい。ドルジャスは俯いてどうするか考える。
しばらくするとドルジャスは顔を上げて控えているカランダスの方を向いた。
「おい、急いでこの事をダーク陛下とアリシア軍団長に伝えて来い」
「え、陛下と総軍団長にですか?」
「ああ、もし奴等が他国から送り込まれた暗殺者の様な危険な存在だったらこのままにしておく訳にはいかない。すぐに陛下に知らせて奴等を捜索する為の部隊を出してもらうよう要請するんだ」
「わ、分かりました」
カランダスはドルジャスの指示を聞き、慌てて監視室を出て行く。ドルジャスはカランダスが出て行くと再びモニターレディバグが映し出す映像を見つめる。
「奴等、一体どこの国の者なんだ……」
ケイザス達の正体が分からないドルジャスが拳を強く握りながら低い声を出した。