第百五十三話 特殊部隊ファゾム
皇城にあるカルディヌの部屋、壁には絵画が掛けられており、部屋の隅には本棚やカルディヌの物と思われる騎士剣が飾られてある。帝国の皇女、それも一つの騎士隊の隊長を務める者に相応しい雰囲気の部屋だった。
カルディヌは自分の机に座って羊皮紙に何かを書いている。カーシャルドとの話し合いの後、カルディヌはファゾムに出す指令書を書く為に自室に移動し、今その指令書を書いている最中だ。カルディヌの机の前には来客用のテーブルとソファーが置かれており、そのソファーの一つにゼルバムが足を組みながら座っていた。
「しかし、兄上は本当に根性の無い人だ。あんな小国との関係が悪化する事を恐れて密偵を送るのを反対するとは、皇族の恥さらしだな」
ソファーにもたれながらゼルバムは先程の話し合いでバナンが見せた反応を思い出して小馬鹿にする。帝国至上主義のゼルバムにとって他国との関係が悪くなる事を心配するバナンは皇族として情けなく見えたのだ。
「そのような言い方はよくないと思いますよ? ゼルバム兄様」
ゼルバムの言葉を聞き、カルディヌは羊皮紙の上で羽ペンを走らせながら声を掛ける。それを聞いたゼルバムは目を細くしながらカルディヌの方を向いた。
「何だカルディヌ、お前はそうは思わないのか?」
「確かにバナン兄様の考え方はデカンテス帝国の名に傷を付ける行為かもしれません。ですが、あの人が帝国の事を考えていらっしゃるのも確かです」
「帝国の事を考えている? それが帝国よりも小さな国に対して腰を低くするって事なのか? くだらない、俺には理解できんな」
ゼルバムはバナンの考え方が理解できず、組んでいた足を前にあるテーブルの上に乗せながら呆れた様な口調で話す。カルディヌはそんなゼルバムの姿をチラッと見ると何事も無かったかのように羽ペンを走らせ続けた。
やがて羊皮紙に指令を書き終えたカルディヌは羽ペンをインク瓶に刺し、指令書の内容を確認する。書き間違いなどが無いのを確認するとカルディヌは指令書を丸めた。
「書けたのか?」
「ええ、あとはこれを隊長に渡すだけです」
「そうか、まぁファゾムなら簡単にビフレストの情報を持ち帰って来てくれるだろうさ。痕跡なども残さずにな」
テーブルから足を下ろし、ゼルバムはカルディヌの方を見ながらファゾムなら上手くやるとニッと笑いながら言った。
ファゾムはデカンテス帝国皇族直轄の特殊任務部隊。皇族の命令を受けて護衛、破壊工作、諜報活動などの重要な任務を行う帝国の影の切り札と言われ、その存在は皇族と一部の上位貴族しか知らない。隊員は僅か八人と少数だが優秀な帝国兵や冒険者によって構成されており、高い任務成功率を誇っている。
カルディヌがファゾムに密偵を任せるようカーシャルドに言ったのも、帝国の存在をビフレスト王国に知られないようにするには彼等の様な特殊部隊が一番適任だと感じたからである。カーシャルドもファゾムの功績や実力を知っていた為、反対する事無くファゾムに密偵を命じる許可を出したのだ。
「それにしても、隊長はまだ来ないのか?」
「もうそろそろ来ると思いますよ。彼は時間には細かいですから」
ゼルバムとカルディヌはファゾムの隊長が来るのをソファーと机に座りながら待つ。すると、部屋の出入口をノックする音が聞こえ、二人はチラッと扉の方を向いた。
「殿下、ケイザスです」
扉の向こう側から男の声が聞こえ、それを聞いたゼルバムはカルディヌの方を向いて小さく笑う。ゼルバムの笑顔を見たカルディヌは何も言わず、無表情で扉に視線を戻した。
「入れ」
カルディヌが扉の向こうにいる男に入室するよう伝えると扉がゆっくりと開いて一人の男が入って来た。濃い茶色の短髪をした身長180cmぐらいの三十代後半ぐらいの男で冒険者が着る様な服装をしている。彼こそが帝国の特殊部隊、ファゾムの隊長である男だ。
部屋に入った隊長は奥にいるカルディヌとソファーに座っているゼルバムを真剣な表情で見つめて口を開いた。
「特殊任務部隊ファゾム隊長、ケイザス・ハルントリク、参りました」
「待っていたぞ」
カルディヌはケイザスと名乗る隊長を見て真剣な表情で声を出し、ケイザスを自分の前まで来させる。ケイザスは机の前まで移動すると姿勢を正してカルディヌを見つめた。
ケイザス・ハルントリク、ファゾムの隊長を務める男でハイ・ファイターを職業にしている。元は六つ星冒険者チームのリーダーをしており、仲間を統率する能力と戦士としての実力が非常に高い。その為、同じファゾムの仲間や皇族からも信頼されている。
カルディヌはゆっくりと席を立つと先程書いた指令書をケイザスに渡し、ケイザスは丸められた指令書を受け取る。
「陛下からお前達ファゾムに新たな指令が下った」
「皇帝陛下直々の指令ですか?」
「ああ、内容はある国での情報収集だ。お前達にはその国の首都に向かって情報を集めてもらう」
「密偵ですか……それで、その国は何処なのです?」
ケイザスが情報収集の対象となる国についてカルディヌに尋ねる。するとカルディヌは僅かに表情を鋭くし、それを見たケイザスもつられる様に目を鋭くした。
「……お前はビフレスト王国を知っているか?」
「ビフレスト王国? 数ヶ月前に建国された新国家ですか?」
「そうだ、そのビフレスト王国の情報を集めてもらう」
「……成る程」
建国されたばかりで情報の少ない国の情報をデカンテス帝国の為に集めて来い、ケイザスは任務の内容を理解して低い声を出し、持っている指令書を見つめる。
ケイザスも皇帝であるカーシャルドがどんな性格をしているのか知っている。だから今回の任務がデカンテス帝国がビフレスト王国よりも優位に立つ為の任務である事にすぐに気付いた。
交戦国でもない国に密偵を送り込むなどとんでもない事だが、ケイザスには国の事情などに興味はなかった。何よりカーシャルドの考えを否定する資格も気に入らないからと任務を断る権利もない。ただ皇族からの任務を忠実に熟すだけだ。
「任務の詳しい内容はその指令書に書いてある。あとで仲間達と確認しておけ」
「ハッ」
「出発は明日の早朝だ。それまでに準備をしておけよ?」
「承知しました」
ケイザスは一礼すると指令書を持って部屋の出入口へ向かう。扉の前に来るともう一度カルディヌとゼルバムの方を向いて一礼し、静かに部屋を後にした。ケイザスが部屋から出て行くとゼルバムはソファーにもたれながら愉快そうな笑みを浮かべる。
「奴は実に優秀な男だ。こちらの指令に文句一つ言わずに従ってくれるのだからな」
「ええ、とても優秀な存在です」
「もし命を落とす状況になっても奴なら帝国の為に喜んでその身を犠牲にするだろう」
「……でしょうね」
楽しそうに話すゼルバムに対してカルディヌは低い声で返事をする。存在を隠されている影の部隊とは言え、デカンテス帝国の人間であるファゾムを捨て駒の様に扱うゼルバムに少し気分を悪くしたのだろう。
カルディヌも帝国主義の人間ではあるがカーシャルドやゼルバムの様にデカンテス帝国の為なら手段を選ばないという様な考え方はしないようだ。
――――――
皇城の地下にある薄暗い通路、石レンガで出来た壁には間隔を開けて無数の松明が付けられている。僅かにジメジメとした空気が漂い、まるで牢獄の様な雰囲気を出しており、その通路の真ん中をケイザスが一人静かに歩いていた。
ケイザスが隊長を務めている特殊部隊のファゾムは存在を隠されているので目立たない皇城の地下に拠点を置いている。しかもファゾムの拠点に行くには隠し扉などの仕掛けを幾つか解除する必要があるので一般の兵士などファゾムの存在を知らない者が拠点に辿り着く事はない。
不気味な地下通路の奥までやって来たケイザスは一つの扉の前で足を止める。中からは数人の男女の声が聞こえ、その声を聞いたケイザスは小さく溜め息をついた。
「……アイツ等、また騒いでいるのか」
騒がしい声を聞いてケイザスは呆れ顔で呟く。ケイザスが立つ扉の向こう側こそがデカンテス帝国の特殊部隊ファゾムの拠点なのだ。
ファゾムの拠点である部屋の中は石レンガで出来た地下通路とは違い、皇城にある部屋の様な高級感のある作りになっている。いくら影の特殊部隊とは言え、デカンテス帝国の為に働く存在を薄暗い地下で生活させるのは流石に悪いと思ったのか、せめて拠点である部屋だけは地下とは違う雰囲気にしてやろうと皇城と同じように作ったのだ。
部屋の中には男が三人と女が四人おり、ソファーの上で横になったり、椅子に座って本を読んだりなどいろんな事をしている。部屋の中にいるその七人こそがケイザスの仲間であるファゾムの隊員達だ。
「ハイ、これで私の勝ちね」
部屋の右側ではオレンジ色の短髪で身長160cmぐらいの二十代半ば、軽装姿の女が丸い小さなテーブルにつきトランプに似たカードゲームをしている。その向かいには女より少し背が高く、金色の短髪をした同年齢くらいで女と同じ軽装をした男が座って悔しそうな顔をしていた。どうやら女とカードゲームをして負けたらしい。
「クッソォ~、これで三連敗かよ」
「約束通り、今度町に出た時はご飯おごってよね?」
「分かってる、何度も言わせんなよ」
男は持っているカードをテーブルの上にばら撒いて不満そうな顔を見せる。そんな男を見て女はニヤニヤと笑った。
オレンジ色の髪の女はマーニ、ファゾムの隊員で水属性の魔法を得意とするアクア・ウィザードを職業にしている。強力な水属性魔法で仲間を支援、援護する優秀な魔法使いだ。
マーニにカードゲームで負けた男はロックス、双剣士を職業に持ち、戦いの時は部隊の前衛を務める男だ。前衛としての腕は高いのだが、難しい事を考えるのが苦手で頭を使うゲームではいつもマーニに負けている。
負けて悔しがるロックスを見て少し離れた所で椅子に座りながら本を読む女が小さく笑う。神官の様な格好で二十代前半ぐらいの美しい顔と金色の長髪、そして男を魅了するような豊満な胸部を持っている。
「相変わらず弱いわね?」
「うるせぇな、頭を使う勝負が苦手なんだかっら仕方ないだろう」
「フッ、だったら次は負けないように練習する事ね」
そう言って女は再び持っている本を読み始め、ロックスはムスッとしながら女を見つめる。マーニは女に言いたい事を言われたロックスを見てクスクスと笑いを堪えていた。
金髪の女の名はペティシア、プリーストを職業とするファゾムの回復担当。回復魔法だけでなく、デカンテス帝国でも数少ない召喚魔法も使える存在で魔法使いとしての腕はマーニよりも上だと言われている。
ペティシアが本を読みだすと近くにあるソファーの上で寝ていた男が起き上がりソファーに座ってロックス達を見る。男は三十代前半ぐらいで肩まである長さの黒いボサボサの髪に他人を見下す様な目つきをしていた。服装はロックスやマーニと同じで軽装だが腰には小型のナイフを納めている。
「ピーピーやかましいな、落ち着いて眠れねぇじゃねぇか」
鬱陶しそうな顔で男が文句を言うとロックスがジロッと男を睨みながら口を動かす。
「やかましいのはお前だろう、アラージャ? 眠れないなら別の部屋で眠れよ。そもそも夜になると毎晩街に出て娼婦相手に遊んでるから寝不足になるんだ」
「悪いが、女と寝るのは俺にとっては食事と同じ事なんだよ。だからやめる事はできねぇんだ」
「フン!」
笑いながら楽しそうに語る男を見てロックスはそっぽ向き、マーニもやれやれと言いたそうな顔で男を見ていた。
黒髪の男はアラージャ、ロックスと同じファゾムの前衛を務めるハイ・クラッシャーの男だ。戦士としての腕はロックスよりも上だが非常に女癖が悪く、夜になると毎晩の様に街に出て娼館を何件も渡り歩いている。その為、同じファゾムの女達からはあまり好かれていない。
「ハハハハ、相変わらず下品だね?」
アラージャがソファーにもたれながらくつろいでいるとソファーの近くに立っている若い男が笑いながらアラージャに話しかける。男は二十代前半ぐらいで背が高く、水色の短髪と美しい顔をしており、アラージャを見ながら満面の笑みを浮かべていた。
声を掛けられたアラージャは舌打ちをしてから立ち上がり、男の方を向いて鋭い目で睨み付ける。
「お前こそ相変わらず癇に障る笑い方するじゃねぇか、ブライアン。俺はお前のその笑いを聞く度に気分が悪くなるんだよ」
「おっと、それは悪かったね。でも僕は君をからかっている訳じゃないんだ、それは分かってくれよ?」
睨むアラージャを見ながらブライアンと呼ばれた男は笑顔のまま謝罪する。その笑顔にアラージャは再び腹を立てて奥歯を噛みしめた。
ブライアンはトラップブレイカーと呼ばれる罠の解除を得意とする職業を持つ美青年で特殊部隊であるファゾムにとって重要な存在と言われている。普段から笑顔を見せており、なぜいつも笑顔を見せているのかは誰にも理由は分からない。ただ、一部の人間からは彼の本性を隠す為の仮面ではないかと言われている。
「……あの二人、相変わらず仲が悪いよねぇ?」
「本当ね」
笑顔のブライアンと彼を睨んでいるアラージャを部屋の左側にあるテーブルについている二人の女が見て小声で話しをしている。二人の内、一人は薄い茶色の短髪をした十代後半ぐらいの女で赤と橙色の服装をしており、もう一人は青と水色の服装をした同じ顔と髪を持つ女だ。二人の外見からしてどうやら彼女達は双子らしい。
赤い服を着た女はライア、ハイ・ランサーを職業とし槍を自由自在に操る事ができる天才少女。真面目な性格で任務中に仲間がふざけたりめんどくさがったりすれば注意する為、ファゾムのサブリーター的な存在として見られている。
青い服を着た女はライラ、ライアの双子の妹で重弓士を職業にしており、通常の弓より少し大きめの弓を使って遠距離から敵を攻撃する事ができるので戦場では仲間の支援を担当する。姉のライアと違って軽い性格をしており、調子に乗る事もあるのでその度に姉に注意されてしまう。
ライアとライラがブライアンとアラージャを見ていると部屋の出入口である扉が開きケイザスが部屋に入って来る。一同は突然部屋に入って来たケイザスを見て少し驚いた表情を浮かべた。
「騒がしいぞ、お前達」
「た、隊長」
「……チッ」
ケイザスの姿を見てライアは驚きの表情のまま声を出す。アラージャも隊長であるケイザスが来た事でブライアンを睨むのをやめてソファーに座る。
部屋の中にいる仲間が全員静まり、自分に注目しているのを確認したケイザスは持っている指令書を仲間達に見せた。
「新しい指令だ。今度は少々難しい仕事のようだぞ」
「難しい仕事? どんな内容なの?」
マーニが興味のありそうな表情を浮かべながらケイザスに尋ねた。他の隊員達も同じような顔をしながらケイザスを見ている。
「新しく建国された新国家、ビフレスト王国での情報収集だ」
指令の内容を聞き、ファゾムの隊員達は一斉に反応する。
「ビフレスト王国って、数ヶ月前に突然建国されたあの国?」
「そうだ、お前達も知っていると思うがあの国は建国されたばかりでどれ程の人口、軍事力、財産があるのか全く分かっていない。しかもあの国は少し前に帝国でも作れないような強力なポーションの開発を成功させたらしい」
「新しいポーション、ですか?」
ポーションと言う言葉を聞いたペティシアが反応し真剣な表情を浮かべる。聖職関係の職業である為、回復系の魔法薬には興味があるようだ。
ペティシアだけでなく、他の隊員達も帝国が作れないポーションを新国家が開発、所有している事を聞いて興味のありそうな反応を見せていた。
「帝国は今日までビフレスト王国と同盟を結んだセルメティア王国とエルギス教国に人員を送り、ビフレスト王国の情報を集めていたが、重要な情報は何一つ手に入らなかった……その新しいポーションの情報を除いてな」
「成る程、いつまで経っても有力な情報を得られないから俺達に指令が下ったって訳なんですね?」
ロックスが腕を組みながら特殊部隊である自分達ファゾムに指令が下った理由を口にする。ケイザスはロックスの方を向いて小さく頷いた。
「その通りだ。今回の我々の任務はビフレスト王国に潜入し、気付かれる事無くあの国の人口、軍事力、資金源などを調査、そして新しいポーションの調合方法が書かれた書類を手に入れる事だ。重要な情報を得る為なら多少は手荒な事をしても構わないらしい。ただ、帝国の人間である事だけは絶対に気付かれないようにしろとの事だ」
持っている指令書の内容を読み上げながらケイザスは詳しい指令内容を員達に伝え、隊員達はそれを黙って聞いている。
指令内容を全て伝え終わるとケイザスは指令書を丸め、真剣な表情で隊員達に視線を向けた。
「指令内容は全て伝えたが、何か質問はあるか?」
「ハーイ、いいですか?」
ライラが緊張感の無い声を出しながら手を上げ、ケイザスや姉のライア、他の隊員達はライラの方を一斉に向く。
「何だ?」
「どうしてそんなコソコソと情報を集める必要があるんですか? 情報を集めるくらいなら私達じゃなくても別の人間にやらせればいいだけなのに」
ビフレスト王国に気付かれないように情報を集める理由が分からず、ライラは小首を傾げながら尋ねる。彼女も情報収集の手段についてバナンと同じような疑問を感じていたらしい。
ライラはケイザスを見つめて質問に答えるのを黙って待つ。するとケイザスは目を閉じて小さく息を吐く。
「皇帝陛下にも色々とお考えがあるのだろう。そのような事をいちいち気にする事はない、私達は命令に従って行動するだけだ」
「ええぇ~? 気になるじゃないですかぁ~」
納得のいく説明をしないケイザスにライラは不満そうな顔を見せる。すると隣にいるライアは軽くライラの頭を叩いた。
「ライラ、いつも言ってるでしょう? 細かい事をいちいち気にしてはいけない、与えられた命令をただ忠実に熟す、それが私達ファゾムの掟だって」
「……ちぇ、分かったわよ。まったく、姉さんは相変わらず真面目なんだから」
ライアに注意されてライラは小さく頬を膨らませながら不服そうな顔をする。
影の部隊として指令が下される理由を気にする事なく、ただ黙って実行するべきと考えるライアと影の部隊と言えど指令が下される理由を聞いておくべきだと考えるライラ。双子であっても彼女達の性格は殆ど正反対だった。
「他に質問がある奴はいるか?」
ライラが納得するのを見たケイザスは他の隊員達に質問する。すると今度はブライアンが軽く手を上げた。
「何日以内に情報を集めるとか、任務の期間などはあるんですか?」
「指令書には二週間以内に帝都に戻れと書かれてある」
「二週間ですか、この帝都からビフレスト王国の首都であるバーネストまでは早くても数日掛かりますから、戻る時の事を考えると……バーネストにいられるとは二三日ってところですかね?」
「二三日以内にビフレスト王国の情報を集めろってか、皇族の方々も無茶な指令を出すぜ」
あまりにも短い期間にアラージャは呆れた顔をする。ライラやロックスもアラージャと同感なのか似た様な表情を浮かべていた。
「我々は帝国の未来の為に存在する部隊。皇族が短い期間で集めろと指示を出すのならそれに従うだけだ」
ケイザスが皇族に対する忠誠心を口にしながら隊員達に皇族の命令には絶対に従わないといけないと伝える。隊員達の中でケイザスと同じ気持ちの隊員は文句などを言わずに黙って頷く。だが中には皇族の無茶な命令に呆れている隊員もおり、そんな隊員は困った様な顔をしていた。
「出発は明日の早朝だ。それまでに各自準備を終えておけ?」
最後に準備をするよう指示を出したケイザスは隊員達に背を向けて部屋から出て行く。ケイザスが退室すると残った隊員達は肩の力を抜き、ケイザスが部屋に入る前の状態に戻った。
「ビフレスト王国の密偵かぁ……一体どんな国なんだろうな」
「噂ではマルゼント王国と同じで人間と亜人が共存する国らしいよ? あと、首都にはモンスターもいて町の住民達の暮らしを支えているとか」
マーニが難しい顔をするロックスに自分の知るビフレスト王国の知識を話し、ロックスは視線を笑いながら話すマーニに向ける。
「それは俺も知ってる。何でもそのモンスター達はビフレスト王国の王様が未知のマジックアイテムを使って召喚した存在らしいぞ?」
「モンスターを召喚するマジックアイテムかぁ……そのアイテムの情報も集めるのかな?」
「さあな? だけど、帝国にとって少しでも脅威になる可能性がある物の情報はちゃんと集めておいた方がいい、と隊長は言うだろう」
ビフレスト王国が所有する未知のマジックアイテムについてロックスは真剣な顔で話し、マーニはロックスの話を聞いて、だろうね、と言う様な顔で頷く。
ロックスとマーニがビフレスト王国に事について話しているとアラージャが足を組みながらソファーにもたれかかった。
「ビフレストがどんな国だが知らねぇが、女は確実にいるだろう。首都に着いたらその町の女どもを味わってみたいもんだぜ」
「アラージャ、お前は女と寝る事しか頭に無いのか?」
「まったく、まさに歩く生殖器ね」
女と楽しむ事しか考えていないアラージャにロックスとライアは呆れ果てる。アラージャはそんな二人の言葉を無視し、組んでいる足をブラブラと揺らしながら天井を見上げた。
「まあまあ、とりあえず隊長の指示どおり準備をしようじゃないか?」
ブライアンが笑いながら任務の準備をするよう仲間達に伝える。それを聞いたペティシアは持っている本を閉じて静かに立ち上がった。
「……そうね、隊長が言ったとおり今度の任務はちょっと難しそうだし、ちゃんと準備しておきましょう」
ペティシアは本を持ったまま歩き出し、出入口の扉を開けると静かに部屋から出て任務の準備に向かう。ペティシアが出て行くとロックス、マーニもそれに続いて部屋を出て行き、アラージャとブライアンも続いて退室する。
五人が部屋を出るとライアとライラの双子も立ち上がって扉の方へ歩き出す。ライアが扉の前まで来ると後ろを歩いていたライラが深く溜め息をついた。
「こう忙しくちゃゆっくりと休みを取る事もできないわ。一度仕事の事を忘れてのんびり体を休めたい」
休暇が欲しいと愚痴るライラにライアは足を止めてゆっくりと振り返り呆れ顔で妹を見た。
「何言ってるの、私達は任務が無い時は何時も帝都で自由な事をしてるじゃない? それだけでも十分休めてるんだから贅沢言わないの」
「だけど帝都から出たり、目立った行動を取る事はできないでしょう? 私は帝都の外に出て思いっきり騒ぎたいの!」
文句を言うライラを見てライアは肩を落としながら溜め息をつく。何かあると子供の様に我儘を言うライラにライアは姉としていつも困り果てていた。
「……この任務が終わったら隊長に休暇と帝都からの外出を頼んでみたら? 今回の任務は重要だし、成功すればそれぐらいは許してくれるかもよ?」
「ホント? やった~!」
ライアの言葉にライラはジャンプして喜ぶ。単純なライラの姿を見てライアは再び溜め息をつく。そして俯きながら再び扉の方を向いて部屋を出て行き、ライラも笑顔でその後をついて行った。