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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十三章~帝国の密偵者~
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第百五十二話  動き出す帝国


 大陸の東に存在する国家、デカンテス帝国は周辺国家の中でも最大の領土と人口を持つ国である。軍事力は数ヶ月前まではエルギス教国に次ぐ二番目とされていたが、エルギス教国が亜人の奴隷制度を廃止して奴隷兵がいなくなりエルギス教国の軍事力は一気に低下した為、軍事力も周辺国家最大となった。

 デカンテス帝国の戦力は大きく分けて三つ存在する。一つはデカンテス帝国の主力と言われている帝国騎士団、所属している騎士や兵士は下級モンスターであれば難なく倒せる優秀な者達ばかりだ。構成人数は五十万以上と言われ、数年前にはそのとてつもない人数で亜人の里を襲撃して滅ぼした事もあった。

 二つ目は帝国飛竜団と呼ばれるワイバーンナイトのみで構成された空中戦力だ。ワイバーンナイトが乗るのはスモールワイバーンと呼ばれる通常のワイバーンより小さい下級のドラゴン族モンスターだが、火を噴いて攻撃する事ができるので下級モンスターでも侮る事はできない。構成人数は帝国騎士団と比べると遥かに少ないが空から攻撃する事ができるのである意味で帝国騎士団よりも手強い存在と言われている。

 最後の一つは帝国魔術隊、その名のとおり魔法使いが多く所属している部隊で魔法で帝国騎士団や帝国飛竜団を支援する事が主な役割となっている。彼等も直接敵に攻撃する事もあるが、強力な帝国騎士団と帝国飛竜団がいる為、前線で戦う事は殆ど無い。

 この三つの戦力によってデカンテス帝国は周辺国家から最大で最強の軍事国家と言われている。しかし、最近ではその最強の称号を疑う者も増えてきていた。

 デカンテス帝国の心臓部である町、帝都ゼルドリック。皇帝や皇族が暮らす皇城を中心に複数の重要機関や住宅街などが広がる帝国最大の都市である。帝都の上空には常に帝国飛竜団のワイバーン達が飛び回っており、空中から帝都の護り、帝都周辺の見張っているので何があればすぐに皇帝や帝都にいる警備の兵士達に状況を知らせる事ができるのだ。

 皇城の一室で数人の男達が難しい顔をしながら話し合いをしており、そのほぼ全員が貴族の様な高貴な格好をしていた。恐らく帝国の上位貴族だろう。部屋の隅には数人の近衛隊と思われる騎士が控えており、黙って男達の会話を聞いている。


「……以上が今回得られた情報です」


 部屋の中にいる男の一人が低い声を出す。その男は周りにいる貴族達と違って高貴な格好ではなく、誰かに仕えている秘書の様な格好をしている。


「何だ、殆ど何も分かっていないようなものではないか」

「もうかなりの日にちが経つのに何も得られないとはな……」


 周りにいる貴族達は秘書官の男の話を聞くと一斉にざわつく。秘書官は居心地の悪そうな表情を浮かべながらチラチラと周りにいる貴族達を見ていた。

 部屋にいる者達は数ヶ月前に突然建国された新国家のビフレスト王国について会議を行っており、秘書官から新しく入ったビフレスト王国の情報を聞いていたのだ。

 デカンテス帝国は国家としての情報が少ないビフレスト王国の事を警戒し、少し前から隣国などに人員を送り込んでビフレスト王国の情報を集めていた。だが情報はどれも大した事がなく、帝国の人間はビフレスト王国がどんな国なのか殆ど分からずにいる。


「……他に何か情報はないのか?」


 貴族達の中に一人、椅子に座りながら秘書官に尋ねる男がいる。灰色の短髪に五十代後半ぐらいのやや肥満系の体をした男で周りにいる貴族達よりも高貴な格好をしてマントを身に付けていた。貴族達は男が発言すると一斉に黙り男の方を向く。


「ハ、ハイ、周辺国家に何人か送り込んで情報を集めさせているのですが、何処の国でも似た様な情報ばかりで……」

「チッ! 使えん者達だ」


 戸惑った様な表情で話す秘書官の言葉に男は舌打ちをして不機嫌そうな声を出す。そんな男の態度を見て貴族達の表情が僅かに変わる。

 男の名はカーシャルド・バングル・ベルフェント、デカンテス帝国第十一代皇帝である男だ。デカンテス帝国こそが大陸の中心国であるべきだと考え、帝国にとって不都合な存在、自分の気に入らない存在を全て排除、もしくは支配下に置こうとする性格をしており、周辺国家や一部の帝国民から暴君皇帝と恐れられている。

 カーシャルドの存在は帝国民だけでなく、一部の貴族からも恐れられており、下手にカーシャルドを怒らせたり逆らったりすれば貴族位を剥奪、最悪の場合は処刑されてしまうので、貴族達はカーシャルドを敵に回さないように注意している。


「此処にいる者達の中で他にビフレスト王国の情報を得た者はおらんのか?」


 僅かに力の入った声でカーシャルドは貴族達に話しかける。声を掛けられた貴族達はカーシャルドの迫力に驚いているのか何も言わずに目を逸らして俯く。カーシャルドは黙っている貴族達を見て心の中で役に立たないと思いながら苛立つのだった。

 部屋の中に緊迫した空気が漂っていると突然部屋の扉をノックする音が聞こえ、部屋にいる全員が扉の方を向いた。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「何だ?」


 扉の向こうから聞こえて来る男の声を聞き、カーシャルドは不機嫌そうな声で返事をする。その声を聞いた貴族達は緊張のあまり微量に冷汗を掻く。


「先程、エルギス教国でビフレスト王国の情報を集めていた者から報告が入りました。ビフレスト王国についてです」

「何だと?」


 知らせを聞いたカーシャルドは意外そうな表情を浮かべる。貴族達も新しい情報が入って来た事を知って少し驚いた表情をしている。同時に、新しい情報が入りカーシャルドの機嫌が少し直った事に安心した。


「……よし、入って内容を聞かせろ」


 カーシャルドが入室を許可すると扉が開いて一人の男が静かに部屋に入って来る。男は最初にビフレスト王国の情報を説明した秘書官と同じ格好をしていた。

 男は同じ格好をした秘書官の隣までやって来るとカーシャルドの方を向き、持っている丸めた羊皮紙を広げる。そこには細かい字で何かが書かれてあった。


「エルギス教国で得た情報によると、ビフレスト王国は全く新しいポーションの開発に成功し、そのポーションを使って同盟国であるセルメティア王国、エルギス教国と取引を行っているとの事です」

「新しいポーションだと?」


 カーシャルドは新しいポーションと言う言葉に反応し、報告する男を見て訊き返す。貴族達も一斉に反応して報告する男に視線を向けた。


「ハイ、そのポーションは今まで周辺国家が最高と評価していたポーションよりも回復力が高く、どんな傷も瞬時に完治させてしまうとの事です」

「な、何だと……」


 男の報告を聞いてカーシャルドは僅かに震えた声を漏らす。貴族達も驚いて小声でざわつき出し、部屋の中から先程まで漂っていた緊迫した空気は消えていた。


「それで、その新しいポーションとやらは手に入れる事はできたのか?」

「申し訳ありません。報告して来た者によるとまだそのポーションは市場などには出ておらず、手に入れる事はできなかったとの事です」

「クソォ! まぁ、市場に出ていないのであれば仕方がないな……」


 新しいポーションが手に入っていない事にカーシャルドは僅かに悔しそうな声を出す。


「あと、ビフレスト王国で悪魔族モンスターの一団が騒ぎを起こし、その一団をビフレスト王国の国王であるダーク・ビフレスト陛下自らが仲間を連れて一掃したという情報も入っております」

「ほぉ、悪魔族モンスターの一団をか……悪魔どもはどれほどの数だったのだ?」

「何でも百体近くで使われなくなった廃砦はいさいに棲みついていたそうです」

「そうか、それでビフレストの王はどうやってその悪魔どもを退治したんだ?」


 カーシャルドはダークがどんな方法で悪魔族モンスター達を倒したのか尋ねる。悪魔族モンスター達を倒した時の戦力やその方法を知ればビフレスト王国がどれほどの戦力を持っているのか想像できるとカーシャルドは思っていた。

 貴族達もビフレスト王国がどうやって悪魔族モンスター達を一掃したのか気になり男が答えるのを待っている。だが男は話そうとせず、小さく俯きながら複雑そうな顔をしていた。


「どうした? 早く説明しろ」

「あ、ハイ。そ、そのぉ、報告して来た者の話では……僅か六人で悪魔族モンスター達を全滅させたとの事です」


 男の説明に部屋は沈黙に包まれる。カーシャルドや貴族達は男の説明に一瞬自分達の耳を疑った。


「……今、何と言った? 六人で悪魔どもを全滅させた、と言ったのか?」

「ハ、ハイ。情報を集めていた者達がエルギス教国で偶然耳にしたとの事です」


 再確認するカーシャルドに男は何処から得た情報なのかを説明する。するとカーシャルドは座っている椅子のひじ掛けを強く叩いた。


「ふざけた事を言うな! たった六人で百体近くの悪魔族どもを全滅させただと? そんな事があり得るはずがないだろ!」


 カーシャルドの怒鳴り声に報告した男や部屋に来た貴族達は驚き目を見開いた。カーシャルが怒鳴るのも無理はなかった。たった六人で百体近くの悪魔族モンスターを全て倒すなど、この世界の常識ではあり得ない事だからだ。


「へ、陛下、落ち着いてください。私も情報を集めていた者達から聞いただけですので……」


 男が宥めるとカーシャルドは再び不機嫌そうな顔で舌打ちをする。


「六人で百体近くの悪魔を倒せるはずがない。大方、周辺国家にビフレスト王国の力が強いと思わせる為に流したデタラメだろう」

「ハイ、私もそう思っております」

「フン、当然だな。そんな嘘は今時子供でも信じん。次に報告して来た者に会ったら伝えておけ、今度ふざけた内容を報告したら処刑するとな」

「か、かしこまりました」


 険しい顔をするカーシャルドを見て男は怯えながら返事をする。周りにいる貴族達もカーシャルドの暴君皇帝としての一面を目にして悪寒を感じた。

 建国されたばかりの小国がいきなりセルメティア王国とエルギス教国の二つの国と同盟を結び、帝国や他の国でも開発できない様な強力なポーションを開発しただけでも不快な事なのに、数人で大勢の悪魔族モンスターを倒したなんてふざけた話を聞かされた為、カーシャルドはかなり不機嫌になっている。貴族達はこれ以上カーシャルドを刺激しないように慎重に声を掛けようと考えた。


「そ、それで陛下、ビフレスト王国については引き続き他国から情報を集める方針でよろしいでしょうか?」


 一人の貴族が苦笑いを作ってビフレスト王国の情報集めについてカーシャルドに尋ねる。カーシャルドはチラッと貴族を見た後に目を閉じて小さく俯く。


「……ああ、それで構わない」

「で、では、あとは事は我々で片付けておきます」


 そう言って貴族はカーシャルドに一礼し、他の貴族や秘書官達も続いて頭を下げる。それから貴族達は簡単に今後の事を話し合って静かに部屋から出て行った。

 貴族達が出て行くと部屋にはカーシャルドと近衛隊の騎士達だけが残った。残っている騎士達は不機嫌なカーシャルドを見ながら自分達も早く退室したいと思いながら前を向いてジッとしている。


「……クッ、引き続き他国から情報を集める? そんな事をやっても何も変わらん。もっと別の方法で情報を集めるべきだ!」


 カーシャルドは騎士達の事を気にせずに低い声で独り言を言い出す。騎士達は顔の向きや体勢を動かさず、前を向いたまま黙ってカーシャルドの独り言を聞いている。

 先程の話し合いでカーシャルドは貴族に今まで通りのやり方でビフレスト王国の情報を集めて構わないと言ったが、心の中ではもっと別のやり方、直接ビフレスト王国に乗り込んで情報を集めるような大胆なやり方をした方がいいと思っていた。だが、そう言ったやり方をするとビフレスト王国との関係が悪くなるかもしれないと貴族が反対すると思って口に出さずに貴族達に任せたのだ。

 ビフレスト王国の情報を集め始めてから数ヶ月が経つのに何も分からずにいる。カーシャルドは進展しない状況にストレスを感じているのか腕を組みながら歯を噛みしめていた。すると部屋に扉をノックする男が聞こえ、カーシャルドは顔を上げて扉をジッと睨む。


「誰だ!?」

「陛下、私です」


 カーシャルドは苛立ちをぶつけるように力の入った声で尋ねると扉の向こうから男の声が聞こえてくる。その声を聞いたカーシャルドは我に返ったのか様に険しかった表情を元に戻す。


「バナンか、入れ」


 扉の向こうにいる男の名を呼び、カーシャルドは入室を許可した。許可が出ると扉がゆっくりと開き、長身で銀色の短髪とどじょう髭を持つ三十代後半ぐらいの高貴な格好をした男が入って来る。

 部屋に入って来たのはバナン・イーフェントス・ベルフェント。デカンテス帝国の第一皇子である男でデカンテス帝国の経済の管理を任されている。暴君皇帝と呼ばれているカーシャルドの息子とは思えないほど穏やかなで争いを好まない性格をしており、そのせいか一部の貴族からは皇族らしくない皇族と言われているらしい。

 バナンが部屋に入るとバナンに続いて若い男女が部屋に入って来た。男の方は二十代後半ぐらいで金色の短髪に鋭い目をしており、バナンと同じくらいの身長をしている。女の方は肩の辺りまである青い髪を持ち、バナンより少し背が低い二十代半ばくらいの外見だった。二人とも、帝国の紋章が描かれた鎧と赤いマントを身に付けている。

 カーシャルドは自分の前までやって来たバナンと男女をジッと見つめる。その顔にはビフレスト王国の事で浮かべていた険しさは微塵も残っていなかった。


「どうした、何か儂に用か?」

「いえ、用と言うほどの事では……貴族達から会議が終わったと聞きましたので、どのような事をお話になられたのか気になりまして……」

「ああ、その事か……」


 バナンの言葉にカーシャルドは低い声を出しながら目を閉じる。バナンや彼の後ろにいる男女はカーシャルドの様子からあまりいい内容ではなかったのだなと感じ取った。


「……ビフレスト王国の情報について話し合いをしていたのだが、奴等は新しいポーションの開発に成功したという事以外は何も分かっておらん」

「新しいポーションですか?」

「ウム、噂では最高の回復力を持つ橙色のポーションを越える回復力らしい」

「何と……そんなポーションの開発に成功したのですか?」


 帝国でも開発できていない魔法薬を開発させたビフレスト王国にバナンは驚いて目を丸くする。彼の後ろにいた若い男女も同じような表情を浮かべていた。


「それで今後の方針はどうなったのです? やはり今まで通り同盟を結んだエルギス教国やセルメティア王国で情報収集をすることになったのですか?」

「貴族達はそう言っておったが、儂はそんなやり方では何も変わらないと考えておる。ビフレスト王国の情報を確実に手にする為にはもっと別の手段を取るべきだ」

「私もそう思います」


 カーシャルドとバナンが話しているとバナンの後ろで待機していた若い男が会話に参加して来た。カーシャルドとバナン、そして隣に立っている若い女が一斉に男に視線を向ける。


「ゼルバム、今は私が陛下と話しているのだ。横からいきなり口を挟んで来るんじゃない」

「フッ、兄上は相変わらず真面目だな? 皇族であればもっと俺の様に大胆な行動をするべきだぞ?」


 注意するバナンを見ながらゼルバムと呼ばれた若い男は鼻で笑う。そんな態度を見てバナンは呆れたのか小さく溜め息をついた。

 ゼルバム・コックリス・ベルフェント、デカンテス帝国第二皇子にして帝国騎士団第三師団の副団長を務めている男だ。カーシャルドと同じでデカンテス帝国こそが周辺国家をまとめ上げるべきだと考える帝国至上主義者で皇帝であるカーシャルドの考え方こそが絶対だと思っている。師団の副団長である事から戦士としての実力は一般兵士や騎士よりも上だが中級モンスターが相手だと苦戦を強いられてしまう程度の力しか持っていない。

 バナンは礼儀や常識の知識に欠けている弟を見てやれやれと小さく首を振る。そんなバナンに気付いていないのかゼルバムは前に出てカーシャルドの顔を見つめた。


「父上、ビフレスト王国の様な生まれたての国家を相手にこれ以上コソコソと情報を集める必要などありません。ビフレスト王国に国の情報や新しいポーションの調合方法などを提供するよう伝えてはいかがでしょう」

「何だと?」


 ゼルバムのとんでもない発言を聞いてバナンは目を見開きながら驚き、視線をゼルバムに向ける。バナンは驚いていたがカーシャルドと若い女は興味のありそうな表情を浮かべてゼルバムを見ていた。


「ゼルバム、何を考えている!? 今まで接触も交流も無かった国にいきなり情報を提供しろと要求する気か? 下手をすればビフレスト王国との関係が悪化し、情報を得る事も難しくなってしまうぞ」

「では兄上は誇り高き帝国が小国相手に控えめな行動を取るべきだと考えておられるのか? そんな事をすれば帝国は周辺国家から笑い者にされてしまう。それこそあってはならない事だ!」


 慎重に行動を取るべきだと考えるバナンとデカンテス帝国の威厳を見せつけるべきだと考えるゼルバムはお互いに睨み合い意見をぶつけ合う。

 バナンは新しいポーションの開発に成功したビフレスト王国との関係を変えず、現状を保っていればいつかはビフレスト王国から情報を提供したり、新しいポーションの取引を持ち掛けて来るかもしれないのでビフレスト王国に不快にさせる行動は慎むべきだと考えていた。一方でゼルバムはデカンテス帝国の立場や誇りを優先して考え、多少強引なやり方を使ってでも情報を得るべきだと考えている。どちらもデカンテス帝国の事を考えているが、考え方の完全に正反対だった。

 自分の考えと全く違う考え方をする兄弟をバナンとゼルバムは睨み続ける。そんな二人を見ていた若い女は溜め息をつき、二人の間に入り睨み合いを止めた。


「兄上達、それぐらいになさってください? 陛下の前ですよ?」


 女の言葉にバナンとゼルバムはカーシャルドの前でもめている事をを思い出し、カーシャルドの方を向いて無言で頭を下げて謝罪する。女は再び溜め息をつくと呆れた様な顔をしながら口を開いた。


「兄上達の仰る通り、新しいポーションを開発したビフレスト王国との関係を悪くするのは得策ではありません。ですが、だからと言って誇り高き帝国が小国に対して控えめな行動を取るのも問題です……陛下、私に一つ提案があるのですが、発言をお許しいただけますか?」

「……言ってみろ、カルディヌ」


 カーシャルドは発言してきた若い女をカルディヌと呼んで説明するよう命じ、カルディヌはカーシャルドを見ながら小さく頭を下げる。

 女の名はカルディヌ・リシャーナ・ベルフェント、デカンテス帝国第二皇女で紅戦乙女隊くれないいくさおとめたいと呼ばれる女騎士だけで構成された騎士隊の隊長を務めている。カーシャルドやゼルバム程ではないが彼女もデカンテス帝国が周辺国家の中心にあるべきだと考えている存在だ。剣の腕は兄であるゼルバムよりも上で五つ星冒険者に匹敵する実力者を持っていると言われている。

 兄のバナンとゼルバムは妹がどんな提案を口にするのか気になり黙ってカルディヌを見つめる。二人に見られる中、カルディヌは静かに口を開いた。


「ビフレスト王国の首都に密偵を送り込むのはどうでしょう?」

「密偵だと?」


 カルディヌの提案を聞いてカーシャルドは目を細くしながら訊き返す。話を聞いていたゼルバムはほおぉ、という顔をしており、バナンは目を見開きながら少し驚いた反応を見せていた。


「首都で直接手に入れた情報であれば信頼できますし、今まで手に入れる事ができなかった情報も得る事ができるはずです。密偵であれば帝国の人間である事も気付かれませんし、ビフレスト王国との関係が変化する事もありません」

「……確かにそれなら効率よく、短時間で情報を得る事ができるな。上手くすれば、例の新しいポーションの調合方法も得られるかもしれない」


 今までの様なやり方とは違って大胆な方法だが、上手くいけば手に入れたかった情報を一度に全て手に入れる事ができるかもしれない。カーシャルドは顎に手を当てながらしばらく考え込み、カルディヌはカーシャルドを見つめながら彼が判断するのを待つ。

 やがてカーシャルドは顔を上げて目の前に立つカルディヌを見つめながら頷いた。


「儂も同じような方法で情報を得た方がいいと思っていたところだ。いいだろう、ビフレストに密偵を送り込む事にしよう」


 カーシャルドの答えを聞き、カルディヌは小さく笑い、ゼルバムも笑みを浮かべながらカーシャルドとカルディヌを見つめている。

 しかし、バナンだけは納得する事ができなかった。


「お待ちください、陛下! 私は反対です」


 密偵を送り込む事に異議を唱えるバナンに三人はほぼ同時に視線を向ける。その顔はどうして反対なのだ、と不思議に思う様な表情が出ていた。


「我々は戦争をしているのではないのですよ? それなのに密偵を送り込んで情報を盗む様な行動をし、万が一ビフレスト王国に気付かれてしまえばそれこそビフレスト王国との関係が悪化してしまいます。わざわざ密偵を送らなくても誰かをビフレスト王国に向かわせて情報を得ればよいだけではないですか!?」

「……お前は考え方が甘いな、バナン」


 少し興奮した様子で説得するバナンを見てカーシャルドは呆れた様な表情を浮かべながら話しかける。ゼルバムとカルディヌも似た様な表情でバナンを見ていた。


「普通に誰かを送り込んで情報を集めても得られる情報は限られる。どれ程の軍事力を持っているのか、どれ程のマジックアイテムを所有しているのか、どこまで開発が進んでいるのか、そのような情報が普通に集めて得られると思うのか?」

「確かに、軍事的情報や魔法関係の情報は得られないでしょう。ですが、今の我々にはそんな情報は必要無いはずです」

「いいやっ! 帝国が頂点に立つ為には周辺国家の重要な情報を全て手に入れておかなくてはならない。いつどの国が帝国に戦争を仕掛けて来たり、挑戦的な行動を取って来ても帝国が優位に立てるよう、役に立つ情報は全て手に入れておかなくてはならないのだ!」


 立ち上がって力の入った声を出すカーシャルドを見てバナンは唖然とする。自分の父は争いが起きる事を前提に物事を進めようとしていると知って衝撃を受けていた。

 カーシャルドが帝国至上主義者である事はバナンも知っている。そんなカーシャルドもデカンテス帝国の立場を良くする為であっても争いに繋がる様な行動はしないと思っていた。しかしバナンの予想は外れ、カーシャルドは危険な綱渡りをしようとしている。バナンはカーシャルドが何を考えているのか分からなくなってきていた。


「兄上は心配性だな。心配する事はない、密偵の存在がバレなければ何に問題もないだろう?」


 バナンが表情を歪めながら小さく俯いているとゼルバムが小馬鹿にする様に小さく笑いながらバナンに話しかけて来る。バナンは顔を上げて不機嫌そうな顔でゼルバムを見つめた。


「もしバレたらどうするつもりだ? 帝国はビフレスト王国だけでなく、同盟を結んでいる二つの国との関係も悪くなるかもしれないのだぞ?」

「だ、か、ら、バレなければいいんだよ」


 その自信は何処から来ているのだ、バナンは笑うゼルバムを見つめながら心の中でそう呟いた。すると今度はカルディヌがバナンに近づいて話しかけて来る。


「兄上、密偵は彼等にやらせるつもりです。彼等なら必ず任務を成功させてこの帝都に戻って来るでしょう」


 バナンはカルディヌの言葉を聞き、チラッとカルディヌの方を向く。


「……彼等、ファゾムにやらせるのか?」

「ええ、今回の様な任務は彼等にこそ打ってつけですから」


 カルディヌは不敵な笑みを浮かべながらバナンの問いに答え、話を聞いたゼルバムもニッと笑み浮かべた。どうやらそのファゾムという存在は皇族達から強く信頼されているようだ。

 密偵を任せる者達について話すとカルディヌは再びカーシャルドの方を向き、真剣な表情でカーシャルドの顔を見つめる。


「陛下、お聞きになられた通り、密偵にはファゾムを向かわせようと思っております。許可をいただけますでしょうか?」

「……フッ、儂も奴等に命じようと思っていたのだ」

「では……」

「ウム、ファゾムにビフレスト王国への密偵を命じる。すぐに隊長を呼び、この事を伝えよ!」

「ハッ!」


 カーシャルドの命令を聞き、カルディヌは力強く返事をする。ゼルバムは楽しそうに笑いながらカーシャルドとカルディヌを見ており、バナンは少し納得できない様な表情を浮かべていた。

 その後、カーシャルド達は話を終わらせて全員が部屋から出て行く。バナン、ゼルバム、カルディヌもそれぞれ自分達の部屋へと戻って行った。


第十三章の投稿を開始しました。今回は少し短めの物語になるかもしれません。

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