第百五十一話 黒と白の裁き
ノワール達が悪魔族モンスター達と戦闘を開始した頃、廃砦の中にいたダークとアリシアもエファリーナ直属の悪魔族モンスター達と激しい戦いを繰り広げていた。
司令官の部屋の中でダークとアリシアは大勢の悪魔族モンスター達に取り囲まれているが追い詰められている様子は無い。寧ろ逆に悪魔族モンスター達を追い詰めていた。
ダークが大剣を大きく横に振り、目の前にいるブラッドデビルを切り捨てる。一体を倒すとすぐに別の悪魔族モンスターを見つけて攻撃し、ダークは次々と敵を倒していく。アリシアもそれに負けないくらいの勢いで近くにいる悪魔族モンスターを倒していった。
鬼神の様に悪魔族モンスターを倒していくダークとアリシアの姿を周りにいる悪魔族モンスターは驚き、警戒しながら睨んでいる。エファリーナも上空からその光景を黙って見物していた。
「まったく、鬱陶しい奴等だ」
ダークは攻撃を一旦止めて呆れた様な口調で話しながら周りにいる悪魔族モンスターに視線を向ける。戦いが始まってからかなりの数の敵を倒したが、周りにはまだ多くのブラッドデビルやヘルハウンドがおり、鋭い目でダークを睨みつけていた。
悪魔族モンスターを見てダークがめんどくさそうに小さな溜め息をつく。すると離れた所で戦っていたアリシアが合流し、ダークと背中合わせ状態になりながらフレイヤを構えた。
「いくら倒しても切りがない。ダーク、どうする?」
「ウム、私達のレベルならこんな奴等に負ける事は無いが、この数を一体ずつ相手にしていては無駄に時間が経過してしまうだけだ。一気に終わらせる為に私達も少し本気を出すぞ」
「分かった」
本気を出すというダークの言葉にアリシアは前を向いたまま返事をした。するとアリシアはフレイヤを横に構えて目の前にいる悪魔族モンスター達を睨み付ける。
「白光千針波!」
神聖剣技を発動させたアリシアはフレイヤを大きく横に振って刀身から無数の白い光の矢を放つ。放たれた光の針は悪魔族モンスター達の体に命中し、攻撃を受けた悪魔族モンスター達は一斉にその場に倒れる。
大勢の仲間が倒された光景を見て他の悪魔族モンスター達は驚きの表情を浮かべる。高みの見物をしていたエファリーナもその光景を見て目を見開いた。
悪魔族モンスター達が驚く中、アリシアは次の行動に移る。アリシアは右を向いて集まっている悪魔族モンスター達を見るとフレイヤの刀身を光らせて上段構えを取った。
「天空快刃波!」
アリシアはフレイヤを勢いよく振り下ろし、光る刀身から三つの白い斬撃を悪魔族モンスター達に向けて飛ばした。三つの斬撃はブラッドデビル二体とヘルハウンド一体の体を切り裂き、斬撃を受けた三体の悪魔族モンスターは鳴き声を上げながら倒れる。
更に三体の仲間を倒されてブラッドデビルやヘルハウンドの様な下級モンスターはアリシアの強さに恐怖を感じたのか後ろの下がってアリシアから距離を取ろうとする。だが、中級モンスターは臆する事なく前に出た。
一体のオックスデーモンがアリシアの前に出て骨の斧を両手で握りながらアリシアを睨む。アリシアもオックスデーモンを見上げながら鋭い目で睨み返した。
「雑魚どもを倒したからと言って調子に乗るなよ、小娘? 俺は他の奴等とは違うぞ」
「フン、私はそういう台詞を吐いた奴をこれまでに何人も倒して来たぞ?」
「ハッ! どうせソイツ等は自分の力を過信した馬鹿な奴等だったんだろう? そんな奴等に勝ったからって調子に乗るんじゃねぇ!」
オックスデーモンは力の入った声で言い放ち、それを聞いたアリシアは心の中で呆れ果てる。なぜなら今までアリシアが倒してきた自分の力を過信する者の中にはさっきのオックスデーモンと似た様なことを言った者もいたからだ。
「さあ、せめて楽に死ねるように神様に祈っておくんだなぁ!」
アリシアを睨みながらオックスデーモンは骨の斧を振り上げてアリシアに攻撃しようとした。敵を前にして斧を大きく振り上げるオックスデーモンを見てアリシアは小さく溜め息をつく。
(そんなに大きく武器を振り上げたら腹部がガラ空きだろうが……)
心の中でオックスデーモンの行動を哀れみながらアリシアは地を蹴り、もの凄い速さでオックスデーモンの側面を通過する。それと同時にアリシアはフレイヤでオックスデーモンに隙だらけの腹部を素早く切った。
オックスデーモンを切り、背後に回り込んでアリシアは軽くフレイヤを振る。するとオックスデーモンは胴体から真っ二つにされ、上半身は床に落ち、下半身もゆっくりと後ろに倒れた。
中級モンスターのオックスデーモンも一瞬で倒された光景に下級の悪魔族モンスター達は更に恐怖を感じて後退する。すると今度はオックスデーモンと同じ中級モンスターのデーモンメイジがアリシアの前に出て来た。
「次は儂が相手だ。貴様など、儂の魔法で消し飛ばしてくれるわ!」
「今度は魔法使いの悪魔か」
魔法を使える中級モンスターを見てアリシアはフレイヤを構え直す。今度は今までの様に接近戦闘をする敵とは違い魔法を使う相手なのでアリシアも少し用心していた。
デーモンメイジは杖をアリシアに向けると杖の先に水球が現れ、それを見たアリシアは表情を鋭くしてフレイヤを持つ手に力を入れる。
「死ねぇ! 水撃の矢!」
デーモンメイジが叫ぶと水球は水の矢と化しアリシアに向かって放たれた。アリシアは迫って来る水の矢をジッと見つめて意識を集中させる。そして水の矢が2mほど手前まで近づくと素早くフレイヤを振って水の矢を叩き落した。
自分の放った水の矢を簡単に防いだアリシアを見てデーモンメイジは目を見開く。今まで自分の魔法を剣で防いだ人間など見た事が無かったのか、かなり驚いていた。
「こ、こ奴……では、これはどうだ!?」
驚いていたデーモンメイジは次の攻撃に移る。杖を大きく横に振るとデーモンメイジの前に青い魔法陣が展開され、アリシアは魔法陣を睨みながらフレイヤを構え直す。
「雹の連弾!」
魔法が発動され、魔法陣から無数の雹がアリシアに向かって飛んで行く。普通の魔法では剣で防がれてしまうのでデーモンメイジは連続攻撃ができる魔法で攻めようと考えたようだ。
周りにいる悪魔族モンスター達もこれならアリシアを倒せると思いながら戦いを眺めている。だが、アリシアは悪魔族モンスター達が予想もしていなかった行動に出た。
アリシアは素早くフレイヤを動かして飛んで来る雹を全て叩き落した。フレイヤの刀身が雹を叩く度に高い音が部屋の中に響く。
以前にもアリシアは同じ魔法を受けた事がある。その時も何とか剣で叩き落す事ができたが幾つかの雹をその身に受けて傷を負ってしまう。しかも体力に余裕は無く、攻撃を防ぎ終わった後には呼吸を乱していた。
だが今回は全ての雹を叩き落す事ができ、呼吸も乱れていない。以前と比べてアリシアの顔からは余裕が見られた。
(前とは全然違う、これもレベル100になったおかげなのか……)
攻撃を防いだアリシアは自分の手と持っているフレイヤを見つめながら自分の力に驚いた。
デーモンメイジや悪魔族モンスター達もアリシアが全ての雹を叩き落した姿を見て驚きの反応を見せている。一度ならず二度までも人間が中級魔法を剣で防いだのだから驚くのは当たり前だった。
「ば、馬鹿な、儂の魔法の中で最強の魔法を簡単に防ぐとは……」
目の前で起きた出来事が信じられないデーモンメイジは震えた声を出しながらアリシアを見ている。するとアリシアがゆっくりと顔を上げてデーモンメイジやその近くにいる悪魔族モンスター達に視線を向けた。アリシアが顔を上げたのを見てデーモンメイジ達はビクッと反応する。
「な、何故だ? なぜ人間がモンスターである儂の魔法を防ぐ事ができる?」
「……人間をナメるなよ、悪魔?」
アリシアは低い声でそう言いながらフレイヤの切っ先をデーモンメイジ達に向けて鋭い目で睨み付ける。
「破邪天柱撃!」
力の入った声で叫びながらアリシアはフレイヤを振り上げる。するとデーモンメイジ達の足元に白い魔法陣が展開され、光の柱がデーモンメイジ達を呑み込みながら天井まで伸びた。
光の柱に呑まれたデーモンメイジ達は断末魔を上げながら消滅し、アリシアの視界に入っている悪魔族モンスターは全て倒された。
「……よし、次だ」
目の前にいた敵を全て倒したアリシアは別の悪魔族モンスターの下へ走り出す。この後もアリシアは鬼神の如く悪魔族モンスター達を次々と倒していった。
その頃、ダークも多くの悪魔族モンスター達を相手にしていた。時には大剣で切り捨て、時には暗黒剣技を使い、順調に敵を倒していく。
悪魔族モンスターは闇属性の耐性が他の種族よりも高く、闇属性攻撃をする暗黒剣技は通用しないと思われそうだが、実際に効かないのではなく与えるダメージが小さいと言うだけである。もっとも、レベル100のダークの暗黒剣技の前では低レベルのモンスターの耐性も何の意味も無かった。
ダークは大剣を大きく横に振って二体のブラッドデビルを同時に倒し、その後すぐに後ろを向いて背後から攻撃を仕掛けようとしていたオックスデーモンをジャンプ斬りで両断する。ダークの凄まじい攻撃に悪魔族モンスター達は近づく事すら難しかった。
「どうした、早くかかって来い。私を殺すのだろう?」
周りの悪魔族モンスターを倒したダークは大剣の切っ先を離れた所にいる悪魔族モンスター達に向ける。悪魔族モンスター達、特に下級モンスターはダークの圧倒的な力とその姿に恐怖を感じて近づこうとしなかった。
「やれやれ、さっきまでの勢いは何処へいたのやら」
攻めて来ない悪魔族モンスター達をダークは呆れながら見つめた。戦いが始まった時は強気だったのに仲間が次々に殺されるのを見てから徐々に弱腰になっていった悪魔族モンスター達をダークは心の中で哀れに思う。
ダークが正面にいる悪魔族モンスター達を見ていると、二体のデーモンメイジがダークの背後から火球を放ち攻撃して来た。背後からの攻撃に気付いたダークは素早く振り返りながら大剣を振り上げる。振り上げられた大剣の刀身には黒い靄が纏われていた。
「黒瘴炎熱波!」
暗黒剣技を発動させたダークは大剣を勢いよく振り下ろす。すると刀身に纏われていた黒い靄がデーモンメイジに向かって一直線に放たれる。靄は火球を呑み込み、そのまま二体のデーモンメイジも呑み込んだ。
しかし靄の勢いは止まらず、デーモンメイジの後ろにいた数体の悪魔族モンスター達も呑み込む。靄に呑まれたデーモンメイジや他の悪魔族モンスター達は全身に炎で焼かれた様な痛みを感じながら断末魔を上げ、そのまま崩れるように倒れて動かなくなった。
デーモンメイジ達を倒したダークは次の悪魔族モンスターを倒す為に視線を変える。ダークの視線の先にはブラッドデビルとヘルハウンドが一ヵ所に固まってダークを見ている姿があった。
ダークは固まっている悪魔族モンスターを見て中段構えを取る。構え直すダークを見て悪魔族モンスターは驚きながら僅かに足を動かした。
「アンタ達、何やってるの!? さっさと始末しちゃいなさい!」
攻撃しない悪魔族モンスター達を見て上空から戦いを見物していたエファリーナが声を上げる。悪魔族モンスター達はエファリーナを見上げた後、一瞬戸惑いを見せてから一斉にダークに向かって走り出す。
ダークは命令されたからと言って何も考えずに突っ込んで来る悪魔族モンスターを見て哀れに思いながら大剣を強く握り、向かってくる悪魔族モンスターに向かって跳ぶ。そして素早く大剣を振って向かって来た悪魔族モンスターを全て切り捨てた。
「チッ! 使えない奴等!」
悪魔族モンスターがダークに倒されたのを見てエファリーナは舌打ちをし、そんなエファリーナをダークは地上から見上げた。
「いつまでそこにいるつもりだ? 部下達に戦わせてばかりいないでお前も戦いに参加したらどうだ。それとも、私と戦って勝つ自信がないから部下達にだけ戦わせているのか?」
「……フン」
ダークは飛んでいるエファリーナに挑発的な言葉をぶつけるとエファリーナは挑発に乗ったかのようにゆっくりと降下して来る。ダークの目の前に下りて来たエファリーナは鋭い目でダークを睨み、ダークもエファリーナを見て目を赤く光らせた。
睨み合うダークとエファリーナの姿を周りにいた悪魔族モンスター達は黙って見ており、心の中でエファリーナに目の前の黒騎士を早く倒してほしいと願っていた。
「そんなにあたしと戦いたいなら望み通り相手になってあげる。でもきっと後悔するわよ? あたしと戦ってアンタに待ち受けている運命は確実な死、なんだから」
「……私はこれまでそう言った奴を大勢返り討ちにしてきた。お前も同じ結末を迎えなければといいな?」
死を宣告をされているのに再び挑発するダークにエファリーナは反応し僅かに目元を動かす。エファリーナは翼を広げて後ろへ飛び、ダークから距離を取ると宙に浮いたままダークを見つめながら構える。
「いいわ、最高の屈辱と苦痛を与えてから殺してあげる! 魅了のそよ風!」
エファリーナが右手をダークに向けて伸ばすと右手の前に紫の魔法陣が展開され、そこから微風が流れて出て来る。ダークを大剣を構えながら微風を受け、黙ってエファリーナを見ていた。エファリーナは微風を受けたダークを見て小さく不敵な笑みを浮かべる。
<魅了のそよ風>は相手を魅了状態にする事ができる闇属性に中級魔法。魔法陣から流れ出た微風を受けた者は魔法を発動した者の虜となりどんな命令にも従う人形となってしまう。LMFでは魅了状態となったプレイヤーは敵ではなく味方だった者に攻撃をするようになってしまうので、即死の次に厄介な状態異常と言われていた。
サキュバスであるエファリーナも相手を魅了状態にする事ができる魔法を覚えていたのでダークを魅了状態にしようとチャームブリーズを使ったのだ。自分は魅了状態にはならないとダークは言っていたが、エファリーナはその言葉を信じておらず、自分の虜にしてやろうと思ったのだろう。
微風が止むとエファリーナは笑いながらダークを見つめる。するとダークは構えていた大剣をゆっくりと下ろし、構えを解いたダークを見てエファリーナは魔法が上手くいったと感じニッと笑った。
「……それでお終いか?」
低い声で尋ねて来るダークを見てエファリーナは目を見開いた。ダークの様子からエファリーナはダークが魅了状態になっていない事を知って少し驚いたようだ。
「最初に言ったはずだ、私はお前の虜にならないとな」
「まさか、本当に魅了状態にならないって言うの?」
「信じていなかったのか」
ダークは自分の言葉を信じず魅了状態にする魔法を使ったエファリーナを見て哀れに思いながら首を横に振る。それを見たエファリーナはダークが自分を馬鹿にしていると感じ、鋭い目でダークを見つめて両手をダークに向けた。
「魅了状態ににならない事は分かったわ。だけど、それでアンタがあたしに勝てるという理由にはならないわよ?」
「魅了を無効化するだけではなく、力も十分強いと事は今までの戦いを見て分かるはずだが?」
「下級の悪魔を倒したからあたしにも勝てる気でいる訳? とんでもないくらいおめでたい男ね!」
おめでたいのはどっちだ、ダークは笑うエファリーナを見つめながら心の中で呟き、大剣を霞の構え方で持つ。
「喰らいなさい! 暗闇の光弾! 電撃の槍!」
ダークが大剣を構えた瞬間にエファリーナは魔法を発動させた。右手から紫の光弾を、左手から青白い電気の矢を同時に放ちダークに攻撃する。魔法はオックスデーモンやデーモンメイジが使っていたのと同じ中級魔法だが、その速さはオックスデーモン達よりも速かった。
前から向かってくる光弾と電気の矢を見たダークは大剣を振り、光弾と電気の矢を簡単に叩き落す。ダークにとってはエファリーナの魔法も他の中級の悪魔族モンスターの魔法と大して変わらなかった。
エファリーナは自分の魔法を難なく防いだダークを見て再び目を見開く。だが、こうでなくては面白くない、と思ったのか笑い出して再び両手を前に出す。
「蝙蝠の夜襲!」
両手の前に紫の魔法陣が展開され、そこから無数の蝙蝠が勢いよく飛び出してダークに向かって飛んで行く。ダークはエファリーナが上級魔法のナイトレイドを使える事を知って意外に思ったのか小さく声を漏らす。だが、それでもダークは慌てる事無く落ち着いていた。
向かってくる蝙蝠の群れを見てダークは大剣を勢いよく回す。まるで扇風機の羽の様に回転する大剣は飛んでくる蝙蝠を次々に切り落としていき、切られた蝙蝠の死体はダークの足持ちに落ちていく。この光景にはエファリーナも流石に驚きの表情を浮かべた。
蝙蝠の攻撃が止むとダークは大剣を回すのを止めてエファリーナを見つめる。それと同時にダークの足元に落ちた蝙蝠の死体は黒い煙と化して消滅した。
「あ、あの数の蝙蝠を全て叩き落すなんて……」
「上級魔法のナイトレイドを使えるとは思わなかったぞ。伊達にコイツ等の支配者を名乗っている訳ではないという事か」
「クッ! アンタ、本当に人間なの?」
「当たり前だ」
ダークは目を赤く光らせて低い声を出す。エファリーナは赤く光るダークの目と彼の低い声に寒気を感じたのか飛んだまま少しだけ後ろに下がった。
「……それで、お前の攻撃はもうお終いなのか?」
「チイィ! 調子に乗るんじゃないわよ!」
エファリーナは翼を広げて天井近くまで上昇する。5m程の高さからダークや部屋の中にいるアリシア、悪魔族モンスター達を見下ろすエファリーナは右手を下にいるダーク達に向けた。
「今度はその剣でも防げない魔法を喰らわせてあげるわ。それを受けて苦しみながら死んでいきなさい!」
叫ぶエファリーナを見てダークは足の位置を少しずらす。ダークから離れた所で戦っていたアリシアもエファリーナの声を聞いて彼女の方を向き、悪魔族モンスター達も戦いを中断して主人であるエファリーナを見上げる。
ダーク達が注目する中、エファリーナは魔法を発動させ、右手の中に紫の魔法陣を展開させた。
「黒い霧!」
「何?」
エファリーナが発動させた魔法を見たダークは驚いて声を漏らす。その直後に魔法陣から黒い霧が勢いよく噴き出されて部屋中に広がった。
黒い霧はあっという間に部屋中に広がりダークとアリシア、悪魔族モンスター達を呑み込んでいく。エファリーナは部屋の中が黒い霧で満たされる光景を天井から見下ろして笑顔を浮かべていた。
「ウフフフ、いくら剣の腕が凄くても霧は切る事も防ぐ事もできないわ。しかも部屋全体に広がっているから逃げ場もない、流石のアイツもコレデ終わりね……あたしの勝ち!」
空を飛びながらエファリーナは嬉しそうに語った。天井近くにいる自分は黒い霧の影響を受けず、地上にいた者達だけがその餌食となる。エファリーナは自分以外の者を全て、しかも瞬時に倒せる戦術を考えた自分自身を心の底から褒めた。
「……とんでもない事をやってくれたな?」
「!」
突如部屋の中にダークの声が響き、それを聞いたエファリーナの表情に緊張が走る。エファリーナは慌てて下を見てダークの姿を探すが、黒い霧のせいでハッキリと見えない。
エファリーナが部屋を見下ろしながらダークを探していると黒い霧の中から大剣を片手に持つダークが飛び出してエファリーナがいる高さと同じ高さまで上がって来た。いきなり目の前まで跳び上がって来たダークにエファリーナは驚愕の表情を浮かべる。
「まさか仲間がいる部屋の中で黒い霧を使うとはな……」
ダークの低い声からは怒りが感じられ、その声を聞いたエファリーナは青ざめる。その直後、ダークは大剣でエファリーナの両翼を素早く切り落とした。
「ああああぁっ!!」
翼を切られた痛みで声を上げ、飛ぶ事ができなくなったエファリーナは落下して床に叩きつけられた。その後にダークもエファリーナの近くに着地して力強く大剣を振る。その勢いで巻き起こった風は部屋に充満していた黒い霧を綺麗に掻き消した。
黒い霧が消えると部屋のあちこちに悪魔族モンスター達が倒れている。全員エファリーナのブラックミストを受けて命を落としてしまったようだ。
倒れている悪魔族モンスター達の中にはアリシアが立っている。しかし彼女はダメージを受けた様子は見られない。ダークと同じでレベル100のアリシアにはエファリーナのブラックミストは効かなかったのだ。
「ど、どうして、アンタ達は無事なのよ……」
俯せになりながらエファリーナはダメージを受けていないダークとアリシアを見て呟く。翼を切られた痛みのせいかエファリーナの声は僅かに掠れていた。倒れているエファリーナにダークがゆっくりと近づき、鋭い眼光でエファリーナを睨み付ける。
「……仲間が部屋にいるにもかかわらず部屋の中で広範囲の攻撃魔法を使って仲間を巻き込む、まさかこんな外道だとは思わなかったぞ?」
ダークはエファリーナの疑問に答える事なく苛立ちの籠った声で話し続ける。エファリーナは目の前に立っているダークを倒れたまま見上げた。
先程ダークが驚いていたのは仲間がいる部屋の中でエファリーナが広範囲攻撃魔法を躊躇なく使ったからだ。部屋の中で黒い霧を広げれば仲間を巻き添えを喰らうのは火を見るより明らかである。にもかかわらず、エファリーナは迷う事無く黒い霧を使って仲間を巻き込んだのでダークはエファリーナの行動に強い怒りを感じていた。
「此処でお前を倒す事にしておいてよかったよ。お前の様に目的を果たす為なら仲間を平気で犠牲にする様な女は危険すぎるからな」
ダークから殺気を感じ取り、エファリーナは再び青ざめて僅かに体を震わせる。翼をやられて空を飛ぶ事もできず、俯せの状態では魔法も使えない。何とかこの場から逃げる方法をエファリーナは倒れたまま必死に考えた。
「ま、待って、あたしが悪かったわ。アンタに、いいえ、貴方に忠誠を誓うから許して? 何なら、あたしを貴方の奴隷にしてくれても構わないから?」
エファリーナは必死に笑顔を作ってダークに命乞いをし始める。今までさんざん大きな態度を取っていたのに命の危険を感じた途端に手の平を返すエファリーナをアリシアは情けない、と思いながら睨み付け、ダークは大剣を握る手に僅かに力を入れる。
「お前、正真正銘のクズ女だな」
エファリーナの見っともない命乞いにダークは更に機嫌を悪くした。ダークはエファリーナを赤く光る目で睨み付け、ダークの顔を見たエファリーナは恐怖のあまりビクッと反応する。
「あの世で死人でも口説いていろ」
そう言い放ち、ダークは大剣をエファリーナに向かって振り下ろす。エファリーナは悲鳴を上げる間もなく大剣によって止めを刺されて命を落とした。
エファリーナを倒した後、ダークとアリシアは部屋中を見回して生き残っている悪魔族モンスターがいないかを確認する。全て死んでいるのを確認するとダークとアリシアは廃砦の外に出て無事にノワール達と合流した。
ノワール達が無傷な事と廃砦の前に転がっている大量の悪魔族モンスターの死体を見てダークとアリシアはノワール達の圧勝を悟る。そして仕事を無事に終えたダーク達はノワールの転移魔法でバーネストへ戻った。
――――――
バーネストに戻ったダーク達はヴァレリアや入隊試験で試験官をしていた騎士達に悪魔族モンスター達を壊滅させた事を伝える。話を聞いたヴァレリア以外の全員は一日で悪魔族モンスター達を全て倒したダーク達に驚く。ヴァレリアはダーク達の実力を知っており、彼等なら一日で全て片付けると思っていたので驚く事はなかった。
それからダークは試験官達に早速明日、入隊試験を再開する事を入隊希望者達に伝えるよう話し、話を聞いた試験官達はすぐに入隊試験再開の準備に取り掛かった。
翌日、試験官達はバーネストにいる入隊希望者全員を集めて悪魔族モンスターの一件が片付いた事、次の日に入隊試験を再開する事を伝えた。知らせを聞いた入隊希望者達はもう悪魔族モンスターの件が片付いたのかと目を丸くしながら驚く。それからは気持ちを切り替えて入隊試験の予定や流れなどを詳しく聞き、翌日の入隊試験の準備を始めた。
悪魔族モンスターの一件を片付けてから二日後、予定通り入隊試験は再開され、まだ合格していなかった入隊希望者達は試験を受ける。中止される前と同じ条件で試験が行われたので合格していなかった入隊希望者達は誰も文句などを言わなかった。入隊試験は問題無く無事に終了し、多くの合格者を出した。
入隊試験が行われた日の夜、ダークは王城の一室で外を眺めながら酒を飲んでいた。漆黒の全身甲冑を外し、素顔を見せた私服の姿で椅子に座りながらワイングラスに入った酒を飲んでいる。ダークの目の前にあるテーブルの上では子竜姿のノワールがくつろいでいた。
「色々あったが、何とか入隊試験も無事に終わったな」
「ええ、多くの人が合格して青銅騎士達を統率する騎士隊長の数も増えました。これでこの国の軍事力もより強化されるでしょう」
「ああ、明日は合格者の配属先などを決めなくちゃいけない。忙しくなりそうだから、手伝ってくれよ?」
「任せてください、マスター」
笑いながら仕事の手伝いを頼むダークを見てノワールも笑顔を返しながら返事をした。ノワールの顔を見たダークは目を閉じて再び酒を口にしてじっくりと味わう。
酒を飲んだダークはワイングラスを静かにテーブルの上に置き、真剣な顔で窓から外を見る。
「……それにしても、エファリーナ達は何処から来たんだ」
「え?」
ダークの言葉にノワールは顔を上げてダークの顔を見る。ダークは真剣な表情のまま視線をノワールに向けて口を動かした。
「奴等を倒した日からずっと考えていたんだ。あの数の悪魔族モンスターが自然に湧いて出て来たとは思えない。大量の下級モンスター、隊長の様な中級モンスター、そしてソイツ等全員を支配するエファリーナ、まるで何処かの国が送り込んで部隊の様だった」
「それは僕も始めて見た時に感じました。明らかに野生のモンスターとは違った雰囲気を出していましたから」
「そうだな……アイツ等が何処から来たのか、その件についても少し調べてみる必要がありそうだ」
腕を組みながらエファリーナ達の事を調べてみようと考えるダークを見てノワールは真剣な顔で頷く。エファリーナ達が何処かの国がビフレスト王国を調べる為に送り込まれた先遣隊か何かだった場合に備えてダーク達も何かしらの手を打っておく必要があった。
ダークとノワールが難しい顔で考え込んでいると部屋の扉がノックする音が聞こえ、ダークとノワールはフッと扉の方を向いた。
「ダーク、私だ。入っていいか?」
「アリシアか、どうぞ」
許可を出すと扉がゆっくりと開きアリシアが入室する。アリシアも鎧やマント、額当てを装備しておらず、ダークと同じように私服姿をしていた。
アリシアの手には丸めた羊皮紙が握られており、ダークのところまでやって来るとその丸めた羊皮紙をダークに差し出す。
「入隊試験の合格者の名前やレベルを整理して書いてきた」
「こんな夜遅くまで仕事していたのか? 明日やればよかったじゃないか」
「今日中に済ませれそうな仕事だったからな。それに明日に回すと仕事の流れとかが悪くなるし、片付けておく事にしたんだ」
「相変わらず真面目だな?」
ダークはアリシアを見て笑いながら羊皮紙を受け取り、ノワールも笑いながらアリシアを見ている。アリシアは笑う二人を見た後に目を閉じて小さく笑い返した。
「ところで二人で何か話していたのか? 扉の前に来た時に何か聞こえたんだが」
「ああぁ、実はな……」
二人でエファリーナ達の事について話していた事をアリシアに説明しようとしたその時、再び扉をノックする音が聞こえ、三人は扉の方を向いた。
「入れ」
ダークが許可を出すと扉がゆっくりと開き、同盟会談の時に和菓子を運んで来た悪魔の女コックがカートを押して入って来る。
女コックはカートをゆっくりと押しながらダーク達のところまでやって来て小さく頭を下げた。
「失礼します。ダーク様、お酒に合う簡単な食べ物をお持ちしました」
「おおぉ、来たか。ありがとな、リンバーグ」
ダークは女コックをリンバーグと呼んで礼を言い、リンバーグはニコッと笑みを浮かべた。
リンバーグはダークがサモンピースのナイトで召喚したレベル70のデビルコックと言う悪魔族モンスターで王城の料理長を務めている。デビルコックは味方を自身の能力を使って強化する事ができる上に戦闘能力も高く、LMFでは手強いモンスターの一種とされていた。更にLMFの設定では性格は穏やかで料理がとても上手いという事になっているので、ダークが料理長に相応しいと思い召喚したのだ。
カートの上に乗っている料理や新しい酒をリンバーグは静かにテーブルに置いて行く。カートに乗っている物が全てテーブルに置かれるとリンバーグは一礼して部屋を後にした。ダークはリンバーグが出て行くのを確認するとアリシアの方を向いてニッと笑う。
「さっきの話の続きは飲みながら話すから、アリシアも一緒に飲まないか?」
「え? 私もか?」
きょんとした表情で訊き返すとダークは笑いながら頷く。アリシアは小さく俯きながらしばらく考え込み、やがて微笑みながらダークの方を向いた。
「……そうだな、仕事も終わったし、いただくとしよう」
そう言ってアリシアは空いている椅子に座って空のグラスを手に取り、ダークはアリシアのグラスに酒を注ぐ。
それからダークとアリシア簡単に乾杯した後にエファリーナ達の事について話を始める。ノワールはリンバーグが持って来た料理を食べながら二人の会話を聞いていた。
今回で十二章が終了です。またしばらくしてから投稿します。