第百四十九話 悪魔を統べる淫魔
ヘルハウンドと遭遇してからもダーク達は何度か下級の悪魔族モンスターと遭遇した。最初は一度モンスターと戦闘を行うとしばらく何事も起こらなかったが、廃砦に近づくにつれてモンスターの数が増えて来たのか戦闘の回数も徐々に増えていく。しかし、下級の悪魔族モンスターでは相手にはならず、ダーク達は苦戦する事なく悪魔族モンスター達を倒していき、順調に林の中を歩いて行った。
広い一本道をダーク達はそれぞれ愛用の武器を握りながら進んで行く。途中で分かれ道などもあったが、廃砦のある方角が分かっているので迷わずに先へ進む事ができた。全員、モンスターが現れたすぐに対応できるように警戒しながら進む。
「少しずつだが、悪魔族モンスターと遭遇する回数が増えて来てるわ。確実に敵の砦に近づいているって事ね」
「ああ、そろそろ中級モンスターとかが出て来てもおかしくねぇ。油断するなよ?」
「大丈夫よ、今のあたし達ならどんな敵でも楽勝よ」
「だからそういうのをやめろって言ってるんだよ」
テンペストを手の中で回しながら余裕の笑顔を見せるレジーナにジェイクは呆れ顔を浮かべる。マティーリアもレジーナを見てやれやれと首を横に小さく振った。
レジーナ達が会話をしていると周りを気にしながら先頭を歩いているダークが足を止める。ダークの後ろを歩いていたアリシアとノワールも立ち止まり、会話をしながら歩いていたレジーナ達も立ち止まるダーク達に気付いて止まった。
「見ろ」
ダークはそう言って前を指差し、アリシア達はダークが指す方角を見ると400mほど先に丘の上に建つボロボロの砦が視界に入った。
砦の周りにはブラッドデビルの様な翼を持つ悪魔族モンスター達が飛び回っている姿があり、地上にも多くの悪魔族モンスターが砦を警備している姿がある。
「あそこかぁ……」
「あの砦にエファリーナとか言う魔族がおるんじゃな」
「一体どんな奴なのかしら?」
廃砦を見つめながらジェイク、マティーリア、レジーナは鋭い表情を浮かべる。多くの悪魔族モンスターを支配するエファリーナとか言う魔族がどんな存在なのか三人は興味があり、早くその姿を見てみたいと思っていた。アリシアとノワールも黙って遠くに見える廃砦を見つめている。
アリシア達が廃砦を見ているとダークがゆっくりと振り返ってアリシア達の方を見た。ダークが振り向くとアリシア達は視線を廃砦からダークに向ける。
「いよいよ敵のアジトへ足を踏み入れる。そこで悪魔達の主であるエファリーナと会って話し合いをする訳だが、最悪の場合は奴等と戦う事になる」
ダークは低い声でアリシア達にこの後何をするのか説明し、アリシア達は黙ってその話を聞いている。
「砦には多くの悪魔族モンスターがいるはずだ。もし話し合いが上手くいかなかった場合はソイツ等全員を相手にする事になるだろう……お前達は英雄級の実力を持っているから雑魚が相手なら絶対に負ける事はない。しかし、何が起きるか分からないのが戦場だ。油断するなよ?」
「だとよ、レジーナ?」
ジェイクは小さく笑いながらさっきまで余裕の態度を取っていたレジーナに声を掛けるとレジーナは目を細くしながら笑うジェイクの方を見た。
「……分かってるわよ。油断はしないし、自分の力を過信したりはしないわ」
さっきまで浮かれたいたせいか強く言い返せないレジーナは不機嫌そうな口調で返事をし、そんなレジーナを見てジェイクは肩を竦めながら鼻で笑い、マティーリアも愉快そうな笑顔を浮かべている。
これまでは低級モンスターが数体ずつ間隔を開けて現れたが、廃砦で戦闘になった場合は一度に多くのモンスターを相手にする事になる。そうなったらいくら英雄級の実力者でも追い詰められる可能性があった。
最悪の結果にならないようにする為にも油断せずに戦うようレジーナ達は気を引き締める。
「よし、では行くとしよう」
ダークは再び廃砦の方を向いて歩き出し、アリシア達もダークの後に続く。一体どれ程の悪魔族モンスターがいるのか、エファリーナとか言う魔族はどんな存在なのか、ダーク達は色々な事を考えながら一本道を歩き廃砦へ向かった。
林を抜けた丘の上に建てられている廃砦、その周りでは悪魔族モンスター達が周囲を見回していた。廃砦の入口である門の前には門番と思われるオックスデーモンが二体立っており、その周りにはヘルハウンドやブラッドデビル、他にも体中に無数の目と口を持ち、茶色い肌をした大型の太った人間の様な悪魔族モンスターなどが数体いる。悪魔族モンスター達はしっかりと統率されているのか勝手な行動をする事無く、大人しく仕事をしていた。
悪魔族モンスター達が林や廃砦の周りを見張っていると、一匹のブラッドデビルが林の中から出て来たダーク達の姿を見つける。ブラッドデビルは自分達の縄張りに人間がいるのを見て驚いたのか、仲間達に方を向いて声を上げた。それを聞いた他の悪魔族モンスター達は一斉にダーク達を見つけたブラッドデビルの方を向く。
「どうした、何を騒いでいる?」
門番をしていたオックスデーモンの一体が騒ぐブラッドデビルに近づく。ブラッドデビルは騒ぎながら林の方を指差し、オックスデーモンにダーク達の存在を教える。
オックスデーモンは丘を上って来るダーク達の姿を見ると目を見開いて驚く。同時に林にいた仲間の悪魔族モンスター達は何をしていたのだと怒りを感じた。
「お前等、人間がやって来るぞ。他の連中にも知らせろ!」
「エファリーナ様にも伝えるか?」
もう一体のオックスデーモンが自分達の主にも伝えるべきか仲間に尋ねる。すると仲間のオックスデーモンは尋ねてきたオックスデーモンの方を向き首を横に振った。
「いや、たかが貧弱な人間が来たぐらいであの方に報告する必要は無い。我々だけで片付ける」
小さい事なら自分達だけで対処すればいいとオックスデーモンは考え、もう一体のオックスデーモンも同じように考えたのか黙って頷く。
この時、オックスデーモンや他の悪魔族モンスター達は自分達が貧弱だと思っている人間達が強大な力を持つ存在であるという事に気付いていなかった。
悪魔族モンスター達は門を護る為に陣形を組む。いや、陣形を組むと言うにはあまりにも隊列や配置がバラバラだった。優秀な将軍や騎士が見ればただ集まっているだけというくらい酷いものだ。
陣形を組んだ悪魔族モンスター達が騒いでいるとダーク達が丘を上って門の前に姿を見せた。
「おおぉ、結構いるな」
「ざっと見て三十体ぐらいでしょうか?」
ジェイクは門の前に集まる大量の悪魔族モンスター達を見て意外そうな表情を浮かべ、ノワールは悪魔族モンスターの数は簡単に分析する。自分達が思っていたよりも多くの悪魔族モンスター達がいる事にダーク達は少し意外に思っていた。
自分達の前に現れたダーク達を見て、近くにいるブラッドデビルやヘルハウンド達がダーク達に襲い掛かろうとする。だが、門番のオックスデーモンが持っている骨の斧の柄の先で地面を強く叩いてブラッドデビル達を止めた。やはり中級の悪魔族モンスターは冷静な判断ができるのでいきなり攻撃しようとは思わないようだ。
オックスデーモンの一体が悪魔族モンスター達の中を通ってダーク達に近づき、オックスデーモンの前にいた他の悪魔族モンスター達は黙って道を開ける。そしてダーク達の前までやって来たオックスデーモンはダーク達を睨みつけながら見下ろす。
「何だお前達は? 此処に何しに来た?」
「フム、同時に二つの事を訊かれても困るのだが、とりあえずは自己紹介からするとしよう。私はこの国の王であるダーク・ビフレストと言う。後ろにいるのは私の仲間達だ」
ダークはオックスデーモンを見上げながら自分とアリシア達の事を紹介する。オックスデーモンはダーク達の名に興味が無いのかつまらなそうな顔をしていた。
(自分で何者なのか聞いておいて興味の無さそうな顔をするなんて、失礼な奴だ)
オックスデーモンの表情を見てダークは心の中で愚痴を言う。
「それでその人間の王が何の用だ?」
「実は昨日、カラキの森にいた我が国の民がお前達の仲間である悪魔族モンスターの襲撃を受けてな」
二次試験で起きた事をダークはオックスデーモンや周りにいる他の悪魔族モンスター達に聞こえるように力の入った声で話す。それを聞いてオックスデーモンや悪魔族モンスター達は一斉に表情を変える。
「そうか、逃げ帰って来た奴等が言っていたのはお前等の事だったのか」
オックスデーモンは目を鋭くしてダークを見つめる。やはりカラキの森で逃がした悪魔族モンスター達はこの廃砦に逃げ帰り、ダーク達に負けた事を仲間に話したようだ。
「ほほぉ、知っているのか? それなら話が早い。私はその事について話しをする為にお前達の主であるエファリーナに会いに来たのだ。呼んで来てくれないか?」
ダークは廃砦の中にいるであろうエファリーナを呼んで来るようオックスデーモンに要求した。だが、そんな事を言われて素直に呼んで来るほど悪魔族モンスター達は馬鹿ではない。オックスデーモンは表情を険しくしながら再び骨の斧の柄の先で地面を強く叩く。
「寝ぼけた事を言うな! 貴様等如きがエファリーナ様に会おうなどおこがましい事だ」
「……もう一度言うぞ? さっさと呼んで来い。それができないのなら話し合いに応じるようご主人様に伝えてこい」
声を上げるオックスデーモンにダークは冷静な態度を取る。だが、声はさっきと違って低く苛立ちの様なものが感じられた。
オックスデーモンは人間でありながら悪魔である自分に命令するダークを生意気に思い、歯を噛みしめながら骨の斧を握る手に力を入れる。周りの悪魔族モンスター達もダークの態度を不愉快に思っていた。
「……そんなにエファリーナ様に会いたいのなら会わせてやる。ただし、死体になってからなぁ!」
そう叫びながらオックスデーモンは骨の斧を振り上げてダークに切りかかろうとする。だがそれよりも先にダークは大剣でオックスデーモンの左大腿部を切った。
切られた箇所からは血が噴き出し、オックスデーモンは痛みに声を上げながら横に倒れる。周りにいる他の悪魔族モンスター達はその光景を目にして驚きの反応を見せた。
倒れたオックスデーモンは両手で傷を押さえながら痛みに耐える。そこへダークが近づき、オックスデーモンの顔に大剣の切っ先を突き付けた。
「まだやる気なら相手になっても構わないぞ? 最もその時は私ではなくお前が死体になる事になるがな」
「き、貴様ぁっ!」
「これが最後だ、お前達の主を呼んで来い。断るのならお前達を全員倒してから砦に入り、私達が直接会いに行くだけだ」
目を赤く光らせて最後の警告をするダーク。倒れているオックスデーモンはダークの顔を見て僅かに寒気を感じ微量の汗を流す。
「お、おい、エファリーナ様に知らせてこい」
オックスデーモンは起き上がり、門の前にいるもう一体のオックスデーモンにエファリーナにダーク達の事を伝えてくるよう話す。声を掛けられたオックスデーモンは少し慌てた様子で門を開け、廃砦の中に入りエファリーナにダーク達の事を知らせに向かった。
ようやくエファリーナと話し合いができると知ったダーク達は自分達の武器を鞘に納めたり、背中に背負ったりなどする。話し合いをするのに武器を手に持ったままなのはマズいと思ったのだろう。しかし周りにはまだ多くの悪魔族モンスターがいるので警戒は解かずに注意し続けた。
しばらくすると廃砦の中からさっきのオックスデーモンが出て来てダークの前までやって来た。
「エファリーナ様が話し合いに応じると仰られた。中に入れ」
「そうか……」
「一人なら仲間を連れても構わないそうだ」
仲間を同行させてもいいと言う相手の条件にダークは少し意外に思った。てっきり一人で入って来いと言ってくるのではと考えていたのだ。
ダークはアリシア達の方を向き、腕を組みながら誰を同行させるか考えた。そして誰にするか決めるとダークを腕を組むのをやめて同行させる人物を見つめる。
「アリシア、一緒に来てくれ」
「ああ、分かった」
「お前達は私とアリシアが戻るまで此処で待っていろ」
「ハイ、、マスター」
ダークの指示を聞いてノワールは返事をし、レジーナ達も無言で頷く。ダークはアリシアを連れて廃砦の方へゆっくりと歩き出す。するとダークは立ち止まりチラッとノワールの方を向いた。
「……襲って来たら全力でやれ」
周りには聞こえないくらい小さな声でダークはノワールに話しかけ、それを聞き取ったノワールはフッと反応を見せる。ダークはノワールが自分の言葉を聞き取ったのを確認すると再び前を向いて門の方へ歩き出す。
門の前では案内役と思われるブラッドデビルが立っており、ダークとアリシアはブラッドデビルの後に続いて廃砦の中へと入って行った。
ダークとアリシアが廃砦に入ると門はゆっくりと閉まり、残されたノワール達は周囲の悪魔族モンスター達を警戒しながら待機する。するとダークとアリシアを廃砦へ入れたオックスデーモンが足を負傷しているオックスデーモンに近づき、ヒソヒソと耳元で何かを話し出す。仲間の話を聞いて足を負傷しているオックスデーモンはノワール達を見て不敵な笑みを浮かべながら仲間の手を借りて立ち上がった。
ノワールは笑うオックスデーモンに気付き、何か企んでいるのかと感じる。だが、まだ動きを見せていない為、とりあえず様子を見ながらダークとアリシアが戻るのを待つ事にした。
廃砦の中に入ったダークとアリシアはブラッドデビルに案内されながら廊下を歩いて廃砦の奥へ向かっていた。廊下には壊れた石レンガの破片や古びた食器、錆び付いた剣などが落ちている。その光景を見たダークとアリシアは放棄されてから人間は誰も砦に足を踏み入れていない事を知った。
「酷い有様だな、壁や天井にも穴が開いているし、これじゃあ砦として使えないと判断するのも無理はない」
「だが、悪魔が棲みつくにはもってこいの場所だ」
廃砦の状態を見て驚くアリシアの隣でダークは前を見ながら呟く。
放棄されて誰の物でもない廃砦なら近くに住む人間が近づく可能性は低い。しかも廃砦はモンスターが棲みついている林に囲まれている為、戦いの技術を持つ者でないと無事に通り抜ける事ができないだろう。悪魔族モンスター達にとってアジトにするには好都合な場所だった。
しばらく廊下を歩いて行くとダーク達は二枚扉の前にやって来た。案内役のブラッドデビルはダークとアリシアの方を向いて二枚扉を指差し、中に入れと伝える。それを見たダークとアリシアはゆっくりとドアノブの回して扉を開けた。
扉の向こう側には広い部屋があり、壁には古びた絵画が掛けられており、床にはボロボロな赤いカーペットが敷かれ、壊れた机や鎧などが散らばっている。何よりも、部屋の隅には扉を開けたダークを睨んでいる大勢の悪魔族モンスターの姿があった。
ダークとアリシアは悪魔族モンスター達の睨み付けを気にする事無く部屋に入り奥へと進んで行く。部屋の雰囲気からして、今いる場所は砦の司令官の部屋だったようだ。
「へぇ~、どんな人間かと思ったら騎士だったんだ?」
部屋の中に若い女の声が響き、ダークとアリシアは部屋の真ん中で足を止めて声が聞こえた方を向く。部屋の奥には汚れているが高級感のあるソファーが置かれており、そこに一人の若い女が座っている。
十代後半ぐらいの若さで紫色のツインテールに黄色い目、白い肌をしている美女だ。頭には黒い牛の様な角、背中には悪魔の翼を生やしており、露出度の高い黒い服を着ている。外見とその妖艶な雰囲気からその女が人間でない事は一目で分かった。
女が座るソファーの後ろには二体のオックスデーモンと数体のブラッドデビルが控えており、ジッとダークとアリシアを睨んでいた。
「あたしの砦はようこそ、人間の王様」
女は足を組みながら満面の笑顔でダークとアリシアに挨拶をする。ソファーに座る女を見た二人はこの女が悪魔族モンスター達を支配するエファリーナで間違いないと考えた。
「……お前がエファリーナか?」
「ええ、そうよ。この悪魔達を支配する偉大な魔族、よろしくね」
ソファーにもたれながらアリシアの質問にエファリーナは素直に答える。アリシアは陽気な態度を取るエファリーナを真剣な表情で見つめた。
一方、ダークはポーチから賢者の瞳を取り出してエファリーナを覗いている。賢者の瞳にはエファリーナの情報が映し出され、それを見たダークは兜の下でつまらなそうな顔をしながらエファリーナを見ていた。
(何だ、レベル48のサキュバスか。魔族なんて立派な言い方をされてるからもっと凄い奴を想像していたのに、まさか中級の上くらいのモンスターとはなぁ)
エファリーナの正体を知ってガッカリしたダークは心の中で呟く。だが、それでもオックスデーモンや下級の悪魔族モンスター達よりは強い力を持っている存在である事に間違いはなかった。
「それで、この国の王様はどっちなのかしら?」
ダークがエファリーナの正体を知って俯いているとそのエファリーナが明るい声でダークとアリシアにどちらが王族なのか尋ねてきた。その質問を聞いたダークはゆっくりと顔を上げてエファリーナを見つめながら一歩前に出る。
「私がビフレスト王国の王、ダーク・ビフレストだ」
「よろしくね、ダークさん。それで、話し合いに来たって聞いてるけど、一体どんな内容なの?」
ソファーにもたれ、組んだ足をブラブラと揺らしながらエファリーナは話の内容について尋ねる。ダークの後ろにいるアリシアは大きな態度を取るエファリーナを見て僅かに苛立ちを感じていた。
「昨日、君の部下達がカラキの森で私の国の民を襲い、捕らえようとした。幸いこちらに被害は出なかったが、君の部下から君達がこの辺りを支配しようとしていると聞いてな。その事について一度話し合いをしようとやって来たのだ」
「フ~ン、そうだったの……それで?」
「朽ちた砦に棲みつくのは自由だが、この国の民を襲ったり、勝手に森や林を自分達の物と決めつけて支配してもらっては困るのだ」
「そう、それであたし達にどうしてほしいわけ?」
小首を傾げながらエファリーナはダークに何を望んでいるのか尋ねる。するとダークはエファリーナを見つめて目を赤く光らせた。
「私に忠誠を誓い、二度と人間を襲ったりしない事を約束しろ」
ダークの言葉を聞き、話を聞いていたエファリーナ以外の悪魔族モンスター達は一斉に反応し、目を鋭くしてダークを睨みつけながら騒ぎ出す。悪魔である自分達が人間に忠誠を誓うなど納得できないのだ。
悪魔族モンスター達が騒ぐ姿をダークとアリシアは黙って見ている。こうなる事を予想していたのか二人は冷静な態度を取っている。すると、エファリーナが両手をパンパンと叩き、それを聞いた悪魔族モンスター達は一斉に黙り込んだ。
「あたし達が貴方に忠誠を誓って何のメリットがあるのかしら?」
「忠誠を誓うのならある程度の自由は保障する。このままこの砦に住み続けたいと言うのならそれでも構わん。そしてお前達に何か不都合な事が起きれば我々も少しだが助力するつもりだ」
「成る程ねぇ……」
ダークの話を聞いてエファリーナは腕を組んで考え込む。ダークとアリシア、周りにいる悪魔族モンスター達はどんな答えを出すのか考えながら黙ってエファリーナを見つめる。
十数秒ほど考えた後、エファリーナは腕を組むのをやめてダークとアリシアを無表情で見る。するとエファリーナの顔が無表情から無邪気な笑顔へと変わった。
「お断りするわ」
エファリーナはダークの支配下に入るのを拒否し、その答えを聞いたアリシアは目を鋭くしてエファリーナを睨む。ダークは怒りなどを露わにする事無く、落ち着いた様子でエファリーナを見ている。
悪魔族モンスター達は人間に支配されるのを拒んだエファリーナの答えに一斉に声を上げて喜ぶ。自分達の主であるエファリーナは絶対にダークの要求を断ると思っていたようだ。
「……一応訊くが、断る理由は?」
ダークはエファリーナに断った理由を尋ねる。するとエファリーナはソファーから立ち上がり、翼を広げて飛び上がる。そしてゆっくりとダークの方へ飛んで行き、ダークの目の前で止まった。
「あたしね? 他人に縛られて生きるのが嫌なのよ。自由に生きて自分のやりたい事をやりたい時にやるのがあたしの生き方なの。他人、しかも人間に生き方が決められるなんて真っ平御免よ」
「成る程な……」
エファリーナの答えを聞いたダークは低い声で納得する。だが、アリシアが自分達の立場も分からずに自分勝手な事を言うエファリーナに更に機嫌が悪くし、拳を強く握りながらエファリーナを睨んでいた。
アリシアの睨み付けに気付いていないのかエファリーナは笑いながらダークの周りを飛び回る。そしてダークの首に手を回し、そっとダークの顔に自分の顔を近づけた。
「ねぇ王様、あたし達を今までと同じよに好きにやらせてよ? もし、好きにやらせてくれるのならちゃんとお礼するからさぁ」
「なっ!」
ダークの耳元でエファリーナは甘い声で頼み込む。その姿はまるで女を知らない男を誘惑する娼婦の様だった。そんなエファリーナの態度を見てアリシアは目を見開く。
どうやらエファリーナは自分の都合のいいように事を進める為にサキュバスの能力を使ってダークを誘惑しようとしているみたいだ。
勿論、エファリーナの態度を見てダークは彼女が自分を誘惑しようとしている事に既に気付いている。だが、サキュバスがどんな方法で男を誘惑するのか少し興味があり、そのまま黙って話を聞く事にした。
「好きにさせてくれるのなら、貴方に男と女の喜びと言うのを教えてあげるわ。そう、二度と忘れる事ができない最高に甘い喜びをね」
顔をダークの耳元から離すとエファリーナは笑顔で話し、それを聞いていたアリシアは僅かに頬を赤くして反応する。ダークはエファリーナの話を聞いてやっぱり性的な内容か、と心の中で呟いた。
サキュバスが男と取引するとすれば、その内容は性的なもの以外考えられない。ダークはお決まりのパターンにガッカリし、エファリーナに聞こえないくらい小さな溜め息をついた。
「どう? 悪くないでしょう? 世界最高のサキュバスであるあたしと性の喜びを得る事ができるなんて、これ以上の見返りは無いわ」
「お、お前、何をふざけた事を……」
エファリーナはゆっくりと飛んでダークの前に移動し、兜越しにダークの頬を両手で触った。アリシアは頬を赤くしたままダークを誘惑するエファリーナを鋭い目で睨み付ける。同時に今まで感じた事の無いくらい強い苛立ちを感じていた。
これで目の前にいる人間の王は自分の虜になった、そうエファリーナは感じて微笑む。すると、ダークの口から冷たい声が出る。
「……くだらん」
「ん?」
「くだらないと言ったんだ」
目を赤く光らせながらダークは目の前にいるエファリーナを見つめる。エファリーナはダークの目を見た瞬間に驚き、咄嗟に後ろへ跳んで距離を取った。
「世界最高のサキュバスだと? フッ、思い上がりもここまでいくと笑えるな」
「思い上がり?」
ダークの言葉にエファリーナが僅かに反応する。アリシアもサキュバスに誘惑されず、挑発的な言い方をするアリシアにキョトンとしていた。
「お前の考えている事などお見通しだ。見逃せば礼をすると言っておきながら、本当は私を魅了状態にして自分の都合のいいように操るつもりだったのだろう?」
エファリーナの狙いに最初から気付いていたダークは低い声を出す。そんなダークを見てエファリーナは目を見開く。自分の虜にならない上に狙いを見抜いていた目の前の黒騎士は驚きを隠せずにいた。
「生憎だが私はいかなる魔法やモンスターの能力を使っても魅了状態にはならない。だからお前の虜になる事も絶対にあり得ないのだ」
「な、何ですって?」
サキュバスである自分の虜にならない、エファリーナはダークの言葉の意味が分からずに呆然としながらダークを見つめる。
ダークは状態異常を防ぐ為にあらゆる状態異常を無効化する技術を装備している。その中には魅了を無効化する魅了無効の技術も入っているのでエファリーナの虜にならなかったのだ。勿論、使い魔であるノワールも全ての状態異常を無効化する技術を装備している。そして、アリシアも状態異常にならない体になっていた。
アリシアはLMFのアイテムでサブ職業を得ているので、レベルを上げていく事によりサブ職業で習得できる技術を覚える事ができるようになっている。だからアリシアも状態異常無効の技術を習得して状態異常にならなくなっているのだ。ただし、彼女の場合はダークやノワールと違っていちいち技術を装備する必要が無く、習得した技術は自動的に装備されるようになっている。メニュー画面を開いて技術を装備する必要が無い点ではダークやノワールよりも効率がいいと言えるだろう。
「それに私はお前の様な醜い女に興味など無いのだ」
エファリーナはダークの言葉に目を大きく見開き、部屋の中にいる悪魔族モンスター達もダークの言葉を聞いて一斉に顔に緊張を走らせる。
醜いと言うのは異性を魅了するサキュバスにとってはこれ以上に無い侮辱だった。エファリーナは生まれて初めて言われた毒舌に強い怒りを感じる。まさに腸が煮えくり返る気分だ。
「……あたしが、醜いですって?」
「ああ、お前よりもそこにいるアリシアの方がずっと美しい」
「なっ!?」
低い声を出しながら俯くエファリーナにダークはアリシアの方が魅力的だと話し、その言葉にアリシアは頬を赤くする。
自分の事を醜いと言っただけでなく、人間の女の方がサキュバスである自分よりも魅力的だと言われ、エファリーナのプライドはズタズタにされた。
エファリーナは拳を強く握り、肩を震わせながらフッと顔を上げ、殺意の籠った目でダークを睨み付ける。その顔にはさっきまでダークを誘惑しようとしていた笑顔は残っていなかった。そんなエファリーナの顔を見てアリシアは表情を鋭くして鞘に納めえてあるフレイヤを握る。
「このあたしが人間の女よりも醜いと言うなんて、こんな屈辱は生まれて初めてだわ!」
大きく翼を広げて上昇したエファリーナはダークとアリシアを見下ろし、二人も天井近くまで飛び上がったエファリーナをジッと見上げている。
「素直にいう事を聞くのならあたしの玩具として可愛がってあげようと思ったのに……やめたわ、アンタは此処で殺す。そしてそこの女騎士と外にいるアンタの仲間も殺してこの国を乗っ取ってやるわ!」
ダークを睨みながら叫ぶ様に語るエファリーナは指をパチンと鳴らす。すると部屋の隅やソファーの後ろで控えていた悪魔族モンスター達が一斉に動き出してダークとアリシアを取り囲んだ。
「フッ、自分を馬鹿にした者を殺して全てを奪おうとする考え方、プライドの高い小悪党の典型だな」
エファリーナの態度を見てダークは呆れるような口調で喋りながら背負っている大剣を抜く。アリシアも呆れ顔で取り囲む悪魔族モンスター達を見ながらフレイヤを抜いた。
悪魔族モンスター達に囲まれて逃げ道も無く、普通の人間なら絶望する状況だった。だが、レベル100のダークとアリシアにとっては緊張すらしない状況だ。悪魔族モンスター達は取り囲まれているのに緊迫した表情を見せないダークとアリシアを見て不思議に思っていた。
「ダーク、此処にいる悪魔達は全員倒していいんだな?」
「ああ、こちらに従うどころか相手を魅了して言う事を聞かせるような奴など仲間にできん。あのサキュバスとその配下の悪魔は此処で倒す」
話し合いが上手くいかず、結局戦う事になってしまいアリシアはやれやれと言いたそうにフレイヤを構える。ダークも大剣を構えて空を飛んでいるエファリーナを見上げた。
「人を誘惑し傀儡にしようとした淫魔とその眷属よ、断罪の始まりだ」
目を赤く光らせ、視線をエファリーナから目の前にいる悪魔族モンスターに変えたダークは大剣を強く握り、悪魔族モンスターに向かって走り出す。