第十四話 騎士として
ゴブリンたちを討伐したダークたちはすぐに出発しバルガンスの町へと向かう。アリシアとべネゼラのどちらが選んだ道を進むかという話はゴブリンと遭遇したことで安全に進める道はないと判断され、アリシアの選んだモンスターと遭遇する可能性が高い分、早く着ける道を選んだ。べネゼラは納得できない態度を取ったがゴブリンと遭遇したことと兵士たちの大勢が賛成したことから渋々納得した。
右のルートを選んだダークたちは馬を走らせて一本道を進んで行く。林の中や丘に囲まれた道を通ったりなどしたが、幸運にもゴブリンとの戦闘以来モンスターと遭遇することは無かった。それから安全にルートを進んでいったダークたちは目的のバルガンスの町へ到着した。
バルガンスの町は周りを川で囲み、入口である二つの正門前に橋が架かっており、町を囲む城壁と川の二つによって敵国の兵士やモンスターの侵入を防ぐことのできる防御力の優れた町だった。
橋を渡り、南の正門から町に入ったダークたちは正門前の広場で一度止まる。そしてアリシアは馬に乗りながら任務の内容の確認と今後どうするかを兵士たちに伝えた。
「私とべネゼラはこれから町長に会って事件の詳しい内容を聞いてくる。お前たちは私たちが戻るまで此処で待機していろ。話が済み次第、すぐに事件のあった湿地へ向かう」
アリシアの話を聞いて兵士たちは声を揃えて返事をする。気合の入っている兵士たちを見てアリシアは小さく笑った。
兵士たちに指示した後、アリシアは荷車を下りて自分の隣までやってきたダークとレジーナの方を向く。二人は部隊が町に入るとすぐに荷車を下りてアリシアに自分たちはどうするかを伝えるために真っ直ぐ彼女の下へ向かったのだ。
「ダーク、貴方たちはどうする?」
「本来の予定通り、休暇も兼ねてこの町を見て回ろうと思う。この町にはいろんな場所があるみたいだからな」
ダークは町の方を見ながら言い、レジーナも初めて訪れたバルガンスの町に興味があるのか目を輝かせていた。
バルガンスの町には冒険者ギルドの施設や図書館、鍛冶屋などアルメニスの町ほどではないが広くていろいろな建物がある。あと、アイテムショップなどもあり、アルメニスの町では売っていない様な物も売っている可能性があり、ダークはこの町にある施設や店を一通り見て回ろうと考えていた。
「フッ、呑気でいいわよねぇ? こっちかこれから命を懸けて盗賊と戦おうっていうのに観光だなんて」
アリシアの隣で馬に乗っているべネゼラが嫌味を言いながらダークに突っかかる。そんなべネゼラはダークはチラッと見た。アリシアとレジーナは態度の悪いべネゼラを鋭い目で睨んでいる。
「やめろ、べネゼラ! 彼らは私たちの任務とは関係ない。それに彼らは連れてきたのは私だ。彼らを悪く言うのはよせ!」
「フン、相変わらず真面目な奴ね。先に言っておくけど、ダーク。ゴブリンどもを倒したり魔法を剣で打ち消したりしたぐらいでいい気になるんじゃないわよ? あれぐらいは経験を積めば誰でもできるようになることなんだからね?」
先程のダークの活躍が気に入らなかったのかべネゼラはダークを見ながら調子に乗るなと警告をする。
アリシアは相変わらず冒険者であるダークをよく思わないべネゼラの態度に表情を鋭くしており、ダークを慕うレジーナもべネゼラの態度に苛立ちを見せていた。
「アンタねぇ! 本当にいい加減に……」
一言べネゼラに文句を言おうとレジーナが一歩前に出た時、ダークの腕がレジーナの前に出て彼女を止める。
レジーナがダークの方を見るとそこにはべネゼラをジッと見つめているダークの姿があった。ダークからは怒りなどの不機嫌になったような雰囲気は感じられず、ダークは冷静にべネゼラを見ている。
「別に私は自分の力を自慢していい気になるつもりは無い。お前がそう思うのは勝手だが、人を悪者にするような言い方はやめた方がいい。そういうのは自分の力に自信のない者が言う言葉だ」
「なっ! ……チッ、まぁいいわ」
また言い合いになれば自分が言い負かされると思ったのか、べネゼラは話をやめて馬を動かし町の方へ行く。そんな彼女の後ろ姿を見るアリシアは溜め息をついた。
「……とりあえず、私は町長のところへ行ってくる」
「ああ。私は君たちが戻るまで此処で兵士たちと待っている」
アリシアはダークに軽く手を振りながらべネゼラの後を追うように馬を歩かせる。ダークは腕を組みながらアリシアの後ろ姿を黙って見つめた。
兵士たちが荷物や装備のチェックをしながら簡単に休む姿を見たレジーナはアリシアとべネゼラが戻るまでジッとしているダークを見て彼の周りをウロウロと歩き出す。せっかくバルガンスの町に来たのにダークが町を見に行かないことに少々不満を感じているのだろう。
「ねぇ、兄さん。いつまでもこんな所にいないで町へ行こうよ。あたし、武器屋とかアイテムショップとか見て回りたいわ。さっき倒したゴブリンの素材もギルドに持っていってお金に換えたいし……」
「もう少し待て。アリシアたちが戻ってきて彼女たちの予定を聞いてからだ」
「どうしてそんなことを聞く必要があるの?」
「私たちがこの町にいられるのはアリシアたちが任務を終わらせるまでの間だけだ。彼女たちが任務の為に町を出て、帰ってくるまでの間だけが私たちがこの町で自由にできる時間になる。アリシアたちの任務が終われば私たちも一緒に帰らなくてはならない。彼女たちから湿地へ行き、戻ってくるまでの時間を聞いておけば何をするか予定を決めやすくなるだろう?」
「あっ、なるほど……」
ダークの計画的な考え方にレジーナは感心した。そんなレジーナを見た後にダークは空を見上げながらアリシアとべネゼラの帰りを待つ。
任務のためにバルガンスの町へ来たアリシアたちの荷車に便乗させてもらったダークはできるだけアリシアたちの都合に合わせて行動しようと考えていた。さすがに任務中のアリシアたちを前に遊びで町に来た自分たちが自分勝手に行動するのは申し訳ないと思ったのだろう。ダークはアリシアたちの都合に合わせて観光を楽しむことにした。
――――――
町の住宅地にある町長の屋敷の前には二頭の馬が止まっていた。アリシアとべネゼラが乗っていた馬だ。ダークたちと別れた後、二人は真っ直ぐ町長の屋敷へ向かい、町長から湿地の近くで起きている盗賊の話を聞く。町長は訪ねてきた二人の女騎士に盗賊たちによって受けた被害と詳しい内容を説明する。
屋敷の一室で町長から話を聞くアリシアとべネゼラ。アンティークなテーブルを左右から挟む形でアンティーク椅子が置かれ、その一つに町長らしき初老の男が座っている。その向かいの席にはアリシアとべネゼラが町長の顔を見ながら座っていた。
「……では、これまで盗賊たちは若い娘と食料、そして使えそうな武器などを奪っているのですね?」
「ハイ……ただ、なぜか若い娘だけをさらい、男や子供、老人などは全て生きて返しているのです」
「伺っています。彼らを生きて返せば自分たちの情報が我々騎士団や町の自警団に行き渡り、自分たちが不利になるにもかかわらず、彼らは若い娘だけをさらって他は逃がしている。盗賊としては考え難い行為です」
「なぜ彼らはそんな事をしたのか、生き残った者に尋ねてみたのですが、全く分からないと言っていました。盗賊どもは必要な物だけを奪い、無言で解放したと……」
盗賊たちがなぜ若い娘だけをさらい、他を無事に帰したのか理由が分からない町長は難しい顔をしながら考え込む。アリシアも盗賊が何を考えているのか分からずに頭を悩ます。すると、アリシアの隣で椅子にもたれながら髪を指でねじっているべネゼラがめんどくさそうな顔で口を開いた。
「私たちに情報が洩れるってことを考えてなかったんじゃないの? 所詮は盗むことでしか生きていけない人生の負け組の集まりなんだから」
「そんな言い方はやめろ。それに、彼らがそんな単純なミスをするとは思えない」
「なんでアンタにそんなことが分かるのよ?」
「考えてもみろ、これまで何度も湿地の近くを通りがかった商人や旅人たちを襲い、娘以外を全員逃がしているのにこっちは殆ど情報が掴めていない。我々に重要な情報を掴めないように計算して行動しているんだ。それだけ計画的に行動する盗賊たちが情報が洩れることを考えずに行動しているとは思えない。何か理由があるはずだ」
「その理由って何よ?」
「それを今考えているんだ」
「なぁ~んだ、結局分かってないんじゃない」
まるで自分には関係ないような態度を取るべネゼラにアリシアは苛立ちを感じながらも盗賊が何を考え、どんな行動を取っているのかを考える。町長はアリシアとべネゼラの仲があまりよくないことを知り、少し居心地の悪そうな様子を見せていた。
しばらく考えたが、全く分からないアリシアは考えるのをやめ、盗賊が現れる湿地の周辺について尋ねることにする。アリシアは自分が持っている地図をテーブルの上に広げてそれを町長に見せた。
「……町長、盗賊が出没する湿地が何処なのか分かりますか?」
「ハ、ハイ、勿論です」
町長は地図を見ながらバルガンスの町の南東にある林の近くをを指差した。
「この辺りにその湿地があります。盗賊たちは湿地の近くにある林を通りがかる商人や旅人を襲い、いろいろな物を奪い若い娘をさらっています。南側にある町や村からこのバルガンスの町へ向かうためには必ずこの林を通るので盗賊たちはこの林の中で待ち伏せしているのでしょう。それと、その林の近くで仕事をしていた樵が湿地に入っていく数人の人影を見たと言っておりましたので、恐らくその盗賊たちかと思われます」
「なるほど、ということはその湿地の何処かに盗賊たちの隠れ家がある可能性があるということですね」
「ええ、あくまでも私の想像ですが……」
地図を見ながら町長は自信なさげな口調で言った。
アリシアは町から離れた湿地を出入りする人間がいるなんて怪しいと考え、その樵が見た人影が盗賊の一味なら隠れ家があると感じていた。だが、なんの確証もないため、本当にその湿地に隠れ家があるのか分からない。更に盗賊たちは湿地に近くの林でいつも商人たちを襲っている。もしかするとその林に隠れ家があるのかもしれない。情報が少なすぎるため、湿地と林のどちらを探していいのか分からずにいた。
町長とアリシアが難しい顔をして考えているとべネゼラが立ち上がり、考え込んでいる二人を見下ろした。
「何怖い顔してるのよ? 湿地に隠れ家があるって分かったんならさっさと行って盗賊どもを捕まえに行くわよ」
「ちょっと待て、まだ本当に湿地に隠れ家があると決まったわけではない」
「アンタが言ったのよ? 湿地に隠れ家があるって」
「可能性があると言っただけだ! もしかしたら奴らが襲撃していた林に隠れ家があるかもしれないだろう」
「絶対に湿地にあるわよ。それに盗賊どもがわざわざ隠れ家がある林でわざわざ商人たちを襲うと思うの? こういう場合は隠れ家から離れた所で襲撃をするのが普通でしょう」
べネゼラは小馬鹿にするような口調でアリシアに言い放ち、アリシアもそんなべネゼラを睨み付けた。
確かにべネゼラの言っていることも一理ある。盗賊がわざわざ自分達の隠れ家の近くで騒ぎを起こすようなことをするとは思えない。もし、隠れ家の近くで騒ぎを起こせばすぐに隠れ家が見つかってしまう恐れがあるからだ。だからあえて隠れ家から離れた場所で襲撃すれば騎士団や自警団の者たちに見つかる可能性も低い。それは犯罪を起こす者にとって常識とも言えることだ。
べネゼラはこれ以上アリシアと口論する気は無いのか部屋の入口の方へ歩いていき、扉を半分開けてアリシアと町長の方を向いた。
「盗賊たちの居場所が分かった以上、此処で話すことは何も無いわ。私は皆のところに戻るから、あとはアンタで勝手に話を聞いてなさい」
そう言ってべネゼラは適当に話を終わらせて部屋を出ていった。
「待て、べネゼラ!」
アリシアは勝手に話を終わらせるべネゼラを睨みながら立ち上がって呼び止めるがべネゼラは戻らなかった。そして舌打ちをすると町長の方を見て軽く頭を下げる。
「すみません、町長殿。折角お話ししていただいたのに……」
「あ、いえいえ、お気になさらずに……」
「盗賊たちは我々が責任をもって見つけ出し、必ず討伐してみせます」
「ハ、ハイ、よろしくお願いします」
盗賊討伐を引き受けるアリシアに町長も深く頭を下げて頼み込む。アリシアも目の前で頭を下げる町長や町の住民たちのためにも必ずこの任務を成功させようと固く誓うのだった。
町長の屋敷の前では先に屋敷を出たべネゼラが自分の馬を宥めている姿がある。そこへ遅れて屋敷から出てきたアリシアが険しい顔をしてべネゼラに近づいていく。
べネゼラは屋敷から出てきたアリシアに気付き、振り返りめんどくさそうな顔でアリシアを見た。
「あら、町長との話は終わったの?」
「終わったの? ではない! なんだ、さっきのは!?」
「は? さっきの?」
「ろくに町長の話も聞かずに勝手に話を終わらせて勝手に部屋から出ていって、お前は真面目に任務を受ける気があるのか!」
「当たり前でしょう。無ければこんな町までわざわざ来ないわよ」
「クッ! お前、その発言はこの町を遠回しに侮辱していることになるぞ」
アリシアはべネゼラの適当な態度とバルガンスの町を馬鹿にするような発言に歯を噛みしめる。アルメニスの町からバルガンスの町に来るまでの態度を見て、アリシアは改めてべネゼラが騎士に相応しくない存在であると感じた。
怒りを露わにするアリシアを見てべネゼラはくだらなそうな顔で自分の馬に乗り、正門のある方角へ馬を向かわせた。
「それで? 盗賊の情報は聞いたけど、この後はどうするの?」
話を変えるべネゼラに更に表情が険しくなるアリシア。だが、いつまでも怒っていても仕方がないと考えて任務の話を始めることにした。アリシアは地図を広げてもう一度町長が教えてくれた湿地と林の位置を確認する。
「……湿地はこの町から南東に5km行った所にある。何も問題がなくスムーズに終われば夕方頃には戻ってこられるはずだ」
「……ちょっと待って。もしかしてこれから行くの?」
「当たり前だ! こうしている間にも盗賊どもが旅人たちを襲っているかもしれないのだからな」
「でも任務の期間は町に着いてから三日でしょう? だったらまだ余裕があるんだから明日にして今日は休みにすればいいじゃない」
「盗賊が人を襲っているかもしれないと言う時によくそんなことが言えるな!」
べネゼラの不謹慎な態度にアリシアは怒鳴り声を上げる。その声に馬たちはビクリと反応した。一方でべネゼラは真面目なアリシアの態度が鬱陶しく感じるのか彼女と目を合わせること無く不機嫌そうな顔をしている。
「私たちがこの町に来る前から多くの人たちが盗賊たちに襲われて苦しんでいるのだ。ようやく騎士団の人間が町に辿り着いて盗賊たちを倒してくれると町の人たちが期待している時に明日にして今日は休もうなどと言ってられるか! もっと騎士としての自覚を持て!」
「チッ、うるさいわねぇ……分かったわよ、行けばいいんでしょ、行けば!」
不機嫌そうな顔のまま渋々納得するべネゼラは馬を歩かせる。その態度はこれ以上アリシアと一緒にいたくないと言いたそうな態度に見えた。
アリシアは怒りながら正門の広場へ戻っていくべネゼラの後ろ姿をしばらく睨んでおり、やがて疲れたような顔で溜め息をつく。
馬に乗ったアリシアはべネゼラの後を追い馬を歩かせた。アリシアはなぜべネゼラはどうしてあんな態度を取るのか、どうして騎士としての自覚を持てないのか、頭を悩ませながら正門前に戻っていく。
――――――
正門前の広場ではダークたちがアリシアとべネゼラの帰りを待っていた。アリシアとべネゼラが町長の下へ向かってから既に三十分が経過しており、兵士たちは既に準備を終えており、いつでも湿地へ向かえる状態だ。
ダークとレジーナも兵士たちの近くで腕を組みながら二人が戻ってくるのを待っている。ダークは腕を組んでジッと待ち続けているが、レジーナは落ち着かないのか地面をつま先で何度も叩いていた。
「……少しは落ち着いたらどうだ?」
隣でそわそわした様子のレジーナを見てダークは低い声で言う。彼の肩に乗っているノワールもレジーナを困ったような顔で見つめていた。
「あたしはこう、ジッと待つっていうのが苦手で長い間体を動かさずにジッとしていると落ち着かないのよぉ」
「ハア……盗賊は時として息を凝らして敵を待ったり、時間を掛けて宝を盗むといった慎重な行動をするときもあるのだぞ? その盗賊を職業にしているお前がそれでどうする……」
「レジーナさんは体を動かして大胆に行動する盗賊なんですよ。きっと……」
落ち着きのないレジーナを見て呆れるような口調で話すダークと苦笑いをしながらレジーナをフォローするノワール。長身の暗黒騎士と小さな黒竜は盗賊らしくない盗賊の少女を見ながら各々のレジーナに対する印象を口にするのだった。
ダークたちが会話をしていると町の方からアリシアとべネゼラが戻ってきた。二人の姿を確認したダークたちは一斉に彼女たちの方を向く。ダークとレジーナはそのままの体勢で二人を見ており、兵士たちは素早く移動して整列し二人が来るのを待った。
二人の乗った馬がダークたちの近くで止まり、アリシアとべネゼラは馬から降りる。べネゼラは兵士たちに方へ行き、これから湿地へ向かうことを伝えた。べネゼラの不機嫌そうな顔を見た兵士たちは町長のところで何かあったのだと気付き、気まずそうな顔をする。
べネゼラが兵士たちに任務のことを話している姿を見たアリシアはチラッとダークとレジーナの姿を見て意外そうな顔をし、二人の下へ歩いていった。
「二人とも、本当にずっと此処にいたのか?」
「兄さんが姉さんたちの任務の時間を聞いておきたいって言って待ってたのよ」
「任務の時間によってこの町にいられる時間が決まってくるからな」
「ああ、なるほど」
二人の話を聞いて納得したアリシアはとりあえず町長の屋敷での話の内容と任務に掛かる時間を伝えた。
「盗賊たちは湿地の中か旅人たちを襲っている林の中に隠れ家を作っている可能性があると考えてその二つを調べることにした。今から行けば夕方頃には戻ってこられるはずだ」
「今から行くのか? 此処に来るまでにゴブリンと戦ったりして疲れているだろう。今日は休んで明日にした方がいいんじゃないのか?」
「そうもいかない。こうしている間にも盗賊たちが旅人や商人を襲っているかもしれないんだ。早く盗賊たちを捕らえて町の人たちを安心させてあげたい」
アリシアは静かに首を横に振りながら言い、そんなアリシアをダークは見つめる。
ダークもべネゼラのように明日になってから盗賊の討伐を行うべきだと言っているが、彼の場合はべネゼラのようにめんどくさいから明日にしようと言っているのではなく、アリシアたちのことを心配して言っている。当然アリシアもそのことは分かっていた。だが、騎士として自分には国民を守る義務がある。国民が安心して生活できるように彼女は一秒でも早く盗賊を捕まえたいと考えているのだ。
「……まぁ、君がそうしたいと言うのなら私は止めはしない。だが、くれぐれも無茶はするなよ?」
「大丈夫だ。私は貴方のおかげでレベルが70に……」
アリシアが自分のレベルを口にしようとした時、ダークはアリシアの口に指を当てて彼女の口を止める。突然口を止められたことにアリシアは少し驚くが、隣で自分とダークの話を聞いているレジーナに気付き、ダークがなぜ止めたのかを理解した。
人間の限界であるレベル50から60を超えているレベル70であることを知られるとアリシアも面倒事に巻き込まれてしまう可能性がある。できるだけレベルのことは他の人間に知られないようにしておかなければならなかった。
「レベルのことは誰にも言うな。君を知っている者たちからは君はレベル30台だと思われている。君の歳でレベル70だってことがバレたらいろんな意味で大変なことになるだろう」
「あ、ああ、そうだったな。すまない」
レジーナがダークとアリシアを不思議そうな顔で見ている中、ダークはアリシアの耳元で小声で言った。アリシアも自分のレベルの高さがどれだけ重大なことなのかを思い出して小さく頷きながら謝る。
話が終わるとダークは準備をしている兵士たちの方を見る。兵士たちは馬や荷車を正門前まで移動させて出発する準備を進めていた。べネゼラは馬に乗ってめんどくさそうな顔をしながら兵士たちに指示を出している。
「……それにしても、べネゼラはよく今から任務に行くことに納得したな?」
「納得はしていない。私が説教をしたら渋々了承したんだ」
「なるほど、それでさっきから機嫌が悪そうにしていたのか」
「アイツは騎士としての心得がまるでなっていない。自分さえ良ければ他人はどうでもいいというような考え方をしている。この任務で少しは騎士としての立場を理解してもらいたいものだ」
呆れたような口調でべネゼラを見つめながら呟くアリシア。彼女はべネゼラが面白半分で騎士をやり、自分を中心に物事を考えるやり方が気に入らず、べネゼラをなんとか騎士らしくできないかと思っている。だが、べネゼラも素直にアリシアの言うことを聞くはずもなく、反抗的な態度ばかりを取っており、全く進歩の様子を見せなかった。
ダークはべネゼラを見て、任務中に仲間を危険な目に遭わせたり、面倒なことを引き起こすのではないかと心配になる。すると、ダークは腰のポーチから何かを取り出してそれをアリシアの前に出す。
「アリシア、念のためにコイツを持っていけ」
「え?」
アリシアはダークの手の中にある物を不思議そうな顔で見た。ダークの手の中には手の平サイズの青い正方形の水晶と赤い五芒星が描かれた黄土色の呪符のような紙がある。
見た事の無いアイテムを手に取るアリシアとその隣でまばたきをしながら二つのアイテムを見るレジーナ。アリシアはそのアイテムがこの世界ではなくダークのいたLMFの世界のアイテムだとすぐに気付いた。
「ダーク、これは?」
「その四角い水晶は<メッセージクリスタル>と言って、遠くにいる者と会話ができるアイテムだ」
「遠くにいる者と会話?」
「嘘ぉ!」
アリシアとレジーナは水晶の使用効果を聞いて驚く。離れた所にいる者と会話ができるアイテムなど聞いたことがないため、驚くのは当然だが、それ以前にそんなアイテムが存在するのが信じられなかった。
メッセージクリスタルはLMFのプレイヤーが他のプレイヤーと連絡を取る時に使えるアイテムで同じギルドのプレイヤーの居場所を知るのに役に立つアイテムだ。LMFでは同じギルド、もしくはフレンド登録をしたプレイヤーにのみ使えるが、この世界では誰にでも使うことのできるアイテムになっていた。
ダークはアリシアの手の中にある水晶を指差して説明を始める。
「そのクリスタルを手に取り、連絡を取りたい相手のことを考えればクリスタルが光る。あとはクリスタルに話しかければいい」
「ほ、本当に会話ができるのか?」
「ああ、ノワールと確認してみたが問題なく使えた。もし何かあったらそれで私に連絡しろ」
「あ、ああ」
「兄さん、こっちの呪符みたいな物は何?」
レジーナがもう一つの呪符について尋ねた。するとダークは呪符を見た後に小さく笑う。
「今は話す必要はない。使う時が来れば教える」
「ええぇ~、何よそれぇ」
頬を小さく膨らませるレジーナを見てアリシアやダークの肩に乗っているノワールは笑う。
アリシアはメッセージクリスタルと呪符をしまうと笑顔でダークの方を向く。
「ありがたく貰っておく。使うことがなければそれが一番いいのだがな」
「ああ。だが用心するのに越したことはない」
「確かに」
二人が簡単な会話をしていると遠くにいる兵士がアリシアを呼ぶ声が聞こえ、アリシアは振り返って手を振った。出発の時間が近づき、アリシアはもう一度ダークの方を向いて挨拶をする。
「それじゃあ、行ってくる」
「ああ、気をつけろ」
「ありがとう」
そう言ってアリシアは兵士たちの下へ走っていく。馬に乗り、部隊の先頭にいるべネゼラの隣まで行くと正門が開き、アリシアとべネゼラは馬を走らせる。兵士たちもその後に続き、第六小隊と第八小隊は一斉にバルガンスの町を出た。
馬たちが町から離れていく姿を見たダークは正門に背を向けて町の方へ歩き出す。レジーナは歩き出すダークを見て慌てて彼の後をついていく。
「大丈夫かしら、アリシア姉さん」
「何がだ?」
「任務のことよ。いくら全部で四十人近くいるって言ってもあのへそ曲がりのべネゼラがいるのよ? アイツが部隊のチームワークを乱したら盗賊が相手でも苦戦するかも……」
「彼女なら心配ない。私が持たせたアイテムもあるし、彼女ならバラバラになっている兵士たちを上手くまとめることができるさ」
「……随分と信頼してるのね? アリシア姉さんのこと」
「ああ、彼女は私の大切な仲間だからな」
「フ~ン。大切な、ねぇ……」
レジーナはダークの隣を歩き、ニヤニヤしながらダークを見上げる。どうやらダークとアリシアの関係を変なふうに思っているようだ。
(……あの目、絶対に俺たちの関係を勘違いしているな)
ダークはレジーナの視線に気づき、前を見ながら心の中で疲れたような口調で呟く。ノワールもダークの肩に乗りながらレジーナを見て呆れたような顔をしていた。