第百四十七話 現れた悪魔達
森の北側にある広場、そこではアリシアが試験官を務める班が試験を行っていた。アリシアの班にはレジーナやマティーリア達との班と違って全部で五人の入隊希望者達がいる。アリシアは他の試験官よりもレベルが高く、問題が起きても一人で多くの入隊希望者達を守る事ができると判断されて五人を担当しているのだ。
アリシアが担当する入隊希望者達の内、四人は剣や槍を持った二十代の男女で一人は亜人となっている。そして今、その亜人がアリシアや他の入隊希望者達が見守る中、一人でモンスターと戦っていた。
「驚いたなぁ……」
「ああ、まさかこんな所で見られるとは……」
亜人の姿を見て入隊希望者の男二人が小声で話す。その亜人は濃緑色の鱗を持ったリザードマンで手には両刃の剣が握られている。リザードマンはこの辺りでは見かける事が無い為、他の入隊希望者達は珍しそうな顔で見ていた。だが、アリシアは腕を組んで小さく笑いながら見ており、ノワールもアリシアの肩に乗ってリザードマンの戦いを見ている。
実はそのリザードマンは嘗てダーク達と共に戦った緑鱗族のリザードマン、ドルジャス・シールーなのだ。彼はエルギス教国からビフレスト王国に移住し、王国の軍で働く為に今回の入隊試験を受けにバーネストにやって来て今回の二次試験でアリシアとノワールの二人に再会した。
アリシアとノワールは一次試験の合格者を確認する時にドルジャスの名前を見て彼が軍の入隊試験を受けていた事に気付いていた。その為、ドルジャスと再会した時は驚く事はなかったが、嘗ての戦友と再会できた事を喜んだ。だが、戦友だからと言って特別扱いする気は無く、アリシアはドルジャスに全力で試験を受けるよう伝え、それを聞いたドルジャスは当然だと笑い返した。
離れた所でアリシア達が見守る中、ドルジャスは目の前にいるモンスターを睨み付ける。ドルジャスの前には彼と同じくらいの身長を持つ狼男の様な姿をしたモンスターが立っており、鋭い目でドルジャスを睨みながら口からヨダレを垂らしていた。
「……ウェアウルフ、まさかこんな森にいるとはな」
目の前にいる狼男の名を口にしながらドルジャスは狼男を睨み付け、足の位置を僅かに横にずらしながら警戒する。
ドルジャスの目の前にいるのはダークが召喚したウルフファイターと呼ばれる獣族の下級モンスターである。この世界にもウェアウルフと言う似た姿のモンスターが存在する為、ドルジャスはウルフファイターをそのウェアウルフと間違えているようだ。
ウルフファイターのレベルは15でカラキの森にいるモンスターの中では最もレベルの高いモンスターの一種である。普通の入隊希望者なら多少苦戦する相手かもしれないが、ドルジャスにとっては大した事の無い相手だ。
ドルジャスはウルフファイターを見つめながら右手に持っている剣を両手で持ち直して中段構えを取る。彼が持っているのは以前ダークから貰ったサンダーブレードで今日まで大切に扱って来た。ドルジャスが柄の部分を握ると刀身に青白い電気がバチバチと発生し、それを見た他の入隊希望者達はリザードマンが魔法武器を持っている事に驚きの反応を見せる。
「凄い、魔法の武器よ?」
「マジかよ、リザードマンがあんな物を持っているなんて……」
「あのリザードマン、リザードマンの英雄か何かかな?」
入隊希望者達がドルジャスの持つサンダーブレードを見ながら小声で話し、それを聞いたアリシアはチラッと目だけを動かして入隊希望者達を見る。ノワールは魔法武器を見て驚いている入隊希望者達が面白いのか小さく笑いながら彼等を見ていた。そんな中、ドルジャスと睨み合っていたウルフファイターが動き出す。
ウルフファイターは低い声で鳴きながら鋭い爪が伸びた右手でドルジャスを切り裂こうと攻撃する。ドルジャスは横へ跳んでウルフファイターの攻撃をかわし、ウルフファイターの左側に回り込むとサンダーブレードで反撃した。
サンダーブレードの刃はウルフファイターの左腕の上腕部を切ってダメージを与える。そして同時に刀身に纏われていた電気がウルフファイターの全身を走り、ウルフファイターは電気によるダメージも受けた。その痛みにウルフファイターは鳴き声を上げ、体からは灰色の煙が上がりウルフファイターはフラつきながら片膝を付く。
電気による追加ダメージで怯んだウルフファイターにドルジャスはサンダーブレードで袈裟切りを放ち再び攻撃を仕掛ける。サンダーブレードを受けたウルフファイターの体に再び電気が走り、ウルフファイターは大きな声を上げ、体から煙を上げながら前に倒れた。
倒れたウルフファイターはピクリとも動かず、ドルジャスはウルフファイターが死んだのを確認するとサンダーブレードを腰の鞘に納める。すると戦いを見ていたアリシアがゆっくりとドルジャスの方へ歩いて来た。
「お見事だ、ウルフファイターを無傷で倒すなんて大したものだ」
「ウルフファイター? あれはウェアウルフではないのか?」
「ん? あ、ああぁ、似てはいるがウェアウルフよりも強いモンスターだ」
小首を傾げながら尋ねるドルジャスを見てアリシアは苦笑いを浮かべながら話す。流石に別の世界のモンスターだとは言えない為、思い付く答えの中で納得しそうな答えを言って誤魔化した。
ドルジャスが不思議そうな顔でアリシアを見ているとアリシアは一度咳をして気持ちを切り替え、小さく笑いながらドルジャスの方を向く。
「それにしても、まさか貴方が入隊試験を受けに来ていたとは思わなかったぞ? ドルジャス殿」
「ダークの旦那……いや、陛下が新しい国を建国され、そこが人間と亜人が共存する国だと聞いてな。陛下の役に立とうとこの国に移住して試験を受けに来たんだ」
「そうか……ところで、貴方の友人はどうしたんだ?」
「友人? ああぁ、ジャーベルの事か」
同じ緑鱗族のリザードマンであるジャーベル・ラマーの事を訊かれ、ドルジャスは顎に手を上げながら親友の事を思い出す。
ドルジャスが入隊試験を受けに来たのだから彼の友人であるジャーベルも入隊試験を受けているとアリシアは思っていたが、合格者の中にはジャーベルの名が無かったのでどうしたのか気になっていたのだ。
「ジャーベルの奴はエルギス教国にいる。アイツ、結婚したんだ」
「結婚?」
「ああぁ、相手は幼馴染の雌でな。亜人連合軍との戦いが終わって里に帰った直後に結婚して今は里で静かに暮らしてるんだ」
「そうだったのか」
友人の結婚を笑いながら話すドルジャスを見てアリシアも笑みを浮かべ、ノワールも小さく笑ってドルジャスを見ている。嘗て共に戦って仲間が幸せな生活を歩んでいるのを聞き、二人も心の中でジャーベルの幸せを祝福した。
アリシアがドルジャスと話をしていると他の入隊希望者達がアリシア達の方へ歩いて来る。
「あ、あのぉ、そろそろ試験に戻った方がいいでのはないでしょうか?」
複雑そうな顔をしながら二十代の男はアリシアに声を掛ける。ドルジャスがウルフファイターを倒してからずっと二人が会話をしており、このままでは試験が進まないと思って声を掛けて来たのだろう。
二十代の男に声を掛けられ、アリシアとドルジャスはフッと入隊希望者達の方を向き、同時に二次試験の真っ最中である事を思い出した。
「そ、そうだな、すまない。では、移動して次のモンスターを探しに行こう」
入隊希望者達の方を向いてアリシアは苦笑いを浮かべ、ドルジャスも待たせてしまった事に対して申し訳なさそうな顔をしている。アリシア達は次のモンスターを探す為に広場を移動した。
広場を出た後、アリシア達はイノシシ型モンスターのクレイジーボア、熊型モンスターのビッグベアなどカラキの森に棲みついていたモンスターと遭遇し、ドルジャス以外の入隊希望者は順番にモンスターと戦闘を開始する。苦戦する事無く入隊希望者達はモンスターに勝利して試験に合格し、あと二人でアリシアの班は全員試験が終わるところまで来た。
アリシアも大きな問題が起きる事無く無事に試験が終わるだろうと考えながら見守っていた。だが、この直後に予想外に出来事が起きる事になる。
三人目の入隊希望者の試験が終わり、アリシア達は次のモンスターを見つける為に森の奥へと進んで行く。ここまで戦って来たモンスターは全てレベル10から12の雑魚モンスターばかりだったのでまだ試験を受けていない入隊希望者も油断しなければ余裕で勝てると思っていた。そんな気持ちで歩いていると進む先にある茂みが動き出し、アリシア達はモンスターと遭遇したと考えて身構える。
「今度は俺が行くぞ?」
「ずるいわよ、私が行くわ!」
自分が先にやるとまだ合格していない二十代の男女がもめ始め、アリシア達はどちらでもいいから早く決めろと心の中で思った。すると、茂みの中から影が飛び出してアリシア達の前にその姿を見せる。そしてその姿を見た瞬間、アリシア達は一斉に目を見開く。
アリシア達の前に現れたのは身長3mはある牛頭のモンスターだった。二本足で立ち、全身は皮を剥いだ筋肉の様になっている。ボロボロの腰巻と骨でできた柄の長い斧を持ち、悪魔の翼と牛の様な尻尾を生やしていた。そのモンスターは赤く光る目でアリシア達を見つめる。
「な、何よコイツ?」
「コイツ、本当に下級モンスターなのか?」
さっきまでもめていた二十代の男女は目の前にいる牛頭のモンスターを見て僅かに震えた声を出す。他の入隊希望者達も今までの下級モンスターと雰囲気の違いモンスターに驚いていた。
「……コイツはオックスデーモン、悪魔族の中級モンスターだ」
ドルジャスは目の前にいるモンスターの名前と種族を口にし、それを聞いた入隊希望者達は一斉にドルジャスの方を向く。下級モンスターしかいないはずのカラキの森になぜ中級モンスター、しかも悪魔族がいるのだと驚くのと同時に疑問を抱く。だが、彼等以上に驚いていたのはアリシアと彼女の肩に乗っているノワールだった。
「どういう事だ? なぜこの森に中級モンスターがいる?」
「分かりません。マスターもあんなモンスターは召喚していないはずです」
自分達の知らないモンスターが森に現れた理由が分からずアリシアとノワールはオックスデーモンを睨みながら小声で話す。
オックスデーモンは骨の斧を両手で握りながらゆっくりとアリシア達に近づく。オックスデーモンが森にいる理由は分からないが、目の前の悪魔族モンスターが自分達を襲おうとしている事だけは分かった。
アリシアは素早く入隊希望者達の前に移動し、腰に納めてある剣を握ってオックスデーモンを睨む。
「お前達、下がれ! コイツは今のお前達にはキツイ相手だ」
「え? えっと……」
突然の出来事に混乱しているのかドルジャス以外の入隊希望者達はアリシアの指示に従えずオロオロしていた。そんな入隊希望者達を見てアリシアは表情を鋭くする。
「怪我をしたくなければ早く下がれ!」
『ハ、ハイ!』
アリシアの怒鳴り声を聞いて入隊希望者達は返事をし、慌てて後ろに下がる。だが、ドルジャスだけは下がらずに腰に納めてあるサンダーブレードを抜いてオックスデーモンを見上げていた。
「アリシア殿、俺も一緒に戦うぜ!」
「いや、ドルジャス殿、貴方は彼等を守ってやってくれ」
「え? しかし……」
「私なら大丈夫だ。こんな奴に苦戦などしない」
「……分かりました」
ドルジャスはアリシアの言葉を聞いてサンダーブレードを下ろし離れた所にいる入隊希望者達の下へ向かった。
セルメティア王国とエルギス教国の戦争の時にアリシアの戦う姿を見た事があるドルジャスは彼女がとてつもなく強い事を知っている。数百人のエルギス教国軍を難なく倒したアリシアならオックスデーモン一匹に負ける事はないと確信していた。
ドルジャスが離れたのを確認したアリシアはオックスデーモンを睨み付けた。そしてオックスデーモンを睨んだまま肩に乗るノワールに小声で話しかける。
「ノワール、お前は急いでこの事をダーク達に知らせて来てくれ。そして、この森には私達の知らないモンスターがいて、ソイツ等が入隊希望者を襲う可能性があるから注意しろと伝えるんだ」
「分かりました」
指示を受けたノワールは飛び上がり、ダーク達にオックスデーモンの事を知らせに向かった。
ノワールが飛んで行くのを確認したアリシアは腰に納めてある騎士剣をゆっくりと抜く。すると、鞘の中から薄っすらと薄黄色の光を纏った白い両刃の刀身が姿を現した。その騎士剣の美しさに離れているドルジャス達は目を見開く。
アリシアの騎士剣は<天聖剣フレイヤ>というダークのギルド仲間である釜茹でゴエモンが作ったオリジナル武器の一つ。LMFで手に入る素材の中でも希少価値の高い金属やモンスターの素材を使って作った物らしく、攻撃力はエクスキャリバーとは比べ物にならないくらい高い。更に光の属性も付いている為、悪魔族やアンデッド族、光属性に弱い敵には絶大な効果がある。ただ、強力な武器である為、非常に重く、レベル95以上のプレイヤーでなくては装備できないという欠点もあった。しかしダークは今のアリシアなら大丈夫だとエクスキャリバーの代わりにフレイヤを渡したのだ。
(……天聖剣フレイヤ、手に取っただけでとんでもない剣である事が分かる。こんな凄い剣を作る事ができるとは、ダークの友人は本当に凄い鍛冶師なんだな)
フレイヤの刀身を見つめながらアリシアは心の中でダークの仲間に感心し、同時にこれほど凄い剣を自分に惜しむ事無く授けたダークに感謝した。
アリシアがフレイヤを見つめているとオックスデーモンがズシンと大きな足を前に出し、それに気付いたアリシアは視線をオックスデーモンに向けて再び鋭い目でオックスデーモンを睨み付ける。
「貴様、この近くに住んでいる人間か?」
オックスデーモンはアリシアを見下ろしながら低い声で話しかけてきた。どうやら会話ができるくらいの知性は持っているようだ。
LMFのマジックアイテムや魔法で召喚されたモンスターは上級や一部の中級モンスターだけが理性を持っているが、この世界のモンスターは中級以上のほぼ全てが理性や知性を持っている。その為、中級モンスターのオックスデーモンも冷静に物事を判断したり、落ち着いて喋る事ができるのだ。
オックスデーモンが会話ができる事を知ったアリシアはまずは話をしてみようと考え、フレイヤをゆっくりと下ろした。
「私はこの国の総軍団長を務めている者だ。お前は何者だ、何処から来た?」
「ほぉ? 俺の姿を見て臆する事無く会話をするとは、褒めてやるぞ、人間」
「質問に答えろ!」
アリシアは力の入った声でもう一度オックスデーモンに尋ねる。オックスデーモンは大きな態度を取るアリシアを睨みながら小さく舌打ちをした。
「……俺はこの辺り一帯を支配する魔族、エファリーナ様に仕える者だ」
「支配?」
オックスデーモンの言葉にアリシアは反応し目元をピクリと動かす。今アリシア達がいるカラキの森やその周辺はビフレスト王国の領土となっている。その周辺を魔族が支配していると言われたら流石に聞き捨てならなかった。
「この辺りは我々ビフレスト王国の領土となっている。そこに無断で棲みつき、支配するなど許される事ではないぞ」
「許さないだと? フッ、何を言い出すかと思えば……この辺りが何処の国の領土であろうと、俺達には関係ない。そもそも、なぜお前達の様な下等な人間の許しを得ないといけないのだ?」
大きな顔をアリシアに近づけ、小馬鹿にするように話すオックスデーモン。アリシアはオックスデーモンがどんな返事をするか分かっていたのか呆れ顔で溜め息をついた。
「……それで? そのエファリーナに仕えている悪魔が此処で何をしている?」
「エファリーナ様の薬草や木の実などが多いこの森を気に入られてな、この森も支配下に置く事を決められた。俺達はこの森の偵察と棲みついている雑魚どもをエファリーナ様の配下にする為にやって来たんだ」
「俺達? やはり他にも悪魔族のモンスターがこの森にいるのか……」
オックスデーモンの言葉でアリシアはカラキの森に知らないモンスターがいるかもしれない、という自分の予想が当たった事を知って僅かに表情を鋭くする。同時に今この時も何処かで別の試験官や入隊希望者達が遭遇しているのではと小さな不安を感じて俯いた。
アリシアが他の者達の事を心配しているとオックスデーモンは持っている骨の斧の柄の先で地面を強く叩き、その衝撃と音でアリシアはオックスデーモンの方を向く。
「だが、まさか此処で人間に遭遇するとは思っていなかった。丁度いい、此処でお前達を捕らえてこの国の王と取り引きする為の材料になってもらう」
「……私達が素直にお前に従うと思っているのか?」
「従いたくないのならそれでもいい、力尽くで連れて行くだけだ……お前等ぁ!」
オックスデーモンが後ろを向いて誰かに呼びかける。するとオックスデーモンが飛び出して来た茂みが再び動き出し、そこから六つの小さな影が飛び出してオックスデーモンの周りに集まった。
茂みから出て来たのは灰色の毛を持つブラックハウンドに似た狼型モンスター四体、赤い肌を持ち悪魔の翼を広げて飛んでいるモンスター二体。どちらもカラキの森に生息していないモンスターだ。
「……ヘルハウンドとブラッドデビル、また悪魔族モンスターか」
アリシアは狼型モンスターをヘルハウンド、赤い悪魔をブラッドデビルと呼びながら足の位置をずらし、フレイヤを右手で持って構える。オックスデーモンは構えるアリシアを見るとニッと笑みを浮かべた。
「何だ、俺達と戦う気か? 人間の雌がたった一人で俺達の相手をすると言うのか? 身の程知らずが」
オックスデーモンが笑いながらアリシアを挑発し、二体のブラッドデビルも大きく口を開けて笑う。アリシアは挑発を気にもせずにフレイヤを構えたままジッとオックスデーモンと周りにいる下級モンスター達を睨んだ。
「人間だからと言って甘く見ると痛い目を見るぞ、三流悪魔ども」
「何だと?」
「私はこれまでお前達の様な敵と何度も戦って来た。ソイツ等は全員、自分の力を過信し、他人を弱いと決めつけて戦い、最後には惨めに敗北した」
「貴様、俺達がソイツ等と同じ末路を辿ると言いたいのか?」
「言いたいのではなく、そう言っているんだ」
目を細くしながらアリシアは本心を口にする。オックスデーモンはアリシアの言葉に腹を立てたのか表情に険しさが増し、骨の斧を持つ手に力を入れた。ブラッドデビル達も飛びながらアリシアを睨みつけている。
「面白い、そこまで言うのならお前の実力、どれ程のものか見せてもらおう!」
オックスデーモンは骨の斧の柄を両手で握りながら構え、ヘルハウンドとブラッドデビルは巻き込まれないようにオックスデーモンから離れた。
「お前等、俺はこの人間の相手をする。その間にあそこにいる人間どもとリザードマンを捕らえろ。抵抗するなら腕の一本ぐらいもいでも構わねぇ」
アリシアを睨みながらオックスデーモンは部下の悪魔族モンスター達に自分がアリシアと戦っている間に離れているドルジャス達を捕らえるよう指示を出す。ブラッドデビルとヘルハウンドは鳴き声を上げて返事をし、離れた所にいるドルジャス達を見つめた。
悪魔族モンスターが自分達の方を向いたのを見て入隊希望者達は一瞬驚くがすぐに真剣な表情を見せて武器を構える。オックスデーモンが相手では勝てないが、下級の悪魔族モンスターなら自分達でも倒せると感じて戦おうとしているようだ。ドルジャスも入隊希望者達を守る為にサンダーブレードを構えて悪魔族モンスターを睨む。
「悪いが、彼等には手を出させない」
悪魔族モンスター達がドルジャス達に襲い掛かろうとした時、アリシアがオックスデーモンを睨みながら力の入った声を出す。
「破邪天柱撃!」
神聖剣技の名を口にしながらアリシアはフレイヤを振り上げた。するとヘルハウンドの足元、飛んでいるブラッドデビルの真下に白い光の魔法陣が展開され、そこから光の柱が空に向かって一直線に伸び、ヘルハウンドとブラッドデビルを呑み込んだ。
光に呑まれた悪魔族モンスター達は全身の痛みに断末魔の様な鳴き声を上げ、そのまま灰が消えるかの様に消滅する。破邪天柱撃は神聖剣技の中でも攻撃力が低い方だが、下級モンスターなら一撃で倒す事が可能だった。
一瞬にして全滅した悪魔族モンスター達にオックスデーモンとドルジャス以外の入隊希望者達は目を見開きながら驚く。ドルジャスはアリシアなら下級の悪魔族モンスターをあっという間に倒すと思っていたのか驚く事無く小さく笑っていた。
「馬鹿な! 俺の部下達が一瞬で全滅だと!?」
「さて、これで周りを気にせずに一対一で戦えるな」
アリシアは驚くオックスデーモンにフレイヤの切っ先を向け、オックスデーモンは歯を噛みしめながらアリシアの方を見る。
破邪天柱撃ならオックスデーモンを含むアリシアの視界にいる敵を全て攻撃する事ができたが、アリシアはオックスデーモンからエファリーナとか言う魔族の事などを詳しく訊こうと思っていたのでわざとオックスデーモンには攻撃しなかった。
「オックスデーモン、武器を捨てて投降し、お前の主であるエファリーナの情報や居場所などを詳しく話せ。そうすればこのまま逃がしてやる」
「……貴様、俺の部下を全滅させたからと言って調子に乗るなよ? 奴等は所詮、レベルの低い下級モンスターだ。だが、レベル34の大悪魔である俺は訳が違う!」
オックスデーモンは骨の斧を振ってアリシアに袈裟切りを放ち攻撃する。アリシアは迫って来る斧の刃を見るとフレイヤを軽く振ってオックスデーモンの攻撃を弾いた。
フレイヤで弾かれた骨の斧は後ろに押し戻され、オックスデーモンは体の小さな人間が自分の攻撃を難なく防いだのを見て不思議そうな顔をする。人間がレベル34の自分の攻撃を防げる訳がないと思っていたのか予想外の出来事に少し驚いたようだ。
レベル30代の中級モンスターはこの世界ではそこそこ強い位置にいる。だが、レベル100となり神に匹敵する力を得たアリシアにとってはレベル34の中級モンスターなど脅威ではなかった。
攻撃を弾かれたオックスデーモンは怯まずに再び骨の斧を振ってアリシアに攻撃する。今度は左側から逆袈裟切りを放つが、アリシアはこの攻撃もフレイヤで簡単に防いだ。二度も攻撃を防がれ、オックスデーモンは目を見開いた。
「貴様、一体何をした? 補助魔法で肉体を強化したのか?」
「何もしてない。ただ普通に防御しただけだ」
アリシアはジッとオックスデーモンを見つめながら低い声で質問に答えた。そんなアリシアを見たオックスデーモンは歯を噛みしめながら軽く後ろへ跳んでアリシアから距離を取り、骨の斧を右手に持って空いている左手をアリシアに向ける。するとオックスデーモンの手の中に黒い靄を纏った紫の光弾が現れた。
「暗闇の光弾!」
オックスデーモンが叫ぶと手の中にある紫の光弾がアリシアに向かって勢いよく放たれた。物理攻撃が通用しないのなら魔法で攻めればいいと考えたようだ。
<暗闇の光弾>は闇の光弾の強化版である闇属性の中級魔法。攻撃力は闇の光弾よりも高く、速度も速い。更に命中すると一定の確率で相手のステータスを低下させ、呪い状態にする事ができる。
アリシアは正面から向かってくる紫の光弾をジッと睨みながらフレイヤを両手で構え、1mほど前まで近づいて来た瞬間にフレイヤを振って光弾を切った。切られた光弾は消滅し、その光景を目にしたオックスデーモンや入隊希望者達は愕然とする。
「ば、馬鹿な、俺の暗闇の光弾を剣で掻き消しただと!? 下等な人間にそんな事ができるはずがない!」
「それができるのだよ、お前の言う下等な人間にもな」
光弾を消滅させたアリシアはオックスデーモンを睨みながら地を蹴り、一瞬にしてオックスデーモンの前まで移動する。目で追う事のできないアリシアの速さにオックスデーモンは言葉を失う。オックスデーモンが驚く中、アリシアはオックスデーモンの左大腿部をフレイヤで切った。
「ぐおおおぉっ!」
左足から伝わる痛みにオックスデーモンは声を上げながらその場に座り込む。切られた箇所からは出血しており、オックスデーモンは左手で傷口を押さえている。
アリシアは一撃でオックスデーモンが死なないように手加減し、急所を外して攻撃した。だがそれでも光属性武器のフレイアの攻撃は悪魔族モンスターのオックスデーモンに大きなダメージを与えている。
オックスデーモンは足の激痛に表情を歪め、そんなオックスデーモンをアリシアは哀れむ様な目で見つめていた。
「確かに人間はお前達モンスターや亜人と比べると体力や魔力が劣っている。だが人間の中にもお前達モンスターを倒せる力を持つ者もいるんだ。私もそんな人間の一人なのだよ」
「ぐうううぅ! き、貴様ァーッ!」
足の痛みが僅かに和らぐとオックスデーモンは座り込んだまま骨の斧でアリシアに攻撃する。アリシアはオックスデーモンの攻撃をしゃがんでかわすとフレイヤでオックスデーモンの斧を持つ手首を切り落とす。切られた手首は骨の斧を持ったまま地面に落ち、手首を失ったオックスデーモンの腕からは血が噴き出る。
オックスデーモンは右手首を切られた事で断末魔を上げながら仰向けに倒れ、手首を失った腕を強く掴みながら歯を食いしばる。すると倒れているオックスデーモンの顔の前にアリシアがやって来てフレイヤの切っ先をオックスデーモンに向けた。
「もう一度だけ言おう、大人しく投降しろ。さもないと今度は首を切り落とすぞ」
鋭い目でオックスデーモンを睨み、アリシアは最後の警告をした。しかし、オックスデーモンは痛みに耐えながらアリシアを睨み返すだけで何も言わない。それを見たアリシアは仕方がない、と言いたそうな顔で小さく息を吐き、フレイヤを持つ腕をゆっくりと上げた。
「わ、分かった! 投降する、投降するから助けてくれ!」
アリシアが自分を殺す気だと感じたオックスデーモンは目を見開き、慌てて投降する。オックスデーモンが投降するとアリシアはフレイヤを下ろした。
離れた所でアリシアが勝利したのを見たドルジャスは小さく笑いながらサンダーブレードを鞘に納め、他の入隊希望者達は目を丸くしながら驚く。自分達の試験官をしていた聖騎士の女性は中級モンスターを簡単に倒せる程の実力を持っているのだと感じた。
オックスデーモンが大人しくなるとアリシアはドルジャス達の状態を確認する為にオックスデーモンに背を向けてドルジャス達の方へ歩きだす。すると、オックスデーモンは起き上がり、落ちている骨の斧をアリシアに気付かれないように静かに左手で掴んだ。
(馬鹿が、悪魔の言う事を簡単に信用するとは、とことん甘い奴だぜ。やはり、人間は頭の悪い下等種族だな!)
背を向けるアリシアを見ながらオックスデーモンは不敵な笑みを浮かべる。オックスデーモンは最初から投降するつもりなど無く、アリシアを油断させる為に投降すると嘘をついたのだ。
オックスデーモンは座ったままドルジャス達の方へ歩いて行くアリシアを見つめ、気づかれないようにゆっくりと体を動かして攻撃する体勢に入る。そして、体勢が整うと骨の斧を振り上げてアリシアに攻撃しようとした。
ドルジャス達は骨の斧を振り上げてオックスデーモンに気付き、アリシアに大声で知らせようとする。だが、ドルジャス達が叫ぶ前にアリシアは勢いよくフレイヤを横に振りながら振り返った。
「白光千針波!」
振り返りながらアリシアは神聖剣技を発動させ、フレイヤの刀身から無数の白い光の針をオックスデーモンに向けて飛ばす。放たれた光の針はオックスデーモンの全身に刺さり、針を受けたオックスデーモンは苦痛の声を上げながら後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。
アリシアはオックスデーモンが自分を油断させる為に嘘をついているかもしれないと考え、背を向けた後もオックスデーモンの動きを警戒していた。そして投降したにもかかわらず、オックスデーモンが不意打ちを仕掛けて来たので神聖剣技でオックスデーモンを倒したのだ。
「……馬鹿な事を、大人しくしていれば情報を聞きだした後に逃がしてやろうと思ったのに」
アリシアはフレイヤを下ろして不意打ちを仕掛けて来たオックスデーモンを見つめながら呟く。そんな彼女の言葉もオックスデーモンには聞こえていない。
「しかし、私も馬鹿な事をしてしまったな。敵の情報を得られるチャンスだったのに、聞き出す前に殺してしまうとは……」
自分の顔に手を当てながらアリシアは呆れる様な口調で言った。情報を聞き出すつもりだったのだから神聖剣技など使わず、足か腕のどれかを切り落とすくらいにしておけばよかったと今になって後悔する。
ドルジャス達がアリシアとオックスデーモンの死体を見ていると背後から無数の足音が聞こえ、ドルジャス達が振り返ると、数十m先から自分達に向かって走って来る盗賊姿のダークと隣を飛んでいるノワール、そしてレジーナ達他の試験官が走って来る姿が視界に入った。
アリシアは駆けつけて来たダーク達に気付くとフレイヤを鞘に納めてダーク達のところへ行き、彼等から他の班も悪魔族モンスターの襲撃を受けた事を聞かされる。
ダークとアリシア達は悪魔族モンスターが現れる今の状態で試験を続けるのは危険だと判断し、悪魔族モンスターの件を何とかするまで二次試験を中止する事にした。