第百四十六話 二次試験
入隊試験の一次試験が終わり、ダーク達は試験の結果を報告し合う為に王城の会議室に集まった。席に付くダーク達の前には合格者の名前や試験番号などが書かれた羊皮紙が大量に広げられており、ダーク達は一枚ずつ手に取って内容を確認していく。
「……予想していたよりも合格者が多いな」
「一次試験は一般常識などの問題を解くだけだっただろう? 頭のいい奴なら難なく合格できる」
羊皮紙に書かれてある合格者の名前を確認しているダークにヴァレリアが同じように羊皮紙を見ながら言った。アリシア達も羊皮紙を見ながら真剣な表情を浮かべている。
ダークが考えた試験方法が上手くいくか最初は誰もが不安に思っていたが、入隊希望者達は初めて行う試験に混乱したり、文句を言ったりする事無く普通に試験を受けたので大きな問題などは起こらず大勢の入隊希望者が合格できたのだ。
「魔導士部隊への入隊を希望した者は全部で四十四人、その中で三十九人が合格した。試験を受けた者の殆どが魔法使い系の職業を持った賢い者達だったのでほぼ全員一次試験を合格した」
「そうか。鬼姫、そっちはどうだった?」
ヴァレリアから魔導士部隊の合格者達の人数を聞いたダークは鬼姫の方を向いて使用人やメイドを希望した者達はどうなったか尋ねる。
「試験を受けた者の数は全部で四十八人。その内、男性が二十人合格し、女性が十四人合格しました。残りは全員合格点に届かず不合格となりました」
「全部で三十四人か、こっちも結構合格したな」
ダークの後ろで控えていた鬼姫は持っている羊皮紙を見つめながら合格者の数を伝え、それを聞いたダークは使用人の方も大勢合格したの知り、少し意外そうな声を出した。
「ダーク様、使用人の方は試験を合格した者全員をこの城で働かせるという事でよろしいのですね?」
「ああ、明日合格者を集め、何時から仕事を始めるのか、どんな事をやればいいのかは全て説明しろ」
「かしこまりました」
鬼姫に明日やるべき事を細かく指示し、それを聞いた鬼姫は頭を下げながら返事をした。
一次試験を合格した者達は次に戦士としての実力を確かめる二次試験を受け、それに合格した者を採用する事にしている。だが、使用人だけは軍や魔導士部隊の試験を受けた者達と違い、一次試験を合格したら王城で働ける事になっていた。使用人は王城で働くだけなので別に戦う必要がない。だから、二次試験を受ける事無く、一次試験を合格したら城で働く事ができるのだ。
使用人の合格者達についての話が済むとダークは視線をアリシア達に向けて他の二つを受けた合格者について話し始めた。
「軍と魔導士部隊の試験を受けた者達は明日、それぞれの試験場所で二次試験を行う。その試験に合格した者達を新しい軍と魔導士部隊の仲間として迎え入れる」
「ダーク、その二次試験なのだが、本当に大丈夫かのか?」
二次試験の事について話しているダークにアリシアが何処か不安そうな顔で声を掛けてきた。アリシアだけでなく、レジーナ達も少し心配そうな顔をしてダークを見ている。
「心配ない、彼等の相手は全てサモンピースや魔法で召喚した奴ばかりだ。最悪の結果にはならない」
「彼等にもちゃんと言ってありますから大丈夫ですよ」
ダークがアリシアに説明していると、アリシアの向かいの席に座っている少年姿のノワールが笑いながら会話に参加し、アリシアや話を聞いていたレジーナ達は一斉にノワールの方を向く。
「それに試験中は試験官である私達が入隊希望者達に付き添っているんだ。仮に何か起きたとしてすぐに対応できる」
「それは、そうだが……」
アリシアはまだ少し不安そうな顔でダークを見ながら自分の頬を指で掻く。ダークとノワールはアリシアの顔を見て心の中で心配性だな、と思っていた。
「しっかし、兄貴も大胆な事を考えるよなぁ?」
「大胆、と言うよりもおっかない、と言った方がいいかもしれんぞ?」
椅子にもたれるジェイクにマティーリアが腕を組みながら目を閉じて言う。レジーナもテーブルの上で頬杖をしながらうんうんと頷いた。
ダークが考えた二次試験の内容は合格者達にモンスターと戦わせ、そのモンスターを倒した者を合格者とするという内容だった。普通なら試験で実戦など考えられない事だが、入隊希望者達のほぼ全員が冒険者の様な実戦経験のある者達なのでダークは実戦を組み込んでも問題無いと考え、二次試験を実戦試験にしたのだ。
アリシア達は試験で実戦は危険だと思っていたが、入隊希望者達と戦うモンスターは全てレベル10から15の間のサモンピースや魔法で召喚した下級モンスターだとダークはアリシア達に話した。
召喚したモンスターには入隊希望者達と戦うよう命令を出したが、命は奪うなと言ってあるので入隊希望者達が死ぬ事はない。入隊希望者達の戦闘経験、ダークが用意したモンスター、その二つを考えるとアリシア達も大丈夫と感じていたが、それでもまだ少し不安が残っていた。
「一次試験が終わった後の説明でも二次試験の事を伝えてある。もし実戦が怖くて無理だという者は棄権しても構わないとも言ってあるしな」
「受ける受けないかは彼等の意思次第か……」
腕を組みながら低い声で話すダークを見たアリシアはゆっくりと目を閉じて呟いた。
軍に入れば国を守る為にモンスターや他国の兵士と戦う事になる。敵と戦っていつ命を落としてもおかしくない存在となる者が試験で下級モンスターと戦う事に怯えている様では入隊しても役に立たない。二次試験は命を賭けて戦う覚悟を身につける為のものであったのだ。
「とにかく、明日の二次試験では入隊希望者だけでなく、試験官である私達も気を引き締める必要がある。皆、頼んだぞ?」
「ああ」
ダークの言葉にアリシアは返事をし、ノワール達もダークの方を向いて頷く。それからダーク達は合格者の名前や職業、レベルなどを確認しながら明日の二次試験の流れなどを決めた。
――――――
翌日、空は晴れており、二次試験を行うには絶好の天気と言えた。一次試験を合格した入隊希望者達はバーネストの北門前の広場に集まって騒いでいる。そして、その全員が鎧や武器を装備していた。
昨日の説明で二次試験の内容が実戦試験だと聞かされた合格者達は全員が驚いていたが、殆どが戦闘経験のある者なので怯える事無く、真剣に二次試験の流れなどを聞いた。だがそれでも怖気づいて棄権する者も何人かおり、広場に集まってる合格者の数は少なかったが、それでも五十人以上は残っている。
試験官であるアリシア達は広場に集まっている入隊希望者達を見て少し意外そうな顔をしている。もっと大勢が棄権するかと思っていたが、予想していたよりも多くの者が集まって驚いていた。
「へぇ、結構な数が残ってるなぁ。実戦試験が怖くてもっと棄権すると思ってたんだが……」
「まぁ、棄権するぐらいなら最初から入隊試験なんて受けに来ないわよね」
「妾達が思っていた以上にあ奴等は根性があったという事か」
集まった合格者の数を見てレジーナ達は意外そうな顔を見せながら話す。三人も試験官として二次試験を受ける者達の付き添いをするので武器を装備していた。マティーリアはいつものジャバウォックを持っているが、レジーナとジェイクはいつもの武器と違う武器を装備している。
レジーナはエメラルドダガーではなく、金色の装飾が施され、小さな緑の宝玉が付いている白い鞘に納められた短剣を腰に付け、ジェイクはスレッジロックではなく、長い柄に黄色い透き通った大きな片刃が付いた戦斧を背負っている。どちらの武器もそこらの武器屋では売っていないような業物の雰囲気を出していた。
二人が持つ武器はダークがビフレスト王国建国の日に二人に渡した新しい武器である。しかもエメラルドダガーやスレッジロックの様なLMFの武器屋で買う事のできる武器ではなく、ダークが所属していたギルド、パーフェクト・ビクトリーの鍛冶師、釜茹ゴエモンが作った強力な魔法武器なのだ。
魔法武器を受け取った時のレジーナとジェイクの驚きは今まで見た事が無いほど凄く、ダークやアリシア達は二人の顔に目を丸くして驚いた。本当に受け取っていいのかと二人は興奮した様子でダークに尋ね、ダークは国王となった自分の直属の冒険者ならこれぐらいの武器は持っておいたほうがいいと二人に話し、レジーナとジェイクは満面の笑みを浮かべる。そして、これからもダークの為に力を尽くすと誓った。
レジーナとジェイクは自分の魔法武器を見て、ダークから魔法武器を受け取った時の事を思い出したのか笑みを浮かべる。ジェイクは小さく嬉しそうに笑い、レジーナはニヤリと短剣を見つめており、そんな二人の様子を見てマティーリアはジャバウォックを肩に担ぎながら呆れた様な顔で軽く息を吐いた。
入隊希望者達がざわついている中、北門前にアリシアと盗賊の姿をしたダークがやって来て合格者達の方を向く。アリシアの肩には子竜姿のノワールが乗っている。
「全員注目!」
アリシアが大きな声で入隊希望者達に呼びかけると入隊希望者達は一斉に黙り込んでアリシアの方を向いた。
全員が注目しているのを確認するとアリシアは二次試験の説明を始める。
「これより私達はバーネストの西北西にあるカラキの森へ向かい、お前達にはそこで二次試験を受けてもらう」
真剣な表情で入隊希望者達に自分達の行き先を話すアリシア。一次試験を合格した入隊希望者達やダーク達試験官は黙ってアリシアの話を聞いていた。
「昨日も説明を受けたと思うが、これから行う二次試験は実戦だ。下手をすれば命を落とすかもしれない。それでもお前達は行くのだな?」
アリシアは入隊希望者達を見てもう一度二次試験を受けるか受けないかを確認する。
モンスター達には前もって入隊希望者達を攻撃しても構わないが命は奪わないように指示してある。だがアリシアは敢えてその事を入隊希望者達には黙っていた。命を落とす事が無いと入隊希望者達が知れば、大丈夫だと安心して本気で戦わなくなるかもしれないからだ。
入隊希望者達は此処まで来て棄権するはずないだろう、とアリシアに目で伝える。入隊希望者達の顔を見てアリシアは彼等の覚悟を感じ小さく笑った。
「ではこれから二次試験会場のカラキの森へ向かう。全員用意してある荷馬車に乗り込め!」
アリシアは北門の近くに停めてある数台の荷馬車の方を見ながら言い、入隊希望者達は一斉に荷馬車に乗り込んだ。
入隊希望者が全員荷馬車に乗ると試験官であるダーク達も自分達の荷馬車に乗る。全員が乗り込むと北門はゆっくりと開き、荷馬車は一台ずつバーネストの外に出てカラキの森へと向かった。
因みにカラキの森へ向かうのは軍への入隊希望者達で魔導士部隊への入隊希望者は一人もいない。魔導士部隊への入隊希望者達は別の場所で二次試験を行う為に少し前に南門からバーネストを出ていた。
バーネストを出た入隊希望者達の荷馬車は西北西の方角へ8kmほど移動し、二次試験会場であるカラキの森の前で停車した。そこはマゼンナ大森林と比べると小さいが、多くの下級モンスターが生息し、薬草や木の実などが多く手に入る新人冒険者達がよく訪れる場所である。
新人の冒険者が訪れる場所である為、戦闘経験を持つ者達にとっては緊張しない場所であり、それほど危険な森ではないので試験をするにはもってこいの場所だった。
荷馬車を降りた入隊希望者達は森の南側にある入口前に集まる。アリシア達試験官は集まっている入隊希望者達の前に移動して真剣な目で彼等を見つめた。
「さて、試験会場である森に到着した。此処で幾つかの班に分かれてから試験官と共に森へ入り、試験官の目の前でモンスターと戦ってもらう。誰の助けも借りず、一人でモンスターを倒す事ができれば合格だ。ただし、途中で戦意を失ったり戦闘を続けられない状態になったらその時点で試験終了、不合格となる」
アリシアは二次試験の細かい内容やルールを説明する。入隊希望者達はアリシアの説明を一言も喋らずに黙って聞いていた。
入隊希望者達の中で以前冒険者などの仕事をしていた者達は実戦に慣れている為、落ち着いた表情を浮かべている。だが、実戦に慣れていない者も何人かおり、その顔には僅かに緊張が見られた。中には緊張のあまり汗を掻きながら息を飲む者もいた。
「では早速班分けをする。名前を呼ばれた者は指名する試験官のところへ移動してくれ」
説明が終わるとアリシアは一枚の羊皮紙を取り出す。その中には一次試験を合格した入隊希望者の名前が書かれており、アリシアは書かれてある名前を順番に読み上げていく。十分後、全ての入隊希望者が分けられ、ダーク達試験官は自分が担当する入隊希望者達を連れて順番にカラキの森へ入って行った。
入口から600mほど北に行った所にある細い道をレジーナと三人の入隊希望者達が歩いていた。入隊希望者の内、二人は二十代半ばくらいの革製の鎧を身に付けた男と三十代前半ぐらいの金属製の鎧を装備した男、もう一人は二十歳前半ぐらいの革製の鎧を着た女だった。男は二人とも剣を腰に収め、女は槍を握りながら歩いている。レジーナはその三人の後ろを見守りながら黙ってついて行く。
(こんな風に森の中を知らない人と歩いてモンスターを探すなんて、以前セルメティアで参加した騎士養成学院と魔法学院の合同訓練以来ね)
森の中を歩くレジーナは以前セルメティア王国で受けた仕事の事を思い出し、懐かしく思いながら心の中で呟く。
合同訓練の時は人手不足を補う為に呼ばれ、軽い気持ちで仕事をしていたが、今回は試験官としてしっかりと仕事をしないといけない。レジーナは気を引き締めて仕事に集中する。
(さて、一体どれ程の実力を持っているのかしら?)
レジーナは自分の前を歩く入隊希望者の三人の背中をジッと見つめる。以前の合同訓練で同行した生徒達と違い、今回はちゃんとした戦闘経験のある者達である為、どれだけの力を持っているのかレジーナは興味があったのだ。
後ろからレジーナに見られながら歩いて行く入隊希望者の三人。その中の二十代の男と女は歩きながらチラチラと後ろのレジーナを見ていた。
「あの子がレジーナ・バリアンって冒険者なのか? ダーク陛下直属の七つ星冒険者の……」
「ええ、この国が建国される前からダーク陛下とセルメティア王国で活躍していたって聞いています」
「へぇ~、凄いなぁ。俺達とあまり歳は変わらないのに……」
二人はレジーナに聞こえない小さな声で話す。自分に近い歳の少女が冒険者の最高位となり、国の為に多くの戦場を潜り抜けて来た事に驚き、同時に自分達もあんな風になりたいと憧れを抱いた。
「二人とも、二次試験は始まっているんだ。お喋りをしていると減点されて不合格になるかもしれないぞ?」
先頭を歩いていた三十代の男が後ろの二人に小声で注意をする。注意された二十代の男と女はフッと反応して試験中である事を思い出し周囲を警戒した。三十代の男は前を向いてやれやれ、と言いたそうな表情を浮かべた。
静かな道をしばらく歩いていると左側にある茂みが突然動き、それに気付いた入隊希望者達は足を止める。レジーナも入隊希望者達につられる様に立ち止まった。
「あの茂みの中、何かが隠れているな」
「モンスターか?」
「多分な」
三十代の男はそう言って目を鋭くしながら腰の剣を抜き、二十代の男も続いて剣を抜く。後ろにいた女も槍を構えて動いた茂みを見つめる。レジーナもさっきまでとは違い、真剣な表情を浮かべていた。
レジーナ達が茂みを見ていると一つの影が道の真ん中に飛び出し、入隊希望者は一瞬驚きの表情を浮かべる。茂みから出て来たのは黒い狼の姿をした獣族の下級モンスター、ブラックハウンドだった。
ブラックハウンドはレジーナ達を睨みながら唸り声を上げる。入隊希望者達はブラックハウンド睨み付けているが、レジーナはまばたきをしながらブラックハウンドを見ていた。
(あら? ブラックハウンドが出て来ちゃった。てっきりダーク兄さんが召喚したモンスターかと思ったんだけど)
飛び出して来たモンスターがダークが召喚したモンスターとは違う事にレジーナは意外に思っていた。
ダークは二次試験で利用する下級モンスターをサモンピースや魔法で召喚してカラキの森に放った。ただ、カラキの森には元々森に棲みついている野生のモンスターも存在する。レジーナ達の前に現れたブラックハウンドもその一体だ。
彼等はダークが召喚したモンスターと違って入隊希望者達の命を奪うなと言う命令には従わない。もし入隊希望者達がその野生のモンスター達と遭遇した入隊希望者達が危険だ。そこでダークは召喚したモンスターを放つ時に特殊なマジックアイテムを使ってカラキの森に棲みついている野生のモンスター達を一時的に支配下に置いた。そして入隊希望者達と遭遇しても怪我をさせる事はあっても命を奪うなと命じて野生のモンスター達も二次試験に利用する事にしたのだ。
そもそもダークがモンスターを召喚してカラキの森に放ったのは入隊希望者達がモンスターと遭遇する確率を上げる為だった。広い森の中でそこに棲みついているモンスターだけでは遭遇する確率が低く時間だけが過ぎてしまう。それを避ける為にダークは召喚したモンスターを森に放ち、入隊希望者達に遭遇しやすい場所を徘徊させたのだ。
「さて、早速始めてもらう訳だけど、誰から行く?」
レジーナはチラッと構えている入隊希望者達の方を向いて誰が先にやるか尋ねる。入隊希望者達はブラックハウンドを警戒しながら目だけを動かしてレジーナの方を見た後に仲間同士顔を見合った。
「どうする?」
「え、え~っと……どうしましょうか?」
二十代の男と女が誰が先に試験を受けるのか相談する。その間、ブラックハウンドは目の前にいる入隊希望者達を睨みながら口からヨダレを垂らしていた。ブラックハウンドの様子からいつ飛び掛かって来てもおかしくない状態だ。
「……私が先に行くが、構わないか?」
三十代の男が相談する二人に先に試験を受けてよいか尋ね、話しかけられた二人はふと前にいる男を見る。
別に最初にやるかやらないかで合否に影響が出る訳ではなく、自分達が悩んでいるところを行くと進言したので反対する理由も無い。二十代の男と女は先に三十代の入隊希望者にやらせる事にした。
二人の許可を得た三十代の男はレジーナの方を向き、自分が行くと目で伝える。それを見たレジーナは小さく笑いながら、どうぞと合図を送った。
三十代の男は剣を両手で強く握り、ブラックハウンドを睨みながらゆっくりと右へ移動する。ブラックハウンドも移動する男を目で追いながら唸る声を上げ、前足の位置を動かす。
レジーナや他の二人は戦いを見守る為に後ろに下がって距離を取る。見守ると言うよりも巻き込まれないようにする為に距離を取った、と言った方がいいかもしれない。
三人が離れた直後、ブラックハウンドは三十代の男に向かって飛び掛かる。男は素早く右へ移動してブラックハウンドの飛び掛かりをかわしてブラックハウンドに反撃した。男が振った剣の切っ先はブラックハウンドの胴体を掠り、ブラックハウンドはその痛みに小さく鳴き声を上げながら距離を取る。
攻撃を受けた事でブラックハウンドは頭に血が上ったのか表情を更に険しくして男を睨む。男も剣を構え直してブラックハウンドを睨み返す。
数秒間睨み合った後に、ブラックハウンドが走り出して再び男に襲い掛かる。すると男はブラックハウンドを見つめながら剣を握る手に力を入れた。その直後に刀身が薄紫色の光り出し、それを見たレジーナ達は目を見開く。
(アイツ、戦技が使えるんだ)
三十代の男が戦技を使える事を知り、レジーナは心の中で驚く。軍の入隊希望者の殆どが戦闘経験がある事は知っていたが、レジーナも戦技が使える者が入隊希望者にいるとは思っていなかったようだ。
レジーナ達が驚く中、三十代の男は剣に気力を送り、戦技を発動させる準備を整える。ブラックハウンドを鋭い目で見つめると男は地を蹴ってブラックハウンドに向かって跳んだ。
「気霊斬!」
下級戦技を発動させ、三十代の男はブラックハウンドを攻撃した。気力によって刀身の強度と切れ味が強化された剣はブラックハウンドの頭部を軽々と横から真っ二つにする。切られた頭部の口から上は地面を転がって茂みの中へと消えていった。
頭部の上から半分を失ったブラックハウンドは切り口から血を噴き出しながらしばらくその場に立っていたが、やがて糸の切れた人形の様に倒れる。三十代の男はブラックハウンドが死んだのを見ると小さく息を吐いて剣を下ろした。
「アンタ、戦技が使えたのね?」
戦いを見守っていたレジーナが三十代の男に近づいて声を掛ける。他の二人の入隊希望者も少し驚いた様子で男を見ていた。
「これでも前は三つ星の冒険者をやってたんですよ。だから下級の戦技ぐらいなら使えるんです」
「へぇ~、三つ冒険者だったの。それなら戦技が使えてもおかしくないわね」
レジーナは三十代の男の経歴を聞き、彼が戦技を使える理由に納得して笑みを浮かべる。戦技が使える者が軍に入ればかなりの戦力になるだろうとレジーナは男を見ながら思った。
(この男の事はダーク兄さんにちゃんと知らせておかないとね)
二次試験で優秀な人材はダークやアリシアに報告する事になっており、レジーナは二次試験が終わった後か偶然森の中でダークかアリシアに会ったら伝えておこうと考えた。
レジーナは倒れているブラックハウンドの死体を見た後にもう一度三十代の男に視線を向ける。
「アンタ、名前は?」
「カランダス・ジールージです」
「そう。カランダス、二次試験合格よ」
ニッと笑いながらレジーナはカランガスと名乗る三十代の男に合格を言い渡す。それを聞いたカランガスはレジーナの顔を見ながら小さく笑った。
それからレジーナ達はまたモンスターを探す為に森の奥へと進んで行く。いきなり一人が合格したのを見て二十代の男と女の入隊希望者は少し焦った様子を見せており、次にモンスターと遭遇したら自分が戦おうと思っていた。
レジーナ達の班がいる場所から南西に500mほど離れた場所ではマティーリアが試験官を務める班がモンスターと戦闘を行っていた。マティーリアはジャバウォックを肩に担ぎながら入隊希望者達とモンスターの戦いを見ている。
マティーリアの班の人数もレジーナの班と同じで三人となっており、一人が二十代半ばで短剣と革鎧を装備した若い男、もう一人は十代後半でレイピアと両肩にショルダーアーマーを装備した軽装の女剣士である。
最後の一人は片手で持てる鉄製のハンマーとバックラーを装備し、濃い髭を生やした背の低い中年の男だ。実はこの中年の男はドワーフで入隊希望者の中でも数少ない亜人の一人だった。マティーリアは亜人がどれほどの実力者か興味があり、三人の中でもドワーフをジッと見ている。
入隊希望者達の前には昆虫と人間が一つになった様な姿をした全身黄緑色のモンスターが三体おり、入隊希望者達を見つめていた。大きさは160cmぐらいで二本足で立ち、蟻の様な顔と腕を持っている。腕と足には三本の鋭い爪が伸びており、肩や腰からは太くて短い棘が生えていた。
この昆虫人間のようなモンスターはインセクトマンと言うダークがサモンピースで召喚した昆虫族モンスターである。昆虫族の中ではレベル12から14の間ぐらいで油断しなければ負ける事のない下級モンスターだ。
(まさか、いきなりインセクトマンが三体も出て来るとはのぉ。本当は一人ずつ戦わせて実力を確かめたかったのじゃがなぁ……)
インセクトマンを見ながらマティーリアは心の中で残念そうに呟く。入隊希望者達がどれほど強いのかしっかりと確認する為にマティーリアは一人ずつモンスターと戦わせてその力を確かめるつもりだった。しかし、一度に三体もモンスターが現れてマティーリアの予定は完全に狂ってしまったのだ。
幸いモンスターの数は入隊希望者と同じだったので、仕方なくまとめて戦わせてモンスターに勝利した者を合格にするという簡単な決め方に変更した。
マティーリアが見守る中、入隊希望者達はインセクトマンの攻撃を防いだり避けたりしながら隙を見て反撃する。だが、インセクトマンの体が思った以上に硬く、なかなか決定的なダメージを与える事ができずにいた。
「クソォ、何て硬い体をしてやがるんだ。と言うよりも、一体何なんだこのモンスターは?」
「分からないわ。私も過去に何度かこの森に来た事があるけど、こんな昆虫か人間か分からないモンスターには遭遇した事が無い」
初めて見るモンスターに二十代の男と十代の女は武器を構えながら微量の汗を流す。しかも自分達の攻撃が通じないので僅かに焦りを見せていた。すると少し離れた場所で戦っていたドワーフが二人の下へ移動し、自分が戦っていたインセクトマンを睨みながらハンマーを構える。
「こ奴等がどんなモンスターかは知らんが、一つだけハッキリしている事がある。戦わなければ死ぬという事だ。どんなモンスターかは倒した後に調べればいい、今は戦う事に集中しろ」
「……ヘッ、確かにそうだな」
「頭の固いドワーフに言われるなんてね」
ドワーフの言葉で男と女は小さく笑いながら自分の武器を構える。表情に少しだけ余裕が戻り、それを見たドワーフも小さく鼻で笑った。
三人は自分が戦うインセクトマンを睨みながら一斉に走り出す。インセクトマン達は向かってくる入隊希望者達を見て大きく口を上げながら鳴き声を上げた。
まず最初に仕掛けたのドワーフだった。ドワーフは距離を詰めるとハンマーを大きく横に振ってインセクトマンの脇腹を殴打する。手応えを感じてドワーフはよし、と小さく笑う。ところがインセクトマンは殆どダメージを受けておらず、鋭い爪の伸びが上でを振り下ろして反撃した。
ドワーフは咄嗟にバックラーでインセクトマンの振り下ろしを防いだ。しかし、バックラーの上からでも衝撃が伝わり、ドワーフの表情が僅かに歪む。ドワーフは一度後ろへ跳んでインセクトマンから離れるとハンマーを構え直してインセクトマンを見つめる。
「クソォ、やはり普通の攻撃では倒せんか……なら、これでどうだ?」
そう言ってドワーフはハンマーを握る手に力を入れてハンマーの頭を黄色く光らせる。どうやら戦技を使うようだ。
インセクトマンはドワーフが何かしようとしている事に気付いたのか、鳴き声を上げながらドワーフに突っ込んでいく。ドワーフは慌てる事無くインセクトマンを見つめ、攻撃可能な所まで引き寄せる。そして、インセクトマンが攻撃可能な所まで近づいた瞬間、ドワーフは目を見開いながらジャンプし、ハンマーを持つ腕を後ろに引いた。
「鎧砕打ちぃ!」
ドワーフは光るハンマーを勢いよく振ってインセクトマンを攻撃した。ハンマーはインセクトマンと頭部に命中、するとインセクトマンの頭部の半分が粉砕され、肉片と体液が地面に飛び散る。誰がどう見ても致命傷と言える攻撃だ。
<鎧砕打ち>はハンマーの様な殴打系の武器を使う者が体得できる下級戦技。殴打系の戦技の中では最もダメージが小さく、誰もが最初に体得する技だ。しかし、それでも通常の攻撃よりは強く、その威力も使用者のレベルが高ければ大きくなり、高レベルの戦士が使えば硬い鉱物を一撃で粉々にできる。
頭部の半分を失ったインセクトマンはゆっくりと倒れてそのまま動かなくなる。ドワーフはインセクトマンを倒すと一度溜め息をついてから汗を拭い、小さく笑った。
(やるのぉ、低級戦技でインセクトマンの頭部の半分を破壊するとは、流石は力の強いドワーフじゃ。同レベルの人間では頭を粉砕まではいかんじゃろうな)
「疾風斬り!」
「ん?」
ドワーフを見ていると右側から声が聞こえたのでマティーリアは声のした方を向く。そこには短剣を逆手に持ってインセクトマンの後ろに立っている二十代の男の姿があった。インセクトマンの左の脇腹には切傷があり、そこから僅かに体液が出ている。どうやら二十代の男が戦技を発動させてインセクトマンの脇腹を切ってダメージを与えたらしい。
脇腹を切られたインセクトマンは痛みで声を上げながら片膝を付き態勢を崩す。それを見た二十代の男は素早くインセクトマンに近づき、逆手に持った短剣をインセクトマンの目に向かって振り下ろす。短剣はインセクトマンの目に刺さり、インセクトマンは痛みのあまり大きな声を上げる。
インセクトマンはしばらくの間、痛みで鳴き声を上げながら暴れまわっていたが、やがて声を出さなくなりその場に仰向けに倒れる。二十代の男は息を乱しながら倒れたインセクトマンに近づき、頭部に刺さっている短剣を引き抜くとその場に座り込んで大きく息を吐いた。
ドワーフに続いて二十代の男もインセクトマンを倒し、マティーリアはほぉ、と意外そうな顔を見せる。そんな中、十代の女もインセクトマンとの戦いに決着を付けようとしていた。
両腕を広げるインセクトマンを睨みながら十代の女はレイピアを構えて刀身に気力を送り込む。ドワーフと二十代の男の戦いを見て戦技ならダメージを与えられると知り、自分も戦技を使って戦う事にしたのだ。
「霊槍突き!」
十代の女は桃色に光るレイピアの切っ先をインセクトマンに向けて勢いよく突きを放った。切っ先はインセクトマンの胴体を貫き、その痛みにインセクトマンは大きく口を開けて鳴き声を上げる。
インセクトマンが口を開ける姿を見た十代の女は素早くインセクトマンの体に刺さっているレイピアを引き抜き、開いている口に向かって突きを放つ。レイピアはインセクトマンの口の中に入り、そのまま頭部を貫いた。口の中は体と違って柔らかい為、普通の突きでもダメージを与える事ができたのだ。
周囲にインセクトマンの鳴き声が響く中、十代の女はレイピアを引き抜いて距離を取る。口からレイピアを引き抜かれたインセクトマンはそのまま前に倒れ、しばらく動いていたが次第に動きが弱々しくなり、遂には動かなくなった。最後の一撃が致命傷だったのだろう。
インセクトマンが動かなくなったのを見た十代の女は自分が勝ったのだと理解し笑みを浮かべる。だがその瞬間に一気に疲れた出たのか持っていたレイピアを落としてその場に座り込んだ。その姿を見たドワーフと二十代の男は二ッと笑う。
(ほおぉ、三人とも一人でインセクトマンを倒しおったか。しかも全員が戦技を使える、結構優秀な奴等が揃ってるのぉ)
戦いを見守っていたマティーリアは入隊希望者達が自分が思っていた以上の実力者だと知り、少し嬉しそうに心の中で呟く。彼等がビフレスト王国軍に入れば必ず良い戦士になるとマティーリアは思っていた。
試験が終わるとマティーリアは入隊希望者達の下へ行き合格を伝える。合格を聞かされた二十代の男と十代の女は満面の笑みを浮かべて喜び、ドワーフも少し嬉しそうな顔で笑った。