第百四十五話 入隊試験
日が沈み、暗い夜空の中で満月が美しく輝く。その下にあるセルメティア王国の首都、アルメニスの王城の会議室と思われる部屋にはマクルダム、ザムザス、マーディング、ヘルフォーツの姿があった。
同盟会談が会談が終わり、アルメニスに戻って来たマクルダム達は貴族達に会談の成功を伝えた後、内容を確認する為に会談に参加した者達を部屋に集めて話し合いをしていたのだ。
「しかし、ダーク陛下には驚かされましたなぁ」
「ウム、新しいマジックアイテムの開発の成功させ、我々が知らない技術や知識などを多数持っているのだからな」
苦笑いを浮かべるマーディングを見て椅子に座るマクルダムは小さく頷く。近くに控えているザムザスとヘルフォーツは真剣な顔でマクルダムとマーディングの会話を聞いている。
マクルダム達が首都にいた他の貴族達に同盟会談が無事に終わった事、ビフレスト王国とエルギス教国の両国とも同盟を結べた事などを伝えた時、報告を聞いた貴族達は会談の成功を喜び、同時にビフレスト王国が未知の知識を持っている事、新しい魔法薬の開発に成功した事を知って驚く。そしてビフレスト王国は小国でも自分達よりも優れた国家である事を知った。
驚いている貴族達にマクルダムはビフレスト王国との今後の交流の仕方や貿易についてどうするかを伝え、国の貿易を任されている貴族達はマクルダムの話を聞くとすぐにビフレスト王国との取引等の準備をする為に行動に移る。新しい取引が行われるので貴族達は今まで以上に忙しくなるだろう。
「ビフレスト王国との交流や取引などでしばらく忙しくなる。お主達もこれまで以上に大変になるだろうが、よろしく頼むぞ?」
「お任せください、陛下」
どんなに忙しくても全力でマクルダムの手助けをする、マーディングはそう思いながら頭を下げる。マクルダムもマーディングを見て、よろしく頼む、と言いたそうに小さく頷いた。
マクルダムとマーディングが話をしていると隣でザムザスは無言で二人を見ている。その隣では近衛隊長のヘルフォーツが何やら難しい顔で小さく俯いていた。
「……ヘルフォーツ殿、どうかしましたかな? 何か考え事でも?」
俯いているヘルフォーツに気付いたザムザスが声を掛け、会話をしていたマクルダムとマーディングもザムザスの言葉を聞いて二人の方を向いた。声を掛けられたヘルフォーツはふと顔を上げてザムザスの方を見る。
「失礼、少々気になる事がありまして……」
「気になる事?」
「何だそれは?」
小首を傾げながらマクルダムはヘルフォーツに尋ねる。ヘルフォーツは真剣な表情を浮かべてマクルダム達の方を向き、静かに口を開いた。
「……ダーク陛下の事です」
「ダーク殿の?」
「ハイ、彼は一体何者なのか、それが気になり考えておりました」
ヘルフォーツの口から出たダークの正体についての内容にマクルダム達の表情も僅かに鋭くなる。
同盟会談の時にダークはマクルダム達が見た事の無い物を多く見せた。始めて見る中庭にその中庭に生えていた桜と言う植物、口にした事のない菓子や飲み物、そして今まで誰にも作る事ができなかった強力な魔法薬。そんな物を所有し、作る事のできるダークが何者なのか、気になるのは当然の事だ。
ヘルフォーツは同盟会談が終わり、アルメニスに戻ってからずっとダークが何者で何処であれほどのアイテムと知識を得たのか考えていた。
「ダーク陛下はこの国、帝国の様な周辺国家でも所有していない優れたマジックアイテム、そして知識を持っておられます。そして、そのどれもがこの大陸では見た事のない物ばかり。私は、ダーク陛下はこの大陸ではなく、海の向こう側にある別の大陸から来た存在ではないかと思っております」
「ヘルフォーツよ、ダーク殿が何者なのか、それについては私もお主と同じ考えだ。今までの事を考えればダーク殿はこの大陸とは違う別の大陸から来た存在ではないかと思っておる」
マクルダムはヘルフォーツの考えを聞き、自分もダークが別の大陸から来た人間だと思っている事を話す。
これまでのダークの言動や未知のアイテムと知識を持っている事、祖国やなぜ黒騎士となったのかを明かさない事、それらを考えればこの大陸の人間ではないと自然と頭に浮かぶ事だ。マクルダムもダークがエルギス教国との戦争で活躍した時からそう考える様になっていた。
マーディングとザムザスもマクルダムの方を向いて真剣な表情で彼を見ながら話を聞いている。二人もマクルダムやヘルフォーツと同じでダークが大陸の外から来た存在ではと考えていたようだ。
「……陛下、ダーク陛下の事をもう少し調べてみるのはいかがでしょうか?」
「何?」
しばらくの沈黙の後、ヘルフォーツは低い声で意味深な事を言い出す。それを聞いたマクルダムやマーディング、ザムザスは意外そうな表情でヘルフォーツの方を向いた。
「同盟を結んだにもかかわらず、彼は自分の事を何も話そうとしません。ここは一度、ダーク陛下の素性はしっかりと調べてみた方がよいかと……」
「ヘルフォーツ殿、滅多な事を仰らないでください」
ヘルフォーツの発言にマーディングは僅かに力の入った声を出す。過去に何度も自分達を救った存在であり、今では一国の王となって自分達と同盟を結んでくれた相手を密かに調べようと考えるマーディングはカチンと来たのだろう。
マーディングはダークがこの国に来た時から彼と交流があり、ある意味ではマクルダムよりもダークの事を知っているつもりだ。今この部屋にいる四人の中では誰よりもダークの事を信用している。そんな彼にとってさっきのヘルフォーツの言葉は友人を悪く思われた様に感じられたのだ。
「例えダーク陛下が何者であったとしても、我々を何度も助けてくださった恩人である事に変わりはありません。それなのにそのような事を考えるは失礼だと思いますが?」
「マーディング卿、誤解しないでいただきたい。私も何度もこの国を救ってくださったダーク陛下には感謝しております。ですが、同盟を結んだのであれば素性、せめて素顔だけは陛下にお見せするべきではないかと思っただけです」
「ダーク陛下が素顔と素性を明かさないのは珍しいマジックアイテムを持つ自分の正体や素顔を知った者が何かしらの事件に巻き込まれるのを避ける為だと以前ご本人からお聞きしました。ダーク陛下は関係の無い者を危険な目に遭わせない為に素性を隠しておられるのです。ヘルフォーツ殿もその事はご存知のはずでしょう?」
ダークを心から信用するマーディングと最低限の事は明かすべきだと考えるヘルフォーツ。二人はそれぞれ自分が正しいと思う事を考え、それを相手にぶつけていた。
「マーディング殿、ヘルフォーツ殿。陛下の前です、それぐらいでお止めになられてはいかがですかな?」
マーディングとヘルフォーツの口論を見ていたザムザスが止めに入り、ザムザスの言葉を聞いた二人はマクルダムが近くにいる事を思い出す。貴族同士が国王の前で言い争うほど見っともない姿は無く、マーディングとヘルフォーツは恥ずかしく思った。
「陛下、失礼いたしました」
「愚かな姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
二人はマクルダムの方を向いて深く頭を下げて醜態を見せてしまった事を謝罪する。謝罪するマーディングとヘルフォーツを見てマクルダムは小さく顔を横に振った。
「いや、気にする事はない。お主達の考えも間違ってはおらんからな」
マクルダムは二人を責める事無く静かに喋り、マーディングとヘルフォーツはゆっくりと顔を上げてマクルダムの方を向いた。
「マーディング、お主が言いたい事は分かる。恩人であるダーク殿を深く詮索したり、密かに素性を調べるのは確かに失礼な事だ。しかし、ヘルフォーツも近衛隊長として、この国の騎士として私やこの国の事を思って言ったのだ。どうや責めないでやってくれ」
「ハイ……」
「そしてヘルフォーツよ、マーディングの言った通り、例え大陸の外から来た存在であったとしても、彼が我が国の為にこれまで尽くしてくれたのは事実だ。いくら国の為でも恩人の素性を勝手に調べ、それがダーク殿の耳に入ったら我が国とビフレスト王国との関係も悪化するやもしれん。このままダーク殿の素性を調べずにいてくれぬか?」
「ハッ、陛下がそう仰るのであれば……」
マクルダムの頼みを聞き、マーディングとヘルフォーツは納得する。とりあえずダークの素性の件についての話が終わり、マクルダムは小さく息を吐いた。
「ダーク殿が何者であれ、彼は黒騎士とは思えない程の広い心の持ち主だ。我が国やエルギス教国にとって危険な存在になる事はない。今は今後のビフレスト王国との交流と貿易の事だけを考えることにする。皆もそれでよいな?」
話を元に戻し、まずはやるべき事をやると言うマクルダムの言葉にマーディング達は無言で頷いた。
マクルダムもダークの素性が気になっているのは事実だが、無理に聞き出したり密かに調べたりするとセルメティア王国の立場を悪くする。立場を悪くする事なくダークの素性を知る方法は一つ、ダーク自身の口から話してもらう事だけだ。そうする為にもまずは交流や貿易の問題を何とかし、ダークからの信頼を得て、素性などを教えてもらえる様にしようとマクルダムは考えている。例え素性を知って事件に巻き込まれる事になるとして、マクルダムはダークの素性や素顔を知りたいと思っていた。
ビフレスト王国との関係を良いものとし、自分達の欲する情報などを手に入れようと考え、マクルダム達とその後も部屋で交流や貿易の話を続けるのだった。
――――――
ビフレスト王国の首都バーネストの隅にある大きな集会場。その前にある広場に大勢の人が集まっていた。若者や中年、背の高い者や低い者、たくましい体を持つ者もいれば細い体を持つ者もいる。中にはエルフの様な亜人の姿もあり、男女合わせて百人以上はいた。
今日はビフレスト王国軍の入隊試験が行われる日だ。同盟会談から数日が経ち、何も大きな問題が起きなかったので予定通り入隊試験が行われ、入隊を希望した者達がビフレスト王国の各町や村から大勢バーネストに集まっていた。
ただ、集まっている者達の中には軍に入隊希望者だけではない。魔導士部隊に入隊したい者や王城の使用人やメイドとして働きたい者にも同時に応募を掛けており、そちらを希望する者達も入隊希望者の中にいた。
「うへぇ~、すっごい人数ねぇ」
集会場の前で立つレジーナが集まった入隊希望者達を見て意外そうな顔をする。いつもの青い装飾が施された美しい白い鎧を着ており、試験に来た者達の中にはレジーナの格好を見て驚いている者もいた。
「軍の騎士になりたい奴に魔法使いになりたい奴、そして使用人として働きたい奴、全部合わせて百人以上いるみたいだぜ?」
「ひゃ、百人、凄いわねぇ」
レジーナの隣に立つジェイクが腕を組みながら人数を話し、それを聞いたレジーナは驚いて目を見開きながら隣に立つジェイクの顔を見る。ジェイクもいつもの金色の装飾を施された黒い鎧とガントレットを装備した姿で広場に集まっている者達を小さく笑いながら見ていた。
「しっかし騒がしい連中じゃな? もう少し静かにできんのか」
二人が入隊希望者達を見ているとマティーリアが呆れた様な顔をしながらやって来る。彼女もダークから貰った白い竜の装飾が施された赤い鎧を着ていた。
実はレジーナ達は試験中に何か問題が起きないかを見張る存在、いわば試験官をする為に来ていたのだ。他にも試験官を務める騎士が何人か広場におり、鋭い視線を入隊希望者達に向けていた。
「この中から一体何人の合格者が出るのかしらね?」
「さぁな、もしかすると一人の合格者も出ないかもしれんぞ? 何しろ試験の方法は若殿が考えたのじゃからな」
「ああぁ、確かこの世界ではやらない方法だって言ってたもんな」
ダークが考えた試験内容にレジーナ達は複雑そうな顔をする。
「試験の内容や結果に納得できない連中が文句をつけないといいんだけど……」
レジーナは腕を組みながら不安そうな顔で呟き、ジェイクも同じ気持ちなのかうんうんと頷く。
三人が試験内容について話していると、集会場の中から子竜姿のノワールを肩に乗せたアリシアとヴァレリア、鬼姫が出て来た。気配に気付いたレジーナ達はアリシア達の方を向くと三人とその後ろをついて行く背の高い盗賊風の格好をした人物が視界に入る。
身長はジェイクよりも少し低いくらいで銀色のスケイルメイルを身につけ、両腕に金の装飾が入った白いガントレットを装備し、ボロボロのフード付きマントを纏っている。顔には鋭い赤い目が二つ付いただけの白い仮面を付けているので見えないが、アリシア達の後をついている事から彼女達の知り合いのようだ。
「全員揃ったか?」
「ああ、もう誰も広場には入って来ねぇし、大丈夫だろう」
「そうか。では、時間になった事だし、早速始めるか」
試験開始時間になったのを確認したアリシアは小さく笑いながら前に出て集まっている入隊希望者達を見る。ヴァレリアと鬼姫もアリシアの両隣に立ち、同じように広場に集まっている者達を見つめた。
「ビフレスト王国の為に力を尽くす事を決意した者達、よく集まってくれた。私はビフレスト王国軍総団長のアリシア・ファンリードだ」
アリシアが少し力の入った声を出して入隊希望者達に呼びかけるのと同時に自己紹介をする。入隊希望者達はアリシアの声を聞いて一斉に彼女に視線を向けた。
「あれがアリシア・ファンリードか、なかなか美人だなぁ」
「この国の王様と一緒にセルメティア王国やエルギス教国で活躍した英雄だったか?」
「噂じゃ、既に英雄級の実力者だって話らしいぞ?」
「本当かよ、あの若さで英雄級って」
「一握りしか存在しない天才の一人って訳ね」
「それじゃあ、隣にいる二人の美人さんもそうなのか?」
「知らないわよ。て言うか、顔以外に興味が無いの?」
「肩に乗っている小さいドラゴン、どこかで見た事がある様な……」
入隊希望者達はアリシアやノワール、隣に立っているヴァレリアと鬼姫を見ながら彼女達に聞こえないよう小さな声で喋る。
アリシアがビフレスト王国が建国される前にセルメティア王国とエルギス教国で活躍していたのは広場に集まっている者達の殆どが知っていた。だが、直接本人を見た事のある人物は非常に少なく、ほぼ全員がアリシアを見て意外そうな顔をしている。
「それでは早速始める、と言いたいところだが、どこを希望するかで試験会場が変わるので各自、自分達の試験会場に移動してもらう。魔導士部隊へ入隊を希望する者はヴァレリアの後について行き、王城の使用人を希望する者は鬼姫の後をついて行ってくれ。軍への希望者はそのまま広場に残ってもらう」
入隊希望者達に移動するようアリシアは分かりやすく説明した。ヴァレリアと鬼姫は入隊希望者達に自分達の後をついて来るよう指示を出すと移動を始め、入隊希望者達も二人の後をついて行く。
ヴァレリアの後には魔法使いの格好をした者達やエルフなどがついて行き、鬼姫の後には若い男女や体力のありそうな者達がついて行った。そして、広場には軍への入隊を希望する者達だけが残り、アリシアやレジーナ達を見ている。その数はざっと八十人くらいだった。
アリシアは軍の入隊希望者が残ったのを確認すると次の指示を出す為に入隊希望者達を見て真剣な表情を浮かべる。
「試験を始める前に、簡単に試験の流れを説明しておく。今日はこの集会場でお前達に一次試験を受けてもらう。そしてその一次試験に合格した者には明日の二次試験を受けてもらい、それに合格した者だけが軍への入隊を許されるのだ」
説明を聞いた入隊希望者達は少し驚いた表情を浮かべながらアリシアの話を聞いていた。この世界では一日の試験で合格者か不合格者を決めるやり方をしている。何日かに分けて試験をする事はないので皆、驚きを隠せないでいるようだ。
この試験の方法はダークが現実の世界の高校受験や公務員試験を真似て考えたもので、アリシア達もその方法を聞いた時は少し驚いた反応を見せていた。
「あのぉ、どうして二日に分けて試験をする必要があるのでしょうか?」
入隊希望者の中にいる一人が試験日を分ける理由をアリシアに尋ねる。他の入隊希望者達も気になり、アリシアの方を見て答えるのを待つ。するとアリシアは質問してきた者の方を向いて口を開く。
「今日の試験と明日の試験で内容が大きく異なるからだ。今日の試験ではお前達に知識がどれほどのものかを確かめる為の試験を行い、明日の試験では戦士としての実力を確かめる為の試験を行う」
「知識を確かめる試験? 何だそりゃ?」
「さぁあ?」
今からやる試験の内容の意味が分からずに、入隊希望者達は不思議そうに小首を傾げた。
「では、改めて一次試験の内容を発表する。一次試験はお前達が一般常識などをどれほど理解しているかを確認する為にちょっとした問題を解いてもらう」
アリシアが口にする試験内容を知り、入隊希望者達は一斉にざわつき出す。軍で騎士や兵士として働くのに一般常識の問題を解く意味があるのか、広場にいる全員がそう疑問に思った。
「すぐに試験を始める。全員、集会場の中に入れ。そこで試験とやり方などを説明する」
これ以上入隊希望者達の質問を受けつけないのかアリシアは話を終わらせて入隊希望者達を集会場に入れさせる。入隊希望者達は戸惑いを見せながらも言われた通り集会場の中へ入って行く。その姿をアリシア達は黙って見ている。
全員が集会場の中に入り、広場にはアリシア達だけとなった。アリシア達が集会場の奥を見ていると、盗賊風の格好をした人物がジェイクの隣にやって来て彼と同じように集会場の奥を見つめる。
「どうだった? 腕のありそうな奴はいたか?」
仮面の下から聞き覚えのある男の声が聞こえ、ジェイクはチラッと盗賊風の人物の方を見た。
「男女関係なく、目つきの良い奴等が揃ってたぜ? 体格もそこそこ良いし、低級モンスター相手なら苦戦はしないだろう。見た目だけで判断すれば、な?」
「そうか」
ジェイクが真剣な表情で自分が見た入隊希望者達の感想を口にし、それを聞いた盗賊風の男は低い声で呟く。
実はこの盗賊風の男はダークが変装した姿で軍の入隊希望者にどんな人物がいるのか自分の目で確かめる為に素性を隠してアリシア達と同じ試験官をやっているのだ。
「なぁ、兄貴。どうして一般常識をどれほど理解しているのかを確かめる試験なんてやる必要があるんだ?」
「そうよ、魔法使いじゃないんだから、知識を確かめる必要は無いと思うけど?」
「ウム、妾も同感じゃ。騎士に必要なのは体力と勇気じゃからな。若殿、なぜなのじゃ?」
ジェイク達がなぜ知識を確かめる試験などやらせたのか、ずっと気になっていた事をダークに尋ねる。アリシアも理由が知りたいのかダークの方を見ていた。
「知識が無ければ戦場で戦略を立てる事や優劣と判断する事ができないだろう? 魔法使いや軍師ほどの知識が無くても一般的な知識、例えばモンスターや別の国の情報、それらを知っていれば、もし戦場でそんな連中と遭遇した時に瞬時に敵の強さや情報を理解してどうすればいいか決める事ができる。例え力があっても戦況の確認、判断をする事ができなければすぐに命を落としてしまうからな」
「マスターは優れた騎士を選ぶ為であると同時に、騎士となった彼等が戦場で生き残れる知識を持っているかを確認する為に知識を確かめる試験を受けさせているんです」
ダークの言葉に続いてアリシアの肩に乗っているノワールが分かりやすく理由を話す。アリシア達は知識を確かめる試験を入れた理由を知り、納得の表情を浮かべた。
「ただ力だけしかない木偶の坊を軍に入れても戦場で無駄死にするだけだ。例え力が弱くても生き残れる知識と生存本能を持つ者の方がずっと役に立つ。それに力しかない奴は逆に仲間の足を引っ張りかねないからな」
「うわぁ、キツイ言い方ね」
知識の無い愚か者は戦場で死ぬだけ、低い声でそう話すダークの言葉にレジーナは苦笑いを浮かべる。
「だが、兄貴の言っている事も一理ある。知識や危機感を持たない奴が仲間にいたら他の奴の命も危うくなるからな」
「そうだな。どうすれば有利に戦え、自分や仲間が生き残る事ができるか、そう言った考え方や知識を持っている者こそが軍には必要だ」
ダークの話す事は間違っていないと思っているのかジェイクとアリシアは否定せずに自分が思っている事を口にする。マティーリアは何も言う事が無いのか黙ってダーク達の話を聞いていた。
別の世界の試験方法を使うと聞き、最初は試験が上手くいくのかと不安になっていたアリシア達だったが、ダークがちゃんと軍や入隊希望者の事を考えていると知り、少しだけ上手くいくのかという不安が消えた。
「さて、お喋りはこれぐらいにして、俺達も試験官の仕事に戻るとしよう」
やるべき仕事をやる為にダークは集会場へと入って行き、アリシア達もその後に続いて集会場の中へ入り自分達が担当する仕事場へ向かった。
入隊希望者達は一ヵ所に集められず、集会場の中にある幾つかの部屋に分けられ、そこで一次試験を行う。部屋の中には幾つもの小さな机と椅子が並べられており、机の上には問題が書かれた羊皮紙と羽ペン、インク瓶が置かれてあった。
最初、部屋の光景を目にした入隊希望者達は呆然としていたが、試験官であるダーク達、もしくは先に騎士団に入団した騎士達に誘導されて驚きながらも席に付く。その後、試験官達から羊皮紙に書かれてある問題を解けと言われ、言われた通りに問題を解き始める。その光景はダークがいた世界の公務員試験などの光景そのものだった。
試験が始まってから一時間後、一時試験は終了し、入隊希望者達は試験官に誘導されて部屋を出て行く。その後、試験の関係者達によって羊皮紙は回収された。
一次試験の結果は二時間後に最初の広場で行われると試験官達から聞いた入隊希望者達は結果発表までの間、バーネストをぶらついたりなどして時間を潰し、その間に試験関係者達はダークの指示で羊皮紙に書かれた問題の答え合わせをするのだった。
二時間後、遂に結果発表の時が来て入隊希望者達は広場に集合する。集会場の入口前にはアリシアや試験官のダーク達が立っており、集まった入隊希望者達をジッと見つめていた。その姿に入隊希望者達は少し緊張を感じている。
「ではこれより、一次試験の結果を発表する。だがその前に、試験を行う前に試験関係者から小さな羊皮紙を受け取ったはずだ。それを出してほしい」
アリシアの言葉を聞き、入隊希望者達は衣服のポケットやカバンの中に手を入れて何かを取り出す。入隊希望者達の手の中には一枚の小さな羊皮紙が入っており、羊皮紙には小さな数字が書かれてあった。
羊皮紙を受け取った時から入隊希望者達はこの羊皮紙が何なのか分からずにいた。ただ、試験の関係者から捨てたり無くしたりするなと言われたので一次試験からずっと持っていたのだ。
「その羊皮紙には書いてある数字は試験番号という試験を行った者を表すものだ」
広場にいる入隊希望者達が羊皮紙を見ているとアリシアは羊皮紙とそこに書いてある数字の事を説明し、入隊希望者達はアリシアの話を黙って聞いている。
アリシアが羊皮紙の事を説明していると集会場の中から二人の騎士が出て来た。騎士の一人は丸めてある大きな羊皮紙を持っており、入隊希望者達は出て来た騎士達を不思議そうな顔で見ている。すると二人の騎士は丸めてある羊皮紙を広げて入隊希望者達に羊皮紙を見せた。そこには沢山の数字が書いてあり、入隊希望者達はその数字を見て一斉に反応する。ただ、数字の中には抜けている数字もいくつかあった。
「ここには一次試験の合格者の数字が書いてある。自分が持っている羊皮紙の数字と同じ数字が書いてあった場合、その者は一次試験合格、数字が書かれていなかった者は不合格という事だ。さあ、全員羊皮紙に近づいて自分の数字が書いてあるか確認してくれ」
合否の確認の仕方をアリシアは分かりやすく入隊希望者達に説明し、入隊希望者達はポカーンとした顔をしながらも言われたとおり羊皮紙に近づいて数字を確認する。入隊希望者達の姿は高校受験の発表を見に来た受験生の様だった。
広げられた羊皮紙を入隊希望者達は黙って見つめ、自分の数字を探していく。最初は意味が分からなかったが羊皮紙に書かれてある数字を確認していく内に自分の数字はあるかと緊張した様子を見せるようになった。
そして、羊皮紙の中に自分の数字が書かれたあるのを見つけた者は喜び、書かれていなかった者は肩を落として落ち込む。アリシア達はそんな入隊希望者達の様子を黙って見ていた。
「合格者は二次試験の詳しい説明をするので集会場の中に入ってくれ。不合格者はそのまま帰ってくれて構わない」
入隊希望者達のほぼ全員が合否を確認するとアリシアは次の指示を出す。合格者達は笑みを浮かべながら集会場に入って行き、不合格者達は落ち込んだり納得のいかないような顔をしながら広場を去っていく。
アリシアは集会場に入って行く合格者達は黙って見ている。その顔は無表情だが、心の中では彼等の合格を祝福していた。ダークとノワールも同じ気持ちで合格者達を見ている。だが、レジーナとジェイクは何か気になる事があるのか、少し難しそうな顔をしていた。
「待てぇ!」
「こんな結果、認められるかぁ!」
広場の方から二人の男の大声が聞こえ、試験官であるアリシア達、そして合格者達は足を止めて一斉に声のした方を向く。そこには革製の鎧を装備した四十代前半ぐらいのガラの悪そうな長身の男達が立っていた。
二人の男は険しい顔でアリシアやダーク達試験官を睨みつける。どうやらこの二人は不合格者で結果に納得できず、文句を言って来たようだ。
「俺達はエルギス教国に住んでいた時は名の知られた冒険者だったのだぞ!」
「わざわざ遠い所から足を運んでやったのにあんな訳の分からない試験をさせた挙句、不合格など納得できるはずがなかろう!」
睨んでくる男達の姿を見てレジーナとジェイクは少し呆れた様な顔をする。実はさっきから二人が気になっていた事は目の前にいる男達の様に試験の結果に納得ができずに文句を言ってくる者が現れるのではないかという事だったのだ。ずっと予感していた事が的中し、レジーナとジェイクはやれやれと言いたそうに顔を横に振る。
アリシアも男達を見て呆れ顔になりながら溜め息をつき、男達を追い返そうと男達に近づこうとした。だが、アリシアが動く前にダークが動いてアリシアと男達の間に入り男達をジッと見つめる。
「脱落者どもがビービーとやかましいな?」
「ああぁ!?」
「何だお前は?」
呆れた口調をするダークを男達は鋭い目で睨む。ダークに喧嘩を売る男達をレジーナとジェイク、マティーリアは気の毒そうな顔で見ていた。
ダークはいつもの漆黒の全身甲冑姿ではないので男達は目の前にいる盗賊風の男がビフレスト王国の国王であるダークという事に気付いていなかった。ダークは自分がビフレスト王国の国王である事は教えようとはせず、目の前にいる男達と向かい合う。
「足を運んでやった? いつ軍がお前達に試験を受けに来てくださいと頼んだ? お前達が勝手に募集を見て勝手に来ただけだろう」
「な、何だとぉ!?」
「エルギス教国では名を知られていたかもしれないがお前達自身は一般常識などを知らなさすぎる。自分達の無知を棚に上げて言いがかりをつけてくるような輩はこの国の軍には必要ない。家に帰って親にもう一度常識というものを教えてもらうんだな」
僅かに怒りと苛立ちの籠った声でダークは男達を追い返そうとする。男達もダークの言葉は挑発にしか聞こえず、怒りで震えながらダークを睨み付けた。
「き、貴様ぁ、そこまで我らを侮辱するとはぁ!」
「ナメんじゃねぇ!」
怒りを爆発させ、二人の男は同時にダークに殴りかかる。ダークは向かってくる男達を見て目を赤く光らせ、その直後にダークはもの凄い速さで男達にパンチを放つ。一人の男は顔面に右ストレートを撃ち込まれ、もう一人の男は左アッパーは受ける。殴られた男達は何が起きたのか分からず混乱しながら地面に倒れ、そのまま意識を失った。
大柄の男をアッサリと気絶させたダークの強さに広場にいる者達は驚きの声を漏らす。アリシア達はダークならこの程度どうって事はないと言いたそうに小さく笑っている。
ダークは両手をパンパンと払いながら気絶している男達を見下ろし、ゆっくりと視線を広場にいる者達に向けた。
「不合格者の中で他に納得していない者はいるか?」
低い声でダークは不合格者に尋ねる。不合格者達はダークの声を聞いて一斉に青ざめ、無言で広場から去っていく。中には逃げる様に広場から出て行く者もいた。
合格者達もダークが男達を黙らせた姿に驚いていたが、気持ちを切り替えて集会場の中へ入って行く。ダークは近くにいる試験官の騎士に気絶した男達の事を任せて合格者の後を追う様に集会場に入り、アリシア達もそれの続いた。