第百四十三話 王族達の再会
晴天の下に広がる草原、その中を三台の馬車が縦一列になって走っている。馬車の周りには十五頭の馬が囲む様に走っており、その馬には銀色のグレートヘルムと鎧を装備し、赤いマントを羽織った騎士が乗っていた。
馬車の上部と側面、そして馬に乗っている騎士達のマントにはエルギス教国の紋章が描かれている。そう、走っている馬車はエルギス教国の物でその周りの馬に乗っているのは馬車の護衛をしているエルギス教国の精鋭部隊、神殿騎士団のテンプルナイト達だ。
その護衛のテンプルナイトの中に一人だけ違う格好をしている騎士がいた。テンプルナイト達が装備している鎧とは若干デザインが違う鎧と赤いマントを装備し、グレートヘルムも被っておらず、黒い短髪をした三十代後半ぐらいの顔を出した長身の男だ。エルギス教国最強と言われた騎士隊、六星騎士の一人であるベイガード・ドーバーである。
六星騎士は元々六人いたのだが、先のセルメティア王国との戦争で四人が戦死し、今ではベイガードを含めて二人しかいない。現在エルギス教国は六星騎士の四つの穴を埋める為に新たな六星騎士を育てている最中なのだ。
しかし、誰もが六星騎士になれる訳ではない。六星騎士になるには戦いの才能があり、レベルが40代後半、もしくは50代、つまり英雄級の実力者でなければならないという厳しい条件があるのだ。
だが、英雄級の実力者がそんな簡単に生まれるはずがない。だからセルメティア王国との戦争が終わって数ヶ月が経った今でも六星騎士の人数は二人のまま変わっていないのだ。それでもエルギス教国にはまだ精鋭の神殿騎士団がある為、軍事力のバランスを崩さずにいられた。
一列に並んで走る馬車の内、真ん中を走る馬車の中に一人の少女が乗っていた。黒いおかっぱの髪に銀色の髪飾りを付け、高貴な服を着た十代半ばぐらいの背の低い少女、エルギス教国の幼き女王、ソラ・レーニン・イスファンドルだ。その隣にはピンク色のくせ毛風の長髪にベイガードと同じ銀色の鎧と赤いマントを装備している二十代前半ぐらいの若い女、ソラの警護を務めているもう一人の六星騎士、ソフィアナ・グロンディーが座っていた。
二人の向かいの席には貴族風の格好をした中年の男が二人座っており、四人は狭い馬車の中で自分達のスペースを確保しながら静かに座っている。
「陛下、まもなくグーボルズの町へ到着します」
「そうですか」
目の前に座っている中年の男の報告を聞き、ソラは静かに返事をする。窓から差す日の光を浴びてソラはその温かさから眠たそうな顔をしていた。
ソラ達は現在、ビフレスト王国と同盟を結ぶ為に同盟会談の会場があるビフレスト王国の首都バーネストへ向かっている。だが、ビフレスト王国からの親書にはグーボルズの町に迎えをよこしているので、直接バーネストへ向かわずグーボルズの町へ向かってほしいと書かれてあった。
なぜグーボルズの町へ向かうよう書かれてあったのかソラ達には理由が分からなかったが、親書にそう書いてあるのならそれに従おうと首都エルステームを出発し、グーボルズの町へ向かう事にした。
「一体どうしてダーク陛下はグーボルズの町へ向かうよう親書に書かれたのだ」
「迎えをよこすと書いてあってではないか?」
「それならどうして直接エルステームに迎えに来させなかった?」
「私に訊かれても分かるはずないだろう」
男達はなぜダークがグーボルズの町に迎えをよこしたのか理由を考える。だが、いくら考えても答えは見つからず男達は難しい顔を浮かべた。
ソフィアナはソラの前でペラペラと喋る男達を呆れ顔で見ているが男達はそれに気付いていない。ソラはしばらく男達の会話を聞いた後に視線を窓の外へ向けた。
「一体どのような会談になるのでしょうか……」
馬車に揺られながらソラは窓の外を眺め、同盟会談について考えている。エルギス教国が建国されてから始めて他国と同盟を結ぶのでソラは会談が上手くいくのかと少し緊張していた。
「大丈夫ですよ、陛下。ダーク殿ならこちらの都合の悪い条件などは出したりしないはずです」
ソラの呟きを聞いたソフィアナは視線を男達からソラに変えて優しく声を掛ける。ソラも視線を窓の外からソフィアナに変え、苦笑いを浮かべながら小さく頷いた。
「ええ、それは分かっています。ですけど、やはり初めての同盟会談ですから上手くできるのか少し緊張してしまって……」
俯きながら小さい言葉を出すソラを見たソフィアナは幼さ故にソラが自信を持てずに不安を感じているのだと気付く。会話をしていた男達もソラとソフィアナの会話を聞いて二人の方を向いた。
いくらソラがしっかりしていても彼女はまだ幼い少女、大人の様な強い精神は持っておらず、ちょっとした事でも不安を感じてしまうのだ。
ソフィアナは俯いているソラをしばらくジッと見つめ、しばらくしてソラの肩にそっと手を置く。肩に手を置かれたソラがソフィアナの方を向くと、そこにはさっきと同じように優しい笑顔を浮かべているソフィアナの顔があった。
「心配いりません。いつもの陛下の様に落ち着いてやればいいのです。深く考えずにリラックスしてください」
「……そうですね、ありがとうございます」
自分を勇気づけるソフィアナにソラは小さく笑う。ソフィアナと話した事でソラから少しだけ緊張が消えた。
物心つく時から自分の警護を務め、女王になってからは警護だけでなく女王としての仕事の補佐までしてくれるソフィアナはソラにとって頼りにある部下であると同時に姉のような存在である為、ソラは側近の中でもソフィアナを特に信頼している。
貴族の中には騎士でありながら女王であるソラと軽々しく会話するソフィアナをよく思わない者もいるが、ソラがソフィアナの事を気に入っているので何も言わずにいる。ベイガードもソラの側近はソフィアナが一番適していると感じて幼いソラの事をソフィアナに任せているのだ。
しばらく馬車に揺られているとソラ達はグーボルズの町に到着した。正門を潜って町に入ると御者は正門前の広場に馬車は停車させ、護衛のテンプルナイト達も馬を止める。
広場の住人達は町に入って来た馬車とテンプルナイト達に驚きの反応を見せていた。テンプルナイト達が広場を見回すと、広場の中央に立つ二人の人影を発見する。それは少年の姿をしたノワールと漆黒の鎧を装備したジェイクだった。
ノワールとジェイクはソラ達が乗る馬車が広場に入って来たのを見るとゆっくりと馬車の方へ歩き出す。護衛のテンプルナイト達は近づいて来る不審な二人組からソラが乗る馬車を守ろうと馬を動かして二人と馬車の間に入る。ノワールとジェイクはテンプルナイト達の前までやって来ると立ち止まった。
「お待ちしておりました。僕達はダーク陛下の命を受けてソラ陛下とそのお連れ様のお迎えに参った者です」
馬に乗るテンプルナイト達を見上げながらノワールは笑って挨拶をし、テンプルナイト達は目の前にいる二人組がビフレスト王国からの迎えだと知って少し驚いた反応を見せる。すると馬から降りたベイガードが二人の下に走って来た。
「ジェイク殿!」
「よぉ、ベイガードさん。久しぶりだな?」
駆け寄って来たベイガードにジェイクは挨拶をしながら握手を交わす。ノワールもベイガードを見上げながら笑顔で頭を下げ、ベイガードも小さく笑いながらノワールに挨拶を返した。
ベイガードはテンプルナイト達にノワールとジェイクが知り合いである事、亜人連合軍との内戦の時に共に戦った仲間である事を説明する。ノワールとジェイクの正体を知ったテンプルナイト達は警戒を解き、馬を降りて挨拶をし、ノワールとジェイクもテンプルナイト達に挨拶を返した。
ジェイク達が挨拶をしていると一台の馬車の扉が開き、中からソラとソフィアナが顔を見せる。ノワールとジェイクの姿を見たソラは馬車を降りて二人の下へ歩いて行き、ソフィアナもその後に続いた。同乗していた二人の男も遅れと馬車を降り、ソラとソフィアナの後をついて行く。
「ジェイク殿、お久しぶりです」
「ソラ女王陛下、お元気そうで何よりです」
ソラの姿を見たジェイクは頭を下げ、ベイガードの時とは違い敬語で挨拶をする。隣に立つノワールもジェイクと一緒にソラに頭を下げた。ソラは始めて会う少年を見て笑顔を返す。
「ジェイク殿、こちらの少年もダーク陛下にお仕えする方ですか?」
「ええ、ノワールです」
「ノワール? ダーク陛下が連れている子竜と同じ名前なのですね」
目の前にいる少年とダークの使い魔が同じ名前である事を知ってソラは小さく笑う。ジェイクとノワールはそんなソラの反応を不思議そうな顔で見ている。
ソラ達はダークの使い魔である子竜と亜人連合軍との内戦で協力してくれ少年魔法使いの存在は知っているが二人が同一の存在である事は知らない。その為、二人がノワールという名前でも偶然同名なのだな、という程度にしか考えなかった。
ジェイクやノワール自身もソラ達が子竜のノワールと少年のノワールが同じ存在である事を知らないと知ってキョトンとしている。二人は今説明しておいた方が後々面倒な事にならないだろうと感じ、ソラ達に真実を話す事にした。
「あのぉ、ソラ陛下。ノワールの事なのですが……」
「ハイ?」
「……貴女の言う子竜のノワールと目の前にいるノワールは同じ存在なんです」
「……え?」
ソラはジェイクの言っている事がいまいち理解できず、まばたきしながらジェイクとノワールを見ている。ソフィアナやベイガード達も目を丸くしながらジェイクとノワールを見ていた。
全員が呆然としているのを見たノワールは説明するよりも見せた方が早いと考え、人間の姿から子竜の姿へと戻った。その光景を見たソラ達は一斉に目を見開いて驚きの表情を浮かべる。
「しょ、少年が子竜の姿になった!?」
「ど、どうなっている?」
ソフィアナとベイガードは僅かに興奮しながら目の前で飛んでいる子竜姿のノワールに注目する。貴族風の男達や護衛のテンプルナイト達も驚いて一斉にだわつき出す。そんな中でソラはノワールを見つめたまま固まっており、しばらくするとハッと我に返り顔を軽く横に振って気持ちを整理する。そして落ち着きを取り戻すとノワールとジェイクを見てゆっくりと口を開いた。
「……まさかダーク陛下の使い魔が少年の姿になれるとは驚きました。ダーク陛下は素晴らしい使い魔をお連れだったのですね」
「今まで隠していてすみませんでした」
ノワールはソラの顔の前まで移動し、小さな頭を下げて秘密を隠していた事を謝罪する。するとソラはノワールを見つめながら笑顔で顔を横に振った。
「お気になさらないでください。そちらにも色々事情があったはずですし、どなたにだって隠しておきたい事の一つや二つはあります。それに、ノワール殿達は今、私達にその事を話してくださいました。それで十分です」
「……ありがとうございます」
不快な様子を一切見せずに笑顔で答えるソラを見てノワールは再び頭を下げて礼を言う。ノワールとジェイクは目の前にいる幼い少女は本当に素晴らしい女王だと実感する。彼女なら何か遭った時は必ずビフレスト王国の力になってくれると感じ、同時にエルギス教国に何か遭ったら必ず力を貸すようダークに伝えようと思った。
ノワールの秘密についての説明が終わり、ノワールは再び少年の姿となってソラ達の前に立つ。ソラが連れて来た側近や警護の人数を確認し終えるとノワールはソラ達の方を向いて小さく笑い今後の事について話し出す。
「それでは、エルギス教国の皆様がお集まりになったので、早速同盟会談の会場がある首都バーネストへお連れしたいと思います」
「ノワール殿、一つ質問があるのだがよろしいか?」
説明をしている最中にベイガードがノワールに質問をしてきた。話の最中に質問をするのはある意味で失礼な行為だが、ベイガードはどうしても気になる事があり、訊かずにはいられなかったのだ。
ソラはいきなり質問してきたベイガードの行動に申し訳なさそうな表情を浮かべながらノワールの方を向き、小さく頭を下げて謝罪する。だがノワールは気にしていないと目でソラに伝えてからベイガードの方を向く。
「何でしょうか?」
「どうして我々を首都バーネストではなく、このグーボルスの町に来させたのですか?」
なぜ直接会談の会場であるバーネストではなく、エルギス教国領内の町であるグーボルズの町に向かわせたのか、ベイガードはその理由が分からずにずっと頭を悩ませていた。そこへダークの側近であるノワールとジェイクが現れたので直接聞いてみようと質問して来たのだ。
ノワールとジェイクはベイガードがどんな質問をするのか予想していたのか、ベイガードの質問の内容を聞いて心の中でやっぱりな、と考える。直接会談の会場へ行かずに途中にある町に向かえと親書に書いてあれば誰だって疑問に思う事だ。
「移動時間の短縮ですよ」
「移動時間の、短縮?」
グーボルズの町へ来させた理由を聞いたベイガードは小首を傾げながら訊き返す。ノワールはベイガードの顔を見ながら頷いた。
「エルギス教国の首都であるエルステームからビフレスト王国の首都であるバーネストまではかなりの距離があります。馬や馬車では確実に数日は掛かる距離です。ですから短い時間でバーネストに来ていただく為にマスター、いえ、ダーク陛下は僕達を皆さんの迎えに向かわせたのです」
「そう、だったのですか」
「しかし、短い時間で来ていただくと仰いましたが、一体どうやって?」
ソフィアナがどうやって自分達をバーネストに連れて行くのか尋ねるとノワールは右手をゆっくりと前に出す。するとノワールの手の中に木製の杖が現れ、ソラ達はいきなり現れた杖に一瞬驚きの反応を見せた。
「転移魔法ですよ」
「転移魔法?」
「ハイ、本来であれば首都エルステームに直接お迎えに行くべきだったのですが、生憎ビフレスト王国にいる魔法使いの中でエルステームに転移できる者は一人もいません。ですから僕が転移できるエルギス教国の町で首都に一番近いこのグーボルズの町へ来ていただいた、という訳です」
「成る程、それでグーボルズの町へ来てほしいと親書に書かれてあったのですか」
親書にバーネストではなく、グーボルズの町へ向かってほしいと書かれてあった理由を知ってソフィアナは納得する。ソラやベイガード達も同じように納得の表情を浮かべながらノワールを見ていた。
エルステームからバーネストまで向かうとなると、時間も掛かるしモンスターなどの襲撃を受ける可能性も出て来る。時間を短縮し、ソラ達が安全にバーネストまで来られるようにする為にダークが気を遣ってくれたのだと知り、ソラ達はダークに感謝した。
ソラ達が納得するとノワールは早速転移魔法を使う準備に入る。ソラ達も転移できるのであれば多くの護衛を連れて行く必要は無いと考え、グーボルズの町で馬車や馬の見張りをさせる者とバーネストに連れて行く者を分ける事にした。六星騎士のベイガードとソフィアナは連れて行くとして、あとは数人の護衛と会談の時に知恵を貸してくれる貴族風の男を一人連れて行く事を決め、数分掛けて同行させる人材を選んだ。
準備が整うのノワールはソラ達を一ヵ所に集め、ノワールとジェイクもソラ達に近くに移動した。ソラ達に近づいたノワールは目を閉じて杖を持つ手をゆっくりと上げていき、やがて目を開けて真剣な表情を見せる。
「転移!」
ノワールが転移魔法を発動させるとノワールや彼の周りにいるソラ達の姿が一瞬で消える。広場に残ったテンプルナイト達は突然消えたソラ達に驚いてしばらく呆然としていたが、すぐに落ち着きを取り戻して自分達の仕事に取り掛かるのだった。
転移したノワール達は同盟会談が行われるバーネストに移動していた。視界には三階建ての少し小さめな城が入り、ノワール達はその城の正門前に立っている。
ソラ達は目の前にある大きな城と一瞬でバーネストに移動した事に驚き目を見開きながら城を眺めている。そんなソラ達を見てノワールとジェイクは苦笑いを浮かべていた。
「では、移動しますので我々の後について来てください」
ジェイクはソラ達にそう言って正門の方へ歩いて行き、ノワールもそれに続く。呆然としていたソラ達はジェイクの言葉で我に返り、少し慌てた様子でノワールとジェイクの後をついて行った。
城門に近づくと門の隅で控えている二人の騎士がノワールとジェイクに挨拶をし、その後に二人に連れられて来たソラ達に頭を下げる。門に配置されている騎士達はセルメティア王国からビフレスト王国の騎士になった人間の騎士なのでエルギス教国の女王であるソラとその側近であるベイガード達を見て少し緊張していた。
城門では客が来た時にその客が誰で何の用で訪ねて来たのかなどを城にいるダーク達に伝えないといけない。そうような行動は英霊騎士の兵舎で召喚された騎士には難しいので人間の騎士を配置させた方がいいとダークは考え、城門前の見張りを人間の騎士にしたのだ。
騎士の一人が城門の内側に何かの合図を送ると城門はゆっくりと内側に開いていく。しばらくすると城門は全開し、ノワールとジェイクはソラ達を連れて城の敷地内に入って行く。全員が敷地内に入ると城門は再び動き出し大きな音を立てて閉じた。
城門から城の入口までの間にある小さな庭の真ん中にある一本道をノワール達は固まって歩いて行く。ソラ達は一本道を歩きながら周りにある庭を見回していた。嘗てバーネストの町の町長が使っていた屋敷があった場所にこれ程立派な城が建てられている事に少々驚いているようだ。
庭を通ってノワール達はようやく城の入口である大きな二枚扉の前までやって来た。ノワール達は扉の前で立ち止まってからしばらくすると二枚扉がゆっくりと開き、ノワール達は城の中へ入って行く。
場内に入ると最初に視界に飛び込んで来たのは広いエントランスだった。正面には二階へ続く階段があり、エントランスの左右と奥には扉がある。そして高い天井からは立派なシャンデリアが吊るされてあった。外見は大した事はないが、中はエルギス教国やセルメティア王国の城に負けないくらい立派と言える。ソラ達はエントランスを見回しながら奥へと歩いて行った。
エントランスの中央、階段の手前にはアリシアと鬼姫が立っており、エントランスに入って来たソラ達を見てゆっくりと頭を下げた。
「お待ちしておりました、ソラ女王陛下」
アリシアが頭を下げながらソラに挨拶をし、ソラも久しぶりに会う聖騎士の姿を見て懐かしそうな笑みを浮かべる。
「お無沙汰しております、アリシアさん。ダーク陛下はお元気ですか?」
「ハイ、国王になってから仕事が増えで毎日大忙しのようです」
「そうですか」
ダークが王としての仕事に毎日苦労していると聞き、ソラは同じ立場の人間として同情したのか苦笑いを浮かべる。アリシアも同じように苦笑いを浮かべており、二人の会話を聞いていたノワールとジェイクも小さく笑いながらアリシアとソラを見ていた。
「それで、ダーク陛下はどちらに?」
「ダーク、陛下でしたら会談の準備をしております」
アリシアはダークを呼び捨てにしようとした直前にダーク陛下と言い直した。ダークや協力者だけの時は今まで通り呼び捨てにしても問題無いが、来客や国民の前で国王を呼び捨てにするのは流石にマズいので、アリシアやノワール達はダークを陛下と呼びながら会話する事にしている。
だが、まだ慣れないのか気を抜いていると先程のように呼び捨てにしてしまう事があるのでアリシア達は注意しながら会話していた。
「会談が始まるまでもう少し時間が掛かりますので、それまではこちらでご用意したお部屋でお待ちください。既にセルメティア王国の皆様はいらっしゃって、そちらでお待ちになっておられます」
「そうですか、分かりました」
「……鬼姫、皆さんをお部屋までご案内してくれ」
「かしこまりました」
アリシアは後ろで立っている鬼姫にソラ達を控室に案内するよう伝え、指示を受けた鬼姫は軽く頭を下げながら返事をした。
鬼姫はノワールとジェイクに代わってソラ達を控室のある場所へ案内し、ソラ達も鬼姫の後をついて行き控室へ移動する。それを見送ったアリシアはノワールとジェイクを連れて会談の準備をする為にダークの下へ向かった。
長い廊下を歩いてソラ達は控室と思われる部屋の前までやって来る。先頭を歩いていた鬼姫は部屋の扉を軽くノックした。すると扉が小さく開き、部屋の中から一人の騎士が顔を出す。その騎士はビフレスト王国の騎士ではなく、セルメティア王国の鎧を装備した若い男の騎士だった。
「何でしょうか?」
騎士は部屋を訪ねて来た鬼姫に何の用か訊く。鬼姫は騎士を見つめながら優しく微笑み軽く頭を下げた。
「失礼したします。エルギス教国の方々がいらっしゃいましたのでこちらにお連れしました」
「エルギス教国の?」
鬼姫の言葉を聞いた騎士は少し驚いた顔を見せ、部屋の外を覗き込む様に確認した。そこには確かにエルギス教国の女王であるソラと貴族風の男、そして護衛らしき騎士達の姿がある。
ソラは自分の方を見る騎士に軽く頭を下げて挨拶をし、それを見た騎士は更に驚いた表情を浮かべ、頭を下げて挨拶を返すと慌てて部屋の奥へ引っ込む。恐らく中にいるであろうセルメティア王国の王族、そして仲間達にエルギス教国が到着した事を知らせに行ったのだろう。
しばらくすると再び騎士が部屋から顔を出して扉を開けた。扉が開くと鬼姫は扉の前から移動して待っているソラ達を部屋へ招く。ソラ達が部屋に入ると部屋の中にはソファーに座っているセルメティア王国の国王マクルダム・ジ・ヴィズ・セルメティア、主席魔導士のザムザス・ルーバの姿があり、二人が座るソファーの後ろにはセルメティア王国の近衛隊長であるダグマス・ヘルフォーツと数人の近衛騎士が立っている。
マクルダムが座るソファーの右隣りにある別のソファーには白いドレスを着て小麦色の長髪をした十二歳ぐらいの少女、コレット・ビ・ヴィズ・セルメティアが座っており、その後ろには紺色のショートボブの髪を持つ若いメイド、メノルと三十代後半ぐらいの貴族風の男、マーディング・ダムダンが控えてソラ達の方を見ていた。
ソラ達エルギス教国の人間が部屋に入ってくると座っていたマクルダム達は一斉に立ち上がる。エルギス教国の人間が全員部屋に入るとマクルダムはソラの方へ歩いて行き、ソラの前で立ち止まった。
「ソラ陛下、お久しぶりです」
「こちらこそ、ご無沙汰しております」
数ヶ月ぶりに再会した二つの国の王と女王は握手をしながら挨拶をする。ソラの後ろにいるベイガード達もザムザス達、セルメティア王国の魔法使いや騎士達の方を向いて頭を下げ、無言で挨拶をし、ザムザス達も同じように頭を下げて挨拶を返した。
挨拶が済むとマクルダムとソラはソファーの方へ移動し、テーブルを挟んで向かい合う様にソファーに座る。各国の護衛や貴族はそれぞれ自分の国の王族の後ろへ移動してこれから共に同盟を結ぶ国の王族や騎士達を見つめた。
「遂にこの時が来ましたな?」
「ええ、エルギスとセルメティアが共に新国家と同盟を結ぶ。あの時の戦争の事を考えると今でも信じられないくらいです」
「それは私も同じです。しかし、考え方を変えれば、あの戦争があったからこそ、我々はこうして手を取り合い、共にビフレスト王国と同盟を結ぶ事ができたのです。あの戦争ではお互いに多くの国民、そして兵士の命を失いました。ですが、決して失っただけではない。多くの物を失う代わりに私達は新しいものを得る事ができました」
「……そうですね。失ったもの、命を落とした者達の為にも、もう二度とあのような惨劇を生まないようにしましょう」
セルメティア王国とエルギス教国の戦争で失った多くのもの、それを無駄にしない為、同じ過ちを繰り返さない為にお互いに助け合おう、マクルダムとソラは真剣な顔をしながら話し合う。両国の騎士達や貴族達も死んだ国民の為にも両国が良い関係を築く事、この同盟会談が上手くいく事を心の中で祈っていた。
「父上ぇ! いつ妾をソラ陛下に紹介してくれるのじゃ!?」
「コ、コレット殿下」
「姫様、ソラ女王陛下の前でそんなはしたない……」
マクルダムとソラが難しい話をしていると、マクルダムの隣に座るコレットが声を上げる。そんなコレットをマーディングとメノルは慌てて止めた。
騒ぐコレットを見てマクルダムは若干怒った様な表情を浮かべながら小声で注意し、ソラはコレットを見ながら不思議そうな顔でまばたきをした。
「ソラ陛下、失礼しました」
「いえ、私は構いませんが……そちらの方は?」
謝罪するマクルダムにソラはコレットの事を尋ねた。コレットはソラの方を向いて胸を張り、そんなコレットを見たマクルダムは小さく溜め息をついてからソラの方を向いてコレットの事を紹介する。
「娘のコレットです。今回の同盟会談にどうしても同行したいと駄々をこねまして、こうして連れて来たのです」
「セルメティア王国の王女様、ですか」
ソラは自分の事を紹介されて機嫌の様さそうなコレットを見つめながら呟いた。するとコレットは体を前に乗り出してソラの顔をジッと見つめる。
「コレット・ビ・ヴィズ・セルメティアじゃ。よろしくお願いするのじゃ、ソラ陛下」
顔を近づけ、笑顔で自己紹介をするコレットにソラは一瞬驚いた様な反応を見せる。だがすぐにその表情は変わり、微笑みながらコレットを見つめた。
「これ! ソラ陛下に対して何だその態度は? もっと王女らしくせんか!」
マクルダムは他国の女王に対して王族らしくない態度で挨拶をするコレットを叱り、怒られたコレットはシュンとする。いくら王女で歳が近いとはいえ、あのような態度を取れば怒られるのは仕方がない、と周りにいる両国の騎士や貴族達は思った。
「構いません、マクルダム陛下」
「え?」
コレットを叱っているマクルダムにソラは優しい微笑みを浮かべながら話しかける。マクルダムはソラがコレットの態度に対して不快な思いをしていない事を知り、意外そうな表情を浮かべた。
「私には歳の近い友人が一人もいません。一人の娘として礼儀などを気にする事無く、楽しく会話ができる相手がいないのです。歳の近い人が礼儀などを気にせずに話してくれるのであれば、私は嬉しいです」
「ソラ陛下……」
ソラの口から出た意外な言葉にマクルダムや周りにいる者達は全員驚き、目を見開きながらソラを見つめている。
女王とは言え、ソラはまだ十代半ばの子供、彼女の周りには歳の離れた大人ばかりで常に言葉遣い態度には気を付けるようにしている。しかも女王になった事で礼儀などにはより気を遣うようになり、ソラには気軽に会話できる相手がいなかった。
警護であり補佐役のソフィアナに対しては他の貴族や騎士達と接するよりも気持ちを楽にできるが、女王と騎士という立場から友達感覚で会話を楽しむ事ができない。ソラは他人と楽しく会話をする事ができないそんな雰囲気に少しではあるがストレスを感じていた。そんな時、女王である自分に対してかしこまった態度を取る事無く普通に接して来るコレットを見て彼女となら立場を気にせずに楽しく会話できるのではとソラは感じていたのだ。
「コレット姫、もしよろしければ、私の友人になっていただけませんか?」
「妾がソラ陛下の、友達にか?」
「ハイ!」
ソラは満面の笑みを浮かべながら頷く。コレットはそんなソラの笑顔を見ながら不思議そうな表情を浮かべる。友達になってほしいだけなのにどうしてこんな笑顔を浮かべるのかいまいち理解できないようだ。
だが、友達になってほしいとソラが頼んでいるのであれば、コレットにはそれを断る理由はない。コレットはソラの顔を見ながら二ッと笑い返す。
「ウム、いいぞ。今日から妾とソラ陛下は友達じゃ!」
「ありがとうございます」
笑いながら頷くコレットを見てソラは礼を言う。周りにいるマクルダム達はいきなり友人になった一国の女王と王女を見て僅かに呆然とした顔をしていた。だが、ソフィアナだけは小さく笑いながらソラを見つめている。
友達になったコレットとならソラも悩みを打ち明けたり、態度を気にする事無く会話ができ、ソラの不満やストレスが無くなってくれる事を嬉しく思っていた。
ただ、姉の様に存在である自分にも悩みを打ち明ける事はあるが、弱音は不満を口にする事はない。女王として騎士である自分の弱い姿を見せる訳にはいかないとソラは口にしなかったのだ。それを考えると、ソフィアナは嬉しさと同時にソラに全てを打ち明けてもらえるコレットの事を少し羨ましく思った。
「では、これからは妾の事をコレットと呼び捨てにしてくれ」
「分かりました。では、私の事もソラと呼んでくれて構いませんので」
友達になったばかりなのにもうお互いを呼び捨てにし合う事にしたソラとコレットを見てマクルダムとザムザス、ソフィアナ以外の部屋にいる者達は更に驚いた表情を浮かべる。そんな中、控室の扉をノックする音が聞こえ、部屋の中にいる全員が扉の方を向いた。
扉の近くにいる騎士がゆっくりと扉を開けて外を確認すると、騎士はゆっくりと扉を開ける。扉の向こう側には姿勢を正したアリシアが立っていた。
「お待たせしました、皆様。会談の準備が整いましたので、会場へご案内いたします。ダーク陛下もそちらでお待ちです」
アリシアの言葉を聞き、ソファーに座っていたマクルダム達は立ち上がり、控えていた騎士達も一斉に表情を鋭くする。
遂にビフレスト王国との同盟会談が行われる、マクルダム達は少し緊張した様子で一人ずつ部屋を出て行く。全員が部屋を出るとアリシアはマクルダム達を会談の会場へ案内した。