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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十二章~新国家の騎士王~
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第百四十二話  未知の国家


 全員が話を聞く体勢に入るとダークは地図を見つめた。地図にはビフレスト王国の周辺にある四つの国の外側にあと三つの国が載っている。この三つの国の内、二つは周辺国家も関りを持っておらず情報も少ない。だからどれ程の人口や軍事力でいつ建国されたのかも分からない未知の国だった。

 ダークはまず、地図の西側にある海を指差し、アリシア達もダークが指差す場所に視線を向けた。


「まずはセルメティア王国の西側を見てくれ。広い海があり、その中に島があるだろう? その島にあるのが多種の亜人が住んでいると言われる<リーテミス共和国>だ。人間は一人も住んでいない亜人だけの国家だ。そしてその国を治めているのが竜王クラスのドラゴンで国の大統領を務めているらしい」

「ドラゴンが大統領って、何だが変な感じね……マティーリア、アンタ何か知らないの?」


 レジーナは同じドラゴンであるマティーリアに大統領であるドラゴンの事を尋ねる。するとマティーリアはレジーナの方を向いて首を軽く横に振った。


「妾も詳しくは知らん。あの島にいるドラゴンは強力過ぎて同じドラゴンですら恐れて近づかんと言われておるからな。ただ、レベル80から90の間はあるドラゴンだと聞いた事がある」

「80から90のドラゴンって、相当強いんじゃないの?」


 大統領であるドラゴンのレベルを聞いたレジーナは目を見開きながら驚きダーク達の方を向く。するとダークはレジーナを見て軽く頷いた。


「ああ、強いだろうな。そんな奴と戦うとなると私も少々本気を出して戦わないといけないだろう」

「は、80以上のドラゴンでも少々なんだ……」


 高レベルのドラゴンと戦っても少しだけ力を出す程度だと話すダークを見てレジーナは苦笑いを浮かべる。するとノワールが小さく笑いながらレジーナを見つめて口を開く。


「それはそうですよ、相手がレベル90以上でないとマスターは全力を出されません」

「そ、そうなんだ、へぇ~……」


 まるで自分の子供を褒められた母親の様に笑みを浮かべながら話すノワールを見てレジーナは少し引く様な笑顔を浮かべる。

 ジェイク、マティーリア、ヴァレリアはノワールとレジーナを見つめながら黙って会話を聞いており、ダークはよほどの相手じゃない限り絶対に全力を出さないのだと悟った。


「とにかく、リーテミス共和国については情報が少なく何も分かっていない。詳しく調べてみようとは思っているが、それは当分先だな」

「ええ、セルメティア王国とエルギス教国との同盟、デカンテス帝国とマルゼント王国との今後の交流の仕方などまだ沢山問題がありますからね」


 国が忙しい状態で周辺国家も接触した事の無い未知の国に近づいて問題を起こす訳にもいかない。ダークはしばらくの間は周辺国家の外側にある国には触れない事にした。

 リーテミス共和国の話が終わるとダークは再び地図を見てマルゼント王国の北側にある森を指差す。その森は何の変哲もないただの森に見える。しかしヴァレリアが暮らしていたマゼンナ大森林と比べるとかなり大きな森だった。


「次はマルゼント王国の丁度北側にある大きな森の中にある国だ」

「国? 森の中に国があるのか?」


 ジェイクが地図を見ながら信じられないような表情を浮かべる。レジーナ達もいくら大きな森とは言え、その中に国があるとは思えないのかジェイクと同じように信じられないような顔をしていた。


「この森には<ティベイニア妖精国>と呼ばれる国がある。そこはフェアリー達によって建国された国だ」


 レジーナ達が森に注目しているとアリシアが森を指でコンコンと軽く叩きながら説明する。レジーナ達はフェアリーが建国した国だと聞くと驚きの表情を浮かべてアリシアに視線を向けた。


「フェアリー? フェアリーってあの綺麗な羽を持った小さな妖精の事?」

「百年前に絶滅したと思ってたが、まだいたんだな」

「私も数日前まではそう思っていた。だが、マティーリアとヴァレリア殿からフェアリーはまだこの世界に存在している事、フェアリー達の国がある事を教えてもらったんだ」


 驚くレジーナとジェイクにアリシアはフェアリーの事をマティーリアとヴァレリアから聞いた事を話し、視線をマティーリアとヴァレリアに向ける。レジーナとジェイク、そしてダークとノワールもつられるようにマティーリアとヴァレリアの方を見た。

 ダーク達の視線がマティーリアとヴァレリアに向けられると二人は話してほしいと言うダーク達の意思を感じ取り、フェアリーの事を詳しく話す事にした。


「確かにフェアリーは百年ほど前に突然姿を消し、多くに人間達から絶滅したと思われていた。じゃが、実際は絶滅しておらんかったのじゃ」

「そう、フェアリー達は人の手の届かない深い森の中でひっそりと暮らしていただけ。この事実を知っているのは各国の王族とごく一部の人間のみ。五十年ほど前に偶然フェアリーを目撃して調べているうちに妖精国の存在を知ったのだ」


 会議室にいる者達の中でも長く生きているマティーリアとヴァレリアは自分達の知るフェアリーの情報をダーク達に話した。アリシア達は五十年前にフェアリーの存在が確認されていた事、そして今までフェアリーの存在が誰にも知られていなかった事に驚く。ダークとノワールは異世界の住人ではないので、フェアリーの事を聞かされてもピンと来ない為、あまり驚いていなかった。

 マティーリアとヴァレリアの話を聞いているとダーク達の中にある疑問が浮上する。五十年前にフェアリーの姿が発見されているのなら、どうして今日までフェアリーと、ティベイニア妖精国と交流が無かったのかという事だ。


「しかし、どうして他の国々は今日まで妖精国と交流を持たなかったのだ? フェアリーはエルフ以上に長寿で魔力も高いと言われ、魔法の植物を育てる事ができると聞いている。フェアリーと交流を持ち、その植物を分けてもらえば様々な魔法薬などを作れるはずだ」

「……それは森の最深部にある妖精国に辿り着けず、フェアリーと接触する事ができなかったからだ」


 ヴァレリアは小さく俯き、低い声で周辺の国々が妖精国と交流を持てなかった理由を呟いた。


「フェアリーと接触できなかった?」

「そうだ……妖精国がある森、聖華せいかの森にはフェアリー達が特殊な魔法を掛けているんだ。そのせいで森に入った人間は方向感覚が狂わされ、森の最深部に向かおうとしても自然と森の出口に戻されてしまうのだ」

「……フェアリー達が人間を自分達の国に来させないようにしている、という事ですか?」

「その通りだ」

「どうしてそんな事を?」


 人間をティベイニア妖精国に辿り着かせないようにする理由が分からないアリシアがヴァレリアに尋ねる。ダーク達も気になるのか黙ってヴァレリアを見つめて彼女が答えるのを待った。

 ヴァレリアはしばらく黙り込む、やがてダーク達を見ながら理由を口にし始めた。


「約二百年前、当時の人間、つまり我々先祖達はフェアリー達と共存していた。二つの種族は手を取り合い、この地で共に生きていた。だが、ある事件が起こり、先祖達はフェアリー達の怒りを買ってしまった」

「怒りを買う?」


 アリシアが聞き返すとヴァレリアは真剣な顔で頷く。


「フェアリーの羽はとても美しく、それを材料にして様々なマジックアイテムを作ったり、装備の装飾に使った。当時、一部の人間達はフェアリーの羽を手に入れる為にフェアリー達を襲い、殺してその羽をむしり取っていったのだ」

「なっ!」

「ひでぇな……」


 大昔の人間がフェアリーを襲い、その羽を奪っていた事を聞かされアリシアとジェイクは驚くの声を漏らす。ノワールとレジーナも少し驚いた表情を見せて、ダークとマティーリアは黙ってヴァレリアの話を聞いている。


「フェアリー達は人間達から逃れる為に聖華の森へ逃げ込み、魔法で人間達を森の最深部へ辿り着けないようにしたのだ。嘗ては共存していた人間達に裏切られ、傷つけられたフェアリー達は人間に対して強い怒りを抱くようになった」

「それ以来、フェアリー達は過去の恨みから人間を信用する事ができなくなり、人間達と関りを持たないよう聖華の森で暮らすようなった、という訳ですか」

「そういう事だ」


 人間の過去の過ちが原因でフェアリーとの交流が途絶えてしまった事を知り、アリシア達は深刻な表情を浮かべた。

 二百年経った今でもフェアリー達は人間とやり直そうとはせずに、聖華の森で静かに暮らしている。美しい羽を手に入れる為にフェアリー達を裏切っただけでなく、その命まで奪ったのだから二度と人間と関りを持たないようにするのは当然と言えた。


「フェアリー達は人間達への怒りや憎しみから自分達の国に人間を近づけさせようとしない。だが、彼女達も人間の国に近づいたり、関りを持とうとは思っていなかった。だからフェアリー達は人間に姿を見られる事がなく、いつしかフェアリーは絶滅したと思われるようになったのだ」

「そうだったのか……それでフェアリーの存在に気付いた各国の王族はどうしたのですか?」

「なんとかフェアリー達と接触しようとしたらしいぞ? セルメティアでも五十年前の国王やマクルダム陛下がフェアリーの女王と話をしたいと親書を届けようとしたのだが、森に入った使者は妖精国に辿り着く事なく森の出口に戻され、結局親書は届けられなかったとザムザスから聞いている。恐らく、他の国の王族も接触しようとして同じような結果になったのではないか?」


 誰もフェアリーと接触する事はできなかった。話をする事はおろか、手紙も届ける事ができなかった事を知り、アリシアはフェアリー達の人間への怒りは自分が想像している以上に大きなものだと感じる。


「……ダーク、フェアリー達の事はどうする?」


 アリシアはティベイニア妖精国の事を今後どうするかダークの意見を聞く為に彼の方を向いて尋ねる。するとダークは腕を組みながら地図を見て低い声を出す。


「フェアリー達が我々人間に関わりたくないと考えているのなら仕方がない。触れずにそっとしておいてやろう」

「いいのか? 上手くフェアリー達と交流を持つ事ができれば彼女達しか知らない魔法の技術や魔法の植物を手に入れる事もできるかもしれないぞ?」

「別に私はどうしてもフェアリーの持つ技術や魔法の植物が欲しいという訳ではない。今のままでも十分ビフレストは国としてやっていける。それに強引に接触しようとしてフェアリー達の不評を買う訳にもいかないしな」

「そうか、貴方がそれでいいと言うのなら構わない。私達はそれに従う」


 ダークがティベイニア妖精国と関りを持たないようにすると決め、アリシアは文句などを言わずに納得する。ノワールやレジーナ達も異議は無いようで全員が黙ってダークを見つめていた。


「さて、ティベイニア妖精国の事はこれぐらいにして、最後の国の確認をしよう」


 ティベイニア妖精国の話が終わるとダーク達は三つ目の国の話を始める。ダークは地図に視線を向け、アリシア達もダークが見ている場所に注目した。ダーク達は地図の南東を見ており、そこに三つ目の国が載っている。丁度エルギス教国とデカンテス帝国の右下にあった。


「三つ目の国は大陸の南東に存在する<アドヴァリア聖王国>だ。光神こうしんアドヴァリアと呼ばれる神を崇拝し、強い光の力を持つと言われている」

「アドヴァリア聖王国、確か聖騎士と光属性の魔法を得意とする魔法使いが多く、彼らによって編成された神光しんこう騎士団と言う精鋭部隊を持つ国だったか?」


 アリシアが小首を傾げながら自分の知るアドヴァリア聖王国の情報を口にする。それを聞いたダークはアリシアの方を向いて軽く頷く。


「ああ、神光騎士団に所属している聖騎士の平均レベルは36、魔法使いもほぼ全員が光属性の中級魔法を使うことができ、優れた者の中には上級魔法を使える者もいるという話だ」

「凄いわね、悪魔族やアンデッド族のモンスターが相手なら楽勝ね」


 光属性の攻撃に特化した神光騎士団にレジーナは意外そうな顔を見せる。だが同時に、光属性の耐性を持つ敵が相手ではどうする事もできないのではと感じていた。

 アドヴァリア聖王国は大国であるデカンテス帝国とエルギス教国に挟まれるような形で存在する国だが、長年両国に押される事なく今日まで聖王国の誇りと存在を守って来た。

 神を崇拝する事から、似たような立場にあるエルギス教国とは繋がりを持っていたが、同盟を結んだりする事はなく普通に貿易し合う様な関係である。デカンテス帝国とは過去に子競り合いがあった為、貿易などは無いが戦争の様な争いを起こした事もない。二つの国とは良くも悪くもない関係にあった。


「この国は三つの国の中で唯一周辺国家のエルギス教国とデカンテス帝国が接触した事のある国だ。だが他の周辺国家は聖王国がどれ程の人口や軍事力を持っているか、特産物などがあるのか、詳しい情報は分かっていない。この国の事を知るにはエルギス教国から情報を集めるか、密偵を送り込んで直接調べるしかないが、もし密偵の存在がバレれば後々面倒な事になる」

「それじゃあ、エルギス教国と同盟を結ぶ時にあのソラ女王陛下から聖王国の事を詳しく聞くのか?」

「別にソラ陛下から直接聞く必要は無い。同盟を結べば教国の情報もある程度は入るのだから、その情報を使って聖王国の事を調べればいい」

「ああぁ、確かにそうだな。同盟を結べばお互いに同盟国の情報や周辺国家との繋がりが分かる訳だしな」


 エルギス教国と同盟を結べばアドヴァリア聖王国の情報を手に入れる事ができる、それを知りジェイクは納得の表情を浮かべながらコクコクと数回小さく頷く。

 ダークがセルメティア王国とエルギス教国と同盟を結ぶのはお互いに助け合う為だけではない。同盟を結んだ国が他の国とどんな関係なのか、何か問題を起こしてしまったのかなどの情報を手に入れる為でもあった。


「セルメティア王国とエルギス教国、二つの国と同盟を結べば我々が接触してない国の情報を得る事ができる。しかし、共和国と妖精国は周辺国家も接触していない文字通り未知の国だ。この二つの国の事は後の課題にするとして、まずはデカンテス帝国やマルゼント王国の様な情報を得られる国の事を調べながらこの国を安定させる事だけに集中する。お前達もまずは周辺国家の事だけを考えて仕事をしてくれ」

「ああ、分かった」

「任せてください」


 アリシアとノワールがダークの方を見て返事をし、レジーナ達もダークを見ながら黙って頷く。


「とりあえずは一週間後に行われるセルメティア王国とエルギス教国との同盟、そしてその後の入隊試験を成功させないとね?」

「ああ、この二つが上手くいかねぇと何にも始まらねぇからな」

「失敗は許されない、という事じゃな」

「やれやれ、忙しくなるな」


 ビフレスト王国の今後の為にもまずは同盟会談と軍の入隊試験を上手くいかせる事が大切だとレジーナ達は微笑みながら気合いを入れる。アリシアとノワールも四人は笑って見ており、ダークは黙ってレジーナ達を見ていた。


(四人は性格や考え方は異なるけど、俺やこの国の為に頑張ろうとする気持ちは同じだ。勿論、アリシアやノワールも……彼等の期待を裏切らない為にも、俺も国王としてしっかりしないとな)


 ダークは仲間達の姿を見ながら王として恥じぬ行動を取ろうと心の中で決意する。同時にこれから先、どんな事があろうと彼等を守って見せると誓うのだった。

 全ての国家の情報を確認し終えるとダーク達は会談を終えてそれぞれの仕事へ戻って行く。レジーナ達が部屋を出て行くとダークはアリシア、ノワールと共に一週間後の会談の流れなどを再確認をするのだった。


――――――


 セルメティア王国の西、青く広がる海の中に一つの島がある。広い海の中に一つだけあるその島はまるで外界との接触を拒んでいるかのように見えた。

 その島はそれほど大きくなく、セルメティア王国がある大陸の十分の一ほどの大きさだった。島には高い山、広い森、長い河があり、その近くに幾つもの村や町があり、そこには多種の亜人が大勢暮らしている。この島にある国こそが亜人だけの国と言われているリーテミス共和国、そしてその中でも特に大きな町こそがリーテミス共和国の首都であるジューオの町だ。

 首都であるジューオは他の町や村とは比べ物にならないくらい大きく大勢の亜人が住んでいる。亜人にはエルフ、ドワーフ、リザードマン、そしてバードマンやケンタウロスなど複数の種族があり、全員が不自由のない幸せそうな笑みを浮かべていた。仲が悪いと言われているエルフとドワーフもこの国では争う事なく共存しているようだ。

 ジューオから少し離れた所にある大きな岩山、草や木は無く岩や石だけが転がっていた。そんな岩山の険しい山道を一人の亜人が歩いている。長い金髪に顎髭を生やしたエルフの男だ。外見は三十代後半ぐらいだがエルフは長寿である為、見た目どおりの年齢とは限らない。貴族なのか岩山には似合わない高貴な服を着ており、武器も持っていなかった。エルフは表情を一切変えずに山道を歩いていく。

 しばらく山道を進むとエルフの前に大きな神殿が姿を見せた。普通、岩山にはダンジョンや遺跡の入口があるものだが、エルフの前にあるのは王都にある様な立派な神殿だ。どうして岩山の中にこんな立派な神殿があるのか、いつ作られたのか、それはエルフにも分からない。エルフはしばらく神殿を見上げた後、静かに神殿の中へ入って行く。

 広くて静かな一本道の廊下、エルフは足音を響かせながらその真ん中を歩いている。壁には無数の松明が付いており、その明かりだけが暗い廊下を照らしていた。

 長い廊下を歩いて行くとエルフは広い部屋へと出た。そこは東京ドームのグラウンドくらいの広さの部屋で天井には大きな穴が開いており、そこから太陽の光が部屋を照らしている。壁には沢山の壁画が描けれており、どこか歴史を思わせる雰囲気を出していた。

 部屋の中央には大きな祭壇の様な台があり、その上に一匹の巨大なドラゴンが目を閉じて横になっていた。そのドラゴンは全身を赤い鱗で覆い、長い首に鋭い爪の生えた手足を持ち、頭には二本の大きな角を生やしている。そして大きな竜翼と人間の砦など一撃で粉砕できるような太い竜尾があり、全長60mはある巨大な体をしていた。その姿からは弱者など簡単に圧倒されてしまう様な迫力が感じられる。

 エルフはドラゴンを見ても警戒する事無く落ち着いた様子を見せており、静かにドラゴンが横になっている台の方へ歩いて行く。ドラゴンがいる部屋でもエルフの足音が響き、それを聞いたドラゴンはゆっくりと目を開けながら顔を上げ、近づいて来るエルフを見つめた。


「……お前か」

「申し訳ありません。お休み中でしたから、閣下?」

「いや、少し考え事をしていただけだ。気にしないでくれ」


 台の前で謝罪するエルフを見下ろしながらドラゴンは低い声を出す。声からしてこのドラゴンは雄のようだ。


「それで、突然どうしたんだ、バーミン? 首都で何か事件でもあったのか?」


 ドラゴンはエルフをバーミンと呼び、自分の下を訪ねてきた理由を訊く。するとバーミンは苦笑いを浮かべながら首を横に振る。


「いいえ、そんな事ではありません。一ヶ月後に作物の収穫祭が行われるのでそのご報告に参りました」

「収穫祭か、もうそんな時期になったのか……」


 ドラゴンは懐かしそうな口調で喋りながら天井に開いている穴から空を見上げる。その様子はまるで過去を振り返る老人の様だった。


「つきましては、閣下にもその収穫祭にご参加いただきたく思い、こうしてやってまいりました」

「……私は遠慮しておこう、最近歳のせいか体が重くてな。それに私なんかが参加しなくても十分収穫祭は盛り上がるだろう」

「何を仰いますか。この国の大統領であるヴァーリガム・ベンドバーン閣下が参加される事を国民は楽しみにしております」


 エルフの言葉にヴァーリガムと呼ばれたドラゴンは小さく鼻で笑いながら上げていた顔を下した。

 この横になっているドラゴンこそがリーテミス共和国の大統領であるキングフレアドラゴン、ヴァーリガム・ベンドバーンである。三百年以上生きていたドラゴンでリーテミス共和国の亜人達からは大統領であるのと同時にリーテミス共和国の守護者として強い信頼を得ていた。普通のドラゴンと違って知性もあり、人間や亜人と会話をする事も可能で戦闘能力も優れている。人間の英雄級の実力者が十人でぶつかっても勝てない程だ。

 バーミンは目を閉じているヴァーリガムを見つめて収穫祭に参加してほしいと目で訴える。ヴァーリガムも片目を開けて自分を見つめる小さなエルフを見ていた。


「……ハァ、分かった。私も参加しよう」

「ありがとうございます!」


 参加してほしいと言う意思の籠った眼差しにヴァーリガムはとうとう折れて収穫祭に参加する事を承諾する。バーミンは参加する事を決めたヴァーリガムを見て笑いながら礼を言う。


「では、早速町の者達や元老院に報告してきます」

「……バーミン」


 ヴァーリガムは自分に一礼をして部屋から出て行こうとするバーミンに声を掛け、呼ばれたバーミンは足を止めて振り返る。


「何でしょう?」

「収穫祭を楽しむのは構わないか、決して浮かれ過ぎないようにしろと皆に伝えてくれ。いつか、いや、もしかすると明日にでも島の外からこの国に災いをもたらす存在などがやって来るかもしれないのだからな」

「……承知しました」


 バーミンはヴァーリガムの意味深な言葉に表情を鋭くし、低い声で返事する。そして再びヴァーリガムに背を向けて部屋を後にした。

 一人になったヴァーリガムには再び目を閉じて軽く息を吐く。ドラゴンであるヴァーリガムの溜め息は強く、彼が横になっている台の上にある砂などは一瞬で吹き飛ぶ。それからヴァーリガムは静かに眠りに付き、彼のいびきが広い部屋に響くのだった。


――――――


 マルゼント王国の北側にあるのはマゼンナ大森林よりも大きな聖華の森。フェアリー達の国があり、多くの鳥や小動物などが静かに暮らし、森の至る所に美しい花や川がある神秘的な雰囲気を出す場所だ。この森全体にはフェアリーの魔法が施され、人間やフェアリーに危害を加えようとする存在は森の最深部に入れないようになっている。フェアリー達にとって聖華の森は外敵から国を守る為の巨大な城壁でもあった。

 聖華の森の最深部には木々が無く、透き通った川が流れている大きな円形の広場があり、その中に無数の民家とその民家に囲まれる形で城が建っている。その城や民家は人間達が住む城や民家と比べたら遥かに小さく、まるでドールハウスの様だった。この広場にある町こそがフェアリー達の国、ティベイニア妖精国の首都であり、町がある円形の広場がティベイニア妖精国の正式な領土である。

 首都の中には無数のフェアリーが飛んでいる。フェアリーの特徴は蝶の様な形をした美しい羽とその小さな体にあった。身長は20cmくらいと小さく、羽は赤や青、緑や黄など様々な色を持ち、宝石の様に輝いている。そして何よりもフェアリーの中に男はおらず、全員が女で美しい顔を持っていた。

 中央にある城の中には書斎らしき部屋があり、その中には机や椅子、本棚など色々な家具がある。その全てが小さくフェアリーの体に合わせた大きさだった。

 その書斎の中に一人のフェアリーが椅子に座りながら机の上にある水晶玉を覗いている。見た目は二十代後半ぐらいで薄紫の長髪を持ち、花の髪飾りを付けている。背中の部分を大きく開いた若葉色のドレスを着ており、背中からは七色の羽が生えていた。

 フェアリーは両手を水晶玉に近づけながら真剣な表情で水晶玉を見つめている。すると、扉をノックする音が聞こえ、フェアリーはふと反応し、視線を水晶玉から扉の方へ向けた。


「誰だ?」

「陛下、よろしいでしょうか?」

「構わぬ、入れ」

 

 許可を出すと扉が開いて一人のフェアリーが入室する。フェアリーは陛下と呼ばれたフェアリーの方へ歩き、机の前で立ち止まった。どうやら座っているフェアリーはティベイニア妖精国の女王のようだ。


「陛下、森の中を巡回していた者からティンクルベリーが自生している場所を発見した報告が入りました」

「何、本当か?」

「ハイ、今年の冬を乗り越えられるだけの量だと言っておりました」

「そうか、では急いで採取に向かわなければならないな。すぐに採取に向かう部隊を編成させろ」


 女王はフェアリーに部隊編成を指示し、フェアリーも真剣な表情で女王を指示を聞いている。

 彼女の名はクロムティア七世、ティベイニア妖精国の七代目の女王で歴代の女王の中でも特に魔力が高く、最年少で女王となった才女だ。魔法に関する知識が豊富で魔法の腕でかなり高く、女王になる前は聖華の森に異変が起きていないかを調べる魔術部隊の総隊長を務めており、先代の女王からも強く信頼されていた。女王になってからもその魔力の高さと民を守りたいと言う優しさから国民達に慕われ、首都にモンスターが近づけば自ら前線に出てモンスターと戦う事もある。まさに最高のフェアリーと言えた。

 クロムティアはフェアリーに部隊の編制、ティンクルベリーの採取の手順などを説明し終わると再び視線を机の上の水晶玉に向けた。


「陛下、何をしておられるのですか?」


 フェアリーはクロムティアに水晶玉で何をしているのかを尋ねる。クロムティアはフェアリーの方をチラッと見た後に水晶玉に視線を戻して口を開いた。


「森の外の様子を窺っているのだ。この水晶玉は魔力を送り込むと森の外にある人間たちの国を覗くことができるマジックアイテムなのだ」


 人間の国を覗いていると聞いたフェアリーは驚きの表情を浮かべて水晶玉を覗く。水晶玉の中心には確かに何処か国の町とそこに住んでいる人間達の姿が映し出されていた。

 フェアリーは人間やエルフよりも優れた魔法の知識を持っている為、彼等には作れない優れたマジックアイテムを自分達で作り、それを使用する事ができるのだ。


「……あのような野蛮な種族の国など覗く必要は無いと思いますが……」


 マジックアイテムを使ってクロムティアが人間の国を覗き見ている事を知ったフェアリーは不満そうな顔を見せる。やはり過去に人間達から受けた仕打ちが原因でフェアリー達はいまだに人間を毛嫌いしているようだ。


「確かに人間達は野蛮な生き物だ。しかし、だからと言って情報を集めない訳にもいかない。いつの日かまた昔の様に人間達がこの国に近づいて我々を捕らえようとする可能性だってある。そうさせない為にも人間達の国がどんな事をしているのかをしっかりと知っておく必要があるのだ」

「そう、ですか……」


 国の為でもやはり人間に関わるのは納得がいかないのかフェアリーはムスッとしている。そんなフェアリーの顔を見たクロムティアは可笑しいのかクスクスと笑い出す。


「そんな顔をするな。別に我々から人間に近づこうとしている訳ではない。あくまでも人間達がどんな風に生活し、何をしようとしているのかを調べるだけだ。我々ティベイニアはこれまで通りこの森で静かに暮らしていく。それは変わらない」

「あ、ハイ。すみません……」

「それよりも、ティンクルベリーの採取部隊の編成をしなくてよいのか?」

「あっ、そうでした。失礼します!」


 役目を思い出したフェアリーはクロムティアに挨拶をしてから慌てて書斎を後にする。フェアリーが書斎から出て行くとクロムティアは再び水晶玉に視線を向けて人間の国の様子を伺い始めた。


(先日、マルゼント王国の人間達が新しい人間の国ができたと話していたが、一体どんな国なのだ? ……調べようにもその新しい国の場所が分からない以上はこの水晶玉でも覗く事はできない。何よりも、遠くの国を覗いたり、人間達の会話を聞き取るには高い集中力と多くの魔力を必要とする。下手をすれば魔力の使い過ぎで倒れてしまうかもしれないからな。気を付けなくては……)


 水晶玉の使い方を誤れば自分がとんでもない目にあう。クロムティアは自分にそう言い聞かせるように心の中で呟き、近くの国の人間達の様子を覗き見るのだった。

 

――――――


 デカンテス帝国とエルギス教国の南東、デカンテス領とエルギス領の囲まれるような形で存在するのが光神アドヴァリアの加護を受けていると言われている国、アドヴァリア聖王国である。この国は周りを険しい岩山に囲まれており、アドヴァリア領に入るにはデカンテス帝国かエルギス教国を通らないといけない。その為、側面や背後から他国の攻撃を受ける事も無く、高い防衛力を持っている。

 アドヴァリア聖王国の各町には必ず教会があり、神光騎士団の一個中隊が配備されている。その為、邪悪な力を持つ悪魔族、アンデッド族モンスターが町を襲撃しても難なく撃退する事ができるのだ。国民はその優れた戦闘能力と光の力を持つ聖騎士や神官達を強く信頼していた。

 国の中央にある大きな町、高い城壁に囲まれ、そこから多くの兵士や弓兵が町の外を見守っている。町の中央にある広場にはアドヴァリア聖王国の民達が崇拝する光神アドヴァリアの像が立てられていた。この町こそがアドヴァリア聖王国の首都である聖都カリアディナだ。因みに光神アドヴァリアはエルギス教国が崇拝するフィーラ・エルギス神と同じ光を司る神だが、光神アドヴァリアの方が力が上だと言われている。

 カリアディナに王城と神光騎士団の本部や神聖魔導団と呼ばれる光属性の魔法に優れた魔法使い達で構成された魔法部隊がいる聖堂がある。何百人の聖騎士や魔法使い、神官がいるカリアディナの防衛力は間違いなくアドヴァリア聖王国の中でも最高と言えるだろう。

 城の中にも大勢の聖騎士がおり、城の中に異常が無いか見回っている姿がある。城の中と言えど何も問題が怒らないとは限らないので聖騎士達は常に緊張を解かずに任についていた。

 そんな聖騎士達が巡回する城の一階にある謁見の間に三人の人影があった。一人は二つある玉座の一つに座る男、年齢は三十代前半ぐらいで金色の短髪に白、青、金の三色の色を持つ服を着て白いマントを羽織っている。玉座に座っている事から彼がアドヴァリア聖王国の王と考えて間違いないようだ。二人目は王の隣で目を閉じながら静かに立っている四十代後半ぐらいの中年の男、彼も金髪で白と青の服を着ている。最後の一人は聖騎士の男で王の前で跪いていた。


「そうか、帝国がそんな動きを……」

「ハイ、我が国と帝国の間にある荒野の中に砦の様な物を建設していますが、我が国に攻め込む様子は見せておりません」

「数年前にも小競り合いがあり、その時は話し合いで何とかなった。だがもし次に同じような事が起きれば話し合い程度では済まないかもしれないな。念の為に帝国を注意するよう荒野の近くにある町の騎士隊に伝えておいてくれ」

「承知しました」


 聖騎士は力強く返事をすると謁見の間を後にする。聖騎士が出て行くと王は天井を見上げながら小さく溜め息をつく。


「陛下、お疲れのようですが大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。心配をかけてすまないな、ブリダント?」


 隣に立つ中年の男をブリダントと呼びながら王は苦笑いを浮かべる。そんな王を見てブリダントは軽く頭を下げた。

 王の名はタルタニス・メラクリス。アドヴァリア聖王国の王である男だ。王になる前は優秀な神官騎士として活躍しており、無数の戦技と光属性の魔法も幾つも使いこなして多くの民な仲間を守って来た。その功績と民を思いやる慈悲深い心を持っている事から、王になった後は民や兵士達から神聖王と呼ばれている。

 タルタニスを気遣っていた中年の男かブリダント・ダーズ。王族の秘書官でタルタニスが王になった時から彼の補佐を務めている優秀な男だ。


「この数日間、本当に色々な事が起きたな。あまりにも多すぎて頭がついていけんよ」

「無理もありません。数日前に荒野にアンデッドの群れが出没して一番近くの村に迫っていると言う事件に続き、国を囲む岩山の中に無数の遺跡が発見され、そこを探索するという件とそれらに対処する為に部隊編成、更に帝国が荒野に砦を建設しているという件まで飛び込んで来たのですから……」

「ああ、だがこれも王の務めだ。民の為、国の為に私がしっかりしなくてはならない」

「理解しております。ですが、陛下が無理をすれば王妃様や殿下が悲しまれます。その事もお忘れないようお願いします」

「……分かった、約束しよう」


 頭を下げて頼むブリダントにタルタニスは小さく笑った。

 タルタニスには妻と幼い息子がおり、以前はよく城の中庭とかで談笑していた。だが最近は仕事が多くなり妻や息子と構っている時間が少なくなっている。妻と息子もタルタニスが国王の立場にある事からそれは仕方がないと分かってはいるが、せめて自分の体を大事にしてほしいと願っており、それを感じ取ったブリダントが二人の代わりにタルタニスに忠告したのだ。


「ところでブリダント、例の件はどうなっている?」

「例の件……エルギス教国の件ですね?」

「そうだ、あの国が近いうちに新しくできた国……確か、ビフレスト王国だったか? その国と同盟を結ぶと言う件について何か詳しい事は分かったか?」


 真剣な顔でタルタニスはブリダントにエルギス教国がビフレスト王国と同盟を結ぶ事について尋ねる。やはりアドヴァリア聖王国にも既にエルギス教国がビフレスト王国と同盟を結ぶという情報が入っていたようだ。

 ブリダントはタルタニスの顔を見ると彼と同じように真剣な表情を浮かべながら頷いた。


「ハイ、同盟を結ぶという事に間違いはないようです。しかもエルギス教国だけでなく、セルメティア王国までもが共に同盟を結ぶと言う情報を得ました」

「セルメティア王国も? なぜ一度に二つの国が同盟を……」

「何でも両国はビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストと言う黒騎士に大きな恩があり、彼の頼みで新たな国の建国に力を貸したとの事です。そして、建国した暁には両国と同盟を結び、様々な取引や支援を行う事になっていたそうです」

「大きな恩、二つの国の王と女王に国を造る手助けをさせる程の恩とは一体どれほどのものなのだ……」

「申し訳ありません、そこまでの情報は得られませんでした」

「そうか、ご苦労だったな」


 タルタニスは報告を終えたブリダントを労い、ブリダントは小さく頭を下げた。

 突如現れたビフレスト王国の情報はアドヴァリア聖王国や他の国にもすぐに広がり、各国の王族はビフレスト王国の詳しい情報を集めいようとした。だが、建国したばかりの為か詳しい情報は殆ど得られず、各国はビフレスト王国の様子を伺いながら少しずつ情報を集めている。


(嘗ては何処かの国家に仕えていた騎士が忠誠心を失い、闇の騎士となった存在、それが黒騎士……一度主を裏切った騎士を王と認め、建国を手助けするとは、ソラ女王陛下やセルメティア王は何を考えておられるのだ?)


 騎士としての誇りを忠誠心を失い、邪悪な存在となった黒騎士を王と認め、同盟まで結ぼうとするセルメティア王国とエルギス教国の考えが理解できずに難しい顔をするタルタニス。嘗ては神官騎士であり、今は聖王国の王である彼にはダークが王になった事がどうしても納得できずにいた。


(……何にせよ、今は情報が少なすぎる。ビフレスト王国の事は様子を窺いながら情報を集め、今後どうするか決めればいい)


 ビフレスト王国の事は後回しにして、今は目の前にあるアドヴァリア聖王国の問題から何とかしようとタルタニスは思うのだった。


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