第百三十九話 強者達の熱戦
ノワール達が見守る中、ダークとアリシアの戦いはより激しさを増す。二人は相手との距離を縮めて剣を激しくぶつけ合った。二人の剣がぶつかる度に試合場に高い金属音が響く。
ダークはアリシアの連続切りをその場から一歩も動かずにダークブリンガーで全て防ぎ、反撃する隙ができれば素早くアリシアに攻撃する。そしてアリシアもダークの攻撃をエクスキャリバーで防ぎながら反撃するチャンスが来れば攻撃し、お互いに激しい攻防を繰り広げた。
しばらく剣をぶつけ合ったダークとアリシアはお互いに大きく後ろへ跳んで距離を取る。二人とも表情にこそ出してはいないが僅かに息が上がっており、疲れを露わにしていた。お互いに全力で剣を振り、ぶつけ合ったのだから無理もない。
「流石だな、ダーク? ここまで熱い戦いをしたのは久しぶりだ」
「それは私も同じだ。LMFにいた時と違って、こっちの世界では私と互角に戦える者などいなかったからな」
剣を構えながら余裕の表情を浮かべるアリシアと少し楽しんでいる様な声を出すダーク。今の二人は剣道の試合を楽しんでいる同じ道場の生徒の様だった。
アリシアが笑いながらゆっくりと霞の構えを取り、ダークは右足を僅かに横にずらして八相の構えを取る。二人は目の前にいる相手を視界から外さないようにジッと見つめた。
(職業の能力やステータスは俺の方が上だが、純粋な剣の腕はアリシアの方が上だ。普通に剣で戦っていたら俺に勝ち目は無いだろうな……なら、暗黒剣技を上手く使って戦うべきか)
LMFのプレイヤーである自分よりも本物の戦士であるアリシアの方が剣の腕が優れていると考えるダークは普通に戦っては勝てないかもしれないと考え、強力な一撃を撃ち込む戦い方をしようと考える。ダークはダークブリンガーを強く握って刀身に黒い靄を纏わせるとアリシアに向かって走り出す。
(また漆黒剣か?)
アリシアは向かってくるダークを見て先程使った暗黒剣技と同じものを使うと感じ、足の位置をずらしてすぐに動ける体勢に入る。
今日までダークと共に戦ってきたアリシアはダークが剣に靄を纏わせたり、炎を纏わせたりするのを見れば彼がどんな暗黒剣技を使うのかだいたい分かるようになっていた。だから今のダークを見て近距離攻撃の漆黒剣を使ってくると感じ取ったのだ。前に漆黒剣を使った時から既に冷却時間は経過しているので、ダークが再び漆黒剣を使ってくる可能性は十分あった。
「漆黒剣!」
ダークはアリシアの1mほど前まで近づくとアリシアを見て目を赤く光らせてダークブリンガーを頭上から振り下ろす。アリシアの読みは見事に当たった。
(やはり!)
自分の予想通りの攻撃が来た事にアリシアは心の中で叫び、素早く後ろへ跳んでダークの振り下ろしをかわした。
両足が地面に付くとアリシアはすぐに反撃しようとエクスキャリバーを構え直す。だが、アリシアが前を向いた瞬間、その場を動かずに再びダークブリンガーに黒い靄を纏わせたダークの姿が視界に入る。
「なっ! もう次の暗黒剣技を使う態勢に……」
ダークが予想よりも早く次の攻撃態勢に入ったのを見てアリシアは驚く。
「黒瘴炎熱波!」
離れた位置に立つアリシアに向かってダークはダークブリンガーを振り下ろして再び黒瘴炎熱波を発動させ、アリシアに向かって黒い靄を一直線に放つ。
アリシアは予想外の攻撃に驚いて反応が遅れてしまい、慌てて左へ跳んで攻撃を避ける。しかし、完全に回避する事ができず、黒い靄はアリシアの右下腿部を鉄製の騎士ブーツごと呑み込んだ。
「グウウゥッ!」
右足から伝わる痛みと熱さにアリシアは奥歯を噛みしめる。騎士ブーツを履いているにもかかわらず、靄に呑まれたブーツの下からは強い痛みを感じた。ダークの放った靄の前では普通の防具など何の意味も無いようだ。
レベル100になった彼女には普通のモンスターや人間の攻撃は効かず、痛みも感じない。だが同じレベル100のダークの攻撃は流石に効くらしくアリシアにダメージを与えた。普通の人間なら致命傷になっている攻撃を受けてダメージだけで済んだのはアリシアの体が常人と比べたら遥かに丈夫で彼女自身が強いからだ。
靄を避けたアリシアは足の痛みに耐えながらダークの方を向いてエクスキャリバーを両手で構える。ダークはアリシアの苦痛の表情を見ても慌てる事なく落ち着いてダークブリンガーを構えていた。
二人は模擬試合が始まる前から全力で戦う事を決めていた。勿論、自分の技を相手が受けて傷を負う事もお互いに承知していたので対戦相手が攻撃を受けても動揺を見せないようにしている。だからダークはアリシアが攻撃を受けてダメージを受けても驚かなかったのだ。アリシア自身もこうなる事は分かっていたので文句などは口にしない。
(クッ! 闇属性耐性強化で闇属性の耐性を強化していたが、それでもこれほどの痛みを感じるとは……やはりダークは強い!)
アリシアは心の中で自分に大きなダメージを負わせたダークの強さに驚き、同時に感心しながらエクスキャリバーを強く握る。ダークを警戒しながらアリシアは攻撃に備えようとするが右足の痛みのせいで構える事に集中できなかった。
(マズいな、この足の痛みのせいでまともな体勢を取る事ができない。いや、それどころか回避も困難になる。まずはこの足を治さなくては……だが、ダークがそれを見逃すとも思えない。まずは傷を癒す隙を作らなくては……)
傷を癒す為にアリシアはエクスキャリバーを右手だけで持ち、ダークに隙を作らせようと構えを変える。ダークはアリシアがエクスキャリバーの持ち方を変えたのを見て何かして来ると感じて足の位置を少しだけ横にずらした。
(……アリシアは黒瘴炎熱波を足に受けてまともに動けなくなっている。となると、彼女が次に取る行動は俺を攻撃して隙を作らせ、あの足の傷を回復する事のはずだ。アリシアはサブ職業のハイ・クレリックの回復魔法を習得している、今のアリシアならあの程度の傷は治せるだろう……悪いが、その隙は与えないぜ?)
アリシアの狙いを読んだダークはアリシアの回復の隙を与えない為に攻撃する事にした。両足に力を入れ、勢いよく跳んで再びアリシアとの距離を縮めようと考える。その時、アリシアがエクスキャリバーの刀身を白く光らせ、それを見たダークは目を赤く光らせた。
「エクスキャリバーが光っている……神聖剣技か?」
ダークは神聖剣技が来ると感じ、発動される前に攻撃しようとアリシアに向かって走り出す。これまで見て来たアリシアの神聖剣技にどんな効果があるのかをダークは把握している為、どの技が来ても回避する自信があった。
向かってくるダークを見たアリシアはエクスキャリバーをゆっくりと振り上げ、軽く手首を捻る。そして、ダークが一定の距離まで近づいて来るとダークを見つめながら目を鋭くした。
「天空快刃波!」
アリシアが叫びながらエクスキャリバーを勢いよく振ると光る刀身から三つの白い斬撃が放たれ、もの凄い速さでダークに向かって飛んで行く。
「何っ?」
ダークは初めて見る神聖剣技に驚いて思わず急停止する。放たれた三つの斬撃は前、右前、左前からそれぞれダークに迫っていく。
<天空快刃波>は振った剣の刀身から三つの光属性の斬撃を放つ神聖剣技。三つの斬撃を放つという事で最大で三体の敵を攻撃する事ができるが、敵の数が二体以下の場合は余った斬撃をその二体の内のどちらかに飛ばす事も可能だ。そして、敵が一体の場合は三つの斬撃を全てその敵に放つ事もできる。更にこの剣技は光属性以外に風の属性も付いている為、風属性に弱い敵にも効果があるのだ。
飛んで来る三つの斬撃の内、ダークは一つ目の斬撃を軽く右に移動してかわし、二つ目をダークブリンガーで叩き落す。そして三つ目は左へ跳んで回避し、全ての斬撃を凌ぐとアリシアの方を向いた。
「破邪天柱撃!」
ダークがアリシアの方を向いた瞬間、アリシアが別の神聖剣技を発動させた。するとダークの足元が明るくなり、ダークはフッと下を見る。そこには白く光る魔法陣が展開されていた。
「しまった!」
魔法陣を見て驚きの反応を見せるダークは急いで魔法陣の上から移動しようとしたが、気付くのに遅れ
て回避することができず魔法陣から空に向かって伸びる光の柱に呑まれてしまう。
「グオオオッ!」
全身から伝わる痛みにダークは声を上げた。この世界に来て初めて感じる痛みと言えるものにダークはこれがダメージを受けるということなのだと実感する。
ダークは光の柱の呑まれて動けなくなっているのを見たアリシアは痛む右足に左手を向ける。するとアリシアの左手の中に小さな白い魔法陣が展開された。
「大治癒!」
アリシアが何かの魔法を発動させるとアリシアの体が薄っすらと白く光り出す。同時に右足から伝わる激しい痛みも感じなくなった。
<大治癒>は回復魔法の一つである光属性の中級魔法。回復力はヒーリングよりも強く、傷を治すだけでなくステータス低下の状態異常も治すことができる。LMFでは習得するのは簡単だが、異世界では習得が難しい魔法とされているようだ。
足の痛みが消え、体力も回復できたアリシアは小さく息を吐いて少し安心する。だがすぐに真剣な表情を浮かべ、ダークの方を向いてエクスキャリバーを構え直した。
アリシアの視線の先にはダークが立っている姿がある。既に魔法陣と光の柱は消えており、ダークはアリシアの方を向いてダークブリンガーを構えていた。
「フゥ、今のは効いた。光属性の耐性を高める技術を装備していてもこれほどのダメージを受けるとはな……」
ダークは体に残っている痛みを感じながらアリシアの神聖剣技の威力を理解した。
「最初の斬撃を放つ神聖剣技は私を近づけさせないための攻撃であるのと同時に破邪天柱撃を確実に当てるための罠だったのか。そして私が怯んでいる間に回復魔法でHPを回復させた……考えたな、アリシア」
確実に敵に攻撃を命中させる為に二つの神聖剣技を組み合わせ、攻撃が命中して敵が怯んでいる間に自分の傷を癒す。戦いの最中に素早く作戦を考えて実行するアリシアの行動力にダークは感服する。だが、すぐに気持ちを切り替えてアリシアとの模擬試合に集中した。
アリシアの神聖剣技を受けてダークのHPは削られ、全身からはまだ僅かに痛みが感じられる。このまま戦っても思うように動けずにまた隙を作ってしまうだろう。そこでダークもアリシアのように傷を治して戦いやすい状態を取り戻そうと考えた。
(普通ならポーションのようなアイテムを使ってHPを回復するべきなんだが、アリシアがアイテムを使わない以上は俺も使うわけにはいかないな)
ダークはアリシアを見ながら心の中で呟く。フェアプレイを心がけているダークにとってマジックアイテムを使えない相手と戦っている時に自分だけマジックアイテムを使うのは彼のプライドが許さなかった。
ただ、フェアプレイを心がけているダークでも時と場合によってはプライドを捨ててアイテムを使ったり姑息な手を使う時もある。しかし、今回の模擬試合のような場合は決して姑息な手段やアイテムは使わない。
(アイテムが使えないとなると、今の俺がHPを回復する方法は、あれしかない)
ダークはアリシアが次にどう動くかを警戒しながら足の位置を変え、ダークブリンガーを握る手に力を入れる。するとダークブリンガーの剣身が薄っすらと紫色に光り出し、それを見たアリシアは目を見開きながら反応した。
(剣身が紫色に光っている……何だあれは? 暗黒剣技であることは間違いなさそうだが、あんな技は今まで見たことが無いぞ)
自分の知らない暗黒剣技を使うダークを見てアリシアは警戒心を強くする。ダークがどんな行動、どんな攻撃をしてきてもすぐに対処できる体勢を取った。
アリシアが体勢を変えるとダークはアリシアに向かって勢いよく走り出す。距離を縮めて来たダークを見てアリシアはエクスキャリバーの剣身を光らせる。神聖剣技で迎撃するようだ。
「天空快刃波!」
再び天空快刃を発動させたアリシア刀身から斬撃を三つ放ちダークに攻撃する。だがダークは足を止めずにそのまま斬撃に向かって行く。そして飛んで来る斬撃をダークは全てダークブリンガーで叩き落した。
アリシアはダークが斬撃を叩き落した光景を見て僅かに驚く。最初はどんな技か分からなかったので回避したダークだが、今はどんな技なのか分かっているのでダークブリンガーで全ての斬撃を叩き落すことができた。
ダークはアリシアの前まで近づくと紫色に光るダークブリンガーで振り下ろしを放つ。アリシアは後ろに下がってダークの振り下ろしをギリギリでかわした。だがダークは素早く手首を捻り、ダークブリンガーの刃を上に向けてそのまま振り上げる。ダークブリンガーの切っ先はアリシアの左腕の上腕を掠り小さな切傷を作った。
「チイィ!」
二回目の攻撃を回避し切れなかったことにアリシアは悔しそうな声を出す。しかし傷はそんなに酷くなく、アリシアも大したダメージを受けてはいない。アリシアは大きく後ろに跳んでダークから距離を取ると左腕の傷を気にすること無くエクスキャリバーを構え直しダークの方を見る。するとアリシアの視界に体を薄っすらと黄緑色に光らせているダークが入った。アリシアは体を光らせるダークを見て不思議そうな顔をする。
ダークはダークブリンガーを右手に持ち、左手を見ながら何度も握ったり開いたりする。まるで左手の感覚を確かめているように見えた。
「フム、少しは回復したかな?」
「回復? どういう事だ?」
アリシアはダークの言葉を聞いてその意味を尋ねる。ダークはアリシアの方を向いて剣身を紫色に光らせているダークブリンガーを見せた。
「私は攻撃する前に暗黒剣技を発動させた。紫光命吸剣と言って敵を傷つけると自身の体力を回復する暗黒剣技だ」
ダークは自分がどんな暗黒剣技を使ったのかアリシアに細かく説明する。本来なら戦っている相手に自分の技の説明をするなどあり得ないことだが今回の模擬試合はダークとアリシアが同レベルの相手とどうやって戦うか、そして自分がどれほど強いのかを確かめるためのもの、命を奪い合いをするような危険な戦いではないのでお互いに技の秘密を詳しく教えることにしていた。
<紫光命吸剣>は接近戦用の暗黒剣技で一定時間剣身を紫色に光らせ、その状態で敵に攻撃すると与えたダメージの半分の数値を回復することができる技だ。暗黒剣技の中で唯一HPを回復する効果を持っており、使った後の冷却時間も短いのでLMFで職業を暗黒騎士にしているプレイヤー達は重宝している。ただ、剣身が光っている間は他の暗黒剣技を使うことはできない。
HPを回復することができると知ったアリシアは今のダークと接近戦で戦うのはマズいと感じ距離を取ろうとする。だが、ダークも距離を取らせまいと再びアリシアに近づきダークブリンガーで攻撃を仕掛け、アリシアはエクスキャリバーでその攻撃を防いだ。
「悪いが、しばらく近接戦闘に付き合ってもらうぞ?」
「勘弁してくれ、敵にダメージを与える度に回復する相手と近接戦闘なんて御免だ」
剣を交えながらアリシアは笑みを浮かべてダークと話す。ダークもアリシアを見て小さく笑いダークブリンガーで連続切りを放つ。アリシアは連続切りを防ぎながらダークから離れるチャンスを窺うのだった。
客席ではノワールたちがダークとアリシアの激しい攻防を見ていた。模擬試合が始まってからずっと激しいぶつかり合いを見て感覚が慣れてしまったのか、全員が驚きの表情を浮かべること無く二人の戦いを見物している。
「スゲェな、あの二人……」
「距離を取って離れた所にいる敵に剣技を放つと思っていたら今度は距離を縮めて剣を交える。そして傷を負ったら魔法や特殊な技を使って傷を治す、二人の戦いにすっかり慣れちゃったわ。しかも時々模擬試合だってことを忘れそうになる」
「ハハハ、確かに……慣れっていうのは恐ろしいぜ」
ジェイクとレジーナは試合場のダークとアリシアを見つめながら苦笑いを浮かべる。既に二人の顔からは先程までの驚きは消えており、今の二人は格闘技の試合を間近で見ている観客と同じ状態だった。
ヴァレリアはなにも喋らずにダークとアリシアの戦いを少し興奮した様子で見ており、その隣に座るリアンは二人が怪我をしないかと心配そうな顔で見ている。二人にも模擬試合が始まった直後のような驚きの表情は見られない。
マティーリアも腕を組みながら真剣な顔でダークとアリシアの戦いを見ている。レジーナとジェイクのように模擬試合を見て楽しんでいる様子は見せず、ダークとアリシアを見て戦いを分析しているように見えた。
「どうです、マティーリアさん。お二人の戦いをご覧になって?」
ノワールはチラッとマティーリアの方を向いて感想を訊くとマティーリアもノワールの方をチラッと見てから視線を試合場に戻す。
「……凄い戦いだと思っておる。そして、あの二人が妾たちでは到底辿り着けない世界にいるということも理解した。普通の人間や亜人ではこれほど激しい、いや、激しすぎる模擬試合はできん」
「ハハハ、そうですね……因みにマティーリアさんはマスターとアリシアさん、どちらが勝つと思いますか?」
模擬試合の勝者はどちらなのかノワールはマティーリアに尋ねる。するとマティーリアは試合場を見つめたまま口を開いた。
「さあのぉ、妾には分からん。じゃが、二人の強さを考えればどちらが勝っても不思議ではない」
マティーリアの話を聞き、ノワールはそうですか、と言うような真剣な表情を浮かべて視線を試合場に戻す。ノワールもこの模擬試合、ダークとアリシアのどちらが勝つのか全く予想できずにいた。
試合場ではダークがアリシアにダークブリンガーで攻撃し続けている。アリシアはエクスキャリバーでダークブリンガーの攻撃を防ぎ続けていた。だが全ての攻撃を防ぐことはできず、腕や足には幾つもの切傷ができている。その全てが軽い切傷だがアリシアにダメージを与えたのは事実であるため、ダークのHPはある程度回復していた。
アリシアはこの状況を何とか変えようと考え、ダークの攻撃を防いだ瞬間に軽く後ろへ跳ぶ。そして左手をダークの顔に向けた。
「閃光!」
叫んだ瞬間にアリシアの左手が強烈な光を放ち、その光にダークは一瞬怯む。その隙にアリシアはもう一度後ろへ跳んで距離を取り、鎧の上から自分の体に触れる。
「治癒!」
回復魔法を自身に掛けて体中の切傷を治し、体力が回復するとアリシアはすぐに反撃するためにエクスキャリバーを構えてダークの方を見る。
フラッシュの光が消えるとダークは自分から距離を取って態勢を立て直したアリシアを見て、しまったと心の中で呟く。そして同時にダークブリンガーの剣身から光が消え、柴光命吸剣の効力も消えた。
ダークブリンガーの剣身から光が消えたのを確認したアリシアはチャンスと思ったのかエクスキャリバーの剣身を光らせ神聖剣技を発動させる。
「白光千針波!」
アリシアは光るエクスキャリバーを大きく横に振り、剣身から無数の白い光の針をダークに向けて放つ。ダークはダークブリンガーを両手で勢いよく回し、飛んで来る光の針を弾き飛ばしていく。しかし、何本かはダークの肩や足に刺さり、伝わってくる痛みにダークは小さく声を漏らす。
全ての針を弾くとダークはダークブリンガーを右手に持ちアリシアの方を向く。肩や足に刺さっていた針は光の粒子となって消滅し、ダークは目だけを動かして針が刺さっていた箇所を見つめる。
「せっかくHPを回復したのに無駄になったか……アリシアも傷を癒したみたいだし、これじゃあ何時まで経っても決着がつかないな」
お互いに相手にダメージを与えても傷を回復されてしまい、戦況がなかなか変わらないことにダークは低い声を出す。アリシアもダークを見ながら同じことを思っており、どうすればいいのか考えていた。
激しい攻防の後、黙って相手を見つめるダークとアリシアの姿を客席のノワールたちは見守っている。どちらも動けなくなるような重傷は負っておらず、全力で戦うことができる。ノワールたちもこの試合はまだ終わりそうにないな、と思いながらダークとアリシアを見ていた。
「……アリシア」
「ん?」
試合場が静寂に包まれる中、ダークはその静寂を破るようにアリシアに声を掛けてくる。アリシアは突然話しかけてきたダークを不思議そうな顔で見た。
「私たちの力は五分五分、そしてお互いに傷を治す力を持っている。このまま戦い続けても決着はつかないだろう」
「……確かにな」
「そこでだ、次を最後の攻撃にしないか?」
「……? どういうことだ?」
ダークが何を言いたいのか分からず、アリシアは小首を傾げて訊き返す。
「次の攻撃でお互いに最強の技をぶつけ合う、そしてそのぶつかり合いで先に倒れたり意識を失った方が負け、という方法で勝負をつけるんだ」
「……成る程、その方法ならこのまま時間を掛けて戦い続けるよりも手っ取り早く勝負が付けられるし、お互いの全力を確かめることもできるという訳か」
「そういうことだ。どうする?」
アリシアはダークの提案を聞いて考え込む。ダークの言うとおり、このまま戦いを続けても決着はつかず時間だけが経過していく。それならダークの提案に乗るのもいいかもしれないとアリシアは思った。
しばらくするとアリシアはエクスキャリバーを下ろしてダークを見ながら頷く。
「分かった、それでいい」
「フッ、決まりだな」
次の攻撃で勝負をつけることが決まり、ダークは小さく笑いながらダークブリンガーを構える。アリシアもダークを見つめながらエクスキャリバーを構え直した。するとダークブリンガーの剣身が紫色に光り出し、エクスキャリバーの剣身も白く光り出す。
「ん? あれは……」
ダークとアリシアを見ていたノワールがふと反応する。さっきまでと二人の様子が違うことに気付いて不思議に思ったようだ。
「あの二人、また剣技を使うのかしら?」
レジーナも様子が違うダークとアリシアに気付き、不思議そうな顔で二人を見る。ジェイクたちも何かをしようとするダークとアリシアをジッと見つめていた。
ノワールたちが見ている中、光っているダークブリンガーの剣身が形を変え、紫色の光の剣身へと変わる。その大きさは本来の剣身より二回りは大きかった。エクスキャリバーの剣身も白く光りながら形を変えて美しい白い光の剣身に変わる。こちらの剣身の大きさもダークブリンガーの光の刃と同じいくらいだ。
「兄貴と姉貴の剣が刀身を変えた!」
「やっぱり二人とも剣技を使ったのね。でも、ダーク兄さんのあの暗黒剣技、今まで見たことが無いものだわ。アリシア姉さんのは以前見たことがある神光幻刀斬ね。でも、剣身の色や形が前に見たのと少し違うような……」
レジーナは見たことの無い暗黒剣技と以前と少し違う神聖剣技を見て不思議そうな顔をする。すると、ノワールは真剣な表情を浮かべながら僅かに体も前に出す。
「……間違いない、マスターは暗黒次元斬を使う気だ。まさか模擬試合で使うとは思わなかった……」
「暗黒次元斬?」
「何じゃそれは?」
初めて聞く暗黒剣技の名前にレジーナとマティーリアはノワールの方を向いて訊き返す。ノワールは試合場を見つめたまま前に出していた体を戻す。
「マスターが使える最強の暗黒剣技です……よく見ておいてください、マスターも滅多に使わない強力な技ですから」
「そ、そんなに凄い技なの?」
「ええ、そしてアリシアさんも以前見た神光幻刀斬とは違う神聖剣技を使うつもりでしょう。恐らく、暗黒次元斬と同じくらい強力な技を……」
「それって、アリシア姉さんも最強の神聖剣技を使うってこと?」
「ええ、きっと」
前を見たままノワールは頷き、レジーナ達はノワールの話を聞いて息を飲む。そして緊張した様子で試合場の二人の方を向いた。
「しかし、このタイミングでお二人が同時に最強の剣技を使うなんて……もしかして、お互いに最強の技をぶつけ合い、立っていた方を勝者にするつもりじゃ……」
ダークとアリシアがこのまま戦い続けても戦況は変わらず時間が経過するだけ、だからお互いに最強の技をぶつけようというダークの考えに気付いたノワールは微量の汗を掻きながらダークを見つめる。
「……次で勝負が決まりそうですね」
小さな声を出しながら試合場のダークとアリシアを見るノワール。隣に座るマティーリアはノワールをチラッと見て何か言ったかと不思議そうな顔をした。だがあまり気にならなかったのですぐに視線を試合場に戻す。