第十三話 ゴブリンの群れ
バルガンスの町へ向かって馬を走らせる第六小隊と第八小隊。固まって移動する二つの小隊は一本道の真ん中を走っている。先頭にはアリシアとべネゼラが乗る馬が走り、最後尾にはダークとレジーナの乗った荷車がついて目的地へ向かっていた。
今アリシアたちが通っている道はバルガンスの町までの最短ルートでモンスターと遭遇する確率も低く安全なルートだった。アルメニスを出発して既に一日が経っているが、モンスターと遭遇し、戦闘になったことはない。そのため、兵士たちは皆無傷で体力を使うこと無く順調に来られた。
だが、それでも絶対にモンスターと遭遇しないというわけではなく、安全とは言えない。そのため、アリシアたちは緊張感を失くすこと無く馬を走らせていた。
先頭を馬に乗って並んで走るアリシアとべネゼラ。二人は一小隊長として部下たちを守り、導くという大切な役目があった。そのためアリシアは前を見ながら周囲も警戒し、他にモンスターがいないかを念入りに確認しながら馬を走らせている。一方でべネゼラはただ前を見ながら走るだけで周囲や後ろにいる部下たちのことは気にもしていない様子だ。同じ隊長なのにアリシアとべネゼラの態度は全く正反対のものだった。
スピードを落とさずに馬を走らせるアリシアたちはチラッと後ろを振り向き、自分と同じように馬に乗って後に続く兵士たち、そして一番後ろで荷車に乗っているダークをチェックすると閉ざしていた口を開き大きな声を出す。
「あと少し進んだら休息を取る! 気を抜かずについてこい!」
アリシアの強い口調を聞いた兵士たちは声を揃えて返事をする。皆、アリシアのように自分たちを心配してくれる隊長を尊敬し、全力で頑張ろうと心の中で思っているようだ。
一方でアリシアの隣を走っているべネゼラはアリシアの発言する姿を見てくだらなそうな顔をしている。その表情は兵士にそこまで真剣になるアリシアのことを馬鹿馬鹿しく思っているように見えた。
先頭でアリシアが兵士たちに休息を取ることを伝えているのを聞いた最後部のダークは腕を組みながら荷車に乗って座っており、その肩にはノワールがいつも通り乗っている。そしてダークの向かいではレジーナが膝を抱えながら座っている姿があった。荷車は馬と違って上下に激しく揺れるため、でこぼこ道を走ると荷車に乗っている者たちも上下に揺れた。現に今も荷車に乗っているダーク、レジーナ、そして数人の兵士たちは上下に揺れている。
「も、ももも、もうすぐ、休息を、ととと、取るって、ア、アアリシア姉さんが、いい、言ってるよ……痛っ!」
体と一緒に声を揺らしながらアリシアの言ったことをダークに伝えるレジーナ。荷車が揺れて体が浮き上がり、尻を荷車に叩き付けられて思わず声を漏らす。すでにこれを数回経験し、レジーナは尻を擦りながら表情を歪ませる。
そんなレジーナの姿をダークは腕を組んだまま座って見ている。ダークはレジーナと違い、たとえ尻を荷車に叩き付けれても声を上げることは無かった。
「でこぼこ道では仕方がない。我慢しろ」
「そ、そそそ、そんなこと言って……うわあぁっ!」
「あまり喋るな、舌を噛むぞ?」
揺れるレジーナを見ながらダークは静かに忠告する。ダークとレジーナを乗せる荷車は休息場所へ着くまでの間、ずっと揺れ続けていたのだった。
十数分後、第六、第八小隊は近くに小さな川がある広場にやってきて休息を取る。馬に水を飲ませたり、馬に乗り続けたせいで鈍った体を動かしたりする兵士たち。ダークとレジーナも荷車から降り、レジーナは尻を擦り、その後にゆっくりと背筋を伸ばした。
「う~~んっ! や~っと荷車から降りられたぁ。それにしても、バルガンスの町に着くまでずっと荷車に乗って、その間は揺られっぱなし、しかも何度もお尻を荷車に叩き付けられちゃって……もうお尻が真っ赤になっちゃったわよぉ」
自分の尻を擦りながら愚痴を言うレジーナ。その隣に立っているダークはレジーナを見た後に遠くでべネゼラとこの後の打ち合わせをしているアリシアを見た。
アリシアとべネゼラは地図を見ながら自分たちの現在地を確認し、この後どんなルートを通ってバルガンスの町へ向かうかを話し合っている。
「この先に分かれ道を右へ進み、急いでバルガンスの町へ向かおう。少しでも早く町へ到着する道を選んだほうがいい」
「何を言ってるのよ。右の道よりも左の道の方がいいに決まってるじゃない」
「いいや、右の道を選ぶべきだ」
「私は嫌よ! 絶対に左」
アリシアとべネゼラはこれから向かう先にある分かれ道でどっちの道を選ぶかで何やらもめている。その様子をダークと二人の近くにいる兵士たちは黙って見ていた。
バルガンスの町へ向かうルートは二つある。アリシアの言っていた分かれ道を右に行くか左に行くかのどちらかだ。どっちの道を選んでもバルガンスの町へ辿り着けるが道のりは大きく異なる。
アリシアが選ぶ右の道はバルガンスの町へ早く辿り着けるがモンスターと遭遇する可能性が高いルートになっている。べネゼラが選んだ左の道はモンスターと遭遇する可能性は低いが道のりが長いルートだ。
二人は早く盗賊を討伐するために右の道へ行くか、時間は掛かっても安全な左の道を行くかでもめていた。アリシアは早く町へ行く、盗賊に怯える人たちは助けたいという気持ちで右を選んだが、べネゼラはそんなに急ぐ必要はないと考え、安全な左の道を進もうと言っているのだ。
「こうしている間にもバルガンスの町に住む者やその周辺に住む人たちが盗賊の被害に遭っているのだぞ? 一刻も早く町へ行くために右を選ぶべきだ!」
「何言ってるのよ。盗賊が襲っているのは湿地の近くを通る連中だけでしょう? これだけ湿地の近くで被害が出てるんだからもう湿地に近づく奴なんていないわよ。つまり、町に住む連中は湿地の近くは通らないし、別の町からバルガンスの町へ行く連中も迂回してバルガンスの町へ行くはずよ。のんびり行ったって平気よ」
「お前っ! それが民を守る騎士の言う台詞か!?」
町の住民や旅人のことを何も考えずに平気で酷いことを言うべネゼラにアリシアの表情は険しくなる。周りの兵士たちは緊迫していく空気に二人からゆっくりと離れていく。騎士として全く正反対の性格をしたアリシアとべネゼラの意見は一向にまとまる様子がなかった。
「アンタねぇ、その無駄なくらい強すぎる正義感は問題だと思うわよ?」
「なんだと!」
「そもそも、これだけ時間が経って大勢が盗賊の犠牲になっているのに今更誰かが犠牲になっても大して変わらないじゃない」
「……ッ! べネゼラ、それは騎士として決して言ってはならない言葉だぞ?」
先程のべネゼラの発言はさすがに聞き捨てできなかったアリシアは低い声を出しながらべネゼラを睨む。さっきよりも空気が悪くなったことで遂に兵士たちは全員、アリシアとべネゼラのそばから離れた。
アリシアの様子を離れた所から見ていたレジーナもさすがにマズイと感じ、表情に焦りが見え始める。
「ちょっとちょっと、さすがにヤバいんじゃないの? このままだとアリシア姉さん、キレちゃうじゃない?」
「……ああ、さすがにちょっとマズいかもな」
「ちょ、ちょっとって……」
言い合いをするアリシアとべネゼラの様子を窺いながら冷静に呟くダークを見てレジーナは目を丸くする。
アリシアは周りの視線を気にすること無く腰の騎士剣を握り、いつでも抜剣できる状態にしながらべネゼラを睨みつけている。
「お前には騎士としての自覚というものが全くない! 盗賊に襲われて物資を奪われ、人がさらわれているのだぞ? それを聞いて何も感じないのか!?」
「私たち騎士はこの国の民を守るために常に努力しているわ。今回も私たちは盗賊を討伐するために急いでバルガンスの町へ向かおうとしているのよ? これぐらいのことを言ってもバチは当たらないわ」
自分の髪をねじりながらべネゼラは他人事のように言う。さっきまで時間が掛かってもいいから安全なルートを進もうと言っていたのに自分たちは急いでいるなどと都合のいいことを口走るべネゼラにアリシアの怒りを限界に来ていた。
我慢できなくなったアリシアは騎士剣を抜こうと右手で騎士剣の柄を握る。その姿を見たレジーナや兵士たちは驚きの表情を浮かべた。だが、アリシアが騎士剣を抜こうとした瞬間、ダークがアリシアの右手に手を置いて抜剣を止める。
突然自分の隣に現れたダークを見て驚いたアリシアの怒りが一気に冷める。レジーナもさっきまで自分の隣に立っていたダークが一瞬にしてアリシアのところまで移動したことに驚き、目を丸くしている。
「落ちつけ、アリシア。そう熱くなるな」
「ダーク、しかし……」
「前に騎士団長殿が言ってただろう? 騎士同士の戦いは厳禁だと」
騎士団の規則を思い出したアリシアは若干納得できないような顔をしながら柄から手を放す。とりあえず隊長同士が戦うという事態にはならなくなったことに対し兵士たちはホッとする。レジーナも安心した様子でアリシアを見ていた。
「あらあら、冒険者如きに注意されるようじゃ、アンタも騎士としてまだまだ未熟ってことね」
「クッ!」
ダークとの会話を見てアリシアを馬鹿にするべネゼラ。そんな彼女をアリシアはきっと睨み付ける。
せっかくダークが間に入ってアリシアを落ち着かせたのにまだアリシアを挑発するべネゼラにレジーナや兵士たちは呆れ果てる。すると、ダークはべネゼラの方を見て目を赤く光らせながら低い声で言った。
「べネゼラ、一つ忠告しておこう。人の傷つく姿を見て何も感じなかったり、自分さえよければ他人などどうでもいいと考える人間はろくな生き方も死に方もできないぞ」
「……それは私が冷たい人間だって言いたいわけ?」
「フッ、それはお前の想像に任せる」
あまりべネゼラと目を合わせて話をしたくないのか、ダークは適当に話を終わらせてべネゼラから目を逸らす。べネゼラはダークの態度を生意気に思いながら彼を睨んで持っている槍の柄を強く握った。
ダークはべネゼラから睨まれていることを気にもせずに辺りを見回して周囲の状況を確認する。すると、何かに気付いたダークはピクリと反応し、遠くに見える丘を見つめた。
「……それに、どんな道を選んでも絶対にモンスターに遭遇しないとは限らないからな」
「ダーク?」
突如低い声を出してモンスターのことを話し出すダークにアリシアは不思議そうな顔をする。べネゼラはダークが何を言いたいのか分からずにただ彼を睨み続けた。
アリシアはダークが見ている丘の方を向くがアリシアには丘と広い平原が見えるだけで後は気になる物も無く、ダークが何を気にしているのか分からずに小首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「あの丘を見ていろ」
丘を指差しながらダークを見てアリシアはもう一度丘の方を見る。だがやはり変わったことは何もない。すると、丘の向こう側から何かが現れた。緑色の肌をし、先の尖がった耳を持ち二本足で歩く人間の子供ぐらいの身長をしている人型のモンスター。その手には短剣と木製の盾が持たれ、革製の鎧を着ている。ファンタジー小説やゲームではお決まりのモンスター、ゴブリンだ。
ゴブリンの姿を見てアリシアやレジーナたちは驚きの表情を浮かべた。丘の向こうから姿を見せた無数のゴブリンたちはゾロゾロと固まって丘を下りていく。どうやらまだダークたちの存在には気付いていないようだ。
「ゴブリン、こんな所に現れるなんて……」
「少し前から近づいてくる無数の気配を感じていた。人間ではないと思っていたが、まさかゴブリンだったとはな……」
「……それも貴方のハイ・レンジャーの力なのか?」
「まぁ、そんなところだ」
「因みに、ゴブリンが全部で何匹いるか分かるか?」
「ちょっと待て……」
ダークは遠くに見えるゴブリンたちを見ながら意識を集中させる。そんなダークをアリシアは黙って見ており、離れていたレジーナもダークとアリシアに合流し、近づいてくるゴブリンを警戒した。
ゴブリンを見つめながらダークはハイ・レンジャーの技術の一つである<モンスター察知>を使った。この技術は自分の半径200m以内にいるモンスターの存在を感知し、マップの位置を表示するものだ。だがそれはLMFでの効果でこっちの世界では頭の中にモンスターの位置と距離が浮かび上がる。LMFよりも若干使い難くなっているがダークには問題なかった。
しばらくするとゴブリンの数を調べ終えたダークがアリシアの方を見た。
「……全部で十四匹だな。それ以外にはモンスターの気配は感じられない」
「そうか。なら、安心だな。ゴブリンは時々オークやオーガを連れていることがあるから、もしそうだったら少々厄介だった」
「ああ、こっちは四十人以上いる。ゴブリン如きに苦戦するとは思えない」
自分たちとゴブリンたちの戦力差を話しているダークとアリシア。すると、ゴブリンの一匹が遠くにいるダークたちに気付き、仲間たちにダークたちの存在を知らせる。ゴブリンたちは一斉にダークたちの方を向き、走りながら丘を下り始めた。
ゴブリンたちが自分たちに気付いたことに気付いたアリシアは騎士剣を抜き、周りにいる兵士たちに指示を出した。
「ゴブリンたちがこっちに気付いた! 総員戦闘態勢に入れ!」
アリシアの指示を聞いた兵士たちは一斉に剣や槍を構える。第六小隊は武器を構えるとすぐに陣形を組みゴブリンたちを警戒する。第八小隊も遅れて陣形を取り、第六小隊と共にゴブリンを迎え撃つ準備を整えた。
べネゼラはゴブリンたちを見て戦うのがめんどくさいのか兵士たちの方へ移動すると固まっている自分の部隊である第八小隊の陣形の中に入り、兵士たちに守ってもらうように兵士たちの中心に立つ。
「アンタたち、あんな小汚いゴブリンたちなんてちゃっちゃと倒しちゃいなさい。一匹もあたしに近づけるんじゃないわよ」
自分の部下である兵士たちに指示を出しながら髪の手入れをするべネゼラ。噂通り、前線には出ずに兵士たちに指示を出すだけの不真面目な隊長だ。
そんなべネゼラを見ているダークとアリシア。ダークはただ黙って彼女を見ており、アリシアはべネゼラの態度に再びイライラし始めたのか表情が険しくなる。
ダークがゴブリンたちの方を向いてどんなふうに攻めてくるのか調べようとした時、ダークは十四匹いるゴブリンたちの中に少し変わったゴブリンが三匹いるのを見つけた。その三匹は革製の鎧は着ておらず、ボロボロのローブのような服を着ており、手には短剣でなく木でできた杖が握られていた。
「おい、アリシア。ゴブリンの中に魔法使いのような奴がいるぞ?」
「何っ?」
アリシアはフッとゴブリンの群れを見て短剣を持つゴブリンの中にダークの言った魔法使いのような姿をしたゴブリンがいるのを確認する。アリシアはその三匹のゴブリンを見ると少しだけ表情を歪ませた。
「あれはゴブリンマジシャンだ。厄介だな……」
「ゴブリンマジシャン?」
「ああ、その名と通り魔法を操るゴブリンだ。他のゴブリンたちと比べて頭がよく、仲間に指示を出したり魔法を使って援護したりする存在だ」
「ゴブリンたちのリーダーのようなものか?」
「そんなところだ……しかし、三体もいるとなると少し面倒だ。魔法使い系の職業を持つ者が敵の中にいる場合はこちらも魔法使い系の職業を持つ者を連れていないと不利になる。戦士系の職業を持つ者しかいない我々ではいくら数が勝っていても勝てるかどうか分からない」
ゴブリンマジシャンの存在でアリシアたちは数で優っていても不利になるという状態になってしまった。兵士たちに表情に不安が見え始め、レジーナも短剣を握りながら焦っている。
そんな中、ダークは全く動揺することなく近づいてくるゴブリンの群れを見ている。そしてアリシアの肩をポンと軽く叩いた。
「別に心配する必要はない」
「え? な、何を言っているんだ。魔法使いがいない状態ではいくら数が多くても不利に――」
「普通の部隊なら、そうだろうな」
ダークが少し力の入って声で言うと、それを聞いたアリシアは言葉を止めてダークを見る。するとアリシアは重要なことを思い出いた。
今の自分たちにはダークという強大な力を持つ暗黒騎士がいる。しかもアリシア自身もレベルが70と英雄級の力を超えた力を持っている。ダークと自分がいればたとえ魔法使いがいなくて不利な状態でも勝てる、そうアリシアは理解したのだ。
アリシアの表情を見たダークはゴブリンたちの方を向いて背負っている大剣を抜いた。
「気付いたようだな? 例え魔法使い系の職業を持つ者がいなくても、私と君がいればゴブリン如きに敗北するはずがない」
「……ああ、そうだったな」
「私と君でゴブリンマジシャンを倒す。そうすれば安心して戦えるだろう」
「ああ! 今度こそ私は部下たちを守ってみせる」
グランドドラゴンの時のように何もできずに部下を犠牲にするようなことはもうしたくない。アリシアはダークの隣に立ちながら騎士剣を構える。自分の力でゴブリンマジシャンを倒し、部下たちを守ってみせると彼女は強く決意した。
ダークが大剣を持ってゴブリンの群れに向かって歩き出すとアリシアは後ろを向いて兵士たちに指示を出す。
「私とダークがゴブリンマジシャンたちを倒す。お前たちは向かってくるゴブリンたちを倒せ!」
「ハ、ハイ」
アリシアの指示を聞いて一人の兵士が返事をする。兵士たちは一斉に剣や槍を構えていつゴブリンたちが来てもすぐに対応できるようにした。
兵士たちが戦闘態勢に入るのを見たアリシアは騎士剣を抜き、ダークの下へ向かって走り出す。そしてダークと合流すると走ってくるゴブリンたちに注目した。
「さて……ダーク、まずはどうする?」
「まずはゴブリンたちを一体ずつ倒してゴブリンマジシャンに近づいていく。ゴブリンマジシャンたちも魔法を使って攻撃してくるはずだ。魔法に注意しながらゴブリンどもと戦い、距離を縮めていく」
「分かった」
「……因みにゴブリンマジシャンはどんな魔法を使う?」
「主に火弾や水の矢といった下級魔法ぐらいだ。中級以上の魔法は使わない」
「ファイヤーバレット?」
「敵に向かって火球を放つ魔法だ」
「火球みたいなものか?」
「……? ダークのいたLMFでは火弾のことをそう呼ぶのか?」
お互いに聞き慣れない魔法の名前に不思議そうな声を出す。どうやらLMFとこの世界では魔法の能力は同じでも名前は異なっているようだ。こっちの世界に来て一週間以上経った今、初めてこの世界での魔法のことを知り、LMFとの魔法の違いに気付くダーク。だが、LMFと同じところもあった。
(こっちの世界では火球は火弾という名前になっているが、水の矢はLMFと同じ名前だ。どうやらこっちの世界とLMFとでは同じ名前の魔法もあれば違う名前になっている魔法もあるらしい。そして、アリシアの言っていた下級魔法に中級魔法、魔法のランクの言い方もLMFと同じみたいだな)
魔法の異なる点とそうでない点を考えながらダークは大剣を構えて走ってくるゴブリンを見つめる。魔法のことはまたあとで考えるとして、今は目の前の敵と戦うことに集中した。
ダークが大剣を構え、アリシアもその隣で騎士剣を構える。ノワールはダークの肩から下りるとダークとアリシアの間ではばたきながらゴブリンたちを睨んだ。そして、一匹のゴブリンがダークたちの数m前で近づくとダークは素早く動き大剣を大きく横に振る。
一瞬でゴブリンの後ろに移動するダーク。次の瞬間、ゴブリンの体は腹部から真っ二つとなりその場に崩れる。周りにいた別のゴブリンたちも仲間が一瞬で倒されたことに驚き、その場で固まりダークを見つめる。ダークは大剣を下ろして周りにいるゴブリンたちを見て赤い目を光らせた。
「どうした? さっさとかかってこい」
ダークの低く、そして僅かに殺意の籠ったような声を聞いたゴブリンたちはダークを見ながらゆっくりと下がり出す。ゴブリンたちは本能でダークがただの人間でないということを悟ったようだ。
すると、後方にいる三体のゴブリンマジシャンの内、一体が持っている杖の先をダークに向ける。すると杖の先に小さな火球が生まれ、ゴブリンマジシャンはダークに向けて狙いを付けた。
「……火弾!」
ゴブリンマジシャンが濁声で魔法の名前を叫ぶと火球はダークに向かって勢いよく放たれた。
ダークから離れた所でゴブリンの相手をしていたアリシアはゴブリンマジシャンが放った火球がダークに迫っていることに気付き、驚きの表情を浮かべる。
「ダーク!」
「ん?」
アリシアの叫ぶ声を聞き、ダークも自分に迫って来ている火球に気付いた。だが、ダークは慌てる様子も見せずに飛んでくる火球の方を向くと大剣を勢いよく振り下ろす。大剣は飛んできた火球を真っ二つにし、切られた火球は静かに消滅する。
「ギギッ!?」
火球を切ったダークを見てゴブリンマジシャンは驚きながら声を上がる。近くにいる他のゴブリンマジシャンや別のゴブリンたちも驚いてダークに注目していた。
離れた所で戦いを見ていたレジーナや兵士たちも呆然としながら火球を切ったダークを見つめている。ゴブリンの使う下級魔法とは言え、火球を大剣一本で簡単に防いでしまう冒険者など見たことが無かったのでかなり驚いているようだ。
「ま、魔法を止めちゃうなんて……ダーク兄さん、アンタって何者なの?」
レジーナは呆然としながら遠くで大剣を構え直すダークを見て呟く。先日、ベヒーモスを一人で倒した姿を見た彼女はダークが只者ではないことは知っていた。だが、魔法を剣で防ぐなんてことができるとは思っていなかったのか、ダークの力を目にして彼が普通の人間ではないと気付く。
遠くでレジーナたちが呆然としていると、ダークは周りにいるゴブリンたちを次々に大剣で斬り捨てていく。離れた所ではアリシアも騎士剣を振り回し、周りにいるゴブリンたちを一体ずつ片付けていった。
(ゴブリンたちはダークが魔法を大剣で防いだのを見て完全に動揺し、隙だらけになっている。奴らが態勢を立て直す前に一体でも多くのゴブリンを倒しておかなければ!)
ゴブリンたちが態勢を立て直す前に少しでも数を減らしておこうと考えるアリシアはゴブリンを倒していく。だが、ゴブリンたちも仲間が斬られていく状況にすぐに我に返り、ダークとアリシアを警戒しながら武器を構える。
後方にいるゴブリンマジシャンたちもダークとアリシアを睨み付けながら動き出す。三体の内、二体はダークとアリシアに杖を向けて魔法による支援攻撃の態勢に入り、残りの一体は周囲のゴブリンたちに指示を出す。
「火弾!」
「シネェ、水の矢!」
ダークに火球を放ったゴブリンマジシャンは再びダークに杖を向け、今度こそ当ててやると言いたそうな顔をし、再びダークに向けて火球を放った。アリシアを狙うゴブリンマジシャンも杖の先に水の矢を作り出し、それをアリシアに向けて放つ。
ゴブリンマジシャンからの魔法攻撃がダークとアリシアに放たれて二人に飛んでいく。ダークは懲りずにまた火球を撃ってきたゴブリンマジシャンを見るとめんどくさそうに溜め息をつき、再び火球を大剣で切り捨てる。アリシアも飛んできた水の矢を見て一瞬驚きの表情を浮かべるが、意識を水の矢の集中させて素早く横へ移動し水の矢をかわした。以前のアリシアではまともに魔法攻撃を受けていただろうが、今の彼女には簡単にかわせる速さだ。
ダークに再び火球を防がれ、更にアリシアにも水矢を避けられた光景にゴブリンマジシャンたちの表情は急変する。自分たちの魔法が当たらないという現実にゴブリンマジシャンたちの士気は完全に低下していた。
遠くで魔法を放つゴブリンマジシャンたちを見てダークもいい加減に目障りになってきたのか、ゴブリンマジシャンたちを睨み再び目を赤く光らせた。
「……アリシア、こうも何度も魔法を撃たれては流石に鬱陶しくなってきた。私がゴブリンマジシャン達を始末して来るが、そっちは大丈夫か?」
「ああ、私なら問題ない。だけど、こんなに大勢ゴブリンがいる状態で奴らの所に辿り着けるのか?」
「フフッ、私を誰だと思っている?」
小さく笑いながら大剣を両手でしっかりと握ったダークは大剣を構えて遠くにいるゴブリンマジシャンたちを見た。勿論、周りにいるゴブリンたちもしっかりとチェックしているため、ゴブリンたちがどんな行動をしてもすぐに対応できる。
ゴブリンたちはダークを見て攻撃してくると感じるのと同時に強大な力を持つ敵に対する恐怖を感じて固まった。そんなゴブリンたちにダークは走って突っ込む。大剣を振り回しながらゴブリンたちを薙ぎ払っていき、少しずつゴブリンたちの数を減らし、ゴブリンマジシャンへと近づいていく。ゴブリンマジシャンたちは迫ってくるダークを見て怯えた表情を見せながら杖を向けた。
「ク、クルナァ! 水の矢!」
「石の射撃!」
「風の刃!」
怯えるゴブリンマジシャンたちはダークに向かって魔法を放つ。水の矢、先端の鋭い石、真空波が一斉にダークに向かって放たれる。だがダークは走りながら全ての魔法を大剣で掻き消した。その光景を目にした三体のゴブリンマジシャンは戦意を失う。
ダークは大剣に力を送り、刀身に黒い炎を纏わせる。そして三体のゴブリンマジシャンに向かって大剣を振り下ろした。
「黒炎爆死斬!」
以前、グランドドラゴンとの戦いで使った暗黒剣技でゴブリンマジシャンを攻撃するダーク。大剣が一体のゴブリンマジシャンの体を切り裂くのと同時に大爆発が起こり、近くにいる他のゴブリンマジシャンを巻き込んだ。
いきなり起きた爆発にレジーナや兵士たちは驚愕の表情を浮かべる。他のゴブリンたちも爆風によって体勢を崩し、倒れたり丘を転げ落ちたりなどしていた。アリシアは爆風で飛ばされることなく爆発が起きた方を見ており、その隣ではノワールが羽ばたきながら見ている。
爆発が治まるとダークの前には小さなクレーターのような穴ができており、中心からは煙が上がり、穴の周りの草は焼け焦げている。勿論、斬られたゴブリンマジシャンの体は跡形もなく消えており、近くにいた二体のゴブリンマジシャンも体の半分が焼け焦げたり、吹き飛んだりなどして倒れている。二体の傷はどう見ても致命傷で既に息は無かった。
ゴブリンマジシャンを倒したダークは振り返り、生き残っているゴブリンたちを見つめる。ゴブリンたちはゴブリンマジシャンを一瞬で全滅させたダークに恐怖を覚え、一斉にダークに背を向けて走り出す。だが、ゴブリンたちが逃げた先にはレジーナたちが待機しており、走ってくるゴブリンたちを見たレジーナたちは武器を取り、一斉にゴブリンたちに向かって走り出す。それから数分後、ゴブリンたちはレジーナたちの手により全滅した。
――――――
ゴブリンが全滅すると、兵士たちはそれぞれ装備のチェックや怪我をしている者がいないかを確認した。だが、ゴブリンたちはダークの強さを前に完全に混乱し、レジーナ達が一方的にゴブリンたちを倒すという状態になっていたため、実際怪我人は一人も出ていない。戦いはダークたちの完全な勝利で終わった。
戦いが終わり、レジーナや兵士たちが笑って会話をしていると、ダークとアリシアは倒れているゴブリンマジシャンの死体を見下ろしていた。
「さっきのがこの世界の魔法か……LMFと殆ど同じ魔法だったな。違うのは名前ぐらいだ」
「そうか。なら、今後魔法を使う敵が現れても問題無いな」
「いや、まだ分からない。魔法が同じでも名前が違っていたんだ。もしかすると、私の知らない魔法、LMFに存在しない魔法があるかもしれない。用心するに越したことはない」
「な、なるほど……」
アリシアはダークの顔を見ながら彼の言ったことに納得した。
「ところでアリシア、この世界の魔法について教えてくれないか? 知らない魔法を用心する以前にこの世界の魔法とLMFの魔法がどれほど違うのかを理解しておかなければならないからな」
「まぁ、確かにそうだな。貴方にはまだこの世界の魔法については何も説明していないし……分かった、いい機会だから話しておこう」
ダークの頼みを聞いたアリシアはこの世界の魔法について説明することにした。そして、魔法の基本を順を追って説明し始める。
「まず、この世界の魔法には六つの属性が存在する。火、水、風、土、光、闇の六種類だ。他にも雷の力を持つ魔法や植物を操る魔法などもあるが、この二つは風と土の属性を持つ魔法とみなされている。他にも回復系の魔法や相手の命を奪う即死系の魔法などもある」
「なるほど、そういうところはLMFと殆ど同じか……」
魔法の属性がLMFと同じであることを知り、ダークは少しだけホッとした。あまり属性が多いと全ての属性や魔法の仕組みなどを覚えるのも一苦労だからだ。
属性の説明を終えたアリシアは次の説明をし始めた。
「次に魔法の強さについてだ。この世界の魔法は下級、中級、上級、最上級の四種類がある。新米魔法使いは下級魔法から覚え、経験を積んで中級魔法、上級魔法を覚えていく。此処までは普通の人間なら誰でも習得できるのだが、最上級魔法をごく一部の人間や亜人、魔族などしか覚えることのできないこの世界での最強の魔法だ」
「最上級が一番上ということか?」
「ああ」
「そうか……」
アリシアの説明を聞いたダークは腕を組み、低い声を出しながら俯く。何か引っかかるような態度にアリシアは不思議に思い小首を傾げる。
「どうした? 何かLMFと異なる点があったか?」
「……ああ、一つだけな。LMFでも魔法の強さは下級、中級、上級、最上級とある。だが、LMFにはもう一つ最上級の上の強さが存在するんだ」
「最上級よりも上の魔法? それはいったいどんな魔法なんだ?」
最上級を超える強さの魔法があると聞いたアリシアはダークに尋ねた。自分の世界とは違う世界であるLMFの魔法がどんなものなのか、少しばかり興味があるようだ。
ダークはしばらく黙っていたがアリシアの方を見ると軽く首を横に振った。
「今は仕事中だからやめておこう。説明すると長くなりそうだしな」
「え? あ、ああ、そうだな……」
任務中であることを思い出したアリシアは頷き、ダークと共にレジーナたちの下へ戻った。
レジーナや兵士たちは戻ってきたダークを見るとその強さに驚きの表情を浮かべて集まってくる。レジーナはダークの強さを目にし、はしゃぎながらダークの弟子になりたいという気持ちを強くする。そんなレジーナを見てダークは心の中で「まだ諦めていないのか」と考えながら溜め息をつき、そんなダークとレジーナを見てアリシアとノワールは苦笑いを浮かべた。ただ一人、兵士たちから離れた所でべネゼラだけがダークを気に入らなそうな顔で見つめていた。