第百三十八話 模擬試合
雲一つ無い晴天、数羽の小鳥が美しい声で鳴きながらその空を飛んでいる。そんな飛んでいる小鳥の真下に巨大な円形状の建物があった。この建物こそがダークが数日かけて造らせた闘技場だ。
見た目は古代ローマのコロッセオに似ているが、本物のコロッセオと比べるとこちらの方が若干大きい。中には数百人が座る事のできる客席があり、そこから上を見れば青空が視界全体に広がる。この世界ではなかなか見る事ができないくらい立派な闘技場だ。
闘技場の客席の中に数人の人影がある。階段状の客席の一番下にノワール、レジーナ、マティーリアが座っており、その後ろの一段高い席にはジェイク、ヴァレリア、リアンの姿があった。これから、ダークとアリシアの模擬試合が此処で行われる為、ノワール達はそれを見物に来ていたのだ。
昨日、ノワールから闘技場が完成した事がレジーナ達に伝えられ、ダークとアリシアの模擬試合を見たい人は闘技場に見に来るよう言われた。レジーナとジェイク、マティーリアは当然見に行くと言い、ヴァレリアも二人の強さに興味があるので模擬試合を見に行く事を決める。
他にも二人の模擬試合を見たいと言う者達がいたのだが、ミリナは体が弱く長時間、外にいる事ができないので模擬試合を見るのを諦め、モニカは模擬試合とは言え、幼いアイリやレジーナの弟と妹に戦いは見せる事はできないと誘いを断った。結局、亜人連合軍との戦いで実戦を目にした事のあるリアンだけがノワール達と共に模擬試合を見に行く事になったのだ。
「いよいよ始まるのね。何だがドキドキして来たわ」
もうすぐダークとアリシアの模擬試合が始まる事にレジーナは少し興奮した様子で闘技場の中央を見ている。これから神に匹敵する力を持つ者同士の戦いを見る事ができるのだから興奮するのも無理はないだろう。
「子供ではないのだからもう少し落ち着いたらどうじゃ?」
レジーナの隣に座るマティーリアが腕を組みながら呆れ顔でレジーナに声を掛ける。するとレジーナはチラッとジト目でマティーリアの方を向いた。
「何よ、ダーク兄さんとアリシア姉さんの戦いが始まるのよ? 二人の強さを知る戦士なら興奮してもおかしくないじゃない……それともアンタは興奮していないって言うの?」
「当然じゃ、妾の様に長い事生きている存在ならどんな時でも落ち着く事ができる」
腕を組みながら目を閉じ、小さく笑いながら自慢げに語るマティーリア。そんなマティーリアを見てレジーナは面白くなさそうな顔を浮かべ、中央の方を向いて足を組み頬杖を突いた。
「まぁ、無駄に歳を取れば嫌でも状況に慣れやすくなるわよねぇ」
「何じゃと?」
「何よ?」
お互いに隣の席に座る相手と睨み合い火花をちらつかせるレジーナとマティーリア。同じ列の席に座るノワールと後ろの列の席に座るジェイクは二人が睨み合うのを見て、また始まったと言いたそうに呆れ顔になった。
ジェイクの隣に座っているヴァレリアは睨み合う二人の事を気にする事なく闘技場を見回していた。
「それにしても、大したものだな」
「どうしたんだ?」
驚いた様子のヴァレリアを見てジェイクが問いかける。ヴァレリアは闘技場を見回したままジェイクの問いかけに答えた。
「鬼姫から聞いたが、これ程立派な闘技場を僅か十日ほどで完成させてしまったらしいではないか?」
「ああ、兄貴が持っていた材料と召喚したモンスター達が寝ずに造ったからな」
「モンスター? 人間が作ったのではないのか?」
「人間だと休息や睡眠、食事が必要だろう? だけど兄貴が召喚したモンスター達は休息なんかを必要としないからこれだけ早く造る事ができたんだよ。もし人間がやってたら数ヶ月は掛かってただろうな」
人間ではなくモンスターが闘技場を一から造ったと聞かされてヴァレリアは目を見開く。モンスターがこれだけ大きく立派な闘技場を造ったとは予想していなかったようだ。
ヴァレリアが驚くのも無理はない。闘技場の至る所にある壁や柱などに細かい彫刻が施されており、そのどれもモンスターでは作る事ができないような物ばかりだったのだから。いや、この世界の一流の職人でも施す事ができない程細かく、美しい物だった。
人間でもできない事ができるモンスターを扱い、闘技場を造らせる事ができるダークにヴァレリアはますます興味が湧き、早くダークの戦いが見たいと微笑みながら闘技場の中央を見つめる。
「そう言えば、ダークさんとお姉ちゃんは何処にいるんですか?」
ヴァレリアの隣に座っていたリアンがヴァレリアを挟んでジェイクにダークとアリシアの居場所を尋ねる。主役の二人の姿が何処にも無いのでずっと気になっていたようだ。
「兄貴と姉貴ながらもうすぐあそこから出てくるはずだぜ」
そう言ってジェイクが闘技場の中央にある試合場に入る為の出入口らしき格子戸の付いた横穴を指差した。リアンとヴァレリアはジェイクが指差し方を見てダークとアリシアが姿を見せるのを待つ。ノワールとさっきまで睨み合っていたレジーナとマティーリアも試合場を見ていた。
ノワール達が試合場に注目していると出入口の格子戸が開き、暗い通路の奥からダークが姿を見せた。いつもの漆黒の全身甲冑の姿で赤いマントを羽織っている。しかし、どういう訳かいつも使っている大剣は背負っておらず、腰に黒い鞘に納められた剣を付けていた。
ダークの装備がいつもと違う事に気付いてノワール以外の全員が不思議そうな顔をする。すると、ダークが出て来た出入口から100mほど先にある別の出入口の格子戸が開き、その奥からアリシアが現れた。アリシアの装備はいつもと同じ白い鎧とマントで腰にはエクスキャリバーを納めている。
試合場に出た二人は遠くに立っている相手を見つめながら試合場の中央へ向かって歩いて行き、その様子をノワール達は黙って見守っていた。ダークとアリシアが中央まで移動すると二人は客席にいるノワール達の方を向く。
「では、今から模擬試合を始める。私とアリシアはお互いに全力で戦う。その為、お前達の方にも爆風とかが行く可能性がある……ノワール、防御魔法を張って皆を守れ」
「分かりました」
ダークの指示を聞き、ノワールは両手を前に伸ばして目を閉じ、手の中に黄色い魔法陣を展開させて発動させる準備に入った。強力な魔法を使うのか発動するのに時間が掛かっている。
「不落の王城!」
しばらくして準備が整ったのかノワールは魔法を発動させる。すると黄金色に輝くドーム状の障壁が張られてノワール達を包み込んだ。
レジーナ達は自分達の周りに作られた障壁に驚いて目を見開いた。今まで見て来たノワールの防御魔法の中でも特に凄い魔法だと感じ取ったようだ。
<不落の王城>は土属性の最上級魔法で大きなドーム状の障壁を張る事ができる全方位型の防御魔法。LMFにしか存在しない魔法でMPの消費量は多いが防御力が非常に高く、ダークの攻撃や神格魔法を防ぐ事も可能だ。ただ、この魔法を習得するのはとても難しく、LMFでも使えるプレイヤーは僅かしかいないと言われている。
自分達の周りに張られている大きな障壁を見てレジーナ達は驚いた。その中でもヴァレリアは見た事の無い魔法を目にして目を見開きながら固まっている。
「これで安心してお二人の戦いを見る事ができます」
「本当に大丈夫なの? ダーク兄さんとアリシア姉さんの攻撃で起きる爆風とかをこんな障壁だけで防ぐ事ができるとは思えないんだけど……」
レジーナは不安そうな顔でノワールの方を見る。無理もない、レベル100であるダークとアリシアの攻撃はこの世界では考えられないくらい強力なもの、そんな攻撃や攻撃で起きる風などを防御魔法で防げるとは思えなかったのだ。
「心配ないですよ。この魔法はLMFでもトップクラスの防御力を持っています。マスターでも簡単に破る事はできません」
「う、嘘っ!? ダーク兄さんの攻撃も防いじゃうの?」
「ハイ」
説明を聞いたレジーナは思わず声を上げ、ノワールはレジーナを見ながらニコッと笑顔を浮かべて頷く。ジェイクとマティーリアも二人の会話を聞いて驚愕の表情を浮かべながらノワールの方を見ていた。
「おい、ノワール」
レジーナ達が驚いているとヴァレリアがノワールに声を掛けて来る。話しかけられたノワールは不思議そうな表情を浮かべてヴァレリアの方を見た。
「何です?」
「この魔法は一体何だ? 私はこんな魔法は見た事が無いぞ」
「ああぁ、これはですねぇ……」
「それにお前達はさっきから何の話をしている? LMFとは何だ? 何処かの国の名前か?」
「え、え~っと……」
最初の質問に答える前に別の質問をしてくるヴァレリアにノワールは困り顔を浮かべながら頭部を手で掻く。
ヴァレリアは優れた魔法使いでダーク達よりも長く生きている。長く生きて来たのに自分よりも若いノワール達が自分の知らない知識や魔法の事を知っている事が悔しいのかもしれない。ヴァレリアはノワールをジッと見つめ、早く説明しろと目で訴えた。
ノワールがどう説明したらいいか悩んでいるとジェイクがヴァレリアの肩をポンポンと軽く叩いた。
「落ち着けよ、婆さん。この模擬試合が終わったら兄貴がきっと全部教えてくれるさ。今は試合を見る事に集中しようぜ?」
「……フン、分かった」
納得したヴァレリアは試合場の方を向いて腕を組み、それを見たジェイクも試合場にいるダークとアリシアに視線を向ける。するとヴァレリアが視線だけを隣に座るジェイクに向けて口を開けた。
「それと……」
「ん?」
「いい加減、その婆さんという呼び方はやめてくれないか? この姿でそう呼ばれると僅かだが不愉快になる」
「おっと、そりゃあ悪かったな、じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「……普通にヴァレリアでいい」
試合場に視線を戻しながら喋るヴァレリアを見てジェイクは二ッと笑う。前の席に座るレジーナとマティーリアも前を向いたまま、小さく笑って二人の会話を聞いていた。
客席でノワール達が話をしている時、試合場にいるダークとアリシアは模擬試合の準備をしている。お互いに後ろに少し下がり、腰に納めてある剣を抜いて相手を見つめた。アリシアの持つエクスキャリバーとダークが持つ黒い片刃の剣が太陽の光が輝く。更に試合場に風が吹き、ダークとアリシアのマントが大きく揺らした。
「それじゃあ、始めるか」
「ああ」
「アリシア、分かっていると思うがこれは模擬試合だがお互いの力を確かめる為の戦いでもある。手加減無しで来い」
「勿論だ……ところでダーク、貴方に一つ訊きたい事があるのだが」
「何だ?」
ダークが尋ねるとアリシアはエクスキャリバーを持たない方の手でダークが持っている黒い剣を指差した。
「どうしていつもの大剣ではなく、その黒い剣を使ってるんだ? 使い慣れている武器を使った方が貴方も戦いやすいだろう」
アリシアはなぜダークがいつもの漆黒の大剣ではなく、小さい漆黒の剣を持っているのか気になっていた。今までダークが大剣以外の剣を使って戦う姿をアリシアは見た事が無い。だからあの大剣こそがダークが最も使い慣れた得物だと思っていた。それなのに大剣ではなく始めて見る黒い剣を使うのを見てアリシアはダークは全力で戦おうとしていないと感じ、少し不快に思っていたのだ。
僅かに低い声で問いかけるアリシアを見てダークはアリシアが何を言いたいのか察し、誤解を解く為に説明する事にした。
「誤解しないように先に言っておくが、私は全力で君と互角に戦う為にこの剣を選んだんだ。あの大剣を使うと私は全力で戦えないからな」
「……? どういう意味だ?」
ダークの言っている事が理解できず、アリシアは小首を傾げる。ダークはアリシアの顔を見つめながら説明を続けた。
「私がいつも使っている大剣は愚者の大剣と言って、装備している者の全ての能力を低下させる効果があるんだ」
「全ての能力の低下?」
「そう、HPとMP、物理攻撃力と防御力、魔法攻撃力と防御力、移動速度にジャンプ力、そして全属性の耐性。装備している間、その全ての能力が下がってしまう」
「つまり、あの大剣を装備した者は弱くなると?」
「そういう事だ」
アリシアの問いに普通に答えるダークを見てアリシアは目を見開く。今までのダークは本当の力を出しておらず、普段よりも弱い状態で戦い、敵を圧倒し、勝利して来たと知って驚いた。
弱くなっている状態であれほどの強さを持つダークが愚者の大剣を装備せずに本当の力を使えばどれくらい強いのだろうとアリシアは心の中で驚くのと同時にダークの本当の強さに興味を抱いた。
「まぁ、レベル100の状態で弱くなっても並のモンスターなら楽に倒せるけどな」
「そ、そうなんだな……で、全力で戦う為にいつもの大剣ではなく、その黒い剣を装備しているという訳だな?」
「そうだ。君が全力で私と戦いたいと言ったからな、私も持てる力を全て見せるつもりだ」
「……ありがとう、ダーク」
自分の思いに答えてくれるダークにアリシアは微笑みながら礼を言う。ダークも笑みを浮かべるアリシアを見て兜の下で小さく笑う。
「因みにその黒い剣はどんな物なんだ?」
「コイツはダークブリンガー、私が使える武器の中で一番使いやすい暗黒剣だ。闇の属性も付いているから闇属性の耐性が低い相手には効果がある。君のエクスキャリバーと対になる剣と言った方がいいかもな」
ダークブリンガーを見ながら詳しく情報を話すダーク。アリシアは自分が今まで見た剣の中で最高と言える聖剣エクスキャリバーと同じくらい優れた暗黒剣を持つダークを見て一体彼は凄い武器を幾つ所持しているのだろうと考える。
「さて、そろそろ始めるぞ?」
「……ああ!」
説明が終わるとダークは模擬試合を始める事をアリシアに伝え、アリシアも頷いて返事をした。二人はそれぞれ剣を構え、相手を鋭い目で見つめる。見物しているノワール達もいよいよ模擬試合が始めると真剣な表情で試合場のダークとアリシアを見つめた。
ダークはエクスキャリバーを握って八相の構えを取るアリシアは見つめながらアリシアが動くのを待ち、同時にどう攻めて来るのかを頭の中で考えていた。
(今回の様な一対一の戦いではどれだけ相手の情報を持っているかで勝敗が決まる。敵の情報を沢山持っていれば、対策がしやすいし敵の動きも読めるからだ。俺は今日までアリシアと共に戦って来たから彼女がどんな戦い方をし、どんな神聖剣技を使えるのかも理解しているから十分戦える……だが、それはアリシアがレベル97の時の話だ)
ダークブリンガーを両手で握り、中段構え取るダークはアリシアを見つめながらダークブリンガーを握る手に力を入れる。
(アリシアはアルメニスの訓練場でレベルを上げて強くなっている。しかも今まで仕えなかった神聖剣技や魔法も使えるようになったと鬼姫は言っていた。今のアリシアは俺の知らない力を持っている、迂闊に手を出すのは危険すぎる……しかし、それはアリシアも同じ事だ)
自分の知らない力を手に入れたアリシアを警戒しながら心の中で呟くダークはアリシアを見つめたまま足を僅かにずらした。
ダークが動く事なくアリシアを見つめている間、アリシアもダークがどう動くのか、どうやって攻めて来るのかを考えながらダークをジッと見ていた。
(私は今日までダークと共に戦い、暗黒剣技や彼の力を見て来た。彼がどのタイミングでどう動くのかは大体想像がつく。しかし、今まで愚者の大剣を装備して弱くなっていたのにあれだけの強さを見せたダークだ、きっとまだ私の知らない力を持っているはず……)
アリシアもダークと同じように自分の知らない力や能力をダークが隠しているはずだと警戒し、一歩も動かずにダークを見つめていた。
お互いに相手を見つめたまま動かないダークとアリシア、そんな状態が三分続き、ノワール達はどうしたんだ、と言いたそうな顔で二人を見ている。
(ダークがどれほどの力を持ってるにせよ、まずは戦いの準備をする事が重要だ!)
ノワール達が見守る中、ダークより先にアリシアが動き出した。
「物理防御強化! 魔法防御強化! 移動速度強化! 闇属性耐性強化!」
アリシアは連続で補助魔法を発動させて自分の強化を始める。魔法を使って体を黄、橙、青、濃紫の順に薄っすらと光らせるアリシアを見てダークはフッと反応した。
<闇属性耐性強化>は光属性の下級魔法で闇属性の耐性を強化させる魔法。この魔法を使う事で闇属性の攻撃によるダメージを削る事ができ、戦いを有利に進める事ができるのだ。ただ、神官やクレリックの様な光属性の魔法を使う者しか習得できない珍しい魔法と言われている。
「やはり最初に補助魔法を使って肉体を強化して来たか」
戦いを始める前にまず自身を強化して戦いの準備するのは基本中の基本、ダークはアリシアがサブ職業のハイ・クレリックの魔法で自身を強化する事が分かっていた為、慌てる事なく魔法を発動させるアリシアを見ていた。
「こっちは補助魔法を使う事はできないが、代わりにそれぞれの職業の能力で補う事ができる。暗黒の麻薬!」
ダークは暗黒騎士の能力の一つを使い、全身を紫色の靄で包み込む。これでしばらくの間、ダークの物理と魔法の攻撃力、防御力が上昇する。僅かにHPを失ってしまうがダークにとっては大したリスクではなかった。
「脚力強化!」
攻撃力と防御力が強化されると今度はサブ職業のハイ・レンジャーの能力の一つである脚力強化を発動させる。ダークの体が薄っすらと水色に光り、移動速度とジャンプ力が強化されたのを確認するとダークは勢いよく地を蹴りアリシアに向かって跳んだ。
「何っ!?」
自信の強化が終わった直後に跳んで距離を縮めて来たダークにアリシアは驚く。手加減しない事は分かっていたが、いきなり接近して攻撃を仕掛けて来るとは思っていなかったようだ。
ダークはアリシアの目の前まで近づくとダークブリンガーで袈裟切りを放ち攻撃を仕掛ける。驚いていたアリシアだが、すぐに我に返りエクスキャリバーでダークの袈裟切りを防いだ。
二人の剣がぶつかった瞬間、大きな衝撃が試合場に広がり、客席にいたノワール達はその衝撃に驚く。剣がぶつかっただけで衝撃が発生し、試合場を僅かに揺らしたのだから驚くのは当然と言えるだろう。
衝撃が発生した事で小石などがノワール達に向かって飛んで来るが、パーフェクトアヴァロンの障壁のおかげで小石がノワール達に当たる事はなかった。
「な、何よ今の?」
レジーナが試合場で剣を交えるダークとアリシアを見ながら僅かに震えた声を出す。ジェイクとマティーリア、ヴァレリアとリアンも声は出さなかったが驚きの表情のまま二人を見ている。
「恐らく、マスターとアリシアさんが力一杯剣を振り、その力がぶつかった事で衝撃波を発生させたのでしょう……」
ノワールはダークとアリシアを見つめながらレジーナの疑問に答え、それを聞いたレジーナは視線をノワールに向ける。
LMFの世界でレベル100のプレイヤー同士の戦いを何度も目にしていたノワールだったが、LMFでは剣と剣がぶつかっても衝撃などは発生しなかった。その為、異世界で起きた現象にノワールも少し驚いている。
(この世界で高レベル同士の戦いを見た事が無かったから知らなかったけど、全力で力をぶつけ合えば衝撃波を発生させる事ができるとは……これは今後、力の加減や使い方に注意しないといけないかな?)
ノワールは心の中で力の使い方に注意しようと呟く。そして再びダークとアリシアの模擬試合に集中する。
ガチガチと音を立てながら剣を交えるダークとアリシア。お互いに目の前にいる相手の顔をジッと見つめ合っていた。
「……流石はダークだな? 先制攻撃を許してしまうとは……」
「そう言う君もなかなかやるじゃないか。やはり特訓でかなり強くなっているな?」
「当たり前だ、貴方に勝つつもりで私も特訓し、強くなってきたのだからなっ!」
アリシアは小さく笑いながら力の入った声を出し、エクスキャリバーでダークブリンガーを押し返す。ダークが僅かに後ろに下がるとアリシアは素早く後ろへ跳んで距離を取った。
「聖光飛翔槍!」
後ろに跳びながらアリシアは神聖剣技を発動させ、刀身を白く光らせるエクスキャリバーを勢いよく縦に振った。光る刀身から光の刃が放たれてダークに向かって真っ直ぐ飛んで行く。ダークは飛んで来た光の刃をダークブリンガーで叩き落す。光の刃はガラスが割れた様な高い音を立てながら粉々になり、やがて光の粒子となり消滅した。
アリシアは自分の神聖剣技を剣で簡単に防いだダークを見て彼は本当に強い男なのだと感じ、彼に勝ってみたいと言う気持ちを強くする。
「正面からの攻撃はダークには通用しない……なら、下から攻める! 襲光包陣剣!」
足が地面に付くとアリシアは再び神聖剣技を発動させ、エクスキャリバーを逆さまに持ち地面に付き刺す。するとダークの足元に光も魔法陣が展開された。
「これは!」
魔法陣に気付いたダークは咄嗟に後ろへ跳び魔法陣の上から移動した。その直後、魔法陣から光の刃が飛び出す。
ダークは魔法陣から飛び出した光の刃を見て、あと少し遅かったら危なかったと内心ホッとする。そしてすぐにアリシアの方を向いてダークブリンガーを構え直した。
(流石はアリシア、全力で戦うと言ったから遠慮なく神聖剣技を使ってくるとは……これは俺も暗黒剣技を使わないと全力で戦っているアリシアに失礼だな)
アリシアが神聖剣技を使うのだから自分も暗黒剣技を使うべきだ、そう自分に言い聞かせるダークはダークブリンガーを強く握り、刀身に黒い靄を纏わせた。
「黒瘴炎熱波!」
ダークは靄を纏ったダークブリンガーを振り下ろして刀身に纏われている靄を真っ直ぐアリシアに向かって放った。アリシアはもの凄い勢いで迫って来る靄を見ると回避行動を取らずにエクスキャリバーを持つ手に力を入れる。
「守護聖気陣!」
アリシアが再びエクスキャリバーを地面に刺すとアリシアの足元に白い光の魔法陣が展開され、アリシアを包み込む様にドーム状の障壁が張られる。ダークが放った靄はその障壁に防がれ、アリシアに当たる事はなかった。
靄が消えるとアリシアを守っていた障壁も消滅し、アリシアはエクスキャリバーを地面から引き抜いてダークの方を向いた。だが、ダークが立っていた場所に彼の姿は無く、アリシアは姿を消したダークに驚きながら周囲を見回してダークを探した。
アリシアがダークを探していると背後から気配を感じ、アリシアは後ろを向く。そこにはダークブリンガーを構えたダークの姿があり、アリシアを見て目を赤く光らせえた。どうやらアリシアが障壁で靄を防いでいる間にアリシアの背後に回り込んだようだ。
「漆黒剣!」
別の暗黒剣技を発動させたダークはダークブリンガーに再び黒い靄を纏わせてそのままアリシアに袈裟切りを放つ。アリシアは振り返りながらエクスキャリバーを横に振り、ダークの袈裟切りをエクスキャリバーで止めた。二つの剣がぶつかり再び試合場に衝撃が広がる。
客席ではノワール達は全員黙ってダークとアリシアの模擬試合を見物していた。ノワールは真剣な顔で見ているが、他の者達は驚愕の表情で二人の戦いを見ている。模擬試合で仲間に暗黒剣技と神聖剣技を遠慮無く使うダークとアリシアにレジーナ達は驚きを隠せずにいた。
「ちょっとちょっと、何て試合をするのよ、あの二人は……」
「模擬試合で暗黒剣技と神聖剣技を使いまくるなんてありえねぇだろう……」
「これはもはや模擬試合ではない、まるっきり命を賭けた戦いじゃ……」
レジーナ、ジェイク、マティーリアの三人はダークとアリシアの激戦を目にして汗を流す。何度も二人と共に戦って来た三人も目の前で起きている試合ほど凄まじい戦いを見た事が無かったので驚きのあまり震えた声を出していた。そしてヴァレリアはレジーナ達以上に驚いており、リアンは目を見開きながら固まっている。
一方でノワールは二人が剣技を使う事を予想していたのかレジーナ達程驚いてはおらず、落ち着いて試合を見ている。だがそれでも僅かに汗を流していた。
「今のお二人は相手の力を伺いながら戦っている状態です。これから更に激しくなりますよ、きっと」
「これ以上に激しく? おいおい、大丈夫なのかノワール、下手したら兄貴と姉貴、どちらかが死んじまうぞ?」
「その点は大丈夫ですよ。確かに戦いは激しいですがこれはあくまでも模擬試合、相手が戦えない状態になった時点でお二人は試合をやめますから」
落ち着いた様子で話すノワールを見たジェイクは不安そうな顔をしながら視線を試合場の二人に戻す。レジーナとマティーリアも緊張と不安の混ざった様な顔でダークとアリシアを見守る。
激戦を繰り広げるダークとアリシアをノワールは見守る。そんな中、ノワールはダークとアリシアの姿を見て二人が今の激しすぎる模擬試合を楽しんでいるのを感じ取った。