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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十一章~建国の領主~
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第百三十七話  アリシアの帰宅


 ノワールに案内されて自分が使う部屋にやって来たヴァレリアは荷物を部屋に置き、再びノワールに案内されて屋敷の中を見て回る。しばらくはダークの屋敷で生活をするので何処に何があるのかを知っておく必要があった。

 食堂やリビング、書斎と言った場所を見て回り、ある程度屋敷の中を見た後にヴァレリアは自分以外に屋敷に住んでいるミリナやモニカ達を紹介される。ヴァレリアもミリナ達に自分がダークの下で魔法薬の研究をする事やザムザスの妹弟子である事、七十代の老婆である事などを話す。ヴァレリアの実年齢を知ったミリナ達はレジーナやジェイクと同じような反応を見せた。

 しばらく共に屋敷で暮らす者であるヴァレリアをミリナ達は笑って歓迎し、リアンのような子供達もはしゃいでヴァレリアの下に集まった。そんなミリナ達に対しヴァレリアは少し照れくさそうな反応を見せる。別に彼女は人間嫌いという訳ではなく、ただ一人で静かに研究をするのが好きだからマゼンナ大森林で一人研究をしていたのだ。その為、大勢から歓迎されたり好かれるのに慣れていないのでヴァレリアはつい照れてしまう。

 ミリナ達の紹介や自己紹介が済むとヴァレリアはノワールに連れられてダークの部屋へ行き、そこで彼から未知のマジックアイテムについて色々な話を聞いてそのマジックアイテムを見せてもらう。見た事の無いマジックアイテムを目にし、ヴァレリアはザムザスやコレット達と同じように驚いた。

 未知のマジックアイテムを持つダークにヴァレリアは衝撃を受けながら何者なのかとマゼンナ大森林で訊いた時と同じ質問をする。するとダークは兜を外して素顔を見せると近いうちに話していない事も含めて全て教えるから待てとだけ伝えた。

 ヴァレリアはダークの素顔が美しい青年だと知ると驚くのと同時に見惚れてしまう。七十代になって若い男に見惚れるなど情けないなとヴァレリアは心の中で思った。そんなヴァレリアを見てダークとノワールは不思議そうな表情を浮かべる。その後、ヴァレリアはダーク達と魔法薬の研究所ができるまでの間どのように過ごすかなどを相談してから自室へ戻って荷物の整理などを始めるのだった。

 

――――――


 ダーク達がバーネストの町へ戻った翌日の早朝、ダーク達はアルメニスに戻るザムザス達を見送る為に北門前の広場に来ていた。既に開いている北門の前にはザムザスが乗って来た馬車が停まっており、その周りには護衛の騎士達と彼等が乗る馬が待機している。


「今回は本当にお世話になりました。このお礼はいつか必ずいたします」

「いやいや、気になさるな。儂も未知のアイテムやダーク殿とノワール君の強さなど色々な事を知る事ができたからのぉ。寧ろこちらが感謝したいくらいだ」


 握手を交わしながらお互いに相手に感謝するダークとザムザス。ダークの後ろではノワール、ジェイク、ヴァレリアの三人が、ザムザスの後ろでは彼のついて来ていた魔法使い達が立っており、二人の会話を黙って見守っていた。


「今後、ヴァレリアが何かと迷惑を掛けるかもしれないが、決して悪い奴ではない。温かい目で見守ってやってほしい」

「お前は私の父か何かか?」


 ザムザスを見てヴァレリアは腕を組みながら少し不機嫌そうな顔をする。そんなヴァレリアの方を向いてザムザスは呆れた様な表情を浮かべた。


「儂はお前の兄弟子なのじゃ、兄として妹の事を頼んでおるだけだ」

「本当の兄妹ではないだろう。それに七十四になった爺が歳の近い老婆に言う言葉ではないと思うぞ?」


 若い肉体をしているのに都合のいい時だけ自分を年寄り扱いするヴァレリアにザムザスは溜め息をつく。そんな二人の会話を聞いていたノワールとジェイクは笑いを堪え、魔法使い達は苦笑いを浮かべてザムザスとヴァレリアを見ていた。

 それからザムザスとヴァレリアはしばらくお互いを小馬鹿にするような軽い会話をし、会話が終わるとザムザス達は馬車に乗り込んでバーネストの町を後にした。ダーク達がザムザス達を見送る中、ヴァレリアは去っていくザムザスの馬車を黙って見つめている。その表情はもう少し会話をしていてもよかったかな、と言いたそうな表情だった。

 ザムザス達を見送った後、ダーク達は屋敷に戻り、それぞれ自分達の仕事を始めた。ダークは町長としての仕事をし、ノワールは街へ出て新国家の住人になりたいセルメティア王国の民はいないかを聞きに行き、ジェイクは屋敷にいるレジーナと合流して町の見回りに行く。ヴァレリアは屋敷に戻り、昨日整理できなかった自分の荷物のチェック、魔法薬の調合などを行う。


「……フゥ、これでようやく半分は片付いたな」


 ダークは自分の部屋で机の上の書類の山を見て軽く溜め息をつく。漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーは脱ぎ、普段着の姿で町長としての仕事をしていた。

 ザムザス達を見送ってからすぐに仕事を始め、既に二時間が経過しているが、それでもまだ大量に仕事が残っており、書類の山を見る度にダークは疲れた表情を浮かべながら深く息を吐く。


「どうも仕事がはかどらないぁ、やっぱノワールか鬼姫が手伝ってくれないとダメか」


 一人では町長の仕事を上手くやる事ができない事にダークは情けなさを感じながら呟く。二人に手伝ってほしいと思うがノワールは今外に出ており、鬼姫はアリシアと共にアルメニスに行っている。二人に頼る事ができない以上は自分一人でやるしかない。ダークは早く帰って来てくれ、と心の中で願いながら仕事を続ける。すると、扉をノックする音が聞こえ、ダークは手を止めて扉の方を向いた。


「誰だ?」

「失礼します、ダーク様。シシリンです」


 扉の向こうから聞こえる若い女の声にダークは意外そうな表情を浮かべた。

 シシリンとはアリシアの屋敷で働いていたメイドでアリシアとミリナが首都であるアルメニスからバーネストの町へ移住する時に一緒について来たのだ。現在はアリシアとミリナが暮らしているダークの屋敷で働いている。

 ダークは自分の部屋に鬼姫以外のメイドが尋ねて来る事を珍しく思いながらとりあえず中に入れようと考えた。


「入ってくれ」


 許可を出すと扉が開き、シシリンと名乗ったメイドが静かに入室する。二十代前半くらいの若さで肩の辺りまで伸びる金髪を持ち、頭にはホワイトブリムを付けて白と黒のロングスカートのメイド服姿をしていた。

 シシリンはゆっくりとダークの机の方へ歩いて行き、机の前まで来ると立ち止まり軽く頭を下げる。屋敷にいる者は全員ダークの素顔を知っているのでダークが暗黒騎士でない姿を見ても驚く事なく普通に接していた。


「お仕事中、失礼します」

「いや、別にいいさ。それでどうしたんだ?」


 ダークがシシリンに部屋を訪ねて来た理由を訊くとシシリンは嬉しそうな表情を浮かべてダークを見た。


「先程、アリシアお嬢様と鬼姫メイド長がお戻りになりました」

「何だって、本当か?」

「ハイ」


 シシリンの口から出て言葉にダークは驚きながら確認する。シシリンはニッコリと笑顔を浮かべながら返事をした。

 バーネストの町を出る時にアリシアはすぐに、そして安全に首都アルメニスへ行けるようノワールの転移魔法を使い、一瞬でアルメニスに移動した。そしてダークの屋敷の地下にある訓練場で無事にレベル上げたら再び転移して帰って来る事になっていたのだ。

 転移して帰ってくる事はダークがアリシアに勧めた移動方法なので僅かな時間でアルメニスから帰って来た事についてはダークは驚いていない。ダークが驚いている理由は別にあったのだ。


(アリシアがバーネストの町を出たのはザムザスさんが来る前日で今日帰って来た……つまり、アリシアはたった二日でレベルを上げて帰って来たのか?)


 ダークはアリシアがレベルを上げて帰ってくるまであと四日は掛かるだろうと昨日レジーナ達と話していたので二日で自分と互角に戦えるくらいにレベルアップして帰って来たアリシアに驚いていたのだ。だが同時にアリシアが無事に帰って来てくれた事にホッとした。

 しばらく俯いてアリシアが短時間でレベルアップした事に驚いていたダークはゆっくりと顔を上げて小さく笑いながらシシリンの方を向いた。


「アリシアは無事に戻って来てくれたか……それで彼女は今何処にいるんだ?」

「ハイ、奥様達に帰宅した事をお伝えに行かれてます。奥様達へのご挨拶が終わったらダーク様にもご挨拶に行くと仰っていいましたので、そのご報告に参りました」

「そうか、わざわざ悪いな?」

「いえ、そんな事は……」


 微笑むダークを見て小さく俯きながらシシリンは少し照れたような表情を浮かべる。やはり美青年の顔をするダークの微笑まれると女として照れてしまうようだ。

 ダークとシシリンが話していると再び扉をノックする音が聞こえ、二人は扉の方を向いた。


「どうぞ」


 誰が尋ねてきたのか想像がついたのかダークは誰なのか確認する事なく入室を許可する。すると扉がゆっくりと開いて白い鎧とマント、銀色の額当てを付けたアリシアが入って来た。その後に鬼姫が静かに入り、扉を静かに閉める。


「ダーク、今帰ったぞ」

「ダーク様、ただいま戻りました」


 部屋に入ったアリシアと鬼姫はダークの方を向いて帰宅の挨拶をする。二人とも顔や服のあちこちが汚れており、アルメニスで激しい特訓をしてきたのだと言うのが一目で分かった。


「おかえり、二人とも。その様子だと、特訓は結構大変だったみたいだな?」

「ああ、流石に苦戦した。まさかあんなに強いとは思わなかったよ」


 アリシアは苦笑いを浮かべながら肩を回してレベル上げに苦労した事をダークに伝える。そんなアリシアを見てダークも苦笑いを浮かべ、チラッとアリシアの隣に立つ鬼姫を見てどうだった、と目で尋ねた。すると鬼姫はダークの目を見て小さく笑いながら頷く。どうやら無事に目標のレベルまで到達したようだ。

 詳しい話をアリシアから聞こうとするダークだが、シシリンを見て彼女がいると話ができないと感じ、まずはシシリンに退室してもらう事にした。


「シシリン、アリシアと鬼姫にお茶を出してやってくれ。二人とも疲れているからリラックスできるような紅茶を頼む」

「あ、ハイ。かしこまりました」


 お茶を出すよう指示されたシシリンは一礼してから扉の方へ歩いて行き、扉の前にいるアリシアと鬼姫に挨拶をしてから退室する。

 シシリンがいなくなるとダークはアリシアと鬼姫の方を向いて真剣な表情を浮かべて話してくれと目で伝えた。ダークの意思を感じ取った二人も特訓の成果を詳しく話す為に真剣な顔でダークの机の前まで移動する。


「……それで? レベルは幾つになったんだ?」

「フッ、言っただろう、私は貴方と互角に戦えるレベルになると?」

「つまり……」

「……レベル100になった!」


 誇らしげに笑いながら力の入った声で自分のレベルを話すアリシア。それを聞いてダークもやっぱりな、と言う様な笑みを浮かべながらアリシアの顔を見た。

 前はレベルを上げ過ぎるのが怖いと言ってレベル97で止めていたアリシアだが、ダークが作る新国家の為、そしてダークとの模擬試合でいい勝負をする為にレベル100になる事を決意し、遂にダークと同じレベル100となったのだ。

 アリシアがレベル100になった事をダークに伝えるとアリシアの隣になっていた鬼姫が特訓の内容がどんなものだったのか語り始める。


「アリシア様は最初、レベル90の獣族モンスターと戦いました。最初は押されていましたが、相手の動きを観察しながら攻撃パターンを把握し、私のアドバイス無しで倒しました」

「へえ? 流石はアリシア、未知のモンスターを相手にアドバイス無しで倒したか」

「いや、そんな事は……」


 ダークに褒められて照れているのかアリシアは僅かに頬を赤く染めて小さく俯く。そんなアリシアを見ながら鬼姫は小さく笑い、特訓の話を続ける。


「その後に少しずつレベルを上げてアンデッド族、悪魔族、植物族など様々なモンスターと戦闘を行い、無事にレベル100に到達されました」

「そうか」

「あと、今回の特訓でアリシア様は神聖剣技や魔法もいくつか習得されてましたので、色々な戦い方ができるようになったはずです」


 鬼姫はレベルが上がっただけでなく、神聖剣技やサブ職業クラスのハイ・クレリックで習得できる魔法も覚えた事を話し、アリシアが以前よりも遥かに強くなった事をダークに伝える。それを聞いたダークは少し驚いた表情を浮かべるがすぐに笑みを浮かべて椅子にもたれかかった。


「これは今度の模擬試合、油断すると負けるかもしれないな」


 模擬試合がどうなるのか少し楽しみにする様な笑みを浮かべながらダークは呟き、鬼姫もどんな戦いになるのか気になるらしく小さく笑っている。

 アリシアは笑う二人を見ていると、何かを思い出したような反応を見せ、ダークに声を掛けた。


「ところでダーク、此処に来る途中で見かけない人を見たのだが、あの人は誰な?」

「見かけない人?」

「ああ、金髪の髪をした二十代くらいの若い魔法使いの女性だった」

「……ああぁ、ヴァレリアの事か」

「ヴァレリア?」


 聞かない名前にアリシアは小首を傾げる。鬼姫も不思議そうな顔でダークを見た。

 ダークはヴァレリアが魔法薬の調合と研究をする魔女である事をアリシアと鬼姫に伝えた。アリシアは自分達が想像していた姿とは違うヴァレリアに驚いたのか意外そうな表情を見せる。そしてヴァレリアがザムザスの妹弟子で彼と同じ七十代の老婆である事も伝え、それを聞いたアリシアは目を丸くして驚いた。

 その後、シシリンが持って来た紅茶を飲みながら特訓の成果やヴァレリアの事を色々と話す。そして、それが終わるとダークはアリシアと鬼姫にヴァレリアを紹介する為、二人を連れて部屋を出た。

 静かな廊下をしばらく歩き、ダーク達は一つの部屋の前まで来て足を止める。


「此処がその魔女の部屋なのか?」

「ああ。昨日屋敷に来てから殆ど自分の部屋で過ごしているから多分此処にいるはずだ」

「部屋に籠っている……それは魔法薬の研究をする為か?」

「そうだ」


 ダークの返事を聞いてアリシアはへぇ~、という様な表情を浮かべて扉を見ている。鬼姫は興味が無いのか無表情で扉を見ていた。

 二人が扉に注目している中、ダークは扉をノックする。すると扉の向こうからヴァレリアの声が聞こえて来た。


「誰だ?」

「俺だ、ダークだ」

「ダークか……入ってくれ」


 ヴァレリアの返事を聞いたダークはゆっくりとドアノブを回して扉を開ける。すると、扉を少し開けた瞬間に部屋から強烈な異臭がしてダーク達の鼻を刺す。


「な、何だこの臭いは?」

「これは、たまりませんね……」


 鼻を押さえながらアリシアと鬼姫は表情を歪める。ダークも鼻を摘まみながら人一人が通れるくらいにまで扉を開けて素早く中に入った。アリシアと鬼姫もそれに続き、全員が入ると扉を素早く閉める。

 部屋の中に入るとダーク達の視界に床に落ちている書物や調合に使う道具、部屋に吊るされている薬草や蜥蜴などの干物、そして奥にある大きな机の前で作業をしているヴァレリアの後ろ姿が入った。

 アリシアと鬼姫は部屋の中を見て僅かに驚くがすぐに異臭で表情を歪める。ダークは異臭の中で作業をするヴァレリアを少し呆れた様な顔で見ていた。


「……酷い臭いだな」

「仕方がないだろう? 薬草などを調合すると必ずこうなってしまうのだから」

「こりゃあ、急いで専用の研究所を作った方がよさそうだ……」

「ああ、そうしてくれ。こんな狭い部屋では作業し難くてしょうがない」


 ダーク達に背を向けたままヴァレリアは持っている試験管を回して中に入っている液体を混ぜる。そんなヴァレリアの背中を見てダークは鼻を摘まんだまま溜め息をついた。

 実は昨日、ダークはノワールと共にヴァレリアの部屋を訪ねていた。町の何処に研究所を建てるかを相談しようと扉を開けた瞬間、異臭が二人を襲い、ダークとノワールは驚愕の表情を浮かべる。その時ヴァレリアは既に魔法薬の研究と調合を始めていた為、部屋には異臭が充満していたのだ。

 ヴァレリアは異臭に慣れている為か充満する部屋の中でも普通に作業をしており、その光景を見たダークとノワールは呆然とした。ヴァレリアから調合すると必ず異臭が出ると話を聞き、ダークとノワールは屋敷の中に異臭が広がるから屋敷内での調合はやめるよう言ったが、臭いを消す魔法があるから大丈夫だとヴァレリアが話す為、作業が終わったら必ず臭いを消す魔法を使う事、調合中は扉や窓を開けない事を条件に許可したのだ。

 ダークは昨日一度異臭を嗅いでいるので昨日よりは大丈夫そうだが、初めて嗅ぐアリシアと鬼姫には強烈すぎるのか、かなり辛そうだった。そんな二人を見たダークは臭いをどうにかしないといけないと感じてヴァレリアの方を向く。


「ヴァレリア、アンタに紹介したい人を連れて来たんだ。一旦調合をやめてくれないか?」

「ん? 紹介したい人だと?」


 ヴァレリアはダークの方を向き、彼の後ろにいるアリシアと鬼姫の姿を見る。そしてその二人が少し前に廊下ですれ違った存在である事に気付き、手に持っている試験管を机の上にある試験管立てに差してダーク達の方を向く。


「その二人か? 私に紹介したい者というのは?」

「ああ……その前にこの臭いを何とかしてくれ」

「ハァ、仕方ないな」


 異臭に表情を歪めるダーク達にヴァレリアはめんどくさそうな顔をし、右手を高く掲げる。


悪臭浄化ディオドライズ!」


 ヴァレリアが魔法の名を口にすると右手の中に小さな緑色の魔法陣が展開され、魔法陣から心地よい風が部屋に広がる。するとさっきまで部屋に充満していた異臭が初めから無かったかのように消えた。

 <悪臭浄化ディオドライズ>は風属性の下級魔法で風を発生させ、その風で臭いを掻き消す事ができる。下級魔法ではあるがどんな臭いも消す事ができる為、部屋を掃除する時などに多くの人がこの魔法を使う。因みにこの魔法はLMFには存在しない異世界の魔法である。

 異臭がしなくなるとダーク達は鼻から手を放して部屋を見回す。ヴァレリアと会話ができる状況になりダーク達は軽く息を吐いた。異臭が消えて安心するダーク達をヴァレリアは腰に両手を当てながら見ている。


「それで、その二人か? 私に紹介したいという者は?」

「ん? ああ、そうだ。俺の仲間の聖騎士でアリシア・ファンリード、隣にいるのがこの屋敷のメイド長の鬼姫だ」


 ダークは後ろで控えているアリシアと鬼姫を紹介し、二人もヴァレリアに頭を下げて挨拶をする。ヴァレリアも二人を見てよろしく、と軽く頷いた。

 頭を下げた後、アリシアは一歩前に出てヴァレリアを真剣な表情で見つめながら口を開く。


「お話はダークから聞いています、ザムザス殿の妹弟子で彼に匹敵する実力を持った魔女だと」

「……まぁ、そんなところだ。実際は私の方がアイツよりも実力は上かもしれないがな」

「そ、そうですか……」


 自分の方がザムザスよりも力が強いというヴァレリアをアリシアは苦笑いを浮かべながら見ている。見た目は若い美女なのにザムザスをアイツ呼ばわりし、自分の方が実力が上だと言うあたり、ザムザスの妹弟子で歳が近く、それなりの力を持った魔女なのだなとアリシアは実感した。

 苦笑いを浮かべながらヴァレリアを見ているアリシアの後ろでは鬼姫が姿勢を正してヴァレリアを見つめている。ヴァレリアも何も言わずにジッと自分を見つめている鬼姫を見ていた。そんな中、鬼姫の頭から生えている二本の小さな角に気付く。


「……おい、ダーク。そのメイドは何者なんだ? 小さな角が生えているが、人間ではないのか?」

「ああ、そうだ。鬼姫は人間じゃない。俺が召喚したメイド鬼女と言う上級の悪魔族モンスターだ」

「メイド鬼女? 何だそれは、そんな名前のモンスター、聞いた事が無いぞ?」


 長い事生きていて聞いた事の無い名前のモンスターにヴァレリアは驚きながらダークの方を向く。鬼姫は驚くヴァレリアを見ながら黙って微笑みを浮かべた。

 ヴァレリアはダークに鬼姫の事をもっと詳しく聞こうとした。その時、ヴァレリアの部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。


「ヴァレリアさん、いますか?」


 扉の向こうからノワールの声が聞こえ、ダーク達は一斉に扉の方を向いた。


「ノワールか、何だ?」

「マスター、来てませんか?」

「ダークなら此処にいるぞ」

「え?」


 意外な場所にダークがいた事を知ってノワールは驚きの声を出す。ノワールは一度ダークと共にヴァレリアの部屋を訪れてそのとんでもない臭いを嗅いでいるのでダークが異臭のするヴァレリアの部屋にいるとは思っていなかったようだ。


「……失礼します」


 ドアノブがゆっくりと回り、扉が開くと少年の姿をしたノワールが部屋に入って来る。扉を開けた途端に異臭が来ると思い警戒していたのか表情が僅かに歪んでいた。しかし、扉を開けても何の臭いもしなかったので少し拍子抜けの顔をしている。


「あれ? 臭いがしない。もしかして臭いを消す魔法を使ったんです……あっ、アリシアさんに鬼姫さん!」


 部屋の中にいたアリシアと鬼姫がいるのに気付いたノワールは驚きながら二人の顔を見る。アリシアと鬼姫は久しぶりに見るノワールの姿に小さく笑いながら軽く手を上げて挨拶をした。


「お二人とも、何時お戻りになったんですか?」

「ほんの十数分前だ」

「アリシア様が予定よりも早くレベル上げを終えられたので」


 アリシアと鬼姫の話を聞いてノワールは目を見開く。彼も二人が帰ってくるのは数日後と思っていたので早く帰って来たアリシアと鬼姫に驚いたようだ。


「……成る程、屋敷に戻って来た時にミリナさん達が騒ぐ声が聞こえたのはそういう事だったんですね」


 帰って来た時に別室からミリナ達の声を聞いたノワールはその理由が何なのか理解して納得の表情を浮かべる。アリシアはノワールの話を聞いて苦笑いを浮かべた。


「ところでノワール、俺に何か用があったんじゃないのか?」

「……あっ、そうだった。すみません、アリシアさんが帰ってた事に驚いて忘れてました」


 苦笑いを浮かべながら謝るノワールにダークはやれやれと言いたそうに肩を竦める。

 ダークへの用事を思い出したノワールはダークの方を向くと苦笑いから真剣な表情へと変わり、それを見たダークもジッとノワールの顔を見つめる。


「街で新国家の住民になるか訊いて回っていた時、闘技場の建設の指揮を執っていたモンスターが報告にやって来たんです」

「闘技場を担当していたモンスターが?」

「ハイ、思っていたよりも建設が進んでいるので今日の夕方には闘技場が完成するとの事です」

「……そうか」


 予定していたよりも早く闘技場が完成するという報告を聞いたダークは小さく笑い、アリシアと鬼姫は闘技場が早くできるという話を聞いて少し驚いた顔をしていた。ヴァレリアは闘技場の建設について詳しく聞いていないので話の内容が分からずに小首を傾げている。

 ダークとアリシアの模擬試合の会場が完成し、いつでも二人の模擬試合を行う事ができる。アリシアは早く強くなった自分の力を試してみたいのか、自分の手を見つめながら小さく笑う。ダークも久しぶりに全力で戦える事にワクワクしているのか目を閉じながら笑っている。


「アリシア、今日中に闘技場が完成するという事だが、どうする? 完成したらすぐに模擬試合を始めるか?」

「ああ、勿論だ……と、言いたいところだが、流石に特訓が終わったばかりでは戦う気になれない。体を休めたいし、模擬試合は明日にしよう」

「フッ、そうか」


 模擬試合を明日行うと決めたダークとアリシアはお互いの顔を見ながら笑う。今の二人はまるで次の試合を楽しみにしている少年野球の子供達の様だった。

 それからダークはノワールに模擬試合を明日行う事をレジーナ達に知らせるよう指示を出し、ノワールは言われた通りレジーナ達に模擬試合を明日行う事、そしてアリシアが帰って来た事をレジーナ達に伝えに行く。

 ダークはヴァレリアにも試合を見に来ないか誘うと、ヴァレリアは自分が強者と認めたダークと目の前にいる聖騎士がどんな戦いをするのか興味が湧き、その誘いを受ける。

 話が終わると、ダーク達はヴァレリアの部屋を出て、それぞれ仕事や体を休める為に自分の部屋へと移動した。


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