第百三十六話 ヴァレリア、バーネストへ
ヴァレリアの家に戻るとすぐにヴァレリアは自分が作ったポーションを使用する。傷はジェイクが持っていたポーションで治ったが疲れはまだ残っている為、疲労回復用のポーションを使い、戦いの疲れた完全に回復した。
ダークとノワールにも疲労回復のポーションを渡そうとしたが、二人は疲れていないからいらないと断った。ヴァレリアとザムザスはあれだけ派手に戦ったのに疲れを見せていないダークとノワールの体力に改めて驚く。
「しかし、本当にとんでもない男だな、お前は?」
ヴァレリアは椅子に座りながら目の前に立っているダークを見る。ブラッドオーガのボスであるブルンゴと数体のブラッドオーガをたった一人で倒してしまったダークの強さに彼女は驚く事しかできなかった。
ザムザスもヴァレリアと同じように驚いている。ダークが英雄級の実力を持っている事は彼も知っていたが、直接戦う姿を見たのは今回が初めてだったのでダークが本当にずば抜けた実力を持っているのだと知った。
「まさかあれだけの数のブラッドオーガを一人で倒してしまう騎士がいるとは思わなかったぞ」
「大したことではない。それにアンタだってブラッドオーガの妨害が無ければ難なく奴等を倒せたはずだ」
「フッ、あの戦いを見せられた後にそれを言われると複雑な気分になるな」
ダークの言葉を聞いてヴァレリアは目を閉じながら小さく笑う。圧倒的な力でブラッドオーガを投げ飛ばし、パンチ一発で頭部を粉砕するダークの前では自分など小さな存在だと感じて笑ってしまったようだ。
「それよりどうするのだ?」
「どうするとは?」
「アンタとノワールの手合わせの続きだ。ブラッドオーガ達が邪魔したおかげでまだ決着がついていないだろう?」
「ああぁ、その事か」
「どうする? 続きをやるか?」
ヴァレリアはダークの問いに小さく俯いて考え込む。最初は自分とノワールの力は互角と考えていた為、勝つ事ができると思っていたが、ブラッドオーガ達を簡単に倒してしまったダークの姿を見た後に彼が最も信頼する魔法使いの少年と再戦するかと訊かれると返事に悩んだ。もしかするとノワールもダークと同じくらい強いのではと感じていたのだ。
しばらく俯いて考えていたヴァレリアはゆっくりと顔を上げてダークの顔を見た後、チラッとダークの隣に立っているノワールを見て再びダークに視線を向けた。
「……一つ訊きたい。ノワールはお前と同じくらい強いのか?」
「ん? まあ、同じくらいと言えば同じくらいだな」
ダークの言葉を聞いてヴァレリアは目を見開きながらダークを見つめる。ノワールがブラッドオーガのボスを一方的に倒し、更に取り囲む数体のブラッドオーガを一瞬で倒してしまう程の力を持つダークと同じくらい強い、それを知った瞬間にヴァレリアはノワールは自分と手合わせしていた時は全然本気を出していなかったと悟った。
直接ノワールの全力を見た事はないが、ダークの強さを見ればノワールがどれだけ強いのかは想像できる。ノワールはザムザスに匹敵する実力を持った自分でも勝てないくらい強い存在だとヴァレリアは理解したのだ。
ヴァレリアは再び目を閉じてしばらく黙り込んだ後に再び目を開け、小さく笑いながらダークを見た。
「……やめておこう」
「何?」
ダークはヴァレリアの口から出た言葉を聞いて訊き返す。ノワールやジェイク、ザムザスも意外そうな顔でヴァレリアを見ている。
「ノワールがダークと同じくらい強いのであれば私に勝ち目は無い。再戦しても私が負けるのは目に見ている」
「いいんですか、ヴァレリアさん? それは負けを認めたって事になるんですよ?」
ノワールは苦笑いを浮かべているヴァレリアに負けになっても良いのか尋ねる。するとヴァレリアはノワールの方を向き、ジト目で彼を見つめた。
「お前、手合わせの時に私に怪我を負わせたくないからと降参を勧めていたじゃないか。それなのになぜ今更負けを認める事を止めようとする?」
「あ、そう言えば、そうでしたね……」
自分の言った事を思い出したノワールは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。そんなノワールを見たヴァレリアとジェイクはやれやれと言いたそうな表情を浮かべる。
「お前がブラッドオーガ達をアッサリと倒したダークと同じくらいの強さを持っていると聞かされれば私では勝てないとすぐに気付く。そんな相手に再選を申し込むほど私は自惚れてはいない」
「やはりそうか」
黙って会話を聞いていたザムザスが自分の髭を整えながらヴァレリアに話しかけ、ヴァレリアは真剣な表情を浮かべながらチラッとザムザスの方を見る。
「お前さんなら自分よりも強いと分かった敵に戦いを挑むような愚かな答えは出さんと思っておったぞ」
「……フン、私はお前が思っているような愚かな女ではない」
「フォッフォッ、そうか。それは悪かったな」
笑うザムザスを見てヴァレリアは小馬鹿にされた様に感じたのか小さくそっぽ向いた。二人の会話する姿をダーク達はジッと見ている。
「儂もダーク殿の力を見た後にその使い魔であるノワール君がどれほど強いのかを考え、そしてダーク殿からノワール君がダーク殿と同じ強さを持っていると聞いて確信した。ノワール君は儂やお前さんよりも優れた魔法使いであるとな」
「ほほぉ? 老いても観察眼は衰えていないようだな。まあ、伊達にセルメティア王国の主席魔導士と……ん? ちょっと待て」
ザムザスをからかう様に喋っていたヴァレリアはザムザスの言葉の中に気になる点がある事に気付きザムザスに声を掛ける。ザムザスはいきなり声を掛けて来たヴァレリアを不思議そうな顔で見た。
「どうした?」
「お前、今何と言った? ノワールの事を使い魔と言ったか?」
席を立ちながら質問して来るヴァレリアにザムザスはああぁ、と言う様な表情を浮かべる。ダーク達もヴァレリアの言葉を聞いてその事かと納得した様子を見せた。
ノワールはヴァレリアと出会ってから一度も子竜の姿に戻っておらず、自分がダークの使い魔だとも口にしていない。その為、ヴァレリアはノワールの事を頭に角が生えた亜人の子供か何かでダークの冒険者仲間の魔法使いと思っていた。だからザムザスの口から使い魔と言う言葉を聞いた瞬間に反応してザムザスに尋ねてきたのだ。
ザムザスはダークの方を向き、喋って申し訳ないと目でダークに謝る。ダークは別にノワールの正体がバレても問題無いと思っているのでザムザスに気にしなくていいと合図を送った。それを見たザムザスは答えを待っているヴァレリアにノワールの事を話し始める。
「実はノワール君は人間ではなく、ダーク殿の使い魔なのだ」
「使い魔? その子がか?」
ヴァレリアは目を丸くしながら視線をザムザスからノワールに変える。ノワールは自分に注目するヴァレリアを見た後にダークの方を向く。ダークはノワールを見下ろしながら無言で頷き、元の姿に戻ってもいいと目で伝えた。
頷いたダークを見たノワールは頷き返して少年から元の子竜の姿へと戻る。子竜の姿に戻ったノワールは空を飛んでヴァレリアの目の前まで移動した。
「そ、それがお前の本当の姿なのか?」
「ええ、まあ……」
目の前で飛んでいる黒い子竜を見てヴァレリアは興味津々の表情を見せ、そんなヴァレリアを見てノワールは少し戸惑った様な口調で返事をする。
ヴァレリアにも使い魔はいるがレベルの低い低級モンスターでドラゴンの様な上級モンスターではない。しかも常に傍にいる訳ではなく、使い魔を使う度にいちいち召喚する必要がある。その為、ダーク達がヴァレリアの家を訪れた時にヴァレリアの使い魔の姿が無く、ダーク達も使い魔を見る事ができなかったのだ。
普通の使い魔と違うノワールの存在にヴァレリアは目を輝かせた。魔法薬を研究する立場である為、魔法が関係するものには何でも興味が湧いてしまうのだろう。そんなヴァレリアを見てノワールは飛びながら困った様な表情を浮かべる。
「ダーク、お前は何者なんだ? ブラッドオーガを倒せる程の強さを持ち、エリクサーの様な究極の魔法薬を所持し、騎士でありながら使い魔を連れてる。どう考えても普通の黒騎士ではないだろう?」
ヴァレリアが視線を目の前にいるノワールからダークに向けて彼の正体について尋ねる。ダークは少し興奮しているヴァレリアは見て小さな声で笑った。
「知りたいか? なら私が住んでいるバーネストの町に来ればいい。そこなら私の事をもっと詳しく知る事ができ、未知のマジックアイテムなども見る事ができるぞ?」
「未知の、マジックアイテム……」
自分も知らないマジックアイテムを目の前にいる黒騎士が持っている、ヴァレリアの中でダークと共に行こうという気持ちが徐々に強くなっていく。逆にダークの強さと未知のアイテムの情報を知った事でマゼンナ大森林で静かに研究をしたいと言う気持ちは少しずつ小さくなっていった。
ヴァレリアは俯いて考え込み、ダーク達はヴァレリアが答えを出すのを黙って待っている。するとヴァレリアは顔を上げてザムザスの方を向いた。
「ザムザス、お前はダークが持つ未知のマジックアイテムというのを見た事があるのか?」
「ああ、幾つか見せてもらった。どのマジックアイテムも国宝と言ってもおかしくないくらい素晴らしい物じゃった。あれほどのアイテムを儂は今まで見た事が無い」
「お、お前にそこまで言わせるほどのアイテムなのか……」
兄弟子であるザムザスが驚くほどのアイテムをダークが持っていると知りヴァレリアは目を丸くして驚く。そして同時にザムザスが見た事があるのに同じ師から学んだ自分がその未知のマジックアイテムを見た事が無い事に対して悔しさと羨ましいさを感じる。
ヴァレリアは目を閉じて黙り込む、やがてある決意をした表情を浮かべてダークの方を向いた。
「いいだろう。お前と共にバーネストの町へ行き、そこで魔法薬の研究をしようではないか」
森林を出てバーネストの町へ行くと口にしたヴァレリアを見てノワールとジェイクは意外そうな顔をし、ザムザスは小さく笑う。ダークは兜で顔は見えないが、兜の下でよし、と言うように笑みを浮かべていた。
「意外だな? アンタ、騒がしい所では研究ができないからこの静かな森林で研究をしていたいって言ってたじゃねぇか」
今まで森林から出る事を拒んでいたヴァレリアが突然森林を出てダークについて来ると言い出した事に驚いてジェイクは両手を腰に当てながら言う。するとヴァレリアはジェイクの方を向き、小さく笑いながら口を開いた。
「確かに最初は森林に残る事を考えていた。だが、私の知らないマジックアイテムや魔法薬の情報を提供し、研究の手助けをしてくれるのであれば町へ行くしかないだろう? それに今回の一件でブラッドオーガ達から今まで以上に目を付けられるようになってしまったはずだ。普通の魔物ならもう襲ってはこないだろうが、自分達が最強だと考えるあの低能なブラッドオーガ達ならブルンゴが死んでも今までどおり私の命を狙ってくるだろう」
「まぁ、アイツ等ならあり得るな」
「返り討ちにするのは簡単だが、これまでの様に静かに落ち着いて研究をする事はできなくなるかもしれない。だったら多少騒がしくてもブラッドオーガ達のいない町で研究した方がいいと思ったんだ」
「成る程、だから兄貴について行く事にしたのか」
ヴァレリアが研究しやすい環境を手に入れるのとブラッドオーガ達から離れる為にダークについて行くと言う理由を聞きジェイクは納得する。
一流の魔法使いであるヴァレリアの腕ならブラッドオーガ達が襲って来ても難なく倒す事はできるだろうが、今まで以上に襲われる回数が増えれば薬草の採取などもし難くなる上に常にブラッドオーガ達を警戒していないといけない。それでは落ち着いて研究をする事ができないだろう。それなら、安心して研究ができ、未知のマジックアイテムを見せ、情報を提供してくれるダークのところへ行った方が得だとヴァレリアは考えたのだ。
ヴァレリアがバーネストの町に移住する事が決まり、ダークは目的を達成できて安心する。ザムザスも予想していた通りダークがヴァレリアを森林から連れ出してくれるのを見て髭を手入れしながら笑みを浮かべていた。
「では早速バーネストの町へ向かう準備をするとしよう。持って行く荷物などが沢山あるからな、お前達にも運ぶのを手伝ってもらうぞ?」
「うへぇ~、マジかよ」
ジェイクはヴァレリアの言葉に思わず声を漏らす。ヴァレリアは今日までずっと此処で魔法薬の研究をしていた。当然、魔法薬を作る為の道具や材料、情報の書かれた書物なども沢山あるだろう。今まで通りの研究を続けるのであれば、その全てをバーネストの町へ持って行く必要があった。
ダーク達はヴァレリアを手伝い、必要な道具や書類などを森林の外へ運んだ。と言っても、ヴァレリアとザムザスが魔法で荷物を宙に浮かせたりして運んだのでダーク達は軽い物を持つだけで殆ど何もしなかった。出口へ向かうまでの間、ダーク達はモンスターと遭遇する事も無く、無事に森林の外に出て出入口前で待機していた騎士達と合流する。騎士達と合流する直前にノワールは再び少年の姿に変身した。
森林から出て来たダーク達を見て騎士や魔法使い達は安心の笑みを浮かべた。だが、ダーク達が連れて来たヴァレリアの姿を見た途端に驚きの表情へと変わる。彼等はヴァレリアがザムザスの妹弟子である事を聞いていたので、てっきりザムザスと同じ歳ぐらいの老婆だと思っていた。だが、ヴァレリアが老婆ではなく、若く美しい女性の姿をしていたので大きな衝撃を受けたのだ。
ザムザスは驚く騎士や魔法使い達にヴァレリアが若い姿をしている理由を説明し、それを聞いた騎士達は納得する。それからヴァレリアの荷物を馬車に積んだり、騎士達が乗る馬に括り付けたりなどしてダーク達はバーネストの町へ向かって出発した。
マゼンナ大森林を出たダーク達は来た道を戻りバーネストの町へと戻って行く。その間、ヴァレリアは馬車に同乗しているダークにどんなマジックアイテムを所有しているのか、どんな効果があるのかを目を輝かせながら訊いた。ダークはヴァレリアに話せる範囲の事を細かく話し、ヴァレリアはその内容に目を見開きながら驚く。その表情を見たノワールとジェイクはただただ苦笑いを浮かべていた。
――――――
日が傾いて夕日が町を照らすようになった頃にダーク達はバーネストの町に到着した。北門前の広場に着くとヴァレリアは馬車を降り、久しぶりに見る町に懐かしそうな表情を浮かべる。ヴァレリアが町を見まわしているとダーク達が静かに馬車から下りて来た。
「久しぶりだな、こんなに人が大勢いる所に来るのも」
「最後に町へ来たのは何時なんですか?」
「そうだなぁ……二年くらい前になるな」
「二年間も町や村に行かずにあの森林で暮らしてたんですか?」
予想外の答えにノワールは少し驚いた様子で訊き返す。ジェイクとザムザスも同じような顔をしながらヴァレリアの話を聞いていた。
「別に町へ出なくても最低限の生活はできる。町や村に行く必要は無い」
「そ、そうですか……」
表情を変えずに普通に話すヴァレリアを見てノワールは頬を指で掻く。元々一人でいる事が好きなせいか、ヴァレリアは数年間森林で一人で暮らしても寂しさや不安などは感じていなかった。そんなヴァレリアの精神力にノワール達は驚かされる。
「さてと、町へ着いたのはいいが、この後はどうすればいい?」
「とりあえず、私が住んでいる屋敷まで来てもらう。魔法薬の研究をする場所が完成するまでは屋敷で暮らし、そこで研究をしてもらう事になる」
「ああ、それで構わない。私もお前が所有する未知のマジックアイテムを見せてもらいたいしな」
今後の予定を尋ねて来るヴァレリアにダークはしばらく生活する場所などについて話す。ヴァレリアは文句などは一切言わずに素直にダークの屋敷で暮らす事を承知した。
ヴァレリアがどんな研究場所を望み、何処に作ればよいかなどダークは何も知らないのでヴァレリアが町に来てから色々聞いて作ろうと考え、ダークは魔法薬を研究する場所を作らずにいたのだ。
馬車に積まれているヴァレリアの荷物などを騎士達が一つずつ降ろして地面に置いて行き、その様子をザムザスは静かに見守っていた。そんなザムザスにダークが近づき声を掛ける。
「ザムザス殿、ヴァレリアの荷物を降ろした後はどうされるご予定ですか?」
「ん? ああぁ、既に日も沈みかけておるので今晩はこの町の宿に泊まり、明日の朝に町を出ようと思っている」
「そうですが。では、こちらで宿屋の手配をしておきますので、そちらのお休みください」
「おおぉ、感謝しますぞ、ダーク殿」
宿の準備をしてくれるダークにザムザスは小さく笑いながら礼を言う。ダークはジェイクにザムザス達が泊まる宿屋を準備するよう伝え、ジェイクは宿屋を取る為に街の方へ走って行った。
全ての荷物が降ろされるとヴァレリアは魔法で荷物を宙に浮かせ、ダークはノワールにヴァレリアを屋敷へ案内するよう指示を出し、ノワールは言われた通りヴァレリアを連れて屋敷へと向かう。
ダークはザムザス達と共に宿屋を取りに行ったジェイクが戻って来るのを待ち、ジェイクが戻って来ると用意した宿屋の名前や道などを詳しく教え、ザムザス達が宿屋へ移動するのを確認してから屋敷へと戻った。
屋敷へ戻ると玄関の向こうから声が聞こえ、ダークとジェイクは何を話しているのだろうと気にしながら玄関に扉を開ける。中に入るとエントランスの中央でノワールが町に残っていたレジーナとマティーリアの二人と向かい合って話をしている姿があり、ノワールの後ろでは腕を組むヴァレリアが立っていた。ヴァレリアの後ろには彼女が持って来た沢山の荷物が置かれてある。
「お前達、何をしているんだ?」
ダークがノワール達に声を掛けるとノワール達は一斉にダークの方を向く。
「あ、お帰り、二人とも」
「遅かったのう?」
「ああ、ザムザス殿達に宿屋の用意をしていてな」
帰宅したダークは遅くなった理由を説明し、それを聞いたレジーナとマティーリアは納得の表情を浮かべた。
「それで、お前達は何を話していたんだ?」
「ハイ、帰っていたレジーナさんとマティーリアさんにヴァレリアさんの紹介をして、二人から何か町で異常はなかったか聞いていたんです」
何の話をしていたのかをノワールから聞き、ダークとジェイクは成る程、という反応を見せた。現在町を出ているアリシア以外の仲間にはヴァレリアの事を早めに紹介しておこうとダークは思っていたので、屋敷に着いてすぐにノワールがレジーナとマティーリアに紹介してくれたので手間が省けたと感じる。
「若殿、こ奴に魔法薬の調合をさせてその魔法薬を新国家の資金源にするのじゃな?」
「ああ、この町の中に彼女専用の研究所を建ててそこで調合や研究をしてもらうつもりだ」
「ほぉ~?」
マティーリアはチラッとヴァレリアの方を向き、目を細くしながら彼女を見つめる。ヴァレリアはまるで自分を軽く見るような視線を向けるマティーリアに気分を悪くしたのか小さくマティーリアを睨む。
「話ではあのザムザスに匹敵する実力を持つ魔法使いだと聞いていたが、まさかこんな小娘だとは思わなかったぞ?」
「……随分と失礼な娘だな? 私はこう見えても七十代なのだ。目上の人間に対して少し礼儀を学んだほうがいいぞ?」
「な、七十代ぃ!?」
レジーナはヴァレリアが見た目とは違いかなりの高年齢だと知って驚いた。
見た目が若くて長く生きているという事ではマティーリアが身近にいるのでそんなに驚くような事ではないと考えるだろう。だがそれはマティーリアが寿命が長いグランドドラゴンンが竜人となった存在だからだ。その為、初めてマティーリアの実年齢を知った時もレジーナはそんなに驚く事はなかった。だが、ヴァレリアは普通の人間なのに若い肉体を持っているのでマティーリアとは別の衝撃を受けて驚いたのだ。
驚いているレジーナの隣に立つマティーリアは驚く事なくヴァレリアを見つめて腕を組んだ。
「……フン、その言葉、そのままお主に返そう。妾はこう見えて二百年以上生きておるのじゃからな」
「に、二百だと!?」
マティーリアが何年生きて来たのかを知り、今度はヴァレリアがマティーリアを見て驚きの反応を見せた。レジーナは少し自慢するように語るマティーリアに視線を変えて苦笑いを浮かべる。話を聞いていたジェイクも同じように笑ってマティーリアを見ていた。
「まさか、お前も私と同じように魔法で若返った存在なのか?」
「ちょっと違うな、妾は元はグランドドラゴンだった。それが帝国の連中に捕まって魔法で竜人に変えられたのじゃ。そして若殿と出会い、色々あって仲間になったという訳じゃ」
「グ、グランドドラゴンの竜人、帝国がそんな事をしていたとは……いや、そんな事よりそのグランドドラゴンの竜人を仲間にしてしまうダークの方が凄い、と言うべきか」
驚きながらダークの方を向き、改めてダークの凄さを感じるヴァレリア。自分の主が偉大な魔女と言われているヴァレリアに驚かれている事が嬉しいのかノワール、レジーナ、ジェイクはダークの方を向いて笑った。
「……流石にアリシアはまだ戻って来ていないか」
周りから注目されている中、ダークはエントランスを見回しながらアリシアの姿が無い事を確認し呟いた。
「そりゃあそうよ。アリシア姉さんは昨日アルメニスに向かったんだもの、ダーク兄さんと互角に戦えるくらい強くなって戻って来るって言ってたんだから少なくともあと四日は掛かると思うわよ?」
「……フッ、確かにそうだ」
笑いながら話すレジーナの言葉にダークは小さく俯きながら言った。
(俺と互角に戦えるくらい強くなるって言ってたけど、アリシアのレベルは97で十分俺と互角に戦える強さなんだけどなぁ……まぁ、同じレベルになり、LMFのモンスターと戦ってその感覚を掴んでようやく俺と互角に戦えると思って特訓に行ったんだろう……)
アリシアのダークと互角に戦いたいと言う気持ちと真剣に特訓をするアリシアの強い意志にダークは感服し心の中でそっと呟くのだった。
「けどマスター、大丈夫でしょうか?」
黙っているダークにノワールは少し不安そうな顔で話しかけて来た。それを聞いたダークはノワールの方を向き、レジーナ達も一斉にノワールに視線を向ける。
「アリシアさんはアルメニスでマスターが暮らしていた屋敷の地下にある訓練場で特訓をしているのでしょう?」
「ああ、今のアリシアがレベルを上げたり技術を磨くにはあそこを使うしかないからな」
「でも、アリシアさんがレベルアップするとなるとかなり強力なモンスターを召喚する必要があります。アリシアさん一人で召喚される上級モンスターを倒せるかどうか……」
ノワールの話を聞いてレジーナやジェイク、マティーリアは目を鋭くする。ダークも黙ってノワールを見ていた。
アリシアがレベルを上げるにはダークが住んでいた屋敷の地下にある訓練場を使い、そこで召喚されるモンスターを倒して経験値を得るしかない。だが、あの訓練場で召喚されるモンスターは全てLMFのモンスター、この世界の住人であるアリシアにはLMFのモンスターに関する知識は一切無かった。
しかもアリシアがレベルアップするだけの経験値を得るにはレベル90代のモンスターを倒す必要がある。モンスターの知識も無く、自分とレベルの近いモンスターと戦ってアリシアが無事に戻って来れるのか、ノワールはそれを心配していたのだ。
ノワールが不安に思う理由を知ってレジーナ達も心配になり視線をダークに向ける。するとダークは腕を組み、ノワール達を見ながら声を出した。
「心配無い。アリシアには無茶をしないように忠告してあるし、彼女をサポートする為に鬼姫を同行させてある。最悪の結果にはならないさ」
落ち着いた態度を取りながらアリシアは大丈夫だと語るダークを見てノワール達の表情に少しだけ安心した様子を見せた。
訓練場にあるモンスターを召喚する装置はLMFの世界から来たダークとノワール、そしてLMFの知識を持つ存在しか扱えない。つまり、アリシアではモンスターを召喚するどころか装置を動かす事すらできないという事だ。だからダークはサモンピースで召喚した鬼姫に装置の操作とアリシアのサポートをさせる為、アリシアと共にアルメニスへ行かせた。
鬼姫はレベル70でアリシアがモンスターに押されて苦戦している時に彼女の代わりにモンスターを倒す事はできないが、鬼姫が持つ能力や魔法を使ってアリシアを援護する事はできる。鬼姫の力を借りれば敵を押し返して戦況を変える事も可能だ。
「私達はやるべき事をやりながらアリシアが帰ってくるのを待つ。そして彼女が戻って来たらすぐに戦いを始める。もうすぐ闘技場も完成するしな」
「フッ、確かにそうじゃな。心配したところで何かが変わる訳でもあるまいし、のんびりと待つとしよう」
ダークの考えに同意したマティーリアが小さく笑い、ノワール、レジーナ、ジェイクもアリシアが無事に帰ってくるのを信じて待つ事にした。
「……おい、さっきから何の話をしている?」
話の内容についていけてないヴァレリアがダーク達を見ながら尋ねる。ダーク達はヴァレリアの事を忘れていたのか、ヴァレリアの声を聞いて一斉にヴァレリアに視線を向けた。
「そのアリシアとは誰の事だ? 特訓だの闘技場だの、何を話している?」
「おっと、失礼。その事は後で詳しくはなそう……お前も私の協力者になってくれるのだしな」
ダークの言っている事の意味が分からずヴァレリアは小首を傾げた。
「とりあえず、荷物を部屋に置いてこい。その後で色々と話をする」
「それは別に構わないが、例のマジックアイテムを見せるという件も忘れるな?」
「分かった分かった。ノワール、彼女を部屋まで案内しろ」
「ハイ」
指示を受けてノワールはエントランスの階段を上って二階へ移動し、ヴァレリアも魔法で荷物を宙に浮かせ運びノワールの後をついて行く。
ヴァレリアが二階へ上がるのを確認したダーク達もそれぞれ自分の部屋へと戻って行った。