第百三十五話 ブラッドオーガとの戦い
声を上げながら棍棒を掲げるブラッドオーガ達、そして魔喰の剣を握るブルンゴを睨みながらヴァレリアは目の前にいるブラッドオーガ達をどうやって倒すか考える。ブルンゴ以外のブラッドオーガ達は普通の棍棒を持っているだけなので大した事はないが、魔法武器を持つブルンゴは違う。魔力を吸収する魔喰の剣を持っている為、油断する事はできない存在だった。
(奴の持つ剣が魔法の武器で魔法を吸収する事ができるのは分かった。だが、だからと言って全ての魔法が吸収できるとは限らない。さっきの様な下級魔法は吸収できても中級以上の魔法は吸収できない可能性がある……まだ、勝機はある!)
例え魔法使いにとって最悪な武器を持つ相手でも勝機がゼロという訳ではない。戦い方や使う魔法を変えれば勝つ事ができると感じたヴァレリアはゆっくりと両手を動かして魔法を発動させる準備に入る。ブルンゴや他のブラッドオーガ達はヴァレリアを見て魔法が効かないのが分からないのか、と小馬鹿にする様に笑い出した。
笑うブラッドオーガ達を見てヴァレリアは舌打ちをしながら強力な魔法を撃ち込んでやろうと両手に魔力を送る。すると隣にいたダークがヴァレリアの顔の前に手を出して彼女を止めた。目の前に出て来た手を見たヴァレリアは視線を手からダークに向ける。
「ヴァレリア、アンタは下がっていろ。コイツ等は私が相手をする」
「何?」
「魔法を無力化する魔法武器を所持する者が相手ではアンタには分が悪い。同じ剣を扱う私の方が適任だろう」
ブルンゴが相手では魔法使いのヴァレリアの方が不利だと感じ、自分が代わりに戦うと言い出すダーク。ザムザスも戦士系の職業を持つダークに任せた方がいいと感じ、真剣な表情でダークを見つめる。するとヴァレリアは鋭い目でダークを見つめ、目の前にあるダークの手を左手で下げて退かした。
「気遣いは無用だ。こんな雑魚、お前に頼らなくとも倒す事ができる」
「何?」
ダークに任せずこのまま自分が戦うと言い出すヴァレリアにダークは視線を向ける。ザムザスもヴァレリアの言葉に驚き目を見開いて彼女を見つめ、ノワールとジェイクも同じようにヴァレリアの方を見ていた。
「障壁を破り、魔法を吸収されたからと言って魔法使いが勝てないと決まった訳ではない。戦い方を変えれば魔法を無力化する者が相手でも勝てるはずだ」
「ヴァレリア、お前さん何を言っておる! 魔法が攻撃手段である魔法使いが魔法を無力化する武器を持つ相手に何の対策もせずに挑むなど自殺行為じゃ!」
ザムザスはヴァレリアを必死に止めようとするがヴァレリアはザムザスの言葉に耳を傾けずブルンゴをジッと睨みながら戦闘態勢に入る。
「ダーク、こ奴等は私一人で倒す。お前は下がっていろ」
「……分かった」
ヴァレリアに言い返す事なくダークは素直に指示に従い後ろに下がった。ザムザスはヴァレリアを止める事無く下がるダークを見て更に驚きの表情を浮かべる。
「ダーク殿、なぜヴァレリアを止めなかったのじゃ?」
ノワール達がいる所で下がったダークにザムザスはなぜヴァレリアにやらせたのか尋ねる。ダークは腕を組みながらヴァレリアとブラッドオーガ達を見つめて低い声を出す。
「彼女が戦いたいと言うのですから、戦わせてあげようと思っただけです」
「相手は魔法を吸収する魔法武器を持っているのじゃぞ? いくらヴァレリアでも魔法を無効化するアイテムを持つ者が相手では流石に厳しい」
「大丈夫ですよ、イザとなったら私が助けます」
少し興奮した口調で話すザムザスに対してダークは落ち着いた態度で喋る。十数体のブラッドオーガを前にしても余裕の態度を取るダークを見たザムザスは彼は何が起きてもヴァレリアは助ける自信があるのかと感じ、まばたきをしながらダークを見つめた。するとそんなザムザスの隣にノワールがやって来て笑顔でザムザスに声をかける。
「心配ないですよ、ザムザスさん。マスターや僕達がいる限り、ヴァレリアさんは絶対に死にません」
「ノ、ノワール君……」
ダークと同じように余裕の態度を取っているノワールにザムザスは複雑そうな表情を浮かべる。ダーク達が大丈夫だと言うのなら、彼等を信じて任せてみようと感じ、ザムザスはヴァレリアの戦いを静かに見守る事にした。
離れた所でダーク達が見守る中、ヴァレリアはブルンゴと睨み合っている。両手に魔力を送り、いつでも魔法が使えるようにしているヴァレリアと魔喰の剣を両手で握り中段構えを取るブルンゴ、どちらも険しい表情を浮かべて相手に殺気を向けていた。
「さて、始めるとしよう。その魔喰の剣とやらがどれほどの剣なのか、見せてもらうぞ?」
「ヘッ、馬鹿メ。二度トソンナ偉ソウナ態度ガ取レナイヨウ後悔サセテヤル!」
「やってみろ! 浮遊!」
ヴァレリアはレビテーションを発動させて空中に飛び上がり5mほどの高さまで上昇する。戦いでは制空権を取った方が有利になるので、ヴァレリアも空から攻撃を仕掛けようと考えたのだ。
「貴様ァ! 空ヲ飛ブナド卑怯ダゾォ!」
飛び上がるヴァレリアを見てブルンゴは魔喰の剣を浮いているヴァレリアに向ける。ブラッドオーガ達も声を揃えて騒ぎ出す。ヴァレリアは地上にいるブルンゴやブラッドオーガ達を見て呆れた表情を浮かべた。
「卑怯とは心外な、これは立派は戦術だ!」
ヴァレリアは地上にいるブラッドオーガ達を見下ろしながら両手をブルンゴに向けた。その直後、ヴァレリアの手の中に青い魔法陣が展開される。
「雹の連弾!」
魔法陣から無数の氷が飛び出してブルンゴに向かって行く。ブルンゴは魔喰の剣を横にして刀身を盾代わりにする。すると五つの赤い宝石が光り出し、氷は刀身の数cm手前で水と化してそのまま刀身に吸収された。
全ての氷が吸収されるとブルンゴは再びヴァレリアの魔法を無力化した事が愉快なのか大きく口を開けて笑い出す。一方でヴァレリアはまた魔法が吸収されたのを見て悔しそうな表情を浮かべていた。
(中級魔法も簡単に吸収するか……思ったよりも強力な剣みたいだな)
自分が予想していた以上に魔喰の剣の魔法を吸収する力が強いのを知ってヴァレリアは僅かに汗を流しながらブルンゴを見下ろした。
(正面からの魔法を撃っても全てあの剣に吸収されてしまう。なら、側面や背後から魔法を放てば剣で防がれる事も無く、魔法を当てる事ができるはずだ)
魔喰の剣で防がれない方角から攻撃をすればブルンゴにダメージを与える事ができると考えたヴァレリアは空中を回る様に飛んでブルンゴの死角に回り込もうとする。だが、ブルンゴも死角を取らせないようにする為、飛んでいるヴァレリアを目で追いながら体の向きを変えて隙を見せないようにした。
ヴァレリアは空中を移動しながら火球や雷の矢を放ってブルンゴに攻撃し、ブルンゴはその魔法を魔喰の剣で吸収して防いでいく。だが、もの凄い速さで空を飛びながら魔法を放つヴァレリアの攻撃を連続で防ぐのはかなり大変らしく、ブルンゴの表情から徐々に余裕が無くなっていった。
必死になって魔法を防ぐブルンゴを見てヴァレリアはブルンゴが少し焦っている事に気付く。このまま空中を飛び回りながら攻撃すればいつかは必ず命中すると確信し、ヴァレリアは飛行速度を上げて攻撃を続けた。
「クソォ、チョコマカト飛ビ回リヤガッテ!」
ブルンゴは魔法を防ぎながら頭上を飛ぶヴァレリアを鬱陶しく思う。魔法を防ぐ事ができてもヴァレリアは空を飛んでいるので自分の攻撃も届かない。その為、ブルンゴはヴァレリアに対して余計に腹を立てていた。
「コノママダトイツカハコッチガヘバッテ魔女ノ魔法ヲクラッチマウ……ダッタラ」
魔法を防ぎながらブルンゴは近くで控えている部下のブラッドオーガの方を見た。そして何かしらの合図を送ると再びヴァレリアの魔法を防ぐ事に集中する。
ヴァレリアはブルンゴの隙を伺いながら空から下級魔法や中級魔法を放ち続ける。そしてブルンゴの動きが少しずつ鈍くなってきている事に気付き、もうすぐ攻撃を当てるチャンスが来ると感じた。
(防御し続けたから奴にも疲れが出始めて来ている。このまま攻撃を続けて奴に隙ができたら強力な上級魔法を撃ち込んで終わらせてやる)
ヴァレリアは心の中で呟きながら魔法で攻撃を続け、ブルンゴに隙ができるのを待つ。
ノワールとの手合わせの最中にブルンゴとの戦闘という連戦状態であったがヴァレリアにはまだ十分魔力が残っている為、連続で魔法を撃つ事ができた。だが、上級魔法を使うと一気に魔力を失ってしまうので確実に魔法を当てられる状況になるまでは下級魔法と中級魔法だけでブルンゴに攻撃し続けているのだ。
しばらく魔法を放ち続けていると、ヴァレリアは遂にブルンゴの背後、魔喰の剣で防御できない位置に回り込んだ。
「よし、ここだっ!」
ヴァレリアは確実に攻撃を当てる為に空中で停止し、両手をブルンゴの背後に向けて上級魔法を撃ち込もうとする。ヴァレリアの位置とブルンゴの向いている方角を考えれば振り返って魔喰の剣で防ごうとしても間に合わない。ヴァレリアはこの一撃でブルンゴを倒したと確信する。
だが次の瞬間、突如ヴァレリアの真下からサッカーボールくらいの大きさの岩が飛んで来てヴァレリアの右大腿部に命中した。
「うああぁっ!?」
突如大腿部から伝わる痛みにヴァレリアは声を漏らす。戦いを見守っていたダーク達もヴァレリアが足に岩を受けた光景を見て驚く。
ヴァレリアが岩が飛んで来た方を見ると、そこには岩を持って自分を見上げているブラッドオーガ達の姿があった。そう、先程飛んで来た岩はブラッドオーガ達が妨害する為に投げてきた物だったのだ。
ブラッドオーガ達はヴァレリアに向かって持っている岩を投げつける。ヴァレリアは空中を移動してブラッドオーガ達が投げて来る無数の岩を回避した。
「お、お前達、邪魔をするな!」
ヴァレリアを岩を投げて来るブラッドオーガ達を大人しくさせる為に魔法を放とうとした。だが大腿部の痛みが酷く魔法を発動させる事に集中できない。そんな中、また別の岩が飛んで来て今度はヴァレリアな胴体に命中してしまう。
体に岩を受けたヴァレリアは態勢を崩しそのまま地上へ落下する。そして勢いよく地面に叩きつけられた。
「ヴァレリア!」
ザムザスはヴァレリアが落下したのを見て思わず名を叫ぶ。ダーク達も叫ばなかったが驚いた様子でヴァレリアを見ていた。一方でブラッドオーガ達はヴァレリアが落ちた光景を目にし、歓喜の声を上げている。ブルンゴも笑いながら倒れているヴァレリアを見下ろした。
「ガハハハハッ、無様ナ姿ダナ?」
「お、お前……」
ヴァレリアは倒れたまま目の前に立つブルンゴを睨み付けた。口からは僅かに吐血しており、岩が当たった箇所は赤くなっている。ダメージが大きいのかヴァレリアは立ち上がる事ができなかった。
ブルンゴは倒れたまま僅かに震えているヴァレリアを見た後、後ろで騒いでいるブラッドオーガ達の方を向いた。
「オ前達、ヨクヤッタゾ」
「な、何? ま、まさか、さっきの投石は……お前が指示したのか……?」
「アア、ソウダ。俺様一人ニ集中シテ部下達ノ事ヲ忘レテイタノハ失敗ダッタナ?」
「ひ、卑怯だぞ、これは……私とお前の勝負のはずだ……」
「卑怯ダト? 何時コノ勝負ガ俺様トオ前ノ一騎打チダト言ッタ? ソモソモ敵ガ卑怯ナ手ヲ使ワナイト思イ込ンデイタ、オ前ガ馬鹿ナンダロウガ」
自分のやった事を棚に上げて開き直るブルンゴに対しヴァレリアは激しい怒りを感じる。だが同時にブラッドオーガ達が姑息な手を使ってこないだろうと油断していた自分を情けなく思っていた。
ブルンゴは立ち上がる事のできないヴァレリアに近づき、魔喰の剣をゆっくりと振り上げて止めを刺そうとする。
「コレデ終ワリダ。オ前ガ死ンダ後ニソノ体ハ俺様達ガ綺麗ニ食ッテヤル。アト、オ前ノ仲間達モナ」
「クッ……」
逃げる事ができず、ヴァレリアは覚悟を決めて目を閉じる。ザムザスは魔法でブルンゴを攻撃してヴァレリアを助けようとするがとても間に合わなかった。
ブルンゴは勝利の笑みを浮かべながら勢いよく魔喰の剣を振り下ろす。ヴァレリアが覚悟を決め、ザムザスがもうダメだと思った瞬間、広場に高い金属音が響く。金属音を聞いたヴァレリアはゆっくりと目を開けると、倒れている自分とブルンゴの間に振り下ろされた魔喰の剣の刀身を左手で掴んで止めているダークの姿があり、それを見たヴァレリアは驚きの表情を浮かべた。
ザムザスは一瞬にしてヴァレリアとブルンゴの所に移動して振り下ろしを止めたダークに驚いて目を見開く。ブルンゴも自分の攻撃を片手で止めたダークを見て僅かに驚き、ブラッドオーガ達もダークを見て黙り込んでいる。
「……まったく、正々堂々と一人で戦ったヴァレリアに平気で姑息な手を使うとは……まぁ、所詮はオーガ、戦士としての誇りなど持っていないか」
「お、お前……」
低い声で呟くダークを見ながらヴァレリアは戸惑った様な声を漏らす。すると、突然ヴァレリアの体が浮かび上がり、驚いたヴァレリアが周囲を確認すると視界に自分を抱き上げるノワールの姿が飛び込んできた。
「大丈夫ですか?」
「ノ、ノワール?」
「後はマスターに任せて、傷の手当てをしましょう」
ノワールは笑いながらそう言ってヴァレリアをジェイクとザムザスがいる所まで運んで行く。ヴァレリアは小さな体で自分を持ち上げるノワールの力に驚きながら運ばれていった。
ヴァレリアが離れたのを確認したダークは視線をブルンゴに向け、掴んでいた魔喰の剣の刀身を離す。ダークが刀身を離すとブルンゴは剣を引いて目の前に立つダークを睨み付けた。
「何ダオ前ハ、俺様ノ邪魔ヲスル気カ?」
「彼女は私の協力者になる人だからな。殺してもらっては困る」
「協力者? 何ヲ言ッテイルカ分カランガ、俺様ノ邪魔ヲスル気ナラオ前カラ先ニ殺スゾ」
「できもしない事を自信満々に言わない方がいいぞ? できなかった時に大恥を掻くからな」
「何ダトォ!」
ダークの挑発にブルンゴは怒号の声を上げる。ダークは両手を腰に当てながら殺意を向けるブルンゴの顔を黙って見つめた。
「貴様、ドンナ手ヲ使ッタカハ知ラナイガ、俺様ノ振リ下ロシヲ止メタカラッテ調子ニ乗ルンジャナイゾ!」
「調子に乗っているのはお前だろう。部下の手を借りてヴァレリアを戦闘不能にしたくせに自分がヴァレリアを倒したの様な口を利いているのだからな」
「黙レェ! 戦イハ結果ガ全テダ。ドンナ事ヲシテモ勝テバイインダァ!」
「……やれやれ、本当に救いようのない木偶の坊だな」
ブルンゴの言葉にダークは俯きながら首を横に振る。やはりオーガの様な低能なモンスターには誇りや正々堂々と戦おうと言う意思は無いのだとダークは哀れんだ。
離れた所ではノワール達が睨み合っているダークとブルンゴを見ている姿があった。無表情でダークの背中を見ているノワールの後ろではジェイクとザムザスがヴァレリアの隣に立ってダークを見守っている。ヴァレリアはジェイクが持っていたポーションを使って傷を治したが、疲れは残っているらしくその場に座り込んでいた。
「おい、アイツは大丈夫なのか?」
ヴァレリアはダークの事を心配しているのか少し不安そうな表情を浮かべながら前に立っているノワールに尋ねる。するとノワールは前を向いたまま口を開いた。
「大丈夫ですよ。マスターなら後ろに控えている雑魚達も含めてすぐに奴を倒してくれます」
振り返らずにノワールはヴァレリアの質問に答える。前を向いていてヴァレリアにはノワールの顔は見えないが、彼は無表情のままダークとブラッドオーガ達を見ていた。ノワールはダークがブラッドオーガと戦っても苦戦する事無く楽に勝つと分かっている。既に結果が見えているつまらない戦いなのでノワールは笑顔も呆れ顔を浮かべずに無表情で見ていたのだ。
ノワールの返事を聞いたヴァレリアは耳を疑う。ブラッドオーガは中級のモンスターで一体なら苦戦する事はないだろうが、今戦おうとしているのは魔法武器を持つブラッドオーガのボスと部下のブラッドオーガ十数体、その全てにダークが一人で相手をし、すぐに倒すと言うノワールにヴァレリアは驚きを隠せなかった。
「すぐに倒すって、できる訳ないだろう! 魔法を使う私ですら勝てなかったのだぞ!? 同じ武器を使う者同士なら人間よりも力の強いオーガの方が有利だ。 更に言えば、ブラッドオーガの平均レベルは43、それが十数体いるのだぞ? 仮にアイツが英雄級の実力者だとしても一対一ならともかく、一人で十数体のブラッドオーガと戦うなど危険すぎる。せめてお前も共に戦うべきだ!」
ヴァレリアはダーク一人では勝ち目は無いと考えてノワールに加勢するよう伝える。先程の手合わせで自分と互角に戦う事ができたノワールがダークに力を貸せば勝てるかもしれないと感じているらしい。
力の入った声でノワールに共に戦うよう話すヴァレリア。するとヴァレリアの隣に立っているジェイクがポンポンと帽子の上からヴァレリアの頭を軽く叩いた。
「落ち着けよ、婆さん。年なんだから熱くなると体に悪いぜ?」
ダークを見ながら笑って話すジェイクをヴァレリアは鋭い目で睨み付けた。別に若い肉体を持つ自分を年寄り扱いした事や目上の存在である自分の頭を子供をあやす様に叩いた事に怒っている訳ではない。ノワールと同じようにダークに加勢せず呑気に戦いを見ている事に苛ついていたのだ。
「何を呑気な事を言っている! お前もダークの仲間なら助けに行ったらどうなんだ!?」
「……心配ねぇってノワールが言っただろう?」
ジェイクは笑顔を真剣な表情に変えながら低い声を出し、それを聞いたヴァレリアは一瞬驚きの表情を浮かべて黙った。
「アンタは兄貴の力を知らねぇからそう言うんだよ」
「アイツの力?」
「いい機会だからその目で見ておくといいぜ? アンタのご主人様になる男の力をな」
そう言ってジェイクはヴァレリアの頭の上に乗せている手を退かして腕を組む。ヴァレリアはジェイクを見た後に黙ってダークの方を向く。ザムザスもジェイクとヴァレリアの会話を聞き、ヴァレリアと同じようにダークの戦いを見守る事にした。
ノワール達が見守っている中、ダークとブルンゴはそれぞれ目の前に立っている敵と向かい合っていた。ダークは両手を腰に当てたままブルンゴを見上げており、そんなダークをブルンゴは奥歯を噛みしめながら睨んでいる。
「貴様、ドウヤラ本当ニ死ニタイヨウダナ……ダッタラ望ミ通リ殺シテヤル! タダシ、俺様ヲ侮辱シタンダ、楽ニ死ネルト思ウナヨ?」
「……さっきも言わなかったか? できもしない事を自信満々に言うと後で恥を掻くぞ?」
「キィッ、貴様アアアァッ!」
再び挑発して来たダークにブルンゴは魔喰の剣を両手で握り、勢いよくダークの頭上に振り下ろした。ダークは真上から剣が迫って来ているのにその場を動かずにブルンゴを見上げている。
ヴァレリアとザムザスは真っ二つにされると感じながら目を見開いてダークを見つめた。だが次の瞬間、驚くべき現象が起きる。魔喰の剣がダークの頭部に触れる瞬間、剣は高い金属音の様な音を立て、何かに弾かれたかの様に大きく後ろへ押し戻された。その現象に戦いを見ていたヴァレリアとザムザス、そして攻撃をしたブルンゴは驚きの表情を浮かべる。
「な、何だ今のは?」
「分からん、奴の大剣がダーク殿に触れる瞬間、大剣が大きく後ろへ弾かれた様に見えたが……」
ヴァレリアとザムザスは何が起きたのかサッパリ分からずに呆然とする。ノワールは無表情のまま戦いを見ており、ジェイクはニヤリと楽しそうな笑みを浮かべた。
ブルンゴは何が起きたのか分からずに自分の剣を見つめる。剣に異常が無い事を確認するとブルンゴは再びダークに切りかかった。だが、ブルンゴの攻撃はまた見えない何かに止められ、ダークに傷を負わせる事もできずに弾き飛ばされる。ダークは腰に当てている両手を動かし、腕を組んでブルンゴをジッと見つめた。
「何ダ、ドウナッテイルンダ?」
意味が分からずにブルンゴはダークに攻撃を続ける。しかし、何度やっても結果は同じで剣はダークの数cm手前で見えない物に弾かれ、掠り傷すら負わせる事ができなかった。
しばらく攻撃した後、ブルンゴはダークへの攻撃をやめる。連続で、しかも全力で攻撃し続けた為、ブルンゴの顔には疲れが出ていた。ブルンゴは息を切らしながら魔喰の剣を握り、余裕の態度を取っているダークを睨む。
「キ、貴様、一体ドウイウ事ダ!?」
「どういう事とは?」
「何故俺様ノ攻撃ガ当タラナイ!?」
ブルンゴはダークを指差しながら声を上げ、そんなブルンゴの怒鳴り声をダークは黙って聞いている。
最初、ブルンゴはダークに攻撃が届かないのは魔法の障壁に守られているからだと思っていた。だから魔喰の剣で何度も攻撃をしていればダークにいつかは攻撃が当たると思い連続で攻撃をしていたのだ。
だが、いくら攻撃してもダークに攻撃は届かず、障壁らしき見えない何かも壊れない。それを知ったブルンゴはダークに攻撃が届かないのは魔法のせいではないと気付き、ダークに質問して来たのだ。
「魔喰ノ剣デ壊レナイト言ウ事ハ魔法ノ障壁デハナイ何カガ貴様ヲ守ッテイルトイウ事ダ。貴様ヲ守ッテイルソノ見エナイ物ハ何ダ!?」
「……自分の力の秘密を素直に敵に教えると思うか? 戦いながら敵の強さや能力を理解しその対処方法を見つける。それが戦士としての常識だと私は思っているが?」
くだらない質問をして来るブルンゴにダークは呆れた様な口調で答える。それを聞いたブルンゴは苛立ちと悔しさから低い声を出す。
ブルンゴの攻撃がダークに当たらないのはダークが<物理攻撃無効Ⅲ>と言う技術を装備しているからである。この技術は装備しているプレイヤーのレベルより低いレベルの敵からの物理攻撃を全て無効化する効果があり、ダークのレベルであればレベル70以下の敵の攻撃を全て無効化する事が可能だ。平均レベル43のブラッドオーガ達ではダークにダメージを与えるどころか、攻撃を当てる事すらできない。
「さて、そちらの攻撃は終わったようだし、今度は私が攻撃させてもらおう」
そう言ってダークは腕を組むのをやめて足の位置を僅かに動かす。ブルンゴはそんなダークを見ると後ろに下がり、魔喰の剣を構えようとする。しかし、ブルンゴが構える前にダークの方が先に動いた。
「自惚れた無知な赤い人食い鬼よ、断罪の始まりだ」
ダークは目を赤く光らせてそう言った瞬間、地面を強く蹴ってブルンゴの顔の前まで跳んだ。ブルンゴはいきなり自分の目の前まで移動したダークに驚き愕然とする。そんな驚くブルンゴの顔にダークは右フックを打ち込んだ。
顔を殴られたブルンゴは痛みに声を上げながら飛ばされ、地面を擦りながら仰向けに倒れる。体の大きなブルンゴが殴り飛ばされた光景を見てブラッドオーガ達は驚いて声を漏らし、ヴァレリアとザムザスは驚愕の表情を浮かべた。
右フックを打ち込んだダークは地面に下り立ち、倒れているブルンゴの方へ歩いて行く。ブルンゴは殴られた箇所を手で押さえながら起き上がり、近づいて来るダークを見て目を見開く。
「ナ、何ナンダコノ力ハ? 俺様ガ殴リ飛バサレルナンテ……オ、オ前、人間ナノカ?」
「失礼な奴だな、人間に決まっているだろう」
自分の事を化け物の様に見ているブルンゴにダークは低い声を出す。ブルンゴの前まで来るとダークは倒れているブルンゴの片足を両手で掴むと勢いよく振り回した。自分よりも遥かに大きな体を持つブルンゴを難なく振り回すダークの姿を見てノワールとジェイク以外の広場にいる者達は愕然とする。
周りにいる者達から驚かれている中、ダークは振り回しているブルンゴをブラッドオーガ達が固まっている所へ向かって投げた。ブルンゴは真っ直ぐブラッドオーガ達の方へ飛んで行き、ブラッドオーガ達は飛んで来るブルンゴの巨体を見て慌ててその場から移動する。ブルンゴの体はブラッドオーガ達が固まっていた所に落とされ、再び仰向けの状態で倒れた。
「グ、グウウウゥ、コ、コンナ事ガ、俺様ガアンナ小サナ奴ニ投ゲ飛バサレルナンテ……」
ダークに投げ飛ばされた事が信じられないブルンゴは倒れたままブツブツと呟いている。すると、倒れているブルンゴの上空からダークが勢いよく下りて来てブルンゴの腹部を踏みつけた。
「グオオォッ!?」
腹部から伝わる衝撃と痛みにブルンゴは声を上げながら吐血する。ダークはブルンゴを踏みつけると腹の上でジャンプをしてブルンゴの上から下りた。
ブルンゴは腹部を抑え、震えながら起き上がりダークを見る。その顔からは明らかにダークに対する恐怖が見られた。
「何だ、パンチと踏み付けだけでもう戦意喪失か? 情けない奴だな、よくその程度の力でブラッドオーガ達のボスを名乗る事ができたものだ」
「グ、グウウゥ……オ、オ前等、何ヲシテイル!? コイツヲ囲ンデ袋叩キニシロォ!」
一対一では勝ち目がないと感じたブルンゴはヴァレリアと戦った時と同じように部下のブラッドオーガ達に指示を出す。ブラッドオーガ達はダークの異常な力に少し怯えていたが、大勢で戦えば勝てると感じたらしく一斉にダークを取り囲む。
ダークはブルンゴがブラッドオーガ達に指示を出して自分を襲わせる事を予想していた為、囲まれても一切動揺を見せなかった。ダークは自分を囲む様に立っている数体のブラッドオーガをチラチラと見て立ち位置を確認する。
「……取り囲めば私に勝てると思っているのか?」
ブルンゴを追い詰めているのを目にしながら自分達に勝ち目があると考えて取り囲むブラッドオーガ達を見てダークは哀れむよな声を出し、背負っている大剣を素早く抜いて大きく横に振りながら一回転した。回転したダークは大剣を再び背中にゆっくりと収める。その直後、ダークを取り囲んでいる数体のブラッドオーガは胴体から真っ二つにされて一斉にその場に倒れた。
大剣を一回振っただけでブラッドオーガを数体倒してしまったダークにヴァレリアとザムザスは目を丸くしている。そしてブルンゴと残っているブラッドオーガ達はダークが仲間を切り捨てる光景を目にし震えていた。
「さて、次はどうする? まだ部下は残っているようだし、再び私を取り囲むか?」
「ウウッ! オ、オ前等、殺レェ!」
ブルンゴは振り返って残っているブラッドオーガ達にダークを襲うよう指示を出す。だがブラッドオーガ達はブルンゴの命令を聞かずに震えている。仲間が殺されたのを目にしてようやくダークが自分達の敵う相手じゃないと気付いたようだ。
ダークが震えているブラッドオーガ達を見て目を赤く光らせるとブラッドオーガ達は恐怖に呑まれ、一斉にダークに背を向けて広場の出入口に向かって走り出した。
「マ、待テ! 俺様ヲ置イテ行ク気カァ!?」
自分を残して走り出すブラッドオーガ達をブルンゴは呼び止めるがブラッドオーガ達は振り返る事なく全員広場から逃げ去ってしまった。
一人残されたブルンゴは愕然としながら固まる。自分も逃げ出したいと思っているがダークに踏みつけられた腹部の痛みが酷くて立ち上がる事ができない。そんな部下に置いていかれたブルンゴをノワール達は哀れに思いながら見ていた。
「部下にアッサリと見捨てられるとは、お前達の絆などその程度か」
背後から聞こえるダークの声にブルンゴは反応し慌てて振り返る。ダークは座り込んでいるブルンゴの前に立っており、その姿を目にしたブルンゴは汗を流しながら震えていた。
「部下に簡単に見捨てられるような哀れな奴とこれ以上戦う気は無い。次の一撃で終わらせてやろう」
「マ、待ッテクレ! オ前ノ望ミハ何ダ? 俺様ヲ見逃シテクレルノナラ、何デモ望ミヲ叶エテヤルゾ」
「……ハァ、ここまで情けない奴だとはな」
命乞いをするブルンゴを見てダークは溜め息をつく。そして右手を強く握って自分の顔の前まで持って来た。
「……なあ、剣を持っているのになぜ私が剣を使わずに素手でお前と戦ったか分かるか?」
突然質問して来たダークにブルンゴは訳が分からずに呆然としながらダークを見ている。何も言わないブルンゴをしばらく見ていたダークは小さく溜め息をついてブルンゴの顔の高さまでジャンプした。
「お前が、剣を使って倒す価値もないクズ野郎だからさ」
目を赤く光らせながら低い声でそう言ったダークはブルンゴの顔に右ストレートを打つ。ダークの拳がブルンゴの顔に触れた瞬間、まるで爆弾で吹き飛ばされたかのようにブルンゴの頭部は粉砕される。頭部を失ったブルンゴの胴体はゆっくりと後ろに倒れ、広場に轟音を響かせた。
頭部を失ったブルンゴの死体をダークが見つめていると背後から足音が聞こえ、ダークはゆっくりと振り返る。そこには並んで歩いて来るノワールとジェイクの姿があった。
「お疲れ様でした、マスター」
「久しぶりに見たぜ、兄貴が本気で戦うところ」
「あんなのは本気に入らん。少しだけ力を入れて戦っただけだ」
ダークの言葉にジェイクは大きく口を開けて笑い、ノワールも小さく笑いながらダークを見上げていた。
笑っている二人を見たダークはヴァレリアとザムザスの方を見る。遠くにある石台の前では座り込んでいるヴァレリアとその隣に立っているザムザスの姿があり、二人ともダークの戦いを目にして呆然としていた。
「お二人とも、マスターの戦いを見てあんな状態になっちゃいました」
「ウム、二人には少し刺激が強すぎたか?」
「さ、さぁ?」
ノワールはダークを見上げながら苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、戦いが終わった事を二人に知らせに行こうぜ?」
「ああ、そうだな」
ジェイクに言われてダークはヴァレリアとザムザスの下へ向かう。ノワールとジェイクもダークの後をついて行った。
その後、ダークはヴァレリアとザムザスからその異常な強さについて色々と質問され、言葉に詰まりながら特殊なマジックアイテムなどを使ったなどと説明して二人を納得させた。