第百三十四話 一流魔導士の戦い
石台の上に立って向かい合うノワールとヴァレリアをダーク、ジェイク、ザムザスは石台の外から眺めている。三人は石塔によって張られている障壁の外側に立っている為、ノワールとヴァレリアの魔法の被害を受ける事はない。だからダーク達は緊張した様子を見せずに二人を見ていた。
「いよいよだな、兄貴?」
「ああ」
「どうなると思う?」
ジェイクはダークの方を向きながらどんな戦いになるか尋ねた。ダークは前を見ながら腕を組み、左隣にいるジェイクの質問に耳を傾けている。
「結果は当然ノワールの勝ちだろう。彼女がこの国でも一二を争う実力者であったとしても、ノワールには勝てん」
「やっぱり兄貴もそう思うか?」
「無論だ」
目を薄っすらと赤く光らせながらダークは少し楽しそうな口調で呟く。それを聞いたジェイクは二ッと笑った後に石台の上にいるヴァレリアの方を向き、心の中でせいぜい頑張りなよとヴァレリアを応援した。
ヴァレリアから手合わせを申し込まれた時、ダークは最初、自分が戦ってもいいと思っていた。だが、折角セルメティア王国の一流魔導士と戦うのだから、同じ魔法使いのノワールと戦わせてヴァレリアがどれほど強いのか確かめてみようと思い、ノワールを戦わせたのだ。
勿論、ダーク自身がヴァレリアに勝てないからノワールに戦わせた訳ではない。魔法使い同時の方がヴァレリアの強さを確かめやすいと思ったからである。
ジェイクが話しているダークの右隣ではザムザスが真剣な表情でヴァレリアと向かい合うノワールを見ている。ノワールがどんな戦術でヴァレリアと戦うのか、そしてノワールはどれほど強いのかザムザスは二人が石台に上がった時からずっとその事を考えていた。
(ノワール君、君は一体どれ程の力を持っておるのじゃ? ヴァレリアに勝つ自信があると言うのか?)
ザムザスは自分と互角の力を持つと言われているヴァレリアと魔法で勝負するノワールを見てダーク達とは逆に勝てるのかと心配していた。
コレットが暗殺者に命を狙われた時に幼くして彼女を救ったノワールが並の魔法使いではない事は知っている。だが、英雄級の実力を持ち、セルメティア王国の主席魔導士である自分に匹敵する実力を持つヴァレリアに勝てるとは思っていないようで、ノワールがこの戦いで怪我をするのではと不安を感じていた。
「ザムザス殿?」
ノワールの事を心配しているザムザスにダークがそっと声をかける。声をかけられたザムザスはフッと反応して隣に立つダークの方を向いた。
「あ、ああぁ、何かな?」
「さっきからずっと黙り込んでいますが、気分でも悪いのですか?」
「い、いや、そういう訳ではない。お気遣い感謝する」
苦笑いを浮かべながら軽く首を横に振るザムザスを見てダークはそれならいいが、と言いたそうな反応を見せながら視線を石台の方へ向ける。ザムザスも再び石台の方を向いてノワールとヴァレリアを見つめた。
「ザムザス殿」
「何かな?」
石台を見つめているとダークが突然声をかけて来たのでザムザスはチラッとダークの方を向いて返事をする。するとダークもザムザスの方を見ながら低い声を出した。
「ザムザス殿はノワールの事をどのくらい知っておられるのですか?」
「ノワール君の事を?」
「ええ」
突然ノワールの事をどれくらい理解しているのかと訊かれてザムザスは不思議そうな表情を浮かべる。なぜダークがそんな事を尋ねてきたのかは知らないが、とりあえず自分が知っている範囲の事を話す事にした。
「子供でありながら上級魔法を扱い、エルギス教国との戦争では多くの敵を倒して我が国を勝利へ導いたダーク殿が最も信頼する魔法使いだと聞いている」
「ほお?」
「あと、正体は黒い子竜でダーク殿の使い魔であるとコレット殿下からお聞きしました」
「そこまでご存知でしたか」
ザムザスがノワールの正体を知っている事を知ってダークは少し意外そうな声を出す。ジェイクも二人の会話を聞いて少し驚いた顔をしていた。
ダークの記憶ではセルメティア王国の人間でノワールの正体が子竜である事を知っているのはダークの協力者であるアリシア達を除いてはコレットとマーディング、そしてコレットの侍女であるシルヴァとメノルの姉妹のみ。もしザムザスがノワールの正体を誰から聞いたのか話さなかったとしても、王城にいるコレットかバトルメイドの姉妹の誰かから聞いたのだとダークはすぐに気付いただろう。
別にノワールの正体が知られてもダークにとって都合の悪い事ではなかった。以前の様に目立たないようにするのであれば問題はあったが、ダークの強さや凄さが知れ渡った今となってはノワールの正体がバレる事など大した問題ではない。
「ただ、儂はノワール君の正体は知っておるが、彼が魔法使いとしてどれ程の実力を持っているのは分かっていない。何しろ彼が戦っている姿を一度も見た事が無いのでな」
「成る程、それならいい機会ですからその目でノワールの実力をご覧になってください」
「ウ、ウム、そうじゃな……」
落ち着いた態度でノワールの戦いを見学するよう話すダークは視線を石台に向けて腕を組む。そんなダークを見てザムザスは軽く頷きながら返事をした。
「……ダーク殿、ノワール君は一体どれ程の魔法を使う事ができるのだ?」
「それは今から始まる戦いを見ていれば分かりますよ」
詳しい事は一切話さずに石台を見つめながら静かに語るダークを見た後、ザムザスは軽く息を吐いてから石台に視線を戻し、黙ってノワールとヴァレリアの戦いを見守る事にした。
ダーク達が会話をしている間、石台の上ではノワールとヴァレリアが向かい合っている。二人が立っている石台は縦横15mほどの広さを持つ正方形の台で一対一なら十分戦える広さだった。ノワールとヴァレリアはダーク達の会話が聞こえていないのか彼等の方を見る事なく相手をジッと見つめていた。
(……ザムザスが英雄と言うあの黒騎士が連れていた少年、見た目は普通の少年だが、こ奴からは強い魔力を感じる。どうやら只者ではなさそうだな)
ヴァレリアは目の前で杖を構えるノワールを分析し、普通の人間ではないと感じ取る。頭についている二本の角、そして子供とは思えない戦い慣れている構え方と顔つきを見てヴァレリアの表情が鋭くなった。
(あのジェイクと言う男の言う通り、こ奴が一流の魔法使いであるのなら、油断せずに戦った方がいいだろう……だが、敵対している者の言葉を全て信じるほど私は愚かではない。まずは様子見をしながら戦力を測る)
ジェイクの言った言葉を鵜呑みにせず、自分の目と感覚で確かめようと考えたヴァレリアは素早く構えを変える。それを見たノワールは黙ってヴァレリアが動き出すのを待った。
「魔法攻撃強化! 魔法防御強化! 移動速度強化!」
ヴァレリアは補助魔法を連続で発動させ、魔法攻撃力、魔法防御力、移動速度を強化する。ノワールは魔法で自信を強化するヴァレリアを見て攻撃して来ると感じ、足の位置を少しだけ動かしていつでも移動できるようにした。
「火炎弾! 聖光球!」
魔法による強化が済むとヴァレリアは両手をノワールに向け、右手から火球、左手から白い光球を放ちノワールを攻撃した。
<聖光球>は光属性の中級魔法の一つで光球の強化版。光属性の中でも数少ない攻撃魔法の一つで消費するMPも少なく使い勝手のよい魔法の一つ。更に光属性である為、敵がアンデッド族や悪魔族のモンスターならダメージは更に大きくなる。
ノワールは飛んで来る火球と光球を見て素早く右へ跳んで二つの魔法を回避する。かわされた火球と光球は石台を囲んでいる障壁に触れて消滅した。
「暴風の刃!」
魔法をかわしたノワールは素早くヴァレリアに杖を向けて反撃の魔法を発動させた。杖の先から放たれた真空波や真っ直ぐヴァレリアに向かって飛んで行き、ヴァレリアに迫っていく。だがヴァレリアは驚く事なく落ち着いた様子で向かってくる真空波の方を向いた。
「風の壁!」
ヴァレリアの前に風の壁が現れてノワールが放った真空波を防いだ。真空波が消えると風の壁も掻き消される様に消滅した。
<風の壁>は風の壁を作り出す風属性の中級魔法で土属性以外の魔法や物理攻撃を防ぐ事ができる。風属性の魔法を習得できる職業を持つ者なら必ず習得するだろうと言われている防御魔法だ。
攻撃を防いだヴァレリアは構え直して離れた所に立っているノワールを睨む。ノワールは杖を構えながら自分を睨んでいるヴァレリアをジッと見つめていた。
「私の最初の攻撃を難なくかわして反撃までしてきた……やはり只の子供ではなかったか」
ヴァレリアはノワールを見つめながら周りに聞こえないくらい小さな声で呟いた。
先程の戦闘はノワールがどれほどの力を持っているのかを確認する為の攻撃。ヴァレリアは今の戦闘でノワールが中級魔法を使える事、自分の魔法を回避する事ができるくらいの体力を持っている事を知る事ができたので、攻撃を当てる事ができなくても十分だった。
「これならもう少し力を出して戦っても大丈夫だろう」
呟きながらヴァレリアは両手をノワールの方に向け、手の中に青い魔法陣を展開させる。
「雹の連弾!」
ヴァレリアが叫ぶと青い魔法陣の中から無数の小さな氷がもの凄い勢いで放たれてノワールに向かって行く。ノワールは攻撃して来たヴァレリアを見て僅かに目を鋭くする。
「次元歩行!」
氷が当たる直前にノワールの姿が消え、氷はノワールに当たる事無く飛んで行った先の障壁に当たり消滅した。
ヴァレリアは消えたノワールに一瞬驚くがすぐに鋭い表情を浮かべて周囲を警戒した。すると背後から気配を感じ、ヴァレリアは素早く振り返る。そこには数m離れた所で杖を構えるノワールの姿があった。
「火炎弾!」
「電撃の槍!」
振り返った直後にヴァレリアは火球をノワールに向けて放ち、ノワールも電気の矢をヴァレリアに向けて放つ。二人が放った火球と電気の矢はぶつかって爆発し、周囲に灰色の煙を広げる。
ノワールが真剣な表情で目の前に広がる煙を見ていると、頭上から気配を感じて上を向く。そこには上空から右手を向けながら自分を見下ろしているヴァレリアの姿があった。
「ジャンプした? ……いや、浮遊で飛んでいるんだ」
空を飛んでいるヴァレリアを見上げながらノワールは呟いた。ヴァレリアはセルメティア王国最高の魔法使いであるザムザスに匹敵する実力を持っているのだから空を飛べても不思議じゃない。ヴァレリアが空を飛ぶ事を予想していたのかノワールは飛んでいるヴァレリアを見ても驚かなかった。
「影の爆弾!」
ヴァレリアは自分を見上げているノワールに遠慮する事なく攻撃を繰り出す。右手から黒と濃紫色の螺旋球をノワールに向けて放ち、それを見たノワールは再び次元歩行を発動させてその場から姿を消した。
螺旋球はノワールには命中せず、ノワールが立っていた場所に当たり、当たった場所を中心に衝撃波を広げた。衝撃波が発生した場所から少し離れた所にノワールは転移し、さっきまで自分が立っていた場所を目を鋭くして見ている。
<影の爆弾>は螺旋球を相手に向かって放ち攻撃する事ができる闇属性の上級魔法。命中すると螺旋球は爆発するように衝撃波を周囲に広げ、螺旋球が命中した敵以外に近くにいる敵も衝撃波で吹き飛ばしダメージを与える事ができる。敵に与えるダメージは大きく、MPの消費も少ないのでボス級の敵と戦う時や大勢のモンスターと戦う時にはとても役に立つ。
ノワールは螺旋球が当たった場所から視線を宙に浮いているヴァレリアに向ける。ヴァレリアは宙に浮いたままノワールを見下ろしていた。
戦いが始まってから十分が経とうとしており、障壁の外ではダーク達がノワールとヴァレリアの戦いを見守っていた。ダークが腕を組みながら黙って見ている隣ではジェイクとザムザスが激しい戦いを目にして驚きの表情を浮かべている。
「スゲェな、こりゃあ……」
ジェイクは戦いを見ながら思わず呟く。ノワールとヴァレリアが手合わせするのだから激戦になる事や予想していた。だが実際に戦いを目にするとその激しい戦いに驚き、そして興奮してしまう。
「儂も長く生きておるが、これほど激しい戦いは見たのは久しぶりじゃ……しかしヴァレリアの奴、子供相手にシャドーボムまで使うとは、下手をすればノワール君が死んでしまうぞ」
「心配いりません」
ザムザスがノワールの事を心配していると隣にいるダークが声をかけてくる。ザムザスはダークの言葉を聞いて視線を石台からダークに向けた。
「ノワールにとってあの程度の魔法など脅威ではありません」
「あの程度って、シャドーボムは上級魔法の中でも威力の高い魔法なのじゃぞ?」
「ええ、知っています」
平然と答えるダークにザムザスは呆然とする。なぜそこまで冷静でいられるのか、なぜノワールの心配をしないのか、ザムザスはダークが何を根拠に大丈夫だと思っているのか理解できなかった。そんな事を思いながらザムザスは再び石台の方に視線を向ける。
石台の上ではノワールがその場を動かずに宙に浮いているヴァレリアを見上げていた。ヴァレリアも宙に浮いたまま地上にいるノワールを見下ろし続けている。
「転移魔法まで使えるとは驚いたぞ?」
「僕も驚きましたよ。まさか子供相手に影の爆弾なんて強力な魔法を使ってくるなんて思っていませんでした」
「お前が上級魔法を使っても問題無い実力者だと考えて使ったまでだ」
「お褒めの言葉として受け取っておきます」
ノワールとヴァレリアは互いに相手を警戒しながら軽い会話をする。戦いが始まってから僅かな時間で二人は相手がどれほどの実力を持っているのかをある程度理解し、同時に本当に強い相手だと感じていた。
「……それでどうします? まだ続けますか?」
ヴァレリアを見上げながらノワールは戦いを続けるか尋ねた。それを聞いたヴァレリアは目を細くしてノワールを見つめる。
「当たり前だ、どちらかが負けを認めるまで続けるつもりだ」
「う~ん、僕としてはヴァレリアさんに降参してもらうと非常に助かるんですけど……」
「それはどういう意味だ?」
小さく俯き、困り顔で頭を掻くノワールを見てヴァレリアは低い声で尋ねる。するとノワールはゆっくりと顔を上げて浮いているヴァレリアを見て口を開いた。
「これ以上続けたヴァレリアさんが大怪我してしまう可能性があるので、そうなる前に降参してもらいたいなぁ、と思ってたんです」
「……私の聞き違いか? 今の言葉、私に大怪我を負わせるくらいお前が強いと言っているように聞こえたのだが?」
「あ~いや、そう言ったつもりは無いんですけど……まぁ、僕の方が強いというのは間違いじゃないと思っています」
頬を指で掻きながら言うノワールを見てヴァレリアは額に小さく血管を浮かび上がらせる。自分と互角の戦いをしたからと言って自分の方が強いと口にするノワールの傲慢な態度にヴァレリアはカチンと来たようだ。
「……あー、随分とナメたことを言うじゃないか。これでも私はレベル55で職業も上級職のグランドウィザードなのだぞ? お前の様な傲慢な小僧より劣っているつもりはない」
「いや、僕は別にヴァレリアさんが弱いとは思っていませんよ。ただヴァレリアさんの事を心配して言っているだけなんです」
「子供に心配されるほど落ちぶれてはいない!」
「まいったなぁ……」
ヴァレリアを怒らせてしまいノワールは困り顔になる。戦いを見守っていたジェイクとザムザスは興奮するヴァレリアを見て大人げないなと心の中で思っており、ダークは不機嫌になったヴァレリアを見て彼女の気が変わり、今回の賭けが無かった事になるのではと少し心配していた。
困り果てているノワールを見てヴァレリアは険しい表情を浮かべながらゆっくりと降下して石台に下り立つ。そして表情を変えずにゆっくりとノワールの方に歩き出す。
「……よぉし! そこまで自分の力に自信があるのなら、私も本気でお前の相手をしてやる。ただし、死んでしまっても私は一切責任は取らないからな!?」
「ちょ、ちょっと待ってください。ですから僕は……」
「問答無用! さぁ、続きを始めようじゃ……」
始めようじゃないか、ヴァレリアがそう言おうとした瞬間、突如彼女の頭の中にガラスが割れるような音が響き、それを聞いたヴァレリアは目を見開きながら足を止めた。
突然立ち止まったヴァレリアにノワールは不思議そうな顔をしながらヴァレリアを見つめ、ダーク達も言葉と足を止めたヴァレリアを見てフッと反応する。
「ヴァレリアさん? どうしました?」
ノワールが尋ねるとヴァレリアは返事をせずに驚きの表情を浮かべて広場の出入口がある方角を向いた。
「……何者かが障壁を破った」
「障壁? まさか、不可侵聖域の障壁か?」
ザムザスが広場に出入口に張られていた障壁の事を口にし、ダーク達も広場に入った時の事を思い出してザムザスの方を向いた。ヴァレリアの頭の中に響いたガラスが割れる様な音はその障壁が破れた事を表す音だったのだ。
「あり得ん事だ。あの障壁は並の攻撃では破る事はできん。できるとすれば儂やお前さんに匹敵する魔力を持つ魔法使いか障壁を破壊できるだけの怪力を持つ者だけじゃ」
「だから私も驚いているんだ。この森林に私の張った障壁を破れる者などいないはずなのだから」
視線を変えずにヴァレリアは自分が驚いている事を正直に話す。ザムザスはヴァレリアの障壁を破れる程の力を持つ者が近くにいる事を知って目を見開いており、ダーク達は意外そうな反応を見せていた。
ダーク達が障壁を破った者の正体を考えていると、出入口の方から足音が聞こえてダーク達は一斉に出入口の方を向く。すると、森林の奥から複数の大きな影が広場に入って来るのが見え、ダークとノワール以外の三人は身構える。
広場に入って来た影の正体はブラッドオーガの群れだった。木の棍棒を持った十数体のブラッドオーガがズシズシと足音を立てながら広場に入り、その先頭には五つの赤い宝石を刀身に埋め込んだ灰色の大剣を持った一回り大きなブラッドオーガのボスが歩いている姿がある。
「あれは、ブラッドオーガじゃねぇか? さっき俺達が倒したのと同じ……」
「ああ、間違いないな」
「……チッ、またアイツ等か」
ジェイクとダークが広場に入って来たモンスターを見て数十分前に戦ったブラッドオーガと同じ種族である事を思い出す。一方でヴァレリアはブラッドオーガを見て鬱陶しそうな顔をしながら小さく舌打ちをした。
ブラッドオーガ達は広場の奥にいるダーク達の見つけるとダーク達の方へ歩いて行き、ダーク達は近づいて来るブラッドオーガ達を見て警戒する。ブラッドオーガ達はダーク達の3、4m手前までやって来ると立ち止まってダーク達を見下ろした。
「オイ、オ前達、魔女ノ仲間カ?」
先頭に立っているブラッドオーガのボスがダーク達に尋ねる。いきなり現れて名も名乗らずに問いかけて来るブラッドオーガを見てダークはハッと呆れた様な声を出し、ゆっくりとボスの前に出た。
「いきなり現れて名も名乗らずに質問して来るとは、随分と礼儀知らずな奴だな」
「何ダトォ? 人間ノ分際デ、俺様ニ喧嘩ヲ売ル気カァ!」
ダークの挑発にブラッドオーガのボスは険しい顔をしながらダークを睨み付ける。ボスの後ろにいるブラッドオーガ達も騒ぎ出し、それを見たノワールとジェイクは杖とスレッジロックを構えた。ザムザスもいつでも魔法を発動させられるよう両手を前に出す。すると、石台の上にいたヴァレリアがブラッドオーガ達の方へ歩き出し、ダークの隣まで来て立ち止まり、目の前にいるブラッドオーガのボスを見上げた。
「お前達、また私を狙って来たのか?」
「魔女ッ! ヤハリ此処ニイタカ。探ス手間ガ省ケタゾ」
「ハァ、全く懲りてないな」
ブラッドオーガのボスを見てヴァレリアは呆れ顔で溜め息をつく。ダーク達はヴァレリアとブラッドオーガの会話を聞いて何か因縁があるとすぐに理解した。
「ヴァレリア、このブラッドオーガ達は何なのじゃ?」
ザムザスが尋ねるとヴァレリアはブラッドオーガのボスを呆れ顔のまま見つめて口を開いた。
「コイツ等は今日までずっと私の命を狙って来た連中だ」
「お前さんの命を?」
「ああ、ブラッドオーガは元々この森林に棲み付いていたモンスターなのだが、半年前にこの一回り大きなブラッドオーガが何処からかやって来て森林にいたブラッドオーガ達のボスになったんだ。そして、この森林はブラッドオーガが支配するべきだと、森林に棲む他のモンスター達を襲って配下にしていき、私の事も餌にしようと襲って来た」
「……しかしお前さんは得意の魔法で襲って来たブラッドオーガ達を返り討ちにして生き延びた」
「その通りだ。それからと言うもの、ブラッドオーガ達は森林で私を見かける度に襲って来るようになり、その度に私はコイツ等の相手をする羽目になってしまったんだ。まったくいい迷惑だ」
僅かに疲れた様な口調で語るヴァレリアを見てザムザスやダーク達は心の底から同情した。
普通なら自分よりも強い敵と遭遇すれば関わらないようにするものだが、自分こそ最強だと思い込んでいるブラッドオーガ達は自分達をコケにしたヴァレリアを必ず殺してやろうとしつこく彼女を襲っていたのだ。
ヴァレリアは自身の苦労を語りながら軽く首を横に振るとブラッドオーガのボスはヴァレリアを睨み付けながら右足で強く地面を踏んだ。
「黙レ! オ前ガ大人シク俺様達ニ食ワレテイレバ、コッチモコンナ事ヲスル必要ハ無カッタンダ。迷惑ダト言ウノナラ抵抗セズニ餌ニナリヤガレ!」
「随分と勝手な話だな? お前達が私にちょっかいを出さなければそれでよかったんだ。私は何もお前達を滅ぼそうとか考えていない、ただこの森林で静かに暮らしていたかっただけなんだからな」
「人間ガ俺様達ガ支配スル森林デ暮ラス事ナド許サン! コノ森林デ人間ニ許サレル事ハ俺様達ノ食料ニナル事ダケダ」
あまりにも横暴で自分勝手なブラッドオーガのボスの言葉にヴァレリアは溜め息をつく。目の前にいる赤い人食い鬼には何を言っても無駄、ヴァレリアだけでなく、ダーク達もそう思っていた。
「そんな事よりも、お前達、どうやってこの広場に入った? この広場の出入口は私の張った障壁が張られているから普通のモンスターは入って来れはないはずだぞ?」
ヴァレリアはどうやって広場に入って来たのかブラッドオーガ達に尋ねた。ダーク達もヴァレリアの言葉を聞いて一斉にブラッドオーガ達に注目する。
イノセントサンクチュアリの障壁はマゼンナ大森林に生息するモンスターでは破壊できない頑丈な物だ。勿論、ブラッドオーガにも障壁を破る事もできない。だからブラッドオーガ達は今日まで広場の外にいるヴァレリアを襲っていたのだ。
しかし今回はどういう訳か障壁を破って広場に侵入して来た。ダーク達は今まで障壁を突破できなかったブラッドオーガ達がどうやって障壁を破壊して広場に侵入して来たのか気になっていたのだ。
「……ヘッヘッヘッ、知リタイカ? コイツデ障壁ヲブッ壊シタンダ!」
ブラッドオーガのボスは笑いながら自分が持っている赤い宝石が埋め込まれた大剣を見せる。それを見たヴァレリアは目を鋭くした。
「コノ大剣デアノ障壁ヲ壊シタンダ」
「馬鹿な、私の張った障壁はそんな剣で敗れるほど脆くはない!」
自分の張った障壁が剣で破壊された事を信じられないヴァレリアは力の入った声を出す。ブラッドオーガ達は信じないヴァレリアを見て愉快そうに笑った。
笑うブラッドオーガ達を見てヴァレリアは苛ついたのか右手に魔力を送りながらゆっくりと右手をブラッドオーガのボスへ向ける。それを見たボスは二ッと笑いながら大剣をヴァレリアの前に出した。
「魔法ヲ撃ッテミロ、コノ剣デ障壁ヲ壊シタ事ヲ証明シテヤルゾ?」
「オーガ如きが調子に乗るな! 火弾!」
怒号の声を上げながらヴァレリアはブラッドオーガのボスに向けて火球を放つ。ブラッドオーガ相手なら下級魔法で十分だと考えて火弾を使ったのだろう。
飛んで来る火球をブラッドオーガのボスは笑ったまま見つめる。そして命中する直前に大剣を盾代わりにして火球を防いだ。すると大剣に埋め込まれている五つの赤い宝石が光り出し、火球の炎が刀身に吸い込まれていった。
大剣に炎が吸い込まれるのを見てヴァレリアとザムザスは驚き、ダーク達も少し驚いた様子を見せる。やがて炎は全て吸い込まれ、初めから何もなかったかのように消えた。同時に大剣の刀身に埋め込まれている五つの赤い宝石からも光が消える。
「ば、馬鹿な、私の火球を吸収した?」
「どうなっておるんじゃ……」
信じられない光景を目にしてヴァレリアとザムザスは僅かに動揺する。そんな二人を見てブラッドオーガのボスは大きく口を開けて笑い出す。
「ガハハハハッ! ドウダ? コレガ俺様ノ魔喰ノ剣ノ能力ダ!」
「魔喰の剣だと?」
ブラッドオーガのボスの言葉にヴァレリアは思わず反応する。同時に大剣の名前と炎を吸い取る光景からボスが持つ大剣が魔法武器だと悟った。ザムザスも目を見開きながらボスを見ている。
「コノ剣ハ全テノ魔力ヲ吸収シ、魔法ノ障壁ヲ壊ス事ガデキルノダ。コノ剣ノ前デハ貴様ノ魔法ナド何ノ意味モ無イ!」
魔法を無力化する剣の存在にヴァレリアの表情から余裕が消え、ザムザスも微量の汗を流す。魔法が攻撃手段である魔法使いにとって、魔法を無力化する剣はまさに最悪の魔法武器だった。
「お前、そんな武器を何処で手に入れた? オーガであるお前が町で手に入れたとは考えられん。誰かから奪ったのか?」
「ソンナ事ヲ知ル必要ハネェ!」
ブラッドオーガのボスはヴァレリアの質問に答えず魔喰の剣を大きく横に振る。大剣を振った事で強い風が発生し、ボスの前にいたヴァレリアとザムザスは一瞬態勢を崩す。
「覚悟シロ! 貴様ハ今日、ブラッドオーガヲ支配スルコノブルンゴ様ニ殺サレ、俺様達ニ食ワレルンダ!」
ブラッドオーガのボスは自らをブルンゴと名乗りヴァレリアに死ぬと言い放つ。それを聞いた部下のブラッドオーガ達は一斉に声を上げて騒ぎ出した。