第百三十三話 伝説の魔法薬
森林のほぼ中心の位置に大きな洞窟があり、その周りの木々は何か大きな生き物が暴れた後の様に倒されている。そして洞窟の入口前には何者かに捕食されたと思われる動物の骨が転がっていた。
洞窟の中は暗く、中にも大量の動物の骨が転がっており、洞窟に近づく者に不気味さを感じさせる。奥からは無数の呻き声の様な低い声が聞こえた。
少し広めの一本道を進んで行くと、一番奥には体育館と同じくらいの広さの空洞があり、その中に大勢のブラッドオーガの姿があった。どうやらこの洞窟はブラッドオーガ達の住処のようだ。
沢山いるブラッドオーガ達の中に他のブラッドオーガよりも一回り大きなブラッドオーガがおり、ブラッドオーガ達に囲まれながら大きな岩に腕を組んで座っている。両肩に鉄で出来たショルダーアーマー、腰には灰色の腰巻を付け、首には動物や人間の頭蓋骨を付けた首飾りを提げていた。そして座っているブラッドオーガの隣には刀身に五つの赤い宝石が埋め込まれた灰色の片刃の大剣が置かれてある。外見からしてその一回り大きなブラッドオーガが他のブラッドオーガ達をまとめるボスのようだ。
ブラッドオーガのボスの前には一体のブラッドオーガが俯きながら立っている。そのブラッドオーガはダーク達を襲撃して返り討ちに遭い、逃げ出したあのブラッドオーガだった。
「……ソレデオメオメト帰ッテ来タノカ?」
「ハ、ハイ」
低い声を出しながら目の前に立っているブラッドオーガを険しい顔で睨むボス。ブラッドオーガは俯きながら震えた声で答える。
ダーク達の負けたブラッドオーガは真っ直ぐ今いる住処に逃げ帰り、目の前にいるボスのダーク達の事、そして仲間が殺された事を話した。それを聞いたボスはオーガが人間相手に敗北した事が許せず機嫌を悪くしていたのだ。
「人間相手ニ負ケタ挙句、無様ニ逃ゲ帰ッテ来ヤガッテ、オーガノ誇リハネェノカ!」
「デ、デモ、オ頭、アノ人間達、普通ジャナカッタ。一撃デ仲間殺シタ。マルデ、アノ魔女ミタイナ――」
「ウルセェッ!」
ブラッドオーガが喋っている最中にボスは怒鳴りながら大剣を手にして立ち上がり、逃げ帰って来たブラッドオーガを大剣で切り捨てる。切られたブラッドオーガは断末魔を上げる間もなく仰向けに倒れ、二度と動く事はなかった。
仲間が殺された光景を目にした他のブラッドオーガ達は楽しそうに笑い声を上げる。普通は仲間が殺されれば怯えて言葉を失うが、彼等にとって人間に負けて逃げ帰って来る仲間が殺されても可哀そうとは思わないのだ。寧ろ、オーガの恥さらしが死んで清々していた。
「……ケッ、馬鹿野郎ガ」
死んだ部下を見ながら低い声で罵声を浴びせブラッドオーガのボスは大剣を地面に刺して再び岩の上に座って腕を組む。逃げ帰って来た恥さらしを片付けたのはいいが、まだ重要な問題が残っているのでそれについて考え始めた。
「コノ森ニマタ勝手ナ事ヲスル人間ガ現レヤガッタトハ……チッ! アノ魔女ダケデモ目障リダッテ言ウノニ!」
奥歯を噛みしめながらブラッドオーガのボスは苛立った声を出す。周りにいるブラッドオーガ達も低い声を出しながら頷き、ボスの言葉に同意する。
「今日ハアノ魔女ヲブッ殺シニ行ク予定ダッタノニ貴重ナ戦力ヲ無クシチマッタ」
「オ頭、ドウスル?」
一体のブラッドオーガがボスに尋ねるとボスは振り返り、尋ねてきたブラッドオーガの頭を殴った。
「ドウスルダト? 決マッテルダロウ、予定通リアノ人間ノ魔女ヲ殺シニ行クンダヨ!」
「新シク森ニ入ッテ来タ奴等、ドウスル?」
「ソンナノ後ダ! マズハ長イ間俺様達ヲ馬鹿ニシテキタアノ魔女ヲ殺シテカラダ」
「デモ、アノ魔女ノ魔法、凄ク強イ。俺達、食ラッタラ一撃デ死ヌ」
僅かに怯えた様子を見せながら話すブラッドオーガの言葉に周りにいる他のブラッドオーガ達もざわつき出す。
実はブラッドオーガ達は随分前からその魔女と敵対しており、森林で魔女を見かける度に彼女を殺そうと襲い掛かっていたのだ。だが、魔女が使う強力な魔法の前に圧倒され、襲い掛かる度に返り討ちに遭っていた。
普通のモンスターなら何度も挑んで負ければ自分達では敵わないと本能で悟り、二度と関わらないようにするのだが、ブラッドオーガ達はマゼンナ大森林は自分達の物だ、自分達こそが森林で最強だと考えているので、何度返り討ちに遭ってもその魔女に挑んで殺そうとしているのだ。
ざわつくブラッドオーガ達を見てボスは地面に刺さっている大剣を抜き、さっきまで自分が座っていた岩に向かって大剣を振り下ろす。岩はまるでハンマーで叩かれたかの様に粉々に砕け散り、周囲にその欠片が飛び散る。ブラッドオーガ達は岩が砕ける音を聞いて驚き、一斉に黙り込みボスの方を向いた。
「ギャーギャー騒グンジャネェ!」
怒鳴り散らしながらブラッドオーガのボスは大剣を大きく横に振る。岩を砕いたにもかかわらず、ボスが持っている大剣の刃は刃こぼれしておらず、鋭い刃を光らせた。どうやらボスが持っている大剣はただの武器ではないようだ。
「確カニ俺様達ハ今マデ魔女ノ魔法ニ苦シメラレテキタ。ダガ、ソレモ今日デ終ワリダ! 数日前ニコノ森林ニ来タ人間ガ持ッテイタコノ魔法ノ剣ヲ使エバ、アノ魔女ヲ八ツ裂キニデキルンダァ!」
ブラッドオーガのボスはそう言って持っている大剣を部下達に見せながら叫ぶ様に語る。それを聞いたブラッドオーガ達は大剣を見つめながら雄叫びの様な声を上げた。
LMFと同じようにこの異世界にも多くの魔法の武具が存在する。火や雷などの属性を宿した武器、傷つけた相手を毒や麻痺状態にする事ができる武器など、様々な能力を持つ武器や防具があるのだ。そんな魔法の武具の中には使用する者によってその大きさを変える武具も存在する。ブラッドオーガのボスが持っている大剣もそんな大きさを変える魔法武器の一つだ。
大剣の以前の持ち主は数日前にマゼンナ大森林を探索に来ていた四つ星冒険者で運悪くブラッドオーガと遭遇して殺されてしまった。冒険者を殺した後にボスが冒険者の持っていた玩具の様な大剣を拾い上げた瞬間、大剣がボスに丁度いいくらいの大きさになりボスやブラッドオーガ達は驚く。同時にその大剣がどんな武器なのかが自然とボスの頭の中に流れ込んでいき、その能力を知ったボスは驚きと喜びが混じった声を上げた。
「コノ剣ノ能力ヲ使エバアノ魔女ノ魔法モカス同然ダ。ソシテ、魔女ノ住処ガアル広場ノ結界モ破ル事ガ出来ル。今度コソ、奴ヲ殺セルンダ!」
ブラッドオーガのボスは大剣を強く握りながら険しい顔を浮かべ、周りのブラッドオーガ達はそれを黙って見ている。ボスの話の内容から、彼等が憎んでいる魔女はヴァレリアのようだ。
「オ前等ァ! 今カラ魔女ヲ殺シニ行ク。全員武器ヲ持ッテ出発ノ準備ヲシロ!」
大剣を掲げながらブラッドオーガのボスが叫ぶとブラッドオーガ達は一斉に声を上げた。深い森林の中にある洞窟の中で赤い肌を持つ人食いの鬼達が憎き魔女を討つ為に動き出す。
――――――
同時刻、ヴァレリアの家の中ではダーク達がヴァレリアの家を訪ねた理由を話していた。新しくできる国の資金源を得る為にヴァレリアの力が必要である事、そして調合や魔法の知識を授けてほしい事などを細かく話し、ヴァレリアは椅子に座りながらそれを黙って聞いている。
「……成る程、つまり新しくできるお前の国の資金源として私に魔法薬の調合をしてほしいと言うのだな?」
「そうだ」
「そして、魔法薬を調合するのと同時に魔法薬を調合する為の知識などを教えてほしいと?」
「その通り、協力してくれるのであればそれ相応の謝礼をする。貴女が望む物は何でも用意しよう。私にできる範囲で、だがな」
ヴァレリアは目の前に立つダークを腕を組みながら黙って見つめる。ダークの後ろに控えているノワール達はヴァレリアがどう答えるのか黙って待っていた。
しばらくするとヴァレリアは立ち上がり、部屋の隅にある棚の前まで移動して棚に置かれてあるライトグリーンの液体が入った小さなガラス瓶を手に取る。そしてそのガラス瓶を見つめながら口を開いた。
「……断る」
ヴァレリアの答えを聞いてジェイクとザムザスは少し驚いた様な反応を見せながらヴァレリアの方を見た。ダークとノワールは驚く事なくヴァレリアの後ろ姿を見つめている。
(やっぱり断ったか。まぁ、ザムザスさんが説得しても断り続けたんだから、いきなりやって来て仲間になってくれ、何て言われれば断るのは当然だよな)
ダークがヴァレリアは最初に断る事を予想していた為、ジェイクやザムザスの様な反応をする事無くヴァレリアを見つめている。ノワールもダークと同じように予想していたのか黙ってヴァレリアに視線を向けていた。
「一応、理由を訊いてもいいか?」
断る理由はなんとなく分かるが、一応本人の口から聞いておこうとダークは低い声で尋ねる。するとヴァレリアはダークの方を向き、鋭い視線をダークに向けた。
「私は今のままでも十分魔法薬の研究や調合ができる。それに騒がしいと研究に集中できないからな、今更別の場所に移動して研究をする気は無い」
「ほぉ?」
「何より、今は新しい魔法薬の調合でとても忙しい。お前の国作りに力を貸している暇など無いのだ」
そう言いながらヴァレリアはダークに近づき、彼の前まで来ると持っているライトグリーンの液体が入ったガラス瓶を差し出す。
ダークはヴァレリアの手の中にあるガラス瓶を取り、中に入っている液体を見つめる。ノワールも興味があり、ダークの肩に飛び乗ってガラス瓶を見た。
「これは?」
「私が調合した新しいポーションだ。セルメティアの町で売っているどのポーションよりも回復力が高い」
「何じゃと?」
ヴァレリアの話を聞いたザムザスは驚きながらダークの隣までやって来てダークが持っているポーションを確認した。ジェイクも興味が湧いたのかザムザスの後ろから見た事の無いライトグリーンのポーションを見つめる。
「ヴァレリア、このポーションはどれほどの回復力があるのじゃ?」
「セルメティアで最も高価なオレンジ色のポーションの回復力が十とするなら、それは二十と言ったところだな」
「最高のポーションの倍の回復力があるのか……」
ザムザスはヴァレリアの調合したポーションの回復力に驚き、目を見開きながらヴァレリアの方を向く。ジェイクも同じような顔でヴァレリアを見ていた。
この世界に存在するポーションは全部で三種類あり、一番安いポーションは水色で回復力は三、次に回復力があるポーションは薄い黄色で回復力は七、そして最も高いオレンジ色のポーションの回復力は十、という様になっている。最も高価なポーションよりも回復力が高いポーションが既に出来上がっている事を知り、ザムザスは驚きを隠せずにいた。
強力なポーションを作ったヴァレリアの才能と技術にザムザスは改めて感心する。そして彼女を仲間にする事ができなかった事を心の中で悔しく思った。
「今はそのポーションを素に更に優れたポーションを調合する為に研究をしている。新しい国で魔法薬を調合する事などに興味はない」
「……成る程」
「話はそれだけだ。さぁ、帰ってくれ」
ヴァレリアはダークが持っているポーションを取り上げ、これ以上話す事はないとダーク達を帰そうとする。自分達に背を向けるヴァレリアはダーク達は黙って見つめていた。
「兄貴、どうするんだ?」
ジェイクが小声でダークに尋ねるとダークは何も答えずに黙ってヴァレリアの後ろ姿を見つめている。するとダークは自分のポーチに手を入れて何かを取り出した。それは七色に輝く液体が入った高級感のあるガラス瓶でジェイクはガラス瓶の中に入っている液体の美しさに驚き目を丸くする。
ザムザスもジェイクと同じようにダークが取り出した謎のガラス瓶を呆然としながら見ていた。ノワールはダークが取り出したガラス瓶が何なのか知っているらしく、それを見て小さな笑みを浮かべている。ダークは三人がガラス瓶を見ている事を気にもせずに近くにある机の前まで移動してその上に取り出したガラス瓶を置いた。
「帰る前に貴女に見てほしい物がある」
「見てほしい物?」
ダークに話しかけられ、ヴァレリアはめんどくさそうな表情を浮かべながら振り返る。だが、机の上に置かれてある七色に輝く液体が入ったガラス瓶を見た瞬間、ヴァレリアの表情が一変した。
「な、何だそれは?」
ヴァレリアは今まで見た事の無い謎のアイテムを目にし、少し興奮した様な口調で話す。ダークはヴァレリアの態度を見て周囲には聞こえないくらい小さな声で笑う。
「それは私が以前住んでいた所から持って来たマジックアイテムでさっき貴女が見せたポーションよりも更に強力な物だ」
「何っ!?」
ダークの言葉に反応したヴァレリアは視線をガラス瓶からダークに向ける。魔法薬の調合と研究に誇りを持っているヴァレリアにとって、先程のダークの言葉は自分のプライドを傷つけた様に感じたらしく、ヴァレリアは目を僅かに鋭くしながらダークを見つめた。
「これが私の調合したポーションよりも優れている? 馬鹿な事を言うな。確かにその美しさには驚いたが、あのポーションの回復力を超える物などあるはずがない」
「信じられないのなら、調べてみたらどうだ?」
冷静に話すダークを見てヴァレリアは何も言わずに口を閉じた。ダークの口調と態度から嘘を言っている様には感じられない。だが、長い時間を掛けてようやく完成した自分のポーションよりも優れた魔法薬があるなど認めたくない。ヴァレリアは強く右手を握りながら視線をガラス瓶に向ける。しばらくガラス瓶を見つめると握っていた右手を開いてゆっくりとガラス瓶に手を向けた。
「道具分析!」
ヴァレリアの右手の前に白い魔法陣が展開され、同時にダークが出したガラス瓶も薄っすらと白く光り出した。
<道具分析>はアイテムを調べる事ができる光属性の中級魔法。対象のアイテムに魔法を発動させると術者の頭の中に名前とその効力が浮かび上がり、どんなアイテムなのかを瞬時に理解する事ができるのだ。因みにこの魔法はLMFには存在しない異世界の魔法でノワールはどんな魔法なのかは知っているが使う事はできない。
魔法を使ってガラス瓶の中に入っている液体を調べるヴァレリア。ダーク達はそれを黙って見守っていた。しばらくするとガラス瓶の光が消えて、魔法による鑑定が終わる。するとヴァレリアは驚愕の表情を浮かべながら後ろに二歩下がり、大量の汗を掻きながらガラス瓶を見つめた。
「……ば、馬鹿な。こんな物が……」
「ヴァレリア、どうしたのじゃ?」
小さく震えてブツブツと呟いているヴァレリアにザムザスは声をかける。先程まで落ち着いた態度を取っていたヴァレリアが汗を掻いて驚いている姿にザムザスも少し驚いていた。ザムザスの声が聞こえていないのか、ヴァレリアはザムザスを無視してダークの方を向き、机の上のガラス瓶を指差す。
「おい、これは一体どうしたんだ! どうやってこんな物を手に入れたんだ!?」
力の入った声でヴァレリアはダークに問う。いきなり声を上げるヴァレリアにザムザスとジェイクは同時に驚き目を見開く。ダークとノワールは落ち着いた様子でヴァレリアを見ていた。
「落ち着け、ヴァレリア。一体どうしたんだ、その魔法薬はどんな物だったのじゃ?」
ザムザスがヴァレリアを宥めながらガラス瓶の中に入っている液体について尋ねる。するとヴァレリアはザムザスの顔をチラッと見た後に視線をガラス瓶に向けて口を開いた。
「……これはエリクサーだ。口にした者の体力と魔力を完全に回復させる事ができる究極の魔法薬だ」
「な、何じゃと! エリクサー!?」
ガラス瓶の中の液体がエリクサーだと聞かされたザムザスは思わず声を上げる。ジェイクは魔法薬に関する知識が殆ど無い為、二人がなぜそこまで驚いているのか理解できずに不思議そうな顔でザムザスとヴァレリアを見つめていた。
<エリクサー>はLMFに存在する回復アイテムの中でレア度が最も高いアイテムである。使用したプレイヤーや使い魔のHPとMPを全回復させ事ができ、HPの回復ができない呪い状態になっていても唯一回復する事が可能なのだ。レアアイテムである為、店では購入する事はできず、ダンジョンの宝箱か上級職の調合でしか手に入れる事ができない。LMFでは貴重なアイテムと見られているが、ザムザスやヴァレリアの様な大げさな反応をするプレイヤーはいなかった。
ザムザスとヴァレリアは大量の汗を掻きながらエリクサーを見つめており、呼吸も僅かに乱れている。ダークとノワールはザムザスとヴァレリアの驚く姿を目にし、そこまで驚く事なのかと感じながら二人を見ていた。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
ノワールがダークの肩から下りてザムザスとヴァレリアに近づき声をかける。ノワールの声を聞いたザムザスは目の前にいるノワールの方を向いて汗を拭う。
「あ、ああ、大丈夫じゃ……」
「そうですか? しかし、お二人は何をそんなに驚いているのです?」
不思議そうな顔をしながらノワールはザムザスに尋ねた。それを聞いたヴァレリアはザムザスと向かい合っているノワールの方を向いて再び力の入った声を出す。
「驚くのは当たり前だ! エリクサーは伝説の魔法薬で今では誰にも調合する事はできないと言われている物なのだぞ!」
「そんなに凄い物なんですかぁ……」
平然とした顔で話を聞いているノワールを見てヴァレリアは目を丸くする。目の前にいる少年はエリクサーの凄さが分かっていないのかと呆然としていた。
ザムザスは呆然とするヴァレリアを見るとノワールの方を向いて深呼吸をし落ち着きを取り戻す。そしてノワールの顔を見ながらエリクサーの価値について語り出した。
「ノワール君、さっきヴァレリアが言ったようにエリクサーと言うのは今では誰にも調合する事はできないと言われている魔法薬なのじゃ。魔力が高く、調合の知識が豊富な錬金術師や上級職のアルケミーマスターを職業にしている者でも不可能と言われるほどにな」
「そうなんですか、それはビックリしました」
ノワールはザムザスの説明を聞いても表情を変えず、落ち着いた態度を取っている。ザムザスは一切驚かないノワールを見てヴァレリアと同じように呆然とした。
魔法の事を何も知らない無知な子供に話してその子供には理解できないので驚かない、というのはまだ分かる。だが優秀な魔法使いであるノワールに説明すれば魔法薬の中でも伝説のアイテムと言われているエリクサーがどれほど貴重な物で調合が困難なのか理解し、驚くとザムザスは思っていたのだろう。しかしノワールはエリクサーの話を聞いても驚かずに冷静なままでいる為、ザムザスはノワールが何を考えているのか分からなくなっていた。
LMFでは材料と技術が揃っていればエリクサーでも自由に調合する事ができる。ダークの仲間のプレイヤーの中にもアイテム調合に優れた上級職を持っている者があり、ノワールもそのプレイヤーの事を知っていた。LMFでは簡単に調合できるので、異世界では調合が困難と言われてもダークとノワールはピンと来ず、ザムザスとヴァレリアの話を聞いても驚く事がなかったのだ。
ザムザスとヴァレリアが呆然としているとダークが机の上のエリクサーを手に取ってヴァレリアを見つめながら話しかけた。
「私はこのエリクサーを作る為に必要な材料を持っている。勿論、それ以外の魔法薬を作る為の材料もな」
「な、何だと!」
ダークの言葉にヴァレリアは声を上げる。先程までダークやダークの作る国に興味を持たなかった魔女が突然ダークの話に耳を貸すようになり、ノワールとジェイクはまばたきをしながらヴァレリアを見ていた。
(話を聞かない奴と会話をするにはまず相手が興味を持つような話題を出す。その話題に相手が食い付いたら上手く仲間になるよう話を持って行く。上手くいってよかったぜ)
心の中でヴァレリアが自分の話を聞くようになったのを見て安心するダーク。彼は最初からヴァレリアが自分の仲間になる事を断ると予想していた。だからヴァレリアが興味を抱く話題を出して興味を持つようにし、そこから仲間になるように説得しようと考えたのだ。
「……私の仲間になり、建国に協力してくれるのなら、エリクサーを作る為の材料を提供し、他にもアンタが知らない特殊な魔法薬の情報を教え、それを作る為の材料も出す。この森林にいては絶対に作れない優れた魔法薬を作る事ができるようになる。アンタにとっては悪くない条件だと思うが?」
「ぬううぅ……」
ダークの出した取引にヴァレリアは低い声を出しながら考え込む。
自分は静かでのんびりと暮らしながら調合ができ、薬草も自由に採取する事ができるこの森林が気に入っている。正直、騒がしい町へ行き、そこで研究するのは嫌だとヴァレリアは思っていた。だが、ダークはエリクサーを作る材料や他にも自分が知らない未知の魔法薬の情報を持っていると話す。魔法薬の研究と調合に人生をかけているヴァレリアにとって今此処で取引を断るのは非常に惜しい事だ言える。
ヴァレリアは取引に応じるべきか必死に考え、ダーク達はヴァレリアが答えを出すのを黙って待っている。やがて答えをヴァレリアが顔を上げてダークの方を向いた。
「……確かにお前の言う通り、私にとって悪くない取引内容だ。だが、私はこの森林で静かに研究をする事が気に入っている。そこでだ、お前達に協力する代わりに今まで通りこの森林で研究を続けさせてほしいのだ」
「つまり、私達に力を貸すがこの森林の外には出ない、という事か?」
「そうだ」
条件を聞いてダークは黙り込むが、十秒も掛からずに口を開いた。
「悪いがそれは承諾できない。こんな深くて危険な森林にアンタが調合した魔法薬を受け取る為だけに何度も訪れては魔法薬を運ぶ者達が危険だ。それにアンタには首都となる町で多くの魔法使い達に調合の知識などを授けてもらいたいと思っている」
ダークが断る理由を聞いてヴァレリアはジッとダークを見つめて黙り込む。確かにダークの言う通り、ヴァレリアが調合した魔法薬を受け取りに行く度にマゼンナ大森林に入るのは危険すぎる。わざわざ危険を冒すくらいなら首都で魔法薬の調合をしてもらった方が時間も掛からないし安全と言うものだ。
しかし、だからと言ってヴァレリアもこのまま暮らしやすい環境を手放すつもりは無かった。何とかいい条件で取引が成立しないか考える。すると、ヴァレリアはある事を思いつき、ふと表情を変える。
「では、一つ手合わせをしないか?」
「手合わせ?」
「そうだ、外に魔法の訓練をする為の広い石台があるので私とお前が戦う。もしお前が勝ったらお前の望み通り、この森林を出てその首都で魔法薬の調合をし、魔法使い達に調合の知識を教える。だが、私が勝った場合は私がこの森林で研究し続けると言う条件を飲んでもらうぞ?」
「ほぉ……」
手合わせをして勝った方が自分に都合のいい条件で取引をする、ヴァレリアの提案を聞いてダークは興味のありそうな声を出す。ノワールとジェイクはダークと戦う気かと少し驚いた様な顔でヴァレリアを見ていた。
ダークはこのまま条件について話し合いを続けても平行線のまま話が終わらないだろうと思っていた。そして、そんな話をいつまでも続けてヴァレリアが話が纏まらずに機嫌を悪くし、仲間にならないと心変わりされると面倒だ。それなら手っ取り早く決まるその手合わせと言うのを受けた方がいいと考えた。
「いいだろう。ただ、戦うのは私ではない」
「何? では誰が戦う?」
「……彼だ」
そう言ってダークはチラッと自分の隣に立っているノワールを見る。ヴァレリアもダークが視線を向けている少年を目にして僅かに驚きの反応を見せた。
ノワールはヴァレリアを見ながら不思議そうな顔でまばたきをしており、そんなノワールを見たヴァレリアは僅かに表情を険しくしてダークの方を向いた。
「ダークよ、お前は私を馬鹿にしているのか? 私はこう見えてザムザスと一二を争う実力を持つ魔導士なのだぞ。そんな私にお前ではなく、こんな幼い少年の相手をさせる気か?」
「見た目だけで判断しない方がいいぜ、婆さん?」
不機嫌そうな口調で話すヴァレリアにジェイクが小さく笑いながら腕を組んで声をかける。ヴァレリアは話しかけて来たジェイクをキッと鋭い目で睨み付けた。
「ノワールは兄貴の相棒で超が二つ付く位の優秀な魔法使いだ。子供だと思って見くびっていると、とんでもない目に遭うぜ」
まるで自分の事の様に誇らしげにノワールの事を語るジェイク。ノワールはジェイクを見ながら、そんな事はありませんよ、と少し照れるような顔をしていた。
ジェイクの話を聞いてヴァレリアはムッとしながらザムザスの方を向き、目で本当なのかとザムザスに確認する。ザムザスはヴァレリアを見ながら首を横に振って分からないと伝えた。
ザムザスもダークが英雄と呼ばれるくらいの実力を持っている事は知っているが、ノワールがどれほど強いのかは殆ど分かっていない。だからヴァレリアから確認されても答えようがなかった。
「……いいだろう。英雄と言われたお前の相棒がどれほどの実力を持っているのか、見せてもらうぞ」
ノワールと戦う事を了承したヴァレリアは低い声を出す。いくら了承したとは言え、幼い子供が自分の相手をする事にやはり不満なようだ。
二人が戦う事が決まり、ザムザスはダークの相棒で王女であるコレットを救った少年がどれほどの実力を持っているのか気になる表情を浮かべる。ジェイクはノワールに勝てると思っているヴァレリアを見てニッと笑っていた。ダークは腕を組みながら黙ってお互いに顔を見合っているノワールとヴァレリアを見ている。
家の外に出たダーク達は広場の奥にある四つの石塔に囲まれた正方形の広い石台まで移動した。最初に見た石台が魔法の訓練をする場所だと知り、ダーク達は少し意外そうな反応を見せながら目の前にある石台を見ている。
「此処で戦うんですか?」
「そうだ。石台の周りに立っている四つの石塔が石台を囲む様に障壁を張って広場に被害が出ないようにしている。これで強力な魔法を使っても広場や家が壊れる事はない」
「成る程、その為にこの石塔があるんですね……ところで、この石台や石塔はヴァレリアさんが作ったんですか?」
「まぁな」
「へぇ~、やっぱりヴァレリアさんは凄い人なんですね」
「……フン」
微笑みながら自分を見るノワールに対し、ヴァレリアはそっぽ向きながら石台に上がり、ノワールもそれに続く。残ったダーク、ジェイク、ザムザスは石台の外から二人を見守っている。
石台に上がったノワールとヴァレリアは5、6mほどの間隔を開けて向かい合い、ジッと離れた所に立つ対戦相手を見つめた。
「では、始めるとしよう。先に言っておくが私は加減と言うものを知らない、危険な状況になったらすぐに降参する事を勧める」
「お気遣いありがとうございます。ですがご心配なく、こう見えて僕、結構強いですから」
「フッ、その油断が大怪我を招かない事を祈っているぞ」
ヴァレリアは鋭い目でノワールを見つめながら構えを取り、ノワールもヴァレリアを見つめながら杖をゆっくりと構えた。