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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十一章~建国の領主~
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第百三十二話  赤い鬼と妖艶な魔女


 森林に入ってから約二十分、ダーク達は獣道を歩きながら森林の奥へと進んで行く。途中でポーションを作る為に必要は薬草や食用のキノコ、木の実などを見かけ、ノワールはマジックアイテムの調合などの役に立つかもとそれを採取していった。

 薬草などを採取しながら奥へと進んで行くと小川を見つけたダーク達は休息を取る為に小川に近づく。それぞれ近くにある大きめの石に腰掛けたり、持ってきていた水筒に小川の水をいれたりながら休むのだった。


「なかなかいい森ですね。使えそうな薬草や食べられるキノコなんかも結構ありましたし」

「ああ、これなら十分生活できる。魔女が町に行く事なくひっそりと暮らせるのも納得だな」


 ノワールとジェイクが石の上に座りながら周囲を見回しながら話す。

 とてつもなく広いマゼンナ大森林には薬草や食料となるキノコや木の実が自生し、魚や動物も多く生息している。その為、魔法薬の研究をしている魔女が最低限の生活ができる事を知り、二人は魔女が近くの町や村に姿を見せなくても大丈夫だと感じた。

 しかし、広くて食料も豊富だと当然モンスターも棲みつく。凶暴なモンスターが棲んでいるような危険な森に普通の人間なら暮らそうとは考えないだろう。だが、その魔女はセルメティア王国最強であるザムザスと関係を持っているので並の魔法使いではないとノワールとジェイクは考えている。だから魔女がモンスターに襲われても苦労する事無く対処できるだろうと心配はしなかった。

 二人が魔女の事を考えている近くではダークが小川の前に立ち、水を入れた水筒をポーチにしまっている。その後ろには両手を背中に回して立っているザムザスの姿があった。


「ダーク殿、そろそろ出発するかのう?」

「ええ、水の補給もできましたし、いつでも大丈夫です」

「そうか」


 ダークの態度を見てザムザスは十分休憩できたのだろう、と感じたのか笑みを浮かべながら頷く。


「そう言うザムザス殿はどうなのです? 十分休めましたか?」

「ホッホッホッ、心配は無用じゃ。最近腰などがよく痛むが、魔法を使えば痛みも和らぐしのう」


 自分は大丈夫だと笑いながら話すザムザスを見てダークは外見の割にしっかりしている老人なのだと感じる。

 高レベルのダークとノワールは二十分歩いた程度では疲れを感じたりしないのだが、ジェイクやザムザスは普通の人間なので彼等の事を考えて細かく休息を取った方がいいと考えていた。でもジェイクは疲れた様子を見せず、ザムザスも笑っているので、細かく休む必要は無いのかもしれないと感じる。

 二人の下に座って休んでいたノワールとジェイクがやって来てダーク達は再び出発する。小川から離れてまた獣道を通り、森林の奥にある魔女の家へと向かった。


「しかし、此処は以前と全く変わっておらんのう」


 歩いているザムザスが上を見ながら懐かしそうな声を出す。ザムザスの言葉を聞き、ダーク達は先頭のザムザスへ視線を向けた。


「以前訪れた時も今の様な雰囲気だったのですか?」


 ダークが静かな声でザムザスに問いかけるとザムザスはチラッと後ろを向き、小さく笑いながら頷く。


「ウム、最後にこの森を訪ねたのは五年ほど前じゃった。あ奴が陛下の依頼を断った日から随分経ったのでそろそろ気が変わったのではと思い、もう一度アルメニスに来ないかと誘ったのじゃが……この森と同じであ奴の気持ちも変わっておらんかった」

「まぁ、この森林には魔女が研究をする為に必要な条件が全て揃っていますからね。研究しやすい場所から離れたくないという気持ちもあったのでしょう」

「かもしれん。じゃが、今回はあ奴も簡単には断って追い返すような事はせんじゃろう。何しろ、ダーク殿がおるのじゃからな」


 ザムザスはダークがいれば魔女の気持ちを変える事ができると確信しているのか前を見ながら笑って歩いている。

 ダークはザムザスの背中を見ながらそこまで期待されるのもなぁ、と兜の下で複雑そうな表情を浮かべる。ダークは魔女を仲間にしてバーネストの町に連れて帰るつもりでいるが、魔女の性格や情報が少ない状態で説得するとなると簡単には仲間にできないかもしれないと考えていた。だから絶対にマゼンナ大森林から連れ出してくれると考えるザムザスを見ると微妙な気分になる。


(魔女を仲間にするにしても、まずはその魔女の事をもっと知る必要がある。じゃないと魔女を仲間にする切っ掛けなんかを見つける事もできないからな。まず、ザムザスさんにその魔女がどんな女なのか訊いてみるか)


 心の中で魔女の情報を得ようと考えるダークは魔女の事を良く知っているザムザスに魔女の事を訊く事にした。


「ザムザス殿、その魔女の事なのですが、一体どんな性格で……ッ!」


 ザムザスに魔女の事を訊こうとした時、ダークが突然立ち止まる。急に立ち止まったダークを見てノワールとジェイクも止まり、言葉を途中で止めたダークにザムザスも不思議に思い、足を止めて振り返った。


「マスター、どうしました?」


 ノワールが突然立ち止まったダークに尋ねるとダークは素早く片手を上げる。ダークが手を上げるのを見たノワールはダークが静かにするよう伝えているのに気付いて真顔で黙り込む。ジェイクとザムザスもダークの態度を見て何かあると感じたのか口を閉じた。

 静かになり、ダークは周囲に意識を集中させる。どうやら何かを感じ取って調べているようだ。ノワール達はただ黙ってダークが喋るか何か反応を見せるのを待った。

 やがてダークは上げている手を下ろし、前を見つめながら目を赤く光らせた。


「……気配が六つ、こっちに近づいて来る。恐らくモンスターだろう」

「モンスター? ダーク殿、お主はモンスターが近づいて来るのが分かるのか?」


 ザムザスはダークがモンスターの気配を感じ取る事ができる事に驚いて目を見開く。ダークはモンスター察知の技術スキルで自分達に近づいて来るモンスターの気配に気づいて立ち止まったのだ。

 ノワールとジェイクはダークが技術スキルを使ってモンスターの存在に気付いた事を知ると表情を鋭くして周囲を警戒する。ダークも背負っている大剣を抜き、ザムザスは戦闘態勢に入った三人を見ると戦いが始まるのだと知って辺りを見回した。

 ダーク達が警戒しているとダーク達が向かっていた方角から四つの大きな影と二つの小さい影が近づいて来るのが見え、ダーク達は構える。六つの影の内、二つの小さな影の正体は黒い体毛と鋭い牙を持った狼の姿をしたモンスターでダーク達を睨みながら唸り声を上げた。そして、その後ろから赤紅色の肌に茶色い皮の腰巻を付け、大きな木の棍棒を持ったオーガが四体現れてダーク達の数m手前で立ち止まる。

 黒い狼の姿をしたモンスターはブラックハウンドと言う下級の獣族モンスターである為、ダーク達にとっては脅威ではない。だが、赤いオーガを見たジェイクとザムザスは僅かに驚いた表情を浮かべる。それもそのはず、その赤いオーガこそがブラッドオーガなのだから。

 

「おいおい、マジかよ。何でこんな所にブラッドオーガがいるんだ? 話じゃもっと奥にいるはずだろう」


 森林の奥にいるはずのブラッドオーガがいるはずのない場所にいる事に驚くジェイクはスレッジロックを構えながら険しい顔をする。ザムザスも驚いて僅かに汗を流しながらブラッドオーガを睨んでいた。


「イダ、コイツ等ダ! 森ニ入ッテ来タ人間ドモ!」


 ブラックハウンドが唸り声を上げているとブラッドオーガの一体が前に出てダーク達を指差す。どうやらダーク達が森林に入るのを何処からか見ていたようだ。


「人間、人間!」

「肉ダ、肉ダァ!」

「叩キ潰シテ食ッテヤルゥ!」


 他の三体のブラッドオーガが棍棒を振り上げながら騒ぎ出す。ダーク達は目の前にいるブラッドオーガ達が自分達を食料と考えてはしゃいでいる姿を見て心の中で呆れていた。


「……ハァ、亜種であっても所詮はオーガ、人間を食い物としか見られない哀れな連中だ」


 ダークが溜め息をつきながら首を横に振る。ノワールも同じ気持ちなのか目を閉じてうんうんと頷く。すると、ダークの声を聞いたブラッドオーガ達が騒ぐのをやめてダークを睨み付ける。


「オ前、今俺達、馬鹿ニシタナ」

「人間ノクセニ生意気!」

「おやおや、聞こえたのか? 見た目と頭は悪いくせに耳は良いみたいだな」


 ブラッドオーガを見ながらダークは更に挑発する。するとブラッドオーガ達は頭に血が上ったのか大きな声を上げた。ダーク達はそんな興奮するブラッドオーガ達を黙って冷静に見つめている。


「頭ニ来タ! オ前、食ウノ止メタ。生キタママ手足引キチギッテ犬ドモノ餌ニシテヤル!」


 自分達を馬鹿にしたダークはブラックハウンドの餌にすると言い、ブラッドオーガは棍棒をダークに向けて叫ぶ様に言い放つ。ダークの後ろに立つジェイクはお前等には無理だと思いながら笑いを堪えている。

 一体のブラッドオーガが棍棒を横に振ると二匹のブラックハウンドが同時にダーク達に向かって走り出す。向かってくるブラッドハウンドを見てダークとジェイクが自分達の得物を構え、ノワールも杖を構えて魔法を発動させようとする。すると、一番前にいるザムザスが両手をダーク達の前に出して彼等を止めた。

 いきなり両手を出して自分達を止めるザムザスにダーク達は一瞬驚く。ザムザスは走って来るブラックハウンドを見ると小さく溜め息をついた。


「やれやれ、まさかブラッドオーガの縄張りがここまで広くなっていたとはな。しかも下級のモンスターまで手懐けているとは」

 

 ブツブツと呟きながらザムザスは両手を前に動かして走って来る二体のブラックハウンドに向ける。そして鋭い眼光でブラックハウンド達を睨み付けた。


暴風の刃トルネードカッター! 水撃の矢ウォーターアロー!」


 ザムザスは中級魔法を二つ同時に発動させ、左手から水の矢を、右手から真空波を放って攻撃した。水の矢はブラックハウンドの一体に命中し、水の矢を受けたブラックハウンドはその場に倒れる。そして真空波はもう一体のブラックハウンドの頭部を真っ二つにした。一瞬で二体のブラックハウンドを倒したザムザスにダーク達はおおぉ、という反応を見せる。

 <暴風の刃トルネードカッター>は風の刃ウインドカッターの強化版である風属性の中級魔法。ウインドカッターよりも真空波が大きくて速度も速いが、電撃の槍エレクトロジャベリンよりは遅いので回避はそれほど難しくはないと言われている。だがそれでも下級モンスターなら一撃で倒せるくらいの威力を持つ。

 ブラックハウンドが倒されたのを見てブラッドオーガ達はしばらく呆然としていたが、すぐに我に返り、大声を上げながらダーク達に向かって走り出し襲い掛かろうとした。


「何も考えずに魔法使いに正面から突っ込むとは、ダーク殿の言ったとおり、頭の悪い連中じゃな」


 ブラッドオーガ達の愚行にザムザスは呆れながら右手を走って来るブラッドオーガ達に向けた。ザムザスの右手の中に緑の魔法陣が展開されるがブラッドオーガ達は興奮しているせいか警戒せずに突っ込んで来る。


放射電流スプレッドスパーク!」


 ザムザスが叫ぶと魔法陣の中から無数の青白い電撃が広がる様に放たれ、走って来る二体のブラッドオーガに命中した。電撃を受けたブラッドオーガは全身の痛みと痺れに断末魔を上げ、電撃が消えると体から煙を上げながら倒れる。

 <放射電流スプレッドスパーク>は電撃を前方に広げながら放ち、多数の敵を攻撃する事ができる風属性の中級魔法の一つ。無数の電撃は散弾銃の弾の様に広がって放たれるので攻撃範囲内のいる敵はほぼ回避不可能だ。攻撃力もそこそこあり、命中すれば一定の確率で敵を麻痺させる事も可能な為、風属性の魔法を扱う魔法使いならほぼ全員が習得すると言われている。

 仲間のブラッドオーガが動かなくなったのを見た残りのブラッドオーガ達は一瞬動揺を見せるが、すぐに険しい表情を浮かべてダーク達を睨む。魔法が強力なのは理解しているが、命中しなければ問題ないという浅はかな考え方をしながら再びダーク達に襲い掛かろうとしていた。

 ザムザスは仲間がやられたのを見ても警戒せず、さっきと同じように攻撃しようとしているブラッドオーガ達を心の中で哀れむ。残りのブラッドオーガも片付けてしまおうと両手をブラッドオーガに向けて魔法を発動させようとした。

 だがその直後、後ろで控えていたジェイクが走って一体のブラッドオーガに向かって行く。ジェイクが持つスレッジロックの刃は黄色く光っており、すでに戦技を発動できる態勢にあった。


岩砕斬がんさいざん!」


 ブラッドオーガに近づいたジェイクはジャンプし、気力で強化されたスレッジロックを横に振って攻撃する。スレッジロックの刃はブラッドオーガの胸部を切り裂き、切られた箇所から赤い血が噴き出た。

 切られたブラッドオーガは激痛に声を上げながら仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。残された最後のブラッドオーガは仲間が殺された光景を目にして後退する。最初は食ってやるだの殺してやるだの言っていたが、あっという間に仲間が殺されたのを目にして最初の強気な態度は完全に消えてしまっていた。

 ジェイクはブラッドオーガを睨みながらスレッジロックを振って刃に付いている血を払い落とす。ダークとノワール、ザムザスも生き残っているブラッドオークをジッと見つめている。


「さあ、残るはお前だけだぜ。どうする?」


 スレッジロックをブラッドオーガに向けながらジェイクは低い声で尋ねる。ブラッドオーガは目の前にいる人間達には勝てないと悟り、ゆっくりと後ろへ下がってダーク達から離れる。そしてある程度離れるとダーク達に背を向けて森林の奥へ走って逃げた。


「追撃しますか?」

「いや、その必要は無い。放っておけ」


 逃げるブラッドオーガを攻撃するか尋ねるノワールにダークは冷静な態度で止める。レベルの低いオーガを逃がしてまた襲って来たとしてもダーク達にとっては何の問題もない事なので、そのままにしておいても大丈夫とダークは感じていた。


「しっかし、どうしてこんな所にブラッドオーガがいるんだ?」


 倒れているブラッドオーガの死体をジェイクは不思議そうな顔で見ている。情報ではブラッドオーガは森林の奥の方に棲みついており、今ダーク達がいる場所には姿を見せないはずだ。ところがブラッドオーガは森林の入口近くの辺りまで移動してダーク達に襲い掛かった。どうしてブラッドオーガがそんな行動を取ったのか、ジェイクは難しい顔で考え込む。

 ジェイクが腕を組みながらブラッドオーガの死体を見ているとザムザスがジェイクの隣までやって来てブラッドオーガの死体を見つめる。ダークとノワールも二人の後ろで同じように死体を見ていた。


「……なぜブラッドオーガが森林の奥ではなく、こんな所で姿を見せたのか、あ奴なら何か知っておるかもしれん」

「あ奴って、例の魔女の事ですかい?」

「ウム、あ奴は森林の何処に良い薬草が生えているのかを知る為に使い魔に森林を偵察させておる。だから森林の何処で何が起き、何か変化が起きていないかを把握しておるはずじゃ」


 ブラッドオーガがなぜ活動範囲を広げたのか、魔女ならその訳を知っているはずだと話すザムザスを見てダーク達は仲間にする時にその事も聞いてみようと考える。


「さて、ではそろそろ出発するとしよう。またモンスターと遭遇して戦闘になったら面倒じゃからな」


 髭を整えながらザムザスは歩き出し、ジェイクもその後に続く。ダークとノワールは歩いて行くジェイクとザムザスの後ろ姿をジッと見つめている。


「流石はザムザス殿、難なくブラックハウンドとブラッドオーガを二体ずつ倒してしまった。ジェイクも一撃でブラッドオーガを倒したし、アイツを選んで正解だったな」

「ええ、そうですね……でも、お二人が敵を倒してしまったから今回は僕とマスターは出番無しになってしまいましたね」


 戦いに参加できなかった事が残念なのかノワールは苦笑いを浮かべながらダークを見上げて言う。ダークはそんなノワールを見下ろしてポンポンとノワールの頭を軽く叩く。


「気にするな、次の戦いで活躍すればいい……ん?」


 突如ダークが何かに気付き、ノワールの頭に手を乗せたまま振り返って上を見た。


「マスター、どうしました?」

「……いや、何でもない」


 ノワールは不思議そうな顔でダークを見上げながらまばたきをする。先程ダークは何かの気配を感じ、気配のした方を見た。しかし視線の先には誰もおらず、気のせいだと考えたのだ。

 それからダーク達は再び獣道に入り、目的地である魔女が住む家へと向かって移動を再開した。

 移動を再開し、途中で何度かモンスターと遭遇したが、ダーク達にとっては弱すぎる相手なので苦戦する事無く撃退する事ができた。今度はダークとノワールも戦いに参加して襲って来たモンスター達にその強さを見せつける。二人の戦いを間近で見たザムザスは驚き、ジェイクは相変わらず強いな、と感じながら二人を見ていた。

 ただ、襲って来たモンスターの中にブラッドオーガの姿は無かった。森林の奥に進んでいるのに先程のようにブラッドオーガとは一度も遭遇していない。ダーク達はそれを不思議に思いながら更に奥へと進んで行く。

 歩き出してから三十分後、ダーク達は更に奥へと進んで大きな広場の前に出た。そこはサッカー場二つ分の広さはある場所で頭上には空が広がってる。広場の中央辺りには石と木で出来た煙突付きの一軒家が建っており、その奥には四つの小さな石塔に囲まれた広い石の台があった。


「此処があ奴、お主達の目当てである魔女が住んでおる場所じゃ」

「ほぉ、此処が……」

「綺麗な場所ですね」


 ダークとノワールが意外そうな反応を見せながら広場を見ている。薄暗く凶暴なモンスターが棲み付いている森林の中にこんな明るい場所があり、そこに魔女が住んでいる事に驚いていた。


「やっと魔女様とご対面か。それじゃあ、早速会いに行こうぜ」

「ジェイク殿、待つのじゃ」


 ジェイクが広場に入ろうとした時、ザムザスが突然ジェイクを止める。ジェイクは立ち止まってザムザスの方を向き、ダークとノワールもザムザスに注目した。


「どうしたんです、ザムザス殿?」


 いきなり呼び止められたジェイクは振り返ってザムザスの方を向く。ザムザスは無言でジェイクの隣までやって来てそっと手を前に伸ばした。するとジェイクとザムザスの前に半透明の光の壁が現れ、それを見たダーク達は驚きの反応をする。


「これは、障壁ですか?」

「ウム、あ奴が仕掛けた魔法、不可侵聖域イノセントサンクチュアリじゃ。森林に棲み付いているモンスターが近づかないように張っておるのじゃ」


 ダークの質問にザムザスは頷きながら答え、魔法の名前と障壁が張ってある理由を話した。

 <不可侵聖域イノセントサンクチュアリ>は陣地の周囲に障壁を張り、敵の侵入を防ぐ事ができる光属性の上級魔法。障壁の防御力はとても高く、並の攻撃や魔法では当然破壊できず、同じ上級魔法でも一撃では破壊する事はできない。破壊する以外で障壁の中に入る方法と言えば、障壁に魔力を送り込んで穴を開け、そこから中に入るぐらいだ。術者の仲間であれば普通に障壁を潜って中に入る事ができる。

 ザムザスは薄っすらと見える障壁に手を近づけて魔力を送り込む。すると障壁に人一人が入れる位の大きさの穴が開いた。


「これで中に入れる。では、行くとしよう」


 障壁の内側に入れるようになるとザムザスは穴から中へと入って行く。それを見たダーク達もザムザスに続いて穴から障壁の中へ入った。四人が広場に入るとザムザスが開けた穴は小さくなり、最初から無かったかの様に消える。

 誰もいない静かな広場を歩いて行き、ダーク達は一軒家の前までやって来た。煙突からは煙が出ており、中に誰かがいるようだ。ダーク達は中に探していた魔女がいると確信しながら家を見ている。

 ザムザスは玄関と思われる木製の扉の前に立つとゆっくりとドアノブを回し、扉を開けて中に入った。ダーク達もザムザスに続いて家の中へ入って行く。家の中には机や椅子、食器棚の様な一般的な家具が幾つか置かれてある。それ以外にも薬草や乾燥させた蜥蜴や蛇などが机の上などに多く置かれてあった。

 魔女が住んでいる家の中を見てジェイクは驚きの表情を浮かべている。しかしダークとノワールは家を見ても落ち着いた態度を取っていた。ファンタジー漫画や映画の中などで見られる魔法使いや魔女の家に似た雰囲気だったので驚く事がなかったのだ。

 家の中を見回していると、奥で大きな窯の前に立ち、試験管を持つ一人の女の後ろ姿がダーク達の視界に入った。その女は金髪のロールヘアで漫画とかで魔女が被るような大きな黒い三角帽を被り、黒い長袖の服を着て革製のロングブーツを履いている。身長はアリシアと同じくらいだが背を向けているので顔はハッキリと見えない。だが、彼女がダーク達が探していた魔女で間違いないようだ。


「ノックもせずに入るとは、随分と礼儀を知らない客だな?」


 若い女の声が魔女の方から聞こえ、ダーク達は反応する。声を聞いてダーク達は魔女は若く、ザムザスの弟子か何かだろうと思った。


「こんな辺鄙へんぴな所に住んで人と交流をしない者に対して礼儀など必要無かろう」


 魔女の言葉にザムザスは呆れた様な口調で言い返す。ザムザスの声を聞いた魔女は振り返ってその顔をダーク達に見せる。化粧などはしておらず、緑色の美しい目をした二十代前半ぐらいの若さだった。更に豊満な胸部を持ち、胸元や腹部、大腿部などを露出した妖艶な格好をしている。

 ジェイクは魔女の姿に思わず見惚れてしまった。妻と娘を持つ身としては問題ある反応だが、それでも仕方がないと言えるほどの姿だったのだ。ダークとノワールは興味の無さそうな様子で魔女を見ている。


「ザムザス、やはりお前だったか」


 目を細くしながらザムザスを見て魔女は興味の無さそうな声を出す。魔女はザムザスに敬語を使わず、知人の様な話し方をしている。魔女の態度から、二人は師弟関係という訳ではないのかとダークは感じた。


「……その口振り、まるで儂等が来る事を知っておった様じゃな?」

「お前達がこの森林に入り、ブラッドオーガ達と戦っているのを私の使い魔が見ていたのだ」


 数十分前の出来事を魔女は細かくザムザスに話した。その会話を聞いたダークはふと反応して目を薄らと赤く光らせる。


(成る程、あの時感じた気配の正体はこれだったのか…)


 ブラッドオーガと戦った後に誰かに見られていたような感覚がした時の事を思い出してダークは心の中で呟く。使い魔を使って離れた所で戦っていた自分達の情報を得る事ができる魔女を見ながらダークは魔女を仲間にしたいと言う気持ちをより強くした。


「……それで、今日は何しに来たんだ、ザムザス? 前回の様にセルメティア王国の為に首都で研究をしろと言っても答えは変わらないぞ」

「いや、今日は違う。と言うよりも、陛下はお前さんの事はもう諦めておられる」

「……では何の用だ?」


 試験管を近くにある机の上に置き、魔女は腕を組んで尋ねた。するとザムザスは髭を整えながら真剣な表情を浮かべる。


「お前さんを雇いに来た」

「……ハァ、何だ、結局同じではないか。なら答えは同じだ、私はこの森で一人のんびりと――」

「お前さんを雇うのはマクルダム陛下ではない。新しくできる新国家の王となる者だ」

「何?」


 マクルダムではなく、別の国の王が自分を雇いに来たと聞いて魔女は反応する。魔女はマクルダムではない者という事に興味があったが、それ以前に新国家ができるという事が気になっていた。

 魔女はここしばらくマゼンナ大森林から出ていないので、森林の外の情報を何も知らなかった。エルギス教国と戦争があった事や新国家ができる事、そしてダークが活躍している事も。

 ザムザスは後ろを向いて堂々と立っているダークの姿を魔女に見せる。魔女はずっとザムザスの後ろに控えていた黒騎士を鋭い目で見つめた。魔女は使い魔を使ってダーク達が森林に入って来た事を知っているので当然ダークの存在も知っている。


「紹介しよう、彼が新国家の王となる英雄、暗黒騎士ダーク殿じゃ」

「英雄だと?」


 黒騎士を英雄と呼ぶザムザスを見て魔女は少し驚きの表情を浮かべ、再びダークに視線を戻した。ダークは自分を見る魔女に軽く頭を下げる。


「はじめまして、暗黒騎士ダークと言う。以前は首都で七つ星冒険者をやっており、今は貴族としてバーネストの町の町長をしている」

「冒険者が貴族になり、町長を務めているとは……で、その両脇にいるのはその英雄殿の仲間か?」


 魔女はダークの隣に控えているノワールとジェイクを見る。ノワールとジェイクの姿を見た魔女は目を閉じながら小さく笑う。


「フッ、子供とガラの悪い男か。まぁ、黒騎士では仲間にできる者も限られるだろうからな」


 ダークを小馬鹿にする様な態度を取る魔女にノワールとジェイクは眉をピクリと動かして反応する。自分の主を馬鹿にされて少し気分を悪くしたようだ。


「既にザムザスから聞いていると思うが、一応自己紹介しておこう。私はヴァレリア・ステリーナ、この森で魔法薬の研究をしているグランドウィザードだ」

「……随分と態度のデカいお嬢ちゃんだな? ザムザス殿に対しても偉そうな言い方をしてるし、目上の人間に対して礼儀を学んだほうがいいんじゃねぇのか?」


 ジェイクはヴァレリアと名乗る魔女の態度の悪さに低い声を出す。するとザムザスが振り返り、少し困った様な表情をしながらジェイクの方を見る。


「ジェイク殿、こ奴は見た目は若い娘の姿をしておるが、実は儂と共に魔法を学んだ妹弟子なのじゃ」

「……はあぁ!?」


 ザムザスの口から出た予想外の言葉にジェイクは思わず声を上げる。ノワールも驚いて目を見開きながらザムザスを見ており、ダークも表情は見えないが僅かに驚いた様子を見せていた。

 驚くのも当然だ。老人のザムザスと二十代の若い女の姿をしているがヴァレリアが共に魔法を学んだ兄妹弟子だと言われれば誰だったダーク達と同じ反応をするだろう。ノワールとジェイクはまばたきをしながらヴァレリアを見ており、そんな二人の表情を見てヴァレリアは楽しそうに笑った。

 

「ザムザス殿、失礼ですが現在御幾つなのですか?」

「今年で七十四になる」


 ダークがザムザスに歳を尋ねるとザムザスは正直に自分の歳は話す。歳を聞いたダークは視線をザムザスからヴァレリアに向けた。

 ヴァレリアがザムザスと共に同じ師から学んだ妹弟子なら歳もザムザスに近いはずだ。だが、どう見ても魔女がザムザスに同じくらいの歳とは思えない。

 不思議に思うダークやノワール、ジェイクを見たザムザスは視線をヴァレリアに向けて静かに口を開いた。


「ヴァレリアは自ら生み出した秘術を使って肉体を若返らせたのじゃ。今のこ奴の姿は儂と共に師匠に弟子入りした時、五十年ほど前の姿じゃ」


 ザムザスはヴァレリアが若い姿をしている理由を話し、ダーク達はそれを黙って聞いている。魔法が存在する世界なのだから、若返る手段もこの世界にあるだろうとダークとノワールは予想していた為、魔法で若返った事に関しては驚かなかった。


「人間の寿命では魔法や魔法薬の調合を極めるのは無理だと言いおってのぉ。四十を過ぎる頃に全てを極める為に寿命と言う束縛から解放されるなどと言って秘術を使い不老になったのじゃ。儂や師匠の反対を無視してな」

「全てを極める為に不老になる事がそんなにいけない事か? 人間はエルフやドワーフの様な亜人とは違って寿命が極めて短い。人間の身で魔法を極めるなら寿命を捨てるしかないのだ」


 お互いに自分の考えをぶつけ合うザムザスとヴァレリア。若さは違うが同じ時間を生きて来た二人の一流魔導士をダーク達は黙って見守っている。それと同時に二人の会話に自分達が口を挟む事はできないと感じた。


「ハァ、姿だけでなく、考え方も全然変わっておらんな?」

「フン……それで、英雄のダーク殿はなぜ私を雇いに来たのだ?」


 昔話をしていたヴァレリアはダーク達が自分に用がある事を思い出して話を戻す。ザムザスは途中で話を変えたヴァレリアを鋭い目で見つめている。


「では、説明させてもらおう……」


 本題に入るヴァレリアを見てダークはヴァレリアの下を尋ねた理由を説明し始める。ノワール達は黙ってダークの説明を聞いていた。


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