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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十一章~建国の領主~
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第百二十九話  アリシアの想い


 悩んでいる時にいきなり模擬試合をしようと言って来たダークにアリシアは驚き、目を丸くしながらダークの顔を見る。そこにはニッと笑いながら自分を見つめるダークの顔があった。


「え、え~っと……ダーク、今何と言ったのだ?」

「模擬試合をしないかと言ったんだ」


 確認してダークの言葉が聞き違いでない事を知ったアリシアは更に驚いてポカーンとする。そんなアリシアの顔をダークは黙って見つめていた。


「あ~、ダーク? 私達は今、私が新しい国の騎士として生きるか、セルメティア王国の騎士として生きるかについて話し合っているのだったな?」

「ああ」

「なぜいきなり模擬試合をするという話になってしまうんだ?」


 話の流れが理解できずにアリシアは困り顔でダークに尋ねる。今後の人生の事について悩んでいる時にいきなり模擬試合をしようと言われれば誰だって驚くのは当たり前だ。

 ダークは驚くアリシアを見つめながら彼女の顔を指差した。いきなり自分を指差すダークにアリシアは驚きの反応を見せる。


「君はセルメティア王国の騎士として生きる事と俺と一緒にいる事、どちらも同じくらい大切だと思って決められなくなっているんだろう? だったら、俺と模擬試合をしてその勝敗で決めればいいんじゃないか?」

「結果で?」

「そうだ。もし君が勝ったらセルメティア王国の騎士の道を選び、俺が勝ったら俺の国の騎士になる、という内容だ」


 いくら考えても決める事ができないのなら、模擬試合をしてその結果でどうするかを決めると言う単純な方法をダークから聞かされ、アリシアはまばたきをしながらダークを見た。

 アリシアはセルメティアの騎士であり続けるかダークの国の騎士になるかを悩み、どちらも大事な事だと考えている。その大切な二つの内、どちらか一つを選べと言われれば誰であろうと深く悩む。なら、自分で選ぶという選択肢を捨てて模擬試合の結果で決めると言う半分強制的な選び方をすればいいとダークは考えて提案したのだ。


「セルメティア王国の騎士として生きる事と俺の国の騎士として生きる事、君はどちらも大切で片方だけを選ぶ事はできない。だがそれは言い方を変えれば、選ぶ事ができればどちらでもいいという事だ」

「ああ……」

「なら、俺と模擬試合をしてその勝敗の結果でどちらの道を選ぶか決めればいい。それなら迷う事無く片方を選んでもう片方を切り捨てる事ができるだろう?」

「それは、確かにそうだが……」


 ダークの考えも一理あると感じてアリシアは難しい顔で呟く。自分で決められないのならダークの言った方法を選べば迷う事無く決断できる。だが、アリシアはなぜかその方法で選ぶ事に抵抗を感じていた。

 俯いて考え込むアリシアを見てダークは聞こえないくらい小さく息を吐いてアリシアの肩にそっと手を置く。


「まぁ、これは俺が考えた選択肢の一つだ。どうやって選ぶかはアリシア、君が決めればいい」


 あくまでも自分で決断するかそうしないか、方法を決めるのはアリシア自身、ダークは優しい口調でそう伝える。アリシアはしばらく俯いたまま黙り込み、やがてゆっくりと顔を上げてダークの方を向いた。


「……ダーク、貴方はどうなんだ?」

「ん?」

「貴方は私に貴方が作る新国家の騎士になってもらいたいのか?」


 アリシアはダーク自身に自分にどうしてもらいたいのか、自分を必要としているのかを尋ねる。するとダークは腕を組んで真剣な表情を見せた。


「……正直に言うと、俺は君に俺の国へ来てほしいと思っている。君は俺の仲間であり、協力者でもある大切な存在だからな」

「ダーク……」

「だがなアリシア? 俺がそう言ったから俺の国の騎士になる事を選んでも、それじゃあ本当の意味で君が決めたわけではない。俺が君の生きる道を選んだようなものだ」


 自分で決めたわけでなく、他人に言われたからその道を選んだのでは意味がない。自分の意志で決めるのが大切だと言うダークの言葉をアリシアは黙って聞いてる。

 アリシアに残ってほしいと願うダークだが、どんな道を選ぶかはアリシア自身だ。自分にはアリシアの進む道を決めたり強制する資格は無い。だからダークはアリシアに自分の意志で決めるよう話したのだ。さっき言った模擬試合による決め方もアリシアがどうしても自分で決められなかった時の選択肢の一つにすぎなかった。

 再び俯いて考え込むアリシアをダークは自分の頬を指で掻きながら複雑そうな表情で見ていた。


「まあ、焦らずにゆっくり考えろ。時間はタップリあるんだからな」

「……ああ、そうだな」


 顔を上げてダークを見ながらアリシアは低い声で答える。ダークはそんなアリシアは黙って見つめながら小さく頷く。

 それからアリシアは騎士団の仕事に戻る為、部屋を後にした。


――――――


 その日の夜、町長の屋敷の一室ではアリシアが部屋の中央で椅子にもたれている姿があった。騎士団の仕事を終えて帰宅し、ダーク達と夕食を済ませてから自室に移動してくつろいでいたのだ。

 聖騎士の鎧やマント、額当てを外して普段着姿のアリシアが座っている椅子の隣にある小さな机には酒の入ったワイングラスが置かれおり、アリシアは静かにそのワイングラスの中の酒を飲む。


「……ハァ、焦らずゆっくり考えろ、か」


 疲れた口調で呟きながらアリシアは持っているワイングラスを机にそっと置く。昼間にダークに言われた事をずっと考えながら騎士団の仕事をしており、そのせいか仕事に集中できず、精神的にかなり疲れたようだ。


「考える時間があっても、選ぶ事ができないのでは無駄に時間が過ぎるだけ……どうすればいいんだ」


 セルメティア王国と新国家、どちらを選べばいいのか自分でも分からないアリシアは俯く。自分が歩みたいと思う道を選べばいいだけなのだが、アリシアにはそれができずに困り果てていた。

 ダークは新しい国ができるまでに決めればいいと言っていたが、答えが出ない間はアリシアはずっと悩み続けながら仕事をしないといけなくなる。それでは仕事に支障が出る可能性があるので早いうちに決断し、仕事に集中できるようにする事が大切だと感じ、アリシアはどちらを選ぶか考えた。

 だが、やはりすぐには答えを出す事ができず、アリシアは深く溜め息をつく。どうしても選べない時はダークが言っていた模擬試合の勝敗で選んでもいいかもしれないとも考えていた。

 アリシアが悩んでいると部屋の扉をノックする音が聞こえ、アリシアは椅子に座ったまま扉の方を向く。


「ハイ?」

「アリシア、私よ」

「お母様ですか?」


 自分の部屋を尋ねてきたミリナにアリシアは意外そうな顔をしながらゆっくりと立ち上がる。


「今、ちょっといいかしら?」

「あ、ハイ。どうぞ」


 入室を許可すると扉がゆっくりと開き、ミリナが部屋に入って来る。ミリナが部屋の中央にいるアリシアを見ると微笑みながらアリシアの下へ歩いて行く。アリシアは尋ねてきた母を椅子に座らせ、自分もさっきまで使っていた椅子に座りミリナと向かい合った。


「こんな時間にどうされたのですか?」


 アリシアは部屋を訪ねた理由を訊くとミリナが微笑んだままアリシアの顔を見つめる。


「貴女、何か悩み事でもあるんじゃないかしら?」

「えっ、どうしてそんな事が……」

「分かりますよ? 何しろ貴女の母親ですからね」


 優しい口調で話すミリナを見てアリシアはまいったな、と言いたそうな表情を浮かべる。

 ミリナがアリシアが仕事から帰って来てから彼女の様子がおかしい事に気付き、何か悩みがあって考え込んでいるのではと思い、アリシアの様子を伺うのと同時に話を聞く為に部屋にやって来たのだ。


「……まったく、お母様には敵いませんね」

「そう言うって事はやっぱり悩みがあるのね?」

「ハイ……実は」


 母親には隠し事は通用しないと感じ、アリシアは頭部を掻きながら小さく息を吐いてミリナに悩みを打ち明けた。セルメティア王国の騎士であり続けるか、ダークが作る新国家の騎士となるかで悩んでいる事や模擬試合を行うかもしれないという事など、アリシアは全てをミリナに話す。


「……成る程、つまり貴女はあの人、お父様の遺志を継ぎ、ファンリード家の当主として家の名誉とセルメティア王国を守ろうという道とダークさんの国の騎士となって彼を支えていきたいという道のどちらか一つを選べずに悩んでいるのね?」

「ハイ……」


 アリシアから全ての話を聞いたミリナは両手を大腿部に置きながらアリシアを見つめ、アリシアは目を閉じながら小さく俯いている。


「お父様はファンリード家の当主としてセルメティア王国に仕え、国を支え守ってきました。私も次期当主としてお父様と同じように国とお母様を守りたいと思っています」


 俯きながら自分が思っている事を語り続けるアリシアをミリナは黙って見つめ、話を聞いた。


「ですが、私を助け、強くしてくれたダークに恩返しをし、彼の力になりたいという思いもあり、私はセルメティア王国の為に生きていくか、ダークに力を貸す為に生きていくかを選べずにいるんです」

「どちらを選ぶ事はできないの?」


 ミリナが確認する様にアリシアに尋ねるとアリシアは俯いたまま首を横に振る。過去に一度もここまで真剣に悩むアリシアを見た事がなかったミリナは少し驚いた表情を浮かべた。

 今までのアリシアはセルメティア王国の聖騎士として、ファンリード家の次期当主として物事をしっかりと決断して行動して来た。だが今のアリシアは今後の自分の人生をどうするかについて深く悩んでいる。ミリナは今日まで自分に甘える事無く一人で戦い、考え、行動して来たアリシアを何とか助けてあげたいと考えた。

 ミリナは俯くアリシアを見つめながらゆっくりと立ち上がり、彼女の目の前までやって来てそっとアリシアの肩に手を置く。


「アリシア、貴女は自分が進みたいと思う道を選べばいいのよ」

「ですから、私はセルメティア王国の騎士として生きる道とダークの国の騎士として生きる道、そのどちらも進みたい道だと思っているんです」

「……ダークさんの国の騎士になる事はともかく、セルメティア王国の騎士として生きる道は進みたいと思っているのではなくて、進まないといけないと思っているのではないかしら?」

「え?」


 意味深なミリナの言葉にアリシアは顔を上げる。ミリナが真剣な顔でアリシアを見つめながら話を続けた。


「貴女のお父様は貴族としてセルメティア王国の為に尽くしてきた。そして貴女も聖騎士となってセルメティア王国の為に尽くそうと考えている……でもそれはファンリード家の当主であったあの人の後を継いで当主となるから自分もあの人と同じようにしないといけないと思い込み、セルメティア王国の騎士であり続ける道を捨てられないのではないのかしら?」

「わ、私はそんな事は……」

「本当に思っていないの?」


 ミリナが尋ねるとアリシアは何も言わずに黙り込む。どうやらミリナの言う通り、アリシアは心のどこかで父の後を継ぐのだから最後までセルメティア王国の為に尽くさないといけないと思っていたようだ。

 目を逸らして黙るアリシアを見つめるミリナは小さく息を吐いて自分の椅子に座り、アリシアを見つめながら口を開いた。


「アリシア、良い機会だから貴女に伝えておくわね?」

「……?」

「私はね、ファンリード家の名誉などはもうどうでもいいと思っているの」

「……え?」


 ミリナの口から出た信じられない言葉にアリシアは目を見開く。


「お、お母様、いきなり何を言うのですか!?」

「あの人はね、亡くなる前に私に言ったの。『自分が死ねばアリシアは私の後を継いでファンリード家の当主となり、我が家の名誉を守ろうとするだろう。だが、その名誉の為に大事な一人娘の人生を狂わせたくない。騎士になる事はアリシアが望んだことだから構わないが、騎士になったからと言って家の名誉まで守る必要は無い。アリシアがやりたい事を見つけたら家の名誉を守る事よりも自分の進みたい道を選べと伝えてほしい』と……」

「お父様がそんな事を……」


 今まで知らなかった父の本心を知ってアリシアは驚く。ミリナは今日まで自分が聖騎士となりファンリード家の当主となって名誉やセルメティア王国を守る為に戦う事に反対しなかった。それをミリナが願っていると思っていたからだ。

 

「アリシア、貴女は今日までファンリード家の為によく頑張ってくれたわ。でもね、これ以上自分のやりたい事を捨ててまでファンリード家の名誉を守る必要は無いの。今まで貴女の努力する姿を見ていて言い出せなかったけど、これからはあの人の後を継ぐ必要は無いわ。貴女がやりたいと思っている事をがやればいいし、貴女が進みたいと思う道を進めばいいのよ」


 驚きのあまり呆然とするアリシアを見てミリナは一番伝えなくてはならない事を、ダークの国の騎士になる道を選んでもいいという事を遠回しにアリシアに伝える。それを聞いたアリシアはハッと我に返り、同時にミリナの伝えたかった事を悟ってミリナの顔を見つめた。

 継がなくてはいけないと思っていた名誉を捨ててもう一つの道を選んで生きていけばいい、ミリナの言葉でアリシアの心は大きく揺れ出す。だが、アリシアにはまだセルメティア王国の騎士としての道を歩まなければならない理由があった。


「ですが、私がダークの国の騎士になったら、お母様や屋敷の皆はどうなるのですか? 私がいなくなったらお母様達は……」

「それなら心配は無いわ」


 ミリナのその後の事を心配するアリシアに対してミリナは笑顔を見せる。それを見たアリシアは意味が分からずにまばたきをしながらミリナの顔を見た。


「実はね、私や屋敷の人達、全員で相談してダークさんが作る新しい国に移住する事にしたの」

「え……ええええぇっ!?」


 セルメティア王国からダークの作る新国家に移住すると言うミリナの言葉にアリシアは思わず声を上げる。父の本心を聞かされて驚いた直後に更に驚きの言葉を母の口から聞かされてアリシアは頭がどうにかなりそうになっていた。

 驚くアリシアを見てミリナは楽しいのかニコニコしている。その様子はまるで仲の良い友達をからかって楽しんでいる様だった。


「私達がダークさんの作る新しい国の住人になればアリシアも私達を心配する事無く新しい国で騎士として働けるでしょう? あの人もきっと許してくださるわ」

「で、でも、私の都合でお母様達の生活まで変えてしまうのは……」

「そんな事は気にしなくていいのよ。私達は自分達で決めたんだから。貴女は自分の事を考えていればいいの、何も心配はいらないわ」

「お母様……」


 自分の為に生活環境や国を変える事を決める母を見てアリシアは驚く。そして同時に自分の為にここまでしてくれる母や屋敷の者達に感謝し心の中で喜んだ。


「さてと、アリシア。もう一度確認するけど、貴女はどっちを選ぶの? セルメティア王国の騎士として生きるか、ダークさんの新しい国の騎士として生きるのか」


 ミリナは改めてセルメティア王国の騎士として生きるかダークの国の騎士として生きるかアリシアに尋ねる。自分を見て確認するミリナの目を見ながらアリシアは真剣な表情を浮かべた。さっきまではどちらを選べばよいのか分からずに深く悩んでいたが、ミリナの話を聞いてアリシアはどちらを選ぶか既に決意していた。

 真剣な表情でミリナの顔を見ていたアリシアは小さく笑って口を開く。


「……私は、ダークの国の騎士となり、彼を支えていきます」


 アリシアの新国家の住人になるという答えを聞いたミリナは微笑みを浮かべる。

 今までファンリード家の名誉やミリナ、セルメティア王国を守って来た娘が初めて自分の為に自分が望む生き方を選んだ事をミリナは嬉しく思った。

 ダークの国の住人として生きる事を決意したアリシアは悩みが消えてスッキリした顔を見せる。椅子にもたれかかるとアリシアは机の上に置いてあるワイングラスを手に取り酒を飲む。


(これで明日からの仕事に集中でき、ダークと共に戦い、生きる事ができるようになった。明日にでもダークに知らせないとな)


 安心した表情を浮かべながらアリシアはワイングラスを横に回しながら中で回る酒を見てダークに移住の件を伝える事を考える。すると、アリシアは持っているワイングラスを机の上に置いてゆっくりと天井を見上げた。


(そう言えばダークは私がどちらかを選ぶ方法としても模擬試合をすると言っていたな。既に私は新国家の住人になる事を選んだのだからダークと模擬試合をする必要は無いのだが……折角だ)


 アリシアは天井を見上げたまま小さな笑みを浮かべる。ダークが話していた模擬試合の事で何かを思いついたようだ。

 ミリナは笑っているアリシアを見て何を考えているのかと不思議そうな顔をする。そんなアリシアを見ているとミリナはある事が気になり、笑っているアリシアに声をかけた。


「アリシア、一つ訊きたい事があるの」

「……何でしょうか?」


 アリシアは話しかけて来たミリナの方を向いて訊き返す。するとミリナが微笑みを浮かべながら口を開いた。


「貴女、ダークさんの事をどう想っているの?」

「どう、とは?」

「……好きなの?」


 ミリナの口から出た言葉を聞いたアリシアは黙ったまま目を見開き、同時に部屋が静寂に包まれる。やがてアリシアは目を見開いたまま顔を赤くしていく。


「な、なななななっ! 何を言っているんですか、お母様ぁ!?」


 赤面になりながら取り乱すアリシアを見てミリナはポカーンとする。以前マティーリアからダークの事をどう想っているか訊かれた時もアリシアは動揺していたが、それ以上の動揺を見せていた。

 アリシアの反応を見てしばらく呆然としていたミリナだったがすぐにクスクスと笑い出して笑顔をアリシアに向ける。


「分かりやすい反応ね?」

「い、いや、あの、そのぉ……」

「好きなのね、ダークさんの事?」


 ミリナの問いにアリシアは答えられず真っ赤になりながら俯く。

 最初、アリシアはダークを力を与え、自分を強くしてくれた良き戦友と見ていた。だが、共に過ごしている内に少しずつダークを異性として意識するようになっていたのだ。だが自分は国を守る騎士として生きる道を選んだ。国の為に剣を取る自分は普通の女の様に恋愛感情を抱く事はあってはならないと考えてその感情をずっと心の奥に抑え込んでいたのだ。

 ミリナはアリシアを笑って見つめながら答えるのを待つ。するとアリシアは俯いたまま小声を出した。


「わ、私は騎士です。国を守る存在として、異性に好意を寄せる事なんてあっては……」

「あら、人を好きになるのに騎士の立場なんて関係ないわ。貴女の上官だったリーザさんだってご結婚されてたじゃない?」

「そ、それはそうですけど……」


 同じ騎士にも異性と結ばれていた者がいた事を思い出しアリシアは言い返せずに口を閉じる。ミリナは頬を染めながら俯くアリシアを見て優しく笑みを浮かべた。


「騎士であろうとかなろうと恋をする資格は誰にでもあるわ」

「あ、ハ、ハイ……」


 どこか楽しそうな顔をしながら語るミリナを見てアリシアは頬を赤く染めたまま複雑そうな顔でミリナを見る。


(お母様、何だか楽しそうにされてるな……)


 楽しんでいるミリナを見てアリシアは心の中で呟く。人の色恋を目にして何が楽しいのか、アリシアは理解できずにミリナの笑顔をただ見つめていた。

 それからミリナがアリシアと簡単な会話をしてから部屋を後にする。ミリナが帰った後、アリシアは椅子にもたれかかり、仕事に集中できなくて疲れていた時よりも疲れた様な気分になっていた。


――――――


 翌朝、アリシアはダークにセルメティア王国と新国家のどちらを選んだかを伝える為にダークがいる町長の部屋へと向かった。静かな廊下を歩いて町長の部屋の前まで来るとアリシアは扉をノックする。


「誰だ?」

「ダーク、私だ」

「アリシア?」


 扉の向こうからダークの声が聞こえて来る。その口調はアリシアが訪ねてくる事を意外に思っている様な口調だった。


「話がある、入ってもいいか?」

「ああ、別にいいぜ」


 ダークの許可を得たアリシアはドアノブを回して扉をゆっくりと開ける。中に入ると奥にある机の前で昨日と同じように普段着で羊皮紙を手に取り内容を確認しているダークと彼の肩に乗っている子竜姿のノワールがいた。

 入室して来たアリシアをダークとノワールは黙って見つめており、アリシアは真剣な表情で自分を見ている二人の方へ歩いて行く。真顔で近づいて来るアリシアにダークとノワールは少し緊張した様子を見せている。

 アリシアもダークの顔を見て昨夜ミリナに言われた言葉を思い出し、少し頬を赤くしながら緊張した様な表情を見せていた。アリシアはダークとノワールに悟られないように表情を変え、軽く咳をして気を引き締める。


「仕事中に悪いな?」

「いや、俺は別に構わないけど……それで、話ってなんだ?」

「ああ、昨日話したセルメティア王国の騎士として生きるか新しい国の騎士として生きるかを選ぶ事についてだ」


 アリシアの話を聞いたダークは反応し表情を僅かに鋭くする。ノワールは昨日の二人の会話を知らない為、不思議そうにダークとアリシアの顔を交互に見た。


「どちらを選ぶか決めたのか?」

「ああ……」


 僅かに低い声を出して尋ねて来るダークを見てアリシアは小さく頷く。

 アリシアはどちらを選んだのか、ダークは黙ってアリシアが答えるのを待ち、ノワールはまだ話の内容についていけておらず、不思議そうな顔のままアリシアを見ていた。


「……私は貴方の国の騎士になる」


 顔を上げてダークが作る新国家の騎士になる事を伝えるアリシアを見てダークは目元を僅かに動かした。ノワールはアリシアの答えを聞いてようやく話の内容を理解したのかパッと表情を変える。

 アリシアが自分の国の騎士となってくれる事にダークは内心喜んでいた。だが、どうしても確認しておきたい事があり、表情を変えずに口を動かす。


「……一応聞いておくが、それは君の意思か?」

「勿論だ」

「だが、昨日はファンリード家の名誉を守らないといけないからどちらを選んでいいのか分からないと言っていたじゃないか?」

「確かに、私は昨日そう言った。だが昨夜、お母様が言ってくれたんだ。お父様の遺志を継ぐ必要は無い。家の名誉なんて気にする事無く自分の進みたい道を選んで進めばいい、とな」

「……君はそれで納得したのか? 今日までずっと名誉を守る為に必死で戦って来たんだろう?」

「ああ、そうだ……だが、お母様に話を聞いて私は気付いたんだ。私は本当は名誉を守ろうと思って戦っているのではなく、名誉を守らないといけないと思って戦っているという事に……」


 目を閉じて昨夜のミリナとの会話を思い出しながら自分の意思を伝えるアリシア。ダークとノワールは彼女の話を黙って聞いている。


「私はお父様が積み上げて来た努力を壊してはいけないと考えながら騎士として名誉を守って来た。だがそれは私は意思ではない、お父様の努力を無駄にしてはいけないと言う考えだけで動いていたんだ」

「つまり、君は自分の意思で家の名誉を守ろうと思ってはいなかったと?」


 ダークの問いにアリシアは頷く。


「自分の意思で名誉を守っていたつもりが、名誉を守らないといけないと言う使命に束縛されて無意識にやりたくない事をやっていただけ。今頃になってそれに気づくとは、情けない話だ」


 自分で決めてやっていたのか、そうでなかったのかを何年も経ってようやく気付いた自分が可笑しく、アリシアは小さく笑った。

 呆れた様な顔で笑うアリシアを見てダークは羊皮紙を机の上に置き、アリシアの方へ移動し、彼女の目の前までやって来る。


「家の名誉を守るのが君の本心ではなかった事は分かった。だが本当に俺の国の騎士になっていいのか? 君はセルメティア王国とミリナさんを守る為に戦って来たんだろう? 君が俺の国の騎士になったらミリナさん達は誰が守るんだ?」

「それなら心配無い、お母様や使用人達は皆、ダークの国に移住すると言っていたからな」

「ええぇ?」

「本当ですか?」


 ミリナ達もアリシアと一緒に新国家の住人になると聞いてダークや黙って話を聞いていたノワールは驚きの声を出した。

 ファンリード家の名誉を守る必要が無くなり、ミリナ達も新国家の住人になる事を決めている。もうアリシアがセルメティア王国に残る理由は無かった。仕えていたセルメティア王国から去る事には少し抵抗があったが、ダークを支えたいという気持ちの方が大きく、アリシアは迷わずに移住を選んだ。

 アリシアの意思を知ったダークとノワールは目を丸くしながらアリシアを見つめる。そんな呆然とするダークとノワールを見てアリシアは微笑みを浮かべた。

 

「……と、いう訳で私はこれからもダークの協力者として貴方と同じ道を歩んでいく事にした。よろしく頼む」


 微笑んでいるが、その言葉からダークはアリシアが自分の意思で決め、新国家の住人になる事を決めたのだと知り、真剣な表情を浮かべる。アリシアが自分で新国家に来ることを決め、ダーク自身もアリシアが新国家に来てくれることを望んでいる。アリシアを拒む理由は何一つなかった。

 ダークは軽く息を吐いてから両手腰に当てて笑みを浮かべる。


「……分かった。これからもよろしく頼むぜ、アリシア?」

「ああ!」


 歓迎するダークにアリシアは力の入った声で返事をする。レジーナやジェイク達は既にダークが作る新国家の住人になる事を決めている為、これでダークの仲間は全員新国家の住人となった。

 アリシアが新国家に移住する事が決まり、ダークは机の方へ戻って行き、ノワールはダークの肩から飛び上がって彼の頭上を飛びながら机の方へ飛んで行く。机の前まで来るとダークは軽く肩を回し、羊皮紙を手に取って仕事に戻る。


「アリシアが自分で決めてくれてよかった。これで模擬試合をする必要も無くなったな」

「……ダーク、その模擬試合のついて何だが」

「ん?」


 まだ何か話があるのかとダークは振り返ってアリシアの方を向く。するとアリシアは腰に収めてあるエクスキャリバーを握り、小さく笑いながらダークを見た。


「ダーク、私と模擬試合をしてくれないか?」

「えっ?」


 自分で新国家の住人になる事を決めたのに突然模擬試合をしてほしいと言い出すアリシアを見てダークは驚き、ノワールも飛びながらアリシアを見て驚きの表情を浮かべていた。


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