第十二話 二つの小隊
レジーナがダークの仲間になった翌日、アルメニスの正門前には騎士団の第三中隊に所属している第六小隊、アリシアの部隊ともう一つの第八小隊が待機していた。彼らはバルガンスの町へ向かうために出発の準備をしており、その中には兵士たちから任務の詳しい内容が書かれた羊皮紙を渡され、内容を確認しているアリシアの姿もある。そして彼女の後ろにはダークと彼に肩に乗っているドラゴン姿のノワール、そしてレジーナの姿があった。
昨日ダークの拠点でレジーナが仲間になった後、ダークはバルガンスの町へ行くことをレジーナに話した。するとレジーナはバルガンスの町へ行く事を聞いた途端に興奮して一緒についていくと言い出したのだ。どうやら彼女もアルメニス以外の町へ行ったことがなく、別の町へ行けるチャンスと思い、ついていくことにしたらしい。
アリシアはダークの仲間とは言え、レジーナを同行させることに抵抗を感じていたが、ダークと一緒に行くため、もし自分たちの任務で彼の手を借りる場合があった時はレジーナにも協力してもらうということになって同行することを許可したのだ。冒険者のダークとレジーナが同行するということを聞いた兵士たちは少し不服そうな顔を見せるが、自分たちの任務の邪魔をするわけではないと聞き、とりあえず納得した。
「うむ……バルガンスの町の近くにある湿地の近くを通ったキャラバン隊や旅人は食料や貴金属類を盗まれ、若い女性がいればその者たちも連れ去っていると書いてあるな」
「ハイ。連れ去られたのは全て若い女で男などは全員無傷で見逃されたようです。例外はありません」
兵士から話を聞いたアリシアは難しい顔をして考え込む。盗賊が食料や貴金属類を盗み、若い女をさらうのは分かる。貴金属類や若い女を売ればかなりの金になるからだ。
だが、なぜ他の男たちを見逃したのだろうか。目撃者を逃がせば自分たちが危険な状況になる可能性だってある。それなのに若い女以外を全て逃がすということがアリシアには理解できなかった。
「ダーク、貴方はどう思う?」
アリシアが後ろで控えているダークに尋ねる。話を聞いていたダークはアリシアの隣まで来て羊皮紙を受け取り内容をもう一度確認した。
羊皮紙を見つめながらダークは盗賊に被害に遭った者たちの状況や無事に逃げ帰ってきた者たちの証言が書かれた文章を読んでいく。ノワールやレジーナも羊皮紙を覗き込んで情報をチェックする。
「……ここに書かれてある内容では奪われたのは貴金属類と食料、そして若い娘ばかりだな」
「ああ、若い男や子供、老人などには多少の怪我を負わせただけで全員逃がしたらしい」
「……不自然だな」
「え?」
ダークの口から出た言葉にアリシアは思わず訊き返す。ノワールやレジーナ、そしてアリシアと話をしていた兵士たちもダークの言葉を聞き不思議そうな顔を浮かべる。
いったいダークは羊皮紙を見て何に気付いたのか、アリシアたちは全く分からなかった。するとダークは隣になっているレジーナの方を見て羊皮紙をヒラヒラと揺らしながら見せる。
「レジーナ、お前はどう思う?」
「え? あたし?」
「お前も盗賊なんだからピンと来ないか? なんでこの盗賊どもは人間の中で若い女だけを奪い、残りの男や老人は全員逃がしたと思う?」
「え、え~っと……」
同じ盗賊なのに盗賊の考えが分からないレジーナはキョロキョロしながら必死に考える。盗賊が盗賊の考えを理解できずに困ってしまっては格好がつかないと思ったのだろう。
ダークはレジーナの反応を見て彼女は分からないと感じたのか、羊皮紙を見ながら自分が不自然だと思ったことを口にする。
「なぜわざわざ襲った者たちを逃がす必要があるんだ? 若い女を奪う時に他の者たちにも盗賊どもは顔を見られているのだろう? そんな状態で男や老人たちを逃がせば近くにいる町の者たちに自分の情報を与えることになる。そうなれば自分たちが捕まったり討伐隊との戦いで不利になる可能性が高くなってしまう。どうして自分たちを追い込むようなことをする?」
「……あっ、そう言えば」
レジーナはダークの話を聞き、何が不自然なのかを理解してハッとする。アリシアや兵士達も同じように反応した。
「捕まえた人間は自分たちでこき使ったり、奴隷市場に売るなどして金に換えることができる。そうした方が自分たちの情報を持つ者たちを町へ帰すよりずっと安全な方法だ。にもかかわらず盗賊どもは男や老人を逃がした、私にはそれがどうしても不自然に思えてな」
「確かに変なのだ。どうして盗賊どもはそんなことを……」
盗賊たちがなぜそんなことをするのか、全く分からずに難しい顔をするアリシア。レジーナも腕を組み、なぜ盗賊たちが得することをしないのか考える。しかし、いくら考えても答えが分からなかった。
「……まぁ、それは盗賊どもに会った時に聞けばいい」
「確かにそうだな」
分からないことをいつまでも考えても仕方がないとダークたちは考えるのをやめる。話が終わり、アリシアは出発前に部隊の状態を再確認しようと集まっている仲間たちの下へ向かう。ダークとレジーナもアリシアの後に続き部隊の下へ向かった。
待機している第六と第八小隊のところにやってきたダークたちは集まっている兵士たちを確認した。数は四十人ほどで、その全員が鎧やスカルキャップを装備し、剣や槍を持つ軽装の兵士ばかりだ。中には若い女兵士もいるが数えるぐらいの人数しかいない。殆どが男ばかりだった。
「全部で四十人前後ってところか」
兵士たちの人数を確認したダークは呟く。盗賊の人数がどれだけのものか知らないが四十人前後なら有利に戦えるとダークは感じていた。
アリシアは隣で人数を確認するダークをチラッと見ると集まっている兵士たちを見て真剣な表情を浮かべる。
「私は今度こそ部下たちを守ってみせる。あの時のような惨劇はもう御免だ」
「心配するな。今の君ならたとえグランドドラゴンが出てきても勝てる。前のように部下を死なせるようなことは無い」
「貴方にそう言ってもらえると本当に大丈夫だと思えてホッとする」
アリシアはダークの方を見て微笑みながら言う。ダークのおかげで自分は以前とは比べ物にならないくらい強くなった。新しい力を使って必ず部下たちを守る、もう二度と部下たちを死なせたりしないと自分の部隊を見て必ず彼らを守ると心に誓う。
「あ~ら、冒険者と仲良くおしゃべりしてるの?」
何処からか聞こえてくる人を小馬鹿にするような若い女の声を聞き、ダークたちは声の聞こえた方を向く。そこには茶色いハーフアップヘアーをして二十代後半ぐらいの女騎士が立っていた。手には槍を持ち、アリシアと同じ白い鎧を身に付けている。どうやら彼女がもう一つの部隊である第八小隊の隊長のようだ。更に口紅を塗り、化粧をして自分を美しく見せるという騎士団の人間では考えられない姿をしていた。
女騎士は笑いながらアリシアの前まで行き、彼女と一緒にいるダークとレジーナを見て鼻で笑った。
「ファンリード家のご令嬢が冒険者と仲良くするなんて、ファンリード家も落ちぶれたものね?」
「何っ! べネゼラ、私のことはなんと言っても構わないが、私の家のことを侮辱することは許さないぞ?」
「あら、ごめんなさい。あたしって口が軽いもんだから言っちゃいけないこともついつい口にしちゃうのよ。ウフフフフ」
怒るアリシアを見てべネゼラと呼ばれる女騎士は楽しそうに笑う。周りの兵士たちは二人の会話する姿を見てさり気なく目を逸らした。まるで気分が悪くなって会話を見ないようにしているように。
周りの兵士たちが目を逸らす中、ダークはアリシアとべネゼラの会話を黙って見ている。
(ファンリード家のご令嬢……そういえば前にアリシアから自分が貴族の出身だって聞いたっけな。俺の正体を自分が知っているから俺にも自分がどんな人間なのか話しておく、なんて言って……まったく、律儀な奴だよ)
ダークは数日前にアリシアから自分が貴族であることを聞かされたことを思い出して彼女の姿を見つめた。アリシアは父親が死んで病弱な母親を支えながら騎士として働いている。そのことを知ったダークは家族のために頑張っている彼女にできるだけ力を貸そうと決め、困っている時は彼女に協力することにしたのだ。
アリシアを見ているダークの隣ではレジーナがアリシアを挑発しているべネゼラをジッと睨んでいる。するとレジーナは隣にいる兵士の肩を指で突いた。
「ねぇ、誰なの、あの感じの悪い女は?」
レジーナが小声でべネゼラのことを尋ねると兵士はべネゼラがこっちを見ていないことを確認し、そっとレジーナに近づく。
「あの人はべネゼラ・モルトン。貴族のモルトン家のご令嬢だよ。父親がこの町の財務局に勤めておられ、この町でもそれなりの権力をお持ちだ。その権力を使って彼女は騎士団に入団し、今では一個小隊の隊長にまでなったらしい」
「なるほど、世間知らずのお嬢様ってわけね……にしても、アリシア姉さんとは随分と違うわね」
同じ貴族なのにアリシアの方がずっとしっかりしていることにレジーナは少し驚きながらアリシアとべネゼラを見比べる。貴族なのに平民である自分たちのことをしっかりと考えてくれるアリシアを見てレジーナは貴族の見方を少し変えた。
レジーナと隣にいる兵士は持っている槍の柄の部分で地面をコンコンと軽く叩きながらべネゼラを見て不快な表情を浮かべていた。
「ろくに前線にも出ないくせに口だけは達者で自分の失敗は全部部下のせいにしてやがるんだ。おまけに任務が上手くいけばその手柄を全て自分のものにする。最悪だよ、第三中隊の中で一番行きたくない小隊だって皆言ってるんだ」
「うわぁ~、本当に最悪だね……」
兵士からの評判も悪くレジーナは思わず引いてしまった。
レジーナや兵士からそんな陰口を言われていることも知らずにべネゼラはアリシアと向かい合って口論をしている。アリシアの後ろにいるダークは黙って二人の会話を聞いていた。
「アンタの家ってお父上が亡くなられてからいろいろ大変なんでしょう? でもだからって冒険者を雇ってまでして任務を成功させようとしないでくれる? 他の貴族であるあたしたちまで周りから変な風に見られちゃうじゃない」
「なぜ冒険者を雇うことが貴族の評判を下げるようなことに繋がる? それに私は任務の成功だけにこだわるつもりはない。お前と違ってな!」
「フ~ン。まぁ、一応そういうことにしておいてあげるわ。アンタの家は大変だもんねぇ?」
「クウゥッ!」
挑発的なべネゼラの態度にアリシアは歯を噛みしめる。べネゼラの自分よりも身分の低い者を見下し態度にアリシアは腹が立って仕方がなかったのだ。
べネゼラは険しい顔をするアリシアを無視して彼女の後ろにいるダークに視線を向ける。全身を黒い甲冑で覆った長身の男に少し興味があるのか小さく笑ってダークに近づく。
「へぇ~、アンタがダークなの?」
「……知っているのか、私を?」
「ええ、リーザ隊長から聞いたわ。アリシアをドラゴンから助けたっていう黒騎士。なんでも大きなドラゴンと戦って一人で撃退したとか聞いたけど、嘘をつくならもう少し上手くついた方がいいわよ?」
「ほぉ、お前は私とアリシアが嘘をついていると言うのか?」
「だって大きなドラゴンを一人で倒せる人間がいるはずないじゃない。冒険や騎士が何人も揃ってようやく倒せる相手なのよ?」
べネゼラもやはりダークが一人でグランドドラゴンを倒したという話を信じていないらしく、嘲笑いながらダークを見つめている。普通なら誰も信じられないことだが、現実にダークはグランドドラゴンを一人で撃退した。だが、それを信じられるのは実際ダークがグランドドラゴンを撃退した光景を見たアリシア本人だけだ。レジーナもベヒーモスを倒した姿を見てダークが普通の冒険者でないことは知っていたが、やはりグランドラゴンを撃退したという話は信じられないようだ。
「別に信じてくれなくてもいい」
「あっそ。それにしても、アンタも元はどっかの国に仕えていた騎士だったんでしょう? 忠誠心を忘れて黒騎士に成り下がるなんて、そうやって嘘をついてばかりいたから国を追放されたんじゃないの?」
「べネゼラ、いい加減にしろ!」
ダークに対して失礼な発言をするべネゼラにアリシアを声を上げる。
レジーナや周りの兵士たちは驚いてアリシアの方を向き黙り込む。ダークやノワールは黙ってアリシアの方を見た後に再びべネゼラの方を見る。
べネゼラは声を上げるアリシアの方を見るとめんどくさそうな顔で彼女を見た。
「なになに? そんなにムキになるなんて……あっ! もしかして、アンタこの黒騎士に気があるのぉ?」
「なっ!?」
アリシアはべネゼラの言葉に思わず固まり頬を染める。
「あらあら~? もしかして図星?」
「ち、違う! そんなんじゃない!」
「あらそう? それじゃあ、この黒騎士さんがアンタにたらしこまれたのかしら?」
今度はダークの方を向き、楽しそうに笑うべネゼラ。アリシアが男をたらしこむような女ではないことは勿論ダークや周りの兵士たちは知っている。そんなアリシアを悪く言うべネゼラにダークは不快感を覚える。
ダークはアリシアの方をチラッと見ると腕を組んでべネゼラを見下ろし言った。
「……そうだな。アリシアはいい女だからたらしこまれても仕方がないかもしれん」
「な、ダーク?」
いきなりダークの口から出て言葉にアリシアは反応し頬を赤くする。自分のことをいい女だと言うダークに思わず心が揺れた。
べネゼラはダークを見て小さく笑う。その表情はまるで「男なんて色気で女の言いなりになる生き物だ」と馬鹿にするかのようでべネゼラは心の中で嘲笑った。
しかし、次のダークの言葉で重苦しい空気が一変することになる。
「しかし、アリシアも気の毒だな。男をたらしこむことすらできない女に言いたいことを言われるとは……」
その言葉を聞いてべネゼラの顔から笑みが消える。そして周りにいるアリシア達は少し驚いた顔でダークに注目した。さっきのダークの言葉は遠回しにべネゼラに女としての魅力が無いと言っている様なものだからだ。
「……今の言葉、聞き捨てならないわね。それって私に女としての魅力が無いって言いたいのかしら?」
「別にそんなことは言っていない……そう訊くということは少しは自覚があったということか?」
「グッ! ア、アンタ……」
ダークの更なる挑発にべネゼラの表情はますます険しくなる。だがダークはそんなべネゼラの表情から目を逸らすことなく彼女の顔をジッと見つめる。
「いいか、騎士にとって大切なのは身分や力や外見ではない。町の民を守ろうとするその心があれば十分なんだ。身分などを振りかざすような者に騎士を名乗る資格も他人を見下す資格もない」
「ア、アンタ、あたしの父はこの町の財務局に勤めているのよ? あたしが一言父に言えば――」
「そうやって自分の気に入らない相手を権力で黙らせようとするのは三流の貴族がやることだ。もしお前が自分は三流でないと言うのなら権力や身分を武器にするな」
自分が全てを言い終える前にダークの言葉がべネゼラの口を止める。自分が何を言おうとしていたのか分かっていたようなダークにべネゼラは何も言い返せず、何も出来なかった。もし今貴族の権力や身分を使ってしまったら自分がダークの言っていた三流の貴族であるということを認めることになってしまうからだ。
ダークが赤い目を光らせながらべネゼラをしばらく見つめていると、べネゼラは気に入らないような表情を浮かべてダークの前から去る。離れていくべネゼラを見てアリシアたちは意外そうな表情を浮かべた。そして視線をダークの方に向けると兵士たちは少し嬉しそうな表情を浮かべる。
「いやぁ~、やるね、ダーク兄さん! あの女の最後の顔、見ててスカッとしたよ!」
レジーナがダークの隣で満面の笑みを浮かべる。周りの兵士たち、特にべネゼラの部下である兵士たちは自分たちを道具のように扱うべネゼラが一泡吹かされた光景を見てスッキリしたようだ。全員が何も言わずに笑いながらダークを見ていた。
ダークは周りで笑うレジーナたちを見ると遠くで他の兵士たちに八つ当たりするように指示を出しているべネゼラを見つめる。
「アイツは自分の魅力に相当自信があるみたいだからな。騎士団の人間のくせに化粧をしているのがいい証拠だ。私はアイツが最も誇りに思っている部分を否定してアイツのプライドを刺激したんだ。中身の薄っぺらい人間ほど、無駄にプライドが厚いものだ。必ず挑発に乗ってくると踏んでいた」
「へぇ~、ダーク兄さんって強いだけじゃなくって頭の回転も速いのね?」
レジーナは笑いながらダークを褒める。周りにいる兵士たちも意外そうな顔でダークを見ている。冒険者にしては頭もよく、べネゼラを言い負かしたほどの男に驚いたのだろう。
ダークたちがそんな会話をしていると、遠くで兵士たちに指示を出していたべネゼラが馬に乗り、他の兵士たちも馬や荷車に一斉に乗った。どうやら出発するようだ。
兵士たちの姿を見てダークたちも馬や荷車に一斉に乗る。因みにダークとレジーナは馬に乗らない兵士たちと一緒に荷車に乗って移動することになっており、兵士たちともに荷車に乗り込んだ。アリシアも自分の馬に乗り、自分の隊の兵士たちが準備できたのかを確認する。
全員が乗ったのを確認したアリシアは遠くにいるべネゼラの方を見て手を振る。それを見たべネゼラは正門前にいる兵士に合図を送り正門を開かせた。正門は低い音を立てながらゆっくりと開き町の外へ続く道を作り出す。先頭に立つべネゼラは後ろにいる兵士たちの方を向き片手を高く上げる。
「出発よ! 隊を乱さないようにちゃんと移動しなさい!」
力の入った声で兵士たちに言うとべネゼラは馬を走らせる兵士たちも一斉に馬を走らせてべネゼラの後をついていき、ダークたちが乗る荷車やアリシアもそれに続く。
第六小隊と第八小隊は目的地のバルガンスの町へ向かうため、今アルメニスを出発した。バルガンスの町に着くには早くても二日は掛かる所にあるため、ダークたちにとっては少し長い道のりと言える。
――――――
薄暗くなっている空。その下に広がっている湿地の近くにある洞穴の近くを数人の人影が歩く姿がある。その全員が革製の鎧を身に着け、剣や手斧などを装備した三十代の男ばかりだ。そして彼等は肩に革製の袋を担いで洞穴へ入っていく。その際、周囲に誰もいないかを警戒していた。
洞穴の中は迷路のようになっており、壁には松明が付けられて多少は明るくなっている。そんな迷路のような通路を固まって進んでいく男たち。しばらく進むと通路を抜け、広い空洞へ出た。そこは学校の体育館ほどの広さで、木製のテーブルや丸椅子、木箱や剣などの装備品が並べられている。そこには袋を担いだ男たちと同じ装備をした十数人の男女の姿があり、男たちの姿を見ると一斉に集まってきた。
「おおぉ! 戻ったか」
「どうだった? 目当ての物は手に入ったか?」
「ああ、なんとかな」
袋を担ぐ男たちは地面に袋を下ろし、中身を集まってきた仲間たちに見せた。袋の中にはパンや肉、野菜などの食料が入っており、それを見た一同は笑みを浮かべる。どうやら男たちが運んできたのは食料のようだ。
食料を確認した男女の内、一人の男が安心した様子で小さく息を吐いた。
「これでなんとか今日は凌げるな」
「ああ、これだけあれば今日と明日はもつだろう」
「よし、急いでお頭に知らせてこよう!」
一人の男が奥へと走り、一つの木製の扉の前までやってくると強く扉を叩く。
「お頭ぁ! 外に行ってた連中が戻ってきました。かなりの量の食料がありますぜ!」
男が嬉しそうな声で呼びかけると扉が開き、部屋の中から一人の男が出てきた。身長はダークと同じくらいの長身でラウンド髭を生やし、金色の長髪に頭をバンダナを巻いた三十代後半ぐらいの男。体はボディビルダーのようにガッシリとしており、鉄製の鎧を着ている。どうやらこの男が集まっている男女たちの頭目のようだ。
頭目は遠くに見える食料の入った袋を見ると笑みを浮かべ、目の前にいる男の肩を大きな手で叩く。
「よくやったぞ、お前たち。とりあえず、俺らの分の食料は保存しておけ。残りはアイツらに持っていく」
「へい……しかし、お頭、いつまでこんなことが続くんですか?」
「…………」
男が不安そうな顔で頭目を見ると頭目も俯いて黙り込む。
「俺らが奪ってきた食料の大半がアイツらに持ってかれて、さらってきた若い娘も全員奴らに奪われました。このままじゃ、俺らの生活も苦しいままですし、他の連中もイライラして仲間同士のもめ事も増えちまいますぜ?」
自分たちが奪った物を何者かに奪われることが気に入らず、そのせいで仲間たちも不安を隠せないことを男は頭目に訴える。実は彼らこそがダークたちが向かうバルガンスの町の近くにある湿地の周辺で旅人などを襲っている盗賊たちなのだ。
盗賊の頭目は部下である盗賊の訴えを聞くと苛立つような表情を浮かべて盗賊の方を見る。
「分かってる! だけど仕方がねぇだろう!? 今の俺らじゃどうすることもできねぇ。奴らの気が済むまで今は耐えるんだ」
「……へい」
「俺はこれから食料は奴らのところへ運ぶ。誰かに一緒についてくるように言っておいてくれ」
「分かりました」
盗賊は暗く返事をして仲間たちの下へ戻っていく。残った頭目は壁にもたれ疲れたような顔をすると深く溜め息をついた。
それから頭目は二人の盗賊を連れて食料の入った袋を持ち、空洞の奥へと進んでいく。奥にはいくつもの穴があり、頭目たちはその内の一つへ入り一本道を進む。その通路も松明が壁に付けられて明るくなっているが、食料を運んできた盗賊たちが通った通路と比べると暗い方だった。更に奥に進むにつれて松明の数が少なくなり、徐々に暗くなっていく。そして通路の天井や門には大量の蜘蛛の巣が張られており、不気味さを漂わせた。
頭目たちがしばらく進んでいくと出口が見えて別の空洞に出た。そこは頭目たちがいた空洞よりも広く天井が見えないくらいで奥も真っ暗で何も見えず異臭の漂った居心地の悪い場所で、あまりの臭さに盗賊たちの表情が歪む。
空洞を見回しながら頭目は持っていた袋を下ろし、同行していた二人の盗賊も袋を下ろす。そして頭目は一歩前に出ると天井を見上げながら声を上げた。
「おーい! 今回の食料を持ってきたぞぉ!」
頭目の大きな声が空洞内に響く。すると、暗い奥の方からカサカサと音が聞こえ、頭目たちは音のした方を向く。暗闇の中で赤い無数の何かが光り、盗賊たちは腰に納めてある剣を抜こうとした。すると頭目は盗賊たちの前に腕を出してそれを止める。
暗闇の中から灰色の体をした蜘蛛が姿を見せる。だが、ただの蜘蛛ではなかった。大きさは大型犬ほどはあり、腹部には鋭い棘が生えている。どう見てもモンスターだった。
数え切れないほどの大量の蜘蛛が頭目たちを取り囲み、じりじりと距離を詰めていく。近づいてくる蜘蛛たちを見て頭目たちの表情が鋭くなった。
「やっと来たわねぇ? もう、待ちくたびれたわよぉ」
奥の方から聞こえてくる気の抜けたような若い女の声。それを聞いた頭目たちは声のした方を向く。
暗闇の中から何かが頭目たちに近づいていき、頭目達を取り囲む蜘蛛たちは横へ逸れて道を空ける。暗闇の中から姿を見せたのは一人の若い女だった。ただし、下半身は人間の足ではなく、蜘蛛の胴体になっている。
女は上半身は二十代半ばぐらいで白い肌に薄紫の長髪をし、体には黒いビキニアーマーを纏っている。下半身は灰色の蜘蛛の頭胸部と繋がっており、腹部には周りにいる蜘蛛と同じ棘が生えていた。その姿は蜘蛛女のアルケニーそのものと言える。
蜘蛛女はカサカサと足音を立てながら頭目たちに近づき、目の前にある袋の中身を見る。そして食料が入っているのを確認すると不敵な笑みを浮かべた。
「うんうん、今回も沢山あるわねぇ。これで私もお腹いっぱいになるし、私の可愛い子供たちも大きくなるわぁ」
嬉しそうな顔をする蜘蛛女は近くにいる蜘蛛たちに指示を出し、食料の入った袋を奥へ運ばせる。他の蜘蛛たちもそれに続き、頭目たちを取り囲んでいた蜘蛛たちは全部暗闇の中へ消えていった。
「それじゃあ、次もこの調子でお願いねぇ~」
そう言って蜘蛛女も暗闇の中へ戻ろうとする。すると頭目が鋭い眼光で蜘蛛女の背中を睨み付けた。
「……おい!」
「んん~?」
呼び止められた蜘蛛女は足を止めて頭目の方を見る。頭目は蜘蛛女を睨みつけながら握り拳を作りその手を震わせ、顔からも微量の汗を流していた。まるで目の前にいる者を恐れながらも立ち向かっているように見える。
「なぁに? 私早く食事をしたいんだから、用があるならちゃっちゃとしてくれるぅ?」
「……いつまでこんなことをさせるつもりだ?」
「んん~?」
「いつになったら俺たちを解放してくれるんだと言っているんだ!」
大きな声を出す頭目に連れの盗賊たちは一瞬驚く。だが蜘蛛女は動じること無く、つまらなそうな顔で頭目を見ていた。
蜘蛛女は頭目の方を向くとゆっくりと彼に近づき、頭目の頬にそっと手を触れて不気味な笑顔を浮かべた。
「そうねぇ……あと十人ぐらい若い女の子を連れてきたら、貴方たちを自由にしてあげてもいいわよぉ? ただし、此処は元々私たちの巣だったんだから、貴方たちに出ていってもらうけどな」
「その言葉、嘘じゃないだろうな?」
「ウフフフフ……」
「もし、約束を破ったり、あの二人に手を出したりしたら、ただじゃおかねぇぞ!?」
額に血管を浮かべながら怒りを露わにする頭目。頭目が言ったあの二人という言葉を聞いた蜘蛛女の顔から一瞬笑顔が消える。そして二人の盗賊はどこか辛そうな顔で頭目と蜘蛛女から目を逸らしていた。
蜘蛛女の顔に再び笑顔が浮かぶと蜘蛛女は頭目の頬から手を放し、自分の唇を舌でペロッと舐める。
「貴方、あまり調子に乗らない方がいいわよぉ? 貴方の大切なあの二人がどうなるかは私の気分次第なんだからねぇ。あの二人を無事を保証してほしいのなら、私を怒らせない方がいいわよ?」
「クウウウゥッ! 貴様ぁ~っ!」
頭目は蜘蛛女を歯を強く噛みしめて睨み付ける。すると蜘蛛女は振り返り満面の笑みを見せた。
「ウフフフフ、そんなに怖い顔をするとダンディなお顔が台無しよぉ? もっと笑いなさい、ジェイクちゃん」
そう言って蜘蛛女は笑いながら暗闇の中へと戻っていき、やがて姿が見えなくなった。
ジェイクと呼ばれた頭目は俯きながら握り拳を震わせる。そして後ろにいる盗賊たちの間を抜けてもと来た道を戻って行く。残された二人の盗賊も慌ててジェイクの後を追い、蜘蛛女と蜘蛛がいた空洞を後にした。