第百二十七話 内戦の終結
剣戟が響く広場の中で不敵な笑みを浮かべるダンジュスがアリシアを見つめ、アリシアは鋭い目でダンジュスを睨みながら戦っていた。
「オラオラ、どうした! あれだけ抜かしておいて防戦一方かぁ?」
ダンジュスは前進しながらメイスを振り回してアリシアに攻撃し、アリシアはエクスキャリバーを両手で持ち、ダンジュスの攻撃を全て防いでいる。
一見、二人の戦いはダンジュスが優勢に見えるが、アリシアはダンジュスの攻撃がどれほどの威力で、どんな攻撃を仕掛けて来るのかを確かめる為に攻撃をせずに防御し続けていたのだ。無論、アリシアにとってダンジュスの攻撃は非常に軽く、攻撃を防ぎ続けてもアリシアは疲れを感じなかった。
「所詮は下等な人間、亜人である俺の攻撃を防ぐだけで精一杯ってわけだ!」
アリシアが難なく攻撃を防いでいる事を知らないダンジュスは自分がアリシアを押していると勘違いし、メイスを振り回しながら言いたい事を口にする。そんなダンジュスを見てアリシアはどうしてこんな男がケンタウロスの族長をしているのかと疑問に思った。
しばらく攻撃をしていたダンジュスはメイスでの攻撃をやめて前の馬足を高く上げる。そして、アリシアの頭上に向かって勢いよく馬足を下ろしアリシアを踏みつけようとした。アリシアは素早く後ろへ跳んでダンジュスの踏みつけを回避し、エクスキャリバーを構え直す。
「へっ、運良くかわせたな? もしあのまま俺の踏みつけを受けていたらテメェの頭蓋骨は砕けてたぜ?」
ダンジュスはアリシアを見てメイスの柄の部分で自分の手を軽く叩きながら笑う。アリシアはダンジュスの挑発的な言葉を無視し、エクスキャリバーを構えながらダンジュスを睨み続けた。
「どうした? 黙ってないで何か言い返したらどうだ。それとも、俺が怖くて言い返す事もできねぇのか?」
無言のアリシアにダンジュスは更に挑発をする。だがアリシアは表情を変えずにダンジュスを睨んだまま何も言い返さない。ダンジュスはそんなアリシアをまばたきをしながら不思議そうな顔で見つめる。
「……ハハハハハッ! まさか本当にビビって声が出なくなっちまったのか? こりゃ傑作だぜ! あれだけ冷酷になって俺を切るなんて言っておきながら防戦一方でしかも声も出なくなった。とんでもない腰抜けだぜコイツは!」
アリシアが完全に怖気づいていると思い込みダンジュスは腹の底から笑う。アリシアは大笑いするダンジュスをジッと見つめていた。
敵の力量をちゃんと確認せずに、攻撃を防ぎ続けているだけの相手を弱いだの臆病者だのと決めつけるダンジュスの浅はかな考え方にアリシアは心の底から呆れ果てる。同時にこんな男にリアンや大勢の人々の人生が台無しにされたのだと思うと腹が立って仕方がなかった。
「アーハハハッ、可笑しすぎて死にそうだぜ! こんな臆病な騎士様が隊長を務めるなんて、部下の人間どもが気の毒で仕方がねぇよ。アハハハ――」
「よく喋る奴だな? お喋りな男は嫌われるぞ?」
「ああぁ?」
馬鹿みたいに笑うダンジュスにアリシアは低い声で話しかける。ダンジュスはようやく喋ったアリシアを笑いながら見つめた。
アリシアはエクスキャリバーを構えるのをやめ、鋭い目でダンジュスを見つめながら口を動かす。
「そうやって相手の動きでその人を弱いだの臆病だのと決めつけるのは自分の弱さを隠したがる臆病者が取る行動だ」
「……何だと?」
先程まで笑って愉快そうな態度を取っていたダンジュスの表情が変わり、低い声を出しながらアリシアを睨みつける。アリシアはそんなダンジュスの睨みつけを気にする事無く話し続けた。
「お前の様な奴を世間では口だけ達者な奴と言うんだ。更に自分の能力の低さに気付かずに自分以外の者を全て弱いと見下す……お前ほどの愚か者を私は見た事が無い」
「テメェ、今まで怯えて攻撃も喋る事もできなかったくせに偉そうな事を抜かしてんじゃねぇぞ」
「私は怯えていた訳ではない。お前がどれ程の力を持ち、どんな攻撃をして来るのかを確かめる為にあえて攻撃をせずに守りに入っていたのだ」
「ヘッ、嘘ならもっと上手くつきやがれ!」
「なら、攻撃して私が嘘をついているか確かめてみればいい。もう私はお前の力を確かめる必要も無くなったから、次からは攻撃させてもらうぞ」
そう言ってアリシアは再びエクスキャリバーを構え直し、それを見たダンジュスは奥歯を噛みしめながらメイスを強く握る。
「……いいだろう。俺を怒らせた事を後悔させてやるぜ」
メイスを構え直したダンジュスは前の右馬足で地面を擦り走る態勢に入る。アリシアはさんざん自分を挑発しておいて、挑発されると簡単に乗ってしまうダンジュスの単純さを哀れに思った。
馬足で地面を擦った後、ダンジュスは勢いよくアリシアに向かって走り出す。下半身が馬であるケンタウロスの機動力は他の亜人とは比べ物にならないくらい速く、一気にアリシアとの距離は縮まっていく。
ダンジュスがアリシアの1mほど前まで近づくとダンジュスはメイスを横に振って攻撃する。するとアリシアは素早く移動してダンジュスの攻撃を回避するのと同時に彼の左側面へ回り込んだ。
「何っ!?」
一瞬にして自分の左側に回り込んだアリシアにダンジュスは驚きのあまり声を出す。アリシアは驚くダンジュスの顔を鋭い眼光で睨み付けた。
アリシアの顔を見たダンジュスは一瞬寒気を感じ、慌てて急停止するとアリシアの方を向いて再びメイスを横に振って攻撃する。アリシアは先程の同じ攻撃に表情を変えず、落ち着いて迫って来るメイスに集中した。そしてメイスが当たる寸前に高く跳び上がり、一回転しながらダンジュスの頭上を通過して背後に着地する。
ダンジュスの真後ろに回り込んだアリシアは振り返って隙だらけのダンジュスに切りかかろうとした。ダンジュスは背後に回り込んだアリシアに驚きながら素早く後ろの馬足を上げてアリシアを蹴り飛ばそうとする。だがアリシアは蹴られる直前にバク転してダンジュスの蹴りをかわす。
蹴りをかわしたアリシアはエクスキャリバーを霞の構えに持ちダンジュスを見つめる。ダンジュスは振り返り、霞の構えを取っているアリシアを見ながらメイスを構えた。その顔からは大量の汗が流れており、息も僅かに切らしている。
「ヘッ、おせぇんだよ! そんなんで俺を切れると思ってるのか?」
笑いながら余裕の表情を見せるダンジュスだが、その汗の量から強がっている事が一目で分かる。
(何なんだ、あの動きは? 防戦一方だったさっきまでとは全然違うじゃねぇか。まさか、本当に俺の力を確かめる為に手を抜いていたって言うのかよ!?)
アリシアの速さに驚き、ダンジュスは心の中で動揺する。ケンタウロスである自分は機動力なら誰にも負けない自信があった。だが、目の前にいる人間はケンタウロスの自分よりも速く移動している。それはダンジュスの精神に大きなダメージを与えるのと同時にプライドを深く傷つけた。
(冗談じゃねぇ! こんな下等種族が亜人である俺よりも優れているだと? そんな訳がねぇ、俺は人間よりも、いや、どの亜人よりも強いんだ。俺こそが最強の亜人なんだぁ!)
現実を受け止められないダンジュスは自分こそが強者だと自分に言い聞かせながらメイスを握る手に力を籠める。そして目の前で自分を黙って見つめるアリシアに険しい顔を向けた。
(人間の分際で調子に乗るんじゃねぇぞ! テメェ等が俺達亜人に勝つなんて事は絶対にあり得ねぇ、いや許される訳がねぇんだ!)
ダンジュスは心の中で叫ぶとメイスを持っていない方の手を口に近づけて口笛を吹いた。いきなり口笛を吹くダンジュスにアリシアは目を僅かに動かす。
「まさかテメェ如きに奥の手を使う事になるとはな」
「奥の手だと?」
何かして来ると感じ、アリシアは足の位置をずらしてダンジュスを警戒する。すると、何処からか剣や斧を持ったケンタウロスが四人集まって来てアリシアの斜め前に二人、斜め後ろに二人やって来てアリシアを取り囲んだ。
アリシアは突然現れて不敵な笑みを浮かべるケンタウロス達を確認するとダンジュスの方を向く。ダンジュスはニヤリと笑いながらアリシアを見ていた。
「仲間を呼び、五人で私と戦う。これがお前の言う奥の手か?」
「ああ、そうだ。俺等全員でお前を叩きのめし、完全な敗北を与えてやるぜ」
「随分と卑怯な真似をするんだな。戦士としての誇りは無いのか?」
「ハッ、勝てばいいんだよ」
「……救えない奴め」
勝つ為なら手段を選ばない、姑息な手を平気で使うダンジュスにアリシアはもう我慢の限界が来ていた。これ以上、目の前にいる卑劣な亜人の顔など見たくない。そう感じたアリシアはさっさと戦いを終わらせる事にした。
「卑怯な奴とは言え、お前にも多少は戦士の心得があると思っていた私が馬鹿だったようだ……もうこれ以上お前の相手をしてやる気は、無いっ!」
鋭い表情で叫びながらアリシアは地を蹴って右斜め前にいるケンタウロスに向かって勢いよく跳び、エクスキャリバーで首を刎ねる。そのまま首を失ったケンタウロスの体を蹴り、その反動で左斜め前の位置にいたケンタウロスの方へ跳ぶと袈裟切りを放ち二人目のケンタウロスを倒した。
仲間が一瞬で倒されたのを見て残りのケンタウロス達は驚きの表情を浮かべる。だがすぐにアリシアを倒さなくてはと我に返り、武器を構えながらアリシアに向かって走り出す。
二人目のケンタウロスを倒したアリシアは地面に足が付くと向かってくるケンタウロス達の方を向き、エクスキャリバーを構え直して刀身を白く光らせる。
「白光千針波!」
アリシアは神聖剣技を発動させてエクスキャリバーを大きく横に振り、刀身からは無数の白い光の針をケンタウロス達に向けて放つ。飛ばされた光の針はケンタウロス達の全身に刺さり、ケンタウロス達は苦痛に声を上げながら倒れて動かなくなった。
ダンジュスは四人の仲間があっという間に倒された光景を目にして愕然としている。とてつもない速さで二人を倒したと思ったらそのまま二人のケンタウロスを同時に倒してしまうアリシアの強さにただ震える事しかできなかった。
四人のケンタウロスを倒したアリシアはダンジュスの方を向き、鋭い目で睨み付けた。
「さあ、お前だけになったぞ」
「グゥ……」
「どうする、また新しい部下を呼び出して私を取り囲むか?」
アリシアに睨まれたダンジュスは大量の汗を流しながらゆっくりと後退しだす。ダンジュスには先程までアリシアを見下していた時の余裕は見られない。今のダンジュスはアリシアと言う蛇に睨まれた蛙の様だった。
後退するダンジュスを睨みながらアリシアは近づいて行き、エクスキャリバーの刀身を光らせた。ダンジュスは近づいて来るアリシアを見てどうすればこの状況を打破できるのか必死になって考える。だが、どんなに考えてもいい方法は思い浮かばなかった。
「……クソったれがぁ!」
何もいい案が浮かばず、ダンジュスはメイスを振り上げてアリシアに向かって走り出す。アリシアは何も考えずに突っ込んで来るダンジュスを睨みながら心の中で愚かな行為だと哀れに思う。
アリシアの目の前まで近づいたダンジュスはメイスを振り下ろして攻撃する。アリシアは振り下ろされたメイスを素早くかわし、エクスキャリバーを振りながらダンジュスの背後に移動した。
目にも止まらに速さで攻撃をかわしたアリシアにダンジュスは目を見開いたまま固まっており、アリシアはそんなダンジュスに背を向けたままエクスキャリバーを軽く振る。その直後、ダンジュスの胴体が真ん中から真っ二つに切られた。
「なぁっ!?」
体を切られたダンジュスは思わず声を漏らす。あの一瞬の間に自分を切ったアリシアの速さに驚きを隠せず表情を大きく歪めた。
人間の上半身と馬の下半身がバラバラにされ、どちらも大きな音を立てて地面に倒れる。ダンジュスは目の前にある自分の下半身を見つめ、こんな所で死にたくないと心の中で思いながら意識を失った。
アリシアは静かに振り返り、倒れているダンジュスの死体を冷たい目で見つめる。本当はもう少し痛めつけてから倒そうと思っていのだが、それではダンジュスと同じになってしまうので一撃で倒す事にしたのだ。
「……これが仲間を裏切り、多くの人々を傷つけたお前への罰だ。地獄でしっかり反省しろ」
何も聞こえないダンジュスを睨みながらアリシアは低い声で語り掛けた。するとそこへガルガンとファストンを倒したダークとノワールがやって来る。二人に気付いたアリシアはゆっくりとダークとノワールの方を向く。その顔からはダンジュスへの怒りが消えていつものアリシアの顔に戻っていた。
「アリシア、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。そっちはどうなんだ?」
「フッ、同じだよ」
「問題無く勝利できました」
アリシアの問いにダークとノワールは余裕の口調で答え、それを聞いたアリシアは小さく笑みを浮かべる。
三人の族長を倒したダーク達は広場で戦っている亜人達に族長達を倒した事を伝える。亜人達は族長達が死んだのを知ると一斉に驚きの表情を浮かべ、逆に兵士達はダーク達が族長達を倒したのを知って勝利の笑みを浮かべた。
ダークは驚く亜人達に降伏を要求する。族長を失って亜人達の士気は一気に低下し、広場にいた亜人達は負けたのだと悟り持っている武器を捨てて降伏した。兵士達は戦いの勝利に声を上げ、そんな兵士達を見たアリシアとノワールも笑みを浮かべる。
それから広場にいた兵士達は町に至る所で戦っている仲間の兵士や亜人達に族長が死んだ事を伝えに回った。ガルガン達が死んだ事を知った亜人達は広場の亜人達と同様に戦意を失い、抵抗する事無く降伏する。族長達の死はあっという間にベーテリンクの町全体に広がり、町にいた亜人連合軍の亜人全員が降伏するのに一時間と掛からなかった。
亜人全員を捕らえると夜が明けるのと同時にベーテリンクの町は歓喜の声に包まれた。亜人達が本拠地としていた町が解放され、同時に長かった内戦が終わった事で町の住民や兵士達は喜びの声を上げる。そして彼等は自分達を救い、勝利へ導いた暗黒騎士ダークとその仲間達に深く感謝するのだった。
長い様で短かった亜人連合軍との内戦はセルメティア王国軍とダーク達の活躍でエルギス教国軍の勝利と言う結末で終わった。
――――――
戦いが終わり、エルギス教国は少しずつ落ち着きを取り戻していった。だが、内戦で受けた傷は大きく、なかなか元の暮らしには戻れずにいる。特に被害が大きかったエルギス教国西部は各町の修繕作業や食料調達などで苦労しているようだ。
だが、エルギス教国軍の兵士達や共存を望む亜人達が町の住民達に手を貸してくれている為、住民達は作業に取り組む事ができた。これも亜人との共存を望んだソラのおかげと言えるだろう。
町の修繕作業が進んでいる中で亜人連合軍の裁判も行われていた。エルギス教国を手に入れる為に町や罪の無い国民を襲い、国に大きな損害を出した亜人連合軍に対する国民の怒りは大きく、恨みを持つ者も多い。その中には共存を望む亜人達もおり、同族を殺された事で怒りを露わにしていた。
教会や貴族達は亜人連合軍の所属していた亜人全員に国家に対する反逆罪で死刑を言い渡すべきだと考えていた。だが、女王であるソラは過去に教国が亜人達にしてきた仕打ちなど今回の内戦の動機を考えれば減刑も考えられるのではと話す。何よりもソラは反逆罪を犯したとはいえ、亜人達を死刑にしようなどとは考えていなかった。
ソラの話を聞いた教会や貴族は幼いソラには事の重大さが分かっていないと減刑に反対する。動機があるからと言って減刑などと甘い事をしてしまえば、また今回の様な内戦が起きるかもしれない。それを防ぐ為に厳しい判決を下すべきだと教会や貴族達は話し、ソラの言い分は全て取り下げられてしまったのだ。結局、ソラの亜人達を助けたいと言う思いは教会には届かず、亜人連合軍に参加した亜人達の中で首謀者であった族長達の側近や部隊長には死刑、それ以外の亜人には終身刑の判決が下った。
判決を聞かされたソラは何もできなかった自分を情けなく思い、同時にただ亜人との共存を望むだけではダメなのだと学んだ。だがそんなソラの亜人達への想いはベイガードやソフィアナ、一部の貴族や国民、共存する亜人達にはちゃんと届いており、彼等はソラが優しい心を持っていると改めて理解した。
ダーク達は終戦後、真っ直ぐセルメティア王国へ戻った。嘗て敵であったエルギス教国と共に亜人と戦い、勝利へと導いたダーク達と王国軍の兵士達。マクルダム達王族は帰還した彼等を誇り高き戦士達と讃えた。
バーネストの町へ戻ったダーク達は先に帰還したレジーナとジェイク、帰りを待っていたミリナ達と再会し、内戦に勝利した事を伝える。レジーナ達はダーク達なら必ず勝つと分かっていた為、驚く事無くただ笑ってダーク達の帰還を喜んだ。そして、レジーナとジェイクの二人と共にバーネストの町へ行っていたリアンもアリシアから内戦に勝利した事、ケンタウロスの族長であるダンジュスを倒した事を聞き、目元に涙を溜めて喜ぶ。リアンは心の中で死んだ祖父や両親にアリシア達が仇を討ってくれたから安らかに眠ってほしいと祈りを捧げた。
リアンにダンジュスを倒した事を知らせたアリシアは母であるミリナにリアンの事について話し始める。ミリナはレジーナとジェイクからアリシアがリアンを家族として引き取る事にしたのを既に聞いている為、詳しい説明などを聞かずにアリシアの話を聞いた。
アリシアは家族を失ってしまったリアンを放っておけない、彼女を支えながら共に生きていきたいと真剣な顔で話しながらリアンを家族にしてほしいとミリアに頼む。そんなアリシアに頼みをミリナも真面目な顔で聞いている。するとミリナは表情を笑顔に変え、リアンを家族にする事を許した。アッサリと許してくれたミリナにアリシアはキョトンとした顔を浮かべる。勝手にリアンを家族にすると決めた為、反対されると思ったのだろう。
実はミリナは最初からリアンを引き取る事に賛成するつもりでいたのだ。先に戻って来たレジーナとジェイクから詳しい話を聞き、アリシアはリアンを助けたいという気持ちから引き取ろうとした事を知り、家族として迎え入れようと考えた。何より、もう一人娘が増える事をミリナが喜んでいたのだ。
ミリナの許しを得て、リアンは正式にファンリード家の養子となった。リアンは新しい家族と生活を与えてくれたアリシアとミリナに心から感謝し、アリシアとミリナもリアンを笑顔で歓迎する。ダーク達もリアンの幸せを心の中で祝福した。
――――――
内戦が終わってから一ヶ月が経ち、マクルダムはソラと終戦後の会談をする為に再びエルギス教国の国境の町、ゼゼルドの町へやって来た。ダークとアリシアもマクルダムの護衛として同行している。
本来ながら終戦直後に会談を行うべきなのだが、亜人達の裁判や町の修繕作業などが忙しく、なかなか会談の準備をする事ができなかったのだ。エルギス教国が落ち着きを取り戻し、会談を行う余裕ができるとソラはセルメティア王国に会談を行うのでゼゼルドの町へ来てほしいと親書を送る。マクルダムはようやく届いた会談の親書を見てダークとアリシアに護衛を依頼してゼゼルドの町へと向かった。
以前会談を行った集会場と同じ場所の一室に椅子に座るマクルダムと護衛であるダーク、アリシア、セルメティア王国の騎士数人がマクルダムの後ろで控えている姿があり、マクルダムが座る席の向かいには同じように椅子に座るソラと彼女の護衛を務めるベイガード、ソフィアナ、エルギス教国の騎士数人が立っていた。普通は二つの国の王族が向かい合う一室には緊迫した雰囲気が漂うのだが、今回はとても穏やか雰囲気をしている。内戦が終わり、マクルダムもソラも緊張が解けた様な表情を浮かべていた。
「ソラ陛下、まずはお疲れ様でした、とお伝えしておきます」
「ありがとうございます、マクルダム陛下……貴方がたには感謝しております。もしセルメティア王国の助力が無ければ、我が国は亜人連合軍に敗北し、この国は亜人達のものになっていたでしょう。教国を代表し、お礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました」
ソラは座ったまま向かいの席に座るマクルダムに頭を下げて礼を言う。ソラの後ろに控えているベイガードやソフィアナ達もソラと同じように頭を下げた。
「頭を上げてください。我々は貴方がたを助けたいと思ったから力をお貸ししたのですから。あと、礼なら私ではなく、後ろにいるダーク達に……」
マクルダムはソラを見ながら後ろに控えているダーク達に礼を言うようソラに伝える。マクルダムの後ろではダークとアリシアが黙ってソラやベイガード達を見ており、ダークの肩には子竜姿のノワールがチョコンと乗って二人と同じようにソラ達を見ていた。
ソラは自分を見ているダーク達の方を向き微笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。
「ダーク殿、貴方や貴方のご友人にも心から感謝しております。本当にありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください」
感謝するソラを見てダークは小さく首を横に振る。
「つきましては、今回の内戦で助力していただいたお礼をしたいのですが、何かお望みはございますか?」
「お礼? それでしたら私ではなくマクルダム陛下やアリシア達セルメティア王国軍の兵士達にするべきだと思いますが?」
「勿論、マルクダム殿やセルメティア王国にもお礼はするつもりです。ですが、内戦で我々が勝利を掴む事ができたのはダーク殿のおかげです。王国へのお礼とは別に貴方個人にもちゃんとお礼をしたいのです」
「いや、そんな事をする必要は……私は前の戦争でそちらに損害が出した事への責任を取る為に参加した訳ですし」
「いいえ、それでは私が納得できません!」
真剣な顔で席を立ち、少し力の入った口調で話すソラを見てダークは少し困った様な反応をする。アリシアやノワールもソラを見て意外そうな表情を浮かべていた。
(お礼って言われても、これと言って国の力を借りないといけないような事は無いし、生活にも困ってないから、どうしたらいいか分かんねぇんだよなぁ……あっ、そう言えばシャトロームの一件での貸しあったんだっけ)
シャトロームの一件でマクルダムに貸しがある事も思い出し、それも含めてダークはどうするべきなのか心の中で悩む。アリシアとノワールは黙り込むダークを見て不思議そうな顔をしていた。
黙って俯いているダークをマクルダムやソラ達は不思議そうに見つめている。一体何をそんなに深く悩んでいるのか、理解できないマクルダム達はただダークが謝礼の事を話すのを待っていた。
ダークがしばらく考え込んでいると、彼は何かを思いついた様に顔を上げる。そしてチラッとアリシアを見た後にマクルダムの方を向いた。
「マクルダム陛下、シャトロームの異端者騒動の一件で私が陛下の力を必要とした時に無条件で力をお貸しいただくという件を覚えてらっしゃいますか?」
「ん? ああ、覚えているが……」
「では、その時のお約束をここで果たさせていただいてよろしいでしょうか?」
「どういう事だ?」
「今此処でマクルダム陛下からの助力とソラ陛下からの謝礼を同時に受けたいと思っています」
周りにいるアリシア達はダークの言葉を聞いて驚きの表情を浮かべる。ダークは一体何を考えているのか、理解できない者達は目を見開いてダークを見ていた。
「わ、分かった。お主がそうしたいのならそれでいい。それで、私は一体何をすればよいのだ?」
驚きながらマクルダムはダークにどうすればいいのか尋ねるとダークはマクルダムとソラの顔を見て目を赤く光らせた。
「マクルダム陛下、ソラ陛下……私は王国と教国の間に新たな国を作ろうと思っています」
『!!?』
ダークの口から出た予想外、そしてとんでもない言葉にマクルダムとソラは驚愕の表情を浮かべる。ベイガードやソフィアナ、両軍の騎士達も同じように驚きの反応を見せ、アリシアも流石に驚いたのか目を見開いてダークを見ていた。ノワールは少し驚いた反応をしているが、アリシア達ほど驚いてはいない。
「お二人には私の国の建国にご協力していただきたいのです」
驚く一同を見ながらダークは冷静に話を続ける。アリシア達は驚きの表情を浮かべながらダークを見つめ続けていた。
このダークの建国宣言はダークが暗黒騎士として新たなステージに上がる為の第一歩でもあった。
今回で第十章が終了です。しばらくしたら第十一章を投稿しようと思っています。




