第百二十六話 大将同士の戦い
ダークが指揮する部隊と三人の族長が指揮する亜人部隊の戦闘が始まり、広場は剣戟の響きと戦士達の叫び声に包まれる。兵士と亜人はそれぞれ目の前の敵を倒す為に闘志を燃やしながら武器を振った。後方にいる魔法使い達も攻撃魔法で敵を攻撃したり、回復魔法を使って傷ついた仲間を癒したりなどしている。
戦力は亜人連合軍の方が僅かに勝っているが、人間軍は怯む事なく亜人の攻撃を防ぎながら隙を見て反撃し、少しずつ敵の数を減らしていく。ノワールが掛けた竜の魂によってステータスが強化されており、普通の亜人なら楽に倒せるくらい兵士達は強くなっていた。だが亜人達も負けずと反撃し、兵士達を一人ずつ倒していき、戦況は互角と言える状態だ。
広場の中心では大剣を抜いたダークと銀色の大剣を肩に担ぐガルガンが立っており、目を赤く光らせるダークをガルガンが睨みつけていた。二人から右に10mほど離れた所ではエクスキャリバーを強く握るアリシアと腕を組んで笑うダンジュスの姿がある。険しい顔をするアリシアに対し、ダンジュスは見下す様な不敵な笑みを浮かべていた。そしてダークから左に5mほど離れた場所にはノワールとファストンが杖を握りながらお互いを見つめ合っている。二人の顔には怒りなどは感じられず、ただ黙って相手の顔を見ていた。
ダーク達の周りでは兵士や亜人達が声を上げながら戦っており、それを聞いたダーク達も目の前の敵に視線を向けて闘志を燃やす。
「周りでは部下達が命を賭けて戦っている。我々もそろそろ始めるとしようか?」
「ああ、私は一向に構わない」
ガルガンの言葉を聞いてダークは頷きながら低い声で答える。焦りや動揺などを見せないダークの姿を見てガルガンはダークがそこそこできるなと感じながら大剣をしっかりと握り下段構えを取った。ダークも戦闘態勢に入るガルガンを見て大剣を両手で握りながらゆっくりと中段構えを取る。
ダークを睨みながらガルガンは大剣を持つ手首を僅かに動かし、まるでダークに自分の大剣を自慢するように大剣の刃を光らせた。
「ガルガンの奴、珍しく本気で戦うつもりのようだな。まさか最初からあの剣を抜くとは……」
大剣を構えるガルガンを見てファストンは目を鋭くしながら呟く。ファストンの口調からガルガンの使う大剣はかなりの業物のようだ。
ガルガンが持つ銀色の大剣はレイブリンガーと呼ばれる高い硬度と鋭い切れ味を持つ剣で嘗てガルガンが亜人狩りをしていた教国軍の騎士を倒して奪った物だ。使い手によっては鋼鉄の鎧を紙の様に切る事ができるが、以前の所有者であった騎士は使いこなす事ができず、ガルガンに殺されてレイブリンガーを奪われてしまった。ガルガンは騎士と違ってレイブリンガーを使いこなし、これまで体の硬いモンスターを何体も倒していき、最強のレオーマンと言われるようになったのだ。
それからのガルガンは本気で戦う時以外はレイブリンガーを抜く事はなかった。だが今回は最初からレイブリンガーを抜いてダークと向かい合っている。ファストンはそんなガルガンを見て彼はダークをレイブリンガーを使って戦うほどの強者と見ているのかと感じていた。
「あのぉ、僕達もそろそろ始めませんか?」
ファストンがガルガンを見ているとノワールが少し困った様な表情を浮かべながらファストンに声をかける。声を掛けられたファストンは現状を思い出してノワールに視線を戻して彼をジッと見つめた。そして目を閉じて深く溜め息をつく。
「……お前の様な子供と戦うのは気が引けるが、これも亜人達の未来の為だ。悪く思うなよ?」
「大丈夫ですよ。と言うより、僕は貴方よりもずっと強いですから全力でかかって来てください」
「子供のくせに随分と傲慢だな? いや、身の程知らずと言うべきか」
ノワールの態度を見てファストンは杖を構えながら目を鋭くする。ノワールはそんなファストンを無表情で見つめながら杖を軽く振った。するとノワールの体がゆっくりと浮かび上がり、それを見たファストンは意外そうな表情を浮かべる。
「驚いたな、まさかその歳で浮遊が使えるとは」
「敵を見た目で判断するのはよくありませんよ? それこそ自分の力を過信する傲慢な人がする事です」
「……フッ、確かにな」
無表情のまま話すノワールを見てファストンは小さく笑うと自分の杖を軽く振る。するとファストンの体もゆっくりと浮かび上がり、ノワールと同じ高さまで上昇した。どうやらファストンも浮遊が使えるようだ。
ノワールは上昇して来たファストンをしばらく見つめていると小さく笑い、それを見たファストンは突然笑い出したノワールを見て小首を傾げる。
「貴方も浮遊が使えるのなら丁度いいです。どうです、僕達は空で戦いませんか?」
「何?」
「僕の予想どおりなら貴方は優れた魔法使いです。きっと上級魔法も使えるでしょう。そして僕も上級魔法が使える……そんな僕達が地上で本気を出せば周りにいる他の人達にも被害が出てしまうかもしれません。空なら周りには僕達以外誰もいませんから思いっきり戦えます」
「……成る程、それは確かに一理あるな……いいだろう」
空中で戦う事が了承したファストンは更に高く上昇し、ノワールもそれを追う様に上昇した。
地上から10mほどの高さまで上がったノワールとファストンは杖を構えて戦闘態勢に入る。ファストンは目の前にいる幼い少年は普通の魔法使いではない、全力で戦うべき相手だと悟ってノワールを睨む。
一方、ノワールはグーボルズの町で戦ったティルメリアが目の前にいるダークエルフの族長の娘である事を思い出し、自分がティルメリアを殺した事を伝えるか考えていた。ノワールは全力のファストンと戦いたいと思っており、自分が娘の仇である事を話せばファストンは娘の仇を討つ為に全力で挑んで来るかもしれないと思っている。だが、もしかすると怒りで冷静さを失い、無茶苦茶に攻撃して来るかもしれないとも思っていた。それではノワールが望んでいた全力の戦いを行えない。
(別にティルメリアの事を伝えなくても今の彼なら全力で挑んで来ると思うから、黙っててもいいかな)
心の中でティルメリアの事は伝えなくてもいいと判断したノワールはそのまま戦いを続ける事にした。ファストンは黙って自分を見つめるノワールを睨みながら杖を構える。二人の一流魔法使いの戦いが広場の上空で始まろうとしていた。
ノワールとファストンが空中で向かい合っている頃、広場ではダンジュスが同じ広場にいるガルガンと空を飛んでいるファストンを見てニヤリと笑みを浮かべていた。
「アイツ等もおっぱじめたみたいだな。それじゃあ、俺もちゃっちゃと始めるとするか……とは言うものの」
ダンジュスは笑っている顔をつまらなそうな顔に変えて前を向き、自分を睨んでいるアリシアを見つめた。
「こんなのが相手じゃ、いまいちやる気が出ねぇんだよなぁ」
「こんなので悪かったな?」
「ああ、悪いね。弱い奴と戦っても面白くもなんともねぇ、俺はもっと強い奴と戦いてぇんだよ」
腕を組みながらアリシアは自分より弱く、自分はアリシアよりも強いと話すダンジュス。アリシアは自分の力を過信し、相手を見下すダンジュスの態度に腹を立て、更に鋭い目でダンジュスを睨みつけた。
自分を睨みつけるアリシアを見てダンジュスは不愉快になったのかアリシアを睨み返す。
「何だ、その目は? テメェ、俺を誰だと思ってやがる」
「他人を見下す事しかできない馬鹿だろう?」
「何ぃ?」
アリシアの挑発にダンジュスは奥歯を噛みしめ、額に血管を浮かび上がらせる。ダンジュスの反応を見たアリシアはこんな単純な挑発に乗るなんて単純な奴だと心の中で呆れ果てた。
「テメェ、下等な人間の分際で亜人である俺に喧嘩を売るとはいい度胸だ。だが、これでお前は楽に死ぬ事はできなくなった。たっぷり時間を掛けて殺してやるから覚悟しろ?」
「……ハァ、そんな事より、お前に訊きたい事がある」
自分の怒りを無視して話を進めるアリシアにダンジュスは更に険しい顔をする。アリシアはそんなダンジュスの怒りを気にする事無く話を続けた。
「お前、数日前にグーボルズの町の近くにある林の中でイームス村に向かう途中だった送迎の荷馬車を襲ったな?」
アリシアはダンジュスを睨みながらリアン達を襲った時の事を話し始める。既にアリシアはダンジュスがリアン達を襲ったと分かっている為、強い口調で話す事ができた。
「ああぁ? ……ああぁ、アイツ等か」
ダンジュスは上を向いて小さく頷きながら呟く。さっきまでは覚えていなかったが、アリシアに言われてリアン達を襲った時の事は思い出したらしい。
「その荷馬車にはハーフエルフの少女やイームス村の住民達が乗っていた。彼等はお前達に襲われ、ハーフエルフの少女を除き全員が死んだ。しかも死んだ人達は踏み潰されたりなどされ、遺体は酷い状態だった」
「……それがどうした?」
「なぜ彼等を襲った? そしてどうして遺体を踏み潰すような事をした?」
リアン達を襲い、彼女の祖父達の遺体を踏み潰した理由をアリシアは尋ねる。ダンジュスは性格が捻じれている為、憂さ晴らしをする為など、くだらない理由で死体を傷つけたのだと予想はついていた。だがやはり直接本人の口から理由を聞きたく、アリシアは理由を尋ねたのだ。
アリシアが鋭い目で睨み付けている中、ダンジュスは黙ってアリシアの顔を見ている。するとダンジュスはニヤリと笑いながら口を開いた。
「なぜかって? 楽しいからだよ。人間の様な下等生物を殺し、死体を踏み潰す快感が好きだから、楽しいから殺ったんだよ」
愉快に話すダンジュスを見てアリシアの目元が僅かに動く。予想してしたとはいえ、楽しいからリアン達を襲ったと殺した本人の口から聞いたアリシアは言葉に出せない怒りを感じていた。
アリシアが腹を立てている中、ダンジュスはアリシアが気分を悪くしている事も知らずに自分の思っている事を語り続ける。
「俺はなぁ? ガルガン達の様に亜人を奴隷にしてきた人間どもに復讐する為に動いている訳じゃねぇんだ。亜人よりも弱く、劣るくせに偉そうにいている人間どもが気に入らねぇから連合軍に参加したんだ。人間どもを殺したりペットにする事ができるなら、それ以外はどうでもいい」
「……つまり、お前は他の亜人達の目的には興味が無く、ただ人間を殺すのに都合がいいから連合軍に入ったという事か?」
「ああ、そうだ。ただ、連合軍に参加すればこの国を手に入れた後に領土の一部を俺に与えるってガルガン達が言ってな。領土が手に入るなら参加してもいいという考えもあったぜ」
あくまでも自分の欲の為に亜人連合軍に参加したと言うダンジュス。それを聞いたアリシアは俯いたまま動かずにジッとしていた。やがてアリシアはゆっくりと顔を上げ、目を閉じたままダンジュスの方に顔を向ける。
「……安心した」
「はぁ? 何が安心したんだ」
「……お前が私達が想像していた通りの悪党であった事にだ」
「お前、何を言ってやがる?」
アリシアの言っている事の意味が分からず、ダンジュスは小馬鹿にする様な口調で尋ねる。するとアリシアはゆっくりと目を開け、冷たい目でダンジュスを睨みつけた。
「心置きなく冷酷になり、お前を切る事ができる」
ダンジュスを睨んだまま低い声を出し、持っているエクスキャリバーの切っ先をダンジュスに向けた。アリシアの表情を見てダンジュスは一瞬寒気を感じ後ろへ下がった。
快楽を得る為に人間を殺し、自分が生き残る為に仲間を見捨て、自分が得をする為に仲間を騙す、そんな事を平気でできるダンジュスに対してアリシアには容赦の心は無かった。あるのは敵だけでなく仲間をも傷つけ、それに罪悪感を抱かない者を切ろうと言う純粋な殺意だけだ。
ダンジュスは目の前の人間が今まで戦って来た人間と違うとすぐに気付き、腰に収めてあるメイスを抜いた。
(コイツ、今までの人間とは何かが違うな……まぁ、何者であろうと所詮は人間だ。俺の敵じゃねぇって事を思い知らせてやる。それに、イザとなったら奥の手を使えばいいしな)
心の中で呟きながらダンジュスは笑みを浮かべてメイスを構え、足の位置を少しだけ横にずらす。アリシアもダンジュスを睨みながらエクスキャリバーを中段構えに持って戦闘態勢に入った。
――――――
広場のあちこちで戦闘が行われている中、ダークとガルガンも自分達の大剣を振って激しい攻防を繰り広げていた。
ガルガンはレイブリンガーを勢いよく振ってダークに連続攻撃を仕掛け、ダークはその攻撃を全て大剣で防ぐ。傍から見ればダークがガルガンに押されている様に見えるが、実際はガルガンがどんな攻撃をし、どれ程の力を持っているのかを確認する為にダークが手を抜いて戦っているのだ。
ダークにある程度攻撃を仕掛けたガルガンは一度後ろへ跳んで距離を取り、大剣を構えるダークを見ながらレイブリンガーを構え直した。
「俺の攻撃を全て防ぐとは、少しはできるようだな?」
「お前の攻撃が遅すぎるだけだ」
「言うじゃないか、その余裕がいつまで続くか見ものだな」
ガルガンは勢いよく走り出し、ダークに袈裟切りを放ち攻撃する。ダークはその袈裟切りを大剣で難なく防ぐ。するとガルガンはダークの右側面へ回り込み、今度はレイブリンガーを振り下ろして攻撃した。
ダークは右から攻撃して来るガルガンを見るとゆっくりと後ろに下がってガルガンの振り下ろしを回避した。攻撃をかわすとダークは大剣を左から外へ向かって勢いよく横に振りガルガンに反撃する。ガルガンは後ろへ跳んでダークの横切りを難なくかわす。ガルガンがダークの攻撃を回避できたのは当然ダークがガルガンが回避できるように手加減して攻撃したからだ。
攻撃をかわしがガルガンはレイブリンガーを両手で持ち、ダークに強烈な突きを放つ。ダークは迫って来るレイブリンガーの切っ先を見ると素早く大剣の刀身を盾代わりにして突きを防いだ。
ガルガンの突きを防ぐとダークはレイブリンガーを押し返してガルガンに袈裟切りを放ち反撃する。ガルガンはレイブリンガーでダークの攻撃を防ぎ、態勢を整える為に後ろへ跳んでダークから距離を取った。
「フッ、大口を叩くだけの事はあるようだな。まさかさっきの攻撃を全て防ぐとは思わなかったぞ」
「言ったはずだ、お前の攻撃は遅すぎるとな?」
「そうか……なら、少々本気を出すか」
レイブリンガーを横に構えながらガルガンは鋭い牙を見せて笑う。そしてレイブリンガーに気力を送り込み刀身を黄金色に光らせる。
刀身が光るのを見たダークはガルガンが戦技を発動させて来るのを知り、大剣を構え直した。
「剣王破砕斬!」
ガルガンは地を蹴って大きく跳び、ダークの前まで近づいた瞬間にレイブリンガーで切りかかった。ダークは素早く大剣を動かしたガルガンの攻撃を防ぐ。レイブリンガーと大剣がぶつかり、周囲には衝撃と高い金属音が響く。それだけガルガンの攻撃が重いと言う事だ。
自分の戦技を止めたダークを見てガルガンは意外そうな顔を見せる。だがすぐにレイブリンガーを引いて次の攻撃をする為の態勢に入った。
素早くダークの左に回り込み、レイブリンガーで横切りを放つ。ダークはガルガンがいる位置とは逆の方へ跳んで攻撃を回避すると大剣でガルガンに突きを放ち反撃した。
ガルガンは迫って来る大剣の切っ先に意識を集中させ、冷静に右へ移動し突きをかわした。ダークの攻撃をかわしたガルガンはニッと笑みを浮かべる。
「遅いな。見た目と違って大剣を使いこなせる程の筋力も無いのか?」
「……フッ、めでたい奴だ。手を抜かれているとも知らずに自分が強いと思っているとは」
「ヘッ、負け惜しみを言いやがって。騎士なら潔く自分の力の無さを認めたらどうだ?」
「そういう台詞は自分よりも弱い相手に使うべきだと私は思うがな」
余裕の態度を取るダークを見ながらガルガンは小さく舌打ちをし、お前は俺より弱いだろう、と心の中で呟いた。
戦いが始まってから今に至るまでダークが押されている様子を見せずに余裕の態度を取り続けている。強い攻撃を受けているのになぜそんな落ち着いていられるのか、ガルガンはそんなダークに少しずつ腹を立てていった。
ガルガンはダークの余裕を崩すには強烈な一撃を放って怯ませるしかないと考え、次は全力で攻撃してやろうと考える。
「そこまで言うのなら、次の攻撃に耐えて見せろ」
ガルガンはレイブリンガーを構え直すと再び刀身を光らせて戦技を発動させようとする。しかしダークはそれを妨害しようともせず、大剣を構えたまま黙って見ていた。
(俺の戦技の発動を止めようとしない……それだけ俺の戦技に耐える自信があるって事か! なら、タップリ後悔させてやるぜ、俺を見くびった事をな!)
心の中で激高しながらガルガンはダークに向かって走り出す。その間、ダークが移動したり攻撃を仕掛けて来るのではと警戒し続けた。
しかし、結局ダークは何もしてこず普通にダークの目の前まで近づけた。ガルガンは目の前に立つダークを睨みながら黄金色に光るレイブリンガーを振り上げる。
「剛爪竜刃撃!」
ガルガンは上級戦技を発動させてダークに振り下ろしを放つ。ダークは大剣を横にしてガルガンの振り下ろしを止める。だがその直後に大きな衝撃がダークを襲い、同時にダークの周囲に衝撃によって起きた風が広がった。
レイブリンガーによる直接攻撃は防がれたが、戦技によって発生する衝撃がダークにダメージを与えて怯ませるだろうとガルガンは笑みを浮かべた。ところがダークは怯むどころか声すらも出さず、その場に普通に立っている。これには流石にガルガンも驚きを隠せず目を見開いてダークの姿を見つめていた。
「上級戦技も使えたとは、戦士としてはなかなかの実力を持っているようだな」
「ど、どうなってやがる……どうして俺の剛爪竜刃撃の衝撃を受けて普通でいられるんだ……」
「上級戦技を使ったという事は、それがお前の全力という訳か……期待外れだ」
ガルガンの言葉を無視してダークは大剣を下ろし、ガルガンを見ながら目を赤く光らせる。ガルガンの全力が分かった為、これ以上実力を測る必要は無いと判断したようだ。
ダークは大剣を強く握り、刀身に黒い靄を纏わせた。
「冥界魔風斬!」
暗黒剣技の名を口にしたダークは大剣を振る。するとガルガンの体に三つの大きな切傷が生まれ、レイブリンガーの刀身が高い音を立てて真ん中から折れた。ダークは目で追えない位の速さでガルガンを三回切り、レイブリンガーを破壊したのだ。
<冥界魔風斬>は相手に四回連続で攻撃をする事ができる技。この技は暗黒剣技の中でも攻撃速度が速く、回避する事が非常に困難と言われている。更に闇と風の二つの属性を持っている為、風属性に弱い敵にも大きなダメージを与える事が可能なのだ。
ガルガンは最初、自分が切られた事が理解できずに呆然としながら目の前にいるダークと視界に広がる血を見ていた。しばらくしてようやく自分が切られた事に気付き、薄れゆく意識の中でダークに傷一つ負わせられずに切られた事を悔しく思いながら意識を失う。
仰向けに倒れて動かなくなったガルガンをダークはジッと見つめた。
「戦闘能力の高いレオーマンの族長というからそこそこできると思っていたのだが……普通の亜人よりも少し強いぐらいだったな」
族長の実力が普通の亜人とあまり変わらなかった事にガッカリした様な口調で呟くダーク。亜人の族長だから今までダークが戦って来た敵よりも強い相手だと少し期待していた様だ。
――――――
広場の上空にはノワールとファストンが空を飛びながら魔法を撃ち合って戦う姿がある。広場にいる兵士や亜人達は目の前の敵に集中しているのか誰一人空で戦うノワールとファストンの方を見てはいなかった。
ファストンは杖を構えながら横に移動し、ノワールはファストンから数m離れた所で浮いたまま動かずに移動するファストンを見ていた。杖の先をノワールに向けているファストンと違い、ノワールは杖を普通に持ったままファストンを目で追っている。
「火炎弾!」
杖の先から大きな火球をノワールに向けて放つファストン。火球は勢いよくノワールに向かって飛んで行き、ノワールはその火球を慌てる事無く落ち着いた様子で見ており、ゆっくりと持っている杖の先を火球に向けた。
「岩の盾!」
ノワールが叫ぶと彼の目の前に八角形の形をした岩の盾が現れて火球を防いだ。ノワールは岩の盾によって火球を受けずに済み、火球を防いだ岩の盾は消滅する。
火球を防がれたのを見てファストンは移動したまま舌打ちをした。
<岩の盾>はその名の通り岩の盾を作り出して相手の攻撃から身を守る土属性の中級魔法。岩でできている事から土属性の攻撃や上級以下の土属性魔法は全て防ぐ事ができ、物理攻撃にも強い。弱ければ他の属性の攻撃も普通に防ぐ事ができるが、風属性の攻撃には脆く、風属性攻撃ができる相手には使わない方がいい魔法だ。
ファストンの火球を防いだノワールは移動し続けているファストンを見て杖を向ける。さっきの火球のお返しをするつもりみたいだ。
「水の矢!」
杖の先から水でできた矢を放ちファストンに攻撃するノワール。ファストンは飛んで来る水の矢を見ながら杖を持たない手を水の矢に向けた。
「氷の壁!」
ファストンが叫ぶと彼の前に氷の壁が現れてノワールの放った水の矢を止める。氷の壁に当たった水の矢は一瞬にして氷りつきバラバラに砕け散った。
<氷の壁>は中級防御魔法で瞬時に氷の壁を作り出して敵の攻撃を防ぐ事ができる岩の盾の水属性版。全ての水属性攻撃や物理攻撃、他の属性の魔法も防ぐ事ができる。代わりに火属性の物理攻撃や火属性魔法は防ぐ事はできずに消滅してしまう。
攻撃を防いだファストンは移動するのをやめると空中で浮いたまま遠くにいるノワールを見つめる。ノワールもファストンが止まったのを見てつられる様に止まった。
「少しはできるようだな。私と魔法で互角の戦いをしたのはお前が初めてだ。褒めてやるぞ?」
「互角、ですか……」
自分は全然本気を出していないのに同格と見られている事にノワールは少し不満そうな反応を見せる。
「だが、少し不愉快でもあるな」
「ハイ?」
「お前は浮遊や岩の盾まで使えるのに戦いが始まってから攻撃魔法は下級しか使っていない……お前は私の事を中級以上の攻撃魔法を使わなくても勝てる相手だと思っているのか?」
ノワールを睨みながらファストンは低い声を出して尋ねる。そんなファストンを見てノワールはまばたきをした。どうやらファストンは戦いが始まってからノワールが弱い魔法でしか攻撃してこなかった為、自分の事を弱いと思われていると感じて不快な気分になっていたようだ。
話を聞いたノワールはファストンが不愉快になっている理由を知り、そういう事か、と言いたそうな表情を浮かべた。確かにノワールはファストンを自分より弱い相手と見ている。だが、下級魔法だけで攻撃をしていたのはファストンが弱いからではなく、強力な魔法を使ってベーテリンクの町に被害を出さないようにしろとダークに言われていたから一番攻撃力の低い下級魔法だけで攻撃していたのだ。
ノワールは誤解しているファストンにそれを話そうか悩んだが、話せば話したで面倒な事になりそうだと感じたノワールは理由を話さずに弱く見ているという事で話を進める事にした。
「ええ、そうです。貴方は下級魔法だけでも十分倒せます」
「随分とナメられたものだな、私も……」
幼い少年の姿に弱者と見られた事でファストンの目はより鋭さを増す。ゆっくりと杖を構えてファストンはいつでも魔法を発動できる態勢に入る。
「これでも私は四人の族長の中でも最高のレベルを持っているのだがな」
「ほぉ? そうなんですね……因みにレベルは幾つなんですか?」
「……72、亜人の英雄級の域に達している」
「そうですか」
ファストンのレベルを聞いたノワールは驚く事無く小さく笑う。その反応を見たファストンは目を見開いてノワールを見た。人間では決して到達できないレベル72の敵が目の前にいるのに驚くどころか冷静に話を聞いているノワールの態度が信じられないのだろう。
ノワールは以前、レベル75のヴァンパイアであるルーを目にしている為、彼女よりもレベルの低いファストンを前にしても驚く事はない。そもそもレベル94のノワールにとってレベル72のファストンは脅威と感じる存在ではないのだ。
(あのティルメリアはレベル44だって言ってたからそのお父さんのファストンも50から60の間くらいかと思ってたんだけど、まさか72とは思わなかったなぁ)
自分が予想していた数値よりもファストンのレベルが高かった事にノワールは心の中で意外に思う。レベル72なら弱いと見られて下級魔法だけで攻撃されれば、不愉快になるのは無理もない。ノワールはファストンが機嫌を悪くした事に納得する。
「……レベル72の私を見ても驚く事無く普通に会話するとは……長い事生きてきてここまで侮辱されたのは初めてだよ」
黙っているノワールを見てファストンは奥歯を噛みしめながら杖を強く握る。子供にプライドを傷つけられた事で流石のファストンも怒りを隠す事ができなくなっているようだ。
「ならば、その身に教えてやろうではないか。亜人の英雄をコケにした事がどれほど愚かな行為であるかという事をな!」
力の入った声を出してファストンは杖を大きく外側に向かって振る。するとファストンの上下左右に赤い魔法陣が四つ展開された。ノワールは展開された魔法陣を見て強力な魔法が来ると真剣な表情を浮かべる。
「緋色の炎弾!」
ファストンは杖の先をノワールに向けて魔法の名を叫ぶ。すると四つの魔法陣から赤い大きな火球が放たれてノワールに向かって行く。ノワールは飛んでその火球を回避し、ファストンの側面へ回ろうとする。すると魔法陣もノワールが飛んで行く方へ向きを変え、ノワールに狙いを付けて赤い火球を放つ。ノワールは飛んで来る無数の火球を飛び回ってかわし続ける。
<緋色の炎弾>は火属性の上級魔法で一人から最大四人までの敵に狙いを付け、展開された魔法陣から火球を放ち攻撃する事ができる。攻撃力は高く、狙った敵が移動しても自動的に狙いを付けて火球を撃ってくれるのでとても便利な魔法だ。しかも発動してから魔法陣が消えるまで火球を撃ち続けるので上手くいけば大ダメージを与える事もできる。
ノワールは空中を縦横無尽に飛び回って火球を回避し、ファストンはその後を追っている。四つの魔法陣もファストンにくっつくようにノワールの後を追って来ていた。
緋色の炎弾は魔法陣が消えるまで自動で敵を狙ってくれるので後を追う必要など無いのだが、魔法陣が消えて攻撃が止んだ時にノワールから離れていると次の攻撃が当て難くなってしまう。ファストンは次の攻撃を命中しやすく為にノワールにできるだけ近づいておこうと後を追っているのだ。
「緋色の炎弾まで使えたとは……どうやら彼の事を少し甘く見ていたみたいだ」
飛び回るノワールは自分が想像していたよりも強い魔力を持つファストンを見て呟く。これほどの実力者を下級魔法だけで倒そうとするのは流石に失礼だとノワールは感じた。
「亜人の英雄級を人間の英雄級と同じと考えて手を抜くのは確かに失礼だ……それじゃあ、そのお詫びという事で、僕も少し本気を出しましょう」
ファストンを強者と見て戦うおうと考えたノワールは真剣な表情を浮かべ、飛行速度を上げた。速度を上げたノワールを見てファストンも後を追おうと速度を上げる。その直後、ファストンの周りにある魔法陣から火球が放たれなくなり、四つの魔法陣が静かに消滅した。どうやら|緋色の炎弾
(スカーレットブラスト)の攻撃が終わってしまったようだ。
「チッ、もう終わったか。なら、次の魔法で奴を叩き落すだけだ」
杖を構えながら前を飛んでいるノワールに狙いを付けるファストン。今度は緋色の炎弾よりも強力な魔法を撃ち込んでやろうと鋭い目でノワールを睨みながら狙いを付けようとする。だが次の瞬間、ノワールはファストンの視界から突然消えた。
「何っ!?」
ファストンはノワールが視界からいなくなった事に驚いて急停止する。
「ど、何処だ、何処へ行った!?」
声を上げながらファストンは周囲を見回すが何処にもノワールの姿は無い。ノワールが消えた事には驚いたが、それ以外にもファストには驚いた事があった。
「何なんださっきの消え方は? あれは転移魔法の消え方ではない、転移魔法を使った時の感覚などは一切感じ取れなかった。あれは一体……」
ノワールの消え方が自分の知っている転移魔法の消え方とは違う事にファストンは驚きと動揺を隠せないでいた。
微量の汗を掻きながら小さく俯いて考えていると、背後から気配を感じ、ファストンは顔を上げて慌てて振り返る。そこには自分の目の前で微笑みを浮かべているノワールの姿があった。
「お、お前、いつの間に……」
「驚きましたか? 流石に亜人の英雄級である貴方も時間停止は知らなかったみたいですね?」
「タイム、ストップ?」
「ハイ、時間を止めたんです」
ニッコリと笑いながら答えるノワールを見てファストンは呆然とする。ファストンは目の前の少年が先程何を言ったのか一瞬理解できなかった。
<時間停止>はその名とおり時間を停止させる闇属性最上級魔法。自分以外の存在の時間を全て停止させて再び動き出すまでの間、自由に動く事ができる。敵に攻撃したり、仲間のHPを回復したり、周囲を探索する事も可能でLMFでは特に人気のある魔法だ。ただし、この魔法は敵だけでなく、味方の時間も停止させてしまうのでこの魔法を使う者が仲間にいる時は<時間停止無効>の技術を装備しておかないといけない。因みにダークとノワールはその技術を装備している。
ノワールのメイン職業であるハイ・メイジは時間停止を習得できる数少ない職業の一つでダークはノワールにタイムストップを覚えさせる為にかなり苦労してノワールをハイ・メイジにクラスチェンジさせたようだ。
「ば、馬鹿な、時間を止めた、だと? そんな魔法があるなんて……」
ファストンは震えた声を出しながら目の前で笑うノワールを見ている。ノワールは笑うのをやめて愕然としているファストンの顔をジッと見つめた。
「貴方が亜人の中でも英雄級の実力を持っている事を考えるとやはり下級魔法だけでは戦うのは失礼だと考えを改めました。でも、だからと言って強力な魔法は使えないので、こうして時間を止める最上級魔法を使わせてもらったという訳です」
「さ、最上級魔法だと? 我々エルフの中でも一握りの存在しか習得できないものを、お前の様な子供が……」
「あれ? 貴方は使えないのですか、最上級魔法?」
小首を傾げながらノワールは意外そうな顔で尋ねる。その言葉を聞いた瞬間、ファストンは自分がちっぽけな存在だという事を悟り、目の前が真っ白になった。
ショックのあまり動かなくなってしまったファストンを見てノワールはまばたきをする。相手が動かなくなってしまった為、この後の戦いはどうなるのだろうと困り顔で周囲を見回す。
「え~っと、どうされたのかサッパリ分かりませんが、ただ戦いの最中ですから、攻撃してもいいんですよね?」
「……」
ノワールの質問にファストンは答えない。どうやら聞こえていないようだ。
「あ~、そ、それじゃあ、これも真剣勝負ですので、遠慮無くいきますね? 死!」
苦笑いを浮かべながらノワールは左手をファストンの顔の前まで持ってきて魔法を発動させる。するとファストンの目から光が消え、ファストンは地上に向かって落下していく。その様子をノワールは空中から見ていた。
<死>は闇属性上級魔法の一つで相手を即死させる事ができる魔法だ。使用者よりもレベルの低い敵であれば即死させられるが、使用者よりもレベルの高い敵や即死の耐性を持っている敵には効果が無い。そしてこの魔法は強力な為、一日に三回しか使用する事ができないのだ。LMFではこの魔法を警戒してLMFプレイヤーのほぼ全員が<即死無効>の技術を装備している。
「……痛みや恐怖を感じないようにする為にデスを使ったのですから、許してくださいね」
落ちて行くファストンを見下ろしながらノワールはそっと呟いた。