表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
126/327

第百二十五話  醜怪な強者達


 ベーテリンクの町にある集会場前の広場にはガルガン達族長や彼等の直属部隊の亜人達の姿があった。全員が武器や防具を装備して臨戦態勢に入り険しい表情を浮かべている。だが、殆どの亜人が正門の守備隊と迎撃隊だけで人間軍は倒されるから自分達の出番はないだろうと心の中で気を抜いていた。その中にはケンタウロスの族長であるダンジュスも入っている。


「正門の方から大きな音が聞こえてくるが、守備隊が強力な魔法でも使っているのか?」


 ガルガンは遠くから聞こえる音を聞き、音の正体が守備隊の魔法使い達の魔法によるものかと腕を組みながら呟く。すると隣に立っているファストンが正門がある方を向きながら口を開いた。


「いや、守備隊にはあれほど大きな音を立てる魔法を使える者はいないはずだ」

「確かに、守備隊の魔法使い達が使える魔法は一番強くても中級魔法だもんな……じゃあ、あの音は一体何なんだ?」

「……分からない」


 何の音なのか分からず、ファストンは難しい表情を浮かべる。ガルガンもファストンの顔を見た後に正門がある方に視線を戻して低い声を出しながら考え込む。

 この時のファストンは聞こえて来る音が人間軍の攻撃によるものでその攻撃で守備隊が押されているかもしれないと考えていた。だが、人間軍にそれほどの力を持つ者がいるはずない、戦力でもこちらが勝っているのだから押されているはずがないとその可能性をすぐに切り捨てる。そして亜人連合軍にとって都合のいい可能性を考えていった。

 ガルガン達が音の正体について考えていると、広場に一人のエルフが走って入って来る。それは正門で部隊長から指示を受けていたエルフだった。とても焦った表情でボロボロの格好をしながら駆け寄って来るそのエルフをガルガン達は不思議そうに見つめる。


「ぞ、族長の皆さん、大変です!」

「どうした?」


 ファストンは表情を変えず、冷静に息を切らすエルフに尋ねる。エルフは三人の族長の前まで来ると両膝に手を当てながら大量の汗を掻いている顔を上げた。


「さ、先程正門が突破され、人間軍が町へ侵入しました!」

「何だと!?」

「そんな馬鹿なっ!」


 人間軍が正門を突破した事を聞き、ファストンとガルガンは思わず声を上げる。ダンジュスや周りにいる他の亜人達も驚愕の表情を浮かべていた。


「正門には七百近くの戦力を配置してあったはずだ。なのにこんな短時間で正門が破られて敵の侵入したと言うのか!?」

「も、申し訳ありません! しかし、敵は我々が見た事の無い攻撃を仕掛け、更に我等の同族のゾンビを戦力に加えており、とても食い止める事ができませんでした」

「言い訳など聞きたくないわぁ!」


 険しい顔で怒鳴り散らすガルガンにエルフは怯えて小さくなる。ダンジュスもエルフを見ながら役に立たない奴だと言いたそうな顔をしていた。

 族長の直属部隊の亜人達は敵が町に侵入して来た事で焦りを感じているのかざわつき出す。ファストンはそんな亜人達に気付くと亜人達の方を向いて真剣な表情を向けた。


「落ち着け! 町に侵入されたからと言って我々が負けると決まった訳ではない!」


 ファストンの言葉に亜人達は落ち着きを取り戻し、それを確認したファストンは報告に来たエルフに視線を戻した。


「人間軍は今どの辺りにいる?」

「わ、分かりません。ただ、十分ほど前に正門が突破されたのでまだ正門近くに固まっていると思われます」

「なら私達が動ける戦力を率いて正門の方へ向かう。お前はこのまま正門に戻り、私達が行くまで敵を足止めしろ。恐らく北東と南東で待機している部隊も既に動いて人間軍と戦っているはずだ。その者達にも私達が行くまで持ち堪えるよう伝えろ」

「わ、分かりました!」


 指示を受けたエルフは慌ててもと来た道を戻り仲間達へ報告しに向かう。ファストンは直属部隊に戦いの準備をするよう命じ、同時に他の場所で待機している部隊にも敵が侵入してきた事を知らせるよう指示を出す。指示を受けた亜人達は急いで行動に移り、ファストン達族長も戦いの準備に入った。


「まさかこんなに早く俺等が動く事になるとは、まったくだらしない守備隊だぜ」


 ダンジュスはめんどくさそうな顔で腰に収めてあるメイスを手で叩く。ガルガンとファストンはダンジュスの愚痴を無視して自分達の武器やアイテムなどの確認をしていた。


「短時間で正門を突破するとは……敵は我々が思った以上に強力な戦力を連れて来ていたようだな」

「ああ、俺達と同じ亜人のゾンビを戦力に加えているとさっきの奴は言っていた。奴等、どうやって亜人のゾンビなんかを手に入れたんだ……まさか、人間の中にネクロマンサーやそれに関係した職業クラスを持つ奴がいてソイツがゾンビどもを召喚したのか?」

「あり得ない、この国の人間軍の中にネクロマンサーがいるなんて聞いた事が無い」


 自分の知る限りではエルギス教国にはアンデッド族モンスターを召喚したり、作り出す職業クラスを持った者はいないとファストンはガルガンに話す。それを聞いたガルガンはなら何処からアンデッドを連れて来たのかと難しい表情を浮かべた。


「この国にいないとなると、セルメティア王国の人間どもか?」

「確かにセルメティア王国にはネクロマンサーがいると聞いた事があるが、噂ではもう死んでいるらしいぞ?」

「それじゃあ奴等は――」

「そんな事はどうでもいいじゃねぇか」


 ガルガンとファストンがアンデッドについて話をしているとダンジュスが会話に口を挟んできた。二人はそんなダンジュスを迷惑そうな顔で見つめる。


「敵が何処からアンデッドを連れて来たかなんてどうでもいい。俺等は奴等をただ叩き潰すだけだ、違うか?」

「アンデッドを従えているという事は敵の中にそれだけの実力者がいるという事だ。何も考えずに戦おうとすると、とんでもない目に遭うぞ?」

「ケッ! 相変わらずめんどくせぇな、ファストン? 例え敵にどんな奴がいようと俺等亜人の敵じゃねぇ。奴等に思い知らせてやるさ、亜人様に逆らうとどんな惨い目に遭うかって事をな!」


 拳をポキポキと鳴らしながら叫ぶダンジュス。ガルガンとファストンは敵の実力や戦力を考えずに自分の力を過信するダンジュスを哀れむ様な目で見ている。

 それから戦いの準備が整い、ガルガン達は自分達の部隊を率いて人間軍がいる正門の方へ向かう。ガルガンとファストンが敵を警戒しながら街道を走っている中、ダンジュスは自分が人間に後れを取るはずないと自身に満ちた表情を受けながら走って行った。

 その頃、正門から南西に500m行った所にある街道では亜人連合軍の部隊が人間軍と交戦していた。亜人達は攻めて来た兵士やゾンビ達と剣を交えながら少しずつ押し返している。やはり様々な種族で構成されている亜人連合軍の部隊の方が一歩上を行っているようだ。


「いいぞ、このまま人間どもを押し戻せぇ!」


 部隊長と思われるリザードマンが剣を掲げると他の亜人達も声を揃えて叫びながら人間軍を攻撃する。

 セルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は必死に応戦するが、人間よりも力の強い亜人を倒すのにはやはり苦労するらしく、徐々に疲れが出始めていた。ゾンビ達も次々と倒されて次第に兵士達は追い込まれていく。

 兵士達の様子を見て亜人達は勝利を確信した表情を浮かべた。その時、突如兵士達の後ろからマインゴが現れて亜人達は一斉に驚く。兵士達も亜人達の反応を見て振り返ると目の前に立っているマインゴの姿に驚き目を見開いた。


「グヘッグヘッ、く、苦戦しているようですね? わ、私が代わりましょう」


 マインゴはズシズシと亜人達の方へ歩き出し、兵士達は無言でマインゴに道を開ける。

 亜人達は武器を構えながら目の前に立っている見た事の無いモンスター、しかも普通のモンスターと違い会話をする事ができる存在を見て呆然としていた。


「お、おい、何だこのモンスターは? 人間どもと普通に会話をしているぞ?」

「分からねえ。見た目からしてアンデッド族モンスターみたいだが、こんなモンスター見た事も聞いた事もない」

「アンデッドって事は、人間軍にいるゾンビ達はコイツが生み出したの?」

「知らないわ。ただ、あたし達の敵だって事は間違いないわね」


 マインゴの姿を見ながら亜人達は思い思いの事を口にする。何者かは分からないが、人間側に立っている事から目の前のモンスターが自分達の敵である事だけは理解できた。亜人達は武器を構えてマインゴを睨みつける。


「グヘッグヘッ、私とた、戦う気ですか? いいでしょう、お、お相手してさ、差し上げましょう」


 自分を睨む亜人達の姿にマインゴは再び気味の悪い笑い声を出して足の位置を変える。そして肉切り包丁を持っていない左手を亜人達に向けた。

 左手を出すマインゴを見て亜人達は何かして来ると感じ、行動される前に倒そうと一斉にマインゴに向かって走り出す。マインゴは向かってくる亜人達を見てニヤリと笑った。


黒い霧ブラックミスト


 マインゴが笑いながらそう言った直後、マインゴの左手の前に紫色の魔法陣が展開され、そこから黒い霧が勢いよく噴き出した。黒い霧は真っ直ぐ亜人達に向かって行き、迫って来る黒い霧を見た亜人達は驚いて急停止し、何とか霧を避けようとする。しかし回避が間に合わず、亜人達は全員黒い霧に呑み込まれてしまう。

 霧が消えるとそこには亜人達が立っている姿がある。だがその目には光が無く、マインゴ達が見ている中、亜人達は全員その場に倒れた。一瞬にした亜人を全滅させたマインゴに兵士達は驚きの表情を浮かべる。

 <黒い霧ブラックミスト>は黒い霧を広範囲に広げ、霧に呑まれた敵にダメージを与える事ができる闇属性中級魔法の一つ。攻撃を受けた敵はダメージを受けるだけでなく、一定時間移動速度が遅くなると言う追加効果もあるので大勢の敵を相手にする時には有効な魔法である。魔法の攻撃力はそれほど高くないが、高レベルのマインゴやノワールが使えば大抵の敵は一撃で倒す事が可能だ。

 マインゴは倒れている亜人達に近づき、全員が死んでいるのを確認すると兵士達の方を向く。


「て、敵は全員倒しました。さあ、皆さん、先へす、進みましょう。グヘッグヘッ」


 笑いながら兵士達に進攻を再開しようと話してマインゴは奥へと進んで行く。兵士達は一度の魔法で敵を全滅させたマインゴに驚きながらその後をついて行く。アンデッド部隊のゾンビ達も呻き声を上げながら後に続いた。


――――――


 正門から北西に300m行った所にある広場ではマティーリアが率いる部隊が亜人達と戦っていた。広場のあちこちで兵士達は亜人達と剣をぶつけ合い互角の戦いを繰り広げている。

 そんな戦う兵士や亜人達の中にジャバウォックを両手で構えるマティーリアの姿があった。マティーリアの周りには剣を持ったレオーマンやエルフ、棍棒を持ったドワーフなど大勢の亜人がマティーリアを取り囲んでいる。


「フッ、数が多ければ妾に勝てると思っておるのか? 若造どもめ」


 マティーリアは自分を囲む敵の亜人達を笑いながら挑発した。それを聞いた亜人達はマティーリアを睨み付け、武器を持っている手に力を入れる。その僅か数秒後、亜人達は一斉にマティーリアに攻撃を仕掛けた。

 前後左右から走って来る亜人達に対し、マティーリアはガッカリした様な顔で小さく息を吐く。単純な挑発に乗って突っ込んで来る亜人達に呆れたのだろう。

 マティーリアはジャバウォックを両手でしっかりと握って亜人達が近づいて来るのを待つ。そして亜人達が間合いに入るとジャバウォックを横に構えて勢いよく回った。

 ジャバウォックの黒い刀身は間合いの中にいる亜人達の胴体を横から真っ二つにし、切られた亜人達はその場に崩れるように倒れる。マティーリアの攻撃によって四人の亜人が倒され、間合いに入らずに生き残った亜人達はその光景を見て愕然とした。


「ク、クソォッ、この小娘がぁ!」


 マティーリアの後ろにいたドワーフが石のハンマーを振り上げながらマティーリアに走って行く。マティーリアはドワーフの気配を感じ取ると素早く振り返り、ドワーフの小さな体をジャバウォックで貫いた。

 体を大きな刃で貫かれたドワーフは血を吐き、持っているハンマーを落としてそのまま動かなくなる。マティーリアはドワーフが死んだのを確認するとジャバウォックを引き抜き、倒れたドワーフの死体を睨む。


「誰が小娘じゃ、髭もじゃの小僧め。妾はお主より長生きしとる」


 自分を子供扱いしたドワーフにそう言い放つとマティーリアは振り返り、離れた所にいる他の亜人達を睨みつけた。亜人達は睨むマティーリアに一瞬怯むも、戦意は失っておらず、武器を構えてマティーリアを睨む返す。

 マティーリアの正面にいる剣を持ったレオーマンと斧を持った山羊頭の亜人がマティーリアを睨んだまま同時に走り出してマティーリアに襲い掛かる。マティーリアは向かってくる二人の亜人を見てジャバウォックを構え直した。

 レオーマンはマティーリアに向かって剣で袈裟切りを放って攻撃する。マティーリアはその攻撃をジャバウォックで防いで反撃しようとした。だがそこへ山羊頭の亜人が右に回り込み、攻撃を止めているマティーリアに斧を振り下ろして攻撃を仕掛ける。

 山羊頭の亜人に気付いたマティーリアはレオーマンの剣を素早く払い、山羊頭の亜人が斧を振り下ろす前にジャバウォックで切り捨てる。切られた山羊頭の亜人は声を上げる事もできずに仰向けに倒れ、山羊頭の亜人を倒したマティーリアはすぐにレオーマンの方を向いて横切りを放つ。レオーマンは腹部を切られ、傷口から大量の出血をしながら山羊頭の亜人と同じように仰向けに倒れた。

 マティーリアが襲って来た二人の亜人を倒し、他の亜人達を警戒しようとする。すると、右側から殺気を感じてマティーリアは右を向いた。10mほど離れた所から二人のエルフがマティーリアに杖を向けている姿があり、それを見てマティーリアは舌打ちをする。


火炎弾フレイムバレッ!」

電撃の槍エレクトロジャベリン!」


 エルフ達はそれぞれ杖の先から大きな火球と電気の矢を放ちマティーリアに攻撃を仕掛けた。

 <電撃の槍エレクトロジャベリン>は雷の槍サンダージャベリンの上位版である風属性中級魔法。雷の槍サンダージャベリンと同じで風属性だが水属性の敵や水中にいる敵に絶大な効果がある。勿論その威力は雷の槍サンダージャベリンよりも上でレベルの低い者では回避は困難と言われるくらい速く撃つ事ができるのだ。

 マティーリアは飛んで来る火球と電気の矢、特に速度の速い電気の矢に意識を集中させる。そして一定の距離まで近づいて来ると素早く横へ移動して電気の矢と火球を回避した。回避に成功するとマティーリアは竜翼を広げ、低空飛行でエルフ達に向かって行く。


「こ、こっちに来るぞ!」

「も、もう一度魔法を撃ってふっ飛ばすんだ!」


 エルフ達は飛んで来るマティーリアを見て慌てて魔法で応戦しようとする。だがエルフ達が応戦する前にマティーリアはジャバウォックの刀身に黒い靄を纏わせ、飛んだままジャバウォックで突きを放ち黒い靄をエルフ達に向かって飛ばした。放たれた黒い靄はエルフ達の体を貫き、エルフ達は体から伝わる激痛に声を上げる。やがて電池の切れた人形の様に動かなくなったエルフ達はゆっくりとその場に倒れた。

 敵が二人とも倒れるとマティーリアは飛ぶのをやめて地面に足を付ける。そして振り返り、さっきまで自分と戦っていた亜人達の方を向く。亜人達はマティーリアの異常な強さに恐怖を感じているのかマティーリアを見つめたまま静かに後退し始める。すると、後退する亜人達の後ろの足元にある排水溝の穴から半透明の緑の液体が沸き上がる様に出て来た。

 液体はどんどん出て来て少しずつ大きくなっていく。亜人達は背後から何かの気配を感じてゆっくりと振り返り、目の前にある液体の塊を見て言葉を失う。その液体には一つ目と大きな牙の生えた口が付いており、亜人達はそれを見てすぐにその液体が巨大なスライムだと気付く。そう、ダークが召喚したグラトニースライムだ。

 グラトニースライムは大きく口を開けて近くにいる二人の亜人に噛み付き鋭利な歯で噛み砕く。砕かれた亜人達の体は呑み込まれ、グラトニースライムの半透明の体内にバラバラになった体と血が広がる。だが呑み込まれてから僅か数秒で亜人の体は骨と化し、血で濁った体も元の緑色に戻ってしまった。その光景を見た亜人達は恐ろしさのあまり青ざめる。


「いやいや、恐ろしいモンスターじゃな、あのグラトニースライムと言うのは……」


 マティーリアはグラトニースライムが敵を捕食する姿を見て驚いている。

 グラトニースライムのレベルは69でマティーリアと互角の力を持っている。だが、LMFのマジックアイテムで召喚された上に情報が無いモンスターである為、マティーリアが戦えば苦戦するのは間違いない。だからマティーリアは驚くのと同時にグラトニースライムが味方でよかったと心の中で思っていた。

 マティーリアや亜人達が驚いているとグラトニースライムは周りを見回して敵である亜人がいるのを確認すると体の一部を触手に変え、それを振り回して亜人達を攻撃する。触手の攻撃を受けた亜人達は潰されたり、飛ばされて建物の壁に叩きつけられたりなどされて命を落とした。

 一体のスライムによって広場にいた亜人達はあっという間に倒され、数十秒後、広場にはマティーリアと兵士達だけが立っていた。

 兵士達はグラトニースライムが亜人達を全滅させたのを見て言葉を失い、ただ茫然と亜人達の死体を捕食するグラトニースライムを見つめていた。そんな兵士達を空を飛んでいるマティーリアは見下ろしながら力の入った声を出す。


「お主達! ボーっとしている暇は無いぞ!? まだ敵がこの町に大勢おるのじゃ。先を急ぐぞ!」


 マティーリアの言葉を聞いた兵士達は我に返り、もう一度グラトニースライムを見てから先へ進んだ。

 広場から全ての兵士が出て行くとマティーリアはグラトニースライムに近づき、兵士達が捕食する光景に驚いて士気が低下する可能性があるからもう敵の死体を捕食するなと指示を出す。グラトニースライムはダークからマティーリアの命令に従うように言われているのでその命令を聞き、その後の戦いでは亜人達を捕食しなくなった。


――――――


 町の中心には大きな建物が沢山建てられている住宅区があり、そこへ続く街道をダーク、アリシア、ノワールが率いる部隊が走っている。ただ、マインゴやマティーリアのいる部隊と比べると兵士の人数が少なく、アンデッド部隊のゾンビの姿も無かった。他の部隊と比べると戦力が明らかに少ない。だが、兵士達は街に突入してから一人も倒されておらず部隊は無傷の状態だった。

 ダーク達は正門前の広場を出てから此処まで多くの亜人達と遭遇したが、強大な力を持つダークとアリシアが殆どの亜人を倒したので兵士達は誰一人傷つかずに今いる街道までやって来れたのだ。

 街道を抜けるとダーク達は住宅区の入口がある大きな広場に出た。そこは学校の校庭ぐらいの広さで奥には幾つもの道がある。住宅区の色んな場所へ行けるよう道が分けられているのだろう。

 広場に入ったダーク達は歩きながら周囲を見回して敵がいないか警戒する。ダーク、アリシア、ノワールが普通に見回している中、兵士や騎士、魔法使い達は警戒心を最大にして周りを見ていた。


「随分と奥まで来ましたね」

「ああ、そろそろ敵の主戦力が出て来てもおかしくないだろう」

「……ん?」


 ノワールとアリシアが低い声で話しながら歩いていると先頭にいるダークが何かに気付いて立ち止まる。それに気付いた二人も止まり、三人の後をついて来ている兵士達も一斉に止まった。


「どうした、ダーク?」

「……お出ましのようだ」


 ダークの言葉を聞いてアリシアとノワールの目が鋭くして前を向く。その直後、広場の奥から大勢の亜人達が姿を現してダーク達の前に立ち塞がった。人数はダーク達よりも多く、目の前に現れた亜人達を見てアリシアとノワールは武器を構え、仲間の兵士も一斉に武器を構えながら陣形を取る。

 敵の中には接近戦を得意とするレオーマンやリザードマン、ケンタウロスなどがおり、後ろの方には魔法使いの姿をするエルフやダークエルフの姿があった。前衛攻撃と後方支援を行う亜人がおり、かなりバランスの良い敵部隊に兵士達は微量の汗を流す。だが、ダーク達はまったく動じる事無く敵を見ていた。


「今度は今まで戦って来た敵とは違うみたいだ。二人とも、気合を入れて行くぞ?」

「ああ」

「ハイ!」


 アリシアとノワールはエクスキャリバーと杖を構えながら返事をし、ダークも大剣を構えて目を赤く光らせた。


「まさか此処まで攻め込んで来るとは思わなかったぞ?」


 奥にいる亜人達の方から声が聞こえ、ダーク達は声が聞こえた方を向く。すると奥で固まっていた亜人達が左右に分かれ、その更に奥から族長であるガルガン、ファストン、ダンジュスが姿を現した。

 三人の族長は部下と思われる同じ種族の亜人を二人ずつ引き連れてダーク達の方へ歩いて行き、10mほど手前で立ち止まる。ガルガンとファストンが真剣な表情でダーク達を見つめており、ダンジュスは見下したような笑みを浮かべながらダーク達を見ていた。

 一方でダークは再び姿を現した族長達を黙って見つめ、アリシアは族長達、特にダンジュスを鋭い目で睨み付けている。ノワールは初めて族長達を目にした為、無表情で彼等を見ていた。


「敵の中に真っ直ぐ町の中心を目指す部隊がいるという情報を得て待ち構えていたが、やはりお前達だったか」


 ダーク達が他の部隊よりも勢いよく進攻していると言う情報をガルガン達は得ていたらしく、ダーク達の行く先に先回りして待ち伏せしていたらしい。ダークは待ち伏せされている事を予想していた為、落ち着いて現れた族長達を見ていた。


「しかし、七百近くの守備隊を倒して此処まで侵入して来たとは、正直驚いたぞ?」

「だが、その勢いも此処までだ。指揮官であるお前がいる部隊を倒せば我々の勝利は確定する」

「先に言っておくが今更降伏しても無駄だからな? この町に攻め込んで来た事をタップリと後悔させてやるぜ? ハハハハッ!」


 族長達がそれぞれ思っている事を口にし、周りにいる亜人達もダーク達を見ながら余裕の笑みを浮かべている。族長達が出て来た事でダーク達に勝ち目が無くなり、自分達が勝つと思っているようだ。

 ダークは笑う亜人達をしばらく見つめた後、族長達に視線を向けて小さく笑いながら構えている大剣を下した。


「族長全員が私達の前に現れてくれるとは運がいい。町中を探し回る手間が省けたと言うものだ」

「何?」

「私もお前達と同じ事を考えていたのだ。指揮官であるお前達族長を倒せば亜人連合軍の士気は一気に低下して私達の勝利となる。もしお前達がバラバラになっていたら見つけだすのに時間が掛かって戦いが長引いてしまう。だからお前達が全員私達の前に現れて運が良かったと言ったのだ」


 下ろしていた大剣を肩に担いで話すダークをガルガンとファストンは鋭い目で見つめ、ダンジュスは気に入らなそうな顔でダークを睨んでいた。今のダークの言葉、この戦いは自分達が勝つと宣言している様にガルガン達には聞こえたのだ。


「随分と自分の力に自信があるようだな? 下等な人間が調子に乗ると痛い目を見るぜ?」

「調子に乗っているのはお前だろう」


 ダークを睨みながら挑発するダンジュスにアリシアは言い返す。それを聞いたダンジュスは視線をアリシアに向けて彼女を睨みつけた。


「ああぁ? 何だ、人間の雌風情が最強のケンタウロスである俺様に喧嘩売る気かぁ?」

「最強だと? ハッ、幼い子供や老人を甚振り、その死体を踏み潰すような奴にそんな事を言う資格があるとは思えないな」


 アリシアはさり気なくリアンと彼女の祖父が死んだ時の事を口にする。ダンジュスがそれを聞いてどんな反応をするのか、自分がリアン達にやった事を覚えているか確かめようとしたのだ。


「はあぁ? 何訳の分からねぇこと言ってやがる。俺はガキや老いぼれを甚振る趣味はねぇよ、バァカ」


 ダンジュスはアリシアの言っている事の意味が分からず、挑発的な口調で言い返す。どうやらリアン達を襲った時の事を覚えていないようだ。ダンジュスの態度を見たアリシアは目を見開いてダンジュスを見つめ、同時に胸の中で強い怒りを感じていた。

 数日前に殺した人間達の事を覚えていないダンジュスをアリシアは鋭い目で睨み付ける。だが、怒りに流されて襲い掛かるような事はせず、必死に怒りを抑えて相手の出方を待った。そんなアリシアを見たダークはダンジュスを見つめて目を赤く光らせる。彼もダンジュスに対して怒りを感じているらしい。


「本当に調子に乗っているのはどっちなのか、それは今から戦ってみれば分かる事だ」

「……確かにその通りだな」


 ダークの言葉に同意し、ガルガンは低い声を出した。その直後、ダークはガルガン達の方を向いたまま左手で指を鳴らす。するとノワールが杖を空に向かって掲げ、ノワールの周りに無数の赤い魔法陣が展開された。

 亜人達は突然敵側に立つ少年の周りに展開された魔法陣を見て驚きの表情を浮かべる。三人の族長も目を見開いてノワールを見ていた。


竜の魂ドラゴニックソウル!」


 ノワールが叫ぶと彼の周りに展開されている魔法陣は消え、ダークを始め、アリシア、ノワール、そして待機している兵士達の体は薄っすらと赤く光る。兵士達は光り出した自分の体に驚き、亜人達も人間達に何が起きたのか分からずに驚きの表情を浮かべたままだった。

 <竜の魂ドラゴニックソウル>は対象となった者の全ステータスを強化する事ができる火属性の上級魔法。この魔法は下級の補助魔法とは比べ物にならないくらい大きくステータスを上昇させ、HPを自動回復する効果も付く。更に効果の持続時間も長く、使用者だけでなくその仲間、つまり同じパーティーのメンバー全員を強化する事が可能だ。そしてこの魔法は上級以下の魔法では効果を打ち消す事はできない。ただし、強力な分、消費するMPが多いという欠点もある。

 今までノワールは仲間の強化する時には下級の補助魔法にプラスの魔法を使って仲間全員を強化していたが、プラスでは対象にできる人数に限界がある上に全員に発動するとなると時間が掛かる。短時間で仲間全員を強化する為に今回ノワールは竜の魂ドラゴニックソウルを使ったのだ。

 兵士達はノワールが自分達に魔法を掛けたのを見て、自分達を補助魔法で強化してくれたのだと気付き、余裕が出て来たのか笑みを浮かべる。ノワールの魔法で兵士達が強化されたのを確認したダークは大剣を構えた。


「此処にいる敵を倒せば亜人連合軍は指揮官と主力部隊を失う事になる。この戦いに勝利する事は町の解放と我々の勝利を意味する。全員、全ての力を亜人達にぶつけろ!」


 ダークの言葉に兵士達は揃えて声を上げる。兵士や騎士は前に出て、魔法使い達は後方で攻撃魔法や回復魔法を発動させる態勢に入った。そんな魔法使い達の周りには護衛の兵士達の姿もある。

 亜人達は人間達の士気が高まったのを見て自分達も負けていられないと同じように戦闘態勢に入る。戦士達は武器を構え、後方にいる魔法使い達は補助魔法を発動させて仲間を強化し始めた。ただ、ノワールと違って下級の補助魔法を発動させている。ガルガンとファストンも自分の武器を手に先頭に立つダーク達を見つめて戦闘態勢に入っている。

 

「下等な人間どもが調子に乗りやがって! お前等、図に乗っている奴等を皆殺しにしろぉ!」


 ダンジュスがダーク達を指差しながら部下の亜人達に命令を下す。その命令を聞いた亜人達は声を上げながら一斉にダーク達に向かって走り出した。


「突撃せよ!」


 突っ込んで来る亜人達を見てダークも兵士達に指示を出した。兵士達は亜人達を迎え撃つ為に一斉に亜人達に向かって走り出す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ