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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百二十四話  ベーテリンク解放決戦


 町の外に出たガルガンとファストンは静かにダークとアリシアの下へ歩いて行き、見張り台の上の亜人達は二人を見守っていた。ダンジュスも見張り台からつまらなそうな顔で二人を見ている。

 しばらく歩いたガルガンとファストンはダークとアリシアの数m前まで来て立ち止まり二人と向かい合った。すると、近づいた瞬間に目の前に立つ漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーを装備した黒騎士と若い女聖騎士から強い闘志か覇気の様な何かを感じ取り、ガルガンとファストンは僅かに汗を流す。しかし、驚いている事を悟られないようにする為にガルガンとファストンは冷静を装ってダークとアリシアを見る。


「レオーマンの族長、ガルガンだ。そしてこっちがダークエルフの族長、ファストンだ」


 ガルガンはダークとアリシアを見つめながら名を名乗り、隣に立つファストンの紹介をする。ダークとアリシアは目の前にいる二人の亜人が亜人連合軍を束ねる族長の内の二人だと知ってジッとガルガンとファストンを見つめた。


「族長、つまりお前達が亜人連合軍の司令官という訳か」

「まぁ、そんなところだ」


 ダークが確認をするとガルガンは低い声で答えた。


「それで、話したい事があると言っていたが、どんな話なのだ?」


 ファストンが自分達を呼び出した理由を尋ねる。するとダークは目を赤く光らせた後、ガルガンとファストンを見つめたまま声を出した。


「単刀直入に言おう、降伏しろ」

「何?」


 ダークの口から出た言葉を聞いてガルガンはダークを睨みつける。ガルガンの隣に立っているファストンもダークとアリシアを黙って睨んでいた。

 族長である自分達を呼び出して話がしたいとダークが言ったのを聞いた時から話の内容が降伏しろという内容ではと予想していたのか、ガルガンとファストンはあまり驚かなかった。それどころか、自分達が予想していた通り、降伏を要求して来た事に二人は腹を立てている。

 ガルガンとファストンが睨んでいる姿をダークは黙って見ており、アリシアは鋭い目で睨み返す。二人も降伏を要求すれば亜人達がどんな反応をするのか予想していたのか睨まれても怯んだりする事は無かった。ダークはガルガンとファストンの睨み付けを気にする事なく話を続ける。


「既に我々は教国西部に散らばっている亜人連合軍の部隊の多くを倒し、お前達に制圧された町や村を解放した。そして、私達もパルジム砦を解放し、お前達亜人連合軍が本拠地としているベーテリンクの町まで辿り着いた。このまま戦っても結果は見えている。無駄な抵抗はやめて降伏しろ」

「ふざけるなっ! 砦を解放したからと言って調子に乗りやがって。このベーテリンクの町にはまだ多くの戦力がある、砦にいた部隊よりも多くの戦力がな。戦いが始まればすぐにでもお前達を叩きのめしてやるわ!」


 ガルガンは激昂しながら鋭い爪の生えた指でダークを指差し、ダークの要求を拒否する。ダークはガルガンを見てやっぱり拒否したか、と心の中で呟き、同時に簡単に激怒するガルガンを哀れに思った。

 険しい顔をするガルガンの隣に立つファストンはガルガンの様に興奮はしていないがダークとアリシアを睨んだままだ。興奮すると敵の口車に乗ったり、正確に物事の判断ができなくなると感じて冷静さを保っているのだろう。


「……訊きたい事がある」


 黙っていたアリシアが口を開き、彼女の声を聞いたダークやガルガン、ファストンはアリシアに視線を向ける。


「この町にケンタウロス族長のダンジュスはいるのか?」

「ダンジュス? なぜそんな事を訊く? と言うか、なぜお前がダンジュスの名を知っているのだ?」

「質問に答えろ、いるのか? いないのか?」


 ファストンの問いに答えず、アリシアはガルガンとファストンを睨んだまま低い声を出す。ガルガンとファストンの方を向いているからか、アリシアは見張り台の上にいるダンジュスに気付いていないようだ。

 アリシアの態度と顔を見てファストンは彼女がダンジュスに何か恨みを抱いているのだと感じた。


「……そう訊かれて私達が正直に答えると思うか? 敵に仲間の事を教えるなど我々は絶対にしない」

「フン、仲間か……」


 アリシアはファストがダンジュスを仲間だと言うのを聞き、呆れたようにそっぽ向く。ダークはそんなアリシアを見つめており、アリシアの質問が終わると視線をガルガンとファストンに戻した。


「……では、お前達は降伏せず、このまま我々と戦うと言うのだな?」

「ああ、その通りだ」

「そうか、残念だ」


 ガルガンの答えを聞いたダークは哀れみの声で呟き、アリシアは小さく溜め息をつく。


「では、今度はこちらが質問させてもらうぞ?」


 ダークの質問が済むとファストンがダークとアリシアに声をかける。二人は黙ってファストンに視線を向けた。


「お前達はグーボルズの町を制圧したのだろう? その町にいた我らの仲間はどうした?」


 鋭い目でダークとアリシアを睨みながらグーボルズの町にいた亜人達の事を訊いてくるファストンを二人は見つめ、やがてダークがファストンの問いに答えた。


「……私達の質問に答えなかったのにそちらの問いに正直に答えるはずがないだろう?」


 ダークの冷たい言葉を聞いてファストンは小さく舌打ちをする。こんな事ならさっきのアリシアの質問に答えてやればよかった、とファストンは心の中で少し後悔した。


「……さて、話はこれで終わりだ。そちらが望んだとおり、我々はこれからこの町に攻撃を仕掛ける。負けたくなかったら、全力で抵抗して見せろ」


 ファストンが悔しそうな顔をしているとダークは振り返り、ガルガンとファストンに背を向けてパルジム砦の方へ歩いて行く。アリシアも同じように二人に背を向けてダークの後に続いた。

 ガルガンとファストンはダークの発言を聞き、まるで自分達が勝つ事が決まっているかのような言い方に僅かに腹を立て、同時に勝てると考えるダークを心の中で馬鹿にしていた。


(もし降伏したら、ダンジュスの身柄を引き渡すよう要求して他の亜人達を助けるつもりだったが、無駄だったか……)


 心の中で亜人達が降伏しなかった事を残念に思いながらダークは歩いて行く。アリシアも前を見ながら卑怯者のダンジュスを仲間だと言うガルガン達を哀れに思いながら歩いた。

 二人が町から離れて行く後ろ姿をガルガンとファストンは黙って見ている。本来なら敵の指揮官を捕らえる絶好のチャンスだが、話し合いに来ただけの敵を背後から捕らえる事は亜人としての誇りが許さないのか、ガルガンとファストンは何もせずに二人が去る姿を見ていた。


「おい! 何ボケェっとしてるんだ? さっさと捕まえちまえよ!」


 ダークとアリシアが立ち去ろうとした時、正門の上の見張り台の上にいたダンジュスが二人を捕まえるよう声を上げた。それを聞いたダークとアリシアは立ち止まって振り返り見張り台に視線を向ける。

 見張り台の上にいるケンタウロスの顔を見た瞬間、アリシアは目を見開いて驚く。そのケンタウロスはリアン達を襲ったダンジュスの似顔絵と全く同じ顔をしており、その事に気付いたアリシアは目を鋭くして見張り台の上のダンジュスを睨みつける。ダークも見張り台の上にいるケンタウロスがダンジュスだと気付き、目を赤く光らせながらダンジュスを見つめていた。

 ガルガンとファストンは見張り台の上で騒ぐダンジュスを見上げて溜め息をつく。平気で姑息な方法を口にするダンジュスを見て亜人としての誇りは無いのかと心の中で呆れ果てていた。


「此処で敵の指揮官を捕まえりゃあ、俺達の勝ちは決まりじゃねぇか。ガルガン、ファストン、さっさと捕まえろよ!」

「……お前には亜人の誇りは無いのか? そんな姑息な手を使っては私達も人間どもと同じだぞ」

「ハッ! 綺麗ごと言ってんじゃねぇよ。誇りで生きていけるか? 勝たなきゃ意味がねぇだろうが」


 勝つ為には手段を選ばないと言うダンジュスと誇りを持って正々堂々と戦うべきだと言うファストン。二人の族長がぶつかり、それを見た亜人達は緊張した様子を見せている。ガルガンはファストンの隣で腕を組みながらダンジュスを見上げていた。

 ダークは族長達の言い合いを黙って見ており、アリシアはダンジュスを睨みながら拳を強く握っている。リアンから大切なものを奪った卑劣なケンタウロスを今すぐ切り捨ててやりたいが、そんな事をしては色々と面倒な事になってしまう。アリシアは怒りを抑え込みながらしばらくダンジュスを睨み、やがてゆっくりと振り返ってパルジム砦の方へ歩いて行く。

 アリシアが怒りを抑え込んだ姿を見てダークは以前の鮮血蝙蝠団の一件と比べてアリシアは強くなったと感じる。アリシアが砦に歩いて行く姿を見たダークはもう一度ガルガン達の姿を確認してからアリシアと同じように砦の方へ歩いて行った。


「おい、見ろ! 奴等が逃げて行くぞ!」


 ダンジュスはダークとアリシアは去って行く姿を見て、二人を指差しながら声を上げる。ガルガンとファストンは離れている二人の姿を確認するとダンジュスに視線を戻す。


「これでいいんだ。俺達は人間と違い正々堂々と戦う。次に人間軍が攻め込んできた時に正面から叩き潰せばいい」

「ケッ! いい子ぶりやがって」


 ガルガンの考えに納得できず、ダンジュスは不満そうな顔で見張り台の奥へと消える。ダンジュスの姿が見えなくなるとガルガンとファストンは正門を開けさせて町の中へと戻って行く。二人が町へ入ると正門は閉じ、ガルガンとファストンは正門前の広場にいる亜人達に急いで戦いの準備をさせた。

 亜人との交渉が決裂し、ダークとアリシアは丘を上りパルジム砦へ戻った。砦の周りには亜人の死体から作られたゾンビ達が並んで砦も護っており、その中にはセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士の姿もある。兵士やゾンビ達を見ながらダークとアリシアは砦の正門の方へ歩いて行き、正門に着くとそこから砦の中へと入って行った。

 砦に入ったダークとアリシアは真っ直ぐ作戦会議を行う部屋へと向かう。部屋に着き、中に入るとそこには少年の姿をしたノワール、マティーリア、部隊長であるセルメティア王国軍とエルギス教国軍の騎士達が大きめの机を囲んで作戦を練っている姿があった。そして部屋の隅にはマインゴが座ってノワール達の会議を眺めている。


「マスター、アリシアさん、お帰りなさい」


 ノワールがダークとアリシアが戻って来たのに気付くとマティーリア達も一斉にダークとアリシアの方を向く。ダークとアリシアは静かに歩いてノワール達の下へ移動した。


「どうでした? 彼等は降伏しましたか?」

「ダメだ、奴等はあくまでも戦うつもりらしい」

「そうでしたか……」


 亜人達が降伏しなかった事を聞いてノワールは残念そうに呟く。周りにいる騎士達も戦わないといけないと知り、同じように表情を浮かべている。マティーリアは呆れた様な顔で首を左右に振った。


「奴等が戦う道を選んだのなら、私達も全力で奴等と戦うだけだ。それでもし奴等が全滅したとしても、奴等には私達を恨む資格は無い。それは自分達で選んだ結末なのだからな」


 ダークの言葉にアリシア達は真剣な表情を浮かべてダークを見る。自分達で選んだ道の先がどんな結末になったとしても誰のせいにもできない、だから罪悪感など感じず、全力で亜人達と戦えとダークは伝えようとしていた。アリシア達もそれに気づき、何も言わずにダークの話を聞いているのだ。

 それからダーク達はベーテリンクの町を解放する作戦について話し合いを始める。どのタイミングで攻撃し、どれ程の戦力をぶつけて正門を破るかなど色んな事を話し合った。それから数十分後、作戦が決まってダーク達が攻撃の準備に移る。

 亜人連合軍も戦いに備えて準備を行っていた。ダークとアリシアがベーテリンクの町を去ってから一時間が経過し、町にいる亜人達は完全武装をして戦いの時を待っている。亜人達の中には緊張している者もおり、中には殺気立った者もいた。そんな亜人達の中には族長であるガルガン、ファストン、ダンジュスの三人が集会場へ向かって歩いている姿があった。


「へへっ、全員殺気立ってるぜ。早く人間どもと殺り合いたいみたいだなぁ」

「ヘラヘラ笑って言う事か。これは命を賭けた戦いなんだ、お前も少しは気を引き締めろ」

「へいへい、分かってますよぉ」


 注意するファストンに軽い返事をするダンジュス。そんなダンジュスのいい加減な態度を見てファストンは呆れて溜め息をつく。だがすぐに真剣な顔になり、隣にいるガルガンの方を向いた。


「あのダークとか言う黒騎士、どう攻めて来ると思う?」

「さあな? だが、只者じゃないのは間違いないだろう。アイツとその隣にいる聖騎士から普通の騎士とは違う何かを感じた」

「お前もか、私もそれは感じていた」


 話し合いの時にダークとアリシアから感じ取った得体のしれない何かの事を思い出してガルガンとファストンは目を鋭くする。ダンジュスは見張り台の上にいた為、ダークとアリシアから何も感じ取っておらず、二人が何の話をしているのかサッパリ分からなかった。

 ガルガンとファストンが難しい顔をしながら考え込んでいると、ガルガンが何かを思い出してフッと顔を上げた。


「暗黒騎士ダーク……そう言えば、この国の人間軍がセルメティア王国と戦争している時に人間軍を窮地に追い込んだセルメティアの黒騎士もそんな名前だったような……」

「何? あのセルメティアの黒い死神と呼ばれ、六星騎士を倒したっていうあの黒騎士か?」

「ああ、確かそんな名前だったはずだ」


 噂で聞いたダークの情報を聞き、ファストンは表情を鋭くする。ダークは前の戦争でエルギス教国軍に甚大な被害を与えた存在である事から彼の名はエルギス教国中に知れ渡っている。勿論、教国に住んでいる亜人達の耳にも入っていた。

 ファストンはこれから自分達が戦おうとしている相手がセルメティアの黒い死神だと知り、微量の汗をかきながら立ち止まる。ガルガンとダンジュスも足を止めてファストンの方を向く。


「もし、あの黒騎士がその黒い死神だとしたら少々面倒だ。その黒騎士の事はこの国の人間達でもあまり情報を掴んでいない。我々亜人は奴に対して無知に等しい」

「ではどうするんだ?」


 ダークとどう戦うか、ファストンとガルガンは俯いて必死に考える。するとダンジュスが二人を小馬鹿にしたような顔で見ながら声をかけて来た。


「なぁに真面目に考えてるんだよ? 死神だか死にかけだかしらねぇが、俺等の方が戦力は圧倒的に多いんだ。大部隊を奴等にぶつけて一気に叩き潰しちまえばいい」

「そんな単純な作戦が通用すると思っているのか? 仮にもパルジム砦を落とした連中だぞ?」


 作戦も考えずに正面からぶつかればいいと口にするダンジュスにガルガンは呆れ顔を向ける。ダンジュスはそんなガルガンを見ると笑いながら目をそらした。


「ヘッ、どうせ運が良かっただけだろう? それか、砦の連中が油断してたか雑魚ばかりだったのかのどちらかだ」

「ダンジュス! お前、敵と戦って戦死した仲間に対して何だその言い方は!?」

「おぉ~、怖い怖い」


 仲間の死を何も感じず、弱かったのではと罵るダンジュスの態度にガルガンは目くじらを立てる。そんなガルガンの顔を見てダンジュスは笑いながら両手を前に出す。

 ファストンは言い争いを始めるガルガンとダンジュスを見ると鋭い目で二人を見つめながら間に入って二人を止めた。


「いい加減にしろ! これから戦いが始まるという時に族長同士が揉めてどうするんだ?」

「……チッ!」

「ヘッ……」


 注意されてガルガンはダンジュスを睨みながら舌打ちをし、ダンジュスはガルガンを見ながら愉快そうに笑う。二人が落ち着くとファストンは一歩後ろに下がってガルガンとダンジュスの顔を見る。


「とにかく、敵の正確な戦力や指揮官であるあの黒騎士の情報が少ない以上、慎重に戦うしかない。城壁の上と正門前の広場には二百の守備隊を配置し、外側の正門前には五百の迎撃隊を配置してある。まずはその戦力で敵を迎え撃ちながら様子を伺い、状況に応じて増援を送る。それでいいな?」

「ああ、分かった」

「仕方ねぇな」


 ガルガンとダンジュスの返事を聞くとファストンは小さく溜め息をつき、集会場に向かって歩いて行く。ガルガンとダンジュスもその後に続き集会場へ向かった。

 同時刻、正門前にはファストンが言った通り、五百人の迎撃隊が正門から100mほど離れた場所に配置されている。その全員がリザードマンやレオーマン、ケンタウロスなど接近戦を得意とする亜人や亜人連合軍の調教を受けたモンスターばかりだった。迎撃隊は遠くに見えるパルジム砦を睨みながら敵の動きを警戒している。城壁や見張り台の上には弓矢を持つホークマンやハーピー、杖を持つエルフやダークエルフの魔法使いが待機していた。敵の本拠地だけあって今まで人間軍が解放して来たどの町よりも護りが堅い。

 正門前にいる亜人達がパルジム砦を警戒していると遠くから無数の小さな明かりが見え、それを見た城壁の上のホークマンが目を凝らして確認する。暗くてハッキリ見えないが大勢の人影が確認でき、人間軍が攻撃を仕掛けて来たのだと確信した。


「敵襲ぅ! 人間軍が攻撃を仕掛けて来たぞぉ!」


 ホークマンは正門前にいる迎撃隊や周りにいる守備隊の亜人達に大きな声で人間軍が攻めて来た事を伝える。それを聞いた亜人達は一斉に武器を構えて険しい表情を浮かべた。遂に戦いが始まるんだ、そう自分に言い聞かせ、守備隊の亜人達は闘志を強く燃やす。

 正門前にいる迎撃隊もそれぞれ武器を構え、その場を動かずに人間軍を睨んでいる。まだ敵がどれほどの戦力なのか確認できない状態なので戦力を確認できる位置まで近づいて来たら突撃するつもりのようだ。

 亜人達は武器を強く握りながら少しずつ近づいて来る人間軍を警戒していた。その時、砦の方で一瞬三つ光が見え、それを見た迎撃隊の亜人達は顔を上げて不思議そうな顔を浮かべる。光が消えてから僅か三秒後、何処からか高い音が聞こえ、その音を聞いた亜人達は更に不思議そうな顔をした。その音は徐々に大きくなっていき、まるで何かが近づいて来る様だ。

 音の正体が分からずに亜人達が周囲を見回していると砦がある方角から三つの橙色の球体がもの凄い勢いで飛んで来て迎撃隊の近くに落ち、大爆発を起こす。その爆発で近くにいる亜人達は吹き飛ばされ、爆発に巻き込まれた亜人達は叫び声を上げるが、爆音によってその叫び声はかき消されてしまう。迎撃隊の近くで爆発した事から球体は人間軍側の攻撃のようだ。


「な、何だ今の爆発は!?」


 見張り台の上にいたエルフが正門前で突然起きた爆発に驚き見張り台から体を前に乗り出す。他の亜人達も驚きながら迎撃隊を見ていた。

 迎撃隊の亜人やモンスターは殆どが爆発に驚いて倒れたり、隊列を崩してバラバラになっていた。中には落ち着いて混乱する仲間を落ち着かせる亜人もいるがほんの少ししかおらず、誰も彼等の言葉を聞いていない。そんなふうに迎撃隊が混乱していると再び砦の方から三つの光が見え、その直後に橙色の球体が飛んで来て迎撃隊の近くに落ちて爆発した。その爆発で更に多くの亜人が吹き飛ばされて、迎撃隊の被害は徐々に酷くなっていく。


「一体何なんだ! 人間軍が魔法で攻撃して来たのか!?」

「いや、それはあり得ない! あの光の球体はこの町から2kmは離れた所から飛んで来たんだ。そんな長距離から攻撃できる魔法なんて存在しない!」

「じゃあ何なんだよ!?」

「俺が知るか!」


 球体による攻撃の正体が分からずに城壁の上にいる亜人達は声を上げる。周りにいる亜人達も未知の攻撃を目にして動揺を隠せず、目を見開いて迎撃隊を見下ろしていた。

 爆発で迎撃隊が混乱していると倒れている一人の亜人が数百m先に沢山の人影があるのを目にする。亜人はそれが先程確認した人間軍の部隊であると気づき、もう此処まで近づいていたのかと心の中で驚く。そして同時に先程から起きている爆発は自分達を混乱させ、人間軍の部隊を町へ近づける為だったと気付いた。

 他の亜人達も人間軍の接近に気付き、爆発で怯みながらも迎え撃つ為に体勢を直して近づいて来る人間軍を睨む。やがて人間軍が篝火の明かりなので姿はハッキリと見える所まで近づいて来た。亜人達は武器を構えて人間軍を警戒する。だが人間軍の姿を見た瞬間、亜人達の表情が急変した。

 視界に入って来たのは自分達と同じ亜人の姿だ。しかも体中に沢山の傷を負い、変色した肌と濁った目をしながら武器や松明を持って歩いて来る。そう、亜人達の前にいるのはマインゴが作ったアンデッド部隊のゾンビ達だった。


「な、何だコイツ等は! 俺達と同じ亜人か!?」

「いや違う! コイツ等は生きちゃいない。全員ゾンビだ!」

「で、でも、どうして亜人のゾンビが此処に、しかもこんなに沢山いるのよ!?」


 呻き声を上げながら近づいて来るゾンビ達に迎撃隊の亜人達は動揺を隠せず、驚きながらゆっくりと後退する。一方でゾンビ達は亜人達の姿を見ると武器を振り上げ、更に大きな呻き声を上げながら亜人達に襲い掛かった。

 先頭にいたエルフのゾンビ、アンデッドエルフは持っている剣で目の前にいる同じエルフに攻撃する。エルフは自分と同じエルフのゾンビに表情を歪ませながら攻撃を防ぐ。他の亜人達もゾンビ達の攻撃を必死に防ぎ、隙を見つければ反撃した。だが、物理攻撃に強いアンデッド族は反撃を受けても怯まず、容赦なく亜人達に襲い掛かる。亜人達も怯みながら襲って来るゾンビ達を迎え撃った。


「おいおい、今度はゾンビの部隊かよ。どうして人間軍がゾンビ、しかも俺達の仲間のゾンビを戦力に入れてるんだよ?」

「知らないって言ってるだろう! とにかく、今は迎撃隊を援護するんだ!」


 見張り台や城壁の上にいる守備隊の亜人達は迎撃隊を援護する為に魔法や矢を放ってゾンビ達を攻撃する。守備隊の攻撃はゾンビ達に命中して数を減らしていく。だが、アンデッド部隊の勢いは変わらず、迎撃隊は押し戻す事ができなかった。

 守備隊が必死になって迎撃隊を援護していると再び砦の方から橙色の球体が飛んで来て今度は城壁に命中し爆発する。三つの球体の内、二つは城壁に命中したが、残りの一つは城壁の上に命中し、そこにいた守備隊の亜人を大勢吹き飛ばした。守備隊は得体のしれない球体が迎撃隊だけでなく、自分達も牙を向ける事を知り驚愕の表情を浮かべる。


「あ、あの球体、此処まで飛んで来るのかよ!」

「落ち着け! 迎撃隊を援護する部隊とあの球体を防ぐ防御魔法を張る部隊に分かれるんだ。 被害が出た部隊には広場で待機している部隊を回せ!」


 見張り台にいる守備隊の隊長らしきダークエルフが落ち着いて仲間達に指示を出し、亜人達もダークエルフの指示を聞いて言われたとおりにする。

 亜人達は何とか態勢を立て直そうとするが、アンデッド部隊の勢いと謎の球体の攻撃は一向に治まらず、少しずつ被害が大きくなっていく。亜人達の中には人間軍の猛攻に勝機が無いと感じて表情を歪める亜人も出て来ていた。

 パルジム砦から西に1km行った所にある丘の上ではダーク率いるベーテリンク解放部隊の姿があった。ダーク達は遠くで行われている亜人達とアンデッド部隊の戦いを丘の上から確認している。

 ダークの近くにいるアリシア、ノワール、マティーリアは黙って正門前の戦いを見ており、マインゴとグラトニースライムも無表情で正門前を眺めているが、ダーク達の後ろにいる大勢のセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は驚きながら戦いを見ていた。戦闘が始まってすぐに亜人達を押している戦況にかなり驚いているようだ。

 そんな驚く兵士達の後ろには巨大な蜘蛛の姿をした三匹のモンスターがいた。体長は4mほどで黒い体に八つの赤い目を持っており、背中には巨大な大砲が付いている。そのモンスター達は兵士達を襲う様子は無く、その場から動かずに大人しくしていた。


「撃てぇっ!」


 ダークが叫ぶと三体の蜘蛛のモンスターは背中の大砲から橙色の球体を正門の方に向けて撃つ。どうやら亜人達に向かって飛んで来た球体はこの蜘蛛のモンスターの攻撃によるものだったようだ。球体が砲台から放たれるのと同時に轟音が響き、モンスター達の前にいる兵士達はそれを聞いて驚いた。

 球体は真っ直ぐベーテリンクの町の正門の方へ飛んで行き、正門の近くや城壁に当たり爆発する。爆発の近くにいた亜人は爆風を受けて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたリ、城壁の上から落ちたりしていた。遠くからその光景を見ていた兵士や騎士達は驚きの声を口から漏らす。


「戦いが始まって一時間も経っておらんのに亜人達を圧倒するとは……これが砲撃蜘蛛の力か」


 爆発を見たマティーリアは少し驚いた表情を浮かべながら呟いた。

 球体を撃つ蜘蛛のモンスターは砲撃蜘蛛と言うLMFで他のギルドの拠点を襲撃する時に使われる昆虫族の上級モンスター。遠く離れた位置から敵ギルドの拠点を砲撃し、拠点や敵プレイヤーにダメージを与える事ができる。射程も長く、目標から離れているほど砲撃の威力は弱くなってしまうが、それでも十分に使えるので敵拠点を攻撃する際には多くのLMFプレイヤーが使う。この砲撃蜘蛛こそ、ダークが砦の屋上でアリシアに話していたモンスターなのだ。

 ダークは兵士達をできるだけ無傷のままベーテリンクの町に突入させたいと考え、まず最初にマインゴが作ったアンデッド部隊に攻撃させて亜人連合軍の守備隊の戦力を削ごうとした。だが、亜人の数が多く、普通にアンデッド部隊をぶつけても全滅させられるかもしれないと予想し、砲撃蜘蛛を召喚して離れた所から攻撃させ、守備隊の戦力を削ぎながらアンデッド部隊を援護する事にしたのだ。

 砲撃蜘蛛を召喚した事で亜人連合軍は態勢を崩し、次々とアンデッド部隊のゾンビ達に倒されていく。ダークの作戦は上手く行き、正門が破れるのも時間の問題だとダークやアリシア達は思いながら戦場を見ていた。


「敵の守備隊を粗方倒したら正門を砲撃させて突入口を開く。そしたら私達も町へ突入するぞ」

「ああ!」


 自分達もベーテリンクの町へ向かうというダークの言葉を聞き、アリシアは真剣な表情で頷く。ノワールとマティーリアもダークを見ながら無言で頷く。

 アリシア達に突入する事を伝えたダークは振り返り、待機している兵士達の方を向いた。


「敵の守備隊を倒し、正門が開かれたら我々はベーテリンクの町を解放する為、町へ突入する! 町に入れば亜人達も町を護る為に必死に抵抗して来るはずだ。お前達も油断せず、全力で戦え!」

『おおぉーーっ!』


 ダークの言葉に兵士や騎士達は声を上げて剣や槍を掲げる。この戦いの結果で亜人との内戦が終わるか続くかが決まる為、全員が闘志を激しく燃やしていた。

 兵士達は一斉に止めてある馬に乗り、ダークとアリシアもバイコーンと馬に乗り、町を眺めながら正門が破られるのを待った。ノワールはダークの後ろに乗り、マティーリアや竜翼を広げて飛び上がり空中で待機している。

 待機してしばらく経つと砲撃蜘蛛達が再び町に向かって砲撃する。橙色の球体が高い音を立てながら真っ直ぐ正門の方へ飛んで行き、ベーテリンクの町の正門に直撃し爆発した。その爆発で正門は引き飛び、広場に中に大きな音を立てながら倒れる。倒れた門を見て守備隊の亜人達は驚いて騒ぎ出す。逆に解放部隊の兵士達は正門が破られたのを見て表情を鋭くした。


「正門が破れた! 全員突入するぞ!」


 ダークが背負っている大剣を抜いて叫ぶとアリシア達は叫び、バイコーンと馬を走らせてベーテリンクの町へ向かう。グラトニースライムもそれに続き、マインゴはグラトニースライムの頭部に乗って移動する。砲撃蜘蛛達は移動せずにそのまま砲撃を続け、城壁の上にいる亜人達を攻撃した。


「クソォ! 正門が壊されたぞ!?」

「どうするんだ! このまま敵が入って来ちまう!」


 正門前の広場にいた亜人達は正門が破られた事で動揺して騒ぎ始めた。そんな亜人達を見て部隊長と思われる亜人達が騒いでいる者達を落ち着かせて態勢を立て直そうとする。すると、町の外にいたゾンビ達がぞろぞろと町へ侵入し、広場にいる守備隊の亜人達に攻撃して来た。外にいた迎撃隊は砲撃蜘蛛とアンデッド部隊の攻撃でほぼ壊滅状態となっており、その光景を見た守備隊の亜人達は愕然としている。


「チッ、ゾンビどもまで入ってきやがった! おい、急いで族長達に敵が町に侵入して来た事を知らせて来い!」


 部隊長は近くにいるエルフに現状をガルガン達に伝えるよう話し、指示を受けたエルフは慌てて街の方へ走って行く。残った亜人達は侵入して来たゾンビ達を撃退しようと武器を構えた。

 亜人達が町に入って来たゾンビ達に攻撃を仕掛けようとした、その時、今度はダーク達が広場に侵入し亜人達に攻撃を仕掛ける。亜人達はゾンビだけでなく人間達まで侵入して来たのを見て表情を歪ませた。

 侵入した兵士達は馬に乗りながら剣や槍を振って亜人達を一人ずつ倒していき、ゾンビ達も兵士達の侵入を見て隙を見せている亜人達を倒していった。仲間がやられていく光景を目にした亜人達は我に返り、必死に応戦するも既に流れは人間軍側に傾いており、態勢を立て直す事はできない状態になっている。亜人達は徐々に戦意を失っていき、広場が完全に人間軍に制圧されると生き残った亜人達は全員武器を捨てて投降した。

 戦いが始めってから僅か五十分ほどで正門は人間軍に制圧された。兵士達は正門前の広場を町を解放する為の拠点とし、この後の進攻の準備を進める。そんな兵士達の中でダークとアリシアはバイコーンと馬から降りて街へ続く街道を見ていた。


「ここから敵の抵抗は更に激しくなるはずだ。戦いを早く終わらせるには敵の指揮官である族長を倒すしかない」

「ああ、被害を少なくする為にもすぐに見つけ出してやるさ」


 真剣な表情を浮かべ、アリシアはエクスキャリバーを強く握って呟く。アリシアは戦いを早く終わらせる事以外にリアンから幸せを奪ったダンジュスに制裁を加える事を考えているのか僅かに目が鋭くなっていた。

 ダークはアリシアの顔を見た後に再び街へ続く街道に視線を向ける。


「人間を見下し、傷つける事を喜びとする欲深き亜人達よ、断罪の始まりだ」


 目を赤く光らせ、ダークは町の奥にいる亜人達、いや、ダンジュスに断罪の宣告をした。


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