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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百二十三話  亜人の亡者部隊


 丘の上にあるパルジム砦、遠くに見えるベーテリンクの町を一望できるその砦の至る所から煙が上がっており、少し前まで激しい戦いが繰り広げられた事を物語っている。

 砦の正門は破壊されており、砦の中や外には亜人連合軍の兵士である亜人達が大勢ボロボロの姿で倒れていた。そのほぼ全員が死んでおり、手には多種の武器が握られている。全力で敵に戦いを挑んだのだが、抵抗も空しく敗れたようだ。

 広い砦の中心にある天井の高い、石レンガの壁で囲まれた広間。壁には剣や槍が立て掛けられており、中心には大きな机と椅子が並べられている。どうやら会議室のようだ。その会議室の中に二つの人影があった。大剣を片手に持つダークと杖を握る少年の姿のノワールだ。

 二人の周りには武器を持つ亜人達の死体が転がっている。広間には僅かに埃が舞っており、壁や床についている傷や焦げ跡などはまだ新しい。さっきまでダークとノワールは広間で亜人達と戦っていたようだ。


「……もう亜人達の気配は感じない。どうやら砦にいた亜人は全て倒したようだな」

「ええ」


 ダークが広間を見回しながら敵を全滅させた事を話すとノワールも周りを見ながら頷く。


「流石に僕等だけで四百人近くの敵を相手にすると時間が掛かりましたね。本気を出せればもっと早く終わったんですが……」

「私達が本気を出せば亜人だけでなくこの砦もボロボロになってしまうだろう? ベーテリンクの町を解放する為にこの砦を拠点に使うのだから仕方がない」

「分かっています。ですからこうして手を抜いて戦ったんですよ」


 ノワールはダークの方を向き、杖で肩をコンコンと叩きながら疲れた様な表情を浮かべる。ダークも大剣を肩に担いでそんなノワールを見ていた。

 今から約四十分前、ダーク達人間軍はパルジム砦から1kmほど離れた所にある林からパルジム砦の様子を伺っていた。ベーテリンクの町を解放する為にはまず砦を制圧して拠点にする必要がある。だが、僅かな戦力で砦を制圧するのは非常に難しい。しかもベーテリンクの町にいる亜人連合軍に気付かれないよう短時間で制圧しなければならなかった。

 難しい条件で砦を解放し、拠点にする事などできるはずがないと兵士達はざわつく。そんな中、ダークがノワールと召喚したモンスターで砦の敵を倒してくると言い出し、兵士達は驚愕の表情を浮かべる。

 なぜダークはノワールとモンスターだけで砦を解放すると言い出したのか、その理由はダークとノワールが神に匹敵する強さを持っている事と僅かな人数で砦に近づけば亜人達が油断して隙ができ、奇襲を仕掛ける事ができると考えたからだ。更に少人数で攻撃を仕掛ければ騒ぎがすぐに大きくなる事はなく、ベーテリンクの町にいる亜人達が砦の騒ぎに気付くのに遅れて増援が来るまでに砦を制圧できるとダークは思っていた。

 ダークから自分達だけで砦を制圧する理由を聞いたアリシアは兵士達にダーク達に任せようと兵士は説得する。だが当然兵士達は納得せず、無謀だとダークを止めようとした。そんな兵士達をアリシアは説得し続け、結局兵士達は渋々納得する。兵士達が納得したのを見たダークは兵士達をアリシアとマティーリアに任せ、彼女達を林に残しノワールと砦は向かう。

 暗い道をダークと人間になったノワールは静かに歩き、パルジム砦の正門前までやって来た。正門を見張っていた亜人連合軍の亜人は突然現れたダークとノワールを警戒し、他の亜人達も弓矢を構えてダークとノワールを狙う。ダークは亜人達の姿を確認すると自分の名前や人間軍の者である事などを話す。

 亜人連合軍はダークに何をしに来たのか尋ねるとダークは亜人連合軍に投降して砦を明け渡すよう要求した。亜人達は馬鹿げた事を言い出すダークを見て笑い出し、小馬鹿にしながら断る。

 ダークは亜人達が予想通りの反応をしたのを見て小さく笑い、隣にいるノワールに合図を送る。するとノワールは杖を掲げて魔法を発動させ、ダークと自分の前に二つの魔法陣を展開させて二体のモンスターを召喚した。そのモンスターはダークが予めサモンピースで召喚しておいたもので、ノワールの魔法で転移させたのだ。

 突然現れたモンスターに亜人達が驚いているとその二体のモンスターは正門を破壊して中に突入し、ダークとノワールもそれに続いてパルジム砦に入った。

 侵入して来たダーク達に亜人連合軍は驚きながらも彼等を排除しようと応戦した。だが亜人達はダークとノワールの強大な力の前に次々と倒れていく。更に二体のモンスターも強く、亜人達は一方的に攻撃を受け、砦はあっという間に制圧された。

 砦がダーク達によって制圧された中、運よく生き残った一人の亜人は砦を逃げ出してベーテリンクの町に救援を求めに向かう。ダークは亜人がベーテリンクの町に助けを求めに向かった事に気付いていたが、敢えて見逃した。既に砦を制圧した為、今更ベーテリンクの町に知られても問題ないと思ったからだ。


「あとは林で待機しているアリシア達を呼んで来るだけだな」


 ダークはパルジム砦を攻撃した時の事を思い出しながらアリシア達を呼んでベーテリンクの町を解放する為の作戦を立てる事を口にする。ノワールもダークの話を聞いて真剣な表情を浮かべながら頷く。するとノワールは何かを思い出したのかフッと天井を見上げ、懐かしそうな顔してダークに視線を向けた。


「そう言えば、前にも今回の様な戦いがありましたよね……」

「前?」

「LMFにいた頃ですよ。あるイベントクエストで城に立て籠もっている数百のゴブリンを時間内に何体倒せるかっていうやつです」

「ああぁ、あれか」


 LMFで体験したイベントクエストを思い出したダークは懐かしそうな声を出しながら天井を見上げた。


「あの時は僕とマスターの二人でクエストに行って平均レベル55のゴブリン達を六百体近く倒しましたよね?」

「ああ、あの時のゴブリン達と比べると今回戦った亜人達は弱すぎだな」


 イベントクエストで戦ったゴブリン達よりも弱かった亜人達に対してダークはつまらなそうな声を出しながら倒れている亜人の死体を見下ろす。ノワールはそんなダークを見ながら苦笑いを浮かべて自分の頬を指で掻いた。

 二人が会話をしていると何者かがダークとノワールのいる広間に入って来る。足音を聞いてダークとノワールが同時に足音が聞こえた方を向くとそこには一体のモンスターの姿があった。ダークとノワールが砦を攻撃した時に呼び出したモンスターの一体だ。

 そのモンスターは身長2mはある薄い灰色の肌をした肥満系の人型モンスターで顔の皮膚は少し剥がれており、髪は殆どが抜けてまるでゾンビの様だ。格好はボロボロの鼠色の長袖、紺色の長ズボンに血の付いた白いエプロン姿をしており、手には白い薄い手袋を付け、エプロンのポケットにはメスや鉗子などの手術器具が差してある。そして右手には大きな肉切り包丁が握られており、その刃には大量の血が付着していた。ダークとノワールはそんな恐ろしい姿をしたモンスターを驚く事無く見つめる。


「グヘッグヘッ、ダーク様ぁ、ノワール様ぁ」

「マインゴか」

「ハ、ハイ」


 ダークからマインゴと呼ばれたモンスターはニヤニヤと笑いながら頷いた。

 マインゴはコープスレサーチャーと呼ばれるサモンピースのナイトから召喚された上級アンデッド族モンスターで攻撃力と防御力が高く、HPを自動回復する技術スキルも持っているとても強力なモンスターの一体だ。更に中級魔法も使う事ができ、多くのLMFプレイヤー達から恐ろしいモンスターと言われている。だが、コープスレサーチャーが恐れられている理由はその強さではない。


「この砦にある死体の五分の一をア、アンデッドに改造し終えました。あ、あと十五分もあれば、全ての死体をアンデッドにか、改造する事ができます。グヘッグヘッ」

「そうか、では引き続き死体をアンデットに変えてベーテリンクの町を解放する為の戦力を用意しろ」

「か、かしこまりました」


 ニヤニヤと笑いながらマインゴは一礼して広間から出て行く。出て行くマインゴの後ろ姿をダークとノワールは黙って見ていた。

 コープスレサーチャーがLMFプレイヤーに恐れられている最大の理由、それは倒した敵やNPCの死体をアンデッドに改造する<死体改造>と言う特有の技術スキルがある事だ。コープスレサーチャーは倒した敵の死体を使って配下のアンデッドを作り出し、そのアンデッド達に敵を攻撃させたり自分の護衛をさせたりする事ができる。しかも作り出せるアンデッドに制限は無く、死体さえあればいくらでもアンデッドを作る事が可能、これこそがコープスレサーチャーが恐れられている理由なのだ。

 実はダークがアリシアと話していたベイガード達に話していない強力な戦力と言うのがこのコープスレサーチャーによって作り出されたアンデッドの事なのだ。いくら敵と言っても死体をアンデッドに作り変えて自分達の戦力として使うなどと言う事は流石に話す事はできない。もし話せばベイガード達が反対するかもしれないし、共闘する亜人達にも不快な思いをさせてしまう。そう考えたダークとアリシアは死体を使ってアンデッドを作る事をベイガード達に伝えなかったのだ。


「死体を使って戦力を増やす、確かにこれはベイガードさん達には話せませんね」

「ああ、亜人との共存を望むこの国でやってしまえば二つの種族の関係は昔の様に戻ってしまうからな」

「アリシアさんも最初は反対されたんじゃないんですか?」


 ノワールがダークの方を向いて尋ねる。するとダークは軽く首を横に振った。


「いいや、反対はしなかったな。確かに聖騎士として考えれば反対するだろうと言っていた、だが今回はリアンの姉として考え、アンデッドを戦力に加える事に賛成すると言った。姉として、妹の祖父を殺し、その死体をボロボロにしたダンジュス達を制裁する為に私も手伝う、とな」

「成る程、アリシアさんもリアンさんの為に聖騎士のプライドを捨て、姉として判断したんですね」


 アリシアの判断を聞いてノワールは目を閉じながら呟く。聖騎士としては考えられない事だが、一人の姉としては彼女の決断は間違っていないかもしれないと感じていた。

 ノワールが目を閉じているとダークは大剣を背中に納めて転がっている死体を広間の隅に集め始めた。


「マインゴが他の死体をアンデッドに改造している間に広間の死体を一ヵ所に集めておくぞ? アイツが短時間で全ての死体をアンデッドに変えられるようにな」

「ハイ」

「ノワール、マインゴがある程度アンデッドに作り変えたら林に待機しているアリシア達を呼んで来てくれ」

「分かりました」


 ダークの指示を聞いたノワールは頷き、ダークと一緒に広間にある死体を集めていった。それからしばらくしてノワールは林にいるアリシア達を呼びに行く為、子竜の姿に戻り砦を飛び立った。

 林の中で砦の様子を伺っていたアリシア達はノワールに連れられて制圧された砦の前までやって来る。ノワールはアリシア達を入口の正門で待たせ、ダークを呼んで来ると砦の中へ入って行った。

 アリシアとマティーリアは砦を見ながら流石だとダークとノワールの強さに感心し、二人の後ろにいるセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は呆然としながら目の前の砦を見上げている。いくらモンスターの力を借りてもダークとノワールだけで四百人近くの亜人達を倒して砦を解放した事が未だに信じられないようだ。

 砦の正門前で兵士達が騒いでいるとダークがノワールを肩に乗せて砦の中から出て来た。ダークの姿を見たアリシアは兵士達を落ち着かせ、マティーリアを連れてダークの下に駆け寄る。


「ダーク、大丈夫か?」

「ああ、怪我などは無い。と言うか、あの程度の亜人の攻撃で私達が傷を負うなどあり得ない」

「ハハハ、自信に満ちていると言うか傲慢と言うか……まぁとにかく、貴方達が無事ならそれでいい」


 ダークが無事なのを確認したアリシアは笑みを浮かべ、隣に立っているマティーリアもやれやれと言いたそうに笑っている。

 アリシアと会話をしていると、離れた所にいる兵士達が目を見開きながらダークを見て再びざわつき出す。それを聞いたダークは兵士達を黙って見つめ、ノワールもまばたきをしながら兵士達を見ている。アリシアはざわつく兵士達をチラッと見た後、ダークに近づき、彼の耳元でそっと囁いた。


「ダーク、砦を解放できたのはいいが、貴方達が普通では考えられないくらいの早さで砦を制圧したのを見て兵士達の中から貴方達の強さに疑問を抱いている者が出て来ている」

「……マジックアイテムやモンスターを使ったから早く制圧できたと言ってもか?」

「ああ、それで納得する者もいるが、納得していない者もいる」

「そうか……」


 いくら亜人連合軍に気付かれないようにする為とは言え、ノワールとモンスター二体で砦を制圧するのはマズかったかとアリシアの話を聞いてダークは少し後悔する。後悔している様子のダークを見てアリシアは小さく息を吐き、再びダークの耳元で囁く。


「貴方がレベル100である事や別の世界から来た事は秘密にしているのだろう? 砦の制圧を貴方達に任せた私が言うのも変だが、これからは今回の様な行動は慎んでくれ?」

「……肝に銘じておく」


 アリシアの忠告を聞いたダークは小さな声で返事をしながら頷く。最近は自分の力を見ても周りが大きく驚かなかったのでダークはすっかり油断していたようだ。

 ノワールもダークと同じで自分達がこの世界でどれだけ強大な力を持っているのかを思い出し、反省した表情を浮かべていた。


「ところで、例の戦力の方はどうなっておるのじゃ?」


 マティーリアがダークとノワールにベーテリンクの町を解放する為の戦力がどうなっているのか尋ねるとダークとノワール、アリシアは一斉にマティーリアの方を向く。


「ああ、それならもう準備はできてる……あれだ」


 ダークは振り返って砦の出入口である大きな二枚扉を指差す。二枚扉は開いており、暗い砦の中を見る事ができた。

 アリシアとマティーリアが砦の中を覗くと暗い奥から足音が聞こえてきた。それも一つは二つではない、何十、何百の足音が聞こえてくる。その足音を聞いてアリシアは緊張した様子で息を飲んだ。

 入口前でダーク達が砦の奥を見ていると、暗闇の中から大勢の亜人が隊列を組んで出て来た。エルフやドワーフ、リザードマン、他にも色んな種族の亜人の姿がある。ただ、その亜人達は全員が血の気の無い青白い肌をしており、光の無い濁った目をしていた。更に体中は傷だらけで衣服などもボロボロで微量の血が付いている。誰がどう見てもゾンビだと分かる外見をしている。彼等がマインゴが死体改造の技術スキルを使って作り出したアンデッド部隊だ。

 ゾンビ達の手には剣や弓、杖など生前使っていた武器がしっかり握られており、生きていた頃に持っていた戦士の意志が僅かに残っているのを感じさせていた。

 小さな呻き声を上げながら砦からゾロゾロと出てくるアンデッド部隊を見てアリシアとマティーリアは驚いて目を見開く。離れた所にいる兵士達も砦から出て来たゾンビ達を見て驚愕の表情を浮かべている。

 ゾンビ達は正門前で整列し、ダーク達の方を向いて静止する。その数は約二百体ほどで、大勢のゾンビが整列する光景を見た兵士達はまたざわつき出す。ダークはマインゴに砦にいた全ての亜人の死体を使ってアンデッドを作る様に指示した。正門前にいるのは二百体ほど、つまり砦の中にはまだ大勢のアンデッドが待機しているという事になる。ダークはとりあえず外に出せるだけのアンデッドを出してアリシア達に見せたのだ。


「す、凄いな……此処にいるゾンビは全て……」

「ああ、この砦にいた亜人達の死体を使って作らせた」


 小声で話しかけるアリシアにダークは亜人の死体から作らせた事を伝える。アリシアはそれを聞いて表情を鋭くしながらアンデッド達を見つめた。

 最初、ダークは死体からアンデッドを作り、戦いの戦力に加える気など無かった。嘗て戦ったネクロマンサー、ミュゲル・バッドレーナスと同じになるのが嫌だったからだ。

 だが、リアンの祖父が殺され、その死体をダンジュス達が憂さ晴らしで傷つけたのを知った時に気が変わり、プライドを捨てて亜人達の死体をアンデッドに改造してベーテリンクの町を解放する為に利用すると決めたのだ。ダンジュス達に仲間の死体を傷つけられ、弄ばれる事がどれほどの苦痛と怒りを与えるのかを思い知らせる為に。アリシアもリアンを傷けられた事からダークの考えに賛同した。

 ダーク達がアンデッド部隊を見ていると驚いている兵士達の中から一人のセルメティア王国軍の女騎士がアリシアの下に駆け寄って来た。


「ア、アリシア殿、このアンデッド達は一体……」

「……ダークが召喚したモンスターが召喚したアンデッド達だ」


 驚く女騎士にアリシアは冷静に説明する。当然、アリシアの言っている事は嘘だ。亜人達の死体から作ったとは言えないので予めダーク達と打ち合わせをして決めていた設定を女騎士に話した。


「え、ダーク殿が召喚したモンスターが召喚した?」

「ああ、恐らく彼等を使ってダーク達は砦の亜人達を倒したのだろう」

「そ、そうなんですか……私はてっきりダーク殿が仲間の少年と二体のモンスターだけで四百人近くの亜人達を倒したのだと思っていました……」


 アリシアの話を聞いて女騎士は苦笑いを浮かべる。彼女はアリシアが言っていたダークの強さに疑問を持つ者の一人だったようだ。だがアリシアの話を聞いてダークとノワールだけで砦を制圧した訳ではない事に納得して安心した様子を浮かべた。

 女騎士はアンデッド部隊の事を確認すると仲間達の下へ戻って行った。ダークは走って行く女騎士を見ながら、自分の強さに疑問を持つ者達にアリシアが言っていた事を伝えて納得させてくれるだろうと感じ、少しだけ安心する。すると今度はエルギス教国軍の騎士が駆け寄って来てダークに声をかけて来た。


「ダーク殿、倒した亜人連合軍の亜人達の遺体はどうなっているのでしょうか? できれば我々の手で埋葬したいのですが……」


 亜人達の死体を埋葬したいと言い出す騎士にアリシア、マティーリアは目を見開く。目の前にいるアンデッド軍団はその亜人連合軍の亜人達の死体から作り出した。もし、砦の中を見て亜人達の死体が無い事を知ったらアンデッド部隊は亜人達の死体から作ったのではと感づかれる可能性がある。

 アリシアとマティーリアの表情に僅かに焦りが出始める。するとダークは騎士を見ながら目を赤く光らせて低い声を出した。


「……残念だが、死体は残っていないと思うぞ?」

「え? どういう事ですか?」

「アイツが全部食ってしまったかもしれない」


 そう言ってダークは再び砦の出入口である二枚扉の方を向く。すると砦の中から3mはある濃緑色で半透明のスライムの様なモンスターが出て来た。そのモンスターには大きな一つ目と無数の牙が生えた大きな口が付いている。このモンスターもマインゴと同じでダークがサモンピースで召喚したモンスターだ。ただし、こっちはルークのサモンピースで召喚されたのでマインゴよりも弱いモンスターである。

 ダーク達の隣にいる騎士や待機している兵士達は砦から出て来たスライムの様なモンスターを見て一斉に驚いた。大きすぎる上に口が付いていて牙まで生えているスライムなど見た事が無いからだ。

 モンスターは液体の体を揺らしながらダーク達の下へ近づいて行き、隊列するアンデッド部隊の後ろまで来て止まった。ダークとノワールが落ち着いてモンスターを見上げている横ではアリシアやマティーリア、エルギス教国軍の騎士が目を丸くして驚いている。


「コイツはグラトニースライム、上級のスライム族モンスターで生きた人間や動物、他にも死体を捕食する凶暴なモンスターだ。と言っても私の命令にはちゃんと従うがな」

「こ、このスライムが亜人達の死体を食べた、のですか?」

「ああ、あれを見ろ」


 ダークはグラトニースライムの体を指差した。ダークが指差すところを見ると、半透明のグラトニースライムの体内に大量の人間や動物の骨が浮かんでいるのが目に入る。それを見た騎士は本当に目の前の巨大なスライムが亜人達の死体を食べたのだと表情を僅かに歪めた。勿論、グラトニースライムが亜人達の死体を食べたというのは真っ赤な嘘、グラトニースライムの体内にある骨は最初からグラトニースライムの体内にあった物だ。

 砦の中に亜人達の死体が無いのを兵士達が見た時にアンデッド部隊の材料に使ったのではと疑われるかもしれないと考えたダークは死体が無い事を誤魔化す為に死体を食べる設定を持つグラトニースライムを召還したのだ。無論、死体の事を誤魔化すだけでなく、砦の亜人達と戦わせるのが本来の目的である。


「私は砦を解放する時にアイツに亜人達を倒せと命じた。だが、死体を食うなとは命じていなかったからアイツが勝手に死体を食って亜人達の死体は残っていないかもしれない」

「そう、ですか……」

「すまないな」

「いえ、ダーク殿が謝られる事はありません。我々も死体が残っていた場合は埋葬しようと考えていましたから、死体が無いのであれば致し方ありません」


 騎士の言葉を聞き、ダークの隣にいたアリシアは騎士を騙している事に対して少し罪悪感を感じていた。だが、これもベーテリンクの町を解放する為、リアンの悔しさをダンジュスにぶつける為だと感情を押し殺す。

 戦力や砦を解放した事など現状を一通り把握すると兵士達はベーテリンクの町を解放する為の作戦を立てる為に砦の中へと入って行く。途中ですれ違うゾンビ達を見て兵士達の殆どはその不気味な姿に悪寒を走らせる。兵士達の中で目の前にいるゾンビ達が砦を制圧していた亜人連合軍の兵士だとは誰一人気付かない。因みにアンデッドと化した亜人達は戦いが終わった後にちゃんと浄化しようとダークは考えている。

 全員が砦に入るとダーク達はベーテリンクの町をどう解放するかを話し合い、兵士達は砦の護りや武具の確認をする。アンデッド部隊は砦の外に配置されて敵が近づいてこないかを警戒した。

 アンデッドと化した亜人達が加わり、ダーク達の戦力は六百近くになる。これならベーテリンクの町にいる敵の本隊とも戦えるだろうと部隊長である騎士達の顔にも余裕が出て来た。それから数十分の作戦会議を終えてダーク達は戦いの準備に移る。

 砦の屋上ではダークが遠くに見えるベーテリンクの町を眺めており、その肩には子竜の姿に戻ったノワールが乗って一緒に町を見ていた。そこへアリシアがやって来てダークの隣に立ち同じように町を眺める。


「どうだ?」

「既に敵は私達が砦を制圧した事に気付いている。町の正門前に戦力を集めて護りを固めているのが見える。正門前にいる戦力だけでも六百から七百ってところだろうな」

「流石に敵の本拠地だけあって戦力も多いな……ゾンビになった亜人達が加わっても解放は難しいんじゃないか?」

「ああ、まだ難しい。だから私は新たにモンスターを召喚する。それも拠点襲撃に優れたモンスターをな。ソイツ等を使えば難なく正門を突破して町に突入できる」

「そんなモンスターまでいるのか、やはりLMFは凄い世界なのだな……」

「フッ……それよりアリシア、例の件はどうなった?」


 小さく笑った後、ダークはアリシアの方を向いて尋ねた。話しかけられたアリシアは真剣な表情を浮かべてダークの方をチラッと見る。


「一応、部隊長達の許可は得た。私と貴方に任せるそうだ」

「そうか……」


 答えを聞いたダークは再びベーテリンクの町の方を向いて呟く。肩に乗るノワールはダークの顔を黙って見つめる。隣に立つアリシアも町に視線を向けて目を鋭くした。


「……あとは彼等がどう出るかだな」

「ああ、彼等の判断次第で次の戦いがどうなるかが左右される」


 ダークとアリシアはベーテリンクの町の正門を見つめながら低い声を出す。ノワールも正門を見つめながら小さく溜め息をつく。ダーク達が屋上で町の正門を見ている間、兵士達は戦いの準備を着々と進めていた。


――――――


 ベーテリンクの町の正門前には亜人連合軍がパルジム砦を警戒しながら護りを固めていた。正門の上の見張り台や城壁の上には魔法が使えるエルフなどの亜人や弓矢、ボウガンを持ったホークマン、ハーピーが配置され、正門前の広場にはリザードマンやレオーマン、ドワーフと言った力の強い亜人が集まり陣形を組んでいる。その人数は人間軍が今まで戦ったどの亜人連合軍の部隊よりも多かった。

 正門前の広場には族長であるガルガン、ファストン、ダンジュスの姿もあり、各部隊にそれぞれに配置場所や役割を指示していた。集会場でパルジム砦が人間軍の手に落ちたと聞いた後、ガルガン達は会議を中止して真っ直ぐ正門へ向かう。正門を護っていた部隊から状況を聞くとすぐに町中の部隊を正門前に集めて部隊編成を行ったのだ。


「第十二部隊から第十六部隊までは町の北東へ向かえ。第十七部隊から第十九部隊は南東だ。もし正門の護りが厳しくなったら救援に向かえるようにしておけ」

「ハッ!」


 銀色の大剣を背負うガルガンは部下のレオーマンに指示を出し、それを聞いたレオーマンは返事をすると走って各部隊へ指示をしに向かう。周りでは他の亜人達が武器を運んだり、人間軍がどう攻撃を仕掛けてくるのか予想して作戦を練っている姿がある。そんな亜人達を見ていたガルガンは小さく舌打ちをした。


「クソォ! まさかパルジム砦が落とされるとは……しかもグーボルズの町を解放されてから数日しか経っていない状況で……一生の不覚だ!」

「失敗をいつまでも引きずっていても仕方がないだろう」


 パルジム砦を落とされた事を悔しがっているガルガンに誰かが声をかけ、ガルガンは声のした方を向く。そこには先端に緑色の宝石が付いた杖を持つファストンが歩いて来る姿があり、その隣にはメイスを腰に収めているダンジュスの姿があった。

 ファストンとダンジュスはガルガンの前まで近づき、腕を組むガルガンと向かい合う。


「砦を落とされた事が悔しいのなら人間軍を倒してどうやって砦を取り返してやろうかと考えるのが大切だろう?」

「フン、そんな事は言われなくても分かっている。だからこそ、こうやって防衛部隊を編成しながら砦を奪い返す作戦を考えているんだ」


 ガルガンは腕を組んだままそっぽ向くとファストンは小さく笑う。ガルガンは取り乱したり、興奮して冷静な判断ができなくなっている訳ではないと知り安心したようだ。


「しっかし、四百近くの部隊がいる砦を短時間で落とすとは、人間どもはどれほどの戦力を連れて来たんだ?」


 ダンジュスがパルジム砦を落とした人間軍の戦力がどれ程のものなのか気になり、砦がある方角を見る。ガルガンとファストンもその事を気にしていたようでダンジュスの言葉を聞くと彼の様に砦がある方を向いた。


「あの砦は城壁が高く簡単には落とす事はできない砦だ。それを短時間で落とすとなると倍以上の戦力で攻め、城壁か砦の正門を破壊する力を持つ兵士が必要だ。だが人間にそれだけの戦力を数日で集める事ができるとは思えない」

「もしかすると、奴等に手を貸しているセルメティア王国の軍隊の仕業じゃないのか?」

「その可能性もあるが、情報が少なすぎる……とにかく、今は砦にいる人間軍を何とかするのが先だ」


 ファストンとガルガンは人間軍がどれほどの戦力で砦を落としたのか難しい顔をしながら考える。ダンジュスは二人の会話を聞きながら、分からないのかよ、と言いたそうな顔で二人を見ていた。


「族長の皆さん! ちょっと来てください!」


 ガルガン達が話をしていると見張り台の上にいる亜人が体を乗り出して広場にいるガルガン達に向かって声を上げた。呼ばれたガルガン達はどうしたんだと思いながら見張り台に上がる為の階段を上って見張り台の上に移動する。そして町の外を見ると遠くから二つの人影が町の方へ歩いて来るのが見えた。

 近づいて来る二つの人影にガルガン達は目を凝らす。既に辺りは暗くなっている為ハッキリと見る事はできない。近くにある篝火の明かりでは遠くはよく見えず、人影の姿はハッキリと確認できなかった。


「何だ、アイツ等は?」

「分からん、だが僅か二人だけというのを見ると攻撃して来るわけではなさそうだ」

「ヘッ! だったら門の前に来たところを捕まえちまおうぜ」

「馬鹿を言うな、何か罠を仕掛けている可能性がある。もう少し様子を見る」


 人影を捕獲しようと考えるダンジュスをファストンは止めて近づいて来る人影に視線を向ける。ダンジュスは反対したファストンを見て小さく舌打ちをし、ガルガンはダンジュスを呆れ顔で見た後に人影に視線を戻した。

 やがて人影はベーテリンクの町の正門の数十mて前まで近づいて来た。近くまで来た事で篝火の明かりが届き、人影の姿が見えるようになる。亜人達は近づいて来た人影を見つめて正体を確認する。そこにいたのはダークとアリシアだったのだ。

 亜人達はダークとアリシアの姿を見て上級職の黒騎士と聖騎士だとすぐに気づき、人間軍の中でもかなり上の立場の存在だと感じる。なぜ敵の指揮官か隊長と思われる人間が二人だけで町に近づいて来たのか、亜人達は不思議に思いながらダークとアリシアを警戒した。


「……私はベーテリンク解放部隊の指揮官、暗黒騎士ダークという。そして彼女が解放部隊の副指揮官、アリシア・ファンリードだ」


 ダークは目の前にある正門の見張り台を見上げながら亜人達に名を名乗り、アリシアの事を紹介する。突然名乗り出すダークを見て亜人達はざわつき、ガルガン達族長はジッとダークとアリシアを見下ろす。


「我々はこれより、このベーテリンクの町に攻撃を仕掛ける。だが、戦う前にそちらの司令官と少し話がしたと思い、こうして二人だけでやって来た」


 亜人達はダークが話し合いをしに来たと知って意外そうな表情を浮かべた。ガルガン達も少し驚いた顔でダークを見ている。

 実がダークがパルジム砦でアリシアと話していた例の件というのがこの話し合いの事だった。ダークはベーテリンクの町を解放するのと同時に、リアンの祖父を殺したダンジュスに制裁を加える事が目的だ。だが、ダーク達も無駄な戦いは望んでいない。そこで亜人連合軍に投降するよう説得する為に戦いの前に亜人連合軍と話し合いがしたいと騎士達の許可を得てダークとアリシアの二人がベーテリンクの町に向かったのだ。


「亜人連合軍の代表である族長はそこにいるか? いるのならどうか外に出て我々と話をしてほしい」


 ダークは見張り台と城壁の上にいる亜人達に族長を出してほしいと告げる。それを聞いたガルガン達は奥へ下がり、仲間同士顔を見合わせて相談を始めた。


「どうする?」


 ガルガンがファストンの方を向いて尋ねるとファストンは腕を組んで小さく俯きながら考え込んだ。


「罠である可能性はあるが、彼等の態度から私達を騙している様には見えない」

「では行くのか?」

「……そうだな、彼等が何の話をするのか興味もある。行ってみるとしよう」


 話し合いの応じると言うファストンを見て周りの亜人達は意外そうな顔をする。長い間亜人達を奴隷として苦しめて来た人間と話をする意味があるのかと疑問に思っている者もおり、亜人達はざわつきながら族長達を見ていた。

 周りで騒ぐ亜人達をガルガンはキッと睨みつける。睨まれた亜人達は驚いて一斉に黙り込み、静かになったのを確認したガルガンはファストンの方を向いた。


「なら俺も行こう。もしアイツ等が襲い掛かって来たら魔法使いのお前では対処できないだろう。護衛も兼ねて一緒に話を聞く」

「すまないな」

「気にするな」

「待てよ」


 ガルガンとファストンが話し合いに行く事を決めた時、ダンジュスが二人に声をかけて来た。


「俺様をのけ者にする気か? 俺様だって族長なんだ、一緒に行かせてもらうぜ?」

「……お前は残れ」

「はあぁ?」


 残るよう言い出すファストンをダンジュスは睨む。ガルガンや周りにいる亜人達はファストンとダンジュスの姿を何も言わずに見ていた。


「お前が来ると話がややこしくなる。お前は此処に残って戦いの準備を進めていろ」

「……ケッ!」


 ファストンに言葉にダンジュスは不満そうな顔を見せた。ファストンの態度から彼はダーク達がどんな話を持ち掛けようと戦いをやめる気は無さそうだ。いくらパルジム砦を落としたと言ってもベーテリンクの町には多くの戦力がある。人間軍には絶対に負けないという自信があるのだろう。そして、戦いをやめないと言う気持ちはガルガンも同じだった。

 話し合いをする事が決まるとガルガンとファストンは見張り台から広場に下りた。そして門の隣にいる亜人に合図を送り門を開かせる。大きな音を立てながら門が少しだけ開くとガルガンとダンジュスは気を引き締めて外へ出た。


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