第百二十二話 近づく最後の戦い
作戦本部の屋敷の一室にベイガードや数人のエルギス教国軍の騎士が集まっている。その中にはダークとアリシアの姿もあった。三十分程前にダークから話があるから作戦本部に来てほしいと言われて、ベイガード達は再び作戦本部にやって来たのだ。
突然ダークから呼び出されてベイガード達は一体何の話があるのだろうと不思議そうな顔をしている。そんなベイガード達をダークとアリシアはジッと見ていた。
「皆さん、わざわざ集まっていただき、ありがとうございます」
「いえ、それよりもどんな内容なのでしょうか? ダーク殿の方から呼び出しがあるとなると何が重要な内容なので?」
ベイガードがダークの方を見ながら尋ね、他の騎士達も黙ってダークとその隣に立っているアリシアに注目した。
ダークは自分の視線を向けているベイガード達を見ながら頷く。
「ベーテリンクの町とパルジム砦を攻略する為の戦力についてです」
「おおぉ、前の作戦会議でお話ししていた事ですな? しかし、あれはまだ話す事はできないと……」
「ええ、あの時はまだ話せない状態でした。ですが、話す事ができる状態になったのでこうして皆さんに集まっていただいたのです」
「そ、そうなのですか。随分と早かったですな」
前の会議からまだ一時間弱しか経っていないのにもう戦力について話す時が来た事にベイガードは少し驚きの表情を浮かべている。騎士達もまばたきをしながら無言でダークを見ていた。
ベイガード達はダークが用意する戦力がどれ程のものなのか気になっているらしく、黙ってダークを見つめながら彼が話すのを待っている。ダークはそんなベイガード達と向かい合っており、アリシアは注目されているダークをジッと見ていた。
「ベーテリンクの町とパルジム砦を解放する為の戦力ですが、それを話す前に一つお願いがあります」
「何でしょうか?」
いきなり頼みがあると言い出すダークを見てベイガードは小首を傾げながら尋ねた。
「砦と町の解放の指揮を私に執らせていただきたいのです」
「ダーク殿にですか?」
「ええ」
「別に構いませんが、なぜなのですか?」
「私が用意する戦力が少々扱い難いので下手をすればこちらが不利になってしまう可能性があります。ですから、戦いを有利にする為に扱いになれている私が指揮官をした方がいいと思ったからです」
「成る程……」
ダークから理由を聞いたベイガードは腕を組んで俯く。扱い難いのならダークから扱い方を聞いて自分か他の騎士に指揮を執らせてもいいのではと思っていた。だが、それではベーテリンクの町とパルジム砦を解放するのに時間が掛かってしまうので最初から扱いになれているダークに指揮を執らせた方が時間も掛からず、上手くいく可能性が高いとベイガードは考える。
しばらく黙り込んだ後、ベイガードは顔を上げてダークを真剣な表情で見つめる。
「……分かりました。パルジム砦とベーテリンクの町を解放する部隊の指揮はダーク殿にお任せします。他の皆もそれでいいな?」
ベイガードが他の騎士達に異議は無いか尋ねると騎士達は何も言わずに無言で頷く。全員賛成のようだ。
「感謝します、ベイガード殿」
「いいえ、お気になさらず……それでダーク殿、貴方が用意する戦力についてお話ししていただけますか?」
ずっと気になっていた解放する為の戦力の事をベイガードは話し、他の騎士達もそれを聞いてダークに視線を向ける。ダークは注目するベイガード達を見ながら自分の用意する戦力について語り始めた。
「……私が所有するマジックアイテムでモンスターを数体召喚し、そのモンスター達とは別の方法で用意したモンスターを攻略に使います」
「別の方法?」
「モンスターが召喚したモンスターを使うんですよ」
「モ、モンスターが召喚したモンスター!?」
ベイガードは驚きの方法に思わず声を上げ、他の騎士達も驚いて目を見開く。ダークはベイガード達は驚く事を予想していたのか、彼等の反応を黙って見ていた。
「モンスターを召喚できる強力なモンスターまでもダーク殿は召喚できるのですか?」
「ええ、その召喚されたモンスターとこの町にある戦力を使えばすぐにでもパルジム砦を解放し、ベーテリンクの町も取り戻す事ができるでしょう」
「驚きましたなぁ……」
「ですが、同時に頼もしくも思います」
下級モンスターだけでなく、強力なモンスターまでも召喚できるダークにベイガード達は驚き、同時にダークが頼りになる存在だと感じたのか騎士達は笑みを浮かべる。ダークがいればパルジム砦と敵の本拠点であるベーテリンクの町も解放されるだろうとベイガード達は感じていた。
「それでダーク殿、ベーテリンクの町とパルジム砦を解放する為にこの町からどれほどの戦力を連れて行こうと思ってらっしゃるのですか?」
騎士がダークが召喚したモンスター以外の戦力をどのくらい連れて行くのかを尋ねるとダークは俯きながら腕を組む。
「そうですね……この町の護りなどを考えれば、二百人ほど連れて行きたいのですが……」
「えっ、たったそれだけですか? これから解放する場所は敵の本拠地とその本拠地の近くにある砦なのですよ? 敵の戦力も相当のはずです。いくら何でも少なすぎます。もう少し連れて行かれた方が良いのでは……」
「いいえ、問題ありません。私が用意する戦力もありますので二百で十分です」
グーボルズの町から連れて行く戦力は二百でいいと言うダークに騎士は複雑そうな表情を浮かべる。いくらダーク達がいて、強力なモンスターを従えていても二百は少ないと騎士は思っていた。他の騎士も同じ気持ちなのかダークを見て心の中で少なすぎると感じている。
「ダーク殿が二百でいいと仰っているのだから、それでいいだろう」
騎士達が不安そうにダークを見ているとベイガードが騎士達に声を掛けた。その声を聞いて騎士達は一斉にベイガードの方を向く。
「ベイガード殿、ですが今回は流石に……」
「ダーク殿はこれまでも僅かな戦力で敵を倒し、このグーボルズの町も解放した。彼なら今度の戦いも勝利をおさめてくれるはずだ」
「は、はあ……」
ベイガードに説得されて騎士はとりあえず納得し、他の騎士達も無言でベイガードを見ていた。
その後、ダーク達はどの部隊をベーテリンクの町とパルジム砦の解放に連れて行くのか、いつ出発するのかなどを細かく話し合った。
話し合いの最中、ベイガードが説得した騎士達は不安な顔をしたままだった。説得されて納得はしたものの、心の中ではまだ大丈夫なのかと心配しているようだ。ダークはそんな騎士達の表情を気にする事無くベイガードと話し合いを続ける。その後、会議が終わり、ダークとアリシアはベイガード達と別れて屋敷を出ていった。
「とりあえず戦力と出撃する時間は決まったな?」
「ああ、今日の夕方に二百人の部隊を連れて町を出発しパルジム砦を目指す。順調に行ければ今日の夜には砦に着くだろう」
屋敷を出たダークとアリシアは賑わっている街道を歩いている。途中ですれ違う町の住民達はダークとアリシアの姿を見ると頭を下げて挨拶をし、二人も住民達を見ながら軽く挨拶を返す。
「まずはノワール達のところに戻って召喚するモンスターを決めたりレジーナとジェイクをバーネストの町に帰らす事を伝えないといけないな」
「ああ、そうだな……ところでダーク、訊きたい事があるんだが」
アリシアがダークに声を掛けながら立ち止まり、ダークも足を止めて後ろにいるアリシアの方を向く。
「何だ?」
「どうしてさっきの会議でベイガード殿達にあの事を話さなかったんだ?」
「あの事?」
「例のモンスターを召喚するモンスターの詳しい情報だ」
「……ああぁ、あの事か」
ダークはアリシアが何を言っているのか気付き、コクコクと頷きながら呟く。ダークはアリシアに視線を向けて問いに答える。
「ベイガード殿達に知られたくなかったからだ。もし話せば暗黒騎士ダークの評判が悪くなるかもしれないからな」
「確かに、あの情報を話せば貴方を見る目が多少は変わるかもしれないな……」
アリシアは目を細くしながら俯き、顎に手を上げながら呟く。
「だが、それなら何でそのモンスターを召喚して戦力に加える事にしたんだ? 貴方ならもっと別のモンスターを召喚するサモンピースを持っているはずだ」
「……確かに他にも色んなモンスターを召喚するサモンピースはある。だが、今回はアイツを召喚しないといけない」
「なぜだ?」
「……ベーテリンクの町にリアンの祖父達を殺し、彼等の死体を踏み潰したケンタウロス達がいるからだ」
目を赤く光らせて低い声を出すダークを見てアリシアは僅かに目を鋭くした。ダークはゆっくりと振り返り、アリシアに背を向けながら空を見上げる。
「奴等は死んだリアンのお爺さんや他の人達の死体を面白半分で踏み潰し、酷い状態にした。その事を知った時のリアンはとてもショックを受けていただろう?」
「……ああ」
「彼等を襲ったケンタウロス達は歪んだ心を持ち、死体を踏み潰すと言う死者を冒涜するような行為を行った」
「そうだな……」
ダークの話を聞いているアリシアも徐々に声を低くする。新しい家族となったリアンの祖父の死体や他の人々の死体を玩具の様に扱ったケンタウロス達に対して怒りを感じているのだ。
「そんな奴等には思い知らせてやらないといけない、死者を弄ぶ事で自分達にどれだけの恐怖が襲い掛かるのかという事を……その為にアイツを召喚し、その能力を使う必要があるんだ」
背を向けながら語るダークをアリシアは真剣な顔で見つめながら話を聞いている。二人の周りでは街道にいる町の住民達が騒いでいるが二人には聞こえていない。
前の会議でダークはベイガード達に戦力に少し問題があると話していた。実はその問題と言うのが今ダークとアリシアが話していたモンスターの能力にあるのだ。
ダークとアリシアの会話からそのモンスターの能力は死体に関わる能力。そして、その能力は周りから冷たい目で見られるような恐ろしい能力だという事だ。ダークは召喚したモンスターにその能力を使わせて冒険者としての評判が悪くなると感じてベイガード達に言わなかった。
「私もダークからそのモンスターの能力を聞かされた時は驚いた。あの能力は確かに恐ろしい、もし仲間にその能力を使う者がいれば共に戦いたくないと思うくらい危険なものだ」
「……でも君は私が操るモンスターがその危険な能力を使う事をベイガード殿達に話さず黙っていた。君もその能力を今度の戦いで使う事に賛成していたのだろう?」
「……まあな、聖騎士としてはとても問題あるが、リアンの姉として私は彼女のお爺さん達を傷つけた奴等に制裁を下す為に賛成した」
苦笑いを浮かべながらアリシアは静かに語る。どうやらその恐ろしい能力と言うのは聖騎士が見逃してはならない様なもののようだ。
「戦いが始まったらまずはパルジム砦を解放し、倒した敵の亜人達の死体にその能力を発動させ、その後にそのままベーテリンクの町に攻撃を仕掛ける」
「だから今度の作戦には亜人達を戦力に加えないでほしいとベイガード殿達に話したんだな?」
「ああ、もし亜人達にあれを見せたらそれこそこの国の人間と亜人の関係が悪化してしまうからな。この国の為にも今度の作戦には亜人を加えさせてはいけない」
「……だが、亜人連合軍の亜人達の方はどうするんだ? 彼等にその能力を見せても同じになるんじゃないか?」
「心配はない。亜人連合軍にはモンスターの能力を使う光景は見られる事はない。勿論同行する兵士達にもな」
心配する事はないと話すダークを見てアリシアはダークがそこまで言うのなら大丈夫なのだろうと心の中で納得した。
「さて、立ち話はこれくらいにしてノワール達のところへ向かおう。あっちもそろそろ情報を集め終えている頃だろうからな」
「ああ、そうだな」
モンスターの能力についての話が済むとダークはアリシアの方を向いてノワール達のところへ行く事を話し、アリシアもダークを見ながら頷く。二人は街道を歩いてノワール達がいる場所へ向かった。
歩いてから十数分が経ち、ダークとアリシアは商業区の近くにある広場にやって来た。そこには大勢の住民や兵士の姿があり、その中には子竜姿のノワールとレジーナ、ジェイク、マティーリア、リアンの姿もある。
ダークとアリシアはノワール達の下へ歩いて行き、ノワール達もダークとアリシアの姿を見ると二人に向かって手を振った。
「マスター、アリシアさん」
「どうだった?」
「ハイ、いい情報が得られました」
ノワールはダークの問いに小さく笑いながら頷き、それを見たダークはノワールを見つめながらよし、と頷く。
「これを見せたら亜人達は皆同じ名前を口にしたぜ」
ジェイクが持っている丸めて羊皮紙を広げてダークに見せた。そこにはボサボサの髪に吊り上がった目を持つ三十代半ばの男の似顔絵が描かれてある。それはケンタウロスの族長であるダンジュスの顔だった。
ダークはジェイクから似顔絵が描かれた羊皮紙を受け取りジッと見つめる。隣にいるアリシアも覗き込む様に似顔絵を見た。するとレジーナがダークの隣、アリシアが立っているのとは反対側に移動して似顔絵の男を指差す。
「その男はダンジュス、亜人連合軍を束ねる亜人の一人でケンタウロスの族長だって」
「ケンタウロスの族長、つまり、リアン達を襲ったのはコイツとその仲間のケンタウロスって事か……」
「そういう事になるわね」
レジーナはダークの方を向いて頷きながら答える。ダークは目の前にあるダンジュスの顔を見て小さく舌打ちをし、アリシアも不機嫌そうな表情を浮かべた。
ダークとアリシアがベイガード達と話し合いをしている間、ノワール達はリアン達を襲ったケンタウロス達の情報を得る為に似顔絵を作成して亜人連合軍の捕虜達に似顔絵の男の事を訊きに行っていたのだ。情報を提供するのであれば閉じ込めている倉庫から出して町である程度の自由を許すという条件を出したら亜人達は進んで情報を提供した。結果、似顔絵の男がケンタウロスの族長であるダンジュスだと分かったのだ。
似顔絵を見ているダーク達をノワールとジェイクは黙って見ており、リアンは小さく俯きながら暗い顔をしている。自分や祖父達を襲ったケンタウロスの顔を思い出して怖くなったのだろう。そんなリアンの頭をジェイクは大きな手で優しく撫でていた。
「しかし、記憶描絵と言う魔法だったか? なかなか上手く描けるものじゃのぉ」
竜翼を広げたマティーリアがダークの後ろで飛び上がりながらダークが持つ羊皮紙を見て少し驚いた顔で呟く。ダーク達はマティーリアの言葉を聞き、一斉に彼女の方を向いた。
実はダークが持つ羊皮紙の似顔絵はノワールがマティーリアの言っていた記憶描絵と言う魔法を使って作った物。ダークがリアンから襲って来たケンタウロス達の事を訊こうとした時にノワールが言っていたいい方法と言うのがドローイングを使う事だったのだ。
<記憶描絵>はLMFには存在しない異世界の水属性下級魔法の一つで頭の中の光景を紙などに描画する事ができる魔法だ。ただ、記憶が曖昧だと鮮明に描画できないので古い記憶は描画するのは難しいと言われている。他人の頭部に触れた状態でこの魔法を使えば、その人の記憶を描画する事も可能だ。
似顔絵を作る時、ノワールは覚えたばかりの記憶描絵を使ってみようと考え、リアン達を襲って来たケンタウロス、その中でもリーダーらしき人物の顔を思い出させ、リアンの頭部に触れながら記憶描絵を発動して羊皮紙にリーダー、つまりダンジュスの似顔絵を描画した。
ダーク達はできた似顔絵を見た時にとても驚き、同時にリアンも似顔絵を見た瞬間に驚いて似顔絵の男が自分達を襲ったとダーク達に話す。それを聞いたダークはノワール達に捕らえた亜人連合軍の亜人達に似顔絵のケンタウロスが誰なのか訊いて来るよう指示し、今に至るという事だ。
「この男がリアン達を襲った奴等のリーダーか……一体どんな奴なんだ?」
アリシアが低い声でレジーナの方を向いて尋ねるとレジーナは似顔絵を見て表情を僅かに鋭くする。
「一言で言うと、クズね。人間達を家畜以下の下等生物と見下し、人間は奴隷じゃなくてペットにしてるって話よ? あと、同じ亜人すらも平気で小さく見る最低な奴だって捕虜の亜人達は言っていたわ」
「そうか……この町を解放する時も仲間を見捨てて自分達だけ逃げたから酷い奴だとは思っていたが、まさかそこまで酷いとはな……」
ダンジュスが予想以上に酷いケンタウロスだと知り、アリシアは奥歯を強く噛みしめる。リアンはレジーナの話を聞き、祖父を殺した亜人に対して怒り、もしくは恐怖を感じているのか俯きながら小さく震えていた。
「それからもう一つ、これも捕虜から聞いたんだけど、エルギス教国軍と共闘した亜人を最初に処刑したのもこのダンジュスらしいわ」
「何だと? ケッ、救えねぇ奴だな!」
ジェイクはダンジュスが同じ亜人を最初に処刑した存在だと聞いて険しい顔をしながら呆れ果てる。隣を飛んでいるノワールも目を鋭くしながらレジーナの話を聞いていた。
ダークは似顔絵が描かれた羊皮紙を丸めてレジーナに渡すとリアンの下に歩いて行き、目線をリアンに合わせると彼女の顔を見つめた。
「リアン、私達は今日の夕方にベーテリンクの町を解放する為に出撃する。お前は先にセルメティア王国のバーネストの町へ戻り、そこにある私の屋敷で私達が帰ってくるまで待っていろ」
「え、でも……」
「何だ、私達についてくるつもりだったのか?」
リアンを見ながらダークが尋ねるとリアンは何も言わずに黙り込んだ。どうやら祖父の仇が倒されるのをその目で見ようと思っていたらしい。そんなリアンの頭をダークはそっと撫でる。
「私達はこれから戦場に行くんだ。幼いお前をそんな危険な所に連れて行く事はできない。それに戦場に行けば多くの兵士が血を流し倒れるだろう。私達はそんな光景をお前に見せたくない」
「……分かった」
少し残念そうな声を出しながらリアンは納得し、それを見たアリシアはよかったと思ったのか小さく息を吐いた。
リアンがバーネストの町に行くことが決まるとダークは立ち上がり、リアンの隣にいるジェイクとアリシアの隣にいるレジーナの方を見た。
「ジェイク、レジーナ、お前達もリアンと一緒にバーネストの町へ戻れ」
「え、俺達もか?」
「どうしてよ、ダーク兄さん?」
「内戦は人間軍が亜人連合軍を追い詰めるまで優勢になった。戦況が優勢になったらお前達を先に帰すとモニカさん達と約束したからな」
「あ、そうだったな」
モニカとの約束を思い出したジェイクは頬を指で掻きながら複雑そうな顔をし、レジーナもすっかり忘れていたのか苦笑いを浮かべていた。ダークは二人の反応を見てやれやれと首を横に振る。
ダークが約束を忘れていたレジーナとジェイクに呆れているとアリシアがジェイクに近づき、リアンを見た後にジェイクの方を向く。
「お前達はリアンと一緒にバーネストへ戻り、モニカさん達にリアンの事を話しておいてくれ。特にお母様にはちゃんと伝えておいてくれよ?」
「ああ、分かったぜ、姉貴」
アリシアからの頼みを聞いてジェイクは頷き、それを見たアリシアはレジーナに視線を向けて無言で頼むぞ、と伝える。レジーナはアリシアの目を見て彼女の頼みを理解したのか小さく笑って頷いた。マティーリアは空を飛びながらそんな会話を見て小さく笑っている。
それからダーク達は広場を後にして宿屋に戻り、今日の夕方にグーボルズの町を出発する事やどれ程の戦力を連れて行くかなどを伝える。そして、ダークがどんなモンスターをサモンピースで召喚するかなども色々と話し合った。
夕方になるとダークはレジーナ、ジェイク、リアンをノワールのテレポートで先にバーネストの町へ帰し、残ったアリシア、ノワール、マティーリアと共にベーテリンクの町を解放する為、セルメティア王国軍とエルギス教国軍の戦力、二百を率いてグーボルズの町を出発した。
――――――
雲に包まれて月も星も見えない夜の空、その下にある丘の上には大きな砦が建てられていた。グーボルズの町と比べるとかなり小さいが分厚い壁と高い見張り台があり、大勢の亜人が配置されている強固な砦だ。その砦こそダーク達が話していたパルジム砦である。そしてそのパルジム砦から西に3km行った所にベーテリンクの町があり、町の中では亜人連合軍の亜人達が騒いでいる姿があった。
グーボルズの町が人間軍に奪い返されてから今日まで亜人達はグーボルズの町を再び制圧する為に戦いの準備を進めていたのだ。亜人達は部隊の編成や武具と食料の確認などをしており、中には捕らえた町の人間達を奴隷兵として使おうなど話している亜人もいる。だが、殆どの亜人は下等な人間の力など使いたくないと奴隷兵を使う事を反対した。
町の一角にある集会場の会議室では亜人連合軍の部隊長である大勢の亜人が階段状の机に座っており、中央にある円卓ではレオーマンの族長ガルガン、ダークエルフの族長ファストン、そしてケンタウロスの族長ダンジュスが円卓を囲んで座っている姿があった。
「編成はあとどの位で完了する?」
「このペースで行けば明日の朝には完了するだろう」
「なら今夜中に全ての編成を終わらせて明日の夜明けと共にグーボルズの町に向かう」
編成の進み具合をファストンから聞いたガルガンは腕を組みながら編成を急ぐ様に伝え、それを聞いたファストンもガルガンの方を見ながら頷く。そんな二人の会話をダンジュスは興味の無さそうな顔で聞いていた。
二日前にグーボルズの町から戻ったダンジュスから町が人間軍に奪い返されたと聞かされた時、ガルガンとファストンは驚愕した。そしてダンジュスから敵の戦力などを詳しく聞き、確実にグーボルズの町を取り戻す為に今日まで強力な部隊を編成していたのだ。
「随分と気合が入っているな、ガルガン?」
「当たり前だ、僅かな戦力でリードンが指揮する部隊を倒して町を奪い返した敵だぞ? 警戒するに越した事はない」
「へいへい、そうですか」
グーボルズの町を取り返す為に気合を入れるガルガンに対し、ダンジュスは興味の無い表情のまま自分の耳を小指で掻いた。そんなダンジュスの態度を見てファストンは僅かに目を鋭くしてダンジュスを睨みつける。
「ダンジュス、お前も少しはやる気を出したらどうだ? お前を逃がしたリードンやティルメリアの為にも、無事に帰って来たお前が一番気合を入れるべきだろう」
「ああ、分かった分かったよ。やる気を出すよ」
声に力を入れるファストンを見てダンジュスはめんどくさそうな声を出す。そんなダンジュスを見てガルガンは溜め息をついた。
二日前に町に戻って来た時、ダンジュスはガルガンとファストンにリードンとティルメリアから人間軍が攻めて来た事をベーテリンクの町に知らせてほしいと言われて部下と共に逃げて来たと伝える。ガルガンとファストンはその時のダンジュスの無念そうな顔を見てグーボルズの町は落とされてしまうだろうと感じ、急いで部隊の編成を進めた。
勿論、ダンジュスの言った事は全て嘘だ。本当はリードンやティルメリア、グーボルズの町の部隊を見捨てて逃げて来たのだが、自分が咎められないようにする為、リードン達に逃がされたと嘘をつき、それをガルガンとファストンに信じさせる為に悔しがる演技をした。
(ヘッ、あんな芝居に騙されるとは、コイツ等もリードンと同じで頭がワリィな。まぁ、頭は悪くても戦闘での強さはそこそこだからな、人間どもをぶっ潰す為に役に立ってもらうとしよう)
ダンジュスは自分の嘘を信じてグーボルズの町を取り戻す為に話し合いをするガルガンとファストンを見ながら心の中で嘲笑う。二人の族長は真実を知らずに部隊編成やどうやってグーボルズの町を取り戻すか話し合っている。
(そう言えば、あの後リードンとティルメリアはどうなっちまったかなぁ? もし殺されてるのなら都合がいい。俺がグーボルズの町から逃げ出したって事がコイツ等にバレずに済むからな)
心の中でリードンとティルメリアの死を望むダンジュスはガルガンとファストンに気付かれないように不敵な笑みを浮かべる。ダンジュスにとってグーボルズの町の仲間達が無事なのかなど、もはやどうでもいい事だった。
ダンジュスの本心に気付く事無く部隊の編成について話し合うガルガンとファストン。会議室にいる他の亜人達も族長達の話を聞いたり、今後どうするかなど、隣にいる別の亜人と話し合っている。それから三十分ほど話し合いをしていると、突然会議室の出入口である扉がもの凄い勢いで開き、一人のエルフが慌てた様子で入って来た。扉が開いた音を聞いて族長達や会議室にいる亜人達が一斉に入って来たエルフの方を向く。
「み、皆さん、大変です!」
「どうした、何を慌てている?」
ファストンが冷静に部屋に飛び込んで来たエルフに尋ねる。エルフは大量の汗を流しながら中央にいる族長達を見た。
「パ、パルジム砦が襲撃を受けています!」
「何っ?」
エルフの報告を聞いてファストンは席を立ち、ガルガンとダンジュス、他の亜人達も驚きの表情を浮かべる。
「どういう事だ、詳しく説明しろ」
「ハ、ハイ、数分前にパルジム砦から小さいですが爆音と悲鳴が聞こえたのを確認しました。恐らく、人間軍が攻め込んできたと思われます」
「何だとっ! まさかもう此処までやって来たと言うのか!? いや、それ以前に今まで砦が襲撃を受けている事に誰も気付かなかったのか!?」
「も、申し訳ありません!」
いつの間にかパルジム砦が襲撃を受けていた事を聞いて亜人達は驚愕の表情を浮かべる。ガルガンとファストン、さっきまでめんどくさそうな表情を浮かべていたダンジュスも同じように驚いていた。
会議室の亜人達が騒いでいると、今度は山羊頭の亜人がエルフが入って来た出入口から会議室に飛び込んでくる。また別の亜人が部屋に入ったのを見て亜人達は視線を山羊頭の亜人に変えた。
「族長!」
「今度は何だ!?」
パルジム砦が奇襲を受けた事を知って不機嫌になっているのかファストンは部屋に入って来た山羊頭の亜人を睨んで声を上がる。山羊頭の亜人はファストンを見て一瞬驚くが、すぐに部屋に来た理由を話す。
「さ、先程、パルジム砦に配置されていた部隊の者が来てパルジム砦が完全に敵の手に落ちたと!」
「何だとっ!」
山羊頭の亜人の報告を聞いたファストンは声を上げ、ガルガンとダンジュスも驚愕の表情を浮かべながら立ち上がった。
たった今、パルジム砦が奇襲を受けたという報告を受けたばかりなのに、その直後にパルジム砦が落とされたと聞かされれば驚くのは当然だ。他の亜人達も目を見開きながら驚いて山羊頭の亜人を見ている。
ファストンは拳を強く握りながら奥歯を噛みしめて悔しさと怒りを表情に出す。ガルガンも円卓を拳で強く殴りながら怒りを露わにしていた。
「……で、パルジム砦を襲撃したのは人間軍なのか?」
「ハ、ハイ、報告に来た者がそう言っておりましたので間違いありません」
低い声でパルジム砦を襲撃した者達の正体を尋ねるガルガンを見て、山羊頭の亜人は不機嫌なガルガンに恐怖を感じたのか緊張した様子で答えた。
「クソォ、本当に人間軍が攻めて来たとは! それで攻め込んできた人間軍の戦力はどのくらいだ? パルジム砦を落としたのだから砦にいた部隊の倍以上の戦力はあるのだろう?」
「そ、それが……」
戦力の事を聞かれて山羊頭の亜人は言葉に詰まる。答えない山羊頭の亜人を見てガルガン達は小首を傾げた。
「報告した者によりますと、砦に攻撃を仕掛けて来たのは……僅か、二人の人間と二体のモンスター、計四体だと……」
山羊頭の亜人の震えた声を聞き、族長であるガルガン達、階段席に座っている亜人達は耳を疑う。四百人以上の戦力が配置されていたパルジム砦を落とした敵の戦力が百分の一の戦力だと知り、声が出なくなったのだ。
会議室が静寂に包まれる中、報告に来た山羊頭の亜人とエルフは俯いて黙り込む。そんな二人を見てガルガンは奥歯を噛みしめながら円卓を強く叩いた。
「ふざけるなあぁっ!!」
山羊頭の亜人の報告が信じられないガルガンは怒鳴り声を上げる。その声によって静寂がかき消され、同じ族長であるファストンとダンジュス以外の亜人達は怒鳴り声を聞いてビクッと驚きの反応を見せた。