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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百二十一話  新しい家族


 薄い灰色の雲に覆われた空、青空も太陽も見えないが雨が降る気配もないごく普通の曇り空だった。

 曇り空の下にあるグーボルズの町では修繕作業をする町の住民達や東門と西門を警備するセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士や騎士、彼等と共闘する亜人達の姿がある。曇っているが、天気が悪いからと言って彼等は修繕作業や町の警備を中止する気など無かった。

 町の北側にある大きな屋敷、そこは亜人連合軍がグーボルズの町を占拠していた時に指揮官であるリードンが作戦本部として使っていた屋敷で今では人間軍が作戦本部として使っている。その屋敷の一室にはダークとグーボルズの町を解放する時にダーク達と共に戦ったセルメティア王国軍とエルギス教国軍の騎士達、そして、六星騎士であるベイガードと彼と共にジバルドの町から来た騎士の姿があった。

 ダーク達がグーボルズの町を解放してから今日で二日が経っており、今から約二時間前にベイガードが指揮する増援部隊がジバルドの町からやって来た。解放されたグーボルズの町に入ったベイガード達は町の住民達が活き活きとしながら修繕作業をしている姿を見て笑みを浮かべる。そしてダーク達と再会するとベイガードはダークにグーボルズの町を解放してくれた事を感謝した。

 挨拶を済ませるとベイガード達はダーク達からグーボルズの町を解放した時の事やこの二日間をどう過ごしていたのかなどを詳しい話を聞く為に作戦本部である屋敷に移動したのだ。


「……以上で報告は終わります。修繕作業も順調に進んでおり、大きな問題はこの二日の間で起こっておりません」

「そうか。報告感謝する」


 エルギス教国軍の騎士から詳しい話を聞いたベイガードは報告した騎士に礼を言う。騎士もベイガードを見ながら軽く頭を下げた。

 この二日間、亜人連合軍が襲撃して来たり、捕虜となっている亜人達が脱走するなどと言った問題は起きておらず、グーボルズの町は平和だった。報告を聞いたベイガードはこれもダークや町を解放した兵士達がしっかりと仕事をしてくれたおかげだからだろうと感じながらダーク達を見つめている。


「それで、先程もお話ししたように、ベイガード殿が連れて来た増援部隊の一部をこの町の修繕作業の為にお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。自由に使ってくれ、兵達には後で私から伝えておく」

「ありがとうございます!」


 ベイガードの部隊が修繕作業に力を貸してくれる事を聞いて騎士は礼を言い、隣に立っている別のエルギス教国軍の騎士も真剣な顔で頭を下げる。

 修繕作業についての話が済むとベイガードはダークの方を向いて小さく笑みを浮かべる。


「しかし、驚きましたぞダーク殿? まさか本当に僅かな戦力でこの町を解放するとは」

「ジバルドの町でもお話ししたでしょう? 私には切り札がある。その切り札を使えば町を解放できると?」

「ハハハ、いやぁ、本当に感服しました」


 ダークの言葉にベイガードは笑い声をあげ、彼の後ろに控えている増援部隊の騎士達も小さく笑ってダークを見てた。

 今回のグーボルズの町の解放でベイガード達はダークならどんな戦況であろうと亜人連合軍に勝利するだろうと信じるようになり、エルギス教国軍の殆どの兵士が嘗て敵であったダークを信じるようになっていた。笑うベイガード達を見たダークも少し気分を良くしたのか周りに聞こえないくらい小さな声で笑う。


「……さて、グーボルズの町の話はこれぐらいにして、そろそろ今後の戦いについて話し合いを始めましょう」

「……そうですな」


 しばらく笑うとダークはすぐに気持ちを切り替え、これからの戦いをどうするかについて話し始める。それを聞いたベイガードも表情を変えて頷き、他の騎士達も軽く咳をしたりなどをして気持ちを切り替え、真剣な顔で机の上に広げられているエルギス教国西部の地図を見た。


「まず、現在の敵についてですが、この町が解放された事でグーボルズの町の周辺にある村を占拠していた亜人連合軍は西に逃亡しました。この二日間、町の周囲を調べてみましたが、潜伏している亜人などはいませんでした。もうこの町の近くには亜人連合軍の部隊は存在していないでしょう」


 グーボルズの町の周りにはもう敵はいないというエルギス教国軍の騎士の話をベイガード達は黙って聞いている。ただダークだけは腕を組みながら地図を見ていた。二日前に亜人連合軍のケンタウロスに襲われたリアン達の事を思い出したようだ。

 あの後、ダークとアリシア、ノワールはリアンを連れてグーボルズの町へ戻り、レジーナ達にリアン以外は助からなかったという事を話してからリアンを宿屋に連れて行き休ませた。

 それからしばらくしてリアンは目を覚まし、自分がなぜ宿屋にいるのか理由が分からずにまごつく。そんなリアンにアリシアは何があったのかを詳しく説明する。ダークやレジーナ達はそれを黙って見守った。

 話を聞いたリアンは亜人連合軍に襲われた時の事を思い出し、恐怖のあまり取り乱す。そんなリアンにアリシアは優しく声をかけ、リアンはとりあえず冷静になった。だが、すぐに祖父がいない事に気付いてアリシアに祖父の事を尋ねる。アリシアはしばらく沈黙してからリアンに祖父が死んだ事を伝えた。

 祖父の死を聞かされたリアンはさっきとは比べ物にならないくらい取り乱し、声を上げながら涙を流す。ダークが予想していた通り、リアンは酷い錯乱状態となった。そんなリアンをアリシア、レジーナとマティーリアの三人が抑え込み、アリシアは必死にリアンを落ち着かせる。だが、今度はアリシアの声も届かず、リアンは暴れ続けてしばらくして意識を失った。

 気絶したリアンを見てアリシアは悲しそうな表情を浮かべ、ダーク達にしばらく彼女のそばにいると伝え、それを聞いたダーク達はアリシアにリアンの事を任せて修繕作業など、自分達のやるべき事をやりに向かった。

 それから今日までリアンは何度も声を上げて取り乱し、その度にアリシアがリアンを落ち着かせた。時間が経つにつれてリアンが取り乱す回数も少なくなったが、まだ心の傷は残っており、宿屋の部屋に閉じ籠ったままだ。今でもアリシアはそんなリアンのそばにずっとついており、ベイガード達との作戦会議にも参加していない。


「ダーク殿、どうかしましたか?」

「……いえ、何でもありません」


 アリシアとリアンの事を考えているとベイガードがダークに声をかけて、ダークはベイガード達を見ながら小さく首を横に振る。ベイガード達は不思議そうな顔でしばらくダークを見つめてから視線を地図に戻して話を続けた。


「今、亜人連合軍が占拠している場所で最も近いのは西へ8km行った先にあるパルジム砦です。そして、その砦から更に西へ3km進んだ先に敵の本拠点であるベーテリンクの町があります」

「敵の本拠点か、いよいよ戦いも大詰めだな……」


 騎士の話を聞いてベイガードは表情を鋭くする。他の騎士達も同じような表情を浮かべてベイガードを見ている。

 敵が本拠点としているベーテリンクの町を解放すれば亜人連合軍との内戦に勝利し、長かった戦いも終わる。ベイガード達は必ず町を解放すると強く決意するのだった。

 だが、敵の本拠点を攻撃するのだから当然亜人連合軍も全ての戦力を使って抵抗するだろう。今まで以上に激しい戦いになるのは明白だ。ベイガード達は勝利を決意するのと同時に今までとは比べ物にならない激戦になる事に緊張を感じていた。


「……確かに大詰めですが、その前にベーテリンクの町の手前にあるパルジム砦を陥落させる必要があります。砦を落とさない事には我々はベーテリンクの町を解放するどころか、近づく事もできません」


 ダークが地図を見ながらベーテリンクの町の手前にあるパルジム砦を指差す。ベイガード達はダークの声を聞き、地図をジッと見つめる。


「ダーク殿の言う通りです。この砦を何とかしなくては先へは進めません。ですが、砦を落とせばベーテリンクの町に近づけますし、町を解放する為の我々の拠点とする事もできます」

「ええ、しかもパルジム砦が建てられている場所は周囲を見渡す事ができる丘の上でベーテリンクの町も確認できます。敵の拠点の状況を確認できれば良い作戦も思い付くでしょうね」


 騎士達はダークの方を向いてパルジム砦がどんな場所にあり、そこが重要な拠点である事を説明する。それを聞いたダーク達はベーテリンクの町を解放する為にもパルジム砦を解放してより戦いやすい状態にしないといけないと考えた。


「だが、敵もこちらの思い通りにはさせてくれないだろうな」


 ベイガードが腕を組みながら呟き、それを聞いたダーク達はベイガードの方を向く。


「確かにパルジム砦を拠点とすれば我々はベーテリンクの町を解放しやすくなるだろう。しかし、言い方を変えればパルジム砦は亜人連合軍にとって絶対に奪われたくない場所だ。護りはかなり堅いだろう」


 重要なパルジム砦を敵に奪われないようにする為に亜人連合軍はかなりの戦力を砦に配置しているだろうというベイガードの言葉を聞き、騎士達の表情が僅かに変化した。

 奪われれば自分達を不利にしてしまうパルジム砦の護りを薄くする者はいない。敵に落とさせない為にかなりの戦力を配置し、護りを完璧にしているだろう。しかも砦は敵の本拠点であるベーテリンクの町の近くに建てられている。万が一砦が落とされそうになってもベーテリンクの町にいる本隊に救援を要請する事も可能だ。普通の攻撃では砦は落とせないだろうとベイガード達は感じていた。


「……そのパルジム砦にいる敵の戦力はどのくらいなのですか?」


 パルジム砦をどうやって解放するか悩んでいるとダークが騎士に砦にいる敵戦力について尋ねると考え込んでいたベイガード達は顔を上げて一斉にダークに視線を向ける。


「分かりません。ただ、偵察に行った斥候の話では四百はいるだろうとの事です」

「四百ですか……」


 砦の予想戦力を聞き、ダークは低い声を出す。グーボルズの町にいた亜人連合軍と大して変わらない戦力な為、普通に考えれば問題ないと思われるが、ベーテリンクの町からの増援を考えると少し面倒だと言える。

 ダークは腕を組みながら俯いて考え込み、ベイガード達は黙って考えるダークを見つめている。


「我々が砦に攻撃を仕掛ければ敵は攻撃を受けた事をベーテリンクの町にいる本隊に知らせに行くでしょう。そうなったら敵の増援が来て砦の解放は困難になります。ベーテリンクの町の部隊が砦に来る前、もしくは救援を要請する前に砦を解放しなければいけませんね」

「ええ、分かっています。しかし砦の護りは強固です。しかも敵は四百人以上いるとの事、短時間で解放するのは難しいです」

「そのとおり、ですからこちらも短時間で砦を解放できるだけの戦力を用意しないといけないという事です」


 ダークの言葉にベイガードや他の騎士達の表情が鋭くなった。四百人以上の亜人がいる砦を解放するには倍以上の戦力が必要になる。しかし、今のグーボルズの町にはそんな戦力は無かった。

 だからと言って増援を要請し、それを待つ時間も無い。そんな事をしていたら亜人連合軍に態勢を立て直す時間を与えてしまうだけだ。態勢を立て直して再びグーボルズの町に攻め込んで来たらそれこそ内戦が終わる日が遠くなってしまう。これ以上無駄な犠牲を出さない為にも早くベーテリンクの町を解放して亜人連合軍との戦いを終わらせないといけなかった。

 しかし、いくら内戦を早く終わらせようと思っていても戦力が足りなければ意味がない。ベイガード達は何かいい案がないか難しい顔をして考え込む。すると、ダークが考えているベイガード達に声を掛けてきた。


「戦力の事なら私に任せてください。考えがあります」

「おおぉ、ダーク殿。もしやまたモンスターを召喚して戦わせるのですか?」


 騎士はダークがグーボルズの町を解放した時と同じ事をするのではと感じて笑いながら尋ねる。他の騎士やベイガード達もダークがまたモンスターを召喚し、操るマジックアイテムを使うのかと期待の目でダークを見た。


「確かにモンスターは召喚しますが、今回は少し違う方法を使います」

「違う方法? それはどんな方法なのです?」

「……今はまだ言えません。ちょっと問題のある方法なので、色々準備の必要があるんです」

「問題?」


 ベイガードはダークの言葉に思わず小首を傾げる。他の騎士達も知りたそうな顔をしていたがダークは話さなかった。

 結局、ダークはその方法について何も話さずに会議は終わり、ダーク達は解散した。ダークは会議が終わると作戦本部を後にして何処かへ移動する。

 街道を歩きながらダークは町の東側にやって来て一軒の建物の前で立ち止まった。その建物の入口の隣の壁にはジェイクが壁に寄り掛かっている姿があり、その肩にはノワールが乗っている。


「マスター、ご苦労様です」


 ノワールはダークの姿を見ると小さな竜翼をはばたかせながら飛び上がりダークの肩に移動する。ジェイクも壁に寄り掛かるのをやめてダークの前に移動した。


「そっちはどうだ?」

「あんまり変わってねぇな。姉貴が慰めたりしているが、やっぱり簡単には立ち直れねぇみたいだ」

「無理もないか……」


 ジェイクの話を聞いたダークは目の前の建物を見上げながら呟き、ノワールとジェイクもダークと同じように建物を見上げる。

 ダーク達の前にある建物はグーボルズの町でそこそこ高いと言われている宿屋で、グーボルズの町にいる間のダーク達の拠点となっている場所だ。そして、今その宿屋にはリアンも泊っていた。


「最初と比べると落ち着きましたが、まだ心の傷が癒えずに部屋から出ようとしません。食欲もあまりないみたいです」

「そうか……それでアリシアは今もリアンのそばにいるのか?」

「ハイ、少し前にこの町で買ったお菓子を持って部屋へ行きました」


 ノワールからアリシアがリアンの部屋に行った事を聞いたダークはリアンの使っていると思われる部屋の窓を黙って見上げる。アリシアにリアンを元気づける事を任せている為、彼女がどうやってリアンを立ち直らせるのかダークは気になっていた。


「私はこれからリアンに会って来る。お前達はどうする、一緒に行くか?」

「……ああ、そうだな。一緒に行くぜ」

「僕も行きます」


 リアンに会いに行くかという問いにジェイクとノワールは小さく頷く。リアンと年の近い娘がいるジェイクにとって落ち込むリアンの姿は心が痛むのだろう。アリシアと同じように何とか元気にしてやりたいという気持ちがあったのだ。ノワールもジェイクと同じ気持ちだが、彼ほど強くリアンを元気にしたいと思ってはいない様子だった。

 ジェイクとノワールの答えを聞いたダークは二人を連れて宿屋に入り、リアンの部屋へと向かう。受付前を通り、二階へ続く階段を上って行き、細い廊下を進んで行くと数m先でレジーナとマティーリアが一つの部屋の前に立っている姿が視界に入った。

 ダーク達が二人に近づいて行くと足音を聞いてレジーナとマティーリアがダーク達に気付いて視線を彼等に向ける。


「あっ、ダーク兄さん」

「作戦会議は終わったのか?」

「ああ、少し前にな」


 レジーナとマティーリアの前までやって来たダークは二人の前にある扉を見つめる。扉の向こうからは少女のすすり泣く声が聞こえてきた。どうやら扉の向こうではリアンが泣いているらしい。その声を聞いたレジーナやダークについて来たジェイクは気の毒そうな顔で扉を見つめ、マティーリアは僅かに目を鋭くして扉を見ている。


「数分前からあんな調子よ」

「きっとまた死んだ祖父の事を思い出して泣き出したのじゃろう」

「……アリシアは中か?」

「ウム、部屋に入ってもうすぐ二十分になるかのう」

「そうか」


 マティーリアから話を聞いてダークは扉を見つめながら呟き、しばらく扉を見た後にダークは扉を軽くノックする。すると部屋の中からアリシアの声が聞こえて来た。


「誰だ?」

「私だ」

「ダークか?」

「ああ、リアンの様子を見に来た」

「そうか、入ってくれ」


 アリシアの許可が出るとダークはゆっくりとノブを回して扉を開けた。部屋の中には壁際にある二つのベッドと小さな丸い机に二つの椅子があり、外を眺める窓がある。先程宿屋の外でダークが見上げていた窓だ。

 ベッドの一つにはアリシアとリアンが座っている姿があり、リアンはベッドの隅で膝を抱えながら泣いている。アリシアは扉を開けたダークからリアンに視線を向けて切なそうな表情を浮かべ、ダークも泣いているリアンをジッと見ていた。

 ダークは静かに部屋に入って行き、ノワール達は部屋の外でリアンの様子を伺っている。狭い部屋に大勢が入るのはよくないと思い廊下でダーク達を見ている事にしたようだ。

 アリシアとリアンが座りベッドの前に来たダークは少し姿勢を低くしてリアンを見つめる。リアンはダークが近づいて来た事に気付いたのかゆっくりと顔を上げた。その目は赤く、目元には僅かに涙が溜まっている。


「……ダーク様」

「少しは落ち着いたか?」

「……ハイ、少し」

「そうか」


 普通に会話する事ができるのを確認したダークはリアンを見つめながら呟く。祖父が死んだ事を聞かされた時のリアンは酷く取り乱し、しばらくは会話する事ができないくらいショックを受けていたのだ。それを考えると今のリアンは調子のいい方だと言える。

 膝を抱えたまま、また黙ってしまうリアンをダーク達はジッと見つめている。しばらく静寂が続くとリアンが俯いたまま口を動かした。


「……私、もうどうすればいいのか、分かりません」


 涙を流しながらリアンは今の自分の気持ちを口にし、アリシアやダーク達はそんなリアンの話を黙って聞いている。


「最初はお爺ちゃんがいるから頑張ろうとしました。父と母がいなくなっても、私にはまだ肉親がいる、お爺ちゃんと一緒に生きていこうと思えたんです……でも、私にはもう家族は一人もいない。誰の為に、何の為に生きていけばいいのか分かりません……」

「リアン……」


 涙声でこれから自分がどうすればよいのか分からないと語るリアンを見てアリシアは小さな声でリアンの名を口にする。

 ダークは自分が予想した通り、生きていく事に絶望するリアンを見た後、彼女をどうやって立ち直らせるのか気にしながらアリシアに視線を向けた。


「こんな辛い思いをするくらいなら、あの時お爺ちゃん達と一緒に死んだほうが……」

「馬鹿な事を言うな!」


 絶望するリアンに向けてアリシアは力の入った声を出す。それを聞いたリアンは顔を上げてアリシアの方を向き、廊下にいるレジーナ達も声に驚きながらアリシアを見つめる。

 アリシアは真剣な表情でリアンを見つめており、そんな彼女の表情を見たリアンはアリシアが怒っている事に少し驚いた顔をしていた。


「確かに家族を殺された悲しさや苦しさは大きい、死にたいと思いたくもなるだろう……だが、お前は死んではいけない。例え死にたくなるような辛い思いをしても生きていかないといけないんだ」

「でも……」


 リアンは涙を流しながら俯く。アリシアはそんなリアンの頭に手をそっと置き、ダークや廊下にいるレジーナ達の方を見て口を開く。


「私は、いや、私だけではない、此処にいる全員が死にたくないのに殺されてしまった者達を多く見て来た。彼等の顔からは生きていたかったという無念がヒシヒシと伝わって来る。殺されてしまった家族や友、仲間の為にも生き残った者は生き続けなければならないんだ。何よりも、此処でもしお前が死ぬ事を選んでしまえば、お前を生かす為に戦ったご両親の死を無駄にすることになってしまうんだぞ?」

「……ッ!」

「お爺さんもきっとお前が生き続ける事を望んでいるはずだ……だから、死んだほうがよかったとか言うんじゃない」

「……一緒に笑ったり、泣いたりしてくれる人がいないのに、生き続ける事なんて、私にはできません」


 アリシアから生きていく事の大切さを聞かされても、リアンはまだ生きていこうという気持ちにはなれなかった。幼いリアンには両親や祖父を失った孤独の世界を生きていく気力や自信を持つ事ができないのだ。リアンの心から孤独を取り除かない限り、彼女は決して生きていく道を選ばないだろう。

 俯くリアンを見てアリシアは真剣な表情を浮かべ、そっとリアンを抱きしめた。


「なら、私がお前の家族になる」


 突然自分を抱きしめて予想外の事を言い出すアリシアにリアンは目を見開く。レジーナやジェイク、マティーリアはアリシアの言葉を聞き意外そうな反応を見せる。ダークとノワールはアリシアがリアンを引き取るという話を聞いていたので驚いたりはしなかった。


「私がお前の家族になり、お前を支えながら一緒に笑い、一緒に悩み、一緒に生きていく。そして、お前の新しい生きる目標を一緒に探そう」


 僅かに力の入った声で話すアリシアの言葉を聞き、リアンは最初理解できなかった。だがすぐにアリシアが自分を孤独から救おうとしている事に気付き呆然とする。


「……リアン、私のところへ来い」

「で、でも、亜人の私を家族にしたら、アリシア様に迷惑が……」

「私は迷惑だなんてこれっぽっちも思っていない、私はリアンを助けたんだ。それに、お前の様な子が家族になってくれると、私は嬉しい」


 リアンを抱きしめながら優しく微笑むアリシアの言葉にリアンは衝撃を受けた。

 なぜ目の前にいる聖騎士がそこまで自分の事を想ってくれているのかは分からない。だが、彼女が本当に自分を想ってくれている事だけはハッキリと分かった。

 抱きしめられながら頭を撫でられるリアンは唇を噛みしめながら涙を流す。アリシアが自分を受け入れてくれた事で今まで心を縛り付けていた苦しさから解放され、今まで以上に涙が流れ出たのだ。

 リアンはアリシアの服を強く握りながら大きな声で泣き出す。今まで出した事の無いくらい大きな声で泣き続ける。アリシアは号泣するリアンの頭をただ黙って撫で続けた。

 ダークはアリシアの胸の中で泣くリアンを見てもう彼女は大丈夫だろうと感じ、ゆっくりと立ち上がる。ノワールとジェイクも微笑みながらリアンを見つめ、レジーナは感動したのか笑いながら僅かに涙を流していた。そんなレジーナをマティーリアは黙って見つめている。

 しばらくするとリアンはアリシアから離れて涙を手で拭う。目はさっきよりも真っ赤になっており、僅かに鼻水も出ていた。


「落ち着いたか?」

「ハ、ハイ」


 アリシアは微笑みながらハンカチを取り出してリアンに手渡し、リアンはハンカチを受け取るとそれで涙を拭く。鼻水が少しハンカチに付いたがアリシアはそんな事は気にしなかった。


「さて、リアン。改めて訊くが、私のところへ来るか?」

「……ハイ!」

「よし、今日から私達は家族だ。ただ、私の立場上、母と子ではなく、姉と妹という事になるが構わないか?」

「ハイ、大丈夫です」


 リアンはアリシアの問いに強く頷く。その目はまだ赤いが先程の悲しみにくれた表情とは一変し、満面の笑みを浮かべており、そんなリアンの顔を見てレジーナ達も笑顔を浮かべていた。

 アリシアは笑うリアンの頬にそっと触れて顔を近づける。


「リアン、私達はもう家族なんだ、敬語で話すのはやめろ」

「あ、ハイ、分かりま……分かった」


 言葉遣いを改めたリアンを見てアリシアは小さく頷く。すると、ずっと黙っていたダークがリアンに声をかけて来た。


「アリシアの家族になったという事は、私達にとっても家族同然だ。リアン、私達と会話する時も敬語は使わず家族の様に話せばいい」


 ダークの言葉を聞いてリアンはダークや部屋の外にいるレジーナ達に視線を向けた。レジーナとジェイクはリアンを見ながら笑って手を振り、マティーリアは腕を組みながらリアンを見ている。

 アリシア以外にも家族が増えた事にリアンは更に喜びを感じ、視線をダークに向けながら笑って頷く。


「ありがとう、よろしくお願いします。ダークおじさん」

「おじっ!?」


 リアンの言葉にダークは衝撃を受けて思わず声を漏らす。部屋は静寂に包まれ、アリシアやノワール、レジーナ達もリアンの言葉を聞いて目を丸くしながらダークを見る。

 兜で顔を隠し、わざと低い声を出している為、中年の男だと思われるのは仕方がない。だが、アリシアの家族となったリアンに正面からおじさんなどと言われ、流石にダークもショックを受けたらしい。

 驚くダークと黙り込むアリシア達を見てリアンは不思議そうに周りを見回す。すると、黙っていたレジーナがクスクスと笑い出し、それのつられる様にマティーリアとジェイク、アリシアとノワールまでも同じように笑い出した。


「フフフフッ、おじさんだって?」

「まぁ、顔が見えないのだから仕方がないのう? フフフフ」

「お、お前等なぁ……」

 

 笑いを堪えるレジーナとマティーリアを見てダークは素の声を出す。リアンはなぜダークが不機嫌そうな声を出し、アリシア達が笑っているのか分からずにばまたきをしている。

 ダークはレジーナとマティーリアを見ながら溜め息をつき、片膝を付いて視線をリアンに合わせる。そしてゆっくりと兜を外して素顔をリアンに見せた。本来なら信頼している仲間やその家族にしか素顔を見せない事にしているが、リアンはアリシアの家族になったので見せてもいいと判断したようだ。

 リアンは目の前にある金髪の美青年の顔を見て頬を僅かに赤くしながら驚く。そして同時にダークはアリシアと同じくらいの年齢だと知って驚いた。


「リアン、俺はこう見えてアリシアと同い年なんだ。だからおじさんは勘弁してくれないか?」

「ご、ごめんなさい」


 苦笑いをするダークとまばたきをしながら謝るリアン、二人の会話する姿を見てアリシア達は再び笑い出す。周りの笑い声を聞いたダークは目を閉じながら大きく咳き込み、それを聞いたアリシア達は笑いを堪えながらダークを見た。

 周りが黙るのを確認したダークは再び溜め息をつき、リアンを真剣な表情で見つめる。


「俺の事はさておき、リアン、君には色々と訊きたい事があるんだ」

「訊きたい事?」

「イームス村へ向かっていた君達を襲ったケンタウロスの事についてだ」


 ダークはリアン達を襲った亜人達の事を口にするとリアンや笑っていたアリシアの表情が変わった。


「君達を襲ったケンタウロス達の事、知っているなら詳しく聞かせてくれないか?」

「ケンタウロス……」

「立ち直った直後にお爺さん達を襲った連中の事を思い出すのは辛いかもしれないが、記憶に残っている内に教えてくれ。奴等の情報を得てどんな外見をしているのか知る事ができれば君のお爺さんの仇を討つ事ができるかもしれないんだ」


 幼いリアンにとって自分達を襲った亜人の事を思い出すのは辛い事だ。だが、リアン達を襲ったケンタウロスの情報を知っているのは生き残ったリアンのみ。ダークは仲間の亜人を見捨てたり、罪の無いリアン達を襲ったケンタウロス達を放っておくつもりなど無かった。薄情なケンタウロス達に制裁を加える為、リアンの祖父の仇を討つ為にダークはリアンからケンタウロス達の情報を尋ねる。

 リアンは目を閉じながら黙り込み、ダークやアリシア達は黙っているリアンを見つめた。


「大丈夫か、リアン? 辛いなら少し時間が経ってからでもいいぞ」

「……ううん、大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん」


 心配するアリシアの方を向き、リアンは小さく笑いながら答える。リアンの表情を見たアリシアやダーク達はしっかりした子だと感じた。


「襲ったケンタウロス達の事、全部話します……でも、約束して、絶対にお爺ちゃん達の仇を討つって!」

「ああ、約束する」


 ダークはリアンの頼みを聞き、真剣な顔で頷く。アリシアやレジーナ達もダークと同じように真剣な表情を浮かべてリアンを見ている。


「マスター、ちょっと待ってください」


 リアンからケンタウロス達の情報を聞こうとした時、ノワールがダークの隣に飛んで来て子竜の姿から少年の姿に変わる。リアンは目の前で子竜から少年の姿になったダークを見て目を見開きながら驚く。


「どうした、ノワール?」

「リアンさんに説明してもらうよりもいい方法がありますよ」

「いい方法?」

「ええ、リアンさんの頭の中を覗くんです」


 ノワールの言っている事の意味が分からず、ダーク達は不思議そうに小首を傾げる。ノワールは理解できてないダーク達を見ながらニッと笑みを浮かべた。


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