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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百二十話  蘇生の責任


 グーボルズの町の西門、辺りは既に薄暗くなっており、西門前の広場や城壁の上には松明が設置されていた。

 見張り台や城壁の上ではセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達が見張りをしている姿があった。ただ、兵士達は全員落ち着いた表情をしている。グーボルズの町を解放して肩の荷が下りたせいか、解放したばかりの町に亜人達は攻めてこないだろうと言う安心からか緊張した様子は見られなかった。

 西門前の広場に張られている無数の小さなテント、その中の一つでダークとアリシアが小さな木製の机を囲んで座っている。机の上には子竜の姿のノワールが立っており、ダークとアリシアの顔を見ていた。


「今回、私達がグーボルズの町を解放した事でこの町の周辺にいた亜人連合軍は西側に後退した。この流れなら他の町や村もすぐに解放できるだろう」

「ああ、他の場所でも別の部隊が少しずつ亜人連合軍に制圧された町や村を解放しているらしい。亜人連合軍が押し返してくる事はないと思うぞ」

「そうか、リダムス殿達も頑張っているみたいだな……」


 アリシアは別の場所で戦っているであろうリダムスや他のセルメティア王国軍の事を考えて小さく笑う。

 最初は押されていた人間軍がダーク達が参戦した事で亜人連合軍に連勝してエルギス教国の西側に追い込んでいる。アリシアや他の兵士達は亜人達に勝ち続けている事を心の中で喜んでいた。


「この調子ならそろそろレジーナとジェイクをバーネストの町へ帰してもいいだろうな」

「ああぁ、そう言えば亜人連合軍をある程度押し返したら二人を帰すって事になっていましたね」


 ダークの言葉にノワールは苦笑いを浮かべる。アリシアも机に頬杖をつきながらダークの話を聞いていた。

 エルギス教国との戦争でレジーナとジェイクは最前線へ向かい、家族と長い間離ればなれになっていた。そして戦争が終わり、無事に帰還すると二人はしばらくの間、家族と楽しく過ごしていたのだ。それが終わるとレジーナとジェイクは再び冒険者として働き出したのだが、すぐにエルギス教国と亜人連合軍との内戦に参加する事となってしまった。

 家族、特に子供達はその事に納得できずに反対し、ダークも再び二人を長い時間家族と引き離すのは申し訳ないと考えた。そこで、亜人連合軍をある程度押し戻したら二人だけ先に帰すという形で子供達を納得させたのだ。

 内戦は既に人間軍の優勢になる。ここまでくればレジーナとジェイクが抜けても問題は無いと感じ、ダークと達は二人をセルメティア王国に帰そうと話す。ただ、まだレジーナとジェイクにはその事を話していない。もし話せば二人は最後までダーク達と一緒に戦うと言うかもしれないが、その時は家族と約束したから駄目だとダークは半分強制的に二人を帰すつもりでいた。


「ところで、レジーナさんとジェイクさんは帰すとして、マティーリアさんはどうするんですか?」

「アイツか……アイツは別に亜人達を押し返したら帰すなんて約束はしてないし、本人が残りたいと言うのなら残すつもりだ」


 ノワールの問いにダークは腕を組みながら答えた。

 マティーリアはレジーナやジェイクの様に家族はおらず、二人の様に戦いが優勢になったら帰ってくるという約束もしていない。だからもし、彼女がエルギス教国で亜人と戦い続けると言うのであれば共に戦わせるつもりでいた。

 何よりも、竜人であるマティーリアの存在は共闘する亜人、特にリザードマン達の士気を高める。ダークは亜人達の士気を強化する為にもマティーリアをエルギス教国に残した方がいいのではと考えていた。

 三人がレジーナ達の事を話していると、テントの外にいる兵士達が何やら騒いでいた。騒ぎを聞いたダーク達は何かあったのかと立ち上がりテントを出る。ノワールも飛んでダークとアリシアの後を追う。


「どうした、何かあったのか?」


 ダークが近くにいるセルメティア王国軍の兵士に近づいて声を掛ける。


「先程、送迎部隊の護衛である兵士が傷だらけになって戻って来たのです」

「何だと?」


 兵士の口から出た言葉にダークは少し驚いた声を出す。アリシアとノワールも兵士の話を聞いて目を見開いて驚いた顔をしている。

 ダーク達が兵士から話を聞いていると西門が開き、外から全身に傷を負ったエルギス教国軍の兵士が馬に乗ってゆっくりと入って来る。馬が西門前の広場に入ると乗っていた兵士が馬からずり落ちて地面に倒れた。

 周りにいた兵士達が落馬した兵士を見て慌てて駆け寄り傷の状態を確認する。ダーク達も速足で倒れた兵士の下へ向かう。兵士は全身傷だらけで今にも呼吸が止まりそうな状態だった。周りの兵士達は急いで応急処置を施そうとする。するとアリシアが兵士達の間を通って重傷の兵士の前まで来て片膝を付く。アリシアは兵士の傷の状態を確認すると両手を兵士の前に出した。


治癒ヒーリング!」


 アリシアは回復魔法である治癒ヒーリングを発動させて兵士の傷を治し始めた。周りの兵士達は聖騎士であるアリシアが回復魔法を使う姿を見て少し驚いた表情を浮かべている。

 治癒ヒーリングによって兵士の傷は綺麗に治り、重傷を負っていた兵士はいつの間にか体の痛みと苦しさが無くなった事で呆然としながら周りにいる仲間の兵士達を見回す。他の兵士達は死にかけていた仲間が助かったのを見て驚きと喜びの声を漏らした。

 兵士が助かったのを見てアリシアは小さく息を吐く。彼女の後ろで様子を見ていたダークは腕を組みながら小さく笑い、ノワールも飛んだまま笑顔を浮かべていた。


「大丈夫か? まだどこか痛むところはあるか?」

「い、いえ、大丈夫です」

「そうか……一体何があったんだ?」

 

 アリシアはまだ少し動揺している兵士に何が起きたのかを尋ねる。すると兵士は真剣な表情になりアリシアの方を向いた。


「実は、別の村の住民を送迎する為に林の中を通っていたのですが、突然亜人連合軍と思われケンタウロス達の奇襲を受けてしまったんです」

「何だと、まだこの近くに亜人達が隠れていたのか?」

「ハイ、突然の襲撃に対応できず、仲間達は次々と倒されていき、隊長である騎士殿は私に襲撃の事を皆さんに知らせるよう命じられました。亜人の攻撃を受けながらもなんとか町に戻って来て先程の状態に……」

「そうだったのか……それでお前の部隊は何処へ向かっていたのだ?」

「南の方です。確か、イームス村に向かう部隊で……」


 兵士の口から出たイームス村という言葉を聞き、アリシアの顔に緊張が走る。アリシアの後ろに控えていたダークとノワールも反応しながら兵士を見ていた。

 イームス村はリアンが住んでいる村、つまり襲撃を受けたのはリアン達がいた送迎部隊という事だ。それを知ったアリシアは立ち上がり、少し焦った様子で振り返りダークの方を向いた。

 ダークは自分を見つめているアリシアを見て彼女がリアンを助けに行こうとしている事に気付く。ダークはアリシアを見て小さく頷き、自分も一緒に行くと伝える。それを見たアリシアも頷き返し、二人は近くに止めらている馬の下へ走り出す。


「私達が先に送迎部隊を助けに行く。お前達は救助部隊を編成してから来てくれ!」

「え? あ、ハイ、分かりました」


 突然助けに行くと言い出すアリシアを見て一人の兵士が動揺しながら頷き、他の兵士も呆然とダークとアリシアを見ていた。アリシアは馬に乗るとすぐに馬を走らせて西門から外へ飛び出す。ダークも別の馬に乗り、アリシアの後を追おうとする。


「あの、襲撃を受けた林へは最初の分かれ道を左へ曲がってひたすら道に沿って行けば辿り着けますので」

「ありがとう」


 送迎部隊の兵士が林の行き方をダークに説明し、それを聞いたダークは兵士に礼を言ってから馬を走らせた。ノワールは飛んでその後を追う。

 ダークはリアンを助けに行くと決めたアリシアの態度を見て彼女が少し興奮していると感じ、林への行き方などの情報を聞かずに飛び出すのではと思っていた。そして、ダークの予想通り、アリシアは一人で町を飛び出していってしまう。ダークはリアンを助ける為だけでなく、こうなる事を予想してアリシアについて行く事にしたのだ。

 グーボルズの町を出たダークとアリシアは兵士に教えてもらった道を通って林へと向かう。馬は町を出てからずっと走っている為、僅か十数分で目的地と思われる林が見える所までやって来た。林を確認するとダークとアリシアは更に馬の速度を上げて林へと向かう。

 林の中に入った二人は木々に囲まれた一本道を進む。そして、林に入ってしばらく進んだ所で壊された荷馬車とその周りに数人の人影と馬が倒れているのを見つける。


「これは……」

「どうやら遅かったみたいだな」


 ダーク達は馬から下りて荷馬車の残骸と倒れている人や馬を見ながら呟く。冷静に倒れている人々を見ているダークの隣ではアリシアが悔しさのあまり歯を噛みしめながら俯いて強く握り拳を作っていた。

 飛んでいたノワールは悔しがるアリシアに近づき、落ち着いた様子で声を掛けた。


「とにかく、倒れている人達を調べましょう。まだ生きている人がいるかもしれません」


 ノワールの言葉を聞き、アリシアは握り拳を解いて顔を上げ、ノワールを見た後にダークの方を向く。ダークはアリシアと目が合うと小さく頷き、二人は倒れている人々の生死を確認しながらリアンを探した。

 ダーク達は倒れている人達を一つずつ調べていく。だがほぼ全ての人が死んでいた。体を刃物で切られたり、矢で急所を射抜かれたりなどされており、その傷が直接の死因と思われる。そして何よりも、死体の殆どがボロボロな状態だった。腕や足、腹部や顔を何かで潰されており、普通の人間なら見るに堪えない状態だ。

 死体の潰された箇所や死体の回りには馬のひづめのような跡が付いている。グーボルズの町に戻って来た兵士は襲って来た亜人はケンタウロスと言っていた。つまり、そのケンタウロス達が死体を踏み潰したという事になる。


(殺した後に死体を踏み潰したのか……楽しんでやったのか、憂さ晴らしでやったのか、どちらにせよ、死体を踏み潰すなんて悪趣味な奴等だ)


 ダークは転がっている死体を見ながら心の中で襲ったケンタウロス達を軽蔑する。死体を何度も踏むなんて事をする時点でダークはそのケンタウロス達の心が捻じ曲がっていると分かった。そんな時、ダークの視界に一つの死体が入る。それは数時間前に見たリアンの祖父の死体だ。彼も体中を潰されており、目を開けながら表情を歪めている。死ぬ時にとても苦しんでいた事がダークには分かった。


「リアンのお爺さんか……死体の損傷が酷い、これでは蘇生アイテムで復活させる事は無理だな」


 リアンの祖父の死体を見ながらダークは呟き、そっと開いている祖父の目と口を閉じた。


「ダーク! こっちに来てくれ!」


 ダークが他の人を調べようとした時、背後からアリシアの声が聞こえて来た。ダークが振り返ると一本道の端にある茂みの中からアリシアが手を振っている姿が見え、ダークと他の死体を調べていたたノワールが急いでアリシアの下へ向かう。

 アリシアに近づくと彼女の腕の中に心臓を一突きにされて息絶えているリアンの姿があった。服や顔などがボロボロになっているが、他の死体を比べると損傷が少ない。蘇生アイテムで生き返らせる事が可能な状態だった。

 リアンの死体を抱きかかえながらアリシアは茂みから出て道の真ん中に死体を置く。ダークとノワールもアリシアの後をついて行き、寝かされたリアンの死体を見つめる。


「他の死体と比べてリアンさんの死体は傷が少ないですね?」

「恐らく殺された後に茂みの中に捨てられたんだろう。全員を殺した亜人達は此処を去る直前に視界に入る死体を面白半分で踏みつけ、そのまま立ち去っていったんだと思う」

「つまり、リアンさんは茂みの陰に隠れて亜人たちの視界に入らなかったから体を潰されずにすんだってことですか?」

「私はそう思っている」


 ダークの推理を聞いたノワールは納得の表情を浮かべる。

 アリシアはダークとノワールが話している間、リアンの横に座って彼女の頬を優しく撫でながら悔しさと悲しさの混ざったような表情を浮かべている。そんなアリシアをダークは黙って見ていた。


「……ダーク、お願いがある」

「何だ?」


 俯いていたアリシアは顔を上げて突然ダークに頼みがあると言う。ダークはアリシアの真剣な表情を見てどんな内容なのか想像がついていたが一応尋ねた。


「貴方の持つマジックアイテムでこの子を生き返らせてくれ」

(やっぱりそうか……)


 ダークは自分が想像していたとおりのことを頼んできたアリシアを見て心の中で呟く。ノワールも分かっていたのか何も言わずに黙ってアリシアを見ていた。


「この子の傷は他の死体と比べて損傷が少ないし、殺されてからそんなに時間も経っていない。ダークが持っている蘇生用のマジックアイテムで生き返らせることが可能なはずだ。頼む!」


 アリシアはダークにリアンを生き返らせてほしいと力の入った声を出す。ダークはポーチからマジックアイテムを取り出そうとせず、ジッとリアンの死体を見ていた。


「ダーク?」


 反応せずに黙ってリアンを見ているダークを見てアリシアは声を掛ける。するとダークは視線をリアンからアリシアに向けた。


「……アリシア、私は彼女を生き返らせない方がいいと思っている」

「はあっ!?」


 ダークの口から出た予想外の言葉にアリシアは思わず声を漏らす。ノワールはダークの言葉を聞いても表情を変えずにダークとアリシアの会話を聞いている。


「どうしてだ!?」


 アリシアが驚きながら理由を訊くとダークは片膝を付いてリアンの頭をそっと撫でる。


「……この子は亜人連合軍に両親を殺されてしまった。町では明るく振舞っていたが心には大きな傷ができていたはず。そんな状態でこの子が頑張って生きていこうと思えたのはまだ祖父がいたから。しかし、その祖父も殺されてしまい、彼女には一緒に暮らしてくれる家族がいなくなった」


 ダークは低い声でリアンを生き返らせない理由を語り、アリシアとノワールは真剣な顔でそれを聞いていた。


「幼い子供にとって一緒に暮らしてくれる家族がおらず、一人で生きていくのは死ぬよりも辛いことかもしれない……そんな思いをさせるくらいなら、このまま死なせてあげた方がいいと私は思っている」


 家族を失って孤独の人生を過ごさせるのならこのまま祖父と一緒に死なせてあげた方がリアンも幸せだと言うダークをアリシアとノワールは黙って見つめる。確かに家族のいない世界で一人寂しく生きるのはとても苦しいことだ。

 そんな思いをリアンに味わわせるくらいなら死なせてあげた方がリアンのためだと言うダークの優しさを知ったノワールは納得した表情を浮かべてダークを見つける。

 だが、アリシアはどうしても納得できなかった。


「……確かに一人ぼっちで生きるのは辛いことだ。だが、ダークも見ただろう? この子はとても強い心を持っている。必ず苦しみを乗り越えることができるはずだ」

「それは祖父がいて彼に恩返しをしたいと言う目標があったからだ。家族を失い、生きる目標を失ってしまった幼い少女が心を強く持ち続けることができると思うか?」

「そ、それは……だが、彼女の村に行けばリアンを引き取ってくれる人たちがいるかもしれない。そこで生活をすれば新しい生きる目標が見つかるかも……」

「……仮に彼女を引き取ってくれる家が見つかり、新しく生きる目標ができたとしよう。だが、その前にリアンは二度も家族を失った苦しみを味わうことになるんだぞ?」


 ダークの意味深な言葉が風の吹く林に響き、それを聞いたアリシアは目を見開いて反応する。ダークの言葉を聞き、ノワールは目を閉じた。

 幼いリアンにとって両親の死は想像もできないくらい大きなショックだっただろう。そんなショックを受けた後に更に祖父までも死んだことを知れば、リアンの心は壊れてしまうかもしれない。それを考えるとアリシアは自分の考えが間違っているのではと感じてしまう。


「いいか、アリシア? この世の中には死ぬよりも生きることの方が辛いと感じる人間も大勢いるんだ。リアンが生き返って、彼女を引き取ってくれる家が見つかってもその家族がリアンを本当に大切に想ってくれなければ彼女は愛情を受けずに孤独のまま生き続けることになる。そうなったら彼女が文字通り、生き地獄を味わうことになってしまう」


 アリシアの心にダークの言葉が突き刺さり、アリシアの表情が更に暗くなる。この時、アリシアは自分が知らず知らずのうちに無責任なことをしようとしていたと気付いた。

 暗い顔のまま俯くアリシアをダークは黙ったまま見つめる。彼もアリシアがリアンのことを想って生き返らせてほしいと言ったのは分かっている。だが、自分の行いが知らないうちに他人を傷つけてしまうことになるかもしれないと気付いてもらいたく、ダークは厳しい言葉をアリシアにぶつけたのだ。

 ダークは俯くアリシアをしばらく見つめるとゆっくりと立ち上がり、転がっている他の死体を一ヵ所に集めに行く。ノワールも飛び上がり、ダークの手伝いをしようと後をついて行った。

 二人が離れていく間、アリシアはリアンの死体を見つめ続ける。ダークの言う通り、このまま死なせてあげた方がリアンのためになるのかもしれない。だが、此処でリアンを死なせてしまったらリアンのために戦って死んだ両親の死が無駄になってしまう。リアンのためにも、そして彼女の両親のためにもリアンを生き返らせてあげたいとアリシアは思っていた。


「……ダーク」


 リアンを見つめながら黙り込んでいたアリシアが立ちあがってダークに声を掛ける。死体を集めようとしていたダークは立ち止まり、ゆっくりとアリシアの方を向く。ノワールも飛んだままアリシアに視線を向けた。


「……私がリアンを引き取る」

「何?」


 アリシアの口から出た意外な言葉にダークは驚き、ノワールも意外そうな表情を浮かべた。


「リアンをこのまま生き返らせても彼女は家族を失った苦しみを味わい、心が壊れてしまうかもしれない。そして、それを乗り越えたとしても引き取ってくれる家族がいなければ、彼女は孤独になり、死ぬよりも辛い生を受けることになると貴方は言ったな?」

「……ああ」

「なら、私が彼女の家族になって一緒に暮らす。彼女が祖父を失った悲しみを受けた時は私は彼女を支える。私が彼女の生きる目標を見つける手助けをする。私が、彼女の苦しみと悲しみを全て受け止める!」


 大きな声で自分がリアンの家族になると言うアリシア。家族を失ったリアンの悲しみを受け止め、本当の家族に負けないくらいの愛情を込めてリアンを育てると言い、それを聞いたノワールは目を丸くして驚いた。

 アリシアンの目を見たダークは彼女が本気だと知る。もしリアンが生き返り、彼女が祖父の死を乗り越えたとしてもイームス村で他の家族に引き取ってもらえる保証は無い。仮に引き取ってもらえたとしてもその家族がハーフエルフであるリアンを愛情を込めて育ててくれるとも限らない。それなら、本気でリアンのことも想っているアリシアに任せるのもいいかもしれないとダークは考えた。


「……アリシア、君は本気でリアンを助け、彼女を支えよと思っているんだな?」

「ああ!」

「そうか……もう一つ訊いてもいいか?」

「ん?」

「君はなぜそこまでリアンを気に掛け、助けようとするんだ?」


 ダークはアリシアのリアンを救いたい意思について尋ねた。ノワールもダークと同じことを考えていたのかダークの肩に乗ってアリシアを見つめた。

 初めて会った時からアリシアはリアンは強い心を持っている、どんな困難も乗り越えられると評価し、命を救ってほしいとダークに頼み、最後には家族を失った彼女を引き取るとまで言い出した。数時間前に出会ったばかりで親しい仲でもないのにアリシアがそこまでする理由がダークは分からなかったのだ。だからアリシアが何を思っているのか直接訊くことにした。

 ダークとノワールが見つめる中、アリシアはリアンの死体を見つめてから二人の方を向いて口を開く。


「……私と似ているから、かもしれないな」

「リアンが君に?」

「ああ、私はお父様を病で亡くし、お母様が一人で私を育ててくれた。私は女手一つで私を育ててくれたお母様にその恩を返すために騎士となった。リアンからご両親が亡くなってお爺さんに育ててもらうこと、そしてお爺さんに恩返しをするために冒険者になると聞いた時、リアンは私と似た人生を歩んだのだと知った」


 アリシアがどこか寂しそうな口調で話し、ダークとノワールはそれを黙って聞いている。二人の視線に気付いていないのか、アリシアは表情を一切変えずに話を続けた。


「だが、リアンは私と違って幼くして親を、それも両親を亡くしてしまった。そしてお爺さんまでも……私よりも辛い思いをした彼女には生きて幸せになってもらいたいと思っている。だがら、どうしても彼女には生き返ってもらいたいんだ」

「それがリアンを助けたい理由か?」


 ダークの問いにアリシアは黙って頷く。

 自分よりも辛い思いをしたリアンには辛い思いをした分、幸せになってもらいたい。だから、自分がリアンを引き取り、新しい人生と家族を与えたいと言うアリシアの本心を聞いたダークは黙ってアリシアを見つめる。普通の人間が聞けばただそれだけでここまでするかと思うが、アリシアの優しさを知っているダークには十分な理由と言えた。


「あと、人間と亜人の間に生まれたこの子なら二つの種族の架け橋になってくれるかもしれないと思っているからだな」

「成る程……」


 リアンを救いたいという気持ち意外に彼女が人間と亜人を導く存在になる可能性があるから生き返らせたいというアリシアの言葉を聞きダークは呟いた。

 お互いにしばらく見つめあるダークとアリシアをノワールは少し緊張した表情で見ている。やがて、ダークはアリシアを見たまま小さく息を吐いた。


「……分かった、リアンを蘇生させよう」

「ダーク!」


 リアンを蘇生させてくれるダークにアリシアは笑みを浮かべる。話を聞いていたノワールはダークを見ながら小さく笑った。彼もダークなら蘇生させると思っていたのだろう。


「君がリアンを心の底から助けたいと思っている事は分かったし、君ならリアンを支えることができるだろう」

「ありがとう、ダーク!」

「ただ、復活したリアンが祖父が死んだことを知って錯乱状態になり、生きることを拒絶するかもしれない。その時は君がリアンを励まし、生きたいという気持ちを持たせるんだぞ?」


 ダークの言葉にアリシアは表情を変え、真剣な顔で頷く。リアンが復活すれば間違いなく祖父の安否を確認するだろう。その時には必ず祖父が死んだ事を知らせないといけない。それは絶対に避けられないことだった。

 アリシアが頷くのを見たダークはリアンの死体に近づき、ポーチから蘇生アイテムである生命の雫を取り出してリアンに垂らす。するとリアンの死体が薄っすらと光り出し、光が消えると息をしていなかったリアンが咳き込む。

 リアンが復活したのを確認したアリシアはすぐにヒーリングを発動させてリアンの傷を治す。傷が完全に治るとリアンは落ち着いたのかそのまま静かに眠りに入り、それを見てアリシアは一安心したのか深く息を吐く。それからダークたちはリアンを道の隅に寝かせて他の死体を一ヵ所に集めていった。

 しばらくするとグーボルズの町からエルギス教国軍の兵士たちがやって来てダークとアリシアは無事なのがリアンだけであること、亜人たちが既に姿を消していたことなどを兵士たちに伝える。話を聞いた兵士たちは悔しそうな顔をしながら並べられている仲間と民の死体を見つめ、死体を一つずつ丁寧に持って来た荷車に積んでいく。最悪の状況を考えて死体を運ぶ荷車を持って来ていたようだ。

 ダークとノワールは死体を運ぶ兵士たちを離れた所で見守っており、ダークの隣に立つアリシアもジッと兵士たちを見ている。アリシアの腕の中では眠り続けているリアンの姿があった。


「ダーク、リアンたちを襲った亜人たちだが、知らせに来た兵士はケンタウロスだと言っていたな?」

「ああ」

「もしかすると、そのケンタウロスはグーボルズの町から逃げ出したケンタウロスの族長であるダンジュスとその仲間なのではないか?」

「どうしてそう思う?」


 低い声でリアンたちを襲ったのがダンジュスとその仲間かもしれないと口にするアリシアにダークは尋ねる。


「私たちがグーボルズの町に攻撃を仕掛けた直後にこの町にいたケンタウロス、ダンジュスたちが西門から町を脱出し、僅か数kmしか離れていないこの林の中で複数のケンタウロスが現れて送迎部隊を襲撃した。ダンジュスたちである可能性は十分あると思ったからだ」

「確かに今までの情報から考えれば十分あり得る。だが、もしダンジュスたちならなぜ町の近くにある林にずっと隠れているんだ? 仲間を見捨てるような最低な奴らなら隠れていないで本拠地まで逃げると思うのだが……」

「これは想像だが、奴らは仲間たちが町の防衛に成功したら何事も無かったかのようにグーボルズの町へ戻るつもりだったのではないか? この近くには高い丘などもあるから遠くの町の様子も窺えるしな」


 アリシアは偶然にもダンジュスの企みを見抜き、林に隠れていた理由をダークに説明した。それを聞いたダークは仲間を見捨てる様な卑怯者ならやりそうなことだと納得し、アリシアと同じようにケンタウロスがダンジュスたちではないかと感じる。

 だが、ダンジュスがやったと決めるにはまだ情報が少ない。ダークはケンタウロスたちの情報をもう少し集める必要があると考えた。


「……アリシア、君の推理はいいところをついている。だが、ダンジュスがやったと決めるにはまだ手掛かりが少ない。もう少し情報を集めてから推理した方がいい」

「ああ、そうだな」

「とりあえず、一度グーボルズの町へ戻るぞ? レジーナたちに報告をしないといけないし、リアンも休ませる必要がある」

「分かった」

「あと、リアンは襲撃して来た連中の唯一の目撃者だ。彼女が目を覚ましたら襲って来たケンタウロスのことを訊いておいた方がいいだろう……祖父を殺した連中のことを思い出すなど、彼女には辛いことかもしれないが、手掛かりを掴めるかもしれないからな」

「それは私が説得する。だが、まずはお爺さんのことを知らせないとな……」


 これからリアンに辛い思いをさせなければならないことにダークとアリシアは低い声で話しながら死体を積んでいる兵士たちの下へ歩いて行く。目を覚ましたリアンを真実を伝えた時にどうするか、アリシアは腕の中で眠るリアンを見つめながら考えた。


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