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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百十九話  ハーフエルフの少女


 グーボルズの町は解放され、町には歓喜の声が広がる。捕らわれていた町の住民や奴隷にされた人々は自由になり町を解放してくれたダーク達に心から感謝した。

 落ち着くと住民達はすぐに亜人連合軍に荒されたり戦いで壊れた町の修繕作業に取り掛かった。他にも倉庫にある食料や酒を解放して空腹を満たしたりなどもする。亜人連合軍に町を占拠されている間、まともな食事を与えられていなかった住民達は飢えていたのか騒ぎながら食事を取った。

 町を解放したセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士や騎士達、共闘した亜人達も修繕作業に手を貸し、少しずつではあるが町に占拠される前の平和な雰囲気が戻っていった。

 一方で亜人連合軍の亜人達は捕らえられて町の住民達が閉じ込められていた倉庫に監禁された。町の住民達の中には当然自分達に酷い仕打ちをした亜人達に恨みを持つ者もいる。だが、女王であるソラの人間と亜人が共存する国にしたいという想いに賛成している為か亜人達へ怒りをぶつけるような言動はしなかった。

 大勢の人が建物の修理や散らばっている瓦礫の片づけをしている街道の中をダークとアリシアが並んで歩いている。ダークの肩には子竜の姿をしたノワールが乗っていた。ダーク達は町の現状を確認しながら何か問題が起きていないかを調べる為に見回りをしているのだ。この場にいないレジーナ達も同じように町の中を見回りに行っている。


「この町が元通りになるには少し時間が掛かりそうだな」

「ああ、亜人達に建物の殆どを壊されてしまっているからな、一ヶ月以上か掛かるだろう」


 ダークとアリシアは並んで歩きながら街道を見回す。自分達が思っていた以上に町がボロボロになっていたのでダーク達は驚いていた。

 亜人連合軍に占拠されている間、町はかなり荒されていた。そんな状態で数時間前に町を解放する為の戦闘が起こり、更に町は酷い状態になってしまったのだ。

 町がボロボロになった責任は自分達にもあると町を解放しに来たセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士、共闘する亜人達も修繕作業を手伝っているが、それでもまだ人手が足りないくらいだった。


「もう少し人手と材料があればもっと早く修繕作業を終わらせることができるんだがな……」

「その為にジバルドの町に救援を要請したんだろう? グーボルズの町の解放が成功した事を知らせるついでに」


 腕を組んで難しい顔をするアリシアにダークが語り掛ける。それを聞いたアリシアはチラッとダークの方を向き、まあなと言いたそうに微笑みを浮かべた。

 ダーク達はしばらくグーボルズの町に留まり、ジバルドの町からベイガード達が到着するのを待って合流した後に今後の戦いについて話し合う事にしている。それまでは町の修繕作業に力を貸しながら休息を取る事にしていた。


「それにしても、一体どういう事でしょうね……」


 さっきまで黙っていたノワールがダークの肩に乗りながら難しい顔をする。それを聞いてダークはノワールに視線を向けた。


「何がだ?」

「西門の事ですよ」


 ノワールが西門の事を口にするとアリシアは反応してノワールの方をチラッと見る。ノワールが気にしていた事はグーボルズの町を解放する時にレジーナとジェイクが見た開いたままの西門の事だった。ダークとノワールもアリシアから西門の事を聞き、どうして見張りの亜人がおらず、西門が開いたままなのかずっと疑問に思い考えていたのだ。


「亜人連合軍が追い詰められた時の唯一の脱出路である西門に見張りが一人もおらず、どういう訳か開きっぱなしになっていたなんて、どう考えてもおかしいですよ」

「私もその事が気になって戦いが終わった後に亜人連合軍の亜人達に訊いてみたんだ。そしたら亜人達は全員が驚いていた」

「驚いていた? 亜人達も西門の事は何も知らなかったって事ですか?」


 少し驚いた様な反応をしながらノワールはアリシアに尋ねる。アリシアはノワールの方を見て一度頷くと腕を組んで小さく俯く。


「亜人達は脱出路である西門には門を確保する為の部隊が配置されていたはずだと、西門も脱出する時まで開けるつもりはなかったと言っていた」

「それはつまり、西門を警備していた部隊が勝手に門を開けたという事か?」

「間違いないだろうな。それから私は亜人達からより詳しい話を聞こうとした。そこへ一人の亜人が近づいて来て、戦いが始まった直後に西門にダンジュスの部隊が来たと言ってきたんだ」

「ダンジュス? 誰だ?」

「ケンタウロスの族長で亜人連合軍を束ねる四人の族長の一人だそうだ」


 アリシアは亜人から聞いたダンジュスの情報をダークに説明する。実はその時アリシアに近づいて来た亜人と言うのはダンジュスが西門に到着する直前まで西門の警備に就いていた亜人だったのだ。

 ダークは立ち止まり、アリシアと向かい合いながら黙って話を聞く。肩に乗るノワールも黙ってアリシアの話を聞いていた。アリシアは話を聞くダークとノワールを見ながら話を続ける。


「その亜人はダンジュスとその部下が西門に来た時に西門の護りは自分達がするからお前達は前線へ行けと指示されたらしい。それを聞いた西門の守備隊は全員が前線へ移動し、私達と戦ったみたいなんだ」

「……その亜人がダンジュスとか言うケンタウロスから指示を受けた時は門は閉まっていたのか?」

「ああ、亜人はそう言っていた」

「そうか……それでダンジュスは捕らえた亜人の中にいたのか?」

「いいや、ダンジュス以前にケンタウロスは一人もいなかった」


 話を聞いたダークは腕を組んで考え込む。アリシアとノワールは考え込むダークを黙って見つめる。

 ダークは今までの情報から戦いの最中に西門で何が起きたのか推理し、二十秒ほど考えた後に顔を上げて目の前に立っているアリシアを見た。


「……恐らく、西門を開けたのはそのダンジュスの部隊だろうな。奴は西門を警備していた部隊は前線へ送り込み、その後に門を開いて町の外へ出たんだ」

「ダークもそう思うか?」


 アリシアはダークの推理を聞くと真剣な表情で低い声を出す。アリシアの発言から彼女もダークと同じように考えていた様だ。


「ああ、ダンジュス達は私達が町に攻め込んできた直後に勝ち目は無いと感じて自分達だけ西門から脱出したんだろう。前線で戦っている仲間に私達の足止めをさせてな」

「なんて卑怯な奴だ……」


 アリシアはダンジュスの行動があまりにも卑劣な事に腹を立て表情を僅かに険しくする。ノワールも不機嫌そうな顔をしながら話を聞いていた。


「ダーク、ダンジュス達はまだこの近くにいると思うか?」

「……分からん。だが、仲間を平気で見捨てるような奴だ。とっくに安全な所へ逃げているだろう」


 ダンジュスはグーボルズの町を離れて既に本拠地であるベーテリンクの町へ逃げたと考えるダーク。それを聞いたアリシアは小さく俯きながら舌打ちをする。仲間を見捨てて逃げるダンジュスに対して酷く腹を立てていた。


「まあ、ダンジュスが何処にいようと、今の私達はこの町から動く事はできない。ジバルドの町からの増援が来るまでは戦いの事は一旦忘れてゆっくりと待つとしよう」

「……そうだな。今日までずっと戦いばかりだったから、息抜きも必要だな」


 アリシアは顔を上げてダークを見上げながら笑って頷く。その表情はさっきまでダンジュスに対して怒りを露わにしていた時とは全然違っていた。

 長い間戦場にいて緊張状態だった為、久しぶりに落ち着ける事にアリシアは嬉しいようだ。ダークはそんなアリシアの表情を見て小さく笑い、ノワールも笑顔を浮かべながらアリシアを見つめている。ダークとアリシアは再び歩き出して街の見回りを続けた。

 街道を出たダーク達は小さな公園の様な広場にやって来た。木々に囲まれてあちこちに修繕作業に使うと思われる道具や木材などが置かれてある。広場の隅にはベンチが幾つも置かれてあり、兵士や町の住民達が座って休んでいた。

 ダークとアリシアが何か異常はないか広場の中を見回す。すると、広場を歩き回る一人の少女の姿が目に入る。その少女は肩にかかる位の長さの濃い黄色の髪をした十代前半ぐらいの少女で少し汚れた青と水色のワンピースを着ており、人間ではあり得ない尖った耳をしていた。どうやら少女はエルフのようだ。

 エルフの少女の手には小さな手持ちかごが握られており、中には色とりどりの小さな袋が沢山入っている。少女が歩きながら広場を見回しているとダークとアリシアが自分を見ている事に気付き、かごを持って二人の下に走って来た。

 

「騎士様、よろしければこのキャンディーを買っていただけませんか?」


 笑いながら少女は持っているかごをダークとアリシアの前に出した。少女は広場で物売りをしており、かごの中に入っている小さな袋にはキャンディーが入っているみたいだ。

 アリシアは少女を見ながら優しい微笑みを浮かべ、ポーチから財布と思われる小さな袋を取り出した。


「ダーク、キャンディーを買うが、貴方はどうする?」


 アリシアは振り返ってダークにキャンディーを買うか尋ねる。訊かれたダークは腕を組みながら少女が持っているかごを見つめた。


「キャンディーか、そう言えば最近甘い物を口にしていなかったな……うむ、私も一つ貰おう」


 ダークの返事を聞いたアリシアは小さく笑い少女の方を向く。少女は一度に二つキャンディーが売れた事が嬉しくて笑みを浮かべた。

 キャンディーの入った袋を二つ受け取るとアリシアは少女に代金を支払い、一つをダークに手渡した。ダークは袋を開ける中に入っているキャンディーを一つ取り出して肩に乗っているノワールに渡す。ノワールは大きく口を開けて受け取ったキャンディーを食べた。


「ありがとう、騎士様」

「君はこの町に住んでいるエルフなのか?」


 アリシアは少し姿勢を低くして少女と視線を合わせるとグーボルズの町に住んでいるのか尋ねると、少女は代金をかごにしまいまながら首を横に振った。


「いいえ、この町の南にある小さな村に住んでいるんです。用事があってこの町に来ていたんですが、村に帰る直前に町が亜人連合軍に襲われて村に帰れなくなってしまったんです。でも、町が解放されたから今日の夕方に村に帰ることになっています」

「そうか、大変だったな。村に戻ったら家族とゆっくり休むといい」


 少女の頭を撫でながらアリシアは優しく語り掛ける。すると少女は暗い顔をしながら俯く。アリシアは少女の顔を見て不思議そうにまばたきをする。


「……家族はいません」

「え?」


 少女の暗い声を聞き、アリシアは思わず声を出す。二人の会話を黙って聞いていたダークとノワールも反応して少女に視線を向ける。ダーク達が見つめていると少女は俯きながらゆっくりと口を開いて言葉の意味を語り出す。

 話を聞くと少女の名前はリアンと言い、人間の父とエルフの母の間に生まれたハーフエルフでグーボルズの町の南にあるイームス村と言う所に家族と暮らしているらしい。両親と父方の祖父と一緒にグーボルズの町に用があって来ていたのだが、村に戻ろうとした時に亜人連合軍が攻めて来て町が占拠され、グーボルズの町で捕虜とされてしまったのだ。

 リアンの両親は二人とも冒険者で亜人連合軍が攻めて来た時に祖父にリアンを任せ、町を護るために戦ったのだが亜人連合軍の力の前に敗北し、命を落としてしまった。

 父と母の死にリアンは大きくショックを受けた。だが、祖父の支えといつまでも悲しんではいられないと言う気持ちから立ち上がり、今の自分にできる事をやろうと広場でキャンディーを売って生活費を稼いでいたのだ。

 広場にあるベンチに座りながらダーク達はリアンの話を聞いていた。ダークとアリシアに挟まれる形でベンチに座るリアンは膝の上にかごを乗せながら俯いている。その表情を暗いままでアリシアはそんなリアンを気の毒そうな顔で見ていた。


「……そんな事があったのか」

「ハイ、父と母が亡くなって祖父が私を育ててくれる事になりました。ですが、祖父だけで私を育てると生活が大変になると思ってこうしてお金を稼いでいたんです」

「そうか……すまなかったな、辛い事を思い出させてしまって」

「いいえ、いいんです」


 アリシアを見てリアンは小さく苦笑いを浮かべる。父と母の死に対してまだ悲しみはあるが、落ち込んではいられないと悲しさを表に出さず笑顔を作っているようだ。


「父と母は死んでしまいましたが、私にはまだ祖父がいますから」


 両親はいないがまだ祖父がいるから寂しくないと小さく笑いながらリアンは語り、それを聞いたアリシアもリアンが思った以上に悲しんでいない事に少し安心したのか微笑みを浮かべる。リアンは微笑むアリシアを見ると空を見上げながら自分の父親と母親の事を思い出す。


 リアンの父親はモンスターとの戦闘で傷を負った母親を助けて村に連れ帰り、傷の手当てをした。最初、父方の祖父を始め、村に住んでいる人達は母親を奴隷商に売って村の生活費にしようと言っていたそうだが、父親はそれに猛反対して母親を守り、傷が治ったらエルフの里へ帰すと言ったそうだ。

 当時は奴隷制度の影響か、母親も最初は父親が何かを企んでいるのではと療養中ずっと警戒していた。だが、父親が本当に自分を助けようとしている事を知って母親は父親に惹かれていき、傷が完治した後も村に残り父親と一緒に暮らすようになったのだ。そして二人の間にリアンができると祖父は孫であるリアンの誕生と二人の関係から引き離す事はできないと感じて二人の仲を許した。

 だが、例え祖父が許しても他の村人達の気持ちに変化は無かった。村人達はリアンの家族を冷たい目で見るようになり、人間と亜人のハーフであるリアンは村の子供達から苛めをを受けるようになる。だがそれでもリアンや彼女の家族は苦痛に耐えながら笑って今日まで生きていたのだ。そしてソラが女王になって奴隷制度が廃止され、亜人が人間と同じ立場で暮らす事ができるようになった時、リアン達は大喜びをし、今まで以上に笑って暮らすようになる。しかし、その直後に亜人連合軍がエルギス教国に宣戦布告し、リアンは父親と母親を失ってしまった。


 リアンは父親と母親の出会い、過去の出来事を思い出しているといつの間にかその事をダークとアリシアに話していた。ダークとアリシア、そしてノワールは真面目にリアンの話を聞いており、話を聞き終えたアリシアはそっとリアンの頭を撫でる。


「リアン、君は強い子だな?」

「いえ、そんな事は……」

「いや、差別を受けながらも笑顔を忘れずに生きていいたなんて、普通ではできない事だ」


 頭を撫でられるリアンは少しくすぐったそうな顔をする。そんな中、リアンは自分の小さな手を見ながら口を動かした。


「私、今はまだ小さいですけど、大きくなったら父や母の様な冒険者になって祖父に恩返しをしたいんです。ですから、私はもっともっと大きくなって、強くなろうと思っています」

「そうか、頑張るんだぞ?」

「ハイ」


 微笑むリアンを見てアリシアはリアンの頭から手をどかし応援する。この時、アリシアは両親を失ってしまった子供を応援するしかできない自分を情けなく思っていた。

 それからベンチに座りながらしばらく会話をしていると、遠くでダーク達を見ながら手を振っている老人の姿が三人の視界に入った。


「あ、お爺ちゃん!」


 老人の姿を見たリアンは声を出し、ダークとアリシアは老人からリアンに視線を向ける。


「君のお爺さんなのか?」

「ハイ、多分迎えに来たんだと思います」


 ダークの質問に答えたリアンはベンチを立ち、かごを持ってダークとアリシアの方を向き頭を下げる。


「それじゃあ、私はこれで失礼します。キャンディー、買ってくれてありがとうございました、騎士様」


 礼儀正しく挨拶をするリアンを見てアリシアは笑みを浮かべ、ダークも小さな声で笑いながらアリシアを見た。


「……アリシアでいい、騎士様と呼ばれるのはちょっと照れ臭い」

「私もダークで構わない」


 名前で呼ぶ事を許すダークとアリシアにリアンは頭を上げて笑みを浮かべる。ダークとアリシアが初めて会った自分に優しくしてくれた事が嬉しいのだろう。


「分かりました。それじゃあ、失礼します。アリシア様、ダーク様」


 リアンは最後にもう一度頭を下げて挨拶をし、祖父の下へ走って行く。祖父は駆け寄って来たリアンを抱きしめ、リアンと会話をしていたダークとアリシアの方を向いて頭を下げる。そしてリアンと祖父は手をつないで広場を後にした。

 二人が去るとダークとアリシアもベンチを立ち、リアンと祖父が歩いて行った方角をジッと見つめた。


「……強い子だな」

「ああ、本当に……」


 心の強いリアンにダークとアリシアは関心し、ノワールもダークの肩に乗りながらしっかりしているリアンに対して少し驚いた様な表情を浮かべている。


「あの子ならどんな困難が起きても乗り越えていけるだろう」

「……そうだな」


 アリシアの言葉にダークは低い声で返事をした。


(確かに乗り越えられるだろう……あの子に生きる希望と気力があればな)


 ダークは腕を組みながら心の中で呟く。ノワールはチラッとダークの顔を見た後に再びリアンと祖父が歩き去っていった方角を見つめる。

 リアンと別れた後、ダーク達はしばらく広場を見回ってから広場を出て次の場所の見回りに向かう。それからいろんな場所を見て回ったがこれと言って大きな問題は起きなかった。

 その日の夕方、グーボルズの町の東門と西門の前の広場では大勢の人が荷馬車に乗り込んでいる姿があった。グーボルズの町が解放されて安全になり、亜人達に捕らえられていた別の町や村の住民が自分達の住んでいる所へ帰る為に荷馬車に乗っているのだ。

 荷車が一杯になると荷馬車は住民を各町や村に送る為に出発する。勿論、護衛として数人の兵士や騎士が同行した。

 西門前の広場では数台の荷馬車が一列に並んで停車しており、荷車に乗れるだけの人が乗ると御者が馬を歩かせて町の外へ出る。その様子をダークとアリシア、そして合流したレジーナ、ジェイク、マティーリアが見守っていた。


「結構自分達の町や村に帰りたがっている奴がいるんだな」

「本当ねぇ、てっきり内戦が終わるまでこの町にいると思ってたんだけど……」

「自分達の村や町にいる家族や友人を安心させたいと思って帰る者もおるのじゃろう」


 荷馬車に乗る人々を見ながらジェイク、レジーナ、マティーリアは意外そうな顔で会話をする。ダークとアリシア、ダークの肩に乗るノワールは黙って人々を見つめていた。

 亜人連合軍に捕らえられていた人の中にはグーボルズの町が制圧される前に町を訪れ、そのまま亜人連合軍に捕らえられて家族の下に帰れなくなった人もいる。そんな人達の家族は今でも心配しているはず、家族を安心させる為にも急いで自分の町や村に帰りたいと思う者もいたのだ。

 ダークが西門前の広場を見ていると、並んでいる荷馬車の荷台の中に数時間前に会ったハーフエルフの少女、リアンと彼女の祖父を見つけた。ダークの隣に立っているアリシアもリアンの姿を確認して意外そうな顔をする。リアンが夕方に村へ帰る事は聞いていたが西門から出るとは思わなかったのだ。

 二人は最後にリアンに挨拶をしようと荷馬車の方へ歩いて行く。レジーナ達は歩いて行くダークとアリシアを見て不思議そうな表情を浮かべていた。


「まさかこっちの門から出るとは思っていなかったぞ」

「え? ……あっ、ダーク様」


 ダークが声を掛けるとリアンは振り返り、少し驚いた顔でダークを見る。ダークの隣にいるアリシアと目が合うとアリシアは笑みを浮かべ、リアンも笑って頭を下げて挨拶をした。彼女の隣にいる祖父も無言で頭を下げる。


「町の南にある村に住んでいると聞いたが、こっちの門から町を出るのか?」

「ハイ、イームス村は西門から出ないと行けない場所なんです」


 リアンの話を聞いてダークは腕を組みながら低い声を出し、アリシアは表情を僅かに鋭くした。

 グーボルズの町の西側周辺にある村などを占拠していた亜人連合軍はグーボルズの町が解放された直後に村を捨てて西の方へ逃げたと報告が入った。きっとグーボルズの町が解放された事で自分達の身に危険が及ぶと感じ、慌てて逃げたのだろう。その為、グーボルズの町の周辺にある村は殆どが解放されていた。

 しかし、西側には村を捨てた亜人連合軍の亜人が身を隠している可能性がある。つまり、西門から出た人達は東門から出る人達よりも亜人と遭遇する危険が大きいのだ。ダークとアリシアは西門から町を出て南へ向かうリアンが亜人達の襲撃を受けるのではと心配していた。

 エルギス教国軍も西側が危険だという事は承知している。だから西門から出る荷馬車の護衛を東門の護衛よりも多くしていた。

 ダークとアリシアは護衛の兵士と騎士の人数を確認して、これなら大勢の亜人と遭遇しない限りは大丈夫だと感じ、とりあえず安心した。


「リアン、村に着くまで彼等が護衛をしてくれる。安心して村へ帰りなさい」

「あ、ハイ、ありがとうござます」


 微笑むアリシアを見てリアンはキョトンとしながら頷く。なぜ目の前の聖騎士は少し前に出会ったばかりの自分をここまで気に掛けてくれるのか、リアンは全く理解できなかった。


「これから色々大変な事があるかもしれないが、お爺さんと力を合わせて頑張るんだぞ?」

「分かりました、ありがとうございます」


 応援してくれるアリシアを見てリアンは頷く。気遣ってくれる理由は分からないが、アリシアは優しい人だという事は分かった。

 ダークとアリシアがリアンと会話をしているとリアンが乗る荷馬車が出発できるようになり、ダークとアリシアは荷馬車から離れる。その直後、リアン達が乗る荷馬車は動き出して西門の方へ進んで行く。リアンはダークとアリシアに向かって手を振り、アリシアも手を振り返す。ダークは遠くなっていくリアンの姿をジッと見ていた。

 リアン達が乗る荷馬車が町の外に出るとレジーナ達がダークとアリシアの隣にやって来てリアンが乗る荷馬車の方を見た。


「……さっきの子、エルフみたいだが、兄貴達、知り合いか?」

「いや、数時間前に偶然会った子だ」

「えっ、そうなのか? それにしては随分と親しそうだったが……」

「それは私ではなくてアリシアの方だな」


 そう言いながらダークは門の外を見ているアリシアを見つめる。ジェイクやレジーナ、マティーリアはまた不思議そうな表情を浮かべてアリシアを見た。

 リアンの家族の話を聞いた時からアリシアは妙にリアンの事を気に掛けていた。一体何がアリシアをそこまでさせるのか、この時のダークには分からなかった。


――――――


 グーボルズの町から南に3kmほど離れた所にある林の中の一本道をリアン達が乗る荷馬車が進んでいた。少し大きめの荷車にリアンと彼女の祖父を含む計十人が乗っている。ただ、荷車に乗っている人の全員がイームス村の住人という訳ではない。何人かはイームス村に用がある為、荷馬車に乗っているだけだ。

 荷馬車の周りを護衛である馬に乗った十二人のエルギス教国軍の兵士と騎士の姿がある。グーボルズの町を出てから既に三十分ほど経過しており、進み具合から、あと十数分ほどで目的地のイームス村に到着するペースだった。

 荷車の上ではイームス村を目指す人達が目を閉じて休んでいた。亜人達から解放されてどっと疲れが出たのだろう。全員が静かに荷車に揺られている。その中でリアンは遠くに見える夕日を見ており、その隣にはリアンの祖父が座ってリアンの横顔を見ていた。


「お爺ちゃん、夕日が綺麗だよ?」

「……ああ、そうじゃな」


 笑うリアンを見て祖父は微笑みながら頷く。亜人連合軍に両親を殺され、今でも悲しいはずなのに祖父を不安にさせない為なのかリアンは笑顔を浮かべている。そんなリアンを見て祖父もアリシアと同じようにリアンは心の強い子だと思っていた。


「ところでリアン、さっき騎士の人達と話をしておったが、あの人達とはグーボルズの町で出会ったのか?」

「ん? うん、お昼にキャンディーを売っている時にあの人達が買って……」


 リアンがダークとアリシアに出会った時の事を祖父の離そうとした、その時、何処からか矢が飛んで来て荷馬車を護衛している兵士の頭部を貫いた。

 矢を受けた兵士は馬から落ち、それを見た他の護衛や荷馬車の御者は驚いて馬を止める。突然止まった荷馬車にリアンと祖父、休んでいた他の人達が驚いて前を見た。


「敵襲だ! 全員円陣を組め、荷馬車を護るんだ!」


 何者かの襲撃に護衛の隊長と思われる騎士が他の兵士や騎士に指示を出し、兵士と騎士達は馬に乗りながら剣を抜いて荷馬車を囲み周囲を警戒する。荷車に乗っている人達は固まって怯えており、祖父もリアンを抱きしめながら辺りを見回す。

 最初の矢が飛んで来てから十数秒、敵は姿を見せず、風が吹く音だけだ聞こえる。それが逆に恐怖で護衛の兵士と騎士達は緊張の表情を浮かべていた。

 兵士の一人が剣を握りながら自分達が来た方角を向くと、林の奥から再び矢が飛んで来てその兵士の首に命中する。首を射抜かれた兵士は剣を落として落馬し、それを見て他の護衛が慌てて周囲を見回す。彼等は矢が何処から飛んで来たのか分からずに混乱していた。


「何処に隠れている!? 出て来い!」


 騎士の一人が隠れている敵に向けて声を上げる。すると今度は手斧が林の奥から飛んで来て騎士の隣にいる兵士の背中に刺さった。飛んで来た時の勢いが強かったのか、手斧は安物の鎧の上から背中に深く刺さり、兵士は声を上げる事無くゆっくりと倒れる。次々と護衛がやられる光景を見てリアン達は震える事しかできなかった。

 生き残っている兵士と騎士が鋭い表情を浮かべて警戒していると林の奥から何かが勢いよく飛び出して来た。数は六つでその大きな影に護衛は驚き剣を構える。飛び出して来たその影の正体は金属の鎧を身に付け、ボウガンや槍、手斧を持ったケンタウロス達だった。そして、その中にはケンタウロスの族長であるダンジュスの姿もある。


「お、お前達、亜人連合軍か!?」


 騎士はダンジュス達の姿を見て驚き、他の兵士や騎士も目を見開いて驚く。ダンジュス達は驚く護衛達を見て不敵な笑みを浮かべていた。


「へっ、予想はしていたが、やっぱりリードン達は負けたか。そのせいで俺達はこうして町の近くに隠れて通りがかった奴等を襲って金品なんかを奪わないといけなくなっちまった。迷惑な話だ」


 ダンジュスはヘラヘラと笑いながらグーボルズの町にいた仲間達の事を語り、それを聞いた他のケンタウロス達も同じように笑っていた。

 実はダンジュスは西門からグーボルズの町を出た後、今いる林にずっと潜伏してグーボルズの町の戦いが終わるのを待っていたのだ。もしリードン達が勝利したら、グーボルズの町へ戻るつもりだったのだが、最初に予想していた通り、リードン達は負けてしまった。本来ならリードン達が負けたのを知ったらすぐに本拠地であるベーテリンクの町に戻るべきなのだが、ただ帰ってしまったら仲間達から馬鹿にされると思い、何か手土産を持って帰ろうと林に隠れて通りがかった者達を襲い、使えそうなアイテムや金銭を奪う事にしたのだ。

 仲間を裏切って町から逃げ出しただけでなく、林に隠れて追剥みたいな事をするダンジュス達。今の彼等は仲間の敵討ちや敵である人間を戦おうなどという考えは無い。ただ、自分達の為に通りがかった人を襲う盗賊と同じだった。


「さ~て、下等な人間ども、誇り高いケンタウロスを相手に何秒持ち堪えられるかなぁ?」

「クウゥッ!」


 力が強く、亜人達の中でも特に機動力が優れているケンタウロス達を目にし、護衛の騎士は僅かに表情を歪める。護衛達の後ろでは荷車に乗るリアン達がケンタウロス達を見て震えていた。

 荷車の上で震えるリアン達を見たダンジュスはニヤリと笑い、周りにいる部下達に指示を出す。その直後、ケンタウロス達は一斉にリアン達に襲い掛かった。


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