第十一話 拠点と新たな仲間
いつもと変わらない平和な昼下がり。アルメニスの町は相変わらず多くの住民や冒険者たちによって賑わっていた。市場で買い物をする者たちに明るいうちに酒場で酒を飲む者たち、文字通り平和と言えた。
町や村の住民たちが平和に笑いながら過ごしている間、騎士団や冒険者たちは町の外に出て様々な仕事を熟している。町が平和なのも彼らが必死でモンスターや盗賊など町に害をなす者と戦っているからだ。つまり平和は彼らのおかげで成り立っている。しかし住民たちはそれが当然のように思っており、騎士団や冒険者に感謝している者は少なくなっていた。だがそれでも、彼らに感謝する者もおり、そんな住民たちを守るために騎士や冒険者たちは戦っている。
冒険者ギルドの施設では今日も大勢の冒険者が依頼を探しに集まってきている。新人の冒険者からベテランの冒険者、軽装備の者や重装備の者、戦士系の職業に魔法使い系の職業など、色んな冒険者が掲示板や受付の前に立っていた。中には施設の隅になる酒場で酒を飲んでいる者もいる。
大勢の冒険者が仲間やギルドの人間と話をしていると、施設の入口の扉が開き、漆黒の全身甲冑を纏ったダークが入ってきた。先に来ていた冒険者たちは入ってきたダークに視線を向ける。ただ、以前のように一斉にダークに注目したり、驚いて黙り込むようなことはしなかった。一部の冒険者が彼を見ながら小声で話す程度で他の冒険者はあまり気にせずに仲間との会話に戻る。つまり、普通の冒険者を見た時のような反応をしていたのだ。
あのベヒーモスの一件から一週間が経ち、ダークはあれからアリシアの力を借りて少しずつ異世界の常識を学びながら冒険者として活動していった。その強大な力のおかげで依頼を次々と完遂していき、あっという間に知名度が上がり、今では三つ星の中でもそこそこ有名な冒険者、という存在になっている。
ダークは肩にノワールを乗せながら受付へ向かって歩いていき、受付嬢のリコの前までやってきた。
「依頼されたマッドマンティスの討伐を終えてきた」
「お疲れさまでした、ダークさん。今日もお早いですね?」
「すぐ近くの森での依頼だったからな。そんなに時間は掛からんさ。まぁ、空でも飛べたらもっと早く戻ってこられるのだがな」
「フフ、そうですね」
リコはダークの軽い冗談を聞くと小さく笑った。初めてダークに会った時と比べると彼女もかなりダークの存在に慣れたらしく、今では普通に対応できるようになっていた。
「それで、他に何か依頼はないか?」
「いえ、今のところ、三つ星の依頼でダークさんに依頼するほどの仕事はありません」
「そうか、ここ数日はずっと依頼を受けてばかりいたからな……」
「最近は毎日のようにいらっしゃっています。たまには休養を取られてはいかがですか?」
ダークの体を気遣ってリコが体を休めることを勧める。その言葉にダークは小さく俯いて考え込む。いくらダークがレベル100とは言っても体は普通の人間と変わらない。つまり、体を動かし、モンスターと戦えば当然疲労も溜まる。ダークは今日まで金を稼ぐためにかなりの量の依頼をこなしてきた。普通なら倒れてもおかしくないくらいほどに。だが、ダークは殆ど疲れを感じておらず、ずっと働き続けていた。これもLMFでステータスを最大まで強化したおかげなのかもしれない。
しばらく黙って考えたダークは顔を上げてリコを見ると小さく頷いた。
「……そうだな。たまには体を休めないと次の依頼に差し支える。そうすることにしよう」
休養を取ることにしたダークを見てリコは小さく微笑む。肩に乗っているノワールもダークが休養を取ると聞いて笑みを浮かべた。
依頼完遂を報告したダークは施設を出ようと出入口の方へ向かう。すると、出入口の扉が開き、アリシアが入ってきた。彼女の姿を見たダークは足を止めた。
「アリシア」
「ダーク!」
ダークの姿を見つけたアリシアは彼の前まで行き、簡単な挨拶をした。
アリシアはベヒーモスの一件でダークと協力して町をベヒーモスから守った功績から自分の隊を全滅させてしまっことに対しての処罰の期間が一週間から三日に減軽され、四日前に騎士団の仕事に戻っている。それからもダークと会って異世界の文字を教えたり、町の案内をしたりなどして今では友人と呼べる関係になっていた。
冒険者や町の住民たちの間では冒険者の黒騎士と騎士団の聖騎士がよく会って親しげに会話をしているところを見て二人が特別な関係にあるのではないのかと噂している者もいる。だがダークとアリシアはそんなことは気にしておらず、今日まで普通に会って会話をしたり、情報交換などをしていた。
「調子はどうだ?」
「普通だ。今も依頼を終えて戻ってきたところだ」
「そうか。あまり無茶はするなよ?」
「ああ、分かっている。リコにもそう言われた」
「フフ、それならいい」
「……ところで、今日はどうしてここに来たのだ?」
「いや、明日から任務で町を出るからその準備のために町に来たんだ。ついでに冒険者ギルドがどうなっているのか確認しようと思ってな」
「新しい任務か?」
アリシアが任務で町を出ると聞いてダークは尋ねる。そんなダークを見てアリシアは真面目な顔で頷いた。
「ああ、ここから南西のあるバルガンスという町の近くにある湿原に盗賊が出没し、近くを通りかかる商人の馬車や旅人を襲うという報告が入った。騎士団は第三中隊にその調査を命じ、その中で私の第六小隊と第八小隊がバルガンスの町へ向かうことになったのだ。そして、盗賊の情報が事実ならそのまま盗賊の討伐、もしくは捕縛をすることになっている」
「なるほど……」
ダークはアリシアの話を聞き、興味がありそうな反応を見せる。
異世界に来てからダークはこのアルメニス以外の町に行ったことがない。そのため、他の町がどうなっているのか気になっていたのだ。
ダークは腕を組んでなにかを考え込む。するとダークはアリシアの顔を見て小声でこんなことを言い出した。
「アリシア、私も同行しても構わないか?」
「え? 明日の任務にか?」
「ああ、私はこっちの世界に来てからこの町以外の町に行ったことがない。この世界で生きていく以上、他の町や村に行って情報を集める必要がある。この機に私はそのバルガンスの町へ行ってその町とその周辺の情報を集めようと思っているのだ」
「なるほどな……」
「ついでに冒険者ギルドがあればそこを覗いて面白そうな依頼を探そうと思ってな」
「え?」
別の町に行って依頼を探すと言い出すダークを見てノワールは思わず声を漏らした。
「マスター、無理をすると今後の依頼に差し支えるから休むことにしようとさっき仰ったばかりじゃないですか?」
「ああ、分かっている。覗くだけだ」
あくまでも依頼を見るだけだと言うダークにノワールは小さく溜め息をつく。アリシアは二人のやり取りを見て、どうしたのだと言いたそうな顔をしながら小首を傾げた。
「それで、どうなのだ? 同行しても問題ないか?」
「え? ああ、私は構わないが……」
「そうか、助かる。まだこの町の周辺にどんな場所があるのか分からないからな。君が一緒にいてくれると非常に助かる」
まだ異世界に来て一週間しか経っていなダークはまだ文字を完全に読めるようになったわけではないため、地図も読めない。そんな状態ではたとえ地図を持って町から出てもすぐに迷ってしまう。文字をスラスラと読めるようになるまで、できるだけ協力者であるアリシアと同行して少しずつ文字や町や村の場所を覚える必要があった。
「連れていってもらう代わり、と言ってはなんだが、もし君たちの任務で私の力が必要になる場合があれば手を貸そう。勿論、無報酬でな」
「え? だが、貴方は休養のためにバルガンスの町へ行くのだろう? それでは休養にならないのでは……」
「連れていってもらうのだからそれぐらいは当然だ。それに助けてもらいっぱなしというのは私のポリシーに反する。少しはカッコつけさせてくれ」
「は、はあ……」
ダークは別の町へ行けることに少し心を躍らせるが、別の町に行くためだけにアリシアたちに同行させてもらうのは申し訳ないと思ったのか、ダークは騎士団に力を貸すという提案を出す。アリシアはたまに見せるダークの不思議で気まぐれな態度に理解できない時があり、よく混乱していた。
同行することが決まり、ダークとアリシアは出発時間やバルガンスの町までの道のりや到着時間などを話しながら施設を出る。すると、何処からか聞いたことのある女の声が聞こえてきた。
「や~っと見つけたぁ!」
「え?」
「……ハァ、またか」
突然の声に驚くアリシアと疲れたような声を出すダーク。ノワールも呆れたような顔になりながら声のした方を向いた。
アリシアとノワールが視線を向けた先にはあの緑髪の女盗賊、レジーナが笑って立っている姿があった。レジーナの姿を見たアリシアは以前財布をすられた時のことを思い出してジロッと睨む。だが、レジーナはそんなアリシアの視線を気にもせずに笑ったままダークに近づく。
「こんな所にいたんだね、ダーク兄さん」
「お前、まだ諦めてないのか?」
「当ったり前でしょう? 兄さんが首を縦に振ってくれるまで諦めないわよ!」
両手を腰に当てながら胸を張るレジーナを見てダークは俯きながら呆れたように首を横に振った。
アリシアは初めて会った時とまるで態度が違い、ダークをダーク兄さんなどと呼ぶレジーナを見てポカーンとしている。
「お、おい、ダーク、どういうことだ?」
「ああ、それは……」
「それは僕が説明します」
疲れたような態度のダークを気遣い、ノワールが代わりにアリシアに説明するためにダークの肩からアリシアの肩へ飛び移った。アリシアの肩に乗ったノワールはダークの周りで動き回るレジーナを見ながら説明を始める。
「あのベヒーモスの一件で彼女はマスターの力に惚れ込んで弟子にしてほしいと三日前からマスターに付きまとってるんです」
「弟子に?」
「勿論、マスターは断りました。自分は弟子など取ったことはないし、暗黒騎士である自分が盗賊である彼女に技術や知識を教えることなんてできないと言って」
「確かに暗黒騎士であるダークでは盗賊を弟子に取るのは無理だな……」
「最初はそれで諦めてくれると思ったんですけど、あの人、レジーナさんは職業なんて関係ないからとにかく強くなるための方法を教えてほしいと言って聞かないんですよ……」
ノワールは困ったような口調で喋りながらレジーナを見つめ、アリシアも呆れ顔でレジーナを見ている。
「お願い、ダーク兄さん! あたしを弟子にして!」
アリシアとノワールから見られていることも知らずにレジーナは長身のダークを見上げ、両手を顔の前で合わせて頼み込む。
ダークはしつこいレジーナを見て腕を組む。三日も付きまとわれては流石に鬱陶しくなってきたようだ。ダークはレジーナを見下ろしながらが赤い目を光らせて低い声を出す。
「いい加減にしろ。何度同じことを言わせる気だ? 私は弟子など取らない。強くなりたければ私なんかよりも同じ盗賊のような職業にしている一流の冒険者を探してソイツに弟子入りすればいいだろう」
「この町に盗賊系の職業を持った優秀な冒険者なんていないよ。いたとしてもベヒーモスを一撃で倒せるようなレベルじゃないわ。あたしは兄さんのような強い人の弟子になりたいの」
「私は暗黒騎士で盗賊であるお前に教える技術など持っていないと言ったはずだぞ?」
「あたしも言ったよ? 技術なんて教えてくれなくてもいい、強くしてくれってね」
先日と同じ内容の会話になったことにダークは呆れ果てる。これ以上彼女に何を言っても無駄だと感じたダークは説得するのをやめることにした。
ダークはアリシアの方を向き、彼女の肩に乗っているノワールを呼んだ。呼ばれたノワールはダークの肩に乗り、それを確認したダークはレジーナの横を通り彼女から離れていく。
「あれ? ダーク兄さん?」
「これ以上お前を説得しても無駄なようだ。だからこれからはお前のことを無視させてもらう」
「ええぇ? ちょ、ちょっと待ってよぉ!」
もう自分を相手にしないと言い出すダークを見てレジーナは流石にマズイと感じたのか少しだけ表情に焦りを見せる。
ダークはレジーナに背を向けたままアリシアの方を向いて手招きする。アリシアは不思議そうにダークの下へ歩いて行き、小首を傾げながら彼を見上げた。
「なんだ?」
「アリシア、折角だ、私の拠点を見ていくか?」
「拠点?」
「前に言っただろう。この町で活動するための拠点を手に入れてそこで生活すると」
「ああ、それは聞いたが、家を買う金が貯まったのか? この町では小さな家を買うだけでも最低10000ファリンは必要なのだぞ?」
「いや、家は買っていない。土地を買っただけだ」
「……は? 土地?」
拠点にする家は買っておらず、土地だけを買ったと言うダークにアリシアは呆然とする。無視されていたレジーナも二人の会話を聞いてなんの話をしているのか興味が湧いたのか耳を傾けていた。
アリシアは話の内容が理解できず、複雑な顔をしながらダークを見つめている。そんなアリシアをダークとノワールは黙って見ていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。土地を買ったって、どういうことなんだ?」
「言ったとおりだ。この町の北東にある空き地の土地を買った。2000ファリンでな」
「では、そこにこれから住む家を建てるということなのか?」
「いや、家は建てん。と言うか、もう拠点はできている」
ダークの言葉の意味が全く理解できないアリシアは混乱する。土地は手に入れても家は建てていない、にもかかわらず拠点は既に完成した。普通に考えれば理解できないことだ。
アリシアは腕を組みながらダークの言っていることの意味を考える。だが、やはり理解できなかった。
「……まぁ、考えるよりも直接見た方がいい」
考えるアリシアを見てダークは彼女を拠点に案内することにした。アリシアもいくら考えても分からないのでダークの言う通り、直接拠点を見ることにし考えるのをやめる。二人はダークの拠点へ向かうために歩き出し、そんな二人の後ろ姿をレジーナは黙って見つめていた。
ダークとアリシアはアルメニスの北東に向かっていく。しばらく街道を歩き、二人は人気の少ない街外れの広場にやってきた。そこには文字通り何もなく、所々に壊れた木箱やゴミが落ちているだけの場所だ。その広場はある貴族が所有していた場所だったのだが、その持ち主の貴族が急死してしまい、土地の受け継ぎをする者もおらず、土地を管理する店、ダークがいた元の世界で言うところの不動産屋に管理されることになった。そんな土地の一つをダークが購入したのだ。
誰もいない広場の中を歩いていくダークとその後に続くアリシア。とても静かで殺風景な広場を見回しながらアリシアは黙って歩く。しばらくするとダークが立ち止まり、アリシアも足を止めた。
「見えたぞ、あれだ」
ダークが指を差す方をアリシアは見つめる。視線の先には広場の隅に建てられている小さな木造の倉庫のような物があり、それを見たアリシアは目を丸くした。
「あ、あれが貴方の拠点か?」
「そうだ」
「……ダーク、いくらなんでも冗談が過ぎるぞ? あんなボロボロの倉庫のような物が拠点だなんて……」
「冗談ではない。私は本気だ」
ダークは倉庫を見つめながら言った。アリシアはダークが自分をからかっているのだと感じ少々不快そうな表情を浮かべる。そんなアリシアを気にせずにダークは倉庫の方へ歩いていき、アリシアはその後を黙ってついていく。
倉庫の前までやってくるとダークはドアノブを掴んでアリシアの方を向く。
「私が冗談を言っているのかどうかはこの中を見てから判断してもらおう」
そう言ってダークは倉庫の扉を押し開いた。アリシアはとりあえず中を確認してみる。すると、中を見た瞬間、アリシアの表情が急変した。
倉庫の中には二十畳ほどの広い部屋があった。テーブルや椅子、キッチンなどがあり、部屋の隅には戸棚や観葉植物が並べられていたのだ。目の前にある小さな倉庫からは考えられないくらいの広い空間が目の前に広がっており、アリシアは言葉を失った。
「な、何だ……これは?」
「フッ、驚いたか?」
「驚いたなんてものじゃない。どうしてこんな小さな倉庫の中にこれだけの広い部屋が……」
「その説明はこれからする。とりあえず入ってくれ」
「あ、ああ……」
驚きながらアリシアは倉庫の中へと入る。ダークも一度外を見回し、誰も見ていないのを確認してから入り、扉を静かに閉めた。
中に入るとダークはアリシアを部屋の真ん中にあるテーブルに座らせる。アリシアは驚きながら部屋の中を改めて見回す。そんなアリシアを見ながらダークは兜を外してアリシアの向かいの席に座り、ノワールもダークの肩からテーブルの上に下り立った。
「ノワール、アリシアにお茶を出してくれ」
「ハイ、マスター」
指示を聞いたノワールはゆっくりと飛び上がる。するとノワールの体が突然大きく光り出し、アリシアは光り出したノワールの体に驚きながら見つめ、やがて光が治まるとそこには一人の少年が立っていた。十から十二歳ぐらいの男の子で黒い短髪に赤い目をしており、頭には茶色い角が二本生え、灰色のローブのような服を着ている。
少年はアリシアの方をチラッと見ると小さく微笑み、キッチンの方へ走っていく。アリシアは突然現れた少年を見て目を丸くしている。驚きの連続で反応もできなくなっているようだ。
「ダ、ダーク、あの子は……」
「ノワールだ」
「ええぇ!?」
目の前にいる少年があの小さなドラゴンであるノワールだと聞かされ、アリシアはようやく声を上げて反応する。
「ハハハハ、流石に驚いたか?」
「驚くどころの話ではない。どういうことだ?」
ダークは状況が飲み込めずにいるアリシアを見て楽しそうに笑う。そしてキッチンでお茶を入れているノワールの後ろ姿を見てアリシアに説明を始めた。
「ノワールが俺の使い魔だってことは知ってるよな?」
「あ、ああ」
「LMFでは使い魔はプレイヤーが仲間を連れずに単身でダンジョンや町の外へ行き、モンスターと戦う場合、一緒に戦ってくれるんだ。ノワールもそうだ、俺が一人でモンスターと戦う時は一緒に戦ってくれる。普段はドラゴンの姿をしているが、戦う場合はああやって人間の姿になって戦ってくれる。因みにドラゴンの姿でも戦えるが人間の姿で戦った方が強いから戦闘の時はいつもあの姿だ」
「つまり、戦う時は人間の姿になるということなのか?」
「そういうことだ。まぁ、こっちに来てから家事を手伝ってもらう時にもああやって変身してもらうんだけどな」
まるで弟を自慢するようにダークはノワールのことを説明する。実際、こっちの世界に来たダークは孤独で、彼にとっては長い間一緒に戦ってくれたノワールは家族も同然だった。
弟を見守るように笑いながらノワールを見ているダークからアリシアは暖かさのようなものを感じていた。外に出ている時のダークは暗黒騎士として冷たさを露わにしているが、兜を外した時のダークはごく普通の青年に見える。二つの性格を使い分けるダークを見てアリシアは感服するのだった。
アリシアがダークとノワールの姿を黙って見ていると、彼女は今自分がいるこの拠点に対する疑問を思い出してフッとダークの方を向く。
「そうだ、それよりもこの拠点はいったいどういう仕掛けになっているんだ? どうしてあの小さな倉庫の中にこんな広い空間がある?」
「ん? やっぱり気になるか?」
「当たり前だ! ちゃんと説明してもらうぞ?」
「……分かったよ。この拠点の秘密はこれだ」
ダークはポーチの中に手を入れて何かを取り出し、それをテーブルの上に置いた。それは手の平サイズのモスグリーンの四角い石で表面に黄色い模様のようなものが描かれてある。
アリシアは目の前の四角い石をまばたきをしながら見つめる。彼女にはそれがただの四角い置物にしか見えなかった。
「なんだ、これは?」
「コイツは拠点作成石、LMFで拠点を使うのに必要なアイテムだ」
「拠点を作るアイテム?」
「LMFでは自分でギルドを作り、そこに他のプレイヤーたちを招待してチームを結成する。そのギルドが活動するための拠点を作るのに使うのがこれだ。コイツは町の中やダンジョン、森の中などいろんな場所で使うことができ、自分たちの好きな場所で好きなように拠点を作ることができる。ただしコイツ一個では小さな拠点一つしか作れない。デカい拠点にするには多くの拠点作成石が必要になる」
「拠点を作るアイテムまで存在するなんて、貴方のいた世界は本当に神の世界なのではないか……?」
「ハハハ、神の世界か……」
アリシアの大袈裟な想像にダークは笑みを浮かべる。
二人が話しているとノワールがティーカップとティーポットを乗せたお盆を持ってキッチンの方から歩いてくる。そしてダークとアリシアの前にティーカップを置き、ティーポットの中の紅茶を入れようとする。因みにティーカップとティーポットはアルメニスで購入した物だ。
「お二人とも、お茶が入りました」
「ああ、ありがとう」
紅茶を入れたノワールにアリシアは微笑みながら礼を言う。ノワールはティーポットを持ち、紅茶をティーカップに注ごうとする。するとノワールは突然手を止めて玄関の方をジッと見た。ダークもチラッと玄関の方を見て表情を鋭くする。アリシアは突然表情が鋭くなった二人を見て不思議そうな顔をした。
「どうした? 二人とも」
「……マスター」
「ああ……」
真剣な表情で話すダークとノワールを見てアリシアも思わず緊張する。
ゆっくりと立ち上がったダークは玄関に近づき、そっとドアノブを掴む。そして、勢いよく引いた。
「ううう、うわああぁっ!」
扉が開かれるの同時にレジーナが声を上げながら俯せに倒れ込み、ダークとノワールは目を細くしながらレジーナを見つめ、アリシアは呆然と倒れるレジーナを見ていた。
「イッタタタタ……あっ」
顔を上げて自分に注目しているダークたちに気付いたレジーナは間抜けな声を出す。ダークは倒れているレジーナの前までやってくると座り込んで彼女を軽蔑するような顔で見下ろした。
「……何をやっているんだ?」
「え、え~っと……アハハハハ」
盗み聞きしているのがバレたことにレジーナは笑って誤魔化す。勿論、それで誤魔化されるほどダークは馬鹿ではない。ダークは倒れているレジーナを起こして拠点内に入れ、事情を聞くことにした。
拠点内に入ったレジーナはダークが座っていた席についてずっと俯いている。これから何をされるのか不安で仕方がないようだ。向かいの席ではアリシアが座っており、その後ろにダークとノワールが立ってレジーナを睨んでいる。
「……さて、まず最初に聞いておくが、なんで玄関の前にいた?」
「え、え~っと……ダーク兄さんの後を追って広場に来たら、倉庫の中に入っていくのを見て、あんな小さい倉庫の中で何をしているのかなぁ~って思って……」
「それで盗み聞きをしたってことか……」
「ハ、ハイ……」
ダークは呆れ顔でレジーナを見つめる。レジーナはダークと視線を合わせることができずに俯き続けた。
(俺とノワールの気配を探る技術はかなり高い。その状態で俺たちが彼女の存在に今まで気づかなかったってことは、彼女がそれだけ気配を消すことに優れているのか? ……いや、俺たちが気付けないとなるとかなりレベルが高いということだ。こんな奴が俺たちに気付かれないほど気配を消せるはずがない。となると、ノワールが紅茶を持ってくるまで彼女は玄関に近づいていなかったということになる)
気配に気づかなかったことからダークはレジーナがどの段階から自分たちの話を聞いていたのかを考える。今までの話からダークの使うアイテムが普通のアイテムではないことにレジーナが気付いていないことまでは分かった。
(つまり、拠点作成石の話は聞かれていないということだ。それはそれで好都合だが、この拠点を見られてしまった以上、俺が只者でないということはバレてしまったか……)
自分が普通の冒険者でないことがレジーナに知られてしまったことにダークは表情を少し歪ませる。ノワールもダークを見てそのことに気付き、彼女をどうしますか、と目で尋ねる。ダークはノワールが何を言いたのか気付いたのか、ノワールを見ながら首を横に振り、少し待つように伝えた。
ダークはテーブル越しでレジーナに顔を近づけ、ジーっと彼女を見つめる。レジーナはダークが顔を近づけたことで驚き、ビクッと顔を上げた。
「……なぜ此処までついてきた? まさか、まだ弟子入りのことを諦めていないのか?」
「も、勿論よ!」
「ハァ……なぜそこまで俺の弟子になりたがる? なぜそんなに強くなりたいのだ?」
レジーナは真面目な顔で質問するダークを見て再び俯き黙り込む。しばらく何も言わずに沈黙が続いていたが、やがてレジーナは顔を上げて本心を口にした。
「……あたしには、小さい弟と妹がいるの。すっごく食べ盛りで元気な一番面倒な年のね」
「ほぉ?」
「実はうちの両親、二人とも死んじゃったんだ。冒険者だった父さんはモンスターとの戦いで、母さんも父さんが死んだことで精神的に追い詰められて、一年前に病気で……それから残されたあたしは弟と妹を養うために冒険者になって必死でお金を稼ごうとしたわ。だけど、二つ星じゃ稼げる金も少なくて、食べ盛りな兄弟を養うにはとても足りなかった……」
「それが俺に弟子入りすることとどう関係があるのだ?」
「ダーク兄さんがベヒーモスを倒したのを見て、この人は凄く強いって確信したわ。この人の弟子になって強くなればすぐに冒険者としてのランクも上がって、もっと報酬の多い仕事を受けることができる。そうすれば弟と妹に贅沢な生活をさせてあげられる。そう考えて……」
「なるほど、それじゃあ、初めて会った時にアリシアの財布を盗んだのも兄弟を養うための金を手に入れるためだったのか」
「うん……」
俯きながら暗い表情を浮かべるレジーナを見てダークたちは黙り込む。彼女は盗賊としてアリシアの財布を盗んだ前科がある。そんな彼女を簡単に信用できるはずがなく、普通の人間なら疑って彼女の話を信用しないはずだ。
だが、ダークはすぐに疑わずにさり気なく探ることにした。
「……その話、本当なのか? この場から逃れるためのデタラメじゃないのか?」
「違う! あたしは家族のことで嘘を言ったことはないわ! ましてや自分が助かるためにそんな嘘はつかない!」
今まで暗い表情をしていたレジーナが感情的になって声を上げる。そんなレジーナを見たアリシアは一瞬驚きの表情を浮かべた。ダークやアリシアの後ろに控えているノワールは真面目な表情のままレジーナを見つめながら暫く黙って彼女を見つめる。
数秒間の静寂の中、ダークとレジーナはお互いの顔を見つめ合う。その光景はまるで相手の本心を探り合うような光景に見えた。やがてダークはレジーナから顔を離して腕を組みながらレジーナを見つめた。
「……どうやら、嘘ではないらしいな」
「ダーク? 彼女の言葉を信じるのか?」
「人間っていうのは感情的になると本音をポロリと口にするものなんだ。コイツは俺が兄弟を自分が助かるために利用したのではないかと言った時に真っ直ぐに俺を睨んで否定した。嘘をついてたのなら、俺と目を合わせるなんてことはできないだろうし、声には力が入ってなかっただろう」
ダークはレジーナの口調から彼女が嘘をついていないことを見抜き、アリシアとレジーナはダークを見つめて少し驚いたような顔をしている。ノワールはダークの考えが分かっていたのか小さく笑いながら彼を見ている。
レジーナの本心を聞き、ダークはしつこく弟子入りを頼み込んでくることが家族のためだと知ると再びレジーナの顔を見つめて黙り込む。そしてダークは小さく溜め息をついてから口を動かした。
「……仕方がないな」
「え?」
「家族のためだと言うなら無下に断るわけにもいかないからな」
「そ、それじゃあ!」
「弟子にはしない。前に言ったように俺は弟子など取ったこともないし、暗黒騎士として盗賊であるお前には何も教えられない。だが、共に依頼を受ける仲間にならなってやる。俺と一緒に依頼を受ければランクも上がるし、かなりの報酬が入るはずだ。それなら家族を養うこともできるだろう」
「……ありがとう」
姉として弟と妹を思うレジーナの意思にダークは遂に折れた。レジーナは弟子にしてくれなくても、自分の力になってくれるダークに笑顔で礼を言う。
ダークは笑うレジーナをジッと見つめる。彼がレジーナを仲間にした理由は彼女の兄弟を想う気持ちに折れただけではない。彼女の盗賊としての技術が今後いろいろと役に立つと思い、仲間にしておこうと考えたからだ。ダークはレジーナの家族のためであるのと同時に自分のためにレジーナを仲間にしたのだ。
レジーナが共に依頼を受ける仲間になったことでダークはレジーナからいろいろな話さなければならなくなった。ダークはレジーナの隣まで移動して彼女の肩に手を置く。
「さて、仲間になったからにはいろいろと約束してもらうぞ?」
「え、約束?」
「まず、此処で見たことは誰にも言わないと約束しろ。勿論、俺の素顔のことも含めてな」
「え? え、ええ、分かったわ」
「あと、俺の仲間になるからには金輪際、盗みなどはするな。もし約束を破ったらお前を騎士団に突き出す。いいな?」
「ハ、ハイ」
半分脅しのようなダークの言葉にレジーナは息を飲みながら頷く。アリシアとノワールは苦笑いをしながらそんなレジーナを見ていた。
「……それにしても、ダーク兄さんって思った以上に若いんだね。兜を被っている時は声も低かったし、てっきり年配者かと思ったわ」
「兜を被っている時は暗黒騎士の雰囲気を出すためにわざと声を低くしたり口調を変えているんだ」
「へぇ……でも、そんなことをする意味ってあるの?」
「俺のこだわりだ」
「あ、そう……」
ダークの妙なこだわりにレジーナが複雑な表情を浮かべる。そこはアリシアと同じ反応だった。
少し熱い性格をした盗賊少女のレジーナが仲間に加わった。盗賊の職業を持つ者が仲間になったことでダークは更にこの世界で活動しやすくなり、冒険者として名を上げることができるようになるだろう。
投稿再開します。正確な更新日は決まっていませんので、気長に更新をお待ちください。