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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百十八話  豪傑の竜達


 マティーリアがリードンと睨み合っている時、ノワールは数m先に立っているティルメリアを黙って見ていた。

 ノワールは魔法が使える為、距離を取って攻撃して来るティルメリアと同じ条件で戦える。少なくともジャーベルの様に一方的に攻撃を受ける事はない。そのせいかノワールは焦りなどを一切見せていなかった。

 ティルメリアを見つめているノワールの後ろで倒れているジャーベルが体の痛みに耐えながらゆっくりと体を起こし、ノワールの後ろで座り込む。そして腕や足に刺さっている矢を痛みに耐えながら引き抜いた。


「大丈夫ですか?」


 後ろで呻き声を出すジャーベルが気になり、ノワールが前を向いたままジャーベルに声を掛ける。ジャーベルはノワールの言葉を聞くと抜いた矢を投げ捨ててノワールの後姿を見つめた。


「ハイ、何とか大丈夫です……」

「そうですか、僕はこれから彼女と戦いを始めます。巻き込まれるといけないので離れていてください」


 ノワールは自分の近くにいるジャーベルを戦いに巻き込まないようにする為に避難するよう伝えた。それを聞いたジャーベルは急いで体に刺さっている矢を全て抜き、言われた通りその場から離れる為に立ち上がろうとする。だが、傷が酷いせいか立ち上がろうとした瞬間に全身に痛みが走り、上手く立ち上がれずに前に倒れてしまう。

 ジャーベルが倒れた音を聞き、ノワールはチラッとジャーベルに視線を向ける。彼の体には幾つもの矢傷があり、出血も酷かった。

 今のジャーベルでは自力で立ち上がる事は無理だと感じたノワールはジャーベルに近づき、服のポケットから赤い液体の入った薬瓶を取り出してジャーベルに差し出す。


「ジャーベルさん、これを飲んでください」

「これは……?」

「ポーションです。これを飲めば動けるようになるくらいは体力が回復します」

「し、しかし、貴重なポーションを俺が貰う訳には……」

「そんな事は気にしないでください。これを飲んで、できるだけ広場の隅へ移動してください」

「……分かりました、すみません」


 そう言ってはジャーベルはノワールからポーションを受け取り、瓶の中に入っている液体を一気に飲み干した。するとジャーベルの体が薄っすらと光り出し体中の矢傷が消えていく。一瞬にして傷が消えたのを見てジャーベルは驚きの表情を浮かべた。

 体の痛みが消えて立ち上がれるようになるとジャーベルはノワールに言われた通り広場の隅へ移動する。ジャーベルが離れるのを確認するとノワールは振り返ってティルメリアの方を向く。視線の先には左手に紺色の弓を持ち、右手で矢筒から矢を抜くティルメリアが笑って立っていた。


「準備は整ったのかい?」

「ええ、たった今」

「そうかい、じゃあ始めますかね」


 ティルメリアは弓を構えてノワールに狙いを付ける。ノワールは構えるティルメリアに杖の先を向けて戦闘態勢に入った。そんなノワールを見てティルメリアは小さく鼻で笑う。

 弓矢は魔法よりも威力が劣るものの、早く矢を放つ事ができる為、魔法よりも隙が少ない。ティルメリアは魔法よりも早く攻撃ができる弓矢を使う自分の方が有利だと考えており余裕の笑みを浮かべていた。しかも相手は幼い少年である為、体力的にも自分に分があると感じ、負けるとは微塵も思っていなかったのだ。

 

「先に言っておくけど、あたしは子供が相手だからって容赦はしないからね?」

「容赦しない? それはこっちの台詞ですよ」

「フッ、言うじゃないか。その強気がいつまで続くが見せてもらうよ」


 ティルメリアはノワールの挑発に乗る事無く笑い続けながら弓矢に気力を送り込む。気力を送り込まれた弓矢は橙色に光り出し、それを見たノワールはティルメリアが戦技を使おうとしている事に気付く。だがノワールは体勢を変えずにジッとティルメリアを睨んでいた。


「鉄貫撃!」


 ノワールに狙いを付けてティルメリアは戦技を発動させる。橙色に光る矢が放たれ、もの凄い速さでノワールの顔に向かって飛んで行く。広場の隅へ移動したジャーベルはノワールが危ないと感じ、目を大きく開きながら驚いていた。

 矢がノワールの顔の十数cm手前まで迫って来た瞬間、ノワールは杖を持っていない方の手で素早く飛んで来た矢を掴む。矢はノワールの顔に刺さる事無くノワールに止められた。その光景を見てジャーベルは驚き、ティルメリアは意外そうな表情を浮かべる。


「へぇ~、あたしの戦技を手で止めるなんてやるじゃないか? さっきのリザードマンと違ってできるようだね」

「この程度、大した事ありませんよ」


 ノワールは手に力を入れて持っている矢を折り、つまらなそうな口調で矢を投げ捨てた。ティルメリアはノワールの言葉を聞いてカチンと来たのか目元が僅かに動く。ダークエルフの族長の娘で魔法弓士を職業クラスにしているティルメリアにとって、先程のノワールの言葉はティルメリアのプライドを傷つけたようだ。


「……今のは聞き捨てならないね? あたしはこう見えたダークエルフの族長の娘で上級職の魔法弓士をやってるんだ。レベルも44で弓の腕にはそこそこ自信があるんだけどねぇ?」

「へぇ、ダークエルフの族長の娘で魔法弓士だったんですか? その割にはレベルが低いですね」


 まばたきをしながらノワールは興味の無さそうな口調で言う。それを聞いたジャーベルやティルメリアは呆然としながらノワールを見ていた。

 レベル94のノワールにとってレベル44は低い数値で魔法弓士もLMFでは中級職として扱われている為、ティルメリアは興味を持つほど強い存在ではないと感じていた。この世界では今のノワールの反応は変だと思われるだろうが、ノワールやダークにとってはそれが普通なのだ。

 ティルメリアはしばらくノワールの事をポカーンとしながら見つめていたが、やがてノワールを睨みつけながら奥歯を強く噛みしめる。自分が誇るレベルと職業クラスに驚くどころか興味の無さそうな反応をするノワールに対し強い怒りを感じていた。


「アンタ、随分とあたしをコケにしてくれるじゃないか? この戦いが終わったらあたしの一番の玩具にしてやろうと思ったけど、気が変わったわ……アンタは玩具じゃなくってあたしの奴隷にしてやるから、覚悟しな!」


 声を上げながらティルメリアは矢筒から新しい矢を抜いてノワールに狙いを付ける。ノワールはティルメリアを見てレベルを低いと言われただけでそこまで怒るのか、と思いながら杖を構え直す。


付与魔法エンチャントマジックサンダー!」


 ノワールを睨みながらティルメリアは魔法を発動させた。彼女の持つ矢が青白く光り、その光る矢でノワールに狙いを付ける。ノワールは魔法の名前と矢の光から矢に雷の付与エンチャントがついた事にすぐに気付く。

 <付与魔法エンチャントマジックサンダー>は付与魔法エンチャントマジックウインドと同じ武器に風の属性を付ける下級魔法。ただこちらは風ではなく雷を纏わせる為、雷に弱い敵や水中にいるモンスターに大ダメージを与える事ができる。更に付与エンチャントされた武器で敵を攻撃をすると一定の確率で相手を麻痺状態にする事ができる。

 ティルメリアは構えてるノワールを睨みつけながら光る矢を放つ。放たれた直後に矢は青白い電気を纏い、真っ直ぐノワールに向かって飛んで行く。その速さはジャーベルに放っていた風を纏った矢以上だった。

 ノワールは飛んで来る矢をジッと見つめながら横に逸れて矢を簡単にかわす。矢は広場の隅に生えている木の幹に刺さり、しばらくすると矢に纏われていた電気が静かに消えた。


「チッ! あれまでかわすとはね……なら、これならどうだ?」


 ティルメリアは後ろへ跳んで距離を取りながら矢筒から矢を取り出して再びノワールを狙う。同時に弓につがえてある矢が青白く光り出した。再びエンチャントマジック・サンダーを使ったようだ。すると、矢が青白く光った後に今度は弓と矢が橙色に光り出し、それを見たノワールは少し驚いた様な反応を見せた。


(青白く光った後に今度は橙色に光り出した……もしかして、付与魔法エンチャントマジックと戦技の組み合わせ?)


 ノワールはティルメリアの持つ弓矢を見て彼女が魔法と戦技を組み合わせて攻撃して来るのかと考えて表情を鋭くする。今まで魔法と戦技を組み合わせた攻撃をして来た者と戦った事が無い為、ノワールも少し本気を出した方がいいと感じたのだろう。その直後、ティルメリアはノワールが予想していた通りの攻撃を行った。


雷鳴尖刃弾らいめいせんじんだん!」


 力の入った声を出しながらティルメリアは矢を放つ。放たれた矢は電気を纏いながらとてつもない速さでノワールに向かって飛んで行く。その速さは先程の電気を纏った矢とは比べ物にならなかった。

 <雷鳴尖刃弾>は付与魔法エンチャントマジックサンダーで雷の属性が付いた矢を更に気力で強化して放つティルメリアオリジナルの上級戦技。気力で貫通力と速度を増した矢に更に電気を纏わせて速度をより高める事ができる。しかも雷の属性が付いており、相手を一定の確率で麻痺させる事もできるのだ。

 電気を纏った矢は真っ直ぐノワールに向かって飛んで行く。この矢は絶対に止める事も避ける事もできないとティルメリアは笑ってノワールを見ている。最初はできるだけノワールを傷つけずに捕らえて玩具にしようと思っていたが、今は自分のプライドを傷つけたノワールを痛めつける事しか考えていなかった。

 ノワールは逃げる体勢は取らず、真っ直ぐ経って矢を見ている。ジャーベルはノワールを見てなぜ逃げないのだと焦りと驚きの表情を浮かべていた。

 矢がノワールの10cm手前まで迫り、ジャーベルとティルメリアが刺さると思った瞬間、ノワールは素手で電気を纏う矢を掴んで止めた。同時に矢に纏われている電気がノワールの体中に走る。だがノワールは痛みを感じておらず無表情で掴んだ矢を見ていた。

 やがて、矢に纏われていた電気は消え、ノワールは矢を軽く投げ捨てる。最初は魔法と戦技を組み合わせた攻撃なので警戒していたが、実際目にすると大した速さでもなかったのでノワールは普通に素手で止めたのだ。

 ノワールが矢を捨てる光景を見たジャーベルとティルメリアは目を見開きながら言葉を失う。


「う、嘘だろう……雷鳴尖刃弾を素手で止めた? あたしの放つ矢の中でも最も速く、英雄級の実力者でも目で追う事のできない速さの矢だぞ……」


 ティルメリアは自分の切り札である戦技がアッサリと止められた事が信じられず愕然としながらノワールを見ていた。ジャーベルもノワールが高速の矢を片手で止めた光景を見て呆然としている。


「……今のが貴女の切り札ですか? さっきの矢と比べると少しは速かったですが、僕には殆ど止まって見えましたよ」

「な、何だ、と……」

「さて、それじゃあ今度は僕が攻撃させてもらいますね?」


 ノワールは攻撃する事を伝えながら持っている杖の先をティルメリアに向けた。ティルメリアはノワールが魔法を使って攻撃して来ると思い、発動される前に攻撃しようと矢を取って構えようとする。だが、それよりも先にノワールが先に動いた。


貫通熱線バーナーレーザー!」


 魔法の名を叫んだ瞬間、杖の先に赤い小さな魔法陣が展開され、そこからオレンジ色の熱線が真っ直ぐティルメリアに向かって放たれ、ティルメリアの腹部を貫いた。


「がはっ!?」


 ティルメリアは腹部から伝わる痛みと熱さに思わず声を漏らす。何が起きたのか理解できずに持っている弓と矢を落とし、腹部を貫く熱線が消えると前に倒れて動かなくなる。貫かれた箇所には丸い傷ができており、傷口の周囲は黒く焦げていた。

 <貫通熱線バーナーレーザー>は火属性の上級魔法で敵に向かって一直線の熱線を放ち攻撃する事ができる。その威力は強力で貫通力も高く、狙った敵の後ろにいる敵にも攻撃する事が可能だ。しかも魔法を受けた相手を一定確率で火傷状態にする事ができるのでLMFでも魔法使いの職業クラスを選んだプレイヤー達に重宝されていた。更にこの魔法はLMFにしか存在しない為、この世界の住人達にとっては未知の魔法の一つなのだ。

 ノワールが一撃でティルメリアを倒してしまった光景を見てジャーベルは目を見開いている。自分があんなに苦戦したティルメリアを僅かな時間、しかも一撃で倒したノワールに驚き、ただジッと見つめている事しかできなかった。ノワールはジャーベルに驚かれている事に気付かずに倒れているティルメリアに近づいて状態を確認している。


「……死んでる。やっぱりレベル44じゃ貫通熱線バーナーレーザーには耐えられないか」


 倒れているティルメリアを見ながらノワールは少し残念そうに呟く。ティルメリアの死を確認するとノワールはティルメリアが持っていた紺色の弓を拾い上げ、他に使えそうなアイテムがないかティルメリアの持ち物を確認する。ジャーベルはアッサリと敵を倒し、普通に敵の持ち物を確認するノワールを見ていた。


――――――


 時は少し遡り、ノワールがティルメリアと戦闘を始めようとしていた時、マティーリアもジャバウォックを構えてリードンと向かい合っていた。二人から少し離れた所ではドルジャスがその場に座り込んで二人の戦いを見ている。

 ドルジャスはマティーリアから傷を治すポーションと毒を消す為の万能薬を貰い、それを使って傷と毒を回復した。そしてマティーリアから代わりに自分が戦うから休んでいろと言われ、離れてマティーリアとリードンの戦いを見物しているのだ。

 ジッとリードンを見つめるマティーリアに対し、リードンは険しい顔でマティーリアを睨んでいた。


「分かっていると思うが、雌だからって手を抜いてもらえるなどとは思うなよ? 俺はそんなに優しい雄じゃねぇからな」

「偉そうな事を言う暇があるのならさっさとかかって来い。妾も忙しいのじゃ、お主の様な小僧といつまでも遊んでなどおられんのだ」

「チッ! いいだろう、そこまで言うのなら望み通りすぐに終わらせてやる!」


 リードンはギフトファングを両手で構え、マティーリアに向かって走り出す。マティーリアは挑発に乗って突っ込んで来るリードンを見ながら迎え撃つ態勢に入った。

 走るリードンはマティーリアを睨みながらギフトファングをを持つ手に力を入れる。するとギフトファングの刀身が濃い緑色に光り出す。それを見たマティーリアはリードンが戦技を使ってくると知り表情を鋭くした。


剣王破砕斬けんおうはさいざん!」


 中級戦技を発動させ、リードンはマティーリアに向かってギフトファングを振り下ろし攻撃する。マティーリアはジャバウォックを横にし、柄の部分でリードンの振り下ろしを防ぐ。柄と刃がぶつかり、高い音が周囲に広がった。二人の戦いをドルジャスは目を見開きながら見ている。

 戦技が防がれるとリードンはすぐに次の攻撃に移った。ギフトファングで連続切りを放ち、とにかく掠り傷でも負わせてマティーリアを毒状態にしようと考えているようだ。

 マティーリアはリードンの連続切りを全てジャバウォックで防ぎ、隙を見てジャバウォックで反撃した。だがリードンも素早く攻撃を回避してマティーリアの側面へ回り込み再びギフトファングで切りかかる。マティーリアはその攻撃をジャバウォックで難なく防いだ。


「ほほぉ、少しはできるようじゃな? 伊達に黒鱗こくりん族の族長はやっておらんという訳か」

「あまり調子に乗るなよ? 今はまだ小手調べをしているだけだ。すぐにそんな口が叩けないようにしてやるぜ!」

「フッ、口だけは本当に達者だな?」

「それはお前だろうが!」


 激高しながらリードンはギフトファングを引くと素早く横切りをする。マティーリアは左から迫って来るギフトファングの刃をジャンプでかわし袈裟切りで反撃した。

 迫って来るジャバウォックの刃をリードンは姿勢を低くして回避し、跳んでいるマティーリアに向かってギフトファングで突きを放つ。切っ先はマティーリアの左足の下腿部分を掠める。


「チッ!」


 刃が足を掠った事でマティーリアは小さく舌打ちをする。逆にリードンはギフトファングの攻撃が当たりニッと笑みを浮かべていた。

 マティーリアは地面に着地すると素早く後ろへ跳んでリードンから距離を取りジャバウォックを構え直す。リードンは離れたマティーリアを追撃する事無くギフトファングを構えていた。


「……掠っただけとは言え、妾に傷を付けた事は褒めてやるぞ」

「ハッ、攻撃を受けた後でも偉そうな口調を続けるか……だが、それもここまでだ」

「何?」

「お前に傷を付けたこのギフトファングは毒剣でな、刃が掠っただけで相手を毒状態にし、動きを鈍らせる事ができるんだぜ?」

「……ほほぉ」


 自慢げにギフトファングに毒が仕込まれている事を話すリードンをマティーリアは興味の無さそうな目で見ている。ギフトファングの毒が体に入っているのにマティーリアは一切焦っている様子は見られなかった。

 リードンは驚かないマティーリアを見て彼女が内心では毒に恐怖しているがそれを表に出さないようにやせ我慢をしていると考えて不敵な笑みを浮かべていた。


「フフフ、コイツの毒は全身に回る時間がとてつもなく早い。そしてすぐに体が重くなり、まともに呼吸もできなくなる。問題無さそうな顔をしているが、本当は体中に毒が回って辛いんだろう? やせ我慢せずに苦しいと言ったらどうだ?」


 既に勝利を確信したリードンは毒の恐ろしさを口にしてマティーリアの心を揺さぶろうとする。戦いを見守っていたドルジャスもマティーリアが傷を付けられた事で驚きの表情を浮かべていた。

 ところが、マティーリアは表情を一切変えず、普通にジャバウォックを肩に担いで後頭部を手で掻いた。


「……悪いが、全然息苦しくないぞ? 体も重くないし何処も痛くはない」

「何?」


 マティーリアの口から出た言葉にリードンは聞き返す。ドルジャスもマティーリアが普通に会話をしている姿を見てまばたきをしていた。


「……ハッ、強がりをしたって無駄だぜ? 毒が全身を回れば立っている事すらできなくなるんだ。すぐに足の力が抜けてお前は……」


 リードンが毒による体の影響を説明しているとマティーリアはジャンプして空中で一回転し、体操の選手の様に華麗に着地する。その後に持っているジャバウォックを片手で回し、体に何の問題も無い事をアピールした。その姿を見てリードンは本当に毒の影響を受けていない事を知り呆然とする。


「ど、どうなってるんだ? なぜギフトファングに傷つけられたのに毒の影響を受けていない?」

「妾には毒は効かん。若殿から貰った特殊なマジックアイテムを装備しているからな」


 そう言いながらマティーリアは自分の左手を見た。左手の人差し指には緑色の宝石が付いた金色の指輪がはめられている。それはあらゆる毒を無効化する毒食いの指輪だ。

 マティーリアはダーク達の仲間になってしばらく経った頃にダークから指輪を貰い、その日からずっと装備していた。その為、彼女は今日まで戦いの最中に毒を受けた事は一度も無かったのだ。


「そ、そんな馬鹿な……ギフトファングの毒を受けないなんて、お前は一体何モンなんだ!?」


 未だにギフトファングの毒が効かない事が信じられないリードンはマティーリアに正体を問う。するとマティーリアは仕方がないな、と言いたそうな表情を浮かべた。


「お主にそれを教えたところで意味など無いじゃろう? お主は此処で死ぬんじゃからな」

「な、何をぉ? ギフトファングの毒が効かないってだけで俺に勝ったつもりか? 毒が効かなくても俺が本気を出せばお前など簡単に捻る潰せる!」

「ほぉ、そうか……お主が本気で来るのなら、妾も本気で戦わないと失礼じゃな」


 そう言ってマティーリアは隠していた竜翼と竜尾を出してジャバウォックを構える。リードンはマティーリアが見せた竜翼と竜尾を見た瞬間にフッと表情を変える。

 

「竜の翼と尻尾……ま、まさかお前は、竜人か?」


 リードンは自分が戦っていた相手がリザードマンが崇める存在である竜人である事を知り、驚きの表情を浮かべた。リードンの様な荒い性格をしている者でも自分達が崇める存在を目にすれば動揺を見せるようだ。

 マティーリアは驚くリードンを見ながらジャバウォックに気力を送り込む。ジャバウォックの刀身が赤く光り出し、マティーリアは戦技を発動させる準備に入る。動揺していたリードンもマティーリアが戦技を発動させようとしているのを見て慌ててギフトファングを構え直して気力を送り、刀身を濃い緑色に光らせた。

 両者ともに戦技を使う準備を終えて、相手をジッと見つめる。マティーリアは鋭い眼光でリードンを睨み、リードンは僅かに動揺が見られる目でマティーリアを見ていた。


「次の攻撃で決着をつける。小僧、死にたくなかったらお主の持つ力全てをぶつけて来い」


 竜人であるマティーリアの言葉にリードンは圧倒されているのか何も言い返せずに汗を流している。マティーリアの正体を知らなかった時とまるで態度が違う。

 マティーリアを見つめながらリードンはこの後どうするか、リザードマンである自分よりも遥かに強い力を持つ竜人を相手にどうすれば生き残れるかを必死になって考える。だが、リードンにはそんな時間すら与えられなかった。


「剣王破砕斬!」


 リードンが考えているとマティーリアはリードンが使ったのと同じ戦技を発動させて力強く地を蹴り、リードンに向かって勢いよく跳ぶ。跳んで来るマティーリアを見てリードンも戦技で迎え撃とうとしたが、マティーリアは竜翼を上手く使って加速し、一気にリードンとの距離を縮める。リードンは一瞬にして自分の前まで迫って来たマティーリアに言葉を失う。

 マティーリアは固まっているリードンに向かってジャバウォックを勢いよく振る。リードンはマティーリアの攻撃をかわす事も防ぐ事もできずにジャバウォックの刃をその身に受けた。切られた箇所からは赤い血が噴き出し、リードンはゆっくりと後ろに倒れる。ギフトファングは宙を舞い、リードンの真横に落ちて地面に突き刺さった。


「チ、チクショウ……これが竜人の力、か……」


 薄れゆく意識の中、リードンは負けた事への悔しさを口にする。なぜこんな所で竜人と出会ってしまったんだ、出会わなければ戦いに勝つ事ができたかもしれないのにとリードンは自身の運命を恨みながら息絶えた。

 仰向けに倒れたまま動かないリードンをマティーリアはしばらく見つめた。やがてジャバウォックを振って刀身に付いている血を払い落とすと刺さっているギフトファングを抜き、ドルジャスの方へ歩いて行く。

 ドルジャスは難なく黒鱗族族長のリードンを倒してしまったマティーリアを目を丸くしながら見ている。そして同時にマティーリアが自分の味方でよかったと心の中でホッとした。そこへティルメリアを倒したノワールと彼と一緒にいたジャーベルがやって来る。ノワールとマティーリアはお互いに相手が使っていた武器を回収してそれを見せ合い、ドルジャスはジャーベルと合流して話し合っているノワールとマティーリアを見ていた。

 

「大丈夫だったか、ジャーベル?」

「ああ、俺は大丈夫だ。ノワール殿のおかげでな」

「そうか……しかし、あのお二人はとてつもない力をお持ちになっているな」

「そうだな、俺もあれほどの力を持つ戦士や魔法使いには会った事が無い」

「俺もだ……何者なんだろうな、あのお二人は……」


 笑いながらアイテムの確認をするノワールとマティーリアを見ながらドルジャスとジャーベルは小声で話していた。


――――――


 町の中央にある商業区の広場では人間軍が亜人連合軍の亜人達を追い詰めている姿があった。モンスター達の攻撃で亜人達を怯ませ、その隙に兵士や騎士達が亜人達に攻撃を仕掛けて態勢を崩していく。共闘する亜人達も一緒に亜人連合軍を攻撃して一人ずつ確実に数を減らしていった。

 進撃する人間軍の中にはダークの姿もあった。ダークは先陣を切り、大剣を振り回して多くの亜人達を薙ぎ払いながら他の兵士や騎士達が進む道を切り開いていく。そのダークの勇士に人間軍が興奮の声を上げ、亜人連合軍は驚きの声を上げていた。


「このまま商業区を制圧する。敵に反撃の隙を与えず一気に押し進め!」

『おおーーっ!』


 ダークの言葉でセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達、そして共闘する亜人達は一斉に声を上げて敵に突っ込んでいく。亜人連合軍は人間軍の勢いと人数に圧倒されて戦意を失い、殆どの亜人達が後退していた。

 戦意を失っていない亜人達は必死に応戦するが多勢に無勢、抵抗も空しく倒されてしまう。仲間が倒された光景を見て亜人達は更に戦意を失い、声を上げながら逃げていく。


(これならグーボルズの町もすぐに解放されるな。西門も確保したってアリシアから連絡もあったし、あとは敵の指揮官を倒せば俺達の勝ちだ)


 進撃する兵士達の中でダークはその場を動かずに逃げていく亜人と進撃する仲間達を見つめながら勝利を確信する。この勢いなら亜人達ももう押し戻す事はできないと気付いて投降するとダークは思っていた。

 ダーク達に押されていた亜人は全速力で広場の出口へと走って行く。すると、亜人達の目の前に青白い雷が落ち、その轟音と衝撃に亜人達は驚いて足を止める。亜人達を追っていた兵士達もその落雷に驚いて急停止した。

 兵士達が驚いていると上空からノワールがゆっくりと下りて来て雷が落ちた場所、つまり逃げる亜人達の目の前に下り立った。どうやらさっきの落雷はノワールの魔法だったようだ。

 亜人達が突然目の前に現れたノワールに驚いてると、ノワールは持っている一本の剣を掲げて亜人達に見せる。それは黒鱗族族長であるリードンが持っていた毒剣ギフトファングだった。


「亜人連合軍に告げます! 貴方達の指揮官である黒鱗族族長リードン、そしてダークエルフの族長の娘であるティルメリアは倒しました。もう貴方達に勝ち目はありません、潔く投降してください!」


 広場にいる亜人達に聞こえる様にノワールは大きな声でリードンとティルメリアを倒した事を伝える。それを聞いたダークは兜の下でノワールが指揮官を倒したかと笑みを浮かべた。

 ドルジャスとジャーベルを救出した後、ノワール達は仲間の部隊と合流して進攻を再開した。そこで捕まえた敵の亜人からリードンがグーボルズの町にいる亜人連合軍の指揮官である事を聞かされ、指揮官を倒した事を亜人連合軍やダーク達に知らせる為、ノワールはマティーリアからギフトファングを借りて町の中央にある商業区に飛んで来たのだ。

 亜人連合軍はノワールが持っているギフトファングを見て本当にリードンが倒された事を知って驚愕の表情を浮かべた。指揮官を失ってしまった以上、もう自分達に勝ち目は無いと悟った亜人達は逃げるのをやめて、持っている武器を手放す。

 投降した亜人達を見たノワールは遠くで自分を見ているダークの方を向いて頷く。その頷きを見たダークはノワールが何を伝えたいのかを悟って頷き返した。


「亜人達を拘束しろ!」


 ダークの指示を聞き、兵士達は戦意を失った亜人達に駆け寄る。武器を回収し、抵抗できないよう手首をロープで縛るなどしてその場に座らせた。

 亜人連合軍の部隊が大人しく地面に座り込む姿を確認したダークがノワールのいる方を向くとノワールが笑いながら駆け寄って来る姿が視界に入った。


「ノワール、大丈夫か?」

「ハイ、何も問題はありません」


 駆け寄って来たノワールにダークが異常はないか尋ねるとノワールは微笑みながら頷く。そんなノワールを見てダークは小さく笑う。


「まさかお前が敵の指揮官を倒していたとはな、お手柄だぞ」

「いいえ、偶然出くわしただけです」

「フッ、そうか……そう言えば、マティーリア達はどうした? 一緒に行動していたんだろう?」

「ハイ、マティーリアさん達は他の場所で戦っているアリシアさん達や亜人連合軍に指揮官であるリードンを倒した事を知らせいに向かいました。すぐに町中の亜人連合軍は大人しくなるでしょう」

「そうか……なら、それまでに私達も残りの仕事を終わらせるとしよう」

「ハイ!」


 ダークとノワールは近くにいるエルギス教国軍の兵士に声をかけ、これからやるべき事について話し合いをする。兵士も真剣な顔で亜人達をどうするか、町を解放した後に何をするかなどをダーク達と相談した。

 それから三十分後、グーボルズの町にいる亜人連合軍は指揮官であるリードンの死を聞かされて全員が投降し、グーボルズの町は解放された。


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