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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百十七話  窮地の緑鱗族


 グーボルズの町の南西にある倉庫地区、大小様々な大きさの倉庫が並んでいる広場でも人間達と亜人達の激戦が繰り広げられている。人間軍の部隊の中にはエクスキャリバーを振るアリシアの姿もあった。

 亜人連合軍に捕らえられた奴隷達は倉庫地区の倉庫に閉じ込められているという情報を掴み、救出部隊であるアリシア達は急ぎ倉庫地区へ向かった。そしてそこを警備している亜人連合軍の部隊と遭遇し、戦闘が始まったのだ。

 アリシアと彼女の率いる部隊が倉庫を警備している亜人達を一体ずつ確実に倒していく。レベル97のアリシアがいる為、人間軍は苦戦する事なく僅かな時間で倉庫が並ぶ広場を制圧できた。


「よし、これで全ての敵を倒したな」


 アリシアは最後の亜人を倒すと他に敵がいないか周りを見回して確認する。周りには自分と同じように他に敵がいないか警戒するセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達の姿があるだけで敵である亜人の姿は無かった。

 敵がいないのを確認したアリシアは目の前にある大きな倉庫を見上げる。先程まで亜人連合軍は目の前の倉庫を警備していたのでこの中に捕虜や奴隷達が閉じ込められているとアリシアは確信していた。

 倉庫の入口である扉に近づいてアリシアは扉を開けようとする。だが、扉には南京錠が掛けられており開く事ができない。警備していた亜人の誰かが鍵を持っているのだろと考え、普通なら亜人の死体を調べて鍵を探すのだが、アリシアは鍵を探そうとしなかった。

 アリシアはエクスキャリバーを鞘に納めると南京錠を右手で持ち、それを勢いよく引っ張る。すると南京錠は高い音を立てながら壊れ、扉はいとも簡単に開いた。レベル97であるアリシアにとって南京錠を素手で壊すなど簡単な事だ。

 周りにいる兵士達は道具を使わずに南京錠を壊したアリシアを見て目を丸くしながら驚く。アリシアは周りの視線を気にもせずに扉を開ける。中にはボロボロの服を着せられたグーボルズの町の住民達の姿があった。その中にはエルフなどの亜人の姿もある。人間達との共存を望み、亜人連合軍に捕まった亜人達だろう。

 住民達は扉を開けたアリシアの姿を見てざわつき出す。アリシアは扉を全開させると倉庫の中へ入り、住民達を見ながら口を動かす。


「皆さん、落ち着いてください。私達は皆さんを助けに来た者です」

「助け? 助けに来てくれたのか?」

「本当か? 亜人連合軍はどうなったんだ?」

「戦いは終わったの?」


 アリシアの言葉を聞いた住民達は立ち上がったり、顔を上げたりなどしてアリシアを見ながら色んな事を尋ねて来る。まだ現状を理解できておらず、殆どの住民達が混乱していた。


「落ち着いてください。まだこの町には大勢の亜人がいます。我々の仲間達がこの町を解放する為に今も亜人連合軍と戦っています」


 騒ぐ住民達を真剣な顔で見つめながらアリシアは冷静に現状を説明する。アリシアの言葉を聞いた住民達は少しだけ落ち着いたのか騒ぐのをやめてアリシアの話に耳を傾けた。


「皆さんは戦いが終わるまでこの倉庫の中に隠れていてください。その間、私達は皆さんを守りながら他の捕虜や奴隷とされた人達を解放します」


 自分達を守るというアリシアの言葉を聞いた住民達は安心したのかその場に座り込んだり、安心と嬉しさのあまり泣き出したりする。長い間亜人達に苦しめられ、恐怖を植え付けられた町の住民達にとってアリシアの言葉は苦痛から解放される救いだったのだ。


「他の捕らえられている人達も解放したいのですが、この倉庫以外に捕虜の方々が捕らえられている場所はありますか?」

「こ、此処意外にあと二ヵ所、住民達や町にいた冒険者達が閉じ込められている倉庫があります」


 一人の男が他にも捕虜が閉じ込められている倉庫がある事を話し、それを聞いたアリシアや兵士達は男に視線を向ける。


「そうですか……ではその倉庫の場所と教えてくださいますか?」

「ハ、ハイ」


 男が返事をすると近くにいた兵士が男から倉庫の場所を詳しく聞き、アリシアは倉庫の中を一通り見た後、倉庫の外に出て外の様子を確認する。

 外ではセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士や騎士が倉庫の周りを見回して敵の姿がないか警戒している。何人かの兵士は地図を見て今自分達がいる位置から他の倉庫までの距離や敵が来るならどの方角から攻めて来るかなど話し合っていた。


「全ての捕虜や奴隷にされた人達を保護したらそのままその人達の警護か……本来なら私もダーク達と共に亜人達と戦うべきなのだが、誰かが住民達を守らないといけないから仕方がないな」


 レベルの高い自分もダーク達と共に亜人連合軍と戦い、町の解放に就くべきなのだが町の住民達を守る為なので仕方がないとアリシアは自分自身に言い聞かせる。他国とは言え、騎士として民の為に敵と戦う事ができない事にアリシアは少しだけ悔しさを感じている様子だった。

 アリシアは倉庫の周りを見回していると彼女の頭の中に声が響く。


「アリシア姉さん」

「レジーナか?」


 頭の中に響くレジーナの声を聞いたアリシアは返事をする。レジーナがメッセージクリスタルを使ってアリシアに連絡を入れてきたようだ。

 アリシアの近くにいた兵士達は誰かと会話をするアリシアをまばたきをしながら不思議そうに見た。メッセージクリスタルで連絡して来たレジーナの声はアリシアの頭の中に直接届く為、アリシア以外にはレジーナの声は聞こえない。だから近くにいた兵士達はアリシアが突然独り言を言い出したのだと思い驚いたのだ。

 周りの兵士達の視線に気づいたアリシアは一瞬驚きの表情を浮かべるが、兵士達をチラチラと見ながら大きく咳き込む。アリシアを見ていた兵士達は慌てて自分達の仕事に戻る。誰も自分の方を見ていない事を確認したアリシアはレジーナとの会話に戻った。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。それよりどうしたんだ?」

「あ、うん……たった今、西門前の広場にたどり着いたわ。ジェイク達も一緒」

「そうか……それでどうだ、上手く西門を確保できそうか?」

「それが……」


 アリシアが尋ねると頭の中に響くレジーナの声が低くなった。それを聞いたアリシアの表情が僅かに変わる。


「どうした? もしかして確保に手間取っているのか?」

「いいえ、手間取ってはいないわ」

「じゃあ何なんだ?」

「……いないの」

「は?」


 レジーナの言葉の意味が分からずアリシアは声を漏らす。周りの兵士達はアリシアの声を聞き、一斉にアリシアの方を向いた。


「いないって、どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。西門には見張りの亜人が一人もいないの」

「何だって!?」


 亜人連合軍の唯一の逃げ道である西門に見張りがいない、それを聞いたアリシアは驚いて思わず声を上げる。兵士達もアリシアの声に驚いて目を見開く。

 アリシアが驚いている時、西門前の広場には光るメッセージクリスタルを持つレジーナがおり、その隣にはジェイクが立っている。周りには数人のセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士、共闘する亜人の姿があり、全員が目の前にある大きな西門を見上げていた。

 西門前の広場には西門を守備する亜人連合軍の亜人の姿は無く、バリケードと思われる木箱や予備の武具などが並べられていた。西門の上にある見張り台や城壁の上にも亜人の姿は無い。ただ、完全に開いていた西門だけがレジーナ達の視界に入っていた。


「見張りがいないって、どういう事だ? 詳しく説明してくれ」


 メッセージクリスタルからアリシアの声が聞こえ、レジーナは視線を西門から手に持っているメッセージクリスタルに向ける。隣にいるジェイクもレジーナが持つメッセージクリスタルを見下ろした。


「あたし達が西門に辿り着いた時には亜人達は何処にもいなかったのよ。ただ武器や防具なんかが広場に残されて西門が開いてたわ」

「……ちょっと待て、西門が開いてた?」

「ええ」

「どういう事だ? 唯一町から脱出できる西門に見張りがおらず、門を開けっぱなしにするなんて……」


 アリシアは亜人連合軍の行動の意味が分からずにいた。メッセージクリスタルから聞こえてくるアリシアの悩む声を聞いてレジーナ達も同じように悩む。


「あたし達が西門に来るまでの間、一度も亜人連合軍の部隊とは遭遇してなかったから、あたし達が途中で西門の守備隊と遭遇し、彼等を倒したってのは無いわね」

「そうだな。そもそも脱出路を確保せずに敵と戦いに行くなんて事、亜人連合軍の馬鹿どもでもしねぇだろう」


 難しい顔をするレジーナの言葉にジェイクは頷きながら答えた。

 レジーナ達は西門に着くまでの間に敵と遭遇して戦力が低下する事を警戒し、敵と遭遇しにくい道を選んで西門へ向かった。その為、西門に向かうまでの間、一度も亜人連合軍の部隊などとは遭遇していなかったのだ。


「もしかして、あたし達が町に侵入した事に気付いて西門を見張りだけ先に逃げちゃったんじゃないの?」

「それの可能性もあるが、そう判断するには情報が少なすぎる」


 一体西門の守備隊は何処にいるのか、アリシアやレジーナ達は難しい顔をしながら考える。

 この時、西門の守備隊はダンジュスの指示を受けて町の東で戦っているリードン達の救援に向かっていた。ダンジュスは自分達が西門を確保すると言って守備隊を西門から遠ざけると西門を開いて部下を連れて町から脱出したのだ。

 ダンジュスが仲間を見捨てて逃げたという事はレジーナ達や亜人連合軍の亜人達の誰一人として気付いていない。


「……とにかく、お前達はそのまま西門を確保しておいてくれ。ダークには私から伝えておく」

「分かったわ。アリシア姉さんはどうするの?」

「引き続き、捕らえられている町の住民達の救出をする。その後は彼等の警護に就く」

「分かった、気を付けてね?」

「お前達もな」


 レジーナの忠告を聞いたアリシアはどこか嬉しそうに声で返事をする。その直後、レジーナが持っていたメッセージクリスタルは砕け散り、光の粒子となって消滅した。

 アリシアへの連絡が終わるとレジーナとジェイクは周りにいる兵士や亜人達に指示を出す。兵士達は開きっぱなしの西門を閉じ、数名を見張り台と城壁の上へ移動させて周囲の警戒を指せる。レジーナとジェイクは西門の前に移動して街の方を向いて敵が来ないか警戒した。


「……どう思う?」

「何がだ?」

「此処を護っていた亜人達よ。逃げ出したと思う?」

「さあな、俺にはさっぱり分からん」

「もし逃げ出したんだとしたら、亜人連合軍の中には平気で仲間を見捨てる最低なクズ野郎がいるって事になるわね」

「レジーナ、それぐらいにしておけ。姉貴が言ってただろう、そう判断するには情報が少なすぎるって? その事は後で考えればいい、今はこの敵の退路を塞ぐ事だけに集中しろ」


 ジェイクが止めるとレジーナは口を閉じ、広場の周辺に敵がいないか警戒する。ジェイクもスレッジロックを肩に担ぎながら街の方を向く。兵士達もそれぞれ配置について周辺を警戒した。

 その頃、ドルジャスとジャーベルがリードンとティルメリアを相手に苦戦していた。二対一で互角に戦えていたのにティルメリアがリードンに加勢した事でドルジャスとジャーベルは一気に不利になってしまったのだ。

 リードンが振り下ろすギフトファングをドルジャスは横へ移動して回避すると素早くリードンの側面へ回り込んでサンダーブレードで反撃する。だが、リードンはドルジャスの攻撃を簡単にかわしてギフトファングで再び攻撃した。ドルジャスは後ろへ跳んでリードンの攻撃をギリギリでかわして一旦距離を取る。リードンは離れたドルジャスを見てニッと笑う。


「どうした、さっきまでと勢いが違うぞ?」

「クウゥ!」

「どうやらお前は仲間と一緒に戦わねぇと俺に傷を付ける事もできないみたいだな?」


 笑いながら挑発するリードンをドルジャスは歯を噛みしめながら睨みつけた。そんなドルジャスを見てリードンは愉快に笑い続ける。

 確かにリードンの言う通り、ドルジャスはジャーベルと一緒に戦ってリードンと互角に戦い、ダメージを与える事ができた。だが今はドルジャス一人でリードンと戦っている。最初に一人でリードンと戦い、防戦一方になっていた時と同じ状態になっていた。


「お前一人じゃ俺には勝てない。潔く負けを認めろ、今負けを認めるのなら楽に死なせてやるぞ?」

「寝ぼけた事を言うな! 勝てないからって何せずに死を受け入れるなんて事ができるはずないだろう!」


 ドルジャスは怒鳴りながらサンダーブレードを両手で強く握る。リードンはそんなドルジャスを見て呆れた様な表情を浮かべギフトファングを構え直した。

 いくらジャーベルがいなくて不利な状態になっているからと言って諦める訳にはいかない。戦士として最後まで諦めずに戦うのが本当の戦士だとドルジャスは考え、不利になっても闘志を燃やし続けていた。


「なら、俺の慈悲を拒絶した事をタップリ後悔するんだな?」


 リードンはそう言ってドルジャスに向かって走り出す。リードンもサンダーブレードを横に構えながら走って来るリードンに向かって行った。

 ドルジャスとリードンから少し離れた所ではジャーベルがティルメリアと戦っている。ただ、ティルメリアはジャーベルの攻撃が届かない民家の屋根の上から矢を放ち、一方的な攻撃をしている為、それを戦いと言えるのは微妙なところだった。

 民家の上に立つティルメリアは広場にいるジャーベルに向かって矢を放ち攻撃する。ジャーベルは飛んで来る無数の矢をアイスタバールで防ぎ続けた。ジャーベルは安全な屋根の上から攻撃してくるティルメリアを鋭い目で睨みつける。


「こっちの攻撃が届かない場所から攻撃するなど、卑怯だぞ」

「卑怯? ハッ、これは決闘じゃない、ただの殺し合いなんだぞ? 殺し合いに卑怯も糞もないだろうが。そもそも弓使いのあたしが接近戦を得意とする戦士と同じ場所で戦う訳ないだろうが」

「チッ、屁理屈を……」


 馬鹿にする様な笑みを浮かべるティルメリアを見ながら舌打ちをするジャーベルはアイスタバールを構え直しながら足位置をずらす。攻撃が届かない以上、ジャーベルにできるのはティルメリアの攻撃を凌ぎ続け、ティルメリアの矢筒を空にする事だけだった。

 矢が無くなればティルメリアは攻撃する事ができなくなり結果的に倒した事になる。ティルメリアの動きを封じた後にドルジャスの援護に回ろうとジャーベルは考えていたのだ。しかし、ティルメリアもジャーベルの狙いに気付いており、矢が無くなる前にジャーベルを倒そうと考えていた。

 ティルメリアは矢筒から矢を取り出すと持っている紺色の弓で矢を放ちジャーベルに攻撃する。飛んで来る矢にジャーベルは意識を集中させ、ギリギリまで近づけてからアイスタバールで叩き落す。普通の矢であれば問題無く防ぐ事ができた。


「やっぱ、普通に矢を放っても防がれちまうか……じゃあ、これならどうかな?」


 余裕の表情を浮かべながらティルメリアは新しい矢を取り出してジャーベルを狙う。ジャーベルも次の攻撃に備えて防御の態勢に入る。すると、ティルメリアが持つ弓と矢が橙色の光り出し、それを見たジャーベルは目を見開く。


「戦技か!」


 ティルメリアが戦技を使ってくる事を知ったジャーベルは咄嗟に後ろへ跳んで距離を取り、再び防御の態勢に入る。戦技は普通の攻撃よりも威力も速度も高い。距離を取った方が対応しやすいとジャーベルは思い後ろへ跳んだのだ。

 ジャーベルが離れたのを見たティルメリアは余裕の表情を崩さずに小さく笑いながら弓と矢に気力を送り続ける。


鉄貫撃てっかんげき!」


 ティルメリアは弓とボウガンの下級戦技を発動させて矢を放つ。矢は橙色に光りながらもの凄い速さでジャーベルに向かって飛んで行く。

 迫って来る矢を見てジャーベルは意識を集中させ、アイスタバールを勢いよく横に振る。アイスタバールの刃と矢がぶつかって矢が叩き落とされた。ぶつかった瞬間に強い衝撃が腕に伝わり、その痛みでジャーベルは僅かに表情を歪める。だがすぐに痛みは引いてジャーベルは払い落とした矢を確認してからティルメリアに視線を向けた。

 自分の戦技を止めたのを目にし、ティルメリアは少し意外そうな様子でジャーベルを見つめている。しかしすぐに笑みを浮かべて右手で自分の髪を捩じり余裕があるのをジャーベルに見せつけた。


「やるじゃないか、あたしの戦技を止めるなんて?」

「俺が今まで使っていた武器では止める事はできなかっただろう。だが、この武器ならお前の戦技を止める事もできると思っていた」

「へぇ~? 確か魔法武器だったよね、それ? それならあたしの戦技が止められるのも仕方がないね」


 ジャーベルとドルジャスがリードンと戦っていた光景を見ていたティルメリアはジャーベルが持っているアイスタバールが魔法武器である事を知っており、戦技を防がれても驚かずに納得する。

 だが、戦技を防がれたにもかかわらず、ティルメリアの顔からは余裕が消えない。ジャーベルはティルメリアがまだ何か隠していると感じ、警戒を強くした。


「戦技が通用しないのなら、あの手で行くしかないね」


 ティルメリアは呟きながら矢筒から矢を抜き取る。だが、なぜかジャーベルを狙わず、手に持つ矢をジャーベルに見せた。ジャーベルはティルメリアの行動の意味が分からずに黙ってティルメリアと彼女が持つ矢を見つめる。


付与魔法エンチャントマジックウインド!」


 小さく笑いながらティルメリアが喋るととティルメリアが持っている矢が緑色に光り出す。見た目は先程の戦技と似ているが光の色が違っていた。

 ジャーベルはティルメリアが持つ矢を見て今度は何をして来るのだと身構えた。ティルメリアは構えたジャーベルを見ると素早く光る矢を放ちジャーベルに攻撃する。すると、放たれた直後に矢は風を纏い速度を上げた。


「何っ!?」


 突然速さが増した矢を見てジャーベルは驚く。あの矢を武器で防ぐのは難しいと感じたジャーベルは咄嗟に右へ跳んで矢を回避する。だが、回避が遅かったのか左腕に矢が掠り小さな傷を負ってしまう。すると、傷を中心に風が発生して左腕に幾つもの切傷ができる。

 無数の切傷による強烈な痛みが襲い、ジャーベルは歯を噛みしめながらその場で片膝を付く。民家の上からジャーベルの様子を見ていたティルメリアは楽しそうに笑う。


「ハハハハ、流石に今のはかわせなかったみたいだね?」

「ううぅ……今の、まさか魔法か?」

「その通り、あたしは魔法弓士だからね」


 自分の職業クラスをティルメリアは自慢げに語り、ジャーベルは左腕の傷を押さえながらティルメリアを睨んだ。

 <付与魔法エンチャントマジックウインド>は武器に風の属性を加える事ができる風属性の下級魔法だ。この魔法を発動すると武器による攻撃が風属性となり、風属性に弱い敵に大きなダメージを与える事ができるようになる。ただし、一定時間が経過すると魔法の効果は消えてしまうので、その点を考えるとサンダーブレードやアイスタバールの様な最初から属性を持つ魔法武器の方が使いやすいと言える。だが、色んな属性攻撃をする事ができる為、LMFでは多くのプレイヤーが付与魔法エンチャントマジックを習得していた。ジャーベルの左腕にできた無数の切傷も矢に付与エンチャントされていた風によって発生した真空波によるものだったのだ。

 ジャーベルはティルメリアが魔法による属性攻撃までできる事を知って微量の汗を流す。普通の弓使いならともかく、魔法弓士を相手にするのはキツイと感じていた。


「フフフ、今の一撃を受けてかなり気力と体力が削がれたみたいだね。そんな調子でいつまで持ち堪えらるのかねぇ?」


 ティルメリアはジャーベルの表情を見ると不敵な笑み浮かべながら新しい矢を手に取り、ジャーベルに狙いを付ける。ジャーベルも左腕の痛みに耐えながらアイスタバールを構え直した。


付与魔法エンチャントマジックウインド!」


 ジャーベルを狙いながらティルメリアは再び魔法を発動させて矢を緑色の光らせる。それを見たジャーベルはまた同じ攻撃が来ると先程以上に警戒心を強くし、弓を構えるティルメリアに意識を集中させた。

 ティルメリアは自分を睨むジャーベルを見るとニッと笑い矢を放つ。放たれた矢は風を纏い、速度を上げてジャーベルに迫る。だがジャーベルはティルメリアに意識を集中させていた為、今度はティルメリアの放った矢を上手くかわす事ができた。

 矢を回避できてジャーベルは心の中でよし、と呟きすぐに次の攻撃を回避する態勢を取ろうとした。だが次の瞬間、ジャーエルの右足に矢が刺さり鋭い痛みが襲いかかる。


「ぐああぁ!」


 突然の矢にジャーベルは声を漏らしながらその場に倒れる。民家の上ではティルメリアが笑いながら倒れるジャーベルを見ていた。


「最初の矢を避けたからって安心しちゃダメだろう? すぐに次の矢が飛んでくるかもしれないって警戒しねぇと」


 痛みに苦しむジャーベルを見下ろしながらティルメリアは笑って忠告した。

 先程ジャーベルが足に受けた矢はジャーベルが最初の矢を回避した直後にティルメリアが放った物である。ジャーベルが最初に放った矢に気を取られ隙ができている時に矢を放ち攻撃したのだ。ただ、二発目はすぐに攻撃できるよう戦技や魔法などは使っていない普通の矢だった。


「ジャーベル!」


 離れた所でジャーベルが苦戦しているのを見てドルジャスは声を上げる。仲間の事を心配するドルジャスは隙を作ってしまい、その隙をリードンは見逃さなかった。

 リードンは隙を見せているドルジャスにギフトファングで横切りを放ち攻撃する。ドルジャスはリードンの攻撃に気付くと慌てて後ろへ跳んで攻撃を回避しようとした。だが、回避するタイミングが遅かった為、ギフトファングの切っ先がドルジャスの腹部を掠める。

 ギフトファングで傷を負ってしまい、ドルジャスは傷を見ながらしまったと表情を歪めた。逆にリードンは毒剣であるギフトファングで傷を負わせた事に成功し不敵な笑みを浮かべる。

 ドルジャスは態勢を整える為、三回に分けて後ろへ跳び距離を取った。リードンからある程度離れるとサンダーブレード両手で握り、中段構えを取ってリードンを睨む。リードンは自分を睨むドルジャスを見てゆっくりとギフトファングを下す。

 二人のリザードマンがしばらく睨み合っているとドルジャスの体に異変が起こる。突然強い目眩と倦怠感、胸の苦しさがドルジャスを襲い、ドルジャスはサンダーブレードを杖代わりにして頭を押さえた。


「こ、これは……まさか」

「どうやら毒が効いてきたようだな?」

「ば、馬鹿な、傷を負ってからまだ一分と経っていないぞ……」

「毒の回りが異常なくらい早いのもこのギフトファングの凄さの一つなのさ。流石のお前等でも毒の回る時間までは知らなかったようだな」


 リードンの言葉を聞き、ドルジャスは毒の詳しい情報までは知らなかった事を歯を強く噛みしめながら悔しがる。

 ドルジャスやジャーベルの一族ではリザードマンに伝わる毒剣の存在は知られていたが、どれ程の力を持ち、毒がどれくらいの時間で体を回るのかまでは知らなかったのだ。こんな事ならもっとギフトファングの事を調べておくべきだったとドルジャスは後悔する。そんな後悔するドルジャスに向かってリードンはギフトファングを構え直しながら走り出す。ドルジャスは迎え撃とうとするが毒のせいで体がうまく動かなかった。

 身動きの取れないドルジャスにリードンはギフトファングで攻撃する。ドルジャスは何とか攻撃を回避しようと動けない体を無理に動かした。だが回避が間に合わず、ドルジャスはギフトファングの刃を左肩に受けてしまう。


「ぐああぁっ!」


 左肩から伝わる激痛にドルジャスは声を上げる。そんなドルジャスの腹部にリードンは蹴りを加え、ドルジャスを後ろへ蹴り飛ばす。

 飛ばされたドルジャスは仰向けに倒れ、痛みに耐えながら必死に体を起こそうとする。そこへリードンが急接近し、尻尾で更に攻撃を仕掛けてきた。ドルジャスはかわす事もできずに尻尾で殴られ、地面を擦りながら数m先まで飛ばされる。

 ドルジャスは倒れたまま苦痛の声を漏らす。何とか立ち上がろうとするが、ギフトファングの毒とリードンの攻撃で受けたダメージのせいで体は動かない。サンダーブレードを使って立ち上がろうとするも、サンダーブレードはリードンの尻尾で殴り飛ばされた時に手から離れてしまい、手を伸ばしても届かない所に落ちていた。


「無様な姿だな?」


 倒れているドルジャスにリードンがゆっくりと近づく。戦いを始める前に自分に罪を償わせると言っていたドルジャスが倒れて立ち上がる事もできなくなっている姿がおかしいのかリードンはギフトファングを肩に担ぎながら笑ってドルジャスを見ていた。


「リザードマン最弱の緑鱗りょくりん族にしてはよくやったようだが、所詮はこの程度、黒鱗こくりん族の族長に勝つなど無理な話だったという事だ」

「だ、黙れ……俺とジャーベルの二人を相手にしていた時は互角だった奴が、何を言う……」

「フッ、まだ減らず口をたたく余裕があるのか……だが、どんなに強がっても意味はない。見ろ」


 そう言ってリードンは右を向き、ドルジャスもリードンの視線の先を見た。そこには体中に矢を受けて倒れている瀕死のジャーベルの姿があった。その前には民家の屋根から下りたジャーベルを見ながら笑っているティルメリアがいる。

 ジャーベルは足に矢を受けてからもティルメリアの戦っていたのだが、足の傷と疲労から次第に回避ができなくなり、体中に矢を受けてしまった。そして結果、戦う事ができなくなるくらいのダメージを受けて倒れてしまったのだ。

 遠くで倒れている戦友を見てドルジャスは愕然とする。ジャーベルが戦える状態ならまだ何か方法が思い浮かぶと思っていたのだが、ジャーベルが倒れてしまった以上、もうどうする事もできないとドルジャスは戦意を失ってしまう。


「お前もお前の仲間ももう戦えない。あとは俺達に殺されるだけだ」

「クッ……」

「だが、俺はお前を殺さない……さっき俺は負けを認めれば楽に死なせてやると言った、だがお前はそれを拒否して攻撃して来た。お前には毒で苦しみながらゆっくりと死んでもらう。もっともティルメリアの相手をしていたお前の仲間はどうなるか知らんがな」


 自分を見下ろすリードンをドルジャスは悔しそうに睨みつける。目の前にいる黒鱗族の雄を殴り飛ばしてやりたいと思っているが体は全く動かない。もう死ぬのを待つしかないと、ドルジャスは覚悟を決めて目を閉じようとした。その時、ドルジャスの視界に映るリードンの2、3m後ろに誰かが立っているのを見てドルジャスは目を大きく開く。リードンの後ろに立っていたのはジャバウォックを肩に担いだマティーリアだった。

 リードンも背後からの気配に気付いて振り返り、目の為に立っている少女を見てギフトファングを構えた。マティーリアは目を細くしながらリードンを見つめている。


「随分と楽しんでおった様じゃな?」

「何だ、お前は? 見たところお前も亜人のようだが、人間どもの味方か?」


 険しい顔で問いかけるリードンを見てマティーリアは鼻で笑う。そしてリードンの背後で倒れているドルジャスを覗き込む様に見た。


「大丈夫か?」

「マ、マティーリア殿……」

「まったく、途中でお前とジャーベルがいなくなった事に気付いて周囲を探してみれば、こんな所で敵と戦っておったとはのぉ?」


 ボロボロになっているドルジャスを見てマティーリアは少し呆れた様な顔をする。ドルジャスはマティーリアの顔を見て倒れたまま申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 二人の会話を聞いたリードンは自分を無視するマティーリアにカチンと来たのかギフトファングの切っ先をマティーリアに向けて睨みつけた。


「お前が何者かは知らねぇが、このガキどもを助けに来たのは確かなようだな。だったら、悪いがここで死んでもらうぞ? 人間の味方をする亜人にはしっかりと罰を受けてもらう」

「ほぉ? 妾を倒すつもりか? やめておけ、お主一人では妾には勝てん」

「ハッ、その言葉、そのままお前に返すぜ。お前一人じゃ俺には勝てねぇよ。それにこっちにはもう一人ダークエルフの魔法弓士がいるんだ、最悪お前は一人で俺達二人を相手にする事になるんだぜ?」


 リードンは自分にはティルメリアがいるからマティーリアに勝ち目は無いと考え、自信に満ちた口調で喋る。ドルジャスもいくらマティーリアでも一人でリードンとティルメリアの相手をするのは危険だと思い、僅かに焦りを見せていた。だが、マティーリアは慌てる様子も見せず、余裕の笑みを浮かべている。


「……生憎じゃが、こちらも一人ではない」


 笑いながらそう言うマティーリアはチラッと視線を変えた。リードンはマティーリアを見て彼女が何を見ているのか気になり、マティーリアが見ている方角に視線を向ける。そして離れた所でティルメリアと倒れているジャーベルの間に立ち、ティルメリアを見上げている杖を持った少年、ノワールの姿を目にした。

 ノワールもマティーリアと同じで自分の部隊の一員であるジャーベルがいなくなった事を知り、マティーリアと一緒に探していた。そして苦戦しているドルジャスとジャーベルを見つけ、ドルジャスをマティーリアに任せてジャーベルを助けようとしていたのだ。

 リードンはティルメリアと向かい合っているノワールを見て、あの子供は何者だと少し驚いている。マティーリアも黙ってダークエルフの女を見上げているノワールの姿を見て小さく笑った。


「……おいおい、何なんだよこのボウヤは?」


 ティルメリアは突然目の前に現れたノワールを見て少し動揺していた。さっきまで視界には倒れているジャーベルしかいなかったのにいきなり杖を持った少年が視界に入って来たので驚いたのだ。


「申し訳ありませんが、これ以上ジャーベルさんを傷つける訳にはいきません。どうしても戦いたいのなら、僕が相手をしますよ?」


 ノワールは無表情で自分がジャーベルの代わりに相手をするとティルメリアに言い放つ。それを聞いたジャーベルは倒れたまま背を向けるノワールを見ていた。

 突然現れてリザードマンの味方をするノワールを見たティルメリアは意外そうな顔でノワールを見つめる。そして同時に自分好みの少年を目にし、捕まえて玩具にしてやろうと欲望が芽生えた。


「へぇ~、ボウヤがあたしの相手をするって言うのかい? ……いいぜ、どれぐらいできるのか見せてもらおうじゃないか」


 自分の唇を舌で軽く舐めた後、ティルメリアは大きく後ろへ跳んでノワールから距離を取る。ノワールはその場から一歩も動かずに離れたティルメリアを見つめた。

 ノワールとティルメリアの戦いが始まったのを見てリードンは小さく舌打ちをし、フッとマティーリアの方を向く。マティーリアも肩に担いでいるジャバウォックを両手で構えてリードンを見つめる。


「さあ、妾達も始めようかのぉ?」

「チッ……いいぜ、そんなに一人で戦いたいなら望み通りにしてやる。そしてお前もそこの緑鱗族のガキの様に毒で苦しませてから殺してやる!」


 マティーリアの態度に腹を立てたのかリードンは力の入った声を出しながらギフトファングを構えた。マティーリアはそんなリードンを見てニヤッと小馬鹿にする様な笑みを浮かべる。


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