第百十六話 リザードマンの死闘
グーボルズの町へ突入したダーク達は東門の広場にいる亜人達と戦闘を開始する。亜人達は人間軍の予想外の攻撃に驚いて隙だらけとなっていた。
亜人達はダーク達を押し戻す事もできずに次々と倒されていき、ダーク達が町に突入してから僅か十数分で亜人達は広場を放棄して街の方へ退却する。東門前の広場を制圧した後、ダーク達はその広場をグーボルズの町を解放する為の拠点とした。
広場を制圧したセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は広場にある亜人連合軍の武器などの確認や逃げ損ねた亜人達を拘束したり、死体の片付けなどをしている。ダークとノワールが召喚したモンスター達は広場の入口で街の方から亜人達が近づいて来ていないか警戒していた。
兵士や共闘する亜人達が作業をしている間、ダーク達はグーボルズの町の地図を見ながらこれからどう動くかを話し合っていた。ダーク達の周りには小隊の隊長である騎士や亜人達が集まりダーク達の指示を待っている。
「これより我々は進攻を開始します。開戦前に話したとおり、二個小隊を町の西門へ向かわせ、西門の警備をしているであろう亜人達を倒して敵の退路を塞いでもらいます。残りの戦力は亜人連合軍と戦いながら進攻し敵指揮官を捕らえる部隊、町の何処かに捕らえられているこの町の住民達を救出する部隊、そしてこの広場の拠点を防衛する部隊の三つに分けて町を解放します。よろしいですか?」
地図を持つエルギス教国軍の騎士が周りにいるダーク達を見ながら確認する。反対する者はおらず、ダーク達は黙って騎士の方を見ていた。反対する者がいないのを確認した騎士は次に各部隊を指揮する隊長の確認に入る。
「西門の制圧部隊の指揮はレジーナ殿とジェイク殿、住民の救出部隊の指揮はアリシア殿にお任せします。ダーク殿達にはそれぞれ進攻部隊の指揮を執っていただきます」
「ハイ」
「任せて!」
アリシアは真剣な顔で、レジーナは笑った顔で返事をする。ダークやノワール、ジェイクとマティーリアも何も言わずに騎士を見ながら小さく頷く。
それからダーク達は自分達が指揮を執る部隊の選び、隊員達に挨拶をしながら自分達のやるべき事を話す。ダークも自分が指揮する部隊の兵士や騎士、魔法使い達に自分達の役目を説明する。すると、リザードマンのドルジャスとジャーベルがダークに近づいて来た。
「旦那!」
「ドルジャスか」
ダークは兵士達の説明をやめてドルジャスとジャーベルの方を向く。二人のリザードマンはダークの前で立ち止まるとジッとダークの顔を見る。その手にはダークから貰った魔法武器が握られていた。
ドルジャスとジャーベルが魔法武器をしっかりと握っている見てダークは周りに聞こえないくらい小さな声で笑った。まるで子供が玩具を貰ってそれを大切にしている様に見えておかしく思ったのだろう。
「どうした?」
「いや、俺達はこれから出発するからその前に旦那に挨拶しておこうと思ってな」
「フッ、そうか」
ダークはドルジャスとジャーベルを見ながら小さく笑う。わざわざ挨拶に来るとは律儀な奴だなと心の中で思っていた。だがすぐに気持ちを切り替えてドルジャスとジャーベルを見ながら低い声を出して忠告する。
「分かっているとは思うが油断はするな? 私が与えた魔法武器を持っているからと言ってどんな敵でも楽に勝てるとは限らないのだからな」
「ああ、分かってる。大丈夫だ」
「……問題ない」
ドルジャスとジャーベルはダークの忠告を聞いて頷く。ダークもそんな二人の態度を見て問題ないだろうと感じる。
(まぁ、この二人の部隊を指揮するのはノワールとマティーリアだ。あの二人がいれば大丈夫だろう)
ノワールとマティーリアがいれば最悪の事態にはならないだろうと感じてダークは心の中で安心する。
リザードマンにとってドラゴンであるノワールと竜人であるマティーリアは崇める存在、その二人が隊長ならドルジャスとジャーベルも命令を無視したり、死ぬ事はないだろうとダークは考える。だが同時に、ノワールとマティーリアにいいところを見せようとドルジャスとジャーベルが張り切りすぎないかという不安も感じていた。
挨拶が済むとドルジャスとジャーベルは自分達の部隊へと戻って行く。ダークも二人を見送った後に再び自分の部隊の兵士達に説明をし始めた。
説明し終わるとダーク達は自分の部隊を率いて行動を開始する。モンスター達も各部隊について行き、グーボルズの町の街道を進んで行った。
一方、町の北側にある屋敷の前ではリードン達が東門の守備隊である亜人から東門の戦況を聞かされて驚いていた。僅かな時間で守備隊が押され、東門まで開かれてしまったという事態になったのだから驚くのも無理はない。
「クソォ! まさか人間どもの侵入を許すとは!」
「も、申し訳ありません! 敵の力があまりにも強力で……しかもモンスターまで手懐けており、食い止める事ができませんでした」
興奮するリードンに報告に来た亜人は頭を下げて謝罪する。リードンの後ろに控えているティルメリアとダンジュスは真剣な顔で報告に来た亜人を見ていた。周りにいる亜人達も報告を聞き、驚きながら小声で会話をしている。
兵士の亜人達が怖気づいた様子で話しているのを見たリードンは周りに聞こえるくらい大きな舌打ちをする。それを聞いた亜人達はリードンを苛つかせてしまっていると気づき、慌てて口を閉じた。
亜人達が黙るのを確認したリードンは報告に来た亜人を睨みながら話を続ける。
「それで? 現在の戦況はどうなっている?」
「ハ、ハイ、此処へ向かっている時に同じ守備隊の者と会い、彼から人間軍に東門前の広場を制圧されたと聞きました。恐らく敵はこのまま町中に散らばり、我々を追い込んでいくと思われます」
「クッ! 門を突破されただけでなく東門まで制圧されるとは、役立たずどもめ!」
更に悪い報告を聞いてリードンは自分の手を拳で殴る。亜人は目の前でイライラするリードンを見る事ができずに震えながら俯いていた。そんな中、待機していたティルメリアが近づいて来て背後からリードンに声をかける。
「落ち着きなよ、リードンのおっさん。まだこっちには十分戦力があるんだ。態勢を立て直して全ての戦力をぶつければ十分人間軍を押し戻す事ができるはずだ」
「ぬううううぅっ!」
興奮するリードンに対し、ティルメリアは冷静に現状を確認しながらこれから何をするべきなのかを話す。流石は四人の族長の中で最も冷静で頭を使った戦いを得意とするファストンの娘と言うべきだろう。父親に似て冷静に状況分析をする事ができるらしい。
ティルメリアに宥められるリードンを見てダンジュスはおかしいのか腕を組みながら笑っている。笑うダンジュスを見たリードンはまた舌打ちをしてティルメリアに視線を向けた。
「まずは東側にいる全ての戦力をぶつけて人間どもがこれ以上進攻できないようにする。その間に町中に散らばっている戦力を集めて一気に人間どもを押し返すんだ」
「……成る程な」
落ち着きを取り戻したリードンは冷静にティルメリアの話を聞く。二人の会話する姿から周りにいるダンジュス達はリードンよりもティルメリアの方が指揮官に向いているのではと考えていた。
「だけど最悪の事も計算して、逃げ道である西門の戦力はそのままにしておいたほうがいいかもね。もし人間軍が西門に回り込んで退路を断たれたらあたし等はお終いなんだし」
「確かにそうだな」
ティルメリアはダーク達の狙いを読んで西門の確保をしておいた方がいいと話す。リードンも少し不服そうな顔をしているが納得する。
普段のリードンなら亜人である自分達が人間に背を向けて逃げるなどあってはならないと反対するが、町への侵入を許してしまった為、強く反対する事ができないようだ。
「……俺とティルメリアは此処にいる戦力を連れて人間どもを足止めに向かう。ダンジュス、お前は西門へ向かいながら途中で会う部隊に東側へ来るように伝えろ。その後は西門の警護に就け」
「ハア~アッ、仕方ねぇな。本当なら関係の無い戦いに参加したくねぇんだが、このままじゃ俺まで人間どもに捕まっちまうかもしれねぇからな。引き受けてやるよ」
めんどくさそうな言い方をしながらダンジュスは後頭部をボリボリと掻く。ダンジュスの態度を見てリードンとティルメリアはちゃんとやってくれるのか不安を感じる。
「よし、全員完全武装して東側へ向かい人間どもを足止めする。敵の中にはモンスターもいるんだ、油断するなよ!?」
『おおぉ!』
リードンの言葉に周りにいる亜人達は声を上げる。ティルメリアも弓を握ってリードンの話を黙って聞いており、ダンジュスはリードン達を見ながら気合が入っているなと少し他人事の様に思いながら笑っていた。
準備が整うとリードンとティルメリアは亜人達を連れて人間軍を足止めする為に町の東側へ向かう。ダンジュスは走るリードン達の後姿を見ながら無言で手を振り見送る。
リードン達の姿が見えなくなるとダンジュスは腕を組み不敵な笑みを浮かべた。
「……ヘッ、下等な人間ごとに後れを取るとは、何が戦闘能力の高い黒鱗族の族長だ。所詮は知能の低いリザードマンって事だな」
一人になった途端、ダンジュスは指揮官であるリードンの事を侮辱し始める。彼にとっては例え同じ亜人連合軍の亜人であろうと見下し、侮辱する対象なのだ。
ダンジュスがリードンを罵っていると背後から馬が駆ける音が聞こえてくる。ダンジュスがゆっくりと振り返ると槍を持った三人のケンタウロスが走って来る姿が視界に入った。どうやらダンジュスの仲間のようだ。
「族長、東門から人間軍が侵入したそうだが、本当なのか?」
「ああ、今リードン達が足止めに向かった」
「そうか……それで、俺等はこれからどうするんだ?」
「とりあえず町中に散らばっている奴等に東へ向かうよう伝える。その後は西門へ向かう」
「じゃあ、俺等は最悪の事態に備えて退路である西門を確保するって事だな?」
「……いいや」
リードンとティルメリアから西門を確保するよう指示されたのにダンジュスは腕を組みながら低い声を出しながら首を横に振った。ケンタウロス達はダンジュスの答えを聞き意外そうな表情を浮かべる。
「西門に着いた俺達はそのまま町を出る」
ダンジュスの口から出た言葉にケンタウロス達は少し驚いた反応を見せる。
西門の確保をせずにそのまま西門から町を出る、それはつまりリードン達を見捨てて逃げるという事を意味していた。
「町を出るって、いいのかよ?」
「構わねぇよ、俺達はこの戦いには関係ねぇんだ。そもそも既に人間どもは町へ侵入してるんだ。しかもかなりの数のモンスターを従えてな。そんな奴等と戦っても負けるに決まってる。だったらその前に町を出て安全を確保するのが賢明な判断ってもんだ」
「他の奴等はどうするんだ?」
「俺達が安全に逃げる為の時間稼ぎをしてもらう」
普通の人間や亜人が聞けば何を言っているんだ、と言う様な言葉をダンジュスは平気で口にする。いくら勝ち目が無いからと言って戦いの最中に仲間を見捨てて逃げるのはとても罪深い事、だがダンジュスは自分より劣る者を見捨てる事を罪とは思っていなかった。
「しかし族長、俺達が町を出たとして、その後はどうするんだ? ベーテリングの町に戻るのか?」
「いや、町から少し離れた所に隠れて戦いがどうなったのか確認する。もしリードン達が勝ったのであれば、そのまま町に戻る」
「ハッ、相変わらず悪い奴だな、族長」
ケンタウロスはダンジュスの考えに笑みを浮かべる。他のケンタウロス達も同じように笑っていた。
ダンジュスは今回の戦いで亜人連合軍が負ける可能性が高いと考え、人間軍に捕まらないよう自分達だけ先に町から脱出しようと考えている。だが、もしかすると亜人連合軍が奇跡的に逆転して人間軍に勝利するかもしれない。そうなったら町に戻って勝利したリードン達と何事も無かったかのように合流すればいいと思い、町から離れた所に身を隠して町の様子を伺おうと思っているようだ。
そしてリードン達が負ければそのままベーテリンクの町まで後退し、仲間達にグーボルズの町が人間軍に奪い返されたと報告しようと考えている。勿論、自分がリードン達を見捨てて逃げて来た事は隠して。
ケンタウロス達の態度を見るとどうやら彼等もダンジュスと同じでリードン達がどうなっても構わないと思っているらしい。族長が族長ならその部下も部下という事だ。
「よし、町から脱出する準備をしろ。準備が整い次第、西門から町を出る」
「族長はどうするんだ?」
「俺はリードンに言われたとおり、街中に散らばっている部隊に東へ向かうよう伝えながら西門へ向かう。それぐらいはしてやらねぇとな」
「おぉ~、優しいねぇ、族長?」
「まあな」
ダンジュス達は悪い事をしているのにそれを悪い事ではないと考える不良の学生の様な態度で笑いながら話す。
これから仲間を見捨てて逃げようとしているのにどの口が優しいなどと言えるのか、もし彼等の中に少しでも常識的な考えを持つ亜人がいればそう考えるだろう。だが、ダンジュスや彼の部下は誰一人そんな風には考えはしなかった。
「そう言えば、西門を警備している連中はどうするんだ?」
「当然奴等もにリードン達の援護に向かわせる。こっそり脱出するのにそれを見られるのは不味いだろう?」
「確かにそうだな」
「よし、それじゃあさっさと行動を開始しろ!」
『おうっ!』
指示を受けたケンタウロス達は声を揃えて返事をし、一斉に走って脱出の準備に向かった。部下達が走り去ったのを確認するとダンジュスは東の方を向いてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「……あばよ、リードン、ティルメリア。運が良かったらまた会おうぜ?」
その場にいないリードンとティルメリアに別れを告げるとダンジュスも走り出す。この時、亜人連合軍の亜人達は誰一人、族長の一人であるダンジュスが自分達を見捨てて町から脱出しようとしているなど思ってもいなかった。
東門の広場から西へ少し行った所にある街道では人間軍と亜人連合軍が激しい戦いを繰り広げていた。町を解放しようと進攻するセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達を押し返そうと亜人達は全力で応戦する。
リザードマンやドワーフ、レオーマンなどの力の強い亜人が前に出て兵士や騎士達と剣を交え、エルフなど魔法が使える亜人達は後衛でアタックプロテクションやマーチブリーズなどの補助魔法を発動させて前衛の亜人達を援護する。勿論、人間達も同じ方法で戦っていた。
同じ条件なら人間よりも身体能力の高い亜人が有利だと普通は考える。だが、ダークとノワールが召喚したモンスターがいる為、人間軍の方が亜人達を押していた。
「亜人達は崩れかかっている。このまま一気に押し戻せ!」
エルギス教国軍の騎士が騎士剣を亜人達に向けて声を上げると両軍の兵士や亜人達は声を上げながら一気に進撃する。一緒にいるモンスター達も兵士達と共に前進し、亜人達を次々と倒していった。
まったく人間達の進攻を止める事ができない亜人達は少しずつ戦意を失っていく。中には武器を捨てて逃げ出す者達もいた。戦意を持っている亜人が逃げ出そうとする亜人を止めようとするが誰も止まらない。
一人が逃げ出せばそれを見た他の亜人も恐怖に呑まれて戦意を失い、次々と武器を捨てて逃げ出す。これにより人間軍は逆に士気が高まり更に勢いが増した。
戦意を失った亜人が走って逃げていると、突然亜人達の前に何かが下り立つ。行く手を妨げる様に現れたそれを見て亜人達は急停止する。亜人達の前に立っていたのは大剣を握るダークだった。ダークは亜人達を逃がさないようにする為、勢いよくジャンプして亜人達の逃げる先へ回り込んだのだ。
逃げ道をダークに塞がれ、後ろからは人間軍が迫って来る。亜人達は完全に挟まれてしまった。ダークは目の前にいる亜人達に大剣の切っ先を向けて目を赤く光らせる。
「抵抗するな。大人しくすれば命までは取らない」
ダークの低い声を聞いて亜人達は震える。目の前にいるのは一人の黒騎士だけなので普通なら亜人達は臆する事無くダークに戦いを挑むだろう。だが、今の亜人達は人間軍とモンスター達の勢いに呑まれて恐怖に支配されていた。例え敵が一人でも勝つ事はできないと思い込み、戦う事ができなくなっているのだ。
亜人達は完全に抵抗する気力を失い、全員が武器を捨てた。亜人達が投降したのを確認すると兵士達は亜人達を捕らえて東門前に拠点へ連行していく。亜人達が連れて行かれるのを確認した残りの兵士達はそのまま西に向かって進攻を続ける。ダークも振り返って西の方を見つめた。
(町に侵入されて亜人達が混乱しているのかスムーズに進攻できている。これならすぐに町も解放されるだろう……だが、まだこの町の亜人達を束ねる指揮官がいる。押されているからと言って指揮官が何の抵抗もせずに負けを認めるはずがない。指揮官を捕らえるか倒すかするまでは安心できないな)
ダークは心の中で亜人連合軍の攻撃を警戒しながら進攻する部隊の後を追って歩き出す。それからダークの部隊や別行動している部隊は少しずつグーボルズの町を制圧範囲を広げて亜人達を捕らえていく。亜人達は今までとはまるで勢いが違う人間軍に圧倒され徐々に追い込まれていった。
東門から北西に600mほど行った所にある少し小さめの広場。周囲を木や民家に囲まれ、広場に西側と北側には別の場所へ移動する為の道があり、それを塞ぐ様に幾つもの木箱が積み重ねてある。亜人連合軍が敵を足止めする為に作った仮拠点か何かだろう。
広場の東側にある入口の前にはドルジャスとジャーベルの姿があった。数分前、彼等は自分達が所属する部隊と共に北西に向かって進攻していたのだが、途中で敵の襲撃に遭い、部隊とはぐれてしまったのだ。それで仕方なく、二人は仲間達を探しながら北西へ向かって移動していた。
「此処にはいないみたいだな」
「彼等が通った形跡もない。まだ此処までは来ていないのかもしれないな」
ジャーベルは広場を見回しながら自分達の仲間が此処には来ていないと語る。確かにドルジャスとジャーベルが入って来た東側の入口以外の二つ、西側と北側の道は木箱が積まれたままで壊されていない。それはまだ誰も西側と北側の道を通っていないという事を表している。ドルジャスはジャーベルの話を聞いて納得したのか腕を組んで軽く頷いた。
「確かに俺達以外にこの広場に入った奴はいないみたいだな……どうする、引き返すか?」
「そうだな。まだ誰もこの先に進んではいないんだ。俺達二人だけで先へ進むのは危険だ。一度引き返した他の部隊と……」
ドルジャスとジャーベルが話をしていると北側の道を塞いでいる木箱が大きな音を立てて壊れた。その音を聞いた二人は驚きながら北側の道の方を向いてダークから貰った魔法武器を構える。すると壊れた木箱の向こう側から黒い鱗に包まれたリザードマン、リードンが姿を現した。その手には象牙の様な素材でできた片刃の刀身の剣が握られており、壊れた木箱の木片を踏みつぶしながら広場の中央へ向かって歩いて行く。
「おい、アイツはまさか……」
「間違いない、黒鱗族族長のリードンだ……」
広場に入って来たリードンを見てドルジャスとジャーベルの表情が変わる。その表情からは驚きと警戒が感じられた。
リザードマン緑鱗族である二人は目の前にいるリザードマンが黒鱗族の族長であり、亜人連合軍を束ける族長の一人である事を知っている。勿論、彼が強い事も知っていた。だからこそ、とんでもない敵と遭遇してしまい緊張しているのだ。
ドルジャスとジャーベルが構えているとリードンも二人に気付き、広場の中央で立ち止まった。二つの部族のリザードマンが目を合わせ、小さな広場に緊迫した空気が漂い始める。
「ほおぉ? こんな所で同族と会うとはな。だが、この町の部隊には緑鱗族は一人もいなかったはずだ……お前等、人間どもと共闘している奴等だな?」
「……だったらどうするんだ?」
「決まってるだろう、敵なんだから此処で叩き潰すだけだ」
ドルジャスの質問に答えたリードンは剣を構えて戦闘態勢に入る。ドルジャスとジャーベルも魔法武器を構えてリードンを睨みつけた。
「黒鱗族族長リードン、お前は人間だけでなく自分達の言う事を聞かなかった亜人達をも捕らえて奴隷にし、時には見せしめとして処刑までした。しかもその中には同じリザードマンも含まれている。お前の行いは許される事ではない。此処で罪の償いをしてもらうぞ?」
「償いだと? お前等こそ亜人の誇りを捨てて人間の小娘の言う事を聞く亜人の面汚しではないか。お前達こそ罪を償ってもらう」
「ソラ陛下は俺達亜人の事を考えて奴隷制度を廃止し、平等の立場で生活できるようにしてくださったんだ。そんなソラ陛下に従う事のどこが罪だと言うんだ!?」
「長年人間達から受けた仕打ちを忘れ、誇りを捨てて下等な人間に従う事が罪だって言うんだ!」
人間と共存する事を選んだドルジャスと亜人としての誇りを選んだリードン、二人のリザードマンは相手を睨み詰めながら自分の信じている道を叫ぶ。お互いに一歩も譲らずに自分の考えが、信じた道が正しいと強く訴え続けた。だが、すぐにこれ以上口論をしても何も変わらないと感じた二人は口を閉じて自分の得物を構える。黙って話を聞いていたジャーベルもドルジャスの隣でアイスタバールを両手でしっかりと構えた。
「……これ以上口で戦っても意味はないか」
「ああ、口で言っても分からない奴は力で黙らせる、それがリザードマンのやり方だ」
「それはお前達黒鱗族だけだ」
ドルジャスはサンダーブレードを強く握って中断構えを取るとリードンも自分の剣を両手で持ち八相構えを取る。するとジャーベルはリードンの剣を見て僅かに目が鋭くなった。
「ドルジャス、気を付けろ? 彼の持つ剣は恐らくギフトファングだ」
「何っ?」
ジャーベルの口から出たリードンの持つ剣の名前を聞いたドルジャスは驚きながらジャーベルに視線を向ける。リードンは驚くドルジャスを見て小さく笑った。
「ギフトファングって、あのギフトファングか?」
「ああ、約五十年前、リザードマンの英雄と言われた雄がリザードマン達を餌にしていたヴェノムバシリスクを倒し、その牙から一本の剣を作った。その剣こそが彼が持っているギフトファングだ」
「切られた者はヴェノムバジリスクの毒に侵されると言われている毒剣、今ではリザードマンの誰かが持っていると噂で聞いた事があるが、まさか奴が持っているとはな」
ドルジャスは有名な剣の持ち主が黒鱗族族長のリードンが持っている事を知り、鋭い表情をリードンに向ける。その表情にはリードンが持っている事に対する驚きと不満が見られた。
ギフトファングの存在に驚くドルジャスとジャーベルを見てリードンは愉快そうに笑いながらギフトファングの刀身を二人に見せる。
「お前等みたいなガキにも知られているとはなぁ。まぁ、リザードマンの英雄が使っていたと言われた剣なんだから知ってて当然か」
「その英雄の剣が今では反逆者の剣となっているのだから、嘆かわしいものだな?」
「ヘッ、何とでも言いやがれ」
ドルジャスの挑発を軽く流しながらリードンは足位置を変えていつでも攻撃できるようにする。ドルジャスとジャーベルもサンダーブレードとアイスタバールを強く握ってリードンを警戒した。
静寂に包まれる広場の中でリザードマン達は数秒間睨み合う。そんな静寂を先に破ったのはリードンの方だった。
リードンは勢いよくドルジャスに向かって走り出し、ドルジャスは自分に向かってくるリードンを見てサンダーブレードを横に構え直す。その直後、リードンはドルジャスに向かってギフトファングを振り下ろし攻撃し、ドルジャスもサンダーブレードを振り上げた。
ギフトファングとサンダーブレードの刃がぶつかり、広場に高い音が響く。二つの刃が交わる中、ドルジャスとリードンは腕に力を込めながら目の前の敵を睨み続ける。すると、サンダーブレードの刃からバチバチと電気が発生し、それを見たリードンは咄嗟に後ろへ跳んでドルジャスから離れた。
「その剣、刀身から電気みたいなものが発生しやがったが……まさか、魔法武器か?」
「……その通りだ」
リードンの質問にドルジャスは正直に答えた。それを聞いたリードンは小さく鼻で笑う。
「自分の得物の情報を簡単に教えるとは馬鹿正直な奴だな」
「俺達はお前のギフトファングの事を知っているのにお前は俺達の武器の事を知らないのはフェアじゃないからな」
「フッ、本当に馬鹿な奴だぜっ!」
笑みを浮かべながらリードンは再びドルジャスに向かって走り出し、ギフトファングで連続切りを放つ。ドルジャスは後ろに下がりながらサンダーブレードでリードンの攻撃を防ぐ。毒剣であるギフトファングの攻撃は掠り傷さえ死に繋がる。絶対に全ての攻撃を防ぐ必要があった。
だが、何度も攻撃を防いでいればドルジャスの体力も次第に削られていき、防御に隙ができるようになる。リードンはそれを狙っており、休む事無くドルジャスに重い攻撃を続けた。ドルジャスは攻撃を続けるリードンを僅かに表情を歪めながら睨む。
リードンがドルジャスに攻撃を続けていると彼の背後からアイスタバールを構えるジャーベルが現れて後ろからリードンに攻撃を仕掛ける。気配を感じ取ったリードンはドルジャスへの攻撃をやめて素早く右へ跳んだ。アイスタバールの刃がリードンの背中に当たる事なく空を切った。
背後からの攻撃をかわされてジャーベルは小さく舌打ちをし悔しがる。ドルジャスはリードンの連撃が止んで少し気が抜けたのか離れたリードンを見ながら深く息を吐いて疲れを露わにした。
「大丈夫か?」
「ああ、何とかな」
「あまり一人で無茶をするな。俺も一緒なんだから二人で力を合わせて戦うんだ」
リードンを睨みながら話すジャーベルを見てドルジャスは確かにそうだな、と言いたそうに小さく笑いながら態勢を直す。二人の姿を見たリードンは二対一でも構わないと言っているのか余裕の笑みを浮かべて二人を手招きする。それを見たドルジャスとジャーベルは武器を構えて同時に走り出した。
一気にリードンとの距離を縮めたドルジャスはリードンの左側からサンダーブレードで袈裟切りを放ち攻撃する。リードンはその攻撃をギフトファングで難なく防ぎドルジャスに反撃しようとした。
しかし、反撃しようとした瞬間に右側からジャーベルがアイスタバールを振り下ろして攻撃して来る。リードンは反撃を中断してジャーベルの振り下ろしをギフトファングで止め、大きく後ろへ跳んで二人から離れた。
「ほお、さっきと比べると少しは楽しめそうだ。それじゃあ、こっちも少し本気を出すか」
余裕の笑みを浮かべながらリードンはギフトファングを構え直して再びドルジャスとジャーベルに突っ込んでいき、二人もリードンを迎え撃つように走り出す。
ドルジャスはサンダーブレードを振り回してリードンに攻撃し、リードンはその攻撃をギフトファングで防ぎ、隙があれば反撃した。ジャーベルも隙を伺ってリードンにアイスタバールで攻撃してドルジャスを援護する。小さな広場でリザードマン達は激しい攻防を繰り広げた。
十数分後、ドルジャス達は一旦戦いを止めてお互いに距離を取り、呼吸を乱しながら離れた所に立つ相手と睨み合う。ドルジャスとジャーベルは顔や腹部などに沢山の打撲傷が見られ、口からは微量の血を流し、傷からも血がにじみ出ている。二人は毒剣であるギフトファングの攻撃は全て防いだが、その他のリードンの攻撃、パンチやキック、尻尾による攻撃は何度か受けてしまったようだ。
一方リードンは打撲傷などはないが、腕や脇腹などに多数の切り傷を負っていた。その傷の幾つかは傷口の周りが僅かに凍っている。リードンの傷は全てドルジャスのサンダーブレードとジャーベルのアイスタバールによって付けられた傷だ。切傷からは痺れや冷たさなどが感じられ、リードンもそこそこダメージを受けていた。
「まさかここまでやるとはな……褒めてやるぜ? 俺と互角に戦える奴なんてそうはいないからな」
「フン、それは光栄だな」
「だが、これ以上時間を掛けるわけにもいかない。お前等をさっさと倒して人間どもの相手をしないといけないんでな。いい加減、決着を付けさせてもらうぞ」
ギフトファングの構え直しながらリードンはドルジャスとジャーベルに戦いを終わらせる事を告げる。それを聞いた二人はリードンが遂に全力で戦うと感じ警戒心を強くする。
今まで二人がかりでリードンと互角の戦いをしたという事は少なくとも本気を出していないリードンの力はリザードマン二人分はあるという事だ。そのリードンが本気で戦えば今まで以上に苦戦するかもしれない。ドルジャスとジャーベルはこの後どうやって戦うか頭の中で必死に考える。
「そういう事なら、あたしも参加しても構わないよね?」
何処からか聞こえてくる女の声にドルジャスとジャーベルは反応して周囲を見回す。そして広場の北側にある民家の屋根の上から広場を見下ろすダークエルフの女、ティルメリアの姿を見つける。
「ダークエルフ!? まさかリードンの仲間か……」
ジャーベルはティルメリアの姿を見て驚きの表情を浮かべる。ティルメリアは驚くジャーベルとドルジャスを見て不敵な笑みを浮かべながら持っている紺色の弓を構えた。
実はティルメリアはドルジャス達が戦いを始めてしばらく経った後に広場にやって来てずっと民家の屋根の上から戦いを見物していた。戦いを見物しているとリードンが決着をつけると言い出したのを聞き、リードンに加勢しようと声を出したのだ。
「ティルメリア、余計な事はするなよ? コイツ等は俺一人で片付ける」
「何言ってるんだよ、リードンのおっさん。アンタが言ったんだぞ? さっさとソイツ等を倒して人間どもを相手をしないといけないって? だったらカッコつけてないであたしと協力してさっさと倒しちまったほうがいいだろう?」
「……チッ、確かにそうだな、いいだろう。だが一人だけだ、もう一人は俺の獲物だからな」
「分かってるって」
許可を得たティルメリアは矢筒から矢を抜き取ってジャーベルに狙いを付ける。ジャーベルは弓矢を構えるティルメリアを見て素早く構え直す。
リードンはドルジャスを見てギフトファングを中段で構え、それを見たドルジャスも同じようにサンダーブレードを中段に構える。自分を見て小さく笑うリードンを見たドルジャスは僅かに汗を流した。
(……不味いな。二対一で互角に戦えたリードンだけでなく、もう一人、しかも弓矢を使うダークエルフまで相手にするとなると一気に俺達が不利になる……どうする?)
敵の人数と力を分析して自分とジャーベルが不利な状況にある事を悟るドルジャスは心の中で呟く。何かいい作戦はないはリードンとティルメリアを警戒しながら考えるが、そんなドルジャスを気にする事なくリードンとティルメリアは攻撃を始めようとしていた。