第百十四話 反撃
戦いが終わると西門の守備隊は生き残った亜人達を西門の広場に集めた。亜人の数は重軽傷者などを含めると四百人近くおり、そのほぼ全員が自分達が負けた事が信じられないのか呆然としながら地面に座り込んでいる。
亜人達を見張っているセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は亜人達の半分である二百人程度、もし亜人達が一斉に暴れ出したら抑え込む事は難しい人数だ。だが、亜人達は暴れたりする事はなかった。敗北した事で暴れる気力も無いのか、それとも西門広場を見張っているダーク達、その上空を飛んでいる五匹の死神トンボに怯えて暴れようとしないのか、いずれにせよ亜人達は全員大人しくしている。
「い、いやぁ……これは本当に何と言いますか……凄いですなぁ」
松明の明かりだけが照らす暗がりの中、驚きの表情を浮かべるベイガードが西門前の広場に集められている亜人達を見つめており、その近くでは作戦本部にいた数人の騎士が同じように驚いて広場を見ている。ベイガードの隣にはダーク達が立っており、レジーナ、ジェイク、マティーリアは誇らしげな笑みを浮かべていた。
西門の守備隊が戦いに勝利した直後、ベイガードは十数人の騎士を連れてやって来た。自分達が到着した時には西門が開かれ、亜人連合軍が西門の広場に入って来ている光景が飛び込んできて最初はかなり驚いたようだ。だが、ダークの説明を聞き、亜人連合軍に勝利し、生き残った亜人達は戦意を失っている事を知って安心する。そして同時にダーク達が短時間で八百近くの亜人連合軍の部隊を圧倒し、守備隊を勝利へ導いた事に驚いていた。
それから二十分ほど経ってから北東門と南門の守備隊が救援にやって来る。しかし、自分達が来た時には戦いが終わり、西門の守備隊が勝利していた事を知って全員が驚く。救援部隊を指揮していた騎士達も目の前の光景に目を丸くしていた。
ダーク達は後から来た騎士達にも詳しい事を説明し、現在に至っている。
「八百人近くの亜人を四百人ほどの戦力で食い止めただけでなく倒してしまうとは……ベイガード殿が言っていた黒い死神と白い魔女がいたおかげなのでしょうか?」
「ええ、間違いありません。少なくとも、私はそう思っています」
驚きの表情を浮かべる騎士の問いにベイガードは頷きながら答える。その言葉を聞いて他の騎士達は更に驚いた表情を浮かべてダーク達の方を向く。ダークは騎士達に視線を気にする事なく前を見ており、アリシア達は少し照れくさそうな態度を取っていた。
「しかし、ダーク殿達の力にも驚きましたが、モンスターを操る事ができる事にも驚きました」
騎士の一人が西門広場の上空を飛んでいる死神トンボを見上げながら言い、ベイガード達も同じように死神トンボを見上げる。
前の戦争でセルメティア王国軍がモンスターを操ってセルメティア王国の領内に侵攻して来たエルギス教国軍を倒したという話はベイガード達も聞いている。そのモンスターの圧倒的な力の前にエルギス教国軍は手も足も出ずに押され、結果セルメティア王国領内のエルギス教国軍は全て領内から追い出されてしまい、エルギス教国軍は敗北した。
自分達を追い詰めたモンスターと同じ強さを持つ存在が今では自分達の味方として亜人連合軍と戦っている事にエルギス教国軍の騎士達は心強さを感じている。更にベイガード達はそのモンスターを召喚し、操っているのがダークだと知って更に驚いた。ベイガード達の様にセルメティア王国に侵攻した部隊に参加していない者達はダークがモンスターを操り、召喚した存在だと今まで知らなかったのだ。
「あれほど強力なモンスターを召喚し、操る事ができるとは、本当にダーク殿は何者なのでしょうか?」
「さあな……」
騎士達は謎の多いダークをまばたきをしながら見つめる。モンスターを召喚するアイテムなど存在しないこの世界で見た事の無いアイテムを持つダークを不思議に思い、興味を抱くのは当然と言えた。
「他人の詮索はよくありませんよ? 彼は私達に力を貸してくれた存在、そういった行動は失礼かと思います」
興味のありそうな目で騎士達がダークを見ていると、ベイガードが騎士達に声を掛けて来た。騎士達は注意されると少し申し訳なさそうな顔を見せる。
ダークはベイガードと騎士達の会話を技術で盗み聞きし、自分の事を詮索するのをやめたのを知って安心する。ダークの正体がバレる事はないだろうが、自分の事を陰で調べられるのはあまり気分の良いものではないからだ。
(亜人の中に空を飛ぶ亜人がいると思って空中戦闘を得意とするモンスターを召喚したんだけど、ちょっとマズかったかなぁ? こうなるなら、ノワールにマティーリアの援護を頼めばよかったぜ……)
モンスターを召喚した事で騎士達に注目される事になってしまい、ダークはモンスターを召喚せず、ノワールにマティーリアのサポートをさせればよかったと心の中で失敗を感じる。しかし、今となってはもう手遅れ、後悔するのをやめ、ダークはこれからはもう少し考えて行動しようと反省するのだった。
ダーク達は亜人達を見ながら話していると、西門広場に代表の騎士が遅れてやって来た。兵士から西門の守備隊が亜人連合軍の大部隊に勝利し、多くの亜人を捕虜としたと聞いて確認をしに来たのだ。
「ば、馬鹿な……こんな事があるなんて……」
騎士は西門広場にいる亜人連合軍の亜人達を見て呆然とする。やって来た騎士の態度を見てレジーナ達はフフン、と威張る様に笑った。
彼は西門の守備隊とダーク達は亜人達に倒されたと思っており、最初に兵士から戦いに勝利したと聞かされた時は信じられなかった。だが兵士が本当だと強い口調で言ってくるので確認の向かうと本当に西門の守備隊が勝利し、数百人の亜人を捕らえていたので驚いたのだ。
「どうだ? 私が言った通りだっただろう?」
驚く代表の騎士にベイガードは小さく笑いながら話しかける。自分が騎士達に説明したダーク達がいれば西門の守備隊は負けないという言葉通りになった事が嬉しいのかベイガードは誇らしげな口調で語った。
兵士から西門の守備隊が押されていると聞かされた時はベイガードも最初は驚いていたが、最後にはダーク達は生きていると信じて西門に救援へ向かい、ダーク達が亜人連合軍に勝利した光景を見て自分の考えは間違っていなかったと気分を良くし、改めでダークは本当に凄い騎士だと確認した。
他の兵士達もダークがいれば亜人達にも勝てるかもしれないと考え始め、少しずつダークに期待するようになっていく。代表の騎士も西門の光景を見てダークの強さを認めるしかないと考えていた。
「ところで、この捕虜となった亜人達はどうするのですか?」
アリシアがベイガード達に捕らえた亜人達をどうするか尋ねる。ベイガード達はアリシアの質問を聞くと亜人達の方を見ながらしばらく黙り込む。やがてベイガードと代表の騎士がダーク達の方を向いて口を動かした。
「此処にいる全ての捕虜達をこの町で監理するのは難しいでしょう。とりあえず半分をハイリスの町へ送り、内戦が終わるまで町にいる者達に監理させる予定です」
「そうですか」
アリシアはエルギス教国軍が捕らえた亜人連合軍の捕虜達を奴隷の様に扱うのではと思っていたが、そんな様子は見られないので少し安心した。
既に奴隷制度は廃止されており、今は亜人達と戦争している最中だ。そんな状態でもし以前のように亜人達を奴隷にすれば亜人連合軍の怒りは更に大きくなり、亜人連合軍だけでなく、共闘してくれている亜人達までも敵に回す事になる。エルギス教国軍もそんな愚かな事はしないだろうと考えながらダーク達はベイガード達を見ていた。
「……では、我々はこれから今後の方針について話し合いを行います。皆さんもご一緒されますか?」
「ええ、勿論参加させてもらいます」
「分かりました。では、作戦本部へ」
ベイガードはアリシアの返事を聞き、真剣な顔で頷く。隣にいた代表の騎士は別の騎士達に捕虜をハイリスの町へ送る為の準備をするよう伝え、指示を聞いた騎士達はすぐに行動に移る。ダーク達はベイガード達に連れられて作戦本部へと戻って行った。
作戦本部の屋敷へ戻るとダーク達は会議室に入り、これからの行動について話し合いを始める。今回の亜人連合軍の襲撃でダーク達は見事に勝利し、四百人近くの亜人を捕虜とする事ができた。しかも、一番近くの亜人連合軍の拠点であるグーボルズの町には亜人連合軍の部隊がダーク達に敗北し、捕虜となっている事はまだ知られていない。
今、グーボルズの町にいる亜人連合軍は自分達の部隊がジバルドの町に攻撃を仕掛け、制圧したのではと思っているはず。それはダーク達の今後の行動にとても都合のいい事だった。
「敵は自分達の部隊が敗れた事をまだ知らない。そして、今回の襲撃で亜人達は八百近くの大部隊を送り込んできた。恐らく、敵はグーボルズの町にいた戦力の殆どを今回の襲撃に向かわせたのでしょう。つまり、今グーボルズの町の護りはとても薄くなっているという事だ」
ダーク達が地図が乗る机を囲む中、代表の騎士が力の入った声を出す。そんな騎士の話をダークとアリシア、ノワール、ベイガード、そして数人のエルギス教国軍の騎士が黙って聞いている。
部屋の隅ではレジーナ、ジェイク、マティーリアが黙って話を聞いている姿があった。今回は三人も会議室に入って話を聞いているようだ。ただ、ダーク達の会話に参加する様子は見せず、黙ってダーク達の会話を聞いていた。
「この町に送り込んだ部隊が敗北している事も知らず、グーボルズの町の護りも薄い、今こそグーボルズの町に攻撃を仕掛けるチャンスです。すぐに部隊を編成してグーボルズの町に向かわせましょう」
「まぁ、待て。確かにグーボルズの町に攻撃を仕掛けるチャンスだ。しかし、こちらも亜人連合軍の襲撃でかなりの負傷者が出ている。まずは動ける戦力の確認をしてから町の防衛部隊、捕虜の護送部隊、グーボルズの町に攻撃を仕掛ける強襲部隊の編成しないといけない」
興奮する騎士にベイガードが落ち着かせながら何を最初にやるべきかを伝える。それを聞いた騎士は落ち着きを取り戻し、静かに深呼吸をした。
代表の騎士が落ち着くとベイガードはダーク達を見ながら話を続ける。
「まず我々の被害だが、ダーク殿達が短い時間で敵の隊長を捕らえて投降させてくださった為、被害は少なくて済んだ。だがそれでも多数の死者と負傷者を出してしまい、編成し直す必要がある」
ベイガードは西門の防衛をする時に出てしまった戦死者や負傷者の事を考えて僅かに表情を曇らせる。騎士達やアリシアも亜人達の手に掛かった者達の事を思い出して小さく俯く。
だが、だからと言って落ち込んでなどいられない。まだ内戦は終わっておらず、別の町や村でも多くの人達が苦しんでいる。彼等を救い出す為にも今の気持ちを押し殺し、内戦を終わらせる為にアリシア達は戦う事だけを考えた。
「現在この町にいる約四百人の亜人達だが、半分の二百人ほどをハイリスの町へ護送する。その時に彼等の見張りとして八十人ほどを亜人達の護送に就かせる」
気持ちを切り替え、ベイガードは真剣な顔でダーク達の方を向いて話を戻した。アリシア達も表情を変えてそれを聞いている。だが、なぜ護送する為にわざわざ八十人の兵士を同行させる必要があるのか、皆が不思議に思っていた。
ベイガードは不思議そうにするアリシア達の表情を見て亜人の護送をする人数が多いのではと疑問に思っている事にすぐ気づいた。
「皆が疑問に思う気持ちも分かる。たかが護送の為になぜそんなに大勢の人数を見張りにつける必要があるのかと……相手が人間なら少ない人数でも大丈夫だろうが、相手は亜人だ。もし暴れたりした時に少人数では対処できない可能性がある。だから多めに見張りを付ける事にしたのだ」
説明を聞いたアリシア達は納得した表情を浮かべながらベイガードを見ている。確かに人間なら問題ないだろうが、亜人なら話は別だ。人間の二百人と亜人の二百人は全然違う。人間より力の強い亜人が暴走した時の事を考えてベイガードは多めに兵士を護送に就けたのだ。
「残る二百人の捕虜はこの町で監理する。彼等の見張りとこの町の防衛として少なくとも三百人は配置しておきたいと思っている」
「護送に八十人、この町の防衛に三百人、合計三百八十人ですか……現在この町にいる兵力は負傷者などを除いて約六百三十人ほど。つまり、残りは二百五十人ほどでしょうか?」
「ええ、そういう事になります」
ダークの問いにベイガードは頷きながら答える。二百五十人という人数にエルギス教国軍の騎士達は複雑そうな表情を浮かべた。
今までの話の流れからその二百五十人が亜人連合軍がいるグーボルズの町に攻撃を仕掛ける戦力という事になる。しかし、いくらグーボルズの町の亜人達が油断し、護りが薄くなっているとは言え、二百五十人でグーボルズの町を攻撃するのは難しいと騎士達は感じていたのだ。
「ベイガード殿、グーボルズの町の護りは確かに薄くなっているだろうと言いました。ですが、流石に二百五十人でグーボルズの町を解放するのは難しいだと思いますが?」
「ああ、私もそう思っている。だから亜人達を護送する部隊にハイリスの町に増援の要請をしてもらう。護送した部隊がハイリスの町からの増援部隊を連れてこの町に戻ってきた時に彼等を加えた戦力でグーボルズの町へ向かってもらおうと思っている」
二百五十人の戦力ではグーボルズの町を解放するのは難しいとベイガードも分かっていた。だから亜人達の護送を終えた部隊と彼等が要請した増援部隊を加えて編成した部隊でグーボルズの町に向かってもらうとしていたのだ。しかし、そうなるとまた別の問題が出てくる。
「ですが、そうなるグーボルズの町を攻撃するまでに時間ができてしまいます。その間にグーボルズの町の亜人連合軍が護りを固め、町の解放が困難になる可能性が……」
一人の騎士が不安を口にする。それを聞いたベイガードや騎士達、ダーク達は喋った騎士の方を一斉に見る。
確実にグーボルズの町を解放するとしたらもっと多くの戦力を送る必要がある。しかし、今のジバルドの町にはそんな余裕は無い。となると、ハイリスの町から増援を要請するしかなかった。
だが、増援部隊を要請するとなると部隊の編成などで色々と時間が掛かる。そうなるとジバルドの町に増援部隊が到着するのは数日後、その間に亜人連合軍がジバルドの町に送り込んで部隊が敗北した事に気付き、グーボルズの町の護りを固めるかもしれない。そうなったらグーボルズの町を解放するのが難しくなってしまう。
「……だが、今この町にある兵力ではどうする事もできない。町の防衛部隊の兵をそちらに回すというのもあるが、そうなると町の防衛力が低下してしまうし、亜人達が暴れ出した時に彼等を抑えるのが難しくなってしまう。他の部隊の兵を回すのは無理だ」
ベイガードも心の中では亜人連合軍が油断しているこのチャンスを逃したくないと思っていた。しかし、戦力が少ない為、どうする事もできないのだ。騎士達はチャンスを捨てるしかないと残念そうな顔で俯く。
すると、黙っていたダークがベイガード達に低い声で声を掛けて来た。
「……では、私がグーボルズの解放に回りましょう」
「は?」
ダークにベイガード達は一斉にダークの方を向く。
「私がアリシア達とその二百五十人の兵を連れてグーボルズを解放します。それなら問題は無いでしょう」
「お、お待ちくださいダーク殿、手薄になっているとは言え、グーボルズの町には少なくとも三百の亜人がいるはずです。二百五十の戦力でグーボルズの町を解放するのはいくらダーク殿でも無理かと……」
話を進めるダークに代表の騎士が慌てて詳しい説明をする。ベイガード達も少し驚いた様子でダークを見つめていた。
さっきの西門前での戦闘で勝利できたのはダークとその仲間であるアリシア達のおかげだ。それはベイガードは勿論、騎士達も認めている。彼等がいればどんな敵が相手でも勝利する事ができるだろうと感じていたのだ。
しかし、今度ばかりはダークがいても町の解放は難しいと騎士達は考えていた。だがそんな騎士達の不安など気にせずにダークは大きな態度を取る。
「その程度でしたら問題ありません」
「も、問題無いって……」
「ダーク殿、町を護るのと町を解放するのとでは訳が違います。先程の戦闘は西門を防衛していたので少ない戦力でも我々は勝利する事ができたのです。ですが今度はこちらが攻撃側、護りに入っている敵に勝利するには敵よりも多くの戦力で挑まなくてはなりません。強大な力を持つダーク殿がいても町を解放するのは不可能です」
現状と常識的考えからダークでもグーボルズの町を解放するのは無理だと言う騎士達。部屋の隅で会話を聞いていたレジーナ達はダークの本当の力を知らない騎士達を哀れに思っているのか苦笑いを浮かべながら見ていた。
「私には切り札があります。その切り札を使えば少ない戦力でも町を解放する事は可能です」
ダークは反対する騎士達を見ながら静かに腕を組んで目を赤く光らせながら言う。それを聞いたベイガードや騎士達は一斉に反応する。
「切り札、ですか? それは先程空を飛んでいた亜人達を倒したモンスターの事でしょうか?」
ベイガードが切り札が死神トンボの事かと尋ねるとダークは腕を組んだままベイガードの方を見る。
「いいえ、あんなのとは比べ物にならない物です。詳しくは説明できませんがその切り札を使えば必ずグーボルズの町を解放できます」
自信に満ちた口調でグーボルズの町を解放すると言うダークを見てベイガード達は黙り込む。先程の西門での防衛戦で数百人の亜人を倒した事、モンスターを召喚してそれを自由に操る事、今までのダークの活躍と彼の自信を見たベイガード達はダークなら町を解放してくれるのではと少しずつ気持ちを傾けていく。
このまま何もせずにいれば亜人連合軍はグーボルズの町の護りを固めて解放が難しくなってしまう。そうなれば内戦が終わるのも先になってしまい、更に多くの人が内戦で苦しむ事になる。だったら、今目の前にいる黒騎士に任せてみるのもいいのではと騎士達は思うようになったのだ。
しばらく黙って考え込んでいた騎士達は顔を上げてダークの方を向く。その表情から何かを決意したのが感じられ、ダークやアリシア達は騎士達を見て表情を鋭くする。
「……分かりました。ダーク殿にお任せします」
「ありがとうございます」
許可を出してくれた代表の騎士にダークは軽く頭を下げる。アリシアやノワールも許可が出て小さく笑い、レジーナ達も笑みを浮かべていた。
「ただし、少しでも不利な状況になり、兵士が全滅しそうなったらすぐに撤退するという事を約束してください」
「分かっています。無駄に兵士を死なせるような事はしません」
騎士の忠告を聞いてダークは頷く。最初と比べると代表の騎士も少しはダーク達の事を信用するようになったようだが、それでもまだ少し表情に不満が残っているように見えた。
「あと、最悪の結果になった場合は貴方に責任を取ってもらいます。いいですね?」
「ええ」
最後に嫌味が入っているような言い方をする騎士にダークは普通に返事をする。ノワールやレジーナ、ジェイクは騎士の言い方が気に入らなかったのか少しだけ不機嫌な表情を浮かべて騎士を睨む。
(責任を取ってもらうねぇ……まぁ、俺がいれば少なくとも最悪の結果にはならないだろうけど)
騎士と向かい合いながらダークは心の中で言い返した。別に騎士の言葉にカチンと来た訳ではなく、ただ自分のレベルと所持しているアイテムなどを使えば負ける事はないと考えて呟いたのだ。
それからダーク達はいつグーボルズの町へ向かうのか、動ける二百五十人の戦力をどう編成するのか、どうやってグーボルズの町を解放するのかなどを簡単に話し合い会議を終えた。
会議が終わるとベイガード達はダーク達が連れて行く二百五十人の兵士達を集めてグーボルズの町を解放する事を説明する。兵士達はたった二百五十人でグーボルズの町を解放する事ができるのかなど不安を口にしていたが、ダーク達が同行する事とベイガードの説得で兵士達は納得し、夜が明けと共に町を出発する事が決まった。そして夜が明けると、予定通りダーク達は西門から町を出てグーボルズの町へ向かう。同時に護送部隊も捕らえた二百人の亜人をハイリスの町へ送る為に北東門から町を出るのだった。
――――――
太陽が昇り、強い日差しがグーボルズの町を照らしている。時はもうすぐ正午を刻もうとしており、町の中では亜人連合軍の亜人達が食事を取ったり、自分達が使う武器の確認などをしている姿があった。
グーボルズの町の北側にある屋敷のリビングではグーボルズの町にいる亜人連合軍を束ねるリザードマン黒鱗族の族長リードンが椅子に座りながら酒らしき飲み物を飲んでいる。その飲み方は少し乱暴で、まるで何かに腹を立ててやけ飲みをしているように見えた。リードンの隣では同じ黒鱗族のリザードマンが少し困った様な顔でリードンを見ている。
「……遅い、遅すぎる! ジバルドの町を制圧に向かった部隊はいつ使いをよこすんだ!」
「ぞ、族長、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられっか!」
宥めるリザードマンの方を向いてリードンは飲み物の入っている盃のような器をテーブルに叩きつけるように置く。その険しい顔にリザードマンは思わずビクついた。
リードンが腹を立てている理由、それは昨日ジバルドの町に送った制圧部隊から一切連絡が無いからだ。既に部隊を送って半日以上経っているのにジバルドの町を制圧に向かった部隊から町を制圧したという知らせはまだ来ていない。リードンは部隊を送った日の夜中にジバルドの町を制圧し、夜が明ける頃には制圧を終えた事を知らせる使いが来ると考えていた。しかし、正午になっても使いは来ない為、リードンは制圧部隊は何をしているのだと不機嫌になっているのだ。
「予定では制圧部隊は夜中にはジバルドの町へ到着し、そのまま町を攻撃して既に制圧している頃だろう。何のなぜ連絡がこない!?」
「お、恐らくですが、ジバルドの町の制圧に苦戦しているのでは……」
「苦戦だと!? 八百以上の戦力で苦戦するはずがないだろう!」
「し、しかし、それ以外は考えられないかと……」
興奮するリードンに怯えながらリザードマンは自分の考えを口にする。それを聞いたリードンは舌打ちをしながら再びやけ飲みを始めた。
この時、リードンはまだ自分が送り込んでだ制圧部隊が敗北した事を知らない。いや、それ以前に制圧部隊が敗北したかもしれないなどいう事すら微塵も考えていなかった。その為、別の町から増援などを要請しておらず、現在のグーボルズの町の護りはダーク達が予想していた通りとても手薄な状態にあったのだ。
「どうせ奴等の事だ、ジバルドの町を制圧した後に俺へ報告する事を忘れてどんちゃん騒ぎでもしてるに違いねぇ、ふざけやがって!」
「ハッ、お前の部下は間抜けな奴等が多いな?」
リードンの向かいの席から男の声が聞こえ、リードンは前を向く。机を挟んだ向かいには腕を組みながら笑うケンタウロスの族長ダンジュスが床に座っている。その隣にはダークエルフの女が椅子に座っている姿があった。
褐色の肌で銀髪のツインテールに鋭い目をしており、左目を前髪で隠した十代後半ぐらいの顔をしているダークエルフ。服装は黒と緑の長袖と白のショートパンツで銀色のハーフアーマー、紺色の弓を装備しており、ダンジュスと同じように腕を組みながらリードンの方を見ていた。
腕を組むダンジュスとダークエルフの女を見たリードンは空になった器を部屋の隅へ投げ捨て、椅子にもたれて両足を机の上にドンと乗せる。
「お前にだけは言われたくないな、ダンジュス? お前の部下は間抜けな上に血の気の多い奴等ばかりじゃねぇか」
「ケッ、相変わらず癇に障る言い方するな?」
「事実だろうが」
まるで悪友同士が会話をする様に話すリードンとダンジュス。そんな二人の会話をダークエルフの女な黙って聞いている。
「それにしも、お前がこんな所に来るとは思わなかったぞ? ティルメリア」
リードンはダンジュスから視線をダークエルフの女に変え、彼女をティルメリアと呼びながら話しかける。するとティルメリアはリードンの方を向いて小さな笑みを浮かべた。
「最前線がどうなっているのか気になっててね、ダンジュスのおっさんがグーボルズの町に行くって言うから一緒に来ただけさ」
「ほお、自ら戦況を確認する為に動くとなかなか真面目じゃねぇか。そう言うところはファストンそっくりだな?」
「……やめてくれよ、あんなクソ真面目な親父と一緒にしないでくれ。親父は親父、あたしはあたしさ」
ティルメリアはファストンの名前が出ると嫌そうな表情を浮かべる。そんなティルメリアを見てリードンはニヤッと笑った。
実はティルメリアはダークエルフの族長であるファストンの娘で亜人連合軍の小隊長を任されている存在なのだ。ダークエルフである事から弓を得意としており、魔法の知識もある程度は持っている為、彼女は魔法弓士を職業とし、弓と魔法を組み合わせた攻撃で多くのエルギス教国の兵士達を倒して来た。ティルメリアは亜人連合軍の数少ない精鋭の一人と言える。
父親と同じと見られて不機嫌そうな顔をするティルメリアを見て隣にいるダンジュスは愉快そうに笑った。
「ハハハハッ! 確かにそうだな、お前とファストンは全然違う。お前はファストンと違って人間の男で遊ぶっていういい趣味を持っているからな」
「別にいいだろう? 捕まえた人間をどうしようが捕まえたあたしの自由なんだから」
「ああ、確かにそうだ。俺はお前の考えは間違ってねぇと思うぜ」
ティルメリアの言葉にダンジュスは更に楽しそうな口調で話す。ティルメリアは笑うダンジュスを見て少しめんどくさそうな表情を浮かべた。
亜人連合軍の中には捕まえた人間を奴隷としてこき使い者が多く存在している。ダンジュスやティルメリアもその中に入っているのだ。ダンジュスは男女関係なく気に入った人間を奴隷にしており、イライラしている時にはその奴隷を殺して鬱憤を晴らすというとんでもない行動をする為、四人の族長の中では人間だけでなく、同じ亜人からも恐れられている。
一方でティルメリアはダークエルフという種族とその男勝りな性格のせいか、捕まえた人間、特に十五歳以下の少年などを性欲を満たす為の玩具として利用していた。彼女のその悪癖は父親であるファストンも知っており、ティルメリアが少年を捕まえて玩具にする度にダークエルフ族長の娘として恥じぬ行動を取れと目くじらを立てる。ティルメリアもそんな真面目なファストンに叱られる度にめんどくさそうな態度を取っていた。
人間をどう扱うか話すダンジュスとティルメリアをリードンは興味の無さそうな顔で見ている。リードンも人間達を奴隷にするという考えを持ってはいるが、性的暴行を加えたり、憂さ晴らしの為に殺したりなどはしなかった。
「……おい、お前等、分かっていると思うが、この町は俺が管理しているんだ。いくらケンタウロス族長とダークエルフ族長の娘だからって勝手に人間どもを玩具にしたり殺したりなんかはするなよ?」
「へいへい、お偉いリザードマンの族長さんの言う通りにしますですよ」
「捕らえた人間や奴等に協力する亜人達をどうするかは捕まえた部隊の奴等が決めるって事になってるからな。俺等だってそれぐらいは分かってるぜ?」
リードンの忠告を聞いてティルメリアは目を閉じながら軽い返事をし、ダンジュスは笑いながら答える。二人の態度を見たリードンは本当に分かっているのか、と言いたそうな顔をしていた。
「それで? アンタ達はこれからどうするつもりなんだい?」
ティルメリアはリードンにこれからどう動くのかを尋ねた。
いつまで経ってもジバルドの町を制圧にし向かった部隊から連絡が来ないから流石にリードンも誰かを確認に向かわせるだろうとティルメリアは考えていた。ダンジュスは制圧部隊の事には興味が無いのか耳に小指を入れながら窓の外を眺めている。
「もうしばらく待つ事にする。今日中に何の連絡も無かったら流石に誰かを確認に向かわせるつもりだ」
「まだ待つ気かよ? もしかしたら、負けたのかもしれないよ?」
「お前まで何を言うんだ! 八百以上の大部隊だぞ? 増援と合流して護りが堅くなったと言え、人間軍に負けるはずがねぇだろう!」
制圧部隊が負けたのかもしれないと考えるティルメリアに対し、リードンは机の上にのせている足を下ろして力の入った声を出す。圧倒的に戦力の多い制圧部隊が負けるなんてリードンには考えられないようだ。
リードンの答えを聞いたティルメリアはあっそ、と言いたそうに肩を竦め、ダンジュスは大きく口を開けて欠伸をする。そんな中、リビングの出入口である扉を誰かが強くノックする音が聞こえてきた。
「何だぁ?」
ノック音を聞いたリードンはうるさそうな顔で返事をする。すると扉が開いて一人のエルフが慌てた様子で部屋に入って来た。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて?」
ティルメリアがエルフの表情を見て尋ねるとエルフは呼吸を乱しながらリードン達の方を向く。どうやら此処までずっと走って来たようだ。
「ほ、報告します! 東門の約1km先に人間軍が現れました!」
「何だと!?」
エルフの報告を聞いたリードンは驚きの声を上げながら立ち上がる。ティルメリアとダンジュスも意外そうな顔でエルフの方を見ていた。
東門に敵が現れたという事はジバルドの町がある方角から来たという事になる。それはジバルドの町を制圧に向かった制圧部隊が町を制圧できなかった、つまり人間軍に制圧部隊が負けたという事を表していた。
「東門に敵が現れた……八百以上の制圧部隊が負けたというのか……」
「おいおい、マジかよ?」
「にわかに信じられないねぇ」
状況を理解したリードンは目を見開きながら固まり、ダンジュスとティルメリアも立ち上がって声を漏らす。リードンの近くに控えている黒鱗族のリザードマンも仲間達が負けた事を知って微量に汗を流していた。
「と、とにかく、東門まで来てください!」
「チッ、仕方ない!」
リードンは不機嫌そうな口調で喋りながらリビングから飛び出すように出ていく。リザードマンと報告に来たエルフもリードンの後を追い、ティルメリアとダンジュスも東門の様子を見にリードン達の後をついて行った。