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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十章~怨恨の亜人~
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第百十三話  圧倒される亜人達


 剛牙兄弟を倒した後、ダークとアリシアは亜人連合軍の亜人達を次々と倒していき、西門の見張り台や城壁の上にいる両軍の兵士達、城壁の上に上がって来た亜人達はその光景を見て呆然としていた。


「流石は兄貴と姉貴だ。敵に囲まれていても苦戦する事無く戦ってやがる」


 兵士や亜人達がダークとアリシアの戦いを見て驚く中、城壁の上にいるジェイクはスレッジロックを構えながら笑って二人を見ていた。

 ジェイクはダークとアリシアが神に匹敵する力を持っており、亜人ごときに負ける事は無いと分かっている。だから、自分の仲間であるダークとアリシアが亜人達をなぎ倒す姿を見て気分が良くなっているのだ。そして同時に、二人の強さを知らずに戦いを見て呆然とする周りの兵士や亜人達が可笑しかった。

 城壁の上にいる者達の殆どが西門前の戦いに釘付けになっていた。だが中には自分達の戦いに集中して敵と剣を交える者もいる。近くで戦っている仲間の姿に気付き、周りにいる兵士や亜人達も気持ちを切り替えて戦いを再開した。ジェイクも自分のやるべき事をやらなくては、と表情を鋭くする。

 セルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は城壁の上にいる亜人達と戦いながら長梯子を上ってこようとする亜人達を落としながら戦っている。


「クソォ、まだこんなにいるのかよ!」


 城壁に掛けられている長梯子を倒したエルギス教国軍の兵士は城壁の下に大勢の亜人がいる姿を見て表情を歪ませた。兵士が表情を歪める中、亜人達は倒れた長梯子を再び城壁に掛けて上ってこようとする。

 ダークとアリシアが亜人の大半を相手にしていても一部の亜人は二人に近づかず城壁を上ってこようとしている。亜人達はダークとアリシアが仲間を倒しても城壁を越えて西門を開け、町へ侵入する事ができれば勝機があると考えて、撤退する事無く攻撃を続けているようだ。

 既に城壁の上には二十数人の亜人がおり、城壁を越えて西門を開けようとしている。兵士達は西門を開けさせまいと上って来た亜人達を倒そうとするが、リザードマンやドワーフなど力の強い亜人は手強く、なかなか倒せなかった。

 剣戟の音が響く中、一人のセルメティア王国軍の兵士がエルフの剣士を倒した。そこへ棍棒を持ったリザードマンが兵士に向かって走って来る。リザードマンに気付いた兵士は剣を構えて防御の態勢に入った。

 リザードマンは兵士に向かって棍棒を振り下ろし攻撃する。兵士は剣で振り下ろしを止めるがその攻撃は予想以上に重く、止めきれずに体勢を崩して倒れ込んでしまう。そこへリザードマンが再び棍棒を振り上げて攻撃しようとする。

 兵士はやられると感じて目を閉じた。すると、リザードマンの背後からジェイクが現れてスレッジロックでリザードマンを背後から切る。切られたリザードマンはその場に倒れ、兵士は目を開けて自分が助けられた事を知り、目の前に立っているジェイクを見た。


「大丈夫か?」

「あ、ああ、すまない」


 手を差し伸ばすジェイクを見ながら兵士はジェイクの手を借りて立ち上がり、落ちている自分の剣を拾い上げた。兵士が立ち上がるとジェイクは背を向けてスレッジロックを構え直す。


「油断するなよ? リザードマンみたいな力の強い奴には一人で挑まず仲間と協力して戦うんだ」

「わ、分かった」


 ジェイクの忠告を聞いて兵士は頷き剣を構える。その時、鉄製のハンマーを持ったドワーフがジェイクと兵士に向かって来た。ジェイクは走って来るドワーフに気付くとスレッジロックを両手でしっかりと握り、ドワーフに向かって走り出す。ジェイクとドワーフの距離は縮まり、お互いは自分達の得物を勢いよく振って攻撃する。スレッジロックとハンマーがぶつかり、城壁の上で高い金属音が響いた。

 スレッジロックとハンマーがぶつかり、ジェイクとドワーフの腕に衝撃が伝わる。ドワーフは自分よりも大きな体のジェイクを睨みながら両腕に力を入れてハンマーを押す。ジェイクもスレッジロックの柄を握り、ハンマーを押し戻そうとする。


「へへ、やっぱりドワーフのパワーは半端ねぇなぁ」


 小さく笑いながらジェイクはドワーフを見下ろしながら呟く。だが、その額には僅かに汗が垂れていた。英雄級の実力を得たジェイクでも亜人の中で力が特に強いドワーフを押し戻すのは難しいようだ。

 力で勝負するのは不利だと感じたジェイクは後ろへ軽く跳んで一旦距離を取る。ドワーフも態勢を立て直すために後ろへ下がりハンマーを構え直す。ジェイクは構えるドワーフを睨みながら警戒し、兵士はジェイクとドワーフの戦いを目を見開きながら見ていた。

 

「ドワーフと正面からぶつかるのは流石に無茶ってもんだ……だったら、やっぱりあれを使うしかないな」


 ドワーフを見つめながらジェイクは心の中で呟く。ジェイクはドワーフを警戒しながらスレッジロックを横に構えて足の位置を少しだけ変える。それを見たドワーフはジェイクが何かを仕掛けてくると感じたのかジェイクに向かって走り出した。

 走って来るドワーフを見てジェイクはスレッジロックを強く握る。その瞬間、ジェイクがドワーフの視界から消えた。ドワーフは突然消えたジェイクに驚き急停止して辺りを見回しジェイクを探す。だがジェイクの姿は何処にもない。ハンマーを構えながら探していると突然ドワーフの左脇腹に深い切傷が生まれた。その直後にドワーフの左斜め後ろにジェイクが現れる。

 兵士とドワーフは何が起きたのかさっぱり理解できずに驚きの表情を浮かべていた。脇腹を切られたドワーフは持っているハンマーを落とし、ゆっくりと前に倒れて動かなくなる。ジェイクはスレッジロックを肩に担いで倒れているドワーフを見た。


「一瞬にして倒しちまった……やっぱヘルメスの光輪こうりんはスゲェな」


 ジェイクは自分の腕に付けているブレスレット、ヘルメスの光輪を見ながら呟く。ヘルメスの光輪で自身の移動速度を高め、素早くドワーフに近づけば反撃や回避の隙を与える事なく倒す事ができる。ジェイクは凄いアイテムをくれたダークに心から感謝した。


「……さっき力の強い奴には一人で挑むなって言ったのに、一人で倒しちまった」


 先程ジェイクに忠告された兵士はジェイクがアッサリとドワーフを倒した光景を見て、あの忠告は何だったんだと思いながら目を細くして独り言を言っていた。そんな兵士に気付かず、ジェイクはスレッジロックを構え直して周囲を警戒する。

 周りを見回して誰とも戦っていない亜人がいないか探していると上空から数本の矢がジェイクに向かって降って来る。ジェイクは降って来る矢に気付いてスレッジロックで防ごうとした。その時、突然右側から斬撃が飛んで来て降って来る矢の全てをバラバラにする。

 ジェイクは突然の斬撃に驚き、斬撃の飛んで来た方を見る。そこにはエメラルドダガーを大きく横に振る体勢を取っていたレジーナがいた。どうやらさっきの斬撃はレジーナの剣神けんしんの指輪の力を使って放たれたもののようだ。


「油断は禁物よ?」


 ニッと笑いながら言うレジーナを見てジェイクは小さく鼻で笑う。先程兵士に油断するなと言ってたのに自分が油断するなと言われ、少しおかしく思えたのだろう。

 ジェイクを助けたレジーナはエメラルドダガーを構え直して近くにいる亜人と戦闘を開始する。ジェイクも周りに亜人がいないのを確認すると亜人達が城壁を越えられないようにする為、長梯子を上って来る亜人達を攻撃して長梯子から落としていく。敵を町へ侵入させないようにジェイク達も全力で亜人達を迎え撃つのだった。

 レジーナとジェイクが城壁の上で亜人達の侵入を食い止めている時、西門広場の上空ではマティーリアがジャバウォックを振り回してホークマンやハーピーなど空を飛んでいる亜人達と激しい戦闘を繰り広げていた。

 マティーリアは素早い動きで亜人達の放つ矢を交わしながら背後や側面に回り込み、ジャバウォックで翼を切り落として一体ずつ確実に亜人達を倒していく。亜人達もマティーリアの力に驚きながらも必死で交戦していた。

 

「チイィ! ちょこまかとすばしっこいガキだ」

「竜人だからって調子に乗ってるんじゃねぇぞ!」


 二人のホークマンが弓矢を構えながら数m先で飛んでいるマティーリアを睨みつける。周りにいる他のホークマンやハーピーも武器を構えながらマティーリアを鋭い目で見つめていた。


「……誰がガキじゃ、鳥ども? 妾はお前達よりも年上じゃ!」


 ガキ呼ばわりされた事でマティーリアは不機嫌になり、額に血管を浮かべながら自分を侮辱したホークマン達を睨む。ホークマン達は鋭い眼光で睨みつけるマティーリアに一瞬驚くがすぐに睨み返して矢を放った。

 マティーリアは飛んで来る二本の矢をジャバウォックで素早く叩き落とすと矢を放ったホークマン達に向かって飛んで行く。ホークマン達が間合いに入るとジャバウォックで振ってホークマン達を切り捨てる。マティーリアを挑発した二人のホークマンは苦痛で表情を歪めながら落下していき、真下に積まれている木箱に叩きつけられた。

 ホークマンを倒したマティーリアはジャバウォックを軽く振った後に周りにいる別のホークマンやハーピー達を睨む。睨まれた亜人達は思わず反応するが、すぐに武器を構えてマティーリアを警戒する。


「次は誰が相手をするのじゃ?」


 竜翼ははばたかせながらマティーリアは低い声を出す。亜人達は汗を掻きながらマティーリアに攻撃を仕掛けるタイミングを計る。その時、マティーリアの後ろから無数の矢がマティーリアに向かって飛んで来た。

 矢に気付いたマティーリアは上昇してギリギリで矢を回避する。後ろを見ると約50m先に十数人の弓矢を持ったホークマンとハーピーが飛んで来る姿が視界に入った。


「チッ、空を飛べる亜人がまだあんなにおったのか」


 敵の増援を見てマティーリアは舌打ちをする。逆にマティーリアと戦っていた亜人達は仲間が来てくれた事でマティーリアに勝つ可能性が高くなったと余裕の表情を浮かべていた。


「ハハハハ、どうやら快進撃もここまでのようだな、竜人のお嬢ちゃん?」

「いくら竜人のお前でも俺等とあの数の増援を相手に勝つのは難しいだろう?」

「大人しく投降しなさい。そうすれば同じ亜人として命だけは助けてあげるわよ?」


 増援が来た事で自分達に負ける事は無いと感じたのかマティーリアと戦っていたホークマンやハーピーは手の平を返した様に態度を変えてマティーリアに投降を要求する。マティーリアは仲間が来ただけで勝った気でいる亜人達を見て心の中で呆れ果てた。


(おめでたい連中じゃ。仲間が来ただけで勝ったと思い込んでおるとは……とは言ったものの、あの数と今戦っている奴等を妾一人で相手にするのは流石に厄介じゃ。このジャバウォックの持つ能力を使って一掃するか?)


 マティーリアはジャバウォックを見ながら心の中でジャバウォックの闇を放って攻撃する能力を使うか考える。

 以前ダークとアリシアを処刑しようとした異端審問官と戦った時にその能力を使って異端審問官を倒した。あれなら亜人達も難なく倒せるとマティーリアは確信している。しかし、あの能力は連続で使用する事はできない。一度使うとしばらく経ってからでないと使えないのだ。使用して隙ができた時に敵に囲まれてしまったら対応が難しい。そして、マティーリアにはもう一つ不安な事があった。


(能力を使ってもし回避されてしまったら亜人達に警戒されて当て難くなる。仮に命中させて何人かの亜人を倒せたとしても同じ事、生き残っている奴等に警戒されて命中させるのが難しくなるだけじゃ……どうする?)


 マティーリアは自分を取り囲む亜人達を見回しながらどうするか考える。亜人達は考え込むマティーリアを見て彼女が現状に悩んでいると思っているのか余裕の笑みを浮かべてマティーリアを見ていた。

 亜人達に笑いながら見られている中、マティーリアは亜人達を警戒しながら考え続ける。するとマティーリアはフッと何かを思い出した様な反応を見せ、服のポケットから何かを取り出す。それは手の平サイズの小さな筒状の物だ。亜人達はマティーリアがアイテムを取り出したのを見て思わず身構えた。


(そう言えば、戦いが始まる前に若殿がこれを渡してくれたな。もし空中戦に入り、妾が敵に囲まれた時はこれを使えと言っておったが、何なんじゃこれは?)


 筒状のアイテムが何なのか分からずにマティーリアは難しそうな顔をする。そんな中、亜人達は弓矢、剣、槍などを構えてマティーリアを睨む。マティーリアは亜人達が構える姿を見て、考えている余裕はないと感じ、アイテムを使う事にした。幸いアイテムの使い方は戦いの前にダークから教えてもらっていた為、悩む事無く使えた。

 マティーリアは筒状のアイテムを空に向かって掲げた。するとアイテムから小さな光の玉が高い音を響かせながら飛び出し、上空でパーンと破裂する。その光景はまるでロケット花火が打ち上げられた様だった。

 亜人達は打ち上げられた光の玉を黙って見上げており、光の玉が破裂すると一瞬驚きの反応を見せる。だが、その後は何も起こらず、ただ戦いの騒ぎが真下から聞こえるだけだった。


「……おいおい、何だよ今のは?」

「悪あがきにしちゃあ随分とショボくねぇか?」


 二人のホークマンがマティーリアの行動を小馬鹿にしながら笑う。他のホークマンやハーピーもつられる様に笑い出す。

 マティーリアは笑っている亜人達を鋭い目で見つめながらジャバウォックを構えている。彼女はダークが意味の無いアイテムを渡すとは思っていなかった。きっとあの筒状のアイテムには何か意味があると確信していたのだ。


「しっかし、あれだけデカい態度を取っていた竜人様がこんな笑えるあがきを見せるとは思わなかったぜ。いくら竜人と言っても所詮は……」


 一人のホークマンが笑いながらマティーリアを挑発しているとホークマンの体を光る何かが横切った。すると、ホークマンの体が腹部から真っ二つに切られ、下半身が地上に落下する。


「……え?」


 ホークマンは自分の体に何が起きたのか理解できず、無くなっている自分の下半身を見ていた。切り口からは大量の血が流れており、その光景にマティーリアや他の亜人達も驚いている。

 大量に出血して意識が薄れて来たホークマンは飛ぶ事ができなくなり青ざめながら落ちて行く。周りにいるホークマンやハーピー達は落下していく仲間を呆然と見ていた。


「な、何だ今のは? 一体何が起きて……」


 別のホークマンが仲間の身に何が起きたのか騒ぎ出すと今度はそのホークマンの体を光る何かが斜めに通過し、ホークマンの左肩から右腰まで大きな切傷が生まれて血が噴き出る。他のホークマンやハーピーの体にも次々と光る何かが横切り、体や翼が切られていく。

 一瞬にして七人の亜人が何かに切り捨てられ、理解する事もできずに西門前の広場に落下していく。生き残っている二十人近くの亜人達は仲間が何者かに殺されていく光景に驚愕する。そして、マティーリアも何が起きているのか分からずにまばたきをしながら驚いていた。

 マティーリアが驚いていると彼女の周りに五体のモンスターが現れる。そのモンスターは青と黒の体にオレンジ色の半透明の羽を持つトンボの様な姿をしていた。ただ、普通のトンボと違い全長は約2m、そして二本の前肢には大きな鎌状の刃が付いている。その五体のトンボのモンスターは高速で羽を動かしながらマティーリアの周りに浮いていた。その光景はまるでマティーリアを守っているかのようだ。

 トンボのモンスターの鎌には僅かに血が付着している。どうやら亜人達を切ったのはこのモンスター達らしい。


「な、何じゃお前達は?」


 自分の周りを飛んでいるトンボのモンスター達をマティーリアは目を丸くしながら見回す。亜人達も突然現れたモンスターを見て目を見開きながら固まっていた。そんな中、一匹のモンスターがマティーリアに近づいてくる。モンスターの口には折りたたまれた小さな羊皮紙を咥えており、それ気にづいたマティーリアはそっと羊皮紙を指で摘まむ。マティーリアが羊皮紙を摘まむとモンスターは抵抗する事無く羊皮紙を離す。

 羊皮紙を手にしたマティーリアは亜人達を警戒しながら羊皮紙を広げて中身を確認する。そこには小さな文字で何かが書かており、マティーリアはそれを黙読し始めた。

 黙読を始めてから数秒後、マティーリアが小さく笑いながら指で羊皮紙を折り、ゆっくりと顔を上げた。


「……成る程のう、あの筒のアイテムはコイツ等を呼ぶ為のアイテムじゃったのか。最初に話しておいてくれないとは、若殿も人が悪い」


 トンボのモンスターを見ながらマティーリアは嬉しそうに呟いた。

 マティーリアが受け取った羊皮紙にはダークからの伝言が書かれてあった。内容は魔導小筒を使った後に五体の死神トンボが現れるからソイツ等を上手く使って空中にいる敵を一掃しろ、というものだ。マティーリアが持っていた筒状のアイテム<魔導小筒>はLMFでは自分の居場所を離れている仲間に教えたり、何かの合図を送る為のアイテムとして使われていた物である。ダークはこの為にマティーリアに魔導小筒を渡しておいたのだ。

 魔導小筒が打ち上げられた事であらかじめ待機させておいたトンボのモンスター、死神トンボがマティーリアを援護する為に動き出した。

 死神トンボはダークがサモンピースで召喚しておいた中級モンスターでLMFの昆虫族モンスターの中でも移動速度が高く、攻撃力のあるモンスターだ。レベルは40から45の間で五つ星冒険者までなら楽に倒す事ができる。勿論、マティーリアを取り囲んでいるホークマンやハーピーも例外ではない。


「お、おい……何だよコイツ等? こんなモンスター、今まで見た事が無いぞ」

「まさか、俺等の仲間を殺したのってこのモンスター達なのか?」

「というか、コイツ等、あの竜人の小娘を守る様に飛んでやがる……もしかして、竜人が操ってやがるのか?」


 ホークマン達が動揺を見せながらそれぞれ疑問を口にする。彼等はマティーリアがモンスターを仲間にしている事に驚いているが、同時にそのモンスターが仲間を一瞬で倒してしまう程の強さを持っている事にも驚いていた。

 亜人達の態度を見てマティーリアは隙ができていると感じ、二ッと笑う。そしてジャバウォックを亜人達の向けて周りにいる死神トンボ達に指示を出した。


「お前達、周りにいる亜人達を一掃しろ! 空を飛ぶ亜人は厄介じゃ、一人も逃がすでないぞ!?」


 マティーリアの命令を聞いた五体の死神トンボはギョロッと大きな目を動かして一斉に動き出す。羽音を立てずもの凄い速さで亜人達に近づき、鋭く光る鎌で亜人達の体を切り裂いた。亜人達はあまりの速さに防御を取る事も回避する事もできず、次々と死神トンボの鎌の餌食となっていく。


「な、何だよ、コイツ等はぁ!?」

「つ、強すぎる! 本隊に戻って魔法使い達に何とかしてもらうぞぉ!」


 まだやられていない亜人達は本隊にいる魔法使いや弓兵達に助けを求める為に一斉に飛んで逃げ出す。この時、彼等はまだ魔法使いと弓兵達がノワールに倒された事に気付いていなかった。だから、本隊がいる所まで逃げても何の意味も無かったのだ。

 だが、死神トンボ達も亜人達を逃がすつもりなど無かった。逃げる亜人達を高速で追いかけ、追いつくと背中から鎌で切り捨てて一人ずつ倒していく。マティーリアが指示を出してから僅か十数秒、空中にいる殆どの亜人が死神トンボにやられて地上に落ちて行き、その光景をマティーリアは少し驚いた様子で見ていた。


「凄いのぉ、あの数の亜人達を一瞬で……もしあの五体が襲い掛かって来たら妾でも敵わないかもしれんな」


 死神トンボの強さにマティーリアは思わず本音を口にする。目の前で次々と亜人達を殺していく死神トンボ、その光景はもはや戦いではない、死神トンボ達の一方的な虐殺に近かった。

 マティーリアが死神トンボと亜人の戦いを見物していると、マティーリアの背後から一人のホークマンが剣を握ってゆっくりと近づいてくる。死神トンボが見逃した一人が気付かれないようにマティーリアの背後に回り込んだようだ。


「クソォ、よくも仲間達をぉ!」


 ホークマンは両手で剣を握ると切っ先をマティーリアの背中に向け、背後から串刺しにしようと勢いよくマティーリアに向かって飛んで行く。死神トンボに仲間達を殺されてしまい、もう何もできないと感じて、せめてマティーリアだけでも仕留めてやろうと考えているようだ。

 剣の切っ先がマティーリアの無防備な背中に迫っていく。ホークマンもマティーリアを倒せると思い、剣を強く握って飛ぶ速度を上げた。だが、切っ先がマティーリアの背中に刺さると思われた瞬間、マティーリアは素早く上昇してホークマンの背後からの攻撃をかわす。

 真上を飛んで背後に回り込み、逆にホークマンの後ろを取ったマティーリアは口から炎を吐いてホークマンに攻撃した。火だるまになったホークマンは断末魔を上げながら苦しみ、そのまま地上に落下する。落ちて行くホークマンを見てマティーリアは軽蔑する様な表情を浮かべた。


「……背後から攻めれば妾を倒せると思ったか? 愚か者め、妾はレベル68、お前達に隙を突かれるほど弱くないわ」


 自分を弱く見ていたであろうホークマンに低い声で言い放つマティーリア。それからマティーリアは死神トンボ達が飛んでいる亜人を粗方倒したのを確認すると城壁の上で戦っているレジーナ達の援護をする為、死神トンボ達を率いて移動した。

 最初は優勢だった亜人連合軍。しかし、ダーク達が参戦した事で戦況は一転し亜人連合軍が押される状態になった。西門の近くにいる亜人達は暗黒剣技と神聖剣技を発動するダークとアリシアに倒され、背後からはノワールの強力な魔法が亜人達を襲う。更に空中の亜人達を片付けたマティーリアと死神トンボ達が空中から強襲し、亜人連合軍が次第に追い込まれていった。

 亜人連合軍の中央にはまだ戦っていない亜人達が大勢おり、その中にはリザードマンの黒鱗こくりん族族長リードンの部下である黒鱗族のリザードマンの姿もあった。


「ど、どうなっているんだ……どうしてこんな事になったんだ?」


 リザードマンは剣を握りながら震えた声を出し、遠くで亜人達を薙ぎ払うダークとアリシア、空から鎌を振り回す死神トンボ、城壁や西門の上で亜人達を倒していくセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達を見ている。

 数は圧倒的に自分達の方が上なのに、どうして西門を突破する事ができないのか、いや、それ以前にどうして自分達が押されているのかリザードマンは全く理解できなかった。それは彼の周りにいる他の亜人達も同じだ。


「数日前までは我々が人間達を押していたのに、どうして今は我々が押されているのだ……人間達が何かしたのか? それとも今まで本気ではなかったのか?」

「隊長! 最初に西門に攻撃を仕掛けた部隊のほぼ全てが壊滅しました。その被害は三百を超えています!」

「馬鹿なっ!? 戦いが始まってからまだ一時間程度しか経っていないんだぞ、それなのに既に我が部隊の被害は半数近く出ていると言うのか!」


 報告に来たエルフの話を聞いてリザードマンは声を上げる。周りにいる亜人達も信じられずに目を見開いた。

 当然だ、戦いが始まってから一時間ほどで三百近くの敵を倒す部隊などいるはずがない。それができるとすれば神話やおとぎ話の世界だけだ。

 しかし、今目の前でその神話やおとぎ話でしかあり得ない出来事が起きている。亜人達は目の前で起きているのが現実なのか、それとも夢なのか理解できないくらい混乱していた。


「隊長、我々はどうすればよいのですか!?」


 近くにいた山羊頭の亜人が力の入った声でリザードマンに尋ねる。その声を聞いて混乱していたリザードマンは我に返り戦況を確認した。このまま戦っても自分達が逆転するチャンスは無いと感じたリザードマンは撤退の決断をする。


「……仕方がない、全軍に撤退の指令を出せ! グーボルズの町に戻る」

「しかし、背後にはいつの間にか回り込んだ敵の魔法使いがいます!」

「落ち着け! 魔法使いと言ってもたった一人だ。しかも報告では子供だそうじゃないか? 大勢で一気に突っ込めば魔法使いなど恐れるに……」


 リザードマンが仲間達の語り掛けていると背後から大きな爆発が起きた。爆発音に驚いたリザードマンや他の亜人達は一斉に振り返り後ろを見る。大きく燃え上がる炎の中からノワールが真剣な表情を浮かべながらこちらにゆっくりと歩いて来る姿が見えた。

 歩いて来るノワールの後ろには大勢の亜人やゴブリンなどのモンスターが倒れており、亜人達は倒れている者達がさっきの爆発で倒れたのだと気づき一斉に青ざめる。


「な、何なんだ、あのガキは……人間、なのか?」

「わ、分かりません。ただ、情報では後方にいた魔法使い部隊と弓兵部隊は全員あの子供一人に倒されたとか……」


 たった一人の少年に弓兵と魔法使い達が全滅させられた、それを聞いたリザードマンは言葉を失う。ただ遠くからこちらに向かって歩いて来るノワールを化け物だと思っていた。


「た、隊長、あれほどの力を持つ少年を相手に撤退は難しいかと思いますが……」

「バ、バカ野郎! 何ビビってやがる!? 相手は子供だぞ、俺達亜人が負けるはずが……」


 リザードマンが怖気づいている仲間達に喝を入れていると西門の方から轟音と亜人達の悲鳴が響く。リザードマンは今度は何だ、と言いたそうな顔をしながら振り返ると50mほど先で大剣とエクスキャリバーを持って歩いて来るダークとアリシアの姿を確認する。

 何十人もの亜人を倒した二人の騎士が近くまで来た事にリザードマンと彼の周りにいる亜人達は大量の汗を流す。リザードマン達も近づいて来るダークとアリシアを見てはガタガタと震えていた。

 ゆっくりとリザードマン達の方へ歩いて行くダークとアリシアに二人の周りにいる亜人達は恐怖を感じながらも足止めしようと戦いを挑む。だが、ダークとアリシアは素早く得物を振って攻撃して来た亜人達を切り捨てた。

 ダークが亜人を倒しながら歩いていると、数十m離れた所で自分達を見ている黒鱗族のリザードマンと多くの亜人の姿を確認する。周りの亜人達と雰囲気が違い、ダークはあの中に敵の隊長がいるのではと考え、目を赤く光らせると勢いよくリザードマン達に向かって走り出す。アリシアも少し遅れてその後に続いた。

 亜人達は走って来るダークとアリシアを見て武器を構える。だが、今までのダークとアリシアの戦いを見て、自分達では勝てないと悟っているのか動こうとせず、心の中では逃げ出したいと殆どの亜人が思っていた。

 ダークは少しずつ亜人達との距離を縮めていき、亜人達の数m手前まで近づくと高くジャンプをして目の前で固まっている亜人達の真上を通り過ぎ、亜人達の真後ろに着地してその先にいるリザードマンに向かってまた走り出す。アリシアも遅れてダークが着地した場所と同じ場所に着地してダークの後を追う。亜人達はダークとアリシアのジャンプ力を目にして目を丸くする。

 リザードマンは大勢の亜人を飛び越えて来たダークとアリシアを見て目を見開く。彼の周りにいる亜人達はリザードマンを守る為に武器を構えながら走って来るダークとアリシアに向かっていった。ダークとアリシアは走りながら向かって来た亜人達を次々に切り捨てて行き、一気に隊長であるリザードマンの前までやって来た。


「ヒィーッ!」


 目の前まで来たダークとアリシアにリザードマンは思わず座りこむ。周りの亜人達もリザードマンの前まで来たダークとアリシアを見て、隊長がやられると感じたのか怯えた様子でダーク達を見ていた。

 ダークは目の前で座り込む黒いリザードマンを見下ろし、アリシアは周りの亜人達が攻撃してこないか警戒する。リザードマンを見ながらダークは大剣の切っ先をリザードマンの喉元に突き付けた。


「お前が亜人達の隊長か?」

「え?」

「正直に答えろ。嘘をついたら即切り捨てる」

「そ、そうだ! 俺が隊長だ!」


 リザードマンはダークの脅しを聞いて素直に自分が隊長だと認める。ダークは怯えているリザードマンを見ながらまた目を赤く光らせた。

 ダークは最初、目の前で座り込んでいるリザードマンが隊長なのかは当然分からなかった。そして彼が本当の事を言うのかも分からない。だが、自分の強大な力を見せつけて相手が怯えている時に嘘をついたら殺すと言えば精神的に追い込まれ、相手が真実を口にすると思い脅しをかけたのだ。

 その脅しを聞いたリザードマンは慌てて自分が隊長だと言った為、ダークはリザードマンが嘘をついていない、彼が敵部隊の隊長だと知る事ができた。


「これ以上戦ってもお前の仲間が無駄死にするだけだ。降伏しろ、そうすれば命は保証する」

「ほ、本当か?」

「ああ、私達も無益な戦いは望まない」


 降伏を要求するダークを見てリザードマンは俯く。遥かに多い戦力で挑んだのに町を陥落させるどころか西門を突破する事もできず、逆に自分達が追い込まれている。このまま未知の力を持つ敵と戦いを続けても自分達が勝てる可能性は極めて低い。勝てない戦いを続けても仲間が死ぬだけ、それなら答えは一つしかなかった。


「……わ、分かった。降伏する」


 持っている武器を捨ててリザードマンは座り込みながら降伏する。ダークとアリシアもリザードマンが降伏したのを見ると殺気を消して武器を下ろした。

 それから隊長のリザードマンの指示で周りにいる亜人達はまだ戦っている亜人達に自分達が負けた事を伝えに回る。その知らせを聞いた亜人達は敗北した事に愕然とし、守備隊のセルメティア王国軍とエルギス教国軍は勝利に笑みを浮かべた。

 ダーク達はジバルド町に攻めて来た亜人連合軍の大部隊を撃破し、見事に勝利した。


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