第百十二話 亜人を薙ぎ払う強者
作戦本部である屋敷の一室では西門に敵が現れた事を報告しに来た兵士の方を向いて、ベイガードや部隊長である数人の騎士は鋭い表情を浮かべていた。
亜人連合軍が西側から現れ、そのまま西門に攻撃を仕掛けてくる事は予想していた為、報告を聞いたベイガードは焦らず、落ち着いた様子を見せている。だが、ダーク達に敵が西門に攻撃を仕掛けてくるかもしれないと説明した騎士は予想通り亜人達が西門に攻撃して来たので、やはり護りの戦力を西門に集中させればよかったではないか、と少し悔しそうな顔をしていた。
「やはり損傷の大きい西門を攻撃して来たか……」
「ですから私は西門にもう少し戦力を送った方がいいと仰ったのです!」
考え込むベイガードを見て騎士が力の入った声を出す。部屋にいる他の騎士達も増援部隊の戦力を平等に分けたのは失敗だったと感じているのか不安と焦りが混ざった様な表情をしながら仲間同士話し合っている。
騎士達がざわついている中、ベイガードは落ち着いた態度のまま騎士達の方を向いた。
「しかし、貴公もダーク殿達がいれば西門は大丈夫だと話したら納得したではないか?」
「そ、それはそうですが……」
「一度信じると決めたのなら、最後までダーク殿達を信じろ」
「うううぅ……」
ベイガードの言葉に何も言い返せない騎士は低い声を出しながら俯く。
確かに一度はダーク達を信じてみようと思い、戦力を平等に分ける事を許可した。しかし、西門に亜人連合軍が現れて西門を集中攻撃していると聞かされれば守備隊が全滅して西門を突破されるのではと不安になってしまうのだ。だから町に侵入されるのではと心配で仕方がなかった。
騎士達が不安そうな顔をしているとベイガードが代表の騎士に近づき彼の肩にポンと手を置く。騎士はふと顔を上げてベイガードの顔を見た。
「大丈夫だ。彼等なら絶対に亜人連合軍を撃退してくれる」
「……ベイガード殿はどうしてそこまであの者達を信じているのですか?」
「彼等はセルメティア王国よりも巨大な国家である我々エルギス教国を一度敗北へ追い込んだ者達だからだ。貴公等も知っているだろう? 六百人近くの先遣隊を壊滅させ、私と同じ六星騎士を四人倒したという事を?」
ベイガードの話を聞いて騎士達は一斉にベイガードに視線を向け、前の戦争の事を思い出す。六百近くの先遣隊を壊滅させられ、六星騎士が倒された事、それが一人の黒騎士とその仲間によるものだと知ったエルギス教国は大きな衝撃を受けた。
その衝撃を与えた黒騎士が今自分達と共に戦ってくれている、ベイガードはそれだけでダーク達なら大丈夫だと信じていたのだ。直接戦っているところを見た事はないが、ダークの情報などから分析すれば彼の強さが本物だと分かった。
騎士達はベイガードの話を聞いてダーク達の強さを少しだけ信じてもいいかと感じる。そんな時、部屋の中にもう一人別のエルギス教国の兵士が勢いよく扉を上げて飛び込んできた。その表情は最初に報告に来た兵士と違って焦りと動揺が見られる。ベイガード達は扉が開く音を聞き、驚きながら兵士に視線を向けた。
「どうした!?」
「ほ、報告します! 西門の守備隊、亜人連合軍の猛攻を受けて被害が拡大しています。このままでは西門が突破される可能性が!」
「何だと!?」
兵士の報告を聞いてベイガードは驚きの声を上げる。ダーク達がいるのに西門の守備隊が押されているなど思いもしなかったのだ。
「ベイガード殿、これはどういう事ですか!? あの黒騎士達がいれば西門は大丈夫なのではなかったのですか?」
騎士は話が違う事に興奮し、ベイガードに問いかける。ベイガードも流石も驚きは隠せず、俯いて緊迫した表情を浮かべていた。
何も言わないベイガードを見て騎士は小さく舌打ちをする。
「こうなってしまった以上、約束通り北東門と南門の戦力を西門に送らせてもらいます。お前達、すぐに二つの門に部隊に救援を要請を出せ」
「ハ、ハイ!」
指示を聞いた兵士達は慌てて部屋を飛び出して二つの門の守備隊に救援に向かう。騎士達は救援を要請してどのくらいで西門に二つの門の戦力が到着するのかなどを話し合いながら作戦を立てる。
騎士達が会議をする横ではベイガードが俯きながら驚きの表情を浮かべていた。
(どういう事だ? ダーク殿達がいる西門が押されているなんて、まさか、ダーク殿がやられたのか!? ……いや、そんなはずはない。私達六星騎士を圧倒し、最上級魔法を使える少年を仲間にしているあの黒騎士が負けるなど……)
心の中で自分達を負かしたセルメティアの黒い死神が亜人ごときに負けるはずがないとベイガードは呟く。もしかしたら、今でも生き残って亜人達と戦っているかもしれないと考えていた。一方で騎士達はダーク達はとっくに死んでいるだろうと考え、亜人連合軍を残りの戦力でどう押し戻すか考え続けていた。
ダークはまだ亜人達と戦っていると考えているベイガードはある決意をし、騎士達の方を向いて声を掛けた。
「私はこれからこの屋敷にいる一部の部隊を連れて西門への救援に向かう。此処は貴公等に任せる事になるが構わないか?」
「指揮官自ら最前線へ行かれるのですか?」
「指揮官だからこそだ。それに私は六星騎士、私が行く事で戦況が多少は変わるだろう」
六星騎士はエルギス教国軍の精鋭騎士と言われている存在、その六星騎士が行けば西門の守備隊の士気も高まり、勝率が上がるかもしれないとベイガードは考えていた。
ベイガードの言葉を聞いた騎士達は一理あると感じる。何よりも今は少しでも西門に戦力を送らなければならない戦況だ。ベイガードに反対する理由はどこにも無かった。
「分かりました。此処は私達が引き受けます、お気をつけて」
「すまない」
許可を出した騎士に礼を言うとベイガードは早足で部屋を出て行った。
ベイガードがいなくなると騎士達はすぐに話し合いを再開する。そんな中、代表である騎士は部屋の出入口を見ながら呆れた表情を浮かべた。
(まったく、自分達を負かした国の騎士をあそこまで信頼するとは、何を考えておられるのだ、あの方は?)
騎士はダークを強く信じているベイガードの考えが理解できずに呆れる。そしてダークはもうとっくに死んでいるだろうと考えていた。
増援部隊の主力であるセルメティアの黒い死神も所詮は人間、人間の大部隊には勝てても亜人の大部隊に勝つのは無理だったと騎士達は思っている。だが、彼等の予想とは全く違い事が現実で起きていた。
――――――
騎士達が作戦本部で作戦を練っている頃、西門前ではダークが自分を取り囲む大勢の亜人を相手に圧倒していた。大剣を振り回して亜人達を時には吹き飛ばし、時には両断する。三体のオーガを倒してから僅か数分しか経っていないのに既にダークの周りには数十の亜人の死体が転がっていた。
西門前で次々に亜人達を倒すダークの姿に見張り台と城壁の上にいるエルギス教国軍の兵士や騎士達は驚愕の表情を浮かべている。セルメティア王国軍はダークの強さや前の戦争での活躍を知っているが、実際ダークの戦う姿を見てエルギス教国軍程ではないが驚いていた。
「な、何なんだよ、あれは……」
「あれって、セルメティア王国の黒い死神って言われている黒騎士じゃねぇのか?」
「あ、あの六星騎士を倒したっていう?」
エルギス教国軍の騎士と兵士が僅かに震えた声で話をしながらダークを見下ろしている。嘗て敵であったセルメティアの黒い死神の戦いを目にし、驚きと興奮を感じている様だ。だが、彼等以上に驚いていたのは敵である亜人達だった。
人間よりも優れた力を持つ亜人がたった一人の黒騎士に押され、既に数十人もの仲間が倒されている光景にダークの周りにいる亜人達は武器を握りながら距離を取って驚いている。中には怯む事無くダークに挑む者もいたが近づいた瞬間に大剣の餌食となりその場に倒れ動かなくなった。
「どうした、亜人達。まさかたった一人の人間を前に恐怖しているのか?」
攻撃をやめたダークは周りにいる亜人達に大剣の切っ先を向けながら挑発する。亜人達はダークを睨みながら武器を構えるが、ダークの強さを警戒しているのか、それともダークに恐怖しているのか誰も攻撃しようとしなかった。
「憶するな! 相手はたった一人だ、取り囲んで一気に仕留めろ!」
亜人達の中にいるエルフが持っている剣の切っ先をダークに向けながら周りにいる亜人達に指示を出す。それを聞いた亜人達は自分達の方が数が多いんだ、全員で掛かれば負けるはずがないと一斉にダークに向かって走り出す。
攻撃を仕掛けてくる亜人達を見てダークは暗黒剣技で一掃しようと大剣を強く握る。その時、ダークの真上から無数の白い光の針が雨の様に降り注ぎ、ダークに襲い掛かろうとした亜人達の体を真上から貫く。
光の針を受けた亜人達は全員その場に倒れ、光の針を受けなかった亜人達は仲間がやられた光景を目にし、驚いてダークへの攻撃をやめる。他の亜人達も驚愕の表情を浮かべていた。
「この光の針、まさか……」
周りの亜人達が倒されたのを見たダークは上を向く。すると一つの人影が下りて来てダークの真後ろに着地する。その人影はエクスキャリバーを握り、ダークに背を向けるアリシアだった。先程の無数の光の針はアリシアの神聖剣技の一つである白光千針波だったのだろう。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「フッ、そうか」
ダークの返事を聞き、アリシアは目を閉じて小さく笑う。ダークの力ならこの程度の敵に負ける事はないとアリシアは最初から分かっていた。だが、念の為に訊いてみたのだろう。
お互いに背を向けながら周りにいる亜人達を見て得物を構えるダークとアリシア。亜人達はまた敵が一人増えた事で警戒したのか武器を構えながら距離を取る。
「人間風情が調子に乗るなよ?」
亜人達がダークを睨んでいると亜人達の中から一人のレオーマンが前に出た。その後ろからもう一人別のレオーマンが続いて姿を見せる。レオーマン達は二人ともダークよりも少し背が低いくらいで右手には戦斧を持ち、左手には灰色のバックラーが装備されていた。周りの亜人と比べるとダークとアリシアに驚いている様子は無く、ズシズシと二人に向かって歩いて行く。
ダークとアリシアは近づてい来るレオーマン達を見て構えている大剣とエクスキャリバーを下ろし、ジッとレオーマン達を見る。レオーマン達はダークとアリシアの前に立ち鋭い目で二人を睨みつけた。
「どうやってオーガや周りの雑魚どもを簡単に倒したか知らねぇか、俺達には通用しねぇぞ?」
「俺達は周りで倒れている雑魚とはレベルが違うんだよ」
レオーマン達はダークとアリシアを睨みながら戦斧を構えて戦闘態勢に入る。どうやら態度と口調からダークとアリシアに勝つ自信があるようだ。
「おい、あの二人って……」
「ああ、剛牙兄弟だ。レオーマンの族長であるガルガンから信頼されている奴等だ。何でも奴隷だった頃は剣闘士をやっていたとか……」
「レベルも47と45で英雄級の実力を持つ人間とも互角に戦えるって聞いてるぞ」
周りにいる亜人達がこそこそとレオーマン達を見ながら小声で話をしており、ダークはその会話を会話盗聴の技術で聞いていた。会話を聞いてダークは目の前にいるレオーマン達が人間に強い恨みを持っているのだと知る。
剛牙兄弟と呼ばれているレオーマン達はダークとアリシアを睨んだまま戦斧を強く握る。どちらも今すぐ二人を切り捨ててやりたいと思っているのか唸り声を上げていた。
「先に言っておくが此処で死ねると思うなよ? 俺達はお前等人間に長い間奴隷として苦しめられてきたんだ。お前等にも同じ苦しみを味わわせてやるぜ」
「俺達亜人の奴隷として死ぬまでこき使ってやるよ」
「……ハアァ、お喋りはいいからかかって来い。私達は忙しいんだ」
ダークがめんどくさそうな口調でレオーマン達を挑発する。それを聞いたレオーマン達は歯を強く噛みしめながら目を見開く。それなら望み通りにしてやるよ、そう思いながらレオーマン達はほぼ同時にダークとアリシアに戦斧を振り下ろして攻撃した。
周りの亜人達は怪力を持つレオーマン、しかも四十代のレベルを持つ彼等の攻撃は避ける事も防ぐ事もできないだろうと思いながらダークとアリシアを見ている。だが、ダークとアリシアは慌てる事なく迫って来る戦斧の刃を武器を持っていない方の手で難なく受け止めた。
亜人達、そして攻撃をしたレオーマン達はダークとアリシアが攻撃を止めた姿を見て目を見開きながら驚く。武器で防いだり跳んで回避するのならまだ分かるが素手で受け止めるなど信じられなかったのだ。
レオーマン達は態勢を立て直す為に後退しようとした。だが、ダークとアリシアが戦斧の刃を持っている為、離れる事ができない。腕に力を入れて何とか引き離そうとするが戦斧はピクリとも動かなかった。レオーマン達は攻撃を止められただけでなく、自分達が人間相手に力負けしている事に更に驚きの表情を浮かべる。
驚くレオーマンをアリシアは目を細くしながら見つめている。ダークも兜の下で気の毒そうな表情を浮かべながらレオーマン達を見ていた。
「お前等ぁ、調子に乗るなって言っただろうがぁ!」
アリシアと戦っていたレオーマンがダークとアリシアの態度を見て癇に障ったのか声を上げながら戦斧から手を離した。引き離す事ができないのならもう使わないと考えて捨てたのだろう。
レオーマンは空いた右手で拳を作り、アリシアの顔に殴りかかる。それを見たアリシアの表情を鋭くして持っていた戦斧を捨てた。その瞬間、アリシアはレオーマンの視界から消える。
いきなり姿を消したアリシアにレオーマンは驚く。すると、レオーマンの背中に大きな切傷が生まれ、そこから大量の血が噴き出る。レオーマンの後ろのはエクスキャリバーを振るアリシアの姿があった。
レオーマンはいつの間に背後に回り込まれて切られたのか、全く理解できないまま俯せに倒れて動かなくなる。レオーマンに背を向けているアリシアはエクスキャリバーを軽く振ってからゆっくりと振り返り倒れているレオーマンを睨む。
「女の顔を殴ろうとするなんて最低だな」
アリシアは低い声で死んでいるレオーマンにそう言い放った。
「ば、馬鹿な、兄貴がやられた?」
もう一人のレオーマンはアリシアに倒されたレオーマンを見て震えた声を出す。どうやらアリシアが倒したレオーマンが兄でダークと戦っているレオーマンが弟のようだ。
「敵を前によそ見をするとは随分余裕だな」
ダークは倒された兄を見ている弟のレオーマンに声を掛けると戦斧の刃を持つ手に力を入れて刃を粉々にした。刃が砕けた音を聞いてレオーマンはダークの方を向き、砕けた戦斧の刃を見て愕然とする。そこへダークが大剣を横に振って攻撃しレオーマンの首を刎ねた。
レオーマンの体は首から血を噴き出しながら仰向けに倒れる。その光景を目にした周りの亜人達は驚愕の表情を浮かべながら騒ぎ出す。剛牙兄弟と言われた強者二人がアッサリと人間に倒されたのだから当然だ。
「とりあえず、亜人連合軍の中でも強いと言われている戦士を二人倒す事ができたか」
「ダーク、この後はどうする?」
ダークとアリシアが周りの亜人達に視線を向けると二人と目が合った亜人達はビクつき後ろへ一歩下がる。ダークは怯えている亜人達を見ると大剣を両手で構え直した。
「何処かにいる敵の隊長を見つける。短時間で戦いを終わらせるなら敵の隊長を捕らえて降伏させるのが一番だ」
「確かにそうだな……それじゃあ、敵を倒しながら奥へ進むとしよう!」
アリシアはエクスキャリバーを下段構えに持ちながら前にいる亜人達を睨む。亜人達は汗を流しながら武器を構えてダークとアリシアを見ている。亜人達が武器を構えて戦闘態勢に入るとダークとアリシアは勢いよく亜人達に向かって走り出した。
ダークとアリシアが西門前で亜人達と戦っている時、ノワールは浮遊を使って浮き上がり、亜人連合軍の上空を飛んで後方にいる敵部隊のところへ向かっている。亜人達はダークとアリシア、そして城壁を越える事に集中している為か飛んでいるノワールに気付く事はなかった。
「門や城壁を攻撃している敵はマスター達が何とかしてくださるはず。その間に後方にいる弓兵や魔法使い達を片付けないと」
ノワールは飛びながら真下にいる大勢の亜人達を見て呟く。本来なら城壁を越えようとしている亜人達を先に倒すべきだが、ダーク達がいるから大丈夫だと考え、先に敵の弓兵や魔法使いなど遠くから攻撃を仕掛けてくる敵を倒して戦いやすくしようとノワールは考えて敵部隊の後方に向かっていたのだ。
真横などを通過する矢や火球などを無視してノワールは真っ直ぐ飛び続ける。そして敵部隊の後方で大勢のエルフが魔法と矢を放っている姿を確認し、空中で停止して空から敵の弓兵と魔法使いを見下ろす。
「結構いるなぁ……それも殆どが弓と魔法を得意とするエルフ達だ」
後方から攻撃を仕掛ける亜人のほぼ全員がエルフであるのを見てノワールは驚く。中にはエルフ以外の亜人もいるが、数える程度しかいなかった。そんな遠距離攻撃に優れた部隊を見てノワールは真剣な表情を浮かべる。
「エルフは弓矢と魔法、どちらも得意とする種族だから全員を倒さないとセルメティアとエルギスの人達が有利に戦えないな。とりあえず、まずは魔法を止めないと……魔法封印!」
ノワールは右手を地上にいる弓兵や魔法使いのエルフ達に向けて魔法を発動させる。ノワールを中心に銀色の光が球状に広がり、地上にいる弓兵や魔法使い達を包み込む。エルフ達は自分達が魔法を受けた事に気付いていないのか何の反応も見せなかった。
魔法が発動した後も何も起こらず、魔法は失敗したかのように見えたがノワールは驚いたり慌てる様子は見せず黙ってエルフ達を見ている。
地上にいるエルフ達はノワールの存在に気付かず西門への攻撃を続けていた。弓兵達は矢を放つとすぐに矢筒から新しい矢を取り出し、西門の見張り台や城壁の上にいるセルメティア王国とエルギス教国の兵士達を狙って矢を放ち攻撃する。
放たれた矢は門や城壁に当たる事が多いが中には兵士に命中する物もあった。弓矢が得意なエルフでも百発百中という訳ではないようだ。
「……チッ、矢の本数も少なくなってきたな。おい、左側の城壁の上にいる敵に魔法を撃ってくれ!」
「分かった!」
弓兵のエルフが魔法使いのダークエルフに魔法を放つよう指示を出す。返事をしたダークエルフは杖を構えて城壁の左側に狙いを付ける。近くにいた他のダークエルフの魔法使い達も城壁の左側を狙って杖を構えた。
「火弾!」
「雷の槍!」
「闇の光弾!」
「水の矢!」
「風の刃!」
ダークエルフ達は魔法の名を叫び、城壁に向かって魔法を発動させる。ところが、どういう訳か魔法は発動せず、魔法使い達は誰も魔法を撃つ事はできなかった。
「な、何だ? どうなってる?」
「どうして魔法が発動しないのよ!?」
魔法が使えない事にダークエルフ達は驚きの声を上げる。弓兵のエルフ達はダークエルフ達の姿を見て不思議そうな顔を見せた。
「どうしたんだ?」
「魔法が発動しないんだよ!」
「何だと? 魔力が尽きたんじゃないのか?」
「そんなはずはない。少し前に魔力を回復させるポーションを飲んだんだぞ!」
「じゃあ、どういう事だよ!」
興奮するダークエルフにエルフも少し感情の籠った声を出して尋ねる。何が起きたのか分からずにエルフ達は攻撃をやめて騒ぎ出した。
さっきまで何の問題も無く魔法が使えたのにいきなり使えなくなった。しかも魔力の不足などが原因ではない。それなら驚いて騒いでしまうのは仕方がない事だ。
「おい、あそこを見ろ!」
一人のダークエルフが空を指差しながら仲間達に声を掛けた。それを聞いた他のエルフやダークエルフ達も一斉に空を見上げる。そこには空中で自分達を見下ろすノワールの姿があった。
「な、何だあれは? 人間の子供?」
「いや、頭に角が二本生えてるぞ。俺達と同じ亜人じゃないのか?」
「あんな姿の亜人、見た事ないわよ。というかあの子、宙に浮いてるわよ? もしかして人間側の魔法使いじゃないの?」
ノワールを見上げながらエルフとダークエルフ達は疑問を口にする。そんなエルフ達を見下ろしながらノワールは小さな口を動かした。
「申し訳ありませんが、貴方達の魔法は僕が封印させてもらいました」
「何だって? 封印?」
「……それじゃあ、俺達の魔法が使えなくなったのは、お前の仕業なのか」
エルフ達はノワールを見上げながら驚きの表情を浮かべる。ノワールは宙に浮いたまま無表情でエルフ達を見ていた。
ノワールが最初に発動させた<魔法封印>は闇属性最上級魔法の一つで使用者よりもレベルの低い者の魔法を一定時間封じる事ができるという魔法使い系の職業を持つ者にとって最悪と言える魔法だ。効果範囲は最大で200mほどで味方が影響を受ける事も無い為、周りに仲間がいても普通に使う事ができる。ただ、この魔法は魔法使い系の職業でも上位の職業が一定の条件をクリアしなければ習得できない。だからLMFでもこの魔法を習得できているプレイヤーは少ないと言われている。ダークはノワールにこの魔法を覚えさせる為にLMFにいた頃、かなり苦労してノワールを育成したようだ。
目の前にいる少年が魔法を封印するほどの力を持っていると知ったエルフ達はノワールを危険と感じ、此処で倒さないといけないと判断した。だが、魔法使い達は魔法が使えない為、弓兵達が浮いているノワールに向かって矢を放ち攻撃する。
「物理障壁!」
無数の矢がノワールに向かって勢いよく飛んでいく中、ノワールは飛んで来る矢を見て叫ぶ。するとノワールの前に緑色の障壁が展開されて矢を防ぎ、ノワールに当たる事なく矢は地面に落ちた。エルフ達はノワールに矢が届かなかった光景を見て目を見開きながら驚く。
「アイツ、障壁で矢を防いだぞ!?」
「おいおい、こっちは魔法が使えないのにあのガキは魔法が使えるのかよ?」
「何よそれ、卑怯じゃない!」
「下りて来て魔法を使わずに戦いやがれぇ!」
エルフ達はノワールに攻撃が効かない事や自分達が使えない魔法をノワールが使える事に対して不満と怒りを口にする。ノワールは戦いの場で何を言っているのだと感じながら頭を掻いた。
<物理障壁>と呼ばれる魔法は土属性の下級魔法で魔法障壁の物理攻撃版である。自分よりもレベルの低い者の物理攻撃を防ぐ事ができる魔法だが、レベルの高い者の攻撃や威力の大きい物理攻撃は防ぐ事はできない。ノワールのレベルなら低レベルの亜人達の攻撃は問題なく防げる。
騒いでいるエルフ達を見ていたノワールは小さく溜め息をついてから頭を掻くのをやめる。これ以上エルフ達の見苦しい姿を見るのが嫌になったようだ。
「焼夷球!」
ノワールは右手に赤い火球を作り、それを地上にいるエルフ達に向かって投げつける。火球はエルフ達の足元に落ちると爆発して周囲を炎を広げた。炎は周りにいるエルフ達を呑み込み、エルフ達は体中の痛みと熱さに声を上げながらもがき苦しむ。
<焼夷球>は火属性の上級魔法で火球を相手に向かって投げつけ、何かに命中すると爆発し、周囲を炎で焼き尽くす魔法だ。LMFでは広がった炎に触れると確実に火傷状態となる。爆発のダメージを受けた後に火傷によるスリップダメージを受けるので、強力な魔法だと覚えるプレイヤーも多かった。この世界では弱い者は炎に呑まれればすぐに死ぬので火傷のよるスリップダメージは関係ないと言える。
上空からエルフ達が炎に呑まれる姿をジッと見つめているノワール。やがて炎の中からエルフ達の叫び声が聞こえなくなり、炎はまるで消化されたかの様に綺麗に消滅した。炎が燃えていた所には黒焦げになっているエルフやダークエルフ達が転がっており、近くの草なども焦げて煙を上げている。周りには運よく炎から逃れて生き残ったエルフやそれ以外の亜人達が立っており、驚愕の表情を浮かべながら焼死体と化した仲間を見ていた。
「たった一発の魔法でこんなに大勢が……」
「あのガキ、本当に何者なんだ。魔法を封印する事ができる上に、上級魔法の焼夷球まで使うなんて……」
ダークエルフの弓兵二人が汗を掻きながら震えた声を出す。周りにいる他のエルフや亜人達も目を見開きながら焼死体を見ていたが、ノワールの次の攻撃を警戒してすぐに上空にいるノワールに視線を向けた。
亜人達の視線の先には右手を亜人達に向けているノワールの姿がある。彼の右手の中には青い魔法陣が浮かび上がっており、ノワールは何かの魔法を発動しようとしていた。
「凍結冷気!」
ノワールは以前使った事のある水属性の上級魔法を発動させる。魔法陣から白い冷気が勢いよく噴き出して地上にいるエルフ達を包み込む。突然の冷気に亜人達は対応できず全員が冷気に包み込まれる。そして冷気が消えた時、地上には氷漬けになったエルフやダークエルフ、その他の亜人の姿があった。
弓兵や魔法使いを倒したのを確認するとノワールはゆっくりと降下し地面に足をつける。ノワールが凍っている草を踏むとパリンと音を立てながら草は砕けた。
「……他に生き残った弓兵や魔法使いはいないね。よし、これで少しは町の人達も戦いやすくなったでしょう」
遠距離攻撃をする亜人部隊を片付けてセルメティア王国軍とエルギス教国軍が少し戦いで有利になったとノワールは小さく笑いながら頷く。一度戻ろうと振り返って町の方を向くと、まだ多くの亜人達が西門に攻撃をしている姿が視界に入った。
弓兵や魔法使いを倒してもまだあんなに沢山いるのか、とノワールは少し面倒そうな顔で亜人連合軍を見つめる。一度溜め息をついたノワールはゆっくりと両手を亜人連合軍に向けた。
「……戻る前に少しだけ数を減らしておこうかな」
ノワールはそう呟きながら両手の前に少し大きめの赤い魔法陣を展開させて魔法を発動させようとする。幸い今ノワールは亜人連合軍の背後をついている為、邪魔される事なく奇襲を仕掛ける事ができる状態だった。
背後に敵がいる事に気付かず西門への攻撃に集中している亜人連合軍を見てノワールは心の中で気の毒に思いながら魔法を発動させて亜人連合軍を後ろから攻撃した。