第百十一話 ジバルド防衛戦
空がオレンジ色の染まる夕方。ジバルドの町から西に10km離れた所にあるグーボルズの町。東と西にある正門の前では亜人連合軍の兵士である亜人達が二つの門を警備している。町を囲む城壁の上にはエルフと人間に鳥の翼を生やした亜人、ホークマンが弓矢を装備して遠くを見ている姿があった。この二つの種族は目が良く、遠くに敵影があればすぐに門の前にいる仲間に敵が近づいて来ている事を知らせる事ができるので城壁の上で配置されている。
東門の内側にある広場の前には大勢の亜人達が集まっていた。その全員が武器を持ち、東門前の広場でざわついている。彼等はジバルドの町を陥落させる為に編成された部隊で出陣の時を待っていた。
数日前、亜人連合軍はジバルドの町に攻撃を仕掛けたのだが、戦いで多くの亜人が戦死し、大きな被害が出てしまったので部隊を編成する為に一度グーボルズの町まで撤退した。そして再編成が終わり、ジバルドの町に攻撃を仕掛ける準備が整ったので東門前の広場に部隊を集まったのだ。
東門の前では三人のリザードマンが集まっている亜人達をジッと見つめている。その内の一人は黒い鱗を持つリザードマン、黒鱗族の族長であるリードンだった。リードンの左右にはリードンの部下と思われる黒鱗族のリザードマンが立っている。
「……これだけの戦力ならまず負ける事はねぇだろうな」
「ハイ、既にジバルドの町にいる人間軍はかなり数が減っており、まともに戦える兵士は二百人程度、その他は前の戦いで重傷を負った怪我人ばかりです」
「という事は、次の攻撃で確実にジバルドの町は落とせるって事だな?」
「間違いないでしょうね」
部下のリザードマンから次の攻撃でジバルドの町を陥落させる事ができると聞いたリードンは部隊を見ながら笑った。
リードンはジバルドの町の陥落とグーボルズの町の防衛をする為に司令官としてグーボルズの町にいる。この数日の間、リードンはなかなかジバルドの町を落とす事ができなくてイライラしていた。だが、数日間連続で攻撃を仕掛けた事でエルギス教国軍の戦力が低下し、次の襲撃で確実にジバルドの町を陥落させる事ができるところまで来て為、思わず笑みを浮かべたのだ。
「次の攻撃でようやくジバルドの町を落とす事ができる。あの町を制圧すれば一気に西部を制圧する事も可能だ。何が何でもあの町を落とすんだ。いいな?」
「ハイ!」
リザードマンはリードンの言葉を聞いて力強く返事をする。どうやらこのリザードマンもジバルドの町を攻撃する部隊の一員、しかも指揮官の様に兵士達を動かす権利を持つ存在のようだ。
「族長、一つお伝えしたい事が……」
リードンがリザードマンと話をしているともう一人のリザードマンが後ろからリードンに話しかけて来た。
「伝えたい事? 何だそりゃあ?」
振り返って話しかけて来たリザードマンの方を向いたリードンは尋ねた。リザードマンはどこか複雑そうな表情を浮かべながら手に持っている羊皮紙を広げて書かれてある内容を見る。
「ジバルドの町を偵察しに行った者からの報告で人間軍の増援部隊がジバルドの町に到着し、人間軍の護りを強化したとの事です」
「何だと! 間違いねぇのか?」
「ええ、人間軍の兵士達が話しているのを聞いたと言っていたので間違いないと思います」
「ま、まさかこんなにも早く人間軍の増援が来るとは……」
話を聞いていたもう一人のリザードマンは仲間の話を聞いて驚きの表情を浮かべる。リードンは握り拳を作り、険しい顔をしながら自分の手を殴った。
「冗談じゃねぇぞ! せっかくジバルドの町を落とせるぐらいに敵の戦力を削ったっていうのに、また人間どもの護りが堅くなっちまったのか!?」
「どうしますか、族長?」
苛立つリードンにリザードマンが尋ねるとリードンは訊いてきたリザードマンの方を向き、大きな手で顎を掴んでリザードマンを睨みつける。
「決まってんだろう、すぐに出発してジバルドの町を叩くんだよ!」
「で、ですが、敵がどれほどの増援をジバルドの町に送ったのか分かっていません。もう一度ジバルドの町を偵察し、敵の戦力を把握してから部隊を再編成し、万全の状態で攻撃を仕掛けた方がいいかと思いますが……」
「そんな事をしている間に人間どもが態勢を立て直したらどうするんだ? 奴等には前の襲撃で受けたダメージが残っているはずだ。例え増援が来てもすぐに戦える状態にはならないはずだ。奴等が護りを整える前に叩いて一気に攻め落とすんだ」
リードンの力の入った声と態勢を立て直す前にジバルドの町を陥落させるという作戦を聞いてリザードマンは黙って頷く。リードンは気が短く、不機嫌な今の状態で意見すれば殴り飛ばされるかもしれないと感じ、怖くなってリザードマンは黙り込んだのだ。
何も言わなくなったリザードマンを見てリードンはゆっくりと顎を掴んでいる手を放す。そしてもう一人のリザードマンの方へ向いて待機している部隊を指差した。
「準備が整い次第、すぐにジバルドの町に向かえ。奴等が万全な状態になる前にジバルドの町を攻撃しないといけねぇ。休憩無しで移動しろ、そうすれば真夜中にはジバルドの町に着くはずだ」
「ハ、ハイ、分かりました!」
険しい顔で指示を出すリードンにリザードマンは驚きながら返事をし、集まっている亜人達の下へ向かう。リードンは指示を終えると部隊を見送らずにもう一匹のリザードマンを連れて街の方へ移動した。
それから亜人連合軍の部隊は東門から町の外へ出てジバルドの町を目指して出発した。多種の亜人、そして彼等が手懐けてゴブリンやオークなどのモンスターが大きな街道を固まって移動する。ジバルドの町へ向かうまでの間、亜人達はリードンの命令どおり、一切休息を取らなかった。
――――――
月は雲に隠れて僅かな星だけが広がる空。日は完全に沈み、周囲がハッキリと見えないくらい暗くなっている。現在は午後十一時でもうすぐ日付が変わろうとしていた。
真っ暗な夜の中に一つの大きな町がある。その町は畑に囲まれており、北東、西、南に一つずつ門がある。そしてその三つの門の上にある見張り台ではエルギス教国軍の兵士達が町の周辺に怪しい人影などがないか見張っていた。
此処は現在亜人連合軍との戦いでの防衛線であるジバルドの町。過去に何度も亜人連合軍の襲撃を受けている為、門や城壁には多くの傷が付いている。町にいる兵士や住民達は戦いが終わる度に壊れた箇所を直し、柵などを補強して亜人連合軍の襲撃に備えていたのだ。そんな事を繰り返しながら僅かな戦力で亜人連合軍を迎え撃つのは町にいる者達にとっては非常に大変な事だった。
だが、今のジバルドの町は違っていた。町にはエルギス教国軍の兵士だけでなく、セルメティア王国の兵士や共存を望んでいる亜人達がおり、ジバルドの町の防衛に力を貸してくれているのだ。
今から数時間前、ハイリスの町から数日前に要請していた増援部隊、つまりダーク達の部隊がジバルドの町に到着した。増援の到着に町にいた兵士達は歓喜の声を上げる。だが、やって来た増援が僅か六百ほどの戦力だと知ると重苦しい空気が漂い出す。ジバルドの町にいたエルギス教国軍の部隊長らしき騎士達も亜人連合軍の戦力を考えると六百では少ないと指揮官であるベイガードに不満をぶつける。
ベイガードはそんな騎士達に戦力が少ない理由を騎士達に説明した。セルメティアの黒い死神と言われているダークとその仲間が部隊におり、彼等の実力を計算して少ない戦力でジバルドの町に来たと話す。騎士達は噂のダークが来ている事に驚くが、それでも亜人連合軍に勝てるのかと、不安に思っていた。だが、今更文句を言っても仕方がないと渋々納得する。
騎士達はダーク達を作戦本部である屋敷へと案内し、そこでジバルドの町の現状と亜人連合軍がこの数日間どう動いているのかなどを説明する。屋敷に来たベイガード、ダーク、アリシア、ノワールは騎士達の話を黙って聞いた。
「……以上が現在分かっている情報です」
屋敷の会議室でジバルドの町に駐留しているエルギス教国軍の代表と思われる騎士がダーク達に今得ている情報を全てを話した。話を聞いたベイガードは騎士の話を聞いて難しそうな表情を浮かべる。
「成る程……現在この町にいるエルギス教国軍の戦力は二百二十人。数日前の亜人連合軍の襲撃で大勢が重軽傷を負い、今まともに戦える者は百九十人ほどなのだな?」
「ハイ、敵はこれまでグーボルズの町がある西側からやって来て西門を集中的に攻撃しています。その為、現在西門は三つの門の中でも特に損傷が酷い状態になっているのです」
「西門を? 他に二つの門は攻撃していないのか?」
「ええ、ですから現在西門に動ける戦力の殆どを回し、他の二つの門には数人の警備を付けているだけの状態です。ただ、先程もお話ししたように西門の損傷が酷いので、門などを補強をし、護りを強化しても次の攻撃を耐えれるかどうか……」
「フム、敵も確実に町に侵入する為に一点突破を狙って攻めて来ている訳か……それで敵の戦力は?」
ジバルドの町の防衛力を確認したベイガードは亜人連合軍の戦力について尋ねる。それを聞いた代表の騎士は深刻そうな顔をベイガードや彼の周りにいるダーク達を見た。
「数時間前に斥候が敵部隊の様子を見に向かいました。約八百ほどの戦力で町に向かって来ているとの事です」
「八百、こちらが聞いた情報通りの戦力だな」
「……ですが敵の中にはゴブリンやオーガの様なモンスターの姿も多数あり、実際の戦力は千から千二百の間ぐらいはあるかもしれないと斥候は言っていました」
「千以上か、そっちも予想通りだな……」
敵の戦力が自分の予想していたとおりの力を持っている事を知ったベイガードは腕を組んで小さく俯き僅かに険しい顔をする。それを見た騎士はベイガードが敵が予想以上の力を持っている事に驚いていると思い、そんなに驚くならもっと多くの戦力を連れてくればよかっただろうと心の中で呟きながら目を細くしながらベイガードを見ていた。
ベイガードは騎士から細い目で見られている事に気付いていないのか表情を変えずに俯いたまま黙っている。やがて顔を上げて真剣な顔でダークの方を向いた。
「ダーク殿、私は次の襲撃でも亜人連合軍は西門に戦力を集中させて一点突破を仕掛けてくると思っているのですが、ダーク殿はどう思われますか?」
「……私も亜人連合軍は西門に戦力の大半をぶつけて来ると思います。ただ、こちらが西門に戦力を集中させる事は敵も予想しているはずです。もしかしたら護りの薄い二つの門のどちらかに別動隊を送り込んで攻撃してくるかもしれません」
「成る程、何度も西門を攻撃している為、また西門に戦力を集中させてくるだろうと我々に思い込ませ、手薄になってる他の門を攻撃して制圧、町へ侵入してくるかもしれないという訳ですな?」
「敵がそのような作戦を取る可能性はあるでしょうね……」
「では、西門にこの町の戦力と我々が連れて来た増援の一部を回し、残りの戦力を北東門と南門に配置して二つの門の護りも強化しましょう。戦力は二百ずつでよろしいかと……」
増援部隊を三つに分けて全ての門の護りを固める事をベイガードは提案する。ダークとアリシア、ノワールもそれでいいと思っているのか文句などを言わずに黙ってベイガードを見ていた。すると、代表の騎士が目を見開き、驚いた表情でベイガードに声を掛けて来る。
「ちょ、ちょっと待ってください! 敵は西門に戦力を集中させる可能性が高いのですよ? それなのに増援部隊を攻撃される可能性が低い二つの門の護りに回してしまっては西門の護りが薄くなりすぐに突破されてしまいます。西門に回す戦力をもう少し増やしてもらえませんか?」
少し興奮した様子で騎士はベイガードの提案に異議を唱えて西門の戦力を増やす事を要請した。
亜人連合軍はこれまで全ての戦力を西門に集中させて一点突破しようとしていた。となると今回も北東門と南門には一切戦力を送らず、西門を集中攻撃して来るかもしれない。もしそうなったら三百人ほどしか戦力がない西門はあっという間に突破されて町への侵入を許す事になってしまう。
本来なら増援部隊全てを西門に回してもらいたいと騎士は思っている。だが、ダーク達の言う通り、他の門を攻撃して来る可能性もある為、全ての戦力を回してほしいとは言わずに多めに戦力を送ってほしいと言ったのだ。
「ご安心ください、そっちの方はちゃんと考えてあります」
困り顔をする騎士を見てダークは落ち着いた態度で答えた。
「考え? 一体どんな考えがあるのだ?」
騎士はダークの方を向き、低い声で尋ねる。セルメティアの黒い死神と恐れられたダークに話しかけられて驚いているのか、はたまた敵であったダークが信用できないのか騎士の表情には緊張と不満が感じられた。
ダークは騎士の態度を見て自分の事を信用していないと気づく。ここまで多くのエルギス教国軍の兵士や騎士達と会って来た為、どんな態度を取る者が自分の事を信用していないのかすぐに分かる。だがダークはそんな騎士の態度をまったく気にしておらず話を続けた。
「西門の守備隊には私達が加わります」
「は? 貴公がか?」
「ええ、私以外に此処にいるアリシア・ファンリードとノワール、そして外で待機している私の仲間達が西門の部隊に加わる西門の護りに就きます」
騎士を見ながらダークは隣にいるアリシアとノワールを見る。紹介されたアリシアとノワールは騎士を見ながら軽く頭を下げて挨拶をした。ダークの言葉に騎士は目を細くしながら三人を見ている。そして心の中で彼等が加わったからと言ってどうなるんだ、自分達の力を過信しているのでは、と疑っていた。
「……心配ない。ダーク殿達ならどんな敵が来ようと西門を護り抜いてくれる」
ベイガードは騎士の態度を見てダーク達の実力を信用していない事に気付き、ダーク達がいれば西門の護りは大丈夫だと騎士に伝える。
六星騎士の一人であるベイガードが言うのなら少なくとも弱者ではないと騎士は考える。それでもまだ僅かに不安が残っているが、とりあえず信じてみるかと騎士は溜め息をつく。
「……分かりました。ベイガード殿がそう仰るのならこの振り分けで部隊を配置しましょう」
「ありがとう」
騎士が二百ずつ戦力を三つの門に配置する事を了承し、ベイガードは騎士に礼を言う。だが騎士はまだダーク達の力を信じていないらしく、チラッとダーク達を細い目で見る。
「先に言っておくが、もし亜人達が襲撃して来て貴公等が苦戦し、西門が突破されそうになっていると感じられたら二つの門に配置してある戦力をすぐに西門へ向かわせる。構わないな?」
「ええ、結構です」
ダークは騎士の言葉に不満を一切見せずに頷く。騎士はダークの反応を見るとベイガードと増援のどの部隊をどの門に配置するかを話し始めた。ダーク達も会話に加わり、部隊の戦力を確認しながら配置を決めていく。全ての増援部隊の配置が決まるとダーク達は屋敷の外に出て待機していたレジーナ達と合流、ベイガードに増援部隊への連絡と移動を任せて西門へ移動した。
西門へやって来ると大勢のエルギス教国の兵士や騎士、魔法使い達が西門前の広場に集まり、戦いの準備などをしている姿があった。城壁の上にも大勢の兵士が集まり町の外を見張っている。
広場を見回しながらダーク達は奥へと歩いて行く。兵士達は緊張した表情を浮かべながら準備をしていた。
「皆、緊張してるわね」
「無理もありませんよ、僅かな兵力で八百近くの亜人連合軍と戦わないといけないんですから」
歩きながら兵士達の表情を見て呟くレジーナにノワールが語り掛ける。二人の話を聞いているアリシアとジェイクも真剣な顔で兵士達の顔を見た。敵の方が兵力が多い上に亜人だけで構成されているのだから緊張したり不安に思うのは仕方がないと二人は考えている。
「でも、あたし達が護りに加わるんだから大丈夫よ。亜人だろうが何だろうが返り討ちにしてやるわ」
「油断はしないでくださいね、レジーナさん?」
「そうだぞ? お前達は確かに英雄級の実力者となった。だが、だからと言って油断して隙を作ってしまえばどんな強者でも敗北する」
自信に満ちた笑みを浮かべるレジーナにノワールとアリシアが忠告する。
レジーナやジェイクは人間が到達できる最大のレベルであるレベル60となった。しかしレベル60と言えど油断すれば負けてしまう。何よりも相手は亜人、彼等の中には人間の限界であるレベル60を超えるレベルを持つ者がいるかもしれないのだ。英雄級の実力者であろうと決して油断はできない。
「分かってるわよ。あたしだってもう昔の様なヤンチャな盗賊じゃないわ。どんな相手だろうと油断せずに戦うわ」
「それならいいが……」
アリシアはニヤリと笑うレジーナを見て少し心配そうな表情を浮かべる。アリシアとレジーナの後ろで二人の会話を聞いていたジェイクはレジーナの後姿を見て、昔と変わらずヤンチャなままじゃねぇか、と感じていた。
そんな会話をしながらダーク達は城壁の上に行く為の階段を上がり、西門の上にある見張り台まで移動して数人のエルギス教国軍の兵士と共に亜人連合軍が攻めて来ていないか警戒した。兵士達は静かに見張り台に上がって来たダーク達を不思議そうな顔で見ている。
ダーク達が西門の警備に入ってからしばらくすると西門前の広場にセルメティア王国軍の兵士百人とエルギス教国軍の兵士百人が到着する。エルギス教国軍には亜人達の姿もあり、その中にはリザードマンのドルジャスとジャーベルの姿もあった。
西門の守備隊は増援が来たのを見て少しだけ余裕の表情を浮かべる。だが、やって来た増援部隊の兵士から西門に回された戦力が二百人だと聞かされて守備隊の兵士達はまた不安の表情を浮かべた。彼等も亜人連合軍がまたこの西門に集中攻撃を仕掛けて来るかもしれないと予想していた為、僅か二百人しか戦力が送られてなかった事に納得できないようだ。
そんな守備隊に増援部隊の兵士はこの西門にセルメティアの黒い死神と白い魔女が配置されたと話す。それを聞いた守備隊は驚きの表情を浮かべ、広場を見回してその死神と魔女を探した。しかし、それらしい人物は何処にもいない。そんな中、兵士達は城壁を上って見張り台へ移動したダーク達の事を思い出して見張り台を見上げる。
見張り台や城壁の上にいた兵士達も見張り台に立つダーク達がセルメティアの黒い死神と魔女、そしてその仲間だと知り、驚きの表情を浮かべながら距離を取る。ダーク達はそんな兵士達の反応を気にせずに町の外を見張った。
増援部隊が加わり、西門の戦力は三百九十人ほどとなったが、それでも倍以上の戦力を持つ亜人連合軍が攻めて来るかもしれないという現実に西門にいる兵士達は不安を隠せずにいた。
兵士達が緊張しながら警備をしている中、ダークはアリシア達に何かを渡している。それは茶色い革製のダークが腰に付けているようなポーチだった。
「ダーク、このポーチは?」
アリシアは持っているポーチを見ながらダークに尋ねる。レジーナ、ジェイク、マティーリアもポーチを見ながら不思議そうな顔をしていた。
「バーネストの町を出る前に私が買っておいた物だ。中を見てみろ」
ダークに言われて、アリシア達はポーチを空けて中を確認した。中にはメッセージクリスタルと転移の札が一つずつ、テニスボールくらいの大きさの灰色の球体が一つ、赤い液体が入った薬瓶が二つ、薄紫色の液体が入った薬瓶が一つ、透明の液体が入った少し小さめの薬瓶が一つ、他にも水色の目をした白いサイコロと黄色い目をしたサイコロが一つずつ、色んなアイテムがポーチの中に入っていた。
中に入っているアイテムを見てアリシア達は目を見開く。メッセージクリスタルや転移の札は知っているが、他のは見た事の無いアイテムばかりなので驚いているのだ。
「ダーク、これは?」
「私が用意したアイテムだ。ポーションが二つにハイポーションが一つ、万能薬と煙玉が一つずつとマジックダイスが二つ、あとは転移の札とメッセージクリスタルが入っている」
「こ、これを私達に?」
「本当にいいの? どれも貴重なアイテムばかりじゃない」
レジーナが少し興奮して貰ってよいのかダークに尋ねる。ダークは驚くアリシア達を見ながら頷く。
「今度の戦いはいつも以上にキツイ戦いになりそうだからな、何かあったらその中のアイテムを使え。あと、そのポーチは常に持ち歩くようにしておけ」
「わ、分かったわ……」
「すまねぇな、兄貴」
「フム……面白そうなアイテムも入っておるな」
レジーナとジェイクはダークの方を見ながら動揺しており、マティーリアはマジックダイスを摘まんで興味のありそうな顔で見ていた。
アリシア達はダークから渡されたポーチを腰に付け、素早くアイテムが取り出せるようにアイテムの位置などをチェックする。それからダークはどのアイテムにどんな効果があり、一度も見せた事のないアイテムをどうやって使うのか簡単に確認した。
ダーク達がアイテムの確認をしている時、エルギス教国軍の兵士達は望遠鏡を使って遠くを見ていた。篝火の明かりが届く場所は見れるが、明かりの届かない場所は暗闇に包まれて何も見てない。それでも何かを確認できると思い、兵士達は望遠鏡を覗いた。
西門の右側の城壁の上にいる兵士が望遠鏡で遠くを見ていると西へ約3km離れた辺りで何かが動いた事に気付く。暗くてハッキリとは見えないが、確かに何かが動いて見えた。兵士は一度望遠鏡から目を離してもう一度望遠鏡を覗いて確認する。すると、望遠鏡の中に薄っすらとだが大勢の亜人の姿が映った。
「……ッ! 敵襲ーっ!」
兵士は亜人連合軍が攻めて来た事を知り、大きな声で叫び西門の守備をする者達全員に伝えた。兵士の声を聞いたダーク達や兵士達は一斉に叫んだ兵士の方を向き、すぐに西の方を見る。そして遠くに大勢の亜人が固まってこちらに近づいて来る姿を目にした。
「おい、急いでベイガード殿達に報告しに行け! 亜人達が西門前に現れてこちらに向かって来ていると!」
「わ、分かった!」
見張り台の上にいたエルギス教国軍の兵士が下の広場にいる別の兵士にベイガード達に知らせる事を伝え、それを聞いた兵士は急いで街の方へ走って行く。残りの兵士達は一斉に武器を取って戦闘態勢に入った。
予想していた通り、亜人連合軍が西側から現れて西門に向かってくる光景に見張り台と城壁の上の兵士達はざわつき出す。アリシア達も表情を険しくして自分達の得物を握る。
「やはりこの西門に戦力を向けて来たか……」
「これだけ傷んだ門だからね、あの人数で攻撃すれば簡単に壊せると思って攻めて来たんでしょう?」
「まあ、今まで西門だけを攻撃したのに西門には手を出さず、無傷の門から攻め込もうなどとは考えないだろうな」
アリシアとレジーナは遠くに見える数百の亜人達を見ながら話し、エクスキャリバーとエメラルダガーを鞘から抜いた。
「だが、まだ分からねぇぞ? もしかしたら他に別動隊がいて俺達が西門の戦力に集中している時を狙って別の門から攻撃を仕掛けてくるかもしれねぇ」
「じゃからこそ、若殿達は増援部隊を三つに分けて全ての門の護りを強化したのじゃ」
「そうですね。少なくとも別の門が奇襲を受けてもすぐに落とされる事はありません。奇襲を受けた門に援軍を送るだけの余裕はあるはずです」
奇襲を警戒するジェイクにマティーリアとノワールが心配ないと伝え、それを聞いたジェイクは確かにそうだな、と言う様に頷く。
アリシア達は会話をしている間も亜人連合軍はゆっくりとジバルドの町の西門へ近づいて来る。リザードマン、エルフ、ドワーフ、レオーマンの様な亜人達の中にはゴブリンやオーガの姿もあり、その上空には大勢のハーピーやホークマンが翼を広げながら飛んでいる。今までにない大部隊がジバルドの町を陥落させようとしていた。
亜人連合軍は畑の中を進み、遂に西門の約300m手前まで近づきゆっくりと止まった。西門の守備隊もほぼ全員が城壁の上に上がって亜人連合軍を睨みながら武器を握る。静寂に包まれる夜の中、西門前で二つの戦力が睨み合う。そんな緊迫した状況が数十秒続いた後、亜人連合軍が動き出した。
エルフなどの弓を持つ亜人達が前に出て西門の見張り台や城壁の上にいるセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達に向かって矢は放ち先制攻撃を仕掛けてきた。矢は真っ直ぐ兵士達に向かって飛んで行き、それを見た兵士達は姿勢を低くして矢をかわしたり剣や盾で防いだ。しかし何人かは矢を腕や体に受けて倒れてしまった。
倒れた仲間の事を気にしながらもエルギス教国軍とセルメティア王国軍の兵士達も矢を放って反撃する。矢を持たない兵士達は負傷した仲間を安全な所へ移動させた。
亜人連合軍の弓兵達が矢を放って攻撃している間、弓矢を持たない亜人達は一斉に西門に向かって走り出す。その中には城壁を越える為に使う長梯子を持つ亜人もいた。
両軍の兵士達は亜人達を西門に近づけないように弓矢で攻撃をする。だが、亜人達は盾や武器を使って飛んで来る矢を防ぎ、怯む事無く走り続けた。
「クソォ、やはりこの数を止めるのは無理か!」
どんどん西門に近づいて来る亜人達を見て城壁の上にいるエルギス教国軍の兵士がもう止める事はできないと感じ、長梯子を上って来た亜人達を一人ずつ倒していくしかないと武器を構える。他の兵士や騎士達も同じ事を考えて接近戦の態勢に入った。その時、遠くから無数の火球が飛んで来て城壁の上にいる兵士達の近くに命中、爆発で兵士達を吹き飛ばす。
突然の爆発で吹き飛ばされた兵士達は驚きながら遠くを見る。そして亜人連合軍の弓兵達の前でエルフやダークエルフの魔法使い達が杖を構えて魔法を発動させている姿があった。先程の火球は彼等が放った火弾だったのだ。
「弓兵だけでなく、魔法使い達までも動き出したか!」
「しかも全てエルフかよ?」
「おいおい、マズいんじゃねぇのか!?」
離れた所で矢を放ち、攻撃魔法を放つエルフ達の姿を見てセルメティア王国軍の兵士達は驚きと焦りの表情を浮かべる。
兵士達が驚くのも無理はなかった。エルフは弓の扱いに優れているだけでなく、魔力も亜人達の中では高く魔法攻撃を得意としている。つまりエルフは弓や魔法による遠距離攻撃をするのに打ってつけの種族なのだ。
そんな遠距離攻撃を得意とするエルフやダークエルフの魔法や矢が飛んでくれば兵士達が動揺を見せてもおかしくない。兵士達の表情から余裕が消えていく。
「落ち着け! こちらにも魔法を使える者がいる。遠くにいる敵は弓兵と魔法使い達に任せ、お前達は城壁を越えようとする者達の相手をしろ!」
驚く兵士達にセルメティア王国軍の騎士が指示を出す。それを聞いた兵士達は驚いている暇など無い、敵は目の前にいるのだから戦えと自分に言い聞かせて立ち上がり表情を鋭くする。その直後、城壁に長梯子が掛けられ、亜人達が長梯子を上って来た。
何本もの長梯子が掛けられて大勢の亜人達が城壁を越えようと長梯子を上って来る。城壁の上にいる両軍の兵士や騎士は上って来る亜人達を剣や槍で落とし、掛けられた長梯子を倒して亜人達が城壁を越えられないようにした。
あちこちで兵士達が掛けられた長梯子が倒し、弓兵や魔法使い達も亜人連合軍の弓兵達を倒そうと攻撃している。セルメティア王国軍とエルギス教国軍が協力し合って戦い、この調子でいけば八百近くの亜人連合軍にも勝てるかもしれない、多くの兵士達がそう思った。しかし、現実はそんなに甘くはなかったのだ。
突如城壁の真上から矢が降って来て数人の兵士がその身に矢を受けて倒れる。騎士は突然倒れた兵士を見て驚き上を見た。そこには弓矢、剣を持つ大勢のホークマンやハーピーの姿があったのだ。
「ば、馬鹿な、ホークマンだと!? 奴等、空を飛ぶ亜人まで連れて来ていたのか?」
飛んでいる亜人達を見たエルギス教国軍の騎士や他の兵士達は驚愕の表情を浮かべる。今まではリザードマンやエルフの様に地上を移動する亜人だけで構成された部隊がジバルドの町に攻め込んできた。その為、上空から攻撃を受けるとは思わず、空からの攻撃に対して全く警戒をしていなかったのだ。
空を飛べる亜人の前には城壁なんて何の意味も無い。エルギス教国軍の兵士達は空中を移動する亜人達の存在を忘れて対策を練ってなかった。致命的なミスを犯してしまったのだ。
驚いて固まっているエルギス教国軍の兵士達を見てホークマンやハーピー達は愉快そうに笑った。
「フン、馬鹿な人間どもめ。地上部隊に気を取られて俺達空中部隊の事をスッカリ忘れていたとはな!」
「複数の亜人が集まってできた亜人連合軍と戦うんだ、俺等ホークマンやハーピーがいるかもしれないと警戒するのは常識だろう?」
「私達亜人連合軍がどうして人間軍よりも少ない戦力で多くの町を制圧できたと思っていたの? 私達空を飛ぶ亜人達が敵に奇襲を掛けて態勢を崩したからよ」
ホークマンやハーピーはエルギス教国軍の油断し切っていた姿を見ながら楽しそうに語る。城壁の上にいるエルギス教国軍の兵士や騎士達は悔しそうな顔で武器を構えながらホークマン達を見上げていた。だが、更に驚きの事態が起こる。
門の方から轟音が響き、両軍の兵士達は慌てて門を見た。そこには大きな木のこん棒で門を破ろうとしてい三体のオーガ達の姿があったのだ。その足元にはボロボロの剣や斧を持ったゴブリンも大勢いる。亜人連合軍の調教を受けて彼等に従っているモンスター達だ。
城壁を越えようとする亜人達を抑えるだけでも精一杯なのに空中部隊と門を破壊しようとするオーガ達までもが動き出した。兵士達は亜人達に完全に押される状態になっていたのだ。
兵士達が驚いていると長梯子を上って来た亜人達が近くにいる兵士達を攻撃する。隙を作って亜人達に長梯子を上る事を許してしまった両軍の兵士や騎士達は目を見開いて驚く。そんな彼等に空中のホークマンやハーピーが矢を放ち攻撃する。
亜人達の攻撃で城壁の上の兵士や騎士達は倒れて行き、押し戻す事が難しい状態にまでなっていた。
「ク、クソォ!」
敵を城壁の上に上る事を許してしまった事にエルギス教国軍の騎士は思わず声を上げた。リザードマンやドワーフ、エルフなど多くの亜人達が城壁の上に上がって近くにいる兵士や騎士と戦闘を開始する。兵士達は亜人達に押されている状況に混乱し、まともに戦う事ができず次々と亜人に倒されていく。
大勢の仲間が倒されていく光景を見て生き残っているエルギス教国軍の騎士は周りにいる兵士や騎士達に後退を指示しようとした。
その時、突如騎士の前にいるリザードマンとドワーフは体に大きな切傷を作り、血を吹き出しながらその場に倒れる。騎士はいきなり目の前の敵が倒れたのを見て目を見開き驚く。
仲間が切られた光景を見て近くにいる別の亜人達も驚いている。すると、そんな亜人達の背後にエメラルドダガーを逆手に持ったレジーナが現れ、背後から三人の亜人を切り捨てた。切られた亜人は声を上げる事なく倒れて動かなくなる。
亜人達は突然現れたレジーナに驚き、慌てて彼女を取り囲み睨みつける。レジーナは鋭い目で周りにいる亜人達を見つめた。
「何だ、あの人間は? 一瞬でリザードマン達を殺したぞ」
「外見からして、騎士団の人間じゃなさそうだな。恐らく冒険者だろう」
「ハッ、ただの冒険者がナメた事してくれるじゃねぇか」
空中でレジーナを見下ろしているホークマンの一人が弓でレジーナに狙いを付ける。レジーナは城壁の上にいる亜人達と向かい合っており、上空にいるホークマンには気付いていない。ホークマンはチャンスと言いたそうにニヤリと笑って矢を放とうとした。
だが、ホークマンが矢を放とうとした時、突然ホークマンの翼が真ん中から真っ二つに切られた。
「があぁっ!? な、何だ……」
翼を切られたホークマンは飛ぶ事ができなくなり、バランスを崩して真っ逆さまに落ちて行き西門前の広場に落下した。
落下した仲間を見て飛んでいるホークマンやハーピー達は驚きの表情を浮かべている。そんな驚いているホークマンやハーピー達の翼も突然切られ、翼を切られた数人の亜人達は叫び声を上げながら落ちて行き、地面に叩きつられた。また仲間達が落ちて行ったのを見て残っている空中の亜人達は目を見開きながら周囲を見回す。
「全く、一人で突っ走りおって」
何処からか声が聞こえ、亜人達は声のした方を向く。そこには竜翼をはばたかせながらジャバウォックを肩に担ぎ、呆れ顔でレジーナを見ているマティーリアの姿があった。さっきホークマン達の翼が切られたのはマティーリアが素早くジャバウォックで攻撃したからだったのだ。
残っているホークマンとハーピーは竜翼を広げながら飛んでいるマティーリアを見ると一斉に距離を取ってマティーリアを警戒する。マティーリアはチラッと離れた亜人達を見てジャバウォックの切っ先を彼等に向けた。
「すまんが、お主達には妾の相手をしてもらうぞ? 空を飛ぶ者同士、正々堂々と戦ってもらおう」
鋭い目で睨みつけながら亜人達に言い放つマティーリアはジャバウォックの構え直す。亜人達はマティーリアの竜翼を見て目の前にいる少女が竜人だと気づき、緊迫した表情を浮かべた。
レジーナとマティーリアがそれぞれ亜人の相手をしている時、西門はオーガ達の攻撃で崩れそうになっていた。このままでは門が破壊されて町への侵入を許してしまう、城壁の上の兵士達はどうすればいいと目を見開きながら門を見ている。その時、門を攻撃していたオーガの一体の首が切り落とされ、オーガの足元に落ちる。首からは赤い血が噴き出し、オーガの体は糸の切れた操り人形の様にその場に倒れた。
他の二体のオーガと足元にいたゴブリン達は倒れたオーガに驚いて固まる。すると、二体のオーガも何者かに背中と胸部を切られて二体同時に倒れた。その時、オーガ達の足元にいたゴブリンの内、数体がその下敷きなる。
オーガ達の後ろにいた亜人達は一瞬で三体にオーガが倒された光景に驚きオーガ達の死体から距離を取り、ゴブリン達も慌てて門から離れる。亜人達が後退すると一つの人影がオーガ達の死体の前に下り立った。それは大剣を右手に持つダークで大剣には赤い血が付着している。そう、オーガを切り捨てたのはダークだったのだ。
ダークは大剣を振って付着している血を払い落とし、目の前にいる亜人達を見て目を赤く光らせる。亜人達はダークの赤い目を見た瞬間に寒気を感じて武器を構えた。
「……さて亜人達よ、お前達の力、どれ程のものか見せてもらうぞ」
低い声で亜人達にそう言い放ち、ダークは大剣を構えた。